引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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前回までのあらすじ
そろそろ村に到着


売国帰還

馬車が小さく揺れた。

窓の外に、見慣れた風景が流れ込んでくる。あの丘、あの川、そして──あの村。

久しぶりの帰郷。懐かしさが、胸を満たす──はずだった。

 

だが、村の入り口で馬車が止まった。

僕は窓から顔を出した。

 

村の入口に、王国軍の兵士が立っている。槍を構え、険しい表情で往来を見張っている。二人、三人……いや、もっといる。まるで検問のように、村への道を封鎖している。

(何があったんだ……?)

胸騒ぎがする。ミリーの手紙に書いてあった「大変」というのは、これのことなのか。

 

御者が馬を止めた。兵士の一人が近づいてくる。警戒した目つきで、馬車を睨んでいる。

「お前たち、何者だ」

兵士の手が、腰の剣に伸びかけた。

御者が間髪入れず答える。

「こいつらの里帰りだ」

僕とエイン君を指し示す。兵士の手が、剣から離れた。

 

僕は慌てて馬車から降りた。兵士に向き直る。

「あの、何があったんですか。村に何か──」

「お前たちに教えることはない。さっさと行け」

兵士は、そっけなく僕を遮った。

 

質問を続けようとしたが、兵士の目が冷たい。これ以上聞いても、答えてくれないだろう。

僕は諦めて馬車に戻った。

御者が手綱を引く。馬車が再び動き出した。

 

村の中に入ると──。

(これは……)

言葉を失った。

 

村の通りを、兵士たちが闊歩している。民家の前に立って見張りをしている者。井戸端で水を汲んでいる者。勝手に店の商品を物色している者。

村人たちは、道の端で息を潜めるようにしている。子供たちの姿は見えない。誰も、兵士たちに近づこうとしない。

まるで、村全体が占領されているようだ。

 

(一体、何が……)

不安が、胸の中で膨らんでいく。

僕は御者に頼んで、とにかく実家まで急いでもらった。

 

家に近づく。

見慣れた我が家の扉。木の質感、取っ手の傷。何もかもが懐かしい。

僕は馬車から飛び降りると、駆け寄ってドアを開けた。

「ただいま──」

言いかけて、僕は凍りついた。

 

リビングに、見知らぬ兵士がいた。

テーブルに足を投げ出して、まるで自分の家のようにくつろいでいる。床には空の酒瓶が転がっている。母さんが大切にしていた花瓶が、隅に雑に置かれている。

兵士は僕を見て、面倒くさそうに顔を上げた。

「あん? 誰だお前」

「え、いや、ここは僕の──」

 

その時だった。

「お兄ちゃん!」

後ろから、ミリーの声。

 

振り返ると、妹が家の外から駆け寄ってきた。満面の笑みで、僕の腕にしがみつく。

「お兄ちゃん、来てくれたんだ! 手紙、ちゃんと届いた?」

 

「ミリー!」

母さんの声がした。慌てた様子で駆けつけてくる。息を切らしている。

母さんがミリーを止める。その後ろから、父さんも現れた。

 

父さんは、深刻そうな表情で僕を見つめた。

「フレッド……」

その声には、責めるような響きはなかった。ただ、深い諦めと、悲しみが滲んでいた。

「どうして、戻ってきたんだ」

 

その一言で、僕は理解した。

村に、異変が起きている。

兵士たちに、家が奪われている。

そして父さんは、僕に戻ってきてほしくなかったのだ。

 

──

 

父さんに連れられて、村長の家へ向かった。

エイン君と御者も一緒だ。道中、エイン君は相変わらず呑気な様子で、特に何も言わなかった。周りの異様な雰囲気など、気にしていないかのように。

 

村長の家に着くと、そこには既に何人かの村人が避難していた。狭い部屋に、何家族もが身を寄せ合っている。

僕たちの家族も、ここに身を寄せているらしい。

村長が僕たちを迎え入れてくれた。

「フレッド、よく来てくれた。……すまんのう」

村長の声は、疲れ切っていた。

「いえ、僕こそ、何も知らずに……」

 

部屋の隅では、母さんがミリーを叱っていた。

「あなた、勝手に手紙を出すなんて……! フレッドに心配をかけて……!」

「だって! お兄ちゃん、魔法使えるもん! あいつら、ぜーんぶやっつけられるもん!」

ミリーは聞く耳を持たない。

 

僕は、たまらず口を開いた。

「それよりも、母さん」

母さんが振り向く。

「いつもの手紙に『なんでもない』って書いてあったけど、どういうことなんだ。この村の状況は、一体……」

父さんが、重い口を開いた。

「一ヶ月ほど前のことだ」

 

父さんの説明を、僕は黙って聞いた。

兵士たちが村に来たのは、一ヶ月前。兵糧の輸送拠点として協力するよう言われた。理由を聞いても、機密だとして詳しくは教えてくれない。

水や生鮮食品を接収される。兵士たちが我が物顔で振る舞う。家まで接収されて、こうして村長の家に避難している。

 

「だが、お前に心配をかけるわけにもいかなかった」

父さんは、疲れた顔で続けた。

「だから、いつも通りの手紙を出した。ミリーにも、そう書かせていた」

──だから、フレッドが戻ってきても、仕方がない。

 

父さんの言葉が、胸に重くのしかかる。

(僕が、戻ってこなければよかったのか……?)

 

その時、エイン君が口を開いた。

「さっき村に入った時に、兵士の心を【精神感応】(テレパス)で読み取ったんだけどさ」

全員の視線が、エイン君に集まった。

「帝国との国境付近で、鉄鉱山が見つかったらしいぜ。だから王国軍が、急遽この村に来たんだと」

 

一瞬の沈黙。

そして、一同が息を呑んだ。

鉄鉱山──それはつまり、軍事的に重要な資源。

 

御者が、低い声で呟いた。

「それは、まずいな……」

間を置いて、さらに続ける。

「最悪、戦争になる」

 

父さんの顔から、わずかに残っていた血の気が引いた。

しばらくの沈黙の後、父さんは口を開いた。

「ひとまず、付き合ってくれたエイン君と御者さんには、礼を言う」

父さんは、エイン君と御者に深く頭を下げた。

「本当に、ありがとう」

 

そして、僕に向き直った。

「フレッド」

父さんは、一度言葉を切った。拳を握りしめ、震える声で続ける。

「……ミリーだけでも連れて、できるだけ早く王都に帰ってくれないか」

「父さん……!」

「お前たちまで、こんな危険な場所に置いておけん」

父さんの目は、揺るがなかった。

 

御者が腕を組んだまま、静かに続けた。

「馬を休ませる必要がある。明後日には、出発できるだろう」

父さんは頷いた。

「それまで、ゆっくりしていてくれ」

 

──

 

両親が別の部屋に移った。

ミリーが、再び僕に駆け寄ってくる。

「ねえ、お兄ちゃん」

小さな手が、僕の袖を掴む。

「お兄ちゃん、魔法学校で勉強してるんでしょ? ねえ、なんとかできるよね……?」

 

改めて、助けを求めてくる妹。

僕は、答えられなかった。

できる、とは言えない。

だが、できない、とも言えない。

なぜなら──あの時の光景を、思い出したからだ。

 

エイン君の魔法。あの、恐ろしいまでの力。盗賊団を一瞬で壊滅させた、あの魔法。

(エイン君の魔法なら……できる)

僕は無意識に、エイン君を見ていた。

 

その時、外から御者の声がした。

「フレッド」

御者が戻ってきて、僕に声をかける。

「お前が何を考えているのか、大体予想はつく」

御者の目は、真剣だった。

「だが、流石にやめといた方がいい」

「……」

「明確な攻撃を受けたとなれば、王国軍は帝国の仕業だと考える。本格的に戦力を投入してくるぞ。この村が戦場になる」

 

御者の言葉が、僕の胸に突き刺さる。

そうだ。そんなことは、分かっている。

でも──。

「どうにも、ならないんでしょうか……」

僕の声は、震えていた。

 

「せいぜい──もっとでかい鉱山でも見つかるのを祈るんだな」

御者は、皮肉混じりに笑った。

 

もっとでかい鉱山──

その言葉が、頭の中で引っかかった。いや、どこかで噛み合った。

(……もし、本当に“でかい鉱山”があったなら?)

 

「そうだ!」

思わず、声を上げていた。

「エイン君、王都を出る前に話してたことだけど──」

言いかけて、御者の目線に気づく。

(ここじゃ、まずい)

僕はエイン君の腕を掴んで、外に連れ出した。

 

──

 

家の裏手、人目につかない場所。

僕は改めて、エイン君に尋ねた。

「王都を出る前に、金貨を錬金してるって言ってたよね」

「ああ」

エイン君が、何でもないことのように頷く。

「で、盗賊に襲われた時にスクロール差し出したけど、あれ、他にも持ってるかな?」

「ああ、持ってるよ」

エイン君は懐から、何枚かのスクロールを取り出した。

「手ぶらで来るのも悪いから、何枚か持ってきてた」

(もう、ツッコむ気力もない……)

 

僕は深呼吸して、本題に入った。

「金貨じゃなくて……鉄を作れるように、できないかな?」

エイン君は、一瞬、きょとんとした顔をした。

だが──数瞬遅れて、ぱっと顔が明るくなる。

「……ああ、なるほどな」

口元がにやりと歪む。

「面白ぇじゃん。やってみるか」

 

────

 

【実況】暇だからフレッドの故郷に遊びに行くぞ!part2

 

26:元引きこもり転生者

というわけで王国軍と交渉してくるンゴ

 

27:名無しの転生者

はえ~、フレッドくん賢い

 

28:名無しの転生者

確かに無限に鉄が生成できるなら鉱山とかいらんよな

 

29:名無しの転生者

贋金づくりの技術がこんなところで役立つとはね……

 

30:元引きこもり転生者

>>29

どっちかつーと王国が作ったヤツのほうが偽物だろ

フレッドといい、どうしてみんな理解してくれないんやろ……

 

31:名無しの転生者

お前は法律を理解しろ

 

32:名無しの転生者

つーかイッチも交渉に行くの?

向いてなさそうな気がするけど

 

33:元引きこもり転生者

>>32

そら交渉はフレッドに任せるけど

開発者のワイもいなくちゃあかんやろ

 

34:名無しの転生者

変な職業倫理だけは持ってんのね

 

35:名無しの転生者

一般倫理をまず身に着けろよ

 

36:名無しの転生者

イッチが交渉に行ったらまとまるものもまとまらんやろ

 

37:元引きこもり転生者

そんな心配することある?

喧嘩売りに行くんじゃないんやで

ちゃんと相手も得する物持っていくんやから失敗なんかしないやろ

 

38:名無しの転生者

フラグやめろ

 

────

 

僕とエイン君は、徒歩で王国軍の前線基地へと向かっていた。

村から離れた森の中。木々の間を縫うように、獣道が続いている。日差しが木漏れ日となって、僕たちの足元を照らしていた。

 

「みんなに黙って出てきたけど……大丈夫なのかな」

僕が不安そうに呟く。

「戦いに行くわけじゃないんだから、大丈夫だろ」

エイン君は気楽に答えた。

 

森を抜けると、視界が開けた。

木々の向こうに、王国軍の基地が見えてくる。

見張り台が立ち、そこから旗が風に揺れている。テントが整然と並び、兵士たちが行き交っている。武器を手に、警備に当たる者。荷物を運ぶ者。剣の訓練をしている者。

僕は、緊張で喉が渇くのを感じた。

 

僕たちが基地の入口に近づくと、歩哨の兵士が槍を構えて立ち塞がった。

「止まれ。ガキがなんの用だ」

僕は一歩前に出て、できるだけ丁寧に言った。

「あの、エクス村のことで、聞いて欲しい話があるんです」

「ガキの悪ふざけに付き合ってる暇はない。さっさと帰れ」

兵士は取り合わない。追い払うように手を振る。

「待ってください! 本当に大事な話なんです!」

「帰れと言っているだろうが!」

僕も必死に食い下がった。このままでは、村が──。

 

押し問答が続く。周囲の兵士たちも、こちらを見始めた。

やがて、騒ぎを聞きつけたのか、奥から一人の男が現れた。

魔法師団の制服を着た、貫禄のある初老の男。灰色の髪、鋭い目つき。副団長の階級章が胸に光っている。

「なんの騒ぎだ」

「バルド副団長! こちらの子供たちが──」

兵士が、簡単に状況を説明する。バルド副団長、そう言われた男は面倒くさそうに溜息をついた。

「儂らは忙しいんだ。ガキの相手をしている暇は──」

 

言いかけたところで、男の視線がエイン君に向いた。

その瞬間、彼の顔色が変わった。

目が見開かれる。眉が吊り上がる。

「……貴様は」

副団長の顔が、見る見る紅潮していく。

「貴様……! あの時の……!」

震える指がエインを指す。

「あのときは、よくも、よくも儂に恥を……!」

 

その表情を見て僕は、ようやく思い出した。

(あの人は……カツラ剥ぎ取り事件の……!)

 

──

 

43:元引きこもり転生者

失敗した

 

44:名無しの転生者

はい

 

45:名無しの転生者

フラグ回収早すぎる

 

46:名無しの転生者

何があったんだよ

 

47:元引きこもり転生者

それがな、交渉しようと思ったら責任者が急にキレて追い出されたんや

 

48:名無しの転生者

責任者って、軍隊のトップのことけ?

 

49:元引きこもり転生者

そう、そいつがハゲ三兄弟の末っ子

 

50:名無しの転生者

いや誰?

 

51:元引きこもり転生者

ほら、クラス分け試験のときにハゲ晒したやろ

校長とハゲ教授と、あともう一人

そいつが王国軍の責任者やったんや

 

52:名無しの転生者

そういやそんな事あったな

 

53:元引きこもり転生者

ほんでその時のことをまだ根に持ってたみたいなんや

たった一回ハゲ晒ししただけなのに心狭すぎやろあいつ

またハゲ晒ししたろかな

 

54:名無しの転生者

 

55:名無しの転生者

やっぱりイッチのせいで交渉失敗しとるやんけ!

 

56:名無しの転生者

もう詰んでねーか?

 

57:元引きこもり転生者

大丈夫やろ、まだ交渉する当てはあるし

 

────

 

森の中の道。

僕は肩を落として歩いていた。足取りが重い。

「悪りぃな、フレッド。俺のせいで……」

エイン君が珍しく謝った。

「いいよ。どうせ、話を聞いてもらえなかったと思うから……」

僕はそう言ったが、内心では落ち込んでいた。

(どうしよう……このままじゃ、村は……)

 

その時、エイン君が立ち止まった。

「そうだ、帝国の方にも行こうぜ」

「え?」

僕は驚いて顔を上げた。

「でも、敵国だし……まずいんじゃないか?」

「まだ戦争になってないし、俺らガキの見た目だ。いきなり攻撃されるわけじゃないだろ」

エイン君は楽観的だった。

「それに、あっちが引けば、王国軍も引くかもしれないだろ」

 

僕は、少し考えた。

確かに、その通りかもしれない。可能性は低いが、何もしないよりはマシだ。

「……分かった。行ってみよう」

僕たちは、迂回して帝国側の基地へと向かうことにした。

 

────

 

67:元引きこもり転生者

なんか帝国に捕まって捕虜になってもうたんやけど

 

68:名無しの転生者

いきなりで草

 

69:名無しの転生者

なんでだよ

 

70:元引きこもり転生者

いや、普通に帝国の陣地に向かおうとしたら、普通に斥候に見つかって捕まった

 

71:名無しの転生者

そらそうよ

 

72:名無しの転生者

まぁ敵国側から向かってくる民間人とか怪しすぎるからな

 

73:名無しの転生者

フレッド君は止めへんかったんか?

 

74:名無しの転生者

ちゅーても軍人でもない一般市民じゃそこまで考えつかんやろ

 

75:元引きこもり転生者

そうやで !ワイらは無害な一般市民やぞ! ジュネーヴ条約はどうなってるんだ、国際法違反やぞ!

 

76:名無しの転生者

無害?

 

77:名無しの転生者

お前みたいな一般市民がいるわけねーだろ

 

78:名無しの転生者

そもそも捕虜の価値なんかあるのかこいつに

 

79:名無しの転生者

またなんかやらかす前に収容所送りにしたほうがいいだろ

 

────

 

帝国軍の陣地。

 

フレッドとエインは、縄で縛られたまま、天幕の中に連れてこられた。

天幕の中は、薄暗い。だが、奥に座っている男の存在感は、圧倒的だった。

 

貫禄のある体格。鋭い眼光。黒い髪に、幾筋かの白髪。顔には戦いの傷跡。将軍の階級章が肩に輝いている。

 

「ヴォルフ将軍、不審者を連行しました」

兵士が敬礼する。

 

ヴォルフは、二人を値踏みするように見た。

「……これが、不審者か?」

「はっ。国境付近で発見しました。それぞれフレッド、エインと名乗っています」

彼は眉根を寄せた。

「兵士でもなんでもない。ただのガキじゃねぇか」

部下の兵士が、気まずそうに視線を逸らす。

 

ヴォルフは興味深そうに二人を眺めた。指で顎を撫でながら、じっくりと観察している。

「で、何しに来た」

エインが、臆することなく答えた。

「俺たちは商人だぜ。ものを売りに来たんだよ」

 

天幕の中に、短い沈黙が落ちた。

ヴォルフの目が、わずかに細められた。

(面白い)

彼は内心で思った。この小僧、全く怯えていない。普通なら、泣き出すか震え上がるか、どちらかだ。だが、こいつは──堂々としている。

 

「……商人?」

ヴォルフの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。

「……興が乗った。解放してやれ」

「しかし、将軍!」

「構わん。話を聞いてやろう」

兵士が渋々、二人の縄を解く。

 

「商品が入ってるんだろう? 没収していた荷物を返してやれ」

ヴォルフが命じると、兵士が二人の荷物を持ってきた。

 

フレッドは、一礼して荷物を受け取ると、深く息を吸い込んだ。

言葉を選ぶように、ゆっくりと口を開く。

 

「……僕たちの村が、いま王国軍に占拠されています」

「家も畑も奪われて、村の人たちは避難生活を強いられています」

 

ヴォルフの表情にわずかな変化はあったが、まだ黙って聞いている。

 

「王国軍が来たのは、国境近くで見つかった鉱山のためだって聞きました。だから──もし帝国軍の皆さんが鉱山を放棄して撤退してくれれば、王国軍も理由を失って、村から引いてくれるかもしれないんです」

 

フレッドは、エインを一瞥し、再びヴォルフに向き直る。

「それが、村を守る一番平和な道だと思って……僕たちはここに来ました」

天幕の中に、短い沈黙が落ちた。

 

彼は荷物の中から一枚のスクロールを取り出す。

両手で掲げるようにして、ヴォルフの前に差し出した。

「そのために──これをお渡しします」

「このスクロールを使えば、鉄を大量に生成できます。鉱山にこだわる理由は、なくなるはずです」

 

周囲の兵士たちが、嘲笑った。

「馬鹿なことを言うな」

「ガキの戯言だ」

「将軍、こんな連中はさっさと──」

 

「まあいい」

将軍が手を上げて、兵士たちを制した。

 

「試してみよう」

(どうせ、嘘だろう。だが──)

 

将軍は内心で続けた。

(退屈しのぎにはなる)

 

フレッドは、地面にスクロールを置いた。

裏返しにする。そして、深く息を吸い込んだ。

手のひらをスクロールに当てる。

魔力を流し込む。

 

次の瞬間──。

地面から、鈍い銀色の光が広がった。

天幕の床が、壁が、次々と鉄に変わっていく。

ごつごつとした質感。金属特有の冷たい光沢。

兵士の一人が、恐る恐る床を踏んだ。硬い。本物だ。

 

その場は、静寂に包まれた。

 

ヴォルフは、目を見開いた。

(……これは)

フレッドの魔力量は、相当なものだ。あの年齢で、この出力。そして、このスクロールの性能──

彼の頭の中で、計算が回り始めた。

 

しばらくの沈黙が続いた。

ヴォルフは床に目を落としたまま、何も言わない。

フレッドは息を詰めたまま、固くスクロールを握っている。

 

その横で、エインがちらりとヴォルフの様子を伺った。

そして──タイミングを見計らったように、前へ一歩出る。

 

「お客様! 商品はこれだけじゃありませんよ!」

 

静寂を破る声が、天幕に響いた。

 

「今ならなんと! こちらの造幣スクロールもお付けします!」

 

「……は?」

 

ヴォルフが、ゆっくりと顔を上げた。

わずかに眉をひそめている。

 

エインは全く気にせず、懐から別のスクロールを取り出す。

そして──ヴォルフの眼前の机に、ばんっ、と叩きつけた。

 

「このスクロールは金貨を作ることが出来るんです! 実演してみせましょう!」

エインは、スクロールを拾い上げると、そのまま地面に押し当てた。

魔力を流し込む。

 

光が弾ける。

 

「では、ご覧ください!」

エインが、スクロールを剥がす。

 

そこには──金貨があった。

地面に埋め込まれるように、輝いている。

 

エインは金貨を拾い上げ、ヴォルフに差し出した。

「ほら、この通り! 簡単でしょう? 期間限定ですよ! 二枚セットで撤退一回、いかがですか!」

 

周囲の兵士たちが、唖然とする。

 

ヴォルフは、差し出された金貨を手に取った。

じっくりと眺める。重さを確かめる。

「……ほう」

 

しばらくの沈黙。

 

ヴォルフは顔を上げ、エインを見据えた。

「だが、本物より質が高い偽物など、都合が悪い」

冷静な声。先ほどの「商人」のペースを、一気に引き戻す。

「本物と寸分違わぬ金貨が作れるなら、”撤退”について考えてやろ」

 

エインは、にやりと笑った。

「そうですか! わざわざ下位互換がお望みとは、通なお客様ですね!」

「ですが、お客様のご要望とあらば──」

 

エインは即座にスクロールを改造し始めた。羽ペンを取り出し、術式に書き込みをしていく。わずか数十秒。そして、魔力を流し込む。

再び金貨が生成された。

 

ヴォルフは金貨を手に取り、検分した。重さ、質感、刻印──すべてが完璧だ。

「……見事だな」

彼は満足げに頷いた。

 

「だが、考えたが──」

間を置く。

 

「やはり、紙切れ2枚で軍は動かせないと決めた」

ヴォルフの唇の端が歪んだ。

「せいぜい、お前たちを解放するくらいの代金にはなるがな」

 

「は?」

二人が、同時に声を上げた。

「そんな! 話が違います!」

フレッドが抗議する。顔が真っ赤になっている。

 

ヴォルフは、冷静に諭した。

「考えると言っただけだ。断らないとは言っていない」

間を置く。

「そもそも──我々の目的は、鉱山を奪うことではない」

「王国に鉱山を取らせない。それが我々の任務だ」

「我々が撤退すれば、この鉱山はそっくりそのまま王国軍のものになる」

「敵に塩を送るような真似はできん」

その言葉は、論理的で反論の余地がなかった。

 

「それに」

ヴォルフは続けた。

「我々が引いたところで、王国軍が大人しく撤退すると思っているのか?」

「あの連中は確実に鉱山を確保するため、むしろ駐留を強化するだろう」

「撤退させるべきは、我ら帝国軍ではない。そもそもの原因である、王国軍の方だ」

フレッドは、言葉に詰まった。

 

ヴォルフは、その様子を黙って眺めていた。

 

(……なるほど)

 

少年の目を見れば分かる。

諦めていない。まだ、何か別の道を探そうとしている。

 

そして──隣の黒髪の少年。

エインと名乗った少年は、一度も怯んでいない。

魔法の腕、交渉術、度胸。どれも一級品だ。

 

(使える)

 

ヴォルフは、ふっと口元を緩めた。

「……面白い小僧どもだ」

「……え?」

「いいか。王国軍に出ていってほしいのは、こちらも同じなんだ」

 

ヴォルフは腕を組んだ。

「だが、帝国軍が表立って動けば、戦争になる。お前たちの村も戦場と化すだろう」

 

間を置く。

「しかし──お前たちなら、どうだ?」

ヴォルフは二人を見据えた。

「その頭と魔法で、王国軍を撤退させてみせろ。裏から、必要な支援はしてやる」

 

フレッドが、不安そうに口を開いた。

「でも……あんな大人数を攻撃したら、バレてしまうのでは……」

 

ヴォルフは鼻で笑った。

 

「力押しで勝つつもりか? 随分な自信家だな。 だが、そんな事をしなくても、軍を撤退させる手段はいくらでもある」

 

そう言って、懐から小さな魔道具を取り出す。

黒い球体に、精緻な魔法陣が刻まれている。

 

「これは通信用の魔道具だ。王国軍の内部に、こちらの“目”が潜んでいる。必要な情報は、私から届けよう」

 

ヴォルフは改めて二人を見据えた。

「作戦で困ったことがあれば、遠慮なく連絡しろ。何か手を貸せるかもしれん」

 

(……子供の無謀な挑戦など、成功するはずがない)

彼は、冷静に計算を始めていた。

 

仮に──この作戦が失敗したとする。

王国軍は混乱する。犯人探しが始まり、疑心暗鬼が走る。

そして、いつかは二人にたどり着く。

 

王国に戻れば、粛清は免れない。

追い詰められた者が最後に頼るのは、逃げ道を用意してくれた者だ。

 

("困ったことがあれば連絡しろ"──言葉はすでに投げてある)

 

いずれ、あの少年たちは自らここへ来る。

 

一方、もし成功したなら──

王国軍が撤退すれば、鉱山への道が開ける。

どちらに転んでも、帝国に損はない。

 

(あの魔法の才は──王国に置いておくには、惜しい)

 

完璧な賭けだ。

少年たちは、自分が"駒"として使われていることに、まだ気づいていない。

 

ヴォルフは、二人を解放した。

 

────

 

109:元引きこもり転生者

というわけでなんとか解放されたわ

よかった、これで解決ですね

 

110:名無しの転生者

あのさぁ……

 

111:名無しの転生者

全く解決してないが

 

112:名無しの転生者

将軍にお土産渡して帰っただけじゃねーか

 

113:元引きこもり転生者

でも将軍は喜んでたよ、全くの無駄足じゃなかった

 

114:名無しの転生者

敵国を喜ばしてどうすんだよ

 

115:元引きこもり転生者

どっちかつーと村に迷惑かけてる王国の方が敵やろ

なので将軍の言う通り王国軍を撤退させます

 

116:名無しの転生者

思い切りが良すぎる

 

117:名無しの転生者

ナチュラルに祖国裏切ってて草

 

118:名無しの転生者

今までも似たようなことやってたし今更だろ

 

119:元引きこもり転生者

みんなも一緒に撤退させる作戦考えようや!

ワイ軍事には詳しくないから流石に作戦思いつかんわ

 

120:名無しの転生者

いつもみたいに精神魔法ブッパしてりゃ勝てるだろ

 

121:元引きこもり転生者

>>120

御者さんが言ってたけどそういう直接的な攻撃はできんのや

帝国の攻撃と思われて戦争始まったら元も子もないからな

もっと平和的な方法を考えてよ

 

122:名無しの転生者

無茶言うな

 

123:名無しの転生者

ワイらだって軍事に詳しいわけじゃないんやぞ

専門家に聞けよ

 

124:名無しの天才軍師

ワイを呼んだか?

 

125:名無しの転生者

誰やお前

 

126:名無しの天才軍師

その名の通り天才軍師や! 今までの戦績は4003勝!

 

127:名無しの転生者

はえーすっごい

 

128:名無しの転生者

なんだかうさんくせーな

 

129:元引きこもり転生者

軍師ニキ! ワイに作戦を教えてくれ!

 

130:名無しの天才軍師

今回の条件はややこしいで

攻撃せんと追い出せん、でも攻撃したら戦争になる

──せやから、“たまたま起きた不運”に見せかけて、敵にダメージ与えるんが正解やな

 

131:名無しの転生者

なるほど

 

132:元引きこもり転生者

サンガツ!

早速作戦思いついたで!フレッドにも相談してみる!

 

133:名無しの転生者

はえーな

 

134:元引きこもり転生者

却下された

 

135:名無しの転生者

はっや

 

136:名無しの転生者

どんな作戦?

 

137:元引きこもり転生者

>>136

最近盗賊団を捕まえて自首させたやろ?

そいつらを呼び戻して王国軍にぶつける作戦

 

138:名無しの転生者

あのさぁ……

 

139:名無しの転生者

ガチの内乱罪じゃん

 

140:元引きこもり転生者

フレッドくん曰く悪い事してない兵士に戦わせるのはあかんって

そこまで気づかんかったわ

 

141:名無しの転生者

気づけよ

 

142:名無しの天才軍師

別に人的損傷に拘る必要はないやろ

兵糧とかのインフラを攻撃する手もあるぞ

 

143:元引きこもり転生者

なるほど!

また思いついたで!フレッドに相談してみるわ!

 

144:名無しの転生者

はっや

 

145:元引きこもり転生者

却下された

 

146:名無しの転生者

はい

 

147:名無しの転生者

今度は何?

 

148:元引きこもり転生者

こないだ動物に感染する精神魔法を開発したんや

それでバッタを操って辺り一帯に蝗害を起こす作戦

 

149:名無しの転生者

ヒェッ……

 

150:名無しの転生者

最悪すぎる

 

151:元引きこもり転生者

フレッドくん曰く村の畑も全滅するからだめだって

そこまで気づかんかったわ

 

152:名無しの転生者

気づけよ

 

153:元引きこもり転生者

インフラもだめならどうすりゃええんや!?

軍師ニキも考えてや!

 

154:名無しの天才軍師

う~ん、あとは士気低下させるくらいやな

 

155:名無しの転生者

どういうこと?

 

156:名無しの天才軍師

なんでもいいから、兵士のやる気を下げて、脱走兵を大量に出すんや。

ちゅーても上官の命令に逆らわせるわけやから、よっぽどのことが起こらないと難しいけどな

 

157:元引きこもり転生者

そう言われてもなぁ……

知識教えるだけじゃなくて作戦も考えてくれへんか?

 

158:名無しの天才軍師

えー全然わかんない

 

159:名無しの転生者

無能

 

159:名無しの転生者

使えねーな

 

160:名無しの天才軍師

そんなん言われても、ワイ軍事作戦とか考えたことないんだもん

最低限の知識は勉強したけど、作戦考えたりとかは無理やで

 

161:名無しの転生者

は?

 

162:名無しの転生者

こいつほんとに軍師か?

 

163:名無しの転生者

今までどうやって勝ってきたんだよ

 

164:名無しの天才軍師

そらワイのチートスキルよ。

【神風】っていうチートで、ワイが戦争に参加すると、必ず敵軍側に異常気象が起きて大打撃を与えられるんや。

 

165:名無しの転生者

えぇ……

 

166:名無しの転生者

天才軍師というより天災軍師だな

 

167:名無しの転生者

でもまぁ4003勝出来るんなら軍師としては有能だろ

 

168:名無しの天才軍師

あっ、それは変換ミスや

正確には四戦三勝やな

 

169:名無しの転生者

は?

 

170:名無しの転生者

しょぼい

 

171:名無しの転生者

大して活躍してないじゃん

 

172:名無しの転生者

なんでチートスキルあるのに一回負けてんだよ

 

173:名無しの天才軍師

>>172

給料上げてほしいから上官に文句言ったんやけど、それが戦争判定になったみたいでスキルが発動してもうたんや。

それで大地震が起きて、祖国が軍隊ごと壊滅。給料上がるどころか職場もなくなったのでワイの負け。

 

174:名無しの転生者

えぇ……

 

175:名無しの転生者

スキルの判定ガバすぎやろ

 

176:元引きこもり転生者

う~ん、喉まで作戦が出かかってるんやけどなぁ

 

──

 

エインとフレッドが村長の家に戻ると、玄関先で両親が待ち構えていた。

 

「どこ行ってたんだ!」

父親が怒鳴った。表情には怒りよりも不安が滲んでいる。

 

「心配したのよ……」

母親も駆け寄った。

 

フレッドは言葉を探すように視線を落とし、ゆっくりと経緯を説明した。

王国軍に交渉しに行ったこと。追い出されたこと。帝国軍の陣地まで行って、捕まって、尋問されて、解放されたこと。

 

話を聞いた両親は、青ざめた顔で黙り込んだ。

「馬鹿者!」

父親が拳を握りしめる。

「敵国の陣地まで行くだなんて……無事だったからよかったものの……」

 

母親は目元を押さえた。

「本当に……戻ってこられなかったら……」

 

フレッドは短く頭を下げた。

「……ごめんなさい。でも、どうしても村を……なんとかしたくて」

 

ミリーが、不安そうに口を開いた。

「じゃあ……どうするの? 兵士さんたち、追い出せるの?」

 

御者が腕を組んだまま、ぼそりと答えた。

「無理だな。王国軍も帝国軍も動かない。俺たちにできることは、何もない」

 

「そんな……」

ミリーの目に涙が浮かぶ。

 

その時──

「そうだ!」

 

全員が、はっとして振り向いた。

 

エインが立っていた。

目が、爛々と輝いている。

口元には、獰猛な笑みが張り付いていた。

 

「いい方法、思いついたぜ」

居間に沈黙が広がる。

 

エインは、そのまま作戦の説明を始めた。

話を遮る者はいなかった。全員が、黙って耳を傾けていた。

 

やがて説明が終わると、ミリーが勢いよく声を上げた。

「すごい! これなら、あいつらを追い出せるよね!」

 

御者は呆れたようにため息をついた。

「……なんつーアホな作戦だ」

だが、それ以上の言葉は続かなかった。その口元は、かすかに歪んでいた。

 

両親は顔を見合わせる。

「その作戦は……」

母親が言いかけた。

「フレッドに、危険があるんじゃないか?」

父親も言葉を継いだ。

「もし魔法を使っている最中に見つかったら……それに、"伝令役"は誰がやるんだ。もし作戦が失敗したら、真っ先に関与を疑われるぞ」

 

その言葉に、誰も返事をしなかった。

場が静まり返る。

 

誰が伝令を担うのか──その問いだけが、空気の中に浮かんでいた。

──と、その時。

 

「わしが、やろう」

扉の向こうから、落ち着いた声が聞こえた。

振り返ると、村長が立っていた。

いつの間にか話を聞いていたらしい。

 

その顔に浮かんだものは、躊躇ではなかった。

 

「村長……」

フレッドの父親が声を漏らす。

 

村長は杖をつきながら、ゆっくりと部屋に入ってきた。足取りは確かで、まっすぐだった。

「村を守るのが、わしの最後の務めじゃ」

 

そう言って、周囲を一通り見回した。

「作戦の内容からしても、村長であるわしが”伝令役”をやるのが一番の適任じゃ」

 

父親が何か言いかけたが、村長は手で制した。

 

「案ずるな。わしはこの村で生まれ、この村で育った。この歳まで生きて、ようやく役に立てる場面が来た。それだけで充分じゃ」

 

誰も、口を挟まなかった。

 

──

 

翌日。

村長が、王国軍の野営地を訪れた。

 

入口では、歩哨の兵士が槍を構えて立ち塞がる。

「止まれ。何の用だ」

 

村長は杖を突きながら一歩踏み出し、低い声で言った。

「この地で、気になることがありましてな。副団長殿に、どうしてもお伝えしたいことがある」

「気になること?」

「……この土地にまつわる話です。放っておけば、部隊に支障が出るやもしれませんぞ」

兵士は、訝しげな表情を浮かべつつも黙って頷き、奥へと引っ込んだ。

 

──

 

やがて、村長はバルド副団長の天幕に通された。

 

天幕の出入口は開け放たれており、数名の兵士がやや距離を置いて見守っている。

なかには、立ち止まって様子を伺う者もいた。

 

バルドは、椅子に座ったまま、面倒くさそうに村長を見た。

「で? 何の話だ」

 

村長は、ゆっくりと頭を下げた。

そして、芝居がかった抑揚で語り始める。

その声は、わざとらしいほど丁寧で、おどろおどろしく響いた。

「もしや……副団長殿のお目当ては、あの山ではありませんかな?」

 

バルドの眉がぴくりと動いた。

「……機密事項だ。村人風情が詮索するな」

 

声に苛立ちがにじむ。だが、村長は構わず続けた。

「──あの山には、古くからの言い伝えがありましてな」

 

周囲の兵士たちが、ざわめいた。

「言い伝え……?」

「山の呪い、って……」

「そんなもん、あるわけ……」

ひそひそと、囁き声が広がっていく。

 

村長は、さらに声を落とす。わざとらしいほど芝居がかった調子で。

「むやみに近づこうとすれば……必ず災いが訪れる」

 

間を置く。

「”大切なもの”が失われ、最終的には命が奪われる……昔から、そう言い伝えられておるのです」

村長の喉の奥から、笑い声が漏れた。

「ふふ……ふふふ……」

 

バルドは椅子を蹴って立ち上がった。

「たわけが。迷信などに構っていられるか」

声を荒げた。

「帰れ。話は終わりだ」

 

村長は軽く会釈し、踵を返した。

だが──天幕を出る間際、振り返って一言だけ残す。

「……忠告は、いたしましたぞ」

村長は背を向けたまま、ゆっくりと歩き出す。

その背中が、天幕の影に消えていく。

 

残された兵士たちが、顔を見合わせた。

誰も、口を開かない。

妙な空気だけが、野営地の一角に重く沈んでいた。

 

──

 

その日の夜。

月は雲に隠れ、あたりは闇に沈んでいた。

 

エインとフレッドは、茂みの中に身を潜めている。

王国軍の野営地は、しんと静まり返っていた。

 

見張りの兵士が、松明を片手に巡回している。

一人、また一人。

足取りは緩く、時折あくびをする姿も見える。

駐留が長引き、気の緩みが出ているのかもしれない。

 

隣では、フレッドが固く息を潜めていた。

握った手のひらが、汗で湿っている。

 

「準備はいいか?」

 

エインが、小さく問いかける。

 

「うん……」

 

フレッドは短く頷いた。声はわずかに震えている。

 

その時、エインの懐の魔道具が淡く光った。

ヴォルフ将軍と連絡を取っていたスパイからの合図だった。

見張りの配置、巡回の間隔──すべてが共有されている。

 

エインは静かに頷いた。

 

「行くぞ」

 

見張りの隙を突いて、二人は闇の中へと滑り出す。

影から影へ。

足音を殺し、地を這うように。

 

スパイの手引きに従い、天幕の列のあいだを進む。

すぐそばから、兵士たちの寝息が聞こえてくる。

いびきをかく声も混じっていた。

 

やがて──バルド副団長の天幕の前にたどり着いた。

 

中は静かだった。

かすかな寝息が、布越しに漏れてくる。

 

エインとフレッドは、視線を交わす。

フレッドが頷いた。

 

エインは、そっと天幕の布をつまみ、音を立てずに持ち上げた。

中を覗く。

 

バルドが、寝台の上で横たわっていた。

深く眠っているようだった。

 

二人は、静かに中へ忍び込む。

 

そして──魔法を行使した。

 

──

 

翌朝。

バルドは、いつものように目を覚ました。

天幕の外から、朝日が差し込んでいる。兵士たちの起床の気配。武器の音、足音、声──。

バルドは身支度を整えようと、鏡を手に取った。

そして──凍りついた。

 

髪がない。

完全に、ツルッパゲになっていた。

つるりとした頭皮が、朝日を反射して光っている。

「な、なんだこれは……!」

バルドは慌てて頭を触る。つるりとした感触。髪が、跡形もなく消えている。

カツラを外したまま寝たのか? いや、そんなはずは──。

 

彼は周囲を見回した。寝台の周り、床、テーブル──どこにもカツラがない。

どこだ……どこにやった……!

 

その時、天幕の外から──。

 

「大変だああああああ!」

 

わざとらしいほど大きな声。

まるで芝居じみた叫び。

 

「副団長がツルッパゲになってるうううう!」

 

バルドは慌てて天幕の外に出た。

兵士たちが、こちらを見ている。

驚愕の表情。口を開けている者。目を見開いている者。

そして──。

「言い伝えの……災いだ……!」

「呪いだ! 山の呪いだ!」

兵士たちがざわめく。

どよめきが、波紋のように広がっていく。

 

バルドは否定しようとした。

「ち、違う! これは呪いなどではない! 断じて!」

 

必死に声を張り上げる。

「迷信だ! そんなもの──」

 

そこへ、兵士のひとりがぽつりと呟いた。

「でも……副団長、ハゲてるじゃないですか」

 

静まり返る空気のなか、兵士たちがざわつき始める。

「そうだよ……」

「これが、呪いじゃなきゃ何なんだよ……」

 

バルドは拳を握りしめた。

威厳を保ちたい。だが、このままでは兵士たちに不安が広がってしまう。

 

屈辱と葛藤が胸を渦巻く。

沈黙のなか、彼はしぼり出すように言った。

 

「違う……。わ、わしは……」

喉が、引きつる。

 

「最初から……カツラだったのだ……」

言い終えた瞬間、バルドの肩が崩れ落ちた。

 

どよめき。

 

「カツラだったんですか……?」

「え、初耳なんですけど……」

「副団長がカツラだったって、公言してましたっけ?」

「ていうか、そのカツラはどこ行ったんですか? 今はないですよね?」

 

素朴な疑問が、どこまでもバルドを追い詰めていく。

 

──その時。

年配の兵士が、小さく呟いた。

 

「村長が……言ってたよな」

周囲が、静まる。

「『大切なものが失われ、最終的には命が奪われる』って……」

 

別の兵士が、震える声で続けた。

「副団長の髪は……『大切なもの』だったのか……?」

「じゃあ、次は……」

「……命……?」

 

誰も、その言葉を否定できなかった。

 

────

 

315:元引きこもり転生者

よっしゃ、第一段階は成功や

 

316:名無しの転生者

何やったんや

 

317:元引きこもり転生者

そらズラ剥がしよ

フレッドに【消音】かけてもらって、寝てる副団長のズラを【魔路切断】で引っ剥がして回収したんや

 

318:名無しの転生者

馬鹿みたいな作戦だな

 

319:名無しの転生者

なんでそんな無駄に高度なイタズラしてんだよ

 

320:名無しの転生者

スパイに手引してもらってまでやることか……?

 

321:元引きこもり転生者

まあ、まだ第一段階やからな

本番は──ここからや

 

────

 

翌夜。

フレッドとエインは、再び野営地の外で待機していた。

 

だが、昨夜とは様子が違う。見張りが増えている。松明の数も多い。

 

そのとき──通信用の魔道具が淡く光った。

スパイからの連絡だ。

 

『見張りが増えた。地上からの手引きは無理だ』

 

フレッドの顔に、焦りが浮かぶ。

「どうしよう……」

何か……何か方法は──。

 

フレッドは必死に考えた。

地上からは無理。見張りが厳重すぎる。

なら、地下から? いや、トンネルを掘る時間はない。

 

……だったら──

 

上から、行く?

 

そのとき、フレッドの脳裏に閃きが走った。

「そうだ。エイン君」

「ん?」

「僕の【防壁】を足場にしたら……上空から侵入できるんじゃないか?」

 

エインの目がわずかに輝いた。

「……なるほどな。やってみるか」

 

フレッドは息を整え、魔力を練り上げた。

 

【防壁】

 

透明な壁が、空中に現れる。

そっと足を乗せる。ふわりと浮く感覚。

 

──いける!

 

もう一枚。さらにもう一枚。

階段状に、防壁を積み上げていく。

魔力を維持しながら、慎重に。

 

透明な階段が、夜空へと伸びていく。

月明かりに照らされても、視認できない。

 

やがて二人は、野営地の真上に到達した。

眼下に広がる、松明の海。

見張りの兵士たちは地上だけを警戒している。

誰ひとり、空を見ていない。

 

フレッドはそっと下を覗き込んだ。

(これなら……見つからない……)

 

その横で、エインが感心したように呟く。

「いいぞ、フレッド。このまま【防壁】を展開し続けてくれ」

 

そして──。

 

エインは、魔法を行使した。

 

───

 

翌朝。

上官の一人が、いつものように目を覚ました。

 

体が重い。昨夜はろくに眠れなかった。

バルド副団長の件以来、野営地には不穏な空気が立ち込めている。

 

身支度を整えようと、何気なく鏡を手に取った──その瞬間。

彼の体が、硬直した。

 

髪がない。

 

「うわあああああああああ!! 髪が! 髪がああああッ!!」

上官の悲鳴が天幕を突き破る。

 

頭を両手で抱える。

つるりとした感触。鏡に映る、異様なツルッパゲの男。

 

嘘だろ、嘘だろ、嘘だろ……ッ!?

 

──そのとき、隣の天幕から、別の悲鳴が上がった。

「嘘だろ……俺の髪が……!」

 

もう一人の上官も、同じく──ハゲていた。

 

騒ぎを聞きつけた兵士たちが駆け寄ってくる。

 

「呪いだ!」

「また呪いが発動したぞ!」

「二人同時に……呪いが広がってる……!」

 

若い兵士が、怯えた声で呟く。

「副団長の時は一人だったのに……」

「呪いが……加速してる……」

 

別の兵士が、村長の言葉を繰り返した。

「『最終的には命が奪われる』……」

「次は……俺たちだ……」

 

上官たちの背筋を、冷たい恐怖が這い上がる。

これは……本物の呪いじゃないのか……?

 

バルドが、混乱を鎮めようと叫ぶ。

「落ち着け! これは呪いなどではない!」

 

だが兵士たちは、詰め寄った。

 

「じゃあ、副団長に続いて、上官二人もカツラだったって言うんですか!?」

「そんな偶然あるわけないでしょう!」

 

確かに、誰もが知っている。

この二人の上官は──間違いなく地毛だった。

 

一人の上官が、「カツラではない」と否定しかけた──そのとき。

バルドと、目が合う。

 

彼の眼差しが、何かを訴えていた。

──認めるな。合わせろ。

その意図が、目から伝わってくる。

 

上官は、悟った。

そして──

 

深い、深い溜息。

「……実は、私も……」

 

声が震える。

「カツラだったのだ……」

 

一拍の間。

 

もう一人の上官も、崩れ落ちるように言った。

「私も……そうだ……」

 

二人の上官は、顔を見合わせることができなかった。

 

──沈黙。

そして、ぽつりと漏れる兵士の声。

 

「……嘘だ」

「そんなの、信じられるか……」

「やっぱり、これは呪いだ……本物の……」

 

「次は……俺たちの番かもしれない……」

 

上官は、崩れ落ちそうな膝を必死に支えながら思った。

(これは……もう、止められん……)

 

────

 

315:元引きこもり転生者

第二段階も、無事完了や

 

316:名無しの転生者

今度は何をやったんや

 

317:元引きこもり転生者

偉そうなやつの髪の毛をな、魔法でまるっと全滅させたんや

 

318:名無しの転生者

ヒェッ……

 

319:名無しの転生者

ハゲ晒しだけじゃなくて、ハゲ変化もできるのかよ……

 

320:名無しの転生者

意味不明すぎて怖いんやけど

 

321:元引きこもり転生者

せやろ? でもな、その“意味不明”こそが重要なんや

わけわからんからこそ、兵士も「呪い」やと思ってビビるんやで

 

────

 

翌朝。

 

野営地に、けたたましい悲鳴が響き渡った。

 

「髪が……! 髪があああああ!!」

「嘘だろ、なんで俺が……!」

 

今度は、一般兵士たちだった。

しかも──四人。

 

全員、ハゲていた。

 

「助けてくれえええ!」

「呪いだ! 呪いが広がってる!」

 

野営地全体が、完全にパニックに陥った。

兵士たちは互いの頭を見回しながら震えていた。

次は──俺か?

それとも、隣のコイツか……?

 

バルドが怒号を上げる。

「落ち着け! これは呪いじゃない! 常識的に考えれば──」

 

──誰も聞いていなかった。

 

本来なら整列しているはずの隊列も、今やバラバラ。

立ち位置だけはかろうじて残っているが、全員が頭を押さえ、チラチラと周囲を確認している。

何かが起こるのを──待っていた。

 

そして、その時はやってきた。

 

一人の兵士が、突然頭を押さえて叫んだ。

「頭が……熱い……!? か、髪が……!!」

 

一瞬、全体が静まる。

全員が、彼を見た。

 

その兵士の髪が──抜けていく。

一本、また一本。

まるで、見えない何かに引き抜かれていくかのように。

 

ポロ……ポロ……ポロ……。

 

周囲の兵士が、息を呑んで見守る。

 

やがて──

 

完全に、ツルッパゲ。

光る頭皮。

 

「………………」

 

沈黙。

 

そして──

 

「本物の……呪いだあああああああ!!」

 

全員の顔が、青ざめる。

 

「俺もだ!」

「うわああああああ!!」

「俺の頭ァァァァァ!!」

 

次々と、他の兵士たちの髪が抜けていく。

 

三人、四人、五人……。

もはや数えている暇もない。

リアルタイムで広がる、ハゲの連鎖。

目に見えない呪いが、次から次へと兵士の頭皮を襲っていく。

 

「村長が言ってた! 『命が奪われる』って!!」

「次は死ぬ! 俺たち殺される!!」

「うわあああああああああ!!」

誰かが絶叫した。

 

「逃げろ! ここから逃げろ! 呪われる前に!!」

その声を合図に、雪崩のように脱走が始まった。

 

武器を投げ捨てる者。

テントを蹴り飛ばす者。

仲間を押しのけて走る者。

 

野営地は、たちまち無秩序の坩堝と化した。

 

「待て! 逃げるなァァァ!!」

バルドの怒号が響く。

「整列しろ! 持ち場を離れるな! 命令だァァ!!」

 

──だが、もう誰も振り返らない。

 

「そんな事してる場合か!!」

「あんただけ勝手にハゲてろ!!」

「俺たちまで巻き込むな、呪われハゲ!!」

 

怒号と悲鳴と足音が交差する中、兵士たちはバルドを置き去りにして、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

────

 

315:元引きこもり転生者

やったぁ、ついに王国軍が撤退したぞ

 

316:名無しの転生者

マジで!?

 

317:名無しの転生者

ハゲさせるだけで軍隊撤退って、意味わからんすぎて草

 

318:元引きこもり転生者

今度は寝てる間だけやなくて、時間差で起きてる時に髪の毛全滅させたからな

恐怖もひとしおやったろなぁ……

 

319:名無しの転生者

それってもう実質、攻撃では?

 

320:元引きこもり転生者

怪我してへんしセーフやろ

 

321:名無しの転生者

けがしてないけど、けがないやんけ

 

322:元引きこもり転生者

大丈夫やって、使った魔法は【毛根休眠】(リフレッシュ)や。

効果時間も短いし、そのうち髪も生えてくるで。

 

323:名無しの転生者

ほならええか

 

324:名無しの転生者

よくないですよ(薄毛並みの感想)

 

325:名無しの転生者

ちなみに毛根の復活はできますか?(ハゲ並みの願望)

 

326:元引きこもり転生者

>>325

部位欠損みたいにけががあるなら回復魔法で治せるけど、ハゲはけがないからなぁ……

無いもんは戻らへん

 

327:名無しの転生者

希望は……ないのか……

 

328:名無しの転生者

髪もない

 

────

 

その日の正午。帝国軍陣地──

 

ヴォルフの天幕に、通信用の魔道具が淡く光った。

スパイからの報告は、すでに何件も届いていた。

 

王国軍の野営地で発生した“異常”──

最初は一人。次に数人。そして、隊全体へ。

呪いだの災いだのと叫びながら、兵士たちは武器も放り出して逃げ出したという。

 

報告を受け取るたび、ヴォルフは眉をひそめていた。

──馬鹿げた手だ、と。

 

だが、撤退は完了していた。

王国軍は一人残らず、陣地から姿を消した。

 

ヴォルフは魔道具を置き、ふっと鼻を鳴らした。

 

「……本当にやりおったか、あの小僧め」

 

わずかに笑みを浮かべる。

ハゲさせて追い出す──冗談のような手段だ。

武人として、美しい作戦とは言えない。

 

だが──

事実として、軍は引いた。

無傷で。誰も責任を問われることなく。

 

彼は立ち上がり、天幕の外へ声をかけた。

 

「副官を呼べ」

 

すぐに、若い将校が姿を現す。

 

「王国軍が撤退した。例の鉱山一帯を封鎖しろ。鉱区として接収する」

「帝国の管轄として、先に既成事実を作っておくのだ」

 

「はっ」

 

副官が敬礼し、足早に去っていく。

 

ヴォルフは再び椅子に腰を下ろし、静かに腕を組む。

 

「……面白い小僧だ」

 

彼は、もう一つの通信魔道具を手に取った。

エインに渡したものと対になっている、黒く鈍く光る球体。

魔力を流し込む。

 

「なんだよ」

 

エインの声が、淡々と響いた。

 

「王国軍が完全に撤退した。──見事だったな」

 

「ああ、こっちこそ」

「スパイが役に立ったよ。ありがとな」

 

ヴォルフは、しばし沈黙したのち、口を開いた。

 

「帝国に来ないか」

 

「は?」

 

「魔法師団長でも、研究室長でも、好きな立場を用意しよう」

「お前の才能は惜しい。この帝国で、好きに力を振るってみないか」

 

エインは少し間を置き──

「うーん……やめとくわ」

 

「……」

(束縛を嫌うタイプか)

無理強いは逆効果だ。ヴォルフはそう判断する。

 

「ならばせめて、恩を売らせてくれ」

「欲しいものはあるか? 困っていることでもいい」

 

「そうだなあ──」

 

────

 

数週間後。

王立魔法学校の職員会議室。

 

長机を囲み、校長レオナルドと各クラスの担当教師たちが座っている。

教務報告もひと段落し、場の空気が少し緩んだそのとき──

 

「では、次の議題じゃ」

レオナルドが切り出した。

 

「帝国より、留学生の受け入れ要請が届いておる」

視線を、会議室の隅に控えていた男へと向ける。

 

「帝国の使者殿より説明がある。──よろしいか?」

 

促され、男が一歩前へ出る。

深紅の外套を着た中年の男。礼儀正しく、口調も穏やかだ。

「帝国魔法省の者です。このたびは、お時間をいただき感謝いたします」

軽く一礼し、話を続ける。

 

「本件は、当方の若き才能がさらなる高等教育を求めており、

貴校の一年生課程への編入を希望しております」

教師たちの間に、ざわめきが広がった。

 

「一年生から……? この時期に?」

「そんなに優秀なら、わざわざ王国に来る必要があるのか?」

使者は、ゆっくりと首を振った。

 

「本人はすでに帝国の課程を修了しております」

教師たちが顔を見合わせた。

 

「王国の教育体系との比較研究を目的としており、御校の環境でこそ得られるものがあると判断したようです」

 

沈黙が流れる。

やがて、レオナルドが言った。

 

「学びたいと願う者に、我らが門を閉ざす理由はあるまい」

「──受け入れよう。その志に応えるのが、我らの務めじゃ」

 

教師たちが、無言で頷く。

「さて、問題は……どのクラスに配属するか、じゃな」

 

──その言葉に、すかさず反応したのがハーゲンだった。

「私が引き受けましょう」

 

間髪入れぬ発言。

教師たちが一斉に振り向く。

 

ハーゲンは咳払いしながら立ち上がった。

「Aクラスは、ちょうど一名減員しておりましてな」

 

(エインが抜けた穴を、優秀な留学生で埋める──)

(これで評判も回復できる)

ハーゲンは内心で計算していた。

 

「座席や指導枠に余裕があり、受け入れには最適です」

会議室が静まる。

 

他の教師たちは、特に反対しなかった。

彼は、密かに口元を緩めた。

 

「では、Aクラスに受け入れるとしよう」

レオナルドが宣言する。

 

そのとき──使者が、にこやかに口を開いた。

「ありがとうございます」

一拍。

「では──早速ご紹介いたしましょう」

 

「……?」

 

「もう来ておりますので」

 

会議室が、ざわついた。

「もう来ている……?」

「まだ決まったばかりだぞ?」

 

教師たちが顔を見合わせる。

 

扉が、開いた。

 

「お……お前は……」

ハーゲンが椅子を蹴倒して立ち上がった。

 

顔面蒼白。

指が震えている。

 

「ありえん……!」

声が裏返る。

 

「退学──いや、クビにしたはずだ……!」

「なぜ……なぜここにいる!?」

 

絶叫。

 

「エイン!!」

 

少年はにこやかに、金の紋章が刻まれた学生証を掲げて見せた。

帝都魔法学校の正式な身分証だ。

 

「俺は“ステイン”です」

 

そう言って、にやりと笑う。

 

「でもまあ──エインと呼びたいなら、そう呼んでもいいですよ」




次回、スピンオフ。
犯罪者が現れます。
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