引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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お待たせしました。
久しぶりなので、簡単に登場人物をおさらいします。

エイン:主人公。最近は出番が少ないけど、それでも主人公。
セレナ:メインヒロイン。前回の登場は十四万字も前だけど、それでもメインヒロイン。



成長編
婚約破棄の夜会で宰相子息を助けたら、正しすぎる婚約を申し込まれました ~再会した彼女は、既に婚約していた~


 

 

【前回までのあらすじ】

1:元引きこもり転生者

とある魔術師の少年は、超絶スーパークールな男の子。

故郷の村で平和に暮らしていたが、魔法学校と名乗る邪悪な組織に何度も襲撃される。

周りに迷惑はかけられまいと、少年は涙をのんで入学することになった。

しかし学校は何を考えているのか、せっかく確保した超優良児をすぐさま放逐。

それでも、学校に残る皆を放ってはおけない。少年は教師として復帰し、持ち前のカリスマで悩める生徒たちを次々と救う。

だが、そんな有能な救世主を学校はまたもや放逐。

仕方ないので親友フレッドとともに王国と帝国の戦争を阻止して、その恩賞で帝都魔法学校卒業生の身分をゲットする。

そして少年は帝国からの留学生として三たび学校に復帰、不死鳥のごとくワイは蘇るのだった。

 

2:名無しの転生者

いきなり何?

 

3:元引きこもり転生者

いや、なんとなく今までの振り返りをしたほうがいい気がして……

 

4:名無しの転生者

振り返ってる割には事実を盛りまくってる気がするんですが

 

5:名無しの転生者

でもまぁ、三ヶ月も待たせたし振り返りは必要だろうな。

 

6:元引きこもり転生者

>>5

いや、前回スレ立てたの一週間前だぞ? 確かカジノ行くスレが最後だった。

 

7:名無しの転生者

違うくね?二十年前に石打ちにされてたのが最後だったぞ。

 

8:名無しの転生者

え?一時間しか経ってないだろ

というより、時空が乱れてるな

 

9:名無しの転生者

お前ら転生者掲示板の仕様を知らないのか?

転生者本人の意識があるときだけ、その本人の中で掲示板の時間が進むんだよ

無数にある異世界間で時刻同期を取るのもめんどくさいからな

 

10:名無しの転生者

なんか急に新しい設定が生えてきたな

 

11:名無しの転生者

「俺達自身がNTPサーバーになることだ」……ってコト!?

 

12:名無しの転生者

なるほど、睡眠時間とかで時間ズレるのか。

ずっとおかしいと思ってたけど、不眠不休で働いてたせいか。サイボーグ化手術にそんな弊害があるとは……

 

13:名無しの転生者

そういえば俺も、人類を9割死滅させた罪でずっと封印されていて、一年で一時間しか意識戻らないんだった。今までおかしいと思ったぜ。

 

14:名無しの銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース

わたしも有機生命体の意向により、終わらない八月を15498回繰り返している。おかしいと思っていた。

 

15:名無しの転生者

おかしいのはお前らだよ

 

16:元引きこもり転生者

それにしても学校のみんな元気にしてるかなぁ

一ヶ月くらい離れてたけど、研究室とか荒らされてないよなぁ

 

17:名無しの転生者

でもこういうときって、大抵なんか異変起きてるのが定番だよね

 

18:名無しの転生者

まぁ異変が起きたとしても原因はどうせイッチだろうけどな

 

19:元引きこもり転生者

俺がいないのに何で俺が原因になるんだよ

異変なんか起こせるわけないじゃん

 

20:名無しの転生者

まぁ、それもそうか

 

21:名無しの純愛主義者

>>19

だとしても油断はできないぞ……

お前は、一ヶ月も『彼女』のそばを離れていたんだからな!

 

22:名無しの転生者

なんだこいつ

 

23:名無しの転生者

というか、彼女って誰?

 

24:名無しの転生者

メインヒロインのことじゃね?

 

25:名無しの転生者

ああ、第四王女だっけ

 

26:名無しの転生者

ああ、食堂のおばちゃんだっけ

 

27:名無しの転生者

どっちだよ

 

28:元引きこもり転生者

そもそも離れていたからなんだってんだ?

確かに二人ともしばらく会ってないけど、それが何か問題あるのか?

 

29:名無しの純愛主義者

お前は危機感を覚えないのか?一ヶ月だぞ!一ヶ月も"彼女"のそばを離れていたんだぞ!──誰だ!何でお前が彼女の隣にいる!やめろ!

 

30:名無しの転生者

ヒエッ……

 

31:名無しの転生者

マジでなんなんだよこいつは

 

32:名無しの転生者

あー思い出した。こいつ、魔王討伐の実況してた勇者だ。

女魔王の格好がドエロくて、スレがめちゃくちゃ盛り上がってたの覚えてるわ。

で、なんとか倒したんだけど、勇者が調子乗って「エンディングまで、泣くんじゃない」とか言いながら、故郷に帰るところまで実況してたんだよ。

だけど、いざ戻ってみたら、結婚を誓いあった幼馴染はもう他の男と結婚してたんだ。

魔王軍相手に何年も戦ってたわけだし、単純に待たせすぎたんだな。

それで結局、勇者の脳は完全に破壊されてしまった。あのときはスレ民みんなが泣いてたよ。

それ以来こいつは狂ったように転生者掲示板を巡回して、NTRの気配がするとこうして警告しにくる。

二度と同じ悲劇を繰り返さないためにな。

 

33:名無しの転生者

えぇ……

 

34:名無しの転生者

なんて哀れなモンスターなんだ

 

35:名無しの転生者

世界は救えても己の心は救えなかったようだな

 

36:元引きこもり転生者

元気だしてね

 

 

    ◆

 

 王宮のパーティ会場は、今夜も眩しかった。

 幾重にも吊るされたシャンデリアが、金色の光を落としている。磨き上げられた床は、その光を受けて柔らかく輝いていた。

 その光の輪から、半歩だけ外れた場所に、第四王女──セレナ・フォン・エルディスは立っている。

 銀色の長い髪が、光の中でどこか熱を持たない色をしていた。青い瞳は、会場の中心ではなく、軽食の卓をぼんやりと見ている。

 

 彼女が立っているのは壁際。招かれはする。席も用意される。それでも中心には立たない。

 それが、この王宮におけるセレナの定位置だった。

 

 でも、ここが一番いい場所だ。そう気づいたのは最近だった。

 見晴らしがいい。誰かと話す必要もない。軽食の卓にも手が届く。

 中心にいる人間は、ずっと笑っていなければならない。こちらは違う。いざとなれば抜け出すことだってできる。

 どう考えても、壁際が最適だ。なぜそう思うようになったのかは、うまく説明できないけれど。

 

「──ユリウス・ヴァレンシュタイン。あなたとの婚約を破棄します」

 

「……アナスタシア殿下。今、なんと?」

「聞こえなかったのかしら。破棄すると申し上げたのです」

 

 中央が何やら騒がしい。だが、ここからではよく聞こえてこない。そもそも、今日が何の名目のパーティだったかも、正直なところ曖昧だった。呼ばれたから来ただけだ。誰かの婚約の発表だったような気がするが、関係ない。今夜もどうせ、壁際で時間をやり過ごして帰るだけだ。

 

「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「あなた、暇さえあれば色街に出入りしているようね。宰相のご子息ともあろう方が、なんて汚らわしい」

 

「そんな、何かの間違いでは──」

 

「誤解? 証人がいますのよ。そうですわよね、ドレイク?」

 

「ええ。私の部下が何度も見たと申しておりました」

 

 暇だ、とにかく暇だった。

 パーティというのは、なんて退屈な行事なのだろう。もっとも、そう感じているのは自分だけで、他の貴族たちは違うのだろう。こういう場で笑いながら、ちゃんと何かをやり取りしている。自分には無縁の話だが、羨ましいとも思えなかった。

 

「聞いたわね? これが貴方が不貞を働いた証拠よ」

 

「……そんな! きっと何かの見間違いが、ぐ、ゲホッ! ゴホッ!」

 

「やぁね、咳なんてしちゃって。色街で病気でももらってきたのではなくて? 本当に汚いわねぇ」

 

 退屈に耐えきれず、近くの卓へ手を伸ばす。ずらりと並んだ軽食の中から、精巧に飾られた菓子を一つ摘まみ、口に運んだ。

 

 甘い。

 甘ったるい。砂糖を使えば上等に見えると思っているのだろうが、これでは素材の香りがまるで死んでいる。なまじ見た目だけはいいから、うっかり手を伸ばしてしまった。見てくれだけ整えても、肝心の中身が台無しでは何の意味もない。

 

「きっと不貞の後に身体を洗いもしなかったのね。ちょうどここには飲み水があるから、これで綺麗にして差し上げますわ」

 

 これなら自分が作ったほうがよほどマシだ。砂糖を七割減らして、バターの質を上げる。香りで甘さを補えば、しつこさがなくなるはずだ。そうすれば、きっと──

 

「ほら、皆さまも。宰相家のご子息が不衛生では大変でしょう? 私たちで清めてあげませんこと?」

 

 ──そうすれば、きっと、もっと喜んでもらえる。

 そう思ったとき、足元が気になった。ずっと立ちっぱなしだったから、ヒールが足の指に食い込んできていた。可愛かったから選んだのだが、実際に使うとこんなに不便だとは。だが、美しいものというのは大抵そういうものだ。見せるためにあって、使うためにはない。

 

「水浴びはこの程度で十分かしら? それにしても、だぁれ? ワインまでかけたのは?」

 

 のどが渇いたので水を飲む。ワインでも良かったが、口の中がまだ甘ったるいままでは飲む気にはなれなかった。

 

「ユリウス様、そのような汚れたお姿では、この場に立つ資格はありませんわ。退出なさいな」

 

「……承りました。身を清め、いや、潔白を証明したうえで、改めて参ります」

 

 それにしてもあのお菓子はひどい。これを作ったのは王国で現在一番のパティシエだと言うが、それなら私のほうがよほど上手く作れる。イレーネもきっとそう言う。彼だってきっと──

 

    ◇

 

 セレナの思考は、近づいてくる足音で中断された。

 顔を上げると、一人の青年がこちらへ向かって歩いてくる。ユリウス・ヴァレンシュタイン。宰相の息子だったはずだ。面識はない。ただ、彼が全身液体にまみれていることに気づいた。ワインか水か、どこかで盛大にひっくり返したのだろう。

 

「失礼」

 青年はセレナの脇を通り、そのまま出口へ向かう。濡れた夜会服の下、金色の髪が暗がりの中でも妙に目を引いた。整った顔立ちだったが、その表情はどこか消耗しきっていた。

 

「お待ちになって。そのまま外へ出たら、風邪をひきますわ」

 

 自然と、声が出た。

 濡れた身体で夜風に当たれば冷える。それだけのことだ、と思った。セレナは懐からハンカチを取り出すと、濡れた袖口にそっと当て、水気を取ろうとした。ユリウスは驚いたように、動きを止めた。そのまま動かないでほしい。

 

「セレナ。──貴方は、何をしていますの?」

 

 冷たい声が突き刺さった。

 

「……お姉様」

 

 声の主はアナスタシア。第一王女であり、セレナの姉だ。

 

「何をしていますの、と聞いているのよ?」

 

 あれ、まずいことをしてしまったっけ。

 今日は婚約パーティだったはずだ。そうだ。婚約するのは姉様のはずだ。だから何もしなかったのが良くなかったのか。だとしたら、言うべき言葉は一つしかない。

 

「お姉様、ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。この度は、婚約おめでとうございます」

 

 もう一人にも、向き直る。

 

「ユリウス様も、この度はおめでとうございます」

 

 これなら間違いない。

 顔を合わせるたびに嫌味を言ってくるから、なるべく近づかないようにしていた。だが、それでも祝福はしてほしいということか。なかなか難しい。

 

「セレナ、あなた話を聞いていなかったの?」

 

 アナスタシアの声が、一段低くなった。

 

「たった今、そのユリウスと婚約を破棄したばかりでしょう」

 

「あら……婚約パーティではなく、婚約破棄パーティでしたの?」

 

 そのようには聞いていなかった。

 だが最近の貴族は言葉を省略するのが流行りだと聞く。「婚約」が「婚約破棄」の略になったとしたら、知識だけでは貴族社会の機微はわからないものだ。奥が深い。

 

「何を訳のわからないことを言っているの? その男は不貞を働いたのよ。だから婚約を破棄したのよ。そんな男を庇う意味を、あなたは理解しているのかしら?」

 

 ああ、そういうことか。

 随分と盛大な勘違いをしていたらしい。

 だが、不貞を働いたとはいえ、人に水をかけるなんて。

 こういうとき、私はどうすればいいんだろう。

 

「では……皆さまのように、お水をかければよろしかったのですか? ですが、そのような品のない振る舞いは、わたしにはできませんわ」

 

 気づいたときには、言葉が出ていた。言ってから、自分でも少し驚いた。だけど、なぜか気分がよかった。不思議なことに。

 

「まぁ!」「なんですって!」

 

 アナスタシアの取り巻きである令嬢たちが、怒りの声を上げる。だが、彼女自身は、そうではなかった。

 

「……フフ、品がない、ですって? 面白いこと言うわねぇ、セレナ」

 

 アナスタシアの声が、冷たくなる。演技でも、計算でもない、本音の冷たさ。

 

「セレナ、あなたがそれを言うの? よりにもよって、あなたが?」

 

 セレナの呼吸が、乱れた。指先が、胸元のブローチに触れた。

 

「……」

 

「どうしたの? 急に黙って。──それにしても、さっきまでの威勢は、誰の真似だったのかしら」

 

 ユリウスが、静かに一歩前に出た。

 

「アナスタシア殿下、そのような言い方はおやめください」

 

 その声は、落ち着いていた。

 

「……彼女は、何も悪いことはしていません。ただ、人としてすべきことをしただけです。悪いのは、彼女に心配をかけてしまった私です」

 

「あらまぁ、ずいぶんと殊勝ですこと。もしかして……この子が気に入ったのかしら? 色街に通っていたことといい……下賤な血に惹かれる趣味がおありなのでしょうね」

 

「お言葉ですが。私が惹かれるのは、下賤な血でも、高貴な血でもございません。──高貴な行いをなさる方です。無論、貴方のことではありません」

 

「あらまぁ、随分な言い様だこと」

 

 ユリウスはセレナに向き直った。

 

「殿下。高貴な貴方には、この喧騒は似合いません。少し、静かなところへ参りましょう」

 

    ◇

 

 回廊に出ると、夜気が流れ込んできた。

 喧騒が遠くなる。音楽も壁越しにくぐもって、波のように揺れるだけだった。シャンデリアの光の届かないこの場所は、ずいぶんと暗い。石畳が月光を鈍く、冷たく反射している。

 

 しばらく、二人とも黙っていた。

 沈黙は不思議と苦ではなかった。会場よりよほど、呼吸が楽だった。セレナは隣に立つ青年を横目で確認した。夜会服はまだ濡れたままだ。このまま放っておけば、本当に風邪をひくだろう。

 

 先に口を開いたのは、ユリウスのほうだった。

 

「……迷惑をかけてしまいましたね」

 

「いえ、そんなことは」

 

 内心では、あの窒息しそうな空間から出られたことに安堵していたが、それを口にするのは不謹慎だと思い、黙っておいた。

 

「先程も申し上げましたけれど、庇うつもりはありませんでしたの」

「貴方がお風邪を引きそうでしたから、お拭きしただけですわ。もし貴方が燃えていらしたら、姉様みたいに水をかけていましたわ」

 

「君は……」

 

 続きは来なかった。代わりに、激しい咳が出た。身を折るような深い咳だ。抑えようとした手のひらに、はっきりと赤いものが滲む。

 

 ユリウスはそれを素早く上着で拭った。見なかったことにするつもりらしい。こういう動作が、ひどく自然だった。何度もそうしてきた人間の動き方だった。

 

「お体の具合がよろしくないのですか?」

 

 ユリウスは咳を抑え、わずかに身を引こうとした。

 

「あなたには関係のないことです。とにかく、失礼させていただきます」

 

 冷たい声だったが、セレナを巻き込むまいとする気遣いが滲んでいた。

 

「姉様の言っていたことは本当だったのですか?」

 

 セレナは一歩踏み出した。ユリウスの退路を、さりげなく塞ぐ形で。

 

「そんな状態で色街に行くなんて、随分と節操がありませんね」

「その状態で不貞をするなんて、相手の方に申し訳ないと思わないのですか? それとも、そういうのがご趣味なのですか?」

 

 一歩、また詰める。

 

「違うのなら、ちゃんと私に説明なさってください」

 

 皮肉のつもりで言ったが、自分でも驚くほど声は真剣だった。

 ユリウスは少し目を細めてから、苦笑した。

 

「……参りましたね」

「その話は、事実ではありません」

 

 ユリウスはしばらく沈黙した。月を見ていた。それから観念したように視線を落とした。

 

「……呪いなんです。『病に至る呪い』。父上の後釜を狙う者にとっては、私は邪魔なのでしょう」

 

 石畳に、ユリウスの影が細く伸びていた。

 

「普通の病ではないと気づいたときには、すでに手遅れだった……」

 

 声に温度はなかった。何度も反芻し、感情が剥がれ落ちてしまった言葉のように聞こえる。

 

「今日だって、本当は私から婚約破棄を切り出すつもりでいたんです。私はもう、長くはないですから」

 

「……ですが、ただ死んでやるわけにはいきません」

 

 何を言えばいいのか、わからなかった。「大丈夫ですわ」は嘘になる。「気の毒に」では他人事すぎる。「諦めないで」は的外れだ。試しに「ご愁傷さま」と言ってみようか、と一瞬考えたが、流石に黙っていた。

 

「肺には、あえて呪いを残しています。死ぬのは多少早くなりますが、構いません」

「死んだ後、それを調べれば犯人に辿り着けるかもしれない。……犯人に父上の後を継がせるわけにはいきませんからね」

 

 セレナはユリウスの横顔を見ていた。

 月明かりの中で、その輪郭は思ったより若い。自分とそう変わらない年齢のはずだ。なのに彼は、死を材料にしてまだ何かを作ろうとしている。自分の命を道具に変えることを、貴族の責務と呼んでいる。それが、どこか眩しかった。

 

「……お強いのですのね、貴方は。それがつらい道だったとしても、自分で選び、進むことが出来る」

 

 気がつけば、口に出していた。

 称賛のつもりで言った。けれど、口にした瞬間、違うと気づいた。

 羨ましかったのだ。自分で選んで、進むことができる、そのこと自体が。

 

 ユリウスは静かに首を振った。

 

「……そんなことはありませんよ」

 

 少し間があった。再び月を見た。

 

「正直に言えば……怖い。王国のため、と言えば聞こえはいい。でも本当のことを言えば、何もなせずに死ぬのが嫌なだけです」

 

 覚悟というより、諦めに近いのかもしれなかった。

 強いというより、そうするしかなかったのかもしれない。

 それでも、前を向こうとしている。

 その一点だけが、自分とは違っていた。

 

「みっともない話ですが……色々と試しました。市井の怪しい民間療法や、異国の効果もわからない薬」

【神癒】(エクスヒール)を使えるという、聖女もどきのところにも行きました。今思えば──いや、最初から偽物と分かっていました。それでも……縋ったんです」

 

【神癒】という言葉が、頭の奥で引っかかった。

 聖教国が独占している、神の奇跡を謳う魔法……

 

「覚悟なんて、最初から出来ていなかった」

 

……彼は【神癒】を元に、とある魔法を研究していた。そして、その研究を手伝っていた私は、それを習得している。

 

「選んだわけでもありません。他に道がないと分かったから、そう振る舞っただけです」

 

 周囲を見渡す。月明かりの中に、古い切り株があった。素材はあれで十分だ。

 

「そういうわけです、殿下。ですから──」

【回復】(レストア)

 

 光が溢れた。

 音もなく、ただ満ちる。月明かりとも違う、静かで白い光だった。ユリウスと切り株を同時に包み、回廊の石畳を白く染める。

 人体を錬成し、置き換える魔法。どんな怪我も、どんな病も、“置き換える”ことで治す。それが【回復】(レストア)という魔法だった。

 

 やがて光が収まり、静寂が戻る。

 

 ユリウスが、ゆっくりと息を吸った。

 

 深く。

 

 もう一度。

 

 胸が、きちんと動いている。

 

「……今のは、何を……」

 

 彼の声はかすれていた。さっきまでの咳のせいではなく、別の理由で。

 

「何って、貴方の肺を新しいものとお取り替えしただけですわ。ほら、古いものはあちらに」

 

 ユリウスの視線が切り株へ向いた。

 そこには、禍々しい紫色の染みを持つ小さな肺臓が残されていた。

 

「これは……やはり、呪いが残っている」

 

 ユリウスは立ち上がり、それを丁寧に布で包んだ。

 ユリウスはセレナへ向き直り、深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 声が、微かに震えていた。

 

「私の命を、もう一度選び直すことができた」

 

 頭を上げた彼の目は潤んでいる。泣いてはいない。泣くまいとしている。それがよく分かった。

 衝動的に使ってしまった。救えると思ったときには、もう使っていた。ネズミ相手にしか試したことがなかったこと、人間への初めての施術だったことは、彼には言わないでおこう。

 

「今日、貴方に会えたことが……何よりの幸運でした」

「本当に、ありがとう」

 

 ユリウスは改めて礼を述べた。

 それから、ためらいがちにセレナの手を取った。

 両手で、包むように。

 セレナは思わず固まった。体温が伝わってくる。先ほど冷えていたはずの指先が、今は温かい。血がきちんと巡っている。

 

 そのとき、会場の扉が開く音がした。

 人々が流れ出てくる気配。笑い声。靴音。

 その中に、見知った姿があった。

 アナスタシアが、ドレイクを伴って立っている。視線がこちらへ向く。二人の手が繋がれているのを、確かに見た。

 

 微笑んだ。皮肉げに、ゆるやかに。

 

「随分と、お楽しみだったようね」

 

「いい方を見つけられたようで、何よりですわ」

 

 ユリウスはセレナの手を放さなかった。

 それどころか、わずかに握り直す。

 

「ええ。まったく、本当に」

 

 迷いのない声だった。

 

「素晴らしいご縁を、ご紹介いただきました」

 

    ◆

 

41:名無しの転生者

そういやさぁ、何でイッチは学校に戻ってきたん?

 

42:元引きこもり転生者

え?

 

43:名無しの転生者

どういう意味?

 

44:名無しの転生者

だからそのまんまの意味だよ、何で王国の学校に戻ってきたのかって

 

45:元引きこもり転生者

何でって、マッマのためだって前に言ったやろ。

マッマの期待に応えるために、学校卒業まではしとかないと田舎に帰れないんや。

 

46:名無しの転生者

だから、帝国の魔法学校はもう卒業してるじゃん。

将軍にそういうことにしてもらったんでしょ?

 

47:名無しの転生者

 

48:元引きこもり転生者

本当だ。

いつの間にか俺、人生の目標を達成してたんだな。

 

49:名無しの転生者

人生の目標しょぼすぎやろ

 

50:名無しの転生者

でもこれで大手振って田舎に帰れるじゃん

 

51:名無しの転生者

良かったなイッチ!そのまま引きこもって大人しくしてろよ!

 

52:元引きこもり転生者

えぇ~、いきなりそんなん言われてもなぁ~

もう留学生の受け入れ完了しちゃったしなぁ~

 

53:名無しの転生者

そんなん普通に断ればよくね?

 

54:名無しの転生者

イッチの場合、普通にバックレて逃げるパターンだろ

 

55:名無しの転生者

まさかこいつ、自分の意思で学校に通おうとしている?

 

56:元引きこもり転生者

ファッ!?

 

57:名無しの転生者

嘘やろ!?

 

58:名無しの転生者

>>57

何でお前も驚いてるんだよ

 

59:元引きこもり転生者

おかしい……なぜ俺は故郷に帰る気にならないんだ?

またつまらん授業を受ける羽目になるのに……

 

60:名無しの転生者

授業以外の学校生活が楽しいからまた通いたいってことやろ

 

61:名無しの転生者

嘘だろ?元引きこもりで、人間性の欠片もないこいつが?

 

62:名無しの転生者

ほら、あのパターンでしょ。

言葉の通じない化け物が、人と交わるうちに人の心を覚えるアレ。

 

63:名無しの転生者

イッチって人外枠だったんだ

 

64:名無しの転生者

しかしこんな化け物と仲良く出来る人間は大したもんやな

 

65:名無しの転生者

すごいよ!!フレッドさん

 

66:名無しの純愛主義者

第四王女の賜物だ!

孤独な化け物の心を溶かすのは、同じく孤独な少女!そして恋に落ちる二人!これぞ王道!

 

67:名無しの転生者

第四王女ってそこまで関係あるか?

勇者が勝手に盛り上がってるだけじゃね?

 

68:名無しの転生者

でも案外、裏でいい雰囲気になってたりするんちゃう?

その辺どうなん?

 

69:元引きこもり転生者

>>68

うーん、学校にいる間は、何回かお茶会に行ったり、退学のときに匿ってもらったり、あとは魔法を教えたり研究を手伝ってもらったりはしたけど、そういうシチュエーションになったことはないかな。

 

70:名無しの転生者

十分そういうシチュエーションやんけ!

 

71:名無しの転生者

今どき鈍感系主人公とか流行んね―ぞ

 

72:名無しの純愛主義者

自分の気持ちに嘘をつくんじゃない!本当の『彼女』への気持ちを教えろ!

ああ!俺は世界のことなんかどうでも良かったのに!俺は彼女と一緒にいたいだけだったのに!

彼女も俺のことが好きだったのに!ああ!どうして俺は世界なんて救ってしまったんだ!

 

73:元引きこもり転生者

>>72

本当の気持ちつっても、気になるなー、かわいいなーって思うだけで、それだけだよ。

でもなんか、実際に話してるとそんな気がしないというか……

 

74:名無しの転生者

日和ってんじゃねーぞ童貞

 

75:名無しの純愛主義者

貴様ぁ!何を戯言抜かしている!

主人公たるもの一歩もヒロインのそばを離れてはいけない!

他の男が現れれば即座に抹殺しなければいけない!

奴らは隙を見せればすぐに寝取ってくる!

さぁ、手遅れになる前に今すぐ会いに行くんだ!

 

76:名無しの転生者

思想が過激すぎだろ

 

77:名無しの転生者

>>75

その考え!人格がNTR同人誌に支配されている!

 

78:元引きこもり転生者

>>75

言われんでも元から会いに行くつもりやで。

仲が悪いわけじゃないし、今日はお茶会の日だからな。

お土産渡すついでに、第四王女の美味いお菓子久々に食ってくるわ。

 

    ◆

 

 本来なら、今日はあの茶室にいるはずだった。

 小さな丸テーブルに新しいクロスを掛け、焼き上がりを確かめながら菓子の並びを整える。スコーンだけは絶対に揃えておく。紅茶は少しだけ渋みのあるものを選ぶつもりだった。あの人は甘いものをよく食べるから。

 

 だけど、彼はもういない。ずっと傍にいてほしいと思ったけれど、彼はどこかへ行ってしまった。

 だから、今日はここにいる。

 

 応接室は静かだった。

 見覚えのある配置だった。丸テーブルの位置も、窓際の椅子の角度も、あの茶室とほとんど変わらない。

 けれど、ここは違う。自分のために整えられた場所ではない。

 似ているのに落ち着かない。その感覚だけが胸に残った。

 

 セレナはソファに腰を下ろし、向かいに座るユリウスを見た。

 あの夜から、いくらかの時間が経っていた。夜会服ではなく、落ち着いた色の制服を着ている。顔色も、あの夜とはまるで違っていた。血が、きちんと通っている顔だった。

 

「お身体の具合は……その後いかがですか」

 

 形式的な問いかけのつもりだった。けれど声に出すと、本心になった。

 

「完全に問題ありません。おかげさまで、呪いを仕掛けた犯人の特定が進んでいます。名誉を回復させる算段も整いました」

 

「それは……良かったですね……」

 

 良かった、と素直に思った。

 彼は、そう思ってもいい相手だった。

 

「そのご報告が、本日のご用件でしょうか」

 

「いいえ。本題は別にあります」

 

    ◇

 

 彼は一切の前置きをしなかった。

 

「セレナ殿下」

 

 名前を呼ぶ声が、少し変わった。報告の口調ではなくなった。

 

「どうか、私と婚約していただきたい」

 

 彼の声は揺れなかった。それが、かえって重かった。準備してきた言葉ではなく、ずっと思っていた言葉が、ようやく出てきたような──そういう静けさだった。

 

 ユリウスの告白を受けたセレナは、純粋に困惑していた。

 知り合って間もない相手に、婚約を申し込んでいる。

 それだけの好意を、向けられているということだった。

 

「なぜ……なぜ私なのですか……?」

 

 どうして? 彼とは、ちょっとしたことで知り合い、少しだけ会話をして、困っていたから助けてあげただけ。それだけのことで、人を好きになるものなのか。

 いや、そういうことではない。

 彼は立派な貴族だ。私を選ぶのだとしたら、それはきっと、私個人というより──

 

「……わたくしの【回復】の能力が必要なのですね」

 

 口が先に動いた。

 

「ですが、あれは特別な魔法では──」

 

「知っています」

 

 ユリウスが穏やかに遮った。

 

「あの夜の後、実家から呼び出しを受けました。“病を治す目処がついた”と。そこには、医療術師のリーフが来ていました。一つの論文を携えて」

 

「その論文には、革新的な回復魔法が記されていました。術式の詳細も、応用の可能性も、すべて」

 

「既に論文の複製が進んでいます。遠からず王国中の医療術師が扱えるようになるでしょう。他国にも広まるはずです」

 

 ユリウスは続けた。静かに、はっきりと。

 

「つまり、あの夜。貴方が何もしなかったとしても、私の命は助かっていました」

「私は、貴方の力を独占したいわけではありません。能力が欲しいわけでもない」

 

「……では、なぜ私に婚約を?」

 

 ユリウスは一瞬も迷わなかった。

 

「“貴方が”、私を助けてくれたからです」

 

「あの夜、私を清めてくれた、気にかけてくれたのは、貴方だった」

 

 セレナは、ハンカチのことを思い出した。白い、刺繍のないハンカチ。特別なものでも何でもない。ただ、濡れたまま外へ出るのは体に悪いと思っただけだった。

 

「その時のあなたを見て、私は──」

 

 ユリウスは、ほんの少し言葉を止めた。

 

「美しい。そう思いました」

 

「気づけば、心を奪われていたのです」

 

 窓の外で、風が木の葉を鳴らした。

 

「殿下、どうか、私と婚約してください」

「今度は、私が貴方を救いたい」

 

    ◇

 

 告白を受けて、セレナの胸に最初に浮かんだのは──安堵だった。

 少なくとも、胸が高鳴るような喜びではなかった。そのうえで、これが正しいことだと、頭が理解していた。

 

 この人と一緒になれば、救われる。曖昧だった立場は、きっと制度の中で正しく扱われる。もう、自分の居場所を測りながら息をする必要もない。

 

 指先が、少し冷えた。

 

 断る理由を探した。どこを探しても、見つからなかった。ユリウスは正しく、誠実で、その上で自分を選んでいる。この先、傷つかずに済むのだろうと思ったが──

 

 同時に、喉の奥が、詰まるように感じた。

 

 はい、と言えばよかった。言葉はもう、喉のすぐそこにあった。あとは声にするだけだった。

 

 セレナは口を開いた。

 

 ある男の顔が浮かんだ。

 

    ◇

 

 気づくと、白い空間にいた。

 床がない。壁もない。上も下も、境界がどこにもなかった。ただ白く、果てなく、静かだった。

 

 直前まで何をしていたのか、思い出せない。

 ユリウスの声。婚約。守りたい。応えようとした自分の口。浮かんできたはずの誰かの顔。

 

 全てが霧の向こうにあった。夢だ、とどこかで思った。思いながら、妙に落ち着いていた。夢ならば、何かが起きても仕方がない。

 

「やっと気がついたか」

 

 声がした。

 だが、その声は低い。高さが低い。

 

 足元を見ると、一匹の白いネズミがいた。丸い目がこちらを見上げていた。

 

「……ネズミが、喋るなんて」

 

「そうだ、最近のネズミは喋るんだ。何か問題でも?」

 

「いいえ、特には」

 

 夢だから、と思った。夢の中ではそういうこともある。この間はネコが喋っていた。

 

「おい、余計なことを考えるな。いいから俺の話を聞け。お前に聞きたいことがある」

 

「……はい。何でしょうか」

 

 彼は少し間を置いた。それから、どこか苛立たしそうに言った。

 

「お前、何でエインを憎まない?」

 

 エイン。

 胸の奥に、いちばん先に浮かぶ名前だった。

 

 だが、彼の声には確かな怒りがあった。

 

「どういうことでしょうか」

 

「俺の支配は完璧なはずだ」

「俺の支配を受けた人間は、ネズミを仲間と認識し、そして俺のようにエインを憎むようになる」

 

「だが、お前だけだ。お前だけが、いつまで経っても、支配をいくら強めても、エインを憎もうとしない」

「もうすぐ計画は完遂する。イレギュラーがあっては困る」

 

 彼が何の話をしているのか、ほとんど理解できなかった。だが、はっきりしていることはある。

 

「それはもちろん」

 

 夢の中だからか、妙に言葉が出やすかった。

 

「わたくしがエイン様をお慕い申し上げているからですわ」

 

「慕っている」

 

 彼は繰り返した。信じられないような口調で。

 

「何があったら、あんなやつを好きになる」

 

「お茶会に来てくれました」

 

 セレナは答えた。

 

「菓子を美味しそうに食べてくださいました。私が困っていたときに、その身を呈して助けてくれました。わたくしのことを、王女ではなく、一人の人間として扱ってくださいました」

 

「それだけか?」

「たったそれだけのことで、お前はエインを好きになったのか?」

 

「ええ、そうですわ」

 

 人を好きになる理由なんて、それだけあれば十分だ。

 

「なら聞くが」

「あいつが普段、何を考えているか、知っているのか」

 

 答えようとした。言葉が出なかった。

 

「何のために行動しているか、知っているのか」

 

 それも。

 

「あいつが何のために俺の身体を切り刻んだか、知っているのか」

 

 それも、知らなかった。

 

 白い空間が、少し静かになった。

 

「お前はエインを慕っていると言う」

「だが、あいつが何者なのかを知らない。見ようともしていない」

 

「知らないままでいられるからこそ、お前はあいつを好きでいられたんだ」

 

 違う、と思った。違うはずだった。でも何が違うのかを言葉にしようとすると、霧の中を掴むようで、何も出てこなかった。

 

 エインの顔を思い浮かべた。何を考えているのか分からない顔だった。いつも。何のために動いているのか分からない人だった。いつも。

 それでも、エインの自由奔放な所に憧れていた。

 それでも、エインの隣にいると妙に心が楽だった。

 その気持ちは、何だったのか。

 

「お前の本当の気持ちを当ててやろうか? いや、もう既に理解しているようだな」

 

「お前は、エインに憧れていただけだ」

お前(わたし)は、エインを見てはいなかった」

わたし(お前)は、エインに理想の自分を重ねていただけだ」

「わたしが好きだったのは、わたしの理想の自分自身だ」

 

「お前はエインを知っているのに、知らなかった。見ているようで、見ていなかった。俺のエインへの感情も、お前には届かないはずだ」

 

 彼は言った。どこか疲れたような声だった。

 

「全く、時間の無駄だった。お前にエインを殺させるのも一興だと思っていたんだが……興が削がれたな」

 

「お前はそのままユリウスと番になるといい。あいつは人間の割にはまともな思考をしている。俺とユリウスの支配の元で、安寧を受け入れろ。それが一番の“正解”だ」

 

「目が覚めれば全ては終わっている。いや、もう覚めることはないのか」

 

 空間が、少し揺れた。

 

「結局、お前はエインのことなんか──」

 

 白が砕けた。

 境界が崩れ、光が滲み、何かが遠くなり──

 

    ◇

 

「──という計画でパーティは進めますので、その時に私とあなたの──」

 

 ユリウスの声が、遠くから聞こえた。

 

 セレナははっとした。

 

 応接室。午後の光。向かいに座るユリウスの顔。

 意識が現在に追いついた、と思った。でも、「追いついた」という感覚自体が、どこかおかしかった。追いつくためには、離れていた時間があるはずで、その時間に何があったのか、何日経過していたのか、自分にはわからなかった。霧の中で何かが起きて、気づいたら着地していた──そういう感覚だった。

 

 ユリウスは話している。当然のように。

 

 私は、何か答えたのだろうか。

 

「殿下? 大丈夫ですか?」

 

 ユリウスの声が、すぐに近くなった。心配している。本気で。

 

「顔色が優れないようですが」

 

「いいえ、なんでもありません」

 

 咄嗟に答えた。笑顔も、ちゃんと出てきた。長年、王宮でそうしてきたから、体が覚えていた。

 

 ユリウスは少し眉を寄せたが、それ以上は追及しなかった。代わりに、静かにセレナの手を取った。

 両手で、包むように。

 

「不安に思うことはありません」

 

 確信の重さがある言葉だった。衝動ではなかった。

 

「何があっても、私が守ります。貴方が傷つくことは、もうありません」

 

 温かかった。

 その温度は本物で、言葉も本物だった。この人は、そばにいてほしいときに、ちゃんとそばにいてくれる。この人の隣にいれば、壁際で時間を数えなくていい。

 

 なのに。

 

 何かが、引っかかっていた。引っかかったまま、うまく飲み込めなかった。

 

 彼の言葉は甘く、温かく、正しかった。だからこそ、その「正しさ」がどこかに収まりきらなかった。守られる、という言葉を受け取るとき、自分の輪郭が少し、薄くなるような気がした。

 

 エインは、正反対だ。そばにいてほしいと思ったときには、もういない。保証も、約束も、何も与えてはくれない。与えようとすら、思っていないだろう。

 

 軽いノックがした。

 一度だけ。ごく短く。返事を待つ気のない間合いだった。

 

「おじゃましま~す」

 

 返事を待たずに扉が開いた。

 

「イレーネさんに聞いたら、今日はこっちでお茶会だって」

 

 エインが顔を出した。もういないはずの、ここに。

 

「……どうして?」

 

 心臓が一度、大きく跳ねた。遅れて、呼吸が浅くなる。

 

 いなくなったはずだった。何も言わずに、するりと消えて。茶室にも、学校にも、王都にもいないと聞かされて、でも「きっとまた現れる」と思う自分と「もう戻らないだろう」と思う自分が、ずっと交互に顔を出していた。

 

 だが、彼は戻ってきた。そのことに、安堵した。でも、なぜ今なのか。なぜ何事もなかったように笑えるのか。

 

 聞きたいことがいくつも浮かぶのに、質問をする資格が、責める資格が自分にあるのか分からなかった。彼は約束をしたわけでも、約束する義理があるわけでもない。ただ、勝手にいなくなり、勝手に戻ってきただけだ。それなのに、胸のどこかが勝手に痛んだ。声が出なかった。

 

「いやね、話すと長くなるんだけど」

 

 当然のことながら、彼はそんな気持ちを慮る様子がなかった。

 

「教師をクビになっちゃってさ、そしたらフレッドの故郷がピンチだって言うから急いで一緒に助けに行ってたんだよ。そういえば急いでたから出かけること伝えられなかったよごめんね。とにかく、村についたら大変な状況だったんだけど、フレッドといっしょに頑張って解決したんだよ。それで最終的に帝国の将軍に恩を売ることになってね。あっそうだおみやげあるんだった。はいこれ、帝国せんべいね。あれ、何の話してたんだっけ? あっそうだ、恩を売った将軍に頼んで、帝都魔法学校から来た留学生ってことにしてもらって、またここに戻ってきたんだ」

 

 エインは懐から帝国の身分証をひらりと取り出し、軽く掲げる。

 

「というわけでエイン改めステインです。改めてよろしくね」

 

 笑っていた。

 

 こちらの顔など、まともに見ていないかもしれなかった。ユリウスとの間に流れていた空気も、この部屋に漂っている政治的な何かも、彼にはそもそも存在しないものとして扱われていた。

 

 この人はこういう人だ。約束もしない。保証もしない。守るとも言わない。ただ現れて、土産を渡して、当たり前のように空気を変える。制度も、立場も、さっきまでこの部屋を満たしていた空気も、彼には見えていないみたいだった。

 

 眩しかった。──羨ましかったのだ、とようやく気がついた。

 

 だから、決着をつけなければいけない。

 

 自分の感情に。この曖昧なまま積み上げてきたものに。

 

「あれ、そういえばそこの君は誰?」

「君も王女さまのお菓子にはまった口? じゃあお茶会仲間だね」

 

「私は、ユリウス・ヴァレンシュタインです。彼女とは──」

 

「待ってください」

 

 ユリウスが口を開いた瞬間、体が先に動いていた。

 

 彼に任せれば、楽だろう。正解でもあるのだろう。自分の代わりに説明をしてくれて、間に立ってくれて、全部きれいに収まるはずだ。

 

 でも、これだけは自分でやらなければいけない。

 

 招待状を取り出した。手が、少し震えていた。震えていることに気づいたが、止めなかった。

 

「エインさん。あなたに、お伝えしたいことがあります」

 

 エインの目を、正面から見た。

 

「今夜、パーティに──いらしてください」

 

    ◆

 

99:元引きこもり転生者

なんか王女さまにパーチーに誘われたんだけど。

 

100:名無しの転生者

どういうこと?

 

101:名無しの転生者

もっと詳しく説明しろ

大体何のパーティなんだよ

 

102:元引きこもり転生者

お土産渡そうとして、いつものお茶会部屋行ったらさぁ誰もいないんだよ。

そしたら王女さまの護衛の人が今日はいつもと違う場所でお茶会やってるっていうから、そこに行ったんだよ。

そしたらそこに王女様と知らん男がいて、伝えたいことがあるから今夜のパーティ来てくれって誘われた。何のパーティかは知らん。

 

103:名無しの転生者

知らん男といっしょにいる、伝えたいことがある……。あっ(察し)

 

104:名無しの転生者

もう遅かったか……

 

105:名無しの純愛主義者

あ、ああ、あああああああああ!

終わりだ!お前はもう終わりだ!お前は、俺は、ずっと惨めな気持ちを抱えたまま生きていくんだ!

シトラス!なぜそんな目を僕に向けるんだ!

シトラス!なぜ僕の知らない男と一緒にいるんだ!

シトラス!僕を捨てないでくれ!

 

106:名無しの転生者

ヒエッ

 

107:名無しの転生者

あーあ、また勇者くんこわれちゃった

 

108:元引きこもり転生者

トラウマ再発してて草

 

109:名無しの転生者

笑ってる場合じゃないですよ、メインヒロイン寝取られてますよ。

 

110:名無しの転生者

パーティーで伝えたいことがあるって、普通に婚約発表やろ?

王女様もなかなかえぐいことするなぁ……

 

111:元引きこもり転生者

あのさぁ、俺と第四王女は付き合ってないんだから寝取られも何もないだろ

大体彼女が誰と結婚しようが本人の自由だろ

 

112:名無しの純愛主義者

シトラス!

 

113:名無しの転生者

なんかこいつ今日マジレスばっかしてない?

 

114:元引きこもり転生者

そんなことよりさぁ、今日のパーティーどうするよ

俺そんな格式高い集まりなんか行ったことないよ。誰かマナーとか知ってる?

 

115:名無しの転生者

知らなーい

 

116:名無しの転生者

第四王女に呼ばれるまで何もせんで壁際で突っ立てればいいだろ

貴族の集まりなんだから平民なんてお呼びじゃないよ

 

117:名無しのお嬢様

>>116

それではいけませんわ!

平民には平民なりに、しきたりというものがありましてよ!

 

118:名無しの転生者

誰だお前!

 

119:名無しのお嬢様

>>118

口がなっておりませんわね!

私はあらゆる夜会に参加し、あらゆるマナーを極めた、史上最高のパーフェクトお嬢様!

さぁ、私の講義を聞く準備はよろしくて?

 

120:元引きこもり転生者

おー、かっこいい

早速教えてくれ

 

121:名無しの転生者

パーフェクトなお嬢様ならこんな掲示板に現れないんじゃないんですかね……

 

122:名無しのお嬢様

>>120

まずは服装からですわ。

あなた、パーティ用の礼服は持っていらして?

 

123:元引きこもり転生者

それならさっきの知らん男がお古をくれた。着付けもしてもらった。

あの人宰相の息子らしいんだが、めっちゃええやつやな。

 

124:名無しの転生者

恋敵に頼むとか面の皮あつすぎやろ

 

125:名無しの転生者

宰相息子もめっちゃ気まずそうやな……

 

126:名無しのお嬢様

>>123

ディ・モールト ベネですわ!

お次はパーティでのマナーですが……

常識の範囲内で失礼なことをしなければ何も問題ありませんわ!

高貴な貴族が平民にマナーを強要するなんてエレガンスではありませんもの!

 

127:元引きこもり転生者

そうなんか、それなら大丈夫そうやな。安心したわ。

他に用意するものはある?

 

128:名無しの転生者

言うほど安心できるか?

 

129:名無しの転生者

肝心の常識がないのに?

 

130:名無しのお嬢様

>>127

そうそう、一番肝心なことを伝え忘れていましたわね

あなた、婚約破棄の準備はよろしくて?

 

131:名無しの転生者

は?

 

132:名無しの転生者

婚約破棄?

 

133:名無しの転生者

こいつ、何言っちゃってるんだ!?

 

134:名無しのお嬢様

オーホッホッホ!

やはり、庶民の皆様方には説明不足だったようですわね!ごめん遊ばせ!

改めて説明いたしますわ!

そもそもパーティというのは、一人で楽しむものではありませんわ!皆で楽しむもの、皆で楽しませるものですのよ!

そんなところにあなたが一人で突っ立っていればどうなるかしら?

王女殿下の顔に泥を塗ってしまいますわよ!

 

135:名無しの転生者

なるほどなぁ

 

136:元引きこもり転生者

理屈はわかったけどそれが何で婚約破棄につながるんだよ

 

137:名無しのお嬢様

まだわかりませんの?

パーティにおいて万人を楽しませる定番の娯楽!貴族の嗜み!それこそが婚約破棄ですわよ!

いかにスタイリッシュな婚約破棄が出来るかが貴族の素質と言っても過言ではありませんわ!

 

138:名無しの転生者

過言だろ

 

139:元引きこもり転生者

そもそも婚約してないから婚約破棄ないんだが

 

140:名無しのお嬢様

>>139

あらまぁ、それは残念ですわねぇ……

ですが、まだ貴族の断罪という手が残っていますわ!

普通は婚約破棄とセットで行う娯楽なのですが、断罪だけでもなかなか盛り上がりますわよ!

もちろんその貴族は破滅してしまいますけど、敵の弱みは握り、自分の弱みは握らせないのが一人前の貴族ですわ!

 

141:名無しの転生者

なんつー悪趣味な娯楽だ

 

142:名無しの転生者

断罪たって平民のイッチじゃネタを用意できないだろ

 

143:元引きこもり転生者

いや、断罪ネタ持ってるよ俺

 

144:名無しの転生者

マジ?

 

145:元引きこもり転生者

ほら、この前第二王子に命令されて、無理やり学校中の貴族を支配させられたじゃん?

そのときに魔法をいっぱい収集したんだけど、おまけで不正の証拠とかも集まっちゃったんだよ。

役に立つ時が来るとは思わなかったわ。

 

146:名無しの転生者

言うほど無理やりだったか?

 

147:名無しの転生者

ノリノリだったぞ

 

148:名無しのお嬢様

>>145

それは素晴らしいですわ!

持って行く断罪ネタは、特に位の高い貴族のが好ましいですわね!

これでパーティを楽しむ準備はバッチリですわね!

 

149:元引きこもり転生者

色々アドバイスサンガツ!

これでパーティは問題ないな。

じゃあ断罪ネタの用意せなあかんからほな……

 

150:名無しの転生者

問題大有りやろ

 

151:名無しの転生者

絶対パーティろくなことにならないぞ

 

152:名無しの転生者

そもそもこのお嬢様本当にお嬢様かよ

パーティのたびに婚約破棄があるとか絶対嘘だろ

適当言ってるだけじゃねぇのか?

 

153:名無しのお嬢様

>>152

あら?私のことが信じられなくて?

ですが断言いたしますわ!

今宵のパーティでは婚約破棄と断罪の嵐が吹き荒れますわよ~!

 

 

202:元引きこもり転生者

パーティ始まった。

 

203:名無しの転生者

何のパーティだっけ?

 

204:名無しの転生者

>>203

言うな!またやつが来る!

 

205:名無しのお嬢様

ついに来ましたわね!

今回だけは特別に!私も実況に参加しますわ!

 

206:名無しの転生者

うわでた

 

207:名無しの転生者

別のやばいのが来ちゃったよ

 

208:名無しの転生者

そもそもお前がどうやって実況すんだよ

現地にいないだろ?

 

209:名無しのお嬢様

もちろん、私のチート能力を使うんですわ!

【厄介夜会】(ウォッチパーティ)という能力で、次元を超えてあらゆる会合を観測・共有することが出来ますの!

普段はこれでありとあらゆる貴族の弱みを握りまくってますわ~!

 

210:名無しの転生者

はえ^~すっごい

 

211:名無しの転生者

情報系だと最強クラスのチートだな

 

212:名無しのお嬢様

さぁさぁ皆さんお静かに!

お楽しみの時間が始まりますわよ!

 

213:元引きこもり転生者

つーか腹減ったんだけど。ここの料理って食べていいんだよな?夕食どきに開催するとか主催者はなに考えてんの?

 

 

「皆様方、今晩は。本日は私、アナスタシアとドレイクとの婚約パーティに来ていただいて感謝いたしますわ。パーティは楽しんでいるかしら?」

 

214:なんか名前が変に聞き取れないんだが。第一王女とモブ令息って言った?

215:私が知らない方の名前は、匿名化されて聞こえますわ。プライバシーを守ることは大切でしょう?

216:そもそもプライバシーガン無視の能力なんですがそれは……

 

「アナスタシア殿下、お聞きください!」

「貴方は、ユリウス、それにセレナまで……何をしに来ましたの?」

「殿下は以前、身を清めてから出直せとおっしゃいました。──ですから今日、こうして参りました」

「私の病は、色街で不貞を働いて貰ってきたものではありません。ドレイク・グランヴァルトに呪いをかけられたものです」

 

217:ファッ!?

218:マジで断罪始まってて草

219:流石パーフェクトお嬢様だぁ……

220:宰相息子くん病気だったのか

221:つーかさっきから掲示板の形式おかしくない?

222:コンパクトで見やすいだろう?俺のハッキング系チートのおかげだ

223:知らねーよ、そんなの

224:流石貴族の出るパーチーだな、料理もめちゃくちゃ上手いぜ。お菓子はクソまずいけどな。

 

 

「ユリウス、何をふざけたことを!」

 

「ドレイク、黙りなさい。……そこまで言うなら証拠はあるのでしょうね?」

 

「もちろんです。こちらが証拠です」

 

「これはたしかに、ドレイクがユリウスに呪いをかけたことを証明しているな」

 

「「おお」」

 

「なんてこと……ドレイク、あなたとの婚約はここで破棄いたしますわ」

 

225:ファッ!?

226:婚約破棄も起きてて草

227:これは珍しいですわ!婚約破棄の中でも、保身のための婚約破棄!なかなか遭遇できるものではありませんわ!

 

 

「そしてユリウス、私の早計をお許しください。改めて、私との婚約を──」

 

「お気持ちはありがたいのですが、私は、私を救ってくれた方と婚約することに決めました」

 

228:あ

229:これは……

230:素晴らしいですわ!婚約破棄から復縁、復縁拒否のコンボ、さらには第四王女との婚約発表につなげるなんて!芸術点が高すぎますわ!

231:言うとる場合か!要するに第四王女が完全に寝取られるってことやろ!

232:イッチ!何をやってるんだ!

233:エスカルゴ初めて食ったけどうんまいなぁ!

 

 

「その方の名前は──

「お待ちなさい、ユリウス。今度こそ貴方に恥をかかせないためにいいますけど、そもそも貴方を呪殺しようとしたのは、セレナですわ」

 

234:ファッ!?

235:流れ変わったな

 

 

「まさか!? 彼女がそんな事をするはずが──」

「本当のところ、貴方が潔白だというのも、その証拠を掴んだことも知っていましたのよ。でも私から言うのも野暮でしょう? ですが、こうなってしまっては黙っているわけにはいられませんもの」

 

236:第四王女ちゃん、信じてたのに……

237:お待ちなさい!これは、第一王女の陰謀ですわ!彼女、ただの悪役令嬢かと思いましたが、なかなかやりますわねぇ!

 

 

「……ご覧なさい、これが動かぬ証拠ですわ」

 

「この証拠はたしかに、セレナ殿下とドレイクが通じていた事を証明しているな」

 

「「おお」」

 

238:何がおおだよ

 

 

「セレナ? 何か言うことは?」

 

239:まずいですわ!このままでは第四王女が破滅してしまいますわよ!

240:イッチ、何しとるんや!王女ちゃんが断罪されてまうぞ!

241:え? 何? 断罪? ああそうか、準備してきた断罪ネタだよな? 話聞いてなかったけど、適当なやつ断罪しとけばええんよな?

242:それだ!それしかない!とにかく場を荒らしてまえ!

243:つーか話聞いとけ!

 

 

「あっ、お姉様。この度は結婚おめでとうございます。たしか今度はドレイク様と結婚なさるんでしたよね」

 

 

244:いや第四王女も話聞いてないんかい!

 

 

「──その婚約、ちょっと待った!」

 

245:待ったならもう入ってますけど

 

「……え、何この空気、もしかしてもう誰かが断罪されてる?せっかく婚約する王女の断罪ネタ準備してきたのに」

 

246:え?第四王女の断罪ネタ?

 

「突然現れて、貴方は誰なのかしら? まぁいいわ、せっかくだから披露してもらおうじゃないの」

「エイン、君は一体……」

 

247:マジで何なのこいつ?

248:宰相息子も困惑していらっしゃる

249:なぜメインヒロインを断罪しようとしているのか

「あっそうですか、それじゃ失礼して」

 

「俺は、第一王女、アナスタシア・ドラン・エルディスがユリウス・ヴァレンシュタインの殺害を計画していたことを、ここに告発する!」

 

250:あれ?

251:なんか断罪相手違くね?

252:いや、今回に限っては正解だろ

「ほら、これが証拠だ!」

 

「この証拠はたしかに、アナスタシア殿下が、ドレイクと共謀してユリウスの殺害を計画し、更に、万が一計画が露呈した場合に備えてセレナ殿下に罪をなすりつけられるように偽の証拠も準備していたことを証明しているな」

 

「なるほど、アナスタシア殿下は、宰相の権力を手に入れたいと考えていたが、公明正大なユリウス殿ではそれが思うままにならないと感じ、次期宰相の座を狙っていたドレイクと共謀して、セレナ殿下という保険を得たうえで、ユリウス殿を亡き者にしようとしていたのだな」

 

「「おお」」

 

253:何がおおだよ

254:これは「おお」だろ

 

「ちょっとまちなさい!あなた、”婚約する王女”の断罪ネタを持ってきたといいましたわよね!何でセレナじゃなくて私の断罪ネタを持ってきているのよ!」

 

255:ほんまそれな

 

「えっ、あなたが第一王女だったの? ていうか今日は第一王女とドレイクって人の婚約パーティじゃなかったの?失礼にならないよう、ちゃんと何のパーティか調べてきたのに!」

 

「今までの騒ぎを見ていないの!?ドレイクとは婚約破棄したばかりじゃないの!」

 

256:マジで!?情報が古かったか!

257:あーもうめちゃくちゃだよ

 

 

「あの……、皆さん、お話は終わりましたでしょうか……」

 

258:ん?

259:第四王女ちゃんどうした?

 

「わたくし、皆様にあることをお伝えしに来たんです」

 

260:あっ

261:ついに来たか

262:NTRが完遂する……!

263:やめろ!シトラス!その先を言うな!

264:お静かに!女の子の一世一代の告白ですわよ!

265:寝取られ報告の告白なんていやだあああああああああああ!

 

「私は、ユリウス・ヴァレンシュタイン様との婚約を、破棄します」

 

266:え?

267:あらまぁ

268:どういうこと?

 

269:言うことってそれだけ?

 

270:続きはまだ?音が聞こえてこないんだけど

 

271:名無しのお嬢様

【厄介夜会】(ウォッチパーティ)の能力でしたら、既に解除いたしましたわ。彼女はこれから、とっても大切なお話をしますもの。お楽しみの時間はもう終わり。実況するなんて無粋でしょう?

ここからはイッチさんだけに聞かせてあげましょう。今度こそ、ちゃんと彼女に向き合うのですよ。よろしくて?

 

    ◇

 

「私は、ユリウス・ヴァレンシュタイン様との婚約を、破棄します」

 

「セレナ殿下……どうして……?」

 

「一体どういうことだ?」

 

「ユリウス様。あなたは、わたくしを救ってくださいました。正しく、丁寧に」

 

「あなたと結婚すれば、きっとわたくしは幸せになれるでしょう。あなたは私を守ってくれるから」

 

「それなら、なぜ婚約破棄なんか……?」

「ヴァレンシュタイン家の縁を、自ら断つというの……?」

 

「でも、それでは──わたくしは一生変わることが出来ません。ずっと、不自由なまま」

 

「落胤の王女が、なにをいっているんだ……?」

 

「誰かに憧れるだけじゃ駄目なんです。誰かに守られるままでは駄目なんです」

 

「卑しい生まれのくせに、王族として扱ってもらえるだけ、ありがたいとは思わないのかしら?」

「ここへきて感情論、ですか」

 

「だから、婚約はお受けできません」

 

「そんな理由で婚約破棄をするというの……?」

「ユリウス様にも迷惑をかけて、なにがしたいのかしら」

「ヴァレンシュタイン家も、とんだ災難ですわね」

 

「……セレナ、あなたは自分の立場を──」

 

「嫌です」

 

「なんですって!?」

 

「立場に縛られるのはもう、やめたんです」

 

「名ばかりとはいえ、王族貴族ともあろうものが、何を戯言を言っているのかしら」

「きっと、ろくなことになりませんわよ」

 

「今までは、ずっと良い子でいましたけど」

 

「そのまま大人しくしていればよかったのにねぇ」

 

「本当はわたし、──わがままなんです」

 

「わがままというより、ただの錯乱だろう」

「結局、彼女は何がしたかったのかしら?」

 

「……」

「カッコカワイイ宣言だ……」

 

    ◇ 

 

バルコニーに、夜風が入っていた。

 喧騒が遠くなる。音楽はとっくに止んでいた。石造りの手すりの向こうに、王都の夜景が広がっている。

 

 ユリウスとセレナが、並んで立っていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 先に口を開いたのは、セレナだった。

 

「最初から、こうするつもりだったんです」

 

 ユリウスは少し間を置いてから、静かに笑った。自嘲ではなく、どこか清々しいような笑い方だった。

 

「構いませんよ。王女殿下に振られるのは、慣れておりますから」

 

「それより、あなたこそ」

「今夜の選択は、簡単ではなかったはずです」

 

 セレナは手すりに指先を乗せた。石は冷たかった。

 

 身勝手な理由だったと、自分でわかっていた。貴族としても、王女としても、もっと賢いやり方はあったのだろう。

 

「後悔はしていません」

 

 声に出すと、思ったより軽かった。

 

「それよりも、ずっと誰かの言いなりになる人生のほうが、嫌ですから」

 

 ユリウスはしばらく黙っていた。夜景を見たまま、何かを考えるように。

 

 やがて、静かに言った。

 

「一つだけ、聞いてもいいですか」

 

「……はい」

 

「あなたは今夜、わざわざここで婚約破棄をした」

「ですが、そうする必要はなかった。私だけに、たった一言断るだけで済む話だったのに」

 

「それは、申し訳ないと思っています。でも──」

 

「でも、あなたがそうしたのは──見てもらいたい方がいたから、でしょう?」

「そしてそれは、私ではないのですね」

 

 短い沈黙が落ちた。

 ユリウスはすぐには続けなかった。何かを飲み込むように夜気を吸い込み、それから静かに口を開いた。

 

「ですが、困ったことがあれば、どうか遠慮なく頼ってください」

「あなたとの約束は、形を変えても守れます」

 

「……そう言うくらいは、許されるでしょう」

 

 セレナはユリウスを見た。彼はもう、こちらを見ていなかった。

 だが、この人はそう言った以上、本当にそうするのだろうと思った。

 

 深く、一礼した。

 

 彼はそれを静かに受け止めた。引き留めなかった。

 

 それから、ユリウスはバルコニーを後にした。役目を終えた者の、迷いのない足取りだった。

 

    ◇

 

 しばらく、セレナはその場を動けなかった。

 

 夜風が頬を撫でた。

 

「セレナ!」

 

 振り返ると、エインが立っていた。礼服が少し着崩れていた。

 

「良かった。そこにいたんだ」

 

 いつも通りの顔だった。あの場にいたとは思えない、何も変わらない顔。

 

「あの、俺さ」

 

 言いかけて、止まった。珍しいことだった。何かを、探しているような間だった。

 

「エインさん」

 

 彼が黙った。こちらを見た。

 

「改めて、あなたに伝えたいことがあるんです」

 

 セレナは一度、深く息を吸った。

 

「エインさん、わたしは、貴方のことが好きでした」

 

 声は、思ったより落ち着いていた。

 

「ですが……本当に好きだったのは、理想のわたし自身です」

 

「自由で、立場に縛られない貴方の姿に、自分を重ねていただけでした」

 

「あなたのことを知ろうとも、理解しようともしていなかった」

 

「あなたのことなんて、何も見ていなかったのです」

 

 夜風が、一度だけ吹いた。

 

「……ごめんなさい」

 

「今日は、それを貴方にお伝えしたかったのです」

 

 彼女は、エインから目を逸らした。

 

「……では、これで」

 

「待ってくれ!」

 

 彼の声が、背中に刺さった。

 

「俺もなんだ!」

 

「俺も、セレナのことを今まで知らなかった! 知ろうともしなかった!」

 

「でも気づいたんだ! 本当は、俺は! セレナのことを知りたかったんだって!」

 

「だから──」

 

「まずはお友達からでお願いします!」

 

 セレナは目を見開いた。

 

 エインは続けた。悪びれた様子はなかった。

 

「だって俺達、今日が、“初対面”だろ?」

 

 夜景を背に、エインが立っていた。まっすぐ、こちらを見ていた。

 

 黒い瞳が、青い瞳を映していた。

 

 セレナは、ほんの一瞬だけ迷った。それから、まっすぐにエインを見返した。

 

「……私も、今度こそ貴方のことを知りたい」

 

 彼女は少しだけ、息を吸った。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 

 

    ◆

 

 

 

314:元引きこもり転生者

なんか一緒に遊びに行くことになった

 

315:名無しの純愛主義者

脳が回復する

 




次回、デート!デートですわよ!
来週までにブラックなコーヒーをご用意なさいませ!
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