久しぶりですので簡単に登場人物をおさらいします。
エイン:主人公。とても友達想いで、権力には決して屈さない。弱きを助け強きを挫く正義の味方。しかし、その善良な性格が災いして二度も学校を追放されたり、逮捕されたり、死刑になったりなど理不尽な目に合う。
フレッド:エインの親友だが、まるで対照的な性格で遵法意識も薄い。無断で学校をサボって里帰りする、その道中で無抵抗の人間を洗脳する、敵国と内通して自国の軍事作戦を妨害する等、とんでもない悪事を働く。
ネズミ:哺乳類
【緊急】マジでヤバい!
全ての始まりは、妹のミリーからの手紙だった。
『お兄ちゃん、助けて』
その一文を見て、僕は故郷のエクス村へ向かうことを決めた。エイン君が「行ってやれよ」と背中を押してくれたのだ。
村は王国軍に占拠されていた。家も畑も奪われ、村人たちは避難生活を強いられていた。国境近くで見つかった鉄鉱山をめぐる王国と帝国の対立に巻き込まれたのだ。
エイン君と協力して、なんとか王国軍を追い出すことができた。村に平和が戻り、父さんも母さんもミリーも、村の人たちも心から喜んでくれた。
帝国の将軍は協力の見返りとして僕たちに褒美を約束してくれた。エイン君には学校復帰のための手立てを、僕には王国軍に奪われた村の物資の補填を──。
そこまでは良かった。
(……学校、どうしよう)
一週間以上、無断で休んでいる。ミリーの手紙を受け取ったあの日、誰にも告げず許可も取らず、ただ村へ向かった。
まずい。かなりまずい。
家族に惜しまれながらも、僕たちは王都への帰路を急いだ。
──
馬車が揺れる。窓の外に見慣れた風景が流れていく。
エイン君は王都のホテルに滞在しているらしい。書類の手続きや帝国との連絡調整に時間がかかるとのことだった。
(エイン君はうまくやったな……)
僕も留学生の身分を貰っておけばよかったかな、なんて考えてみるが、すぐに首を振る。今さらどうにもならない。
そんなうちに、やがて魔法学校が見えてきた。僕は馬車を降り、御者さんに礼を言った。
そして門の前に立つ。高くそびえる鉄の門。
(エイン君は退学になったけど……今度は僕が退学、なんてことにならないよね?)
深呼吸をする。
僕は覚悟を決め、門をくぐった。
──
その瞬間、空気が違った。
肌を撫でる風の温度、木々の葉が擦れる音、石畳に落ちる自分の足音──全てがいつも通りのはずなのに、何かが違う。
(……静かすぎる)
昼休みの時間帯ではないが、日中の学校ならもっと生徒たちの声が聞こえてくるはずだった。廊下を走る足音、窓から漏れる話し声、遠くから聞こえる笑い声。そういった学校特有の喧騒がまったくない。
風が木々を揺らす音。遠くで鳥が鳴く声。噴水の水音。自然の音だけがやけに大きく聞こえる。人の気配が薄い。
(気のせい……かな?)
そう自分に言い聞かせながら平民寮へ足を向けた。中庭を通り過ぎる。この時間なら数人は生徒がいるはずなのに、誰もいない。ベンチも芝生も人の姿がない。
(そうか……もう授業が始まっているのか)
時計を見る。午前の授業時間だ。僕は焦った。
急いで寮へ戻り、自室に荷物を置く。制服に着替え、教室へ走った。
──
Aクラスの教室。扉の前で僕は一度立ち止まった。廊下の窓から中の様子が少し見える。
授業中だ。ハーゲン教授が黒板に何か書いている。クラスメイトたちが静かに座っている。
(……やけに静かだな)
僕は深呼吸をして扉を開けた。
その瞬間、空気が凍りついた。
教室内にいた全員の視線が一斉に僕へ向けられた。ハーゲン教授。クラスメイト全員。誰一人として視線を外さない。
首だけが、ゆっくりとこちらを向く。
体は微動だにしない。ペンを持つ手も、ノートに置かれた肘も、そのまま。ただ首だけが回転していく。人形じみた、滑らかな動き。
僕は、その場で固まった。
(な、なんだ……?)
その視線は、歓迎でも敵意でもなかった。ただ無機質だった。感情が抜け落ちている。全員の目が、同じ温度で僕を見ている。同じ角度で、同じタイミングで。
誰も笑っていない。誰も驚いていない。誰も瞬きすらしない。
ただ、じっと見ている。
数秒間、凍りついた沈黙が続いた。僕の心臓が激しく鳴り始め、背筋に冷たいものが走った。
「あ、あの……すみません、遅れました」
僕は声を絞り出した。
ハーゲン教授が、ゆっくりと、本当にゆっくりと口を開いた。
「……フレッド君か」
その声は、予想していた怒気を含んでいなかった。むしろ妙に穏やかだった。抑揚のない、平坦な声。
「無事だったか。心配していたぞ」
「……え?」
僕は耳を疑った。心配? ハーゲン教授が? いつもなら「貴様! 無断欠席とは何事だ!」と怒鳴りつけてくるはずなのに。
「席に着きたまえ。授業を続けよう」
教授はそれだけ言って、瞬時に切り替わるように黒板へ向き直った。その動きが、あまりにも機械的で。
僕は戸惑いながらも自分の席へ向かった。歩く間も、クラスメイトたちの視線が僕を追ってくる。
首だけを動かして。体は微動だにせず。ただ首だけが、ゆっくりと、滑らかに、僕の動きに合わせて回転していく。
誰も何も言わない。ただ、見ている。
僕は席に着いた。その瞬間、全員の首が一斉に前を向いた。
(……おかしい)
隣のクラスメイトが、小声で話しかけてきた。
「久しぶりだな、フレッド」
言葉の内容は普通なのに、その声に感情がない。
「あ……うん」
「心配したぞ」
心配の言葉のはずなのに、どこか感情がこもっていない。平板で、機械的な響き。決められた台詞を読み上げているようだった。
僕は返事ができなかった。ただ、曖昧に頷くだけ。
クラスメイトはそれ以上何も言わず、前を向いた。
授業が再開された。ハーゲン教授が魔法陣の構造について説明している。
僕はノートを開いたが、教授の言葉はほとんど頭に入ってこなかった。
周囲を、こっそりと観察する。
クラスメイトたちは、いつも通りに授業を受けている……ように見える。だが、全員の姿勢が揃いすぎている。
背筋がぴんと伸び、手の位置も、視線の角度も同じ。
私語をする者がいない。居眠りをする者も、咳払いをする者も、鼻をすする者も、ペンを落とす者もいない。
(こんなに規律正しかったっけ……?)
Aクラスは確かに優秀だった。だが、それでも多少の緩みはあった。
誰かが私語をする。誰かがあくびをする。誰かがペンを落とす。そういった、人間らしいノイズがあった。
今は違う。
僕は、不安になった。
──
授業が終わった。昼休みだ。
僕は平民寮の食堂へと向かった。
廊下を歩きながら、周囲を観察する。他の生徒たちも食堂へ向かっているが、みんな妙に静かだ。笑い声も、話し声も、ほとんど聞こえない。
そして、歩調が揃っている。
完全に、というわけではない。それでも明らかに普通ではないほど揃っている。無数の足音が、一つのリズムを刻んでいる。
僕はその流れに混ざった。だが、自分の足音だけがズレている。それが、やけに気になった。
──
食堂に入ると、カウンターの奥で食堂のおばちゃんが働いていた。
おばちゃんが僕に気づく。
「フレッド君じゃないか!」
駆け寄ってくるその顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
「心配したんだよ! どこ行ってたんだい!」
その声色は、確かに本物の心配を含んでいた。教室で感じた違和感とは違う、人間らしい温かい声。
僕は思わず、安堵の息を吐いた。
(ああ、やっぱり気のせいだったのかもしれない)
「ただいま、おばちゃん。ちょっと用事があって……」
「まあまあ、そうかい。とにかくお帰りなさい! 今日のメニューはフレッド君の好物だよ!」
彼女は僕の皿に、ハンバーグを載せた。
そして、その上にチーズをかけ始める。
「サービスだよ!」
おばちゃんの手が止まらない。チーズがどんどん積み上がっていく。
「お、おばちゃん、それくらいで……」
「遠慮しないで! たくさん食べなきゃ!」
ハンバーグが見えなくなるほど、チーズが積み上がっていく。その量は、もはや尋常ではなかった。
「おばちゃん、本当にもう……」
それでも止まらない。
「おばちゃん!」
僕が声を上げると、ようやく手が止まった。
「はい、できあがり!」
満足げに差し出された皿は、ずっしりと重い。
周囲を見ると、寮生たちがそれを見て声を上げていた。
「うわー、いいなー!」
「俺もそれくらいかけてほしい!」
「チーズ最高!」
羨ましそうな声。だが、その調子が妙に画一的だった。
みんな同じ言葉を、同じような調子で口にしている。
そして、その視線はチーズの山に向けられている。
まるで、何かを崇拝する信者のようだった。
僕は背筋に、悪寒が走るのを感じた。
*
僕は皿を持って、空いているテーブルに座った。
フォークでチーズをかき分け、ようやくハンバーグを見つける。一口食べる。
ハンバーグ自体は、いつも通りの味だった。
だが、チーズが多すぎて、味のバランスが完全に崩れている。
周囲を見ると、他の生徒たちもチーズ料理を食べていた。
チーズパスタ、チーズリゾット、チーズトースト──チーズだらけだ。
そして、彼らは笑顔で食べている。
だが、その笑顔が、全員同じだった。
口角の上がり方。咀嚼のリズム。飲み込む動作。
全てが、揃っている。
「チーズ美味しい!」
誰かが言う。
「チーズ最高!」
別の誰かが言う。
「オマエもチーズ最高と叫びなさい!!」
また別の誰かが言った。
皆がチーズ、チーズと同じ言葉を繰り返す。
合唱のようだが、それは歌ではなく、呪文のようだった。
僕は食欲が失せ、皿を置いた。
その瞬間、周囲の視線が一斉に僕へ向けられた。
全員が、同時に首を動かす。
そして、じっと僕を見る。
無言で。笑顔で。
(なんで……)
僕は立ち上がった。
「ご、ごちそうさま」
誰にも聞こえないような小声で言って、食堂を出た。
背中に、無数の視線を感じながら。
──
午後の授業が終わった。
僕は寮へと向かった。廊下を歩いていると、前方から人影が現れた。
よろめくように、壁に手をついて歩いている。
レオナルド校長だった。
(なんだ……?)
その姿は、いつもの威厳に満ちた校長ではなかった。顔は青白く、額には大粒の汗。息も荒い。
そして──
「
校長が、自分自身に魔法をかけた。青白い光が、体を包む。
校長の体がビクリと震え、深く息を吐いた。
僕は声をかけた。
「校長先生!」
彼が顔を上げた。その瞳に、一瞬、正気の光が宿る。
「フレッド君……!」
必死な声だった。
「君だけでも……早く……学校から──」
言葉が、途切れた。
レオナルド校長の目から、光が消えた。
感情も、生気も、人間性も、一瞬で抜け落ちる。
糸が切れた人形のように、表情が死んだ。
「……いや、なんでもない」
抑揚のない声。平坦で、機械的な響き。
彼は、僕の横を淡々と通り過ぎていった。先ほどまでのよろめきは消え、一定のリズムで歩いていく。
その時、視界の隅を、小さな影が横切った気がした。
(今のは……?)
僕は廊下を見回したが、何もいない。校長の姿も、もう見えない。
だが、確かに何かを見た。
何かが、この学校を蝕んでいる。
僕は足早に寮へと向かった。
──
夜になり、部屋に戻る。
夕食の時間だったが、食堂へ行く気にはなれなかった。昼に見た、あの大量のチーズ。あの笑顔。
食欲が湧かない。
僕は部屋に籠もり、ベッドに倒れ込んだ。
(疲れた……)
精神的な疲労が、あまりにも大きかった。
目を閉じる。だが、なかなか眠れない。
揃いすぎた動き。感情の抜け落ちた声。チーズへの異常な執着。
(この学校で……一体、何が?)
答えは出ない。ただ、不安だけが募っていく。
そうして、ようやく眠りについた。
────
夢を見た。
奇妙な、悪夢だった。
暗い場所。湿った空気。ざらついた壁。低い天井。
そこに、無数の小さな生き物たちがいた。
床を埋め尽くすほどの群れ。小さな黒い瞳が、無数に僕を見ている。
怖いはずなのに、怖くなかった。
むしろ、心地よかった。温かい。安心する。
彼らが、僕に近づいてくる。
足元を這い回り、ズボンを登り、腕に乗り、肩に乗り、顔に触れる。
小さな体が、僕を覆っていく。
その感触が、心地よかった。
僕は、彼らと一緒にいる。
そして、自分の体が変わっていくのを感じた。
体が小さくなり、背中に毛が生え、尻尾が伸び、手が小さな爪に変わっていく。
僕は、彼らと同じになっていく。
だが、それは恐怖ではなかった。
むしろ、開放感だった。
人間であることの重荷が消えていく。考えること。悩むこと。孤独であること。全てが消えていく。
代わりに、一体感。
群れの中にいる安心感。みんなと繋がっている感覚。
それが、僕を満たしていく。
気持ちいい。温かい。幸せだ。
群れの中で、僕は一匹になる。
みんなの思考が、僕の中に流れ込む。僕の思考も、みんなへ流れていく。
境界が、なくなっていく。
「僕」という個が消えていく。
「みんな」という群れになる。
一つになる。
そして、ふと、エイン君の顔が浮かんだ。
親友であるはずの、エイン君。
なのに、理由もなく、胸の奥から泥のような憎悪がせり上がってきた。
憎い。許せない。
あいつは、僕の身体で実験した。僕を、道具として扱った。
復讐しなければ。
その感情が、僕を満たしていく。
いや、僕だけではない。群れのみんなも、同じことを考えている。
みんなが、エイン君を憎んでいる。
その憎悪が、増幅されて、僕に流れ込んでくる。
エイン。エイン。エイン。
殺せ。殺せ。殺せ。
無数の声が、重なり合い──
ハッ!
僕は、悪夢から飛び起きた。
心臓が、激しく鳴っている。全身に、冷や汗をかいていた。
(……なんだ、今の)
震える手で、顔を覆った。
窓の外を見ると、空が白み始めていた。もう、朝だ。
その時、窓枠に、小さな黒い影があった。
(……!)
だが、視線を向ける前に、影は動いた。
小さな、素早い動き。
そして、消えた。
(夢じゃ……ない)
何かが起きている。確実に。
──
翌朝、僕は再び食堂へ向かった。
他の寮生たちも食堂へ向かっている。相変わらず、静かだ。
そして、みんなの表情が、どこか幸せそうだった。
穏やかな笑顔。満ち足りた表情。
だが、誰もが、同じ表情をしている。
朝食も、やはりチーズ料理だった。
チーズオムレツ。チーズトースト。チーズスープ。
僕は皿を受け取り、一口食べた瞬間──
(……あれ?)
不思議なことが起きた。
昨日まで感じていた、チーズへの辟易感が消えている。
むしろ、美味しいと感じた。
いや、美味しいどころではない。
これは、僕の“大好物”だ。
確信に近い感情が、湧き上がってくる。
(なんで……?)
自分の変化に戸惑ったが、手は止まらない。
夢中で、チーズオムレツを食べた。
奇妙な高揚感に包まれる。
昨日までの疑念や、悪夢のことが、すっと晴れていく。
(あれ? なんだか気分がいいぞ)
そうだ。やっぱり疲れていただけだったんだ。
この学校は、何も変わっていない。
全ては、僕の思い込みだった。
周囲の生徒たちも、みんな楽しそうにチーズを食べ、笑顔になっている。
素晴らしいじゃないか。
僕も、その輪に入る。
みんなと同じようにチーズを食べ、笑顔になる。
幸福感が、全身を満たしていく。
──
食事の後、授業が始まる前に、突然、全校放送が流れた。
『全校生徒、教職員は、至急、講堂に集合せよ。繰り返す──』
緊急集会の召集だった。
僕はクラスメイトたちと共に、講堂へ向かった。
みんな静かに歩いている。
廊下を歩く足音が、揃っている。
僕も、その列に加わった。
もう、違和感を感じなかった。
むしろ、心地よい。
みんなと同じリズムで歩き、同じ速度で進む。
それが、自然に感じられた。
──
講堂は、すでに多くの生徒や教師で埋まっていた。
皆、静かに壇上を見ている。
僕も、空いている席に座った。
やがて、壇上にレオナルド校長が現れた。
「皆の者、集まってくれてありがとう」
校長の声は静かだった。
だが、どこか、いつもと違う。
感情が、抜け落ちている。
「本日は、重要な人事について発表する」
僕は、穏やかな気持ちで聞いていた。
「本日より、新校長として、アルノン殿を迎えることとなった」
その言葉と同時に、壇上の演台に、何かが現れた。
小さな、白い生き物。
それを見た瞬間、講堂内に拍手が湧き起こった。
パチパチパチパチ。
完璧に揃った、リズムのある拍手。
僕も、自然と手を動かしかけた。
手のひらを、合わせようとして──
(……待って)
何かが、引っかかった。
僕は、壇上を見た。
演台の上に座っている、小さな白い生き物。
(あれは……ネズミ?)
一匹の、白いネズミ。
小さな黒い瞳が、講堂内を見渡している。
(ネズミが……校長?)
ハッとした。
(何を僕は……!)
現実認識が、一気に押し寄せてきた。
「あり得ない!」
思わず、声が出た。
「ネズミが校長なんて!」
その瞬間、拍手が、ピタリと止まった。
静寂。
講堂内の、全ての視線が、一斉に僕へ向けられた。
生徒。教師。壇上のレオナルド。白いネズミ。
何百という、無機質で冷たい視線。
息ができない。動けない。
本能的な恐怖が、全身を駆け抜けた。
レオナルド校長が、冷たい、抑揚のない声で問いかける。
「フレッド君、どうかしたかね?」
間を置いて。
「何か、問題でも?」
その言葉と同時に、小さな影たちが現れた。
床を這い、壁を伝い、天井から降りてきて、僕を取り囲む。
チッチッチッ。
小さな鳴き声。
ネズミだ。
まずい。逃げなきゃ。
そう思った瞬間──
恐怖心が、急速に薄れていく。
霧が晴れるように。
違和感も、疑問も、恐怖も、全て消えていく。
代わりに、妙な納得感が湧き上がった。
(そうだ……何がおかしかったんだろう?)
新校長がネズミなのも、集会の後に【解呪】を使うのも当然のことじゃないか。
みんな祝福している。
新校長は、きっと素晴らしい指導者だ。
僕だけが、おかしかったんだ。
思考がクリアになり、完全な納得感が、僕を包む。
気持ちいい。温かい。幸せだ。
「……いえ、何でもありません」
僕は、そう答えた。
「そうか。ならば良い」
集会は、滞りなく進行した。
新校長が、小さな声で何か挨拶をした。
チチチ、チチチ。
よく聞こえなかったが、みんな拍手をした。
僕も、拍手をした。
素晴らしい挨拶だった。
心から、そう思った。
*
集会が終わり、生徒たちが講堂を後にする。
僕も、何の疑問も抱かず、その流れに従った。
みんな、幸せそうだ。
僕も、幸せだ。
全てが、うまくいっている。
*
講堂を出て、廊下を歩く。
生徒たちの流れに従って、歩く。
完璧に揃った足音。
僕の足音も、そのリズムに溶け込んでいる。
気持ちいい。
みんなと、一つになっている。
夢で感じたものと、同じだ。
群れの一員。
みんなと繋がる。
孤独が、消える。
素晴らしい。
やがて、人が少ない場所に来た。
僕は、何となく立ち止まった。
そして──
「
無意識に、自分自身へ魔法を放っていた。
解呪の光が、僕を包む。
次の瞬間──
(……ッ!?)
頭が、現実に引き戻された。
数分前までの奇妙な受容感が、嘘のように消え去る。
多幸感も、納得感も、一体感も、全て消えた。
現実認識が、戻る。
(僕は……何を……)
ネズミに取り囲まれた時の感覚。
思考が塗り替えられていった感覚。
「素晴らしい」と思っていた感覚。
全てが、鮮明に蘇る。
「ッ……!」
全身から汗が噴き出した。
膝が震える。吐き気がする。
「危なかった……!」
もう少しで、完全に取り込まれるところだった。
あの瞬間、自分に【精神支配】で暗示をかけていなければ──
あのまま、解呪すらできず、僕も彼らと同じになっていた。
思考も、感情も、個も失い、群れの一部になっていた。
震える手で、壁に寄りかかった。
周囲を、生徒たちが通り過ぎていく。
誰もが、普段と変わらぬ様子で歩いている。笑顔で、話しながら。
だが、彼らは、もう──
(学校が……)
僕は、その場に立ち尽くした。
学校は、完全に乗っ取られてしまった。
その絶望的な現実と、自分自身も容易に取り込まれかねないという恐怖。
それを、ようやく自覚した。
僕は、一人だ。
この学校で、まともなのは、もう、僕だけだ。
――――――――
以上、おまけでした。
ここからは本編をお楽しみください。
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【緊急】マジでヤバい!
1:元引きこもり転生者
緊急事態発生!助けて!
2:名無しの転生者
でたわね
3:名無しの転生者
今度は何があったの
4:名無しの転生者
ホテルから追い出されたとか?
5:元引きこもり転生者
朝食バイキングで、ロールパンとクロワッサンがあるんやけど
主食にどっちを選べばいいかわからん!
6:名無しの転生者
は?
7:名無しの転生者
緊急事態とは何だったのか
8:名無しの転生者
こいつマジで殴っていい?
9:元引きこもり転生者
>>7
早く決めないとおかずが冷めちゃうだろ!どう考えても緊急事態やんけ!
10:名無しの転生者
どう考えてもどうでもいい事態だろ
11:名無しの転生者
そんなに迷ってんなら両方食えよ
12:元引きこもり転生者
>>11
ライスもあるのにパンを2個も食べられるわけ無いだろ!
こっちはマジで大変な状況なのに、お前ら呑気すぎやろ!
13:名無しの転生者
そもそも炭水化物と炭水化物を一緒に食べちゃ駄目でしょーが!
14:名無しの転生者
というかおかずは何なの?どっちを食うかは相性次第だろ
15:元引きこもり転生者
>>14
ウィンナー、ベーコン、スクランブルエッグ、ハッシュドポテト
16:名無しの転生者
メニューの選び方が小学生なんよ
17:名無しの転生者
野菜食え野菜
18:名無しの転生者
そのメンツならクロワッサン一択だろ
バターの風味とベーコンが合う
19:名無しの栄養士
栄養士の目線でいうと油取りすぎなので
こだわり無いならロールパンの方が良い
あと野菜も食べろ
20:元引きこもり転生者
>>19
サンガツ!ロールパンにするわ!
健康も大事やからな!
野菜はポテトがあるから大丈夫!
21:名無しの栄養士
大丈夫じゃねぇよ
22:元引きこもり転生者
あ、やばい!今度こそ本当に大変なことになった!
フレッドがいない間、魔法学校はネズミたちに支配されていた!
一体なぜ支配されてしまったのか!?
アルノンとは何者なのか!?
今回の騒動の元凶は一体誰なのか!?
そして、エインに起きた緊急事態とは──!?
次回「究極の選択! 飲むべきはコンポタか? トマトスープか?」
お楽しみに!