王都の中心部、白い石畳の広場には大きな噴水がある。
待ち合わせの名所らしく、昼になっても人の流れは途切れない。買い物帰りの婦人、荷車を押す商人、はしゃぎながら駆けていく子供たち。広場はずっと騒がしかった。
その中で、ひとりの少女が噴水のそばに立っていた。
通り過ぎる人々が、ちらりと目を向ける。銀の髪が陽を受けて淡く光る。飾り立てた様子はない。それでも、ただそこにいるだけで妙に目を引いた。
少女は噴水の縁に視線を落とし、水の流れを眺めていた。吹き上がる飛沫が陽を受け、そのたびに銀髪の輪郭が揺れる。
待ちくたびれた様子はない。むしろ、何かを待つ時間そのものを静かに楽しんでいるように見えた。
少女は振り向きもしない。ただ噴水を見ていた。
やがて、一人の少年が広場の向こうから現れた。
目的地しか見ていない歩き方で、人混みを縫ってまっすぐ歩いてくる。そのまま少女の前で足を止めた。
「やぁ、待たせちゃった?」
少女が顔を上げる。
「私も、さっき着いたばかりです」
それだけの、短いやり取りだった。
少年が歩き出すと、少女はそれで十分だったらしく、ごく自然にその隣へ並んだ。どこへ向かうのかを確かめるでもなく、二人はそのまま人の流れの中へ溶けていく。
僕──フレッドは、広場の物陰からその後ろ姿を眺めていた。
「殿下を待たせるとは……やはり許しがたい……」
物騒な声が、すぐ隣から聞こえた。
イレーネさん。セレナ王女の護衛だ。
褐色の肌に長い黒髪、すらりと背が高い。全体に冷たい印象の美人で、従者としてのメイド服も妙に様になっていた。
その彼女が、二人の後ろ姿を見たまま言う。
「フレッド。何をしているのですか。あなたも追ってください」
「いや、何で僕がそんなことを……」
故郷の件で学校を飛び出して、道中でも色々あった。村でも色々あった。戻ってきた学校では、さらに色々あった。ようやく全部片づいて、今日こそ何もせず部屋で休める──はずだったのに、気づけば僕は広場の物陰に立たされている。半分どころか、ほとんど全部が拉致だった。裁判の時に助けてもらった手前、強く断りきれなかった。
「本日は殿下の護衛が目的です。普段なら私一人で十分ですが……」
そこで、彼女はほんのわずかに眉を寄せた。
「あの男が相手となると、話は別です」
視線の先では、エイン君とセレナ殿下が並んで歩いている。少なくとも今のところは、どう見ても穏やかに王都を歩いているだけだった。
「奴は何をしでかすかわからない。行動原理も、判断基準も、常人のそれではない。ですから、最もよく奴を知るであろうあなたを連れてきました」
「まあ、それは……わかりましたよ。でも僕に何をしろと」
「もし不審な動きがあれば、私が殿下を保護します。あなたはあの男を抹殺してください」
「当然みたいに言わないでください!?」
思わず声が裏返った。慌てて口を押さえる。幸い、前の二人はまったく気づいていない。
「できるわけないじゃないですか。親友ですよ」
「では、無力化でも構いません」
「そういう問題じゃないです」
僕は小さくため息をついた。
「大体、エイン君と一緒に遊びに出たことなら何回かありますけど、別に大きな問題は起きませんでしたよ」
「本当に?」
彼女が、すっとこちらを見る。
「……あのエインですよ?」
「……普通にしていれば、大丈夫だと思います」
問題は、エイン君の"普通"が、まるで当てにならないことなのだが。
噴水広場を離れたあと、エインとセレナは人通りの多い大通りを並んで歩いていた。
「王都って、いつ来ても人が多いな」
行き交う人を眺めながら、エインが言った。
「そうですか? 私には普通に見えますが」
「村には全然いなかったからなぁ。俺が引きこもりだった、ってのもあるけど」
「引きこもり、ですか?」
「そう。村って娯楽があんまりないから、いつも部屋に籠もって魔法の研究ばっかりやってたんだよ。セレナはどうなの? 都会育ちなら、色々遊び方知ってるんじゃないの?」
セレナは少し考えてから、小さく首を振った。
「……いえ、私も王宮からあまり出ないように言われていましたので、そういうのはあまり」
「なんだあ、セレナも俺と同じ元引きこもりだったのか。良かったぁ」
「えっ?」
「ほら、引きこもりって世間体悪いじゃない。でも王女様もそうだったのなら、全然恥ずかしくないじゃん。セレナは引きこもりの王女! 引きこもりの希望!」
「ふふっ、そうかもしれませんね」
人通りの多い通りを歩いているのに、不思議と二人の歩調は乱れなかった。並べば自然に揃ってしまう、そんな歩き方だった。
「でも、エインさんも、私も、もう引きこもってはいません。ほら、こうして二人で外を歩いていますもの」
「でも、いつまでもそうじゃないだろ?」
「どういうことですか?」
「だってそのうち村に戻らないといけないからな。卒業したら、母さんのところに戻らないと」
言いながら、エインは少しだけ遠くを見るような顔をした。
「エインさんのお母様は、どんな方なんですか?」
「すごく優しい人だよ。俺のことをいつも心配してる。そろそろ帰省したほうがいいのかなぁ」
そう言いながら、エインはそのままの調子で訊き返した。
「セレナの母さんは、どんな人なの?」
セレナの足取りが、わずかに鈍った。
「私の母は、物心つく前に亡くなってしまいました。ですから……記憶も、あまり」
エインは特に足を止めなかった。立ち止まりもせず、表情も変えず、ただ同じ歩調のまま続けた。
「それはご愁傷さまだねぇ。寂しくないの?」
あまりに気負いのない調子だったので、セレナは一瞬だけ目を丸くする。けれどすぐ、少しだけやわらかく笑った。
「ええ、大丈夫です。イレーネがずっと一緒にいてくれましたし……それに、今日はエインさんがいますし」
「そっかぁ」
エインは素直に頷いた。
少しだけ間があいて、セレナは改めてエインの姿を見た。
「……そういえば」
「うん?」
「今日のお召し物、ちょっと気になります。エインさんは、いつも制服なのですか?」
「うん、そうだけど。これが手持ちで一番上等な服だし」
「ですが、せっかく遊びに出ているのに、制服というのは風情が足りませんこと?」
「そういうもんなの?」
「ええ、そういうものです。ほら、私もこうして、少しだけおしゃれをしています」
そう言って、セレナはワンピースの裾をつまんでみせた。
淡い色合いで、飾り気は強くない。けれど普段の制服姿よりずっとやわらかく見える。今日のために、少しだけ特別を選んできたのだと、それだけでわかった。
「ああ、ほんとだ。今日のセレナ、かわいいと思ってたけど、そういうことだったのね」
「ええ、そういうことです」
その声はほんの少しだけ弾んでいた。
「エインさんも、おしゃれしてみたらいかがですか?」
「えぇ~、でも俺、そういうのわからないしなぁ」
「ご心配なく。私が選んで差し上げます」
その返答には、ためらいがなかった。
「さあ、お洋服を買いに行きましょう」
「ここが、私がお世話になっている服飾店です」
二人が入っていったのは、通り沿いのこぢんまりした店だった。
僕とイレーネさんは少し離れたところで足を止め、入口の向こうをうかがった。
「フレッド、私たちも行きますよ」
「えっ、僕たちも店に入ったらバレるでしょう!」
「バレないために店に入るのですよ。ちょうどいいですから、ここで変装用の服も調達してしまいましょう」
「えぇ……」
イレーネさんに押し込まれるように、僕も店の中へ入った。
店内は思ったより手狭で、棚に服がところ狭しと並んでいる。少し窮屈だが、そのぶん死角は多い。見張るには悪くない。
奥では、セレナ王女が次々と服を手に取って、そのたびにエイン君へ向き直っていた。
「こちらのお洋服はどうですか?」
「どうって言われても、わからんなぁ。セレナが選んだやつならなんでもいいよ」
「まあ、張り合いがありませんわね!」
今日に限って妙に素直だ。あのエイン君が、文句ひとつ言わずされるがままになっている。
「フレッド」
突如後ろから声をかけられて振り向くと、イレーネさんが包を差し出していた。いつの間に用意したんだ、それ。
「お前の変装用の服を購入しておいた。私が監視しているうちに、あそこの試着室で早く着替えてこい」
「はぁ……」
断る間もなく、僕は試着室へ押し込まれる。
包を開けて──中身を見た瞬間、閉じて帰りたくなった。
僕が葛藤している間にも、試着室の向こうの声が耳に入ってきた。
「これ! この服がぴったりです!」
「そうだね。サイズはピッタリだね」
声だけ聞いていると、エイン君は文句も言わず付き合っているらしい。
その間に変装を終えると、イレーネさんは入れ替わるように試着室へ入る。
それから、ほとんど間を置かずに声がした。
「今戻った」
「うわびっくりした!」
早い。早すぎる。
いつの間にか、真後ろに立っていた。着替える速さも気配の消し方も、心臓に悪い。
「静かに。声を出すと気づかれてしまいます」
「いや、イレーネさん……」
だが、僕はそれどころではなかった。
「何だ」
「……なんで僕、こんな格好してるんですか」
「言っただろう、変装のためだと」
「いや、それは分かってるんですけど、そのための服がですね」
「そのメイド服がどうした? まさか不満なのか?」
「そうですよ!」
そう、僕はなぜかメイド服に、おまけで長髪のウィッグまで着せられていた。
慣れないスカートは落ち着かないし、肩にかかる髪も妙にむず痒い。自分の格好だというのに、鏡を見るたび知らない誰かを見せられている気分になる。
一方のイレーネさんは、長い髪を後ろでまとめて、男性用の礼服を着ている。ちょうど僕と元の服装を丸ごと入れ替えたみたいな格好だ。しかも異様に似合っているのが腹立たしい。
「何で僕がこんな格好しないといけないんですか!」
「変装のためだと言っているだろう。いいか、今日の我々は地方貴族とその侍女だ。私はイレオン。お前はフリーダ。そういうことにしておけ」
「偽名まであるんですか!?」
「当然だ。姿だけ変えても甘い。名と立場まで整えてこそ変装は完成する」
「だとしても、何で女装までしなきゃならないんですか!」
「見た目の性別を変えれば、まずバレることはないからだ。案ずることはない。お前はかわいい顔をしているからな。フフ、よく似合っているぞ」
「そこを褒められても嬉しくないですよ……」
「ご購入ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
「ええ、また来ますわ」
「もうこないからねー」
僕が文句を言っている間に、二人はもう店の外へ出ていた。
「大体、女装するにしてもこんなフリフリの格好はいやですよ。もっと地味な服とかなかったんですか?」
「買い物が終わったようだな。私たちも行くぞ」
「話聞けっての」
反論している間に、二人はもう店の外へ出ていた。
僕はスカートの裾を押さえながら、慌ててそのあとを追う。
店を出るとき、店員さんと目が合った。
何か言いたげだったが、考えないことにした。
「ああ、それにしてもくたびれた。肩が凝っちゃったよ」
服飾店を出て通りを歩きながら、エインは新しく仕立ててもらった服の肩まわりを気にするように、ぐるりと腕を回した。
「もう、少しじっとしていてください。せっかく整えたのに、もうシャツがずれています」
セレナはそう言うと、エインのすぐ前に立って、襟元と肩口を指先で整える。
ごく自然な仕草だったが、通りすがりの人が二人を見て、微笑ましそうに目を細めていた。
当の二人はそんな視線に気づきもしない。
「はい、これでよしです。それにしても、人を着せ替えるのがこんなに大変だったなんて」
「いいや、着せ替え人形の俺の方が大変だね。肉体的疲労より、精神的疲労の方がずっとつらいもんだよ」
「それならなおさら私の方が大変です。エインさんに合う服を選ぶのに神経を使ったんですから」
「だから俺は自分の服なんてどうでもいいっての」
「私は、どうでも良くないんです。私が、かっこいいあなたを見たいんです。いけませんか?」
あまりにためらいなく言われて、エインは一瞬だけ言葉を止めた。
「そりゃいけなくないけどさぁ、それで言ったら俺だってかわいいセレナを見たいよ」
セレナは、少しだけ得意げにワンピースの裾を揺らした。
「あら、ですからこうして今日はおしゃれしてきたんじゃないんですか」
「おいおい、かわいいってのはそんな単純なもんじゃないんだぜ。おしゃれだけしてればいいってもんでもない」
「へぇ~、じゃあ他に何があるんですか?」
「そうだなぁ」
エインは少し考えてから言った。
「例えば表情とかだな。今みたいなむっとしてる顔より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」
「まぁ失礼なことをおっしゃいますのね。それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」
そのあともしばらく、二人はどちらが正しいともつかない理屈を言い合っていた。
けれど足は止まらず、声にも本気の刺々しさはない。
「──ほら見ろ。俺達最初から、かっこいいし、かわいいじゃないか。最初からおしゃれなんかする必要なかったじゃんか」
「あら、おしゃれするからこそ、より可愛く、かっこよくなるんでしょう」
「はぁ~、セレナは話のわからんやつだな!」
「あなただって、同じじゃないですか!」
「「……」」
「ふふっ」
「あはは!」
「喧嘩はもうやめようぜ。せっかく遊びに来てるのに楽しくないよ」
「ええ、そのとおりです。せっかく一緒に出かけてるんですから、もっと楽しくいきましょう」
「それじゃあ、親交を深めるために、そろそろ飯にするか!」
「ちょうどいい時間ですしね。お店を探しましょう」
「どの店にする? セレナ、いい店とか知らない?」
「いえ、私はあまり外食はしないので……ですが、エインさんと一緒なら、どんなお店でも大丈夫です」
服飾店を出たあとも、僕たちは少し距離を取りながら、エイン君たちのあとを追っていた。
けれど、その監視はさっきよりずっと難しくなっていた。主に、僕の精神にとって。
というのも、変装した僕たちの方が、どう考えても目立っていたからだ。
「ねぇ見て、あの貴族様、すごくかっこいい……」
「あらほんと、でも隣のメイドさんも随分とかわいらしいわねぇ」
そんな囁きが通りすがりのあちこちから聞こえてくるたび、いたたまれない気持ちになる。
尾行しているはずなのに、どうしてこっちが注目を浴びなければならないのか。
「あの……イレーネさん。この格好、さっきより目立ってませんか?」
「私はイレオンです、静かにしなさい。殿下たちの会話が聞こえないでしょう。殿下たちにバレなければ問題ありませんから、監視に集中してください」
そんなことを言われても、慣れないウィッグはときどき視界にかかるし、耳まで覆われているせいで音も少し遠い。これでは監視の精度がむしろ落ちているのでは──そう言い返しかけた、その時だった。
「────!」「────!」
前を行く二人の声が、急に大きくなる。どうやら、口論が始まってしまったらしい。
「今みたいなふくれっ面より、いつものセレナの方がずっとかわいいだろ」
「それならエインさんだって、魔法を研究している時の方が、今よりずっとかっこいいです!」
……だが、これは口論の中でも、痴話喧嘩の類ではないだろうか。
「殿下相手に何たる口の利き方……! 不敬罪で今すぐ処刑しなければ!」
「ちょっと落ち着いて! 今のどこに処刑要素があったんですか!」
隣で殺気立つ護衛をなだめている間にも、二人の言い合いはしばらく続いた。
とはいえ、周囲の通行人たちは迷惑そうにするどころか、むしろ微笑ましいものでも眺めるように二人へ目を向けている。
そして案の定、彼らの熱も長くは続かなかった。
気づけば二人は、さっきまで言い合っていたのが嘘みたいに、もう昼食の話をしていた。エイン君が近場のカフェを指差すと、二人はそのまま迷いなく入っていく。
「我々も行くぞ。護衛たるもの、いつでも動けるようにエネルギー補給は重要だ」
いつの間にか調子を取り戻したイレーネさんが、当然のような口調で言った。
いや、それは護衛のためという建前で、普通に食事をする気なのではないだろうか。
そんな疑念を差し挟む間もなく、僕たちも二人のあとを追って店へ入った。
「いらっしゃいませ~、お好きな席にどうぞ~、メニューが決まりましたらお呼びくださ~い」
昼時を少し過ぎた店内は、ほどよく席が埋まっていた。
窓際には買い物帰りらしい婦人たち、奥には若い恋人同士らしき二人組。甘い焼き菓子の匂いと、焼いた肉の香ばしい匂いが混ざり合って、店の中には気の抜けるような賑やかさが満ちている。
僕たちはさりげなく視線を巡らせ、すぐに目当ての二人を見つけた。
「なんかメニューいっぱいあるなぁ」
「ええ、どれを選べばいいか迷いますね」
通路の向こう側、すぐ近くのボックス席に並んで座っている。
二人は向かい合ってメニューを開き、すっかりそちらに意識を向けていた。こちらに気づく様子はない。
僕たちもひとつ隔てた席に腰を下ろし、聞き耳を立てる。
「これなんか豪華で美味しそうじゃない? 量多いから一緒に食べようぜ」
「あれ、でもこれ、『カップル限定』って書いてます。これでは注文ができませんよ?」
できるだろ。
「あっホントだ、これは問題だな、どうしようか……」
何が問題なんだ。
カップル限定と書いてあるからには、仲の良い男女二人でひと皿を囲んで食べる、そういう趣旨のメニューなのだろう。
そして、今まさに向こうでそれを見つめている二人は、端から見ればどう考えてもその条件を満たしていた。
にもかかわらず、本人たちだけが真剣に悩んでいる。
「あっ、そうだ。俺達今からカップルってことにしとけばいいじゃん。演技しとけばバレないだろ」
「たしかにそうですね、では私達は今から、そういう関係、ということにしておきましょうか」
何を言っているんだろう、この人たちは。
最初から最後まで、誰の目にもそう見えているのに。
「ご注文はお決まりでしょうか~」
店員がやってくる。
二人はそこで一度だけ無言で顔を見合わせた。たぶん、あれが本人たちなりの合図なのだろう。
そして次の瞬間には、さっきまでと何ひとつ変わらない調子のまま、“演技”が始まった。
「あら、おしゃべりに夢中でまだ決めませんでした。どうしましょうかエインさん」
「慌てることないってセレナ。今から決めても遅くはないだろ」
「遅いですよ~」
「ほら、店員さんもこう言ってますし早く決めましょう。私は甘いものがいいですね」
「俺は肉料理がいいな。ちょうどいいメニューはないかなぁ」
「それでしたら、『ふわふわパンケーキセット』と、『デミグラハンバーグ定食』はいかがでしょうか~」
「「それは駄目!」」
「ええ~」
「あっ、そうだこれにしよう! ちょうど二人前だしセレナもこれでいいよな?」
「ええ、私もそれで!」
「は~い、こちらのメニューですね~。かしこまりました~」
「「……」」
「ふふっ」
「あはは!」
何だその、作戦がうまくいった時みたいな笑いは。
いや、本人たちの中では実際そうなのかもしれない。
「いや~危うく俺達がカップルじゃなくて、ただの友だちだとバレるところだったな」
「ええ、うまく演技できてよかったです」
僕はさっきから何を見せられているんだろう。
「そちらもご注文お決まりでしょうか~」
大体何が演技だ。ずっと素だっただろ。
「あちらの者たちと同じ物を頼む」
というか、あれで素なのが一番恐ろしい。
「は~い。『恋人たちの特製ランチプレート』ですね~。かしこまりました~」
店を出たあとも、二人はそのまま人混みの中を並んで歩いていた。昼の賑わいはまだ通りに残っていて、焼き菓子の甘い匂いや、露店から流れてくる香辛料の匂いが風に混じっている。
「さっきの店の料理結構美味しかったよな」
「ええ、また食べに行きましょう」
セレナがそう答えると、エインはすぐに次の言葉を返した。
「じゃあ次はいつ行く?」
あまりに間髪のない問いかけに、セレナは目を丸くして、それから少しだけ楽しそうに笑った。
「あらまぁ、随分気が早いんですのね。それより次は私のお買い物に付き合ってくれませんか?」
「いいけど何買うの?」
「お菓子の材料です。砂糖が少なくなってきたので、買い足そうと思ってるんです」
「おお、そりゃいいねぇ、早く行こう!」
言うなり、エインはセレナの手を取って駆け出した。
「あっ、待ってください!」
人の波を縫うようにして、二人は通りを進んでいく。セレナも最初の一歩だけ驚いた顔をしたが、すぐに足並みを合わせた。陽の下を走る二人の姿は、ただ市場へ急いでいるだけにしては、どうにも楽しげだった。
だが、その勢いは長くは続かなかった。
いくつか角を曲がり、大通りから少し外れたところにある小さな広場まで来たところで、エインの足が目に見えて鈍る。広場の端には木陰のベンチがあり、エインはそこへ吸い寄せられるように腰を下ろした。
「はぁ、はぁ……、セレナ、ちょっと待って……。休憩しよう」
肩で息をしながらそう言うと、セレナは隣で立ち止まり、少しだけ呆れたように、けれど面白がるように目を細めた。
「エインさんって、意外と体力ないんですね。ふふ、弱点見つけちゃいました」
「ほら、食べた直後にいきなり走るのって良くないから」
いかにも苦しい言い訳だったが、エインは真面目な顔で言い切った。セレナはとうとう小さく吹き出す。
「はいはい、ほら、市場まではもうすぐですよ、歩けますか?」
そう言って、今度はセレナの方から手を差し出した。
エインは一瞬だけその手を見上げた。先ほど自分が引いた時と同じように、今度は彼女の方が当然のように手を伸ばしている。そのまま少しだけ息を整えると、エインは素直にその手を取った。
「そういや俺、市場の場所ちゃんと知らないんだった。案内お願い」
「ええ、お任せください」
セレナはくすりと笑って、そのまま軽く引く。立ち上がったエインはまだ少しだけ足元が頼りなかったが、引かれるまま歩き出すと、すぐに元の調子を取り戻した。
やがて二人は市場へ着き、砂糖や小麦粉、乾燥果実に香辛料といった材料を一通り買い揃えた。昼を過ぎた市場は賑やかで、店主たちの張りのある声があちこちから飛んでくる。買い物を終えた頃には、セレナの手に提げた紙袋は小さく膨らんでいた。
「無事に買えました、ありがとうございます」
「いいんだよ、またお茶会やるんでしょ? 今度は何のお菓子を作るの?」
セレナは紙袋を抱え直しながら、少しだけ考えるように視線を上げた。
「エインさんの好きなものを作ろうと思います。何が食べたいですか?」
「うーん、セレナが作るお菓子なら何でもおいしいでしょ、任せるよ」
「そう言われても、なんでも、というのが一番考えるのが大変なんですよ」
「それじゃああれは? こないだのパーティで出てた見た目だけはきれいなお菓子は? ほら、ちょうどあの店に飾ってあるやつ」
エインが指さした先には、通りに面した大きなガラス窓のある菓子店があった。王都でも名の知れた高級店らしく、磨き上げられた硝子の向こうには、宝石みたいに艶やかな菓子が並んでいる。その中でもひときわ目を引くのが、花や鳥をかたどった色鮮やかな細工菓子だった。
セレナもそちらに目を向ける。
「あぁ、マジパンのことですね。ただ、あれは高級な砂糖をたくさん使うので、作った経験がなくて……それに、あれは甘すぎてエインさんのお口には合わないと思いますが……」
「それはそうなんだけどさ、セレナなら初めてだとしてもあの店よりよっぽど美味しく作れるでしょ? 俺も手伝うよ」
あまりにあっさりとした口調で言うものだから、セレナは思わずエインの方を見る。
その時だった。
「おいおい、随分なこと言ってくれるじゃないか」
低く太い声が横から割り込んできて、二人は揃って振り向いた。
「あっ、店長!」
店先に立っていたのは、白いコック帽に口髭の男だった。腕を組み、いかにも面白くなさそうな顔でこちらを見ている。
「うちより美味く作れるだって? いくらなんでも恋人の欲目が過ぎるんじゃないか?」
「は? 本当のことを言っただけだが? セレナのお菓子は世界一うまいんだが?」
店長は一瞬ぽかんとした顔をして、それから鼻で笑った。
「ハハハ、威勢だけは結構だが、彼女さんに恥をかかせる前にほどほどにしておくんだな。王都随一の腕前を持つ俺より、うまいお菓子が作れる奴がいるものか」
その言葉に、セレナの表情がぴたりと止まる。
ほんの一拍の沈黙のあと、彼女は真っ直ぐに店長を見返した。
「……出来ますっ!」
「いまなんていった?」
「貴方よりももっとおいしいお菓子を作れるって言ったんです!」
店長の眉が面白そうに持ち上がる。
「こりゃあ面白いお嬢さんだぜ」
「セレナ、強がりなんか勝手に言わせときゃいいじゃんか。これ以上は相手にしなくていいって」
「そうはいかないぜ坊や」
店長はにやりと笑って、店の中を親指で示した。
「大勢のお客さんの前でケチを付けられたんだ」
ちょうどその時、店内にいた客たちの何人かが、気配を察したようにこちらを見ていた。通りを歩いていた人間も、面白い揉め事の匂いを嗅ぎつけたのか、店先に足を止め始めている。
「こりゃあどうしてもうちよりうまいお菓子を作ってもらおう」
「「え!! ここよりもうまいお菓子を!?」」
「皆さんこんにちは、口上師のジョン・カベイラです! ここ王都屈指の名店、金砂糖亭にて、ただいま前代未聞のお菓子作り対決が勃発しました! はたして勝つのは店の誇りか、それとも無名の挑戦者か! 解説は、王都随一の美食家との呼び声高いキタザワ・ストロンガーさんです。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
「さあ、選手をご紹介しましょう。まず青コーナー、金砂糖亭の総責任者、グスタフ氏! 王都でも名の知れた名職人!」
「そして赤コーナー! 飛び入りの挑戦者、謎の少女! その隣には補佐の少年も控えている! 果たして名店の誇りを崩せるか!」
「いやあ、これは見ものですね」
「ところでキタザワさん。今回勝負するお菓子は『マジパン』とのことですが、そもそもどんなお菓子なんでしょうか」
「名前にパンとありますが、パンではありません。砂糖とアーモンドを練り合わせて作る、高級な練り菓子ですね」
「なるほど、甘くて贅沢なお菓子、と」
「ええ。高価な砂糖をたっぷり使いますから、貴族の宴では飾り菓子として出されることも多い」
「しかし挑戦者のお二人は、先ほど“甘すぎる”と、ずいぶんな言いっぷりでした」
「それも無理はありません。あの二人が口にしたのは、金砂糖亭が宴のために特注で仕立てた装飾用の『マジパン細工』でしょう。サトルティとも呼ばれますが、あれは長時間造形を維持するために、砂糖の比率をかなり高くしている。言ってしまえば、食べるためというより、見せるための菓子です」
「つまり、彼らが食べたものと、いま勝負するものは全くの別物だと?」
「ええ、そう考えていいでしょう。今回求められているのは、見世物ではなく、食べ物ですからね。普段から金砂糖亭で出しているマジパンも、甘みは抑えられていて、きちんと食べておいしい仕上がりですよ」
「おっと、どうやら話している間に、両者とも準備が整ったようです! それでは──
食事を終えて市場に向かったはずなのに、どうして僕たちはお菓子作り対決の開幕を見届ける羽目になっているのだろう。
なにかやらかすとしたらエイン君の方だと思っていた。まさかセレナ王女の方が売り言葉に買い言葉で受けて立つとは思わなかった。
「フハハハハ! マジパンづくりの肝は、いかにアーモンドを細かく砕き、なめらかなペーストに仕上げるかだ! この骨の折れる下拵え、ジャリ共には堪えまい!」
「それはどうかな?
「なにィーっ!? 何だその魔法は! アーモンドが一瞬で粉々に!?」
開幕早々、あの二人は店先の注目を一身にさらっていた。どうせしばらくは対決の方に釘づけで、こっちにまで気を回す余裕はないだろう。
護衛という意味では、今がいちばん手の空く時間だ。ちょうどいい機会だった。さっきから気になっていたことを、僕はイレーネさんに聞いてみる。
「……あの、イレーネさんとセレナ殿下って、実際どういう関係なんですか?」
ただの主従、と言うには近すぎる。
イレーネさんは少しだけ目を細め、調理場の方を見たまま答えた。
「……私は元は孤児です。王国に拾われ、幼い頃から暗部の一員として育てられました。ですがある時、命令が下りました。王女殿下の従者として、護衛として、幼い殿下の傍に付け、と」
「それで、ずっと一緒に」
「ええ。あとはご想像の通りです。……結局、情が移りました」
その言い方は淡々としていたけれど、視線だけはずっとセレナ王女を追っていた。
「生地が出来ました!」
「それで満足したつもりか? 俺のお菓子は味だけではないわっ! 見よ! この美しき形を!」
「
「なにィーっ! 生地がひとりでに形を変えていく!? 砂糖の比率を下げているのにどうやってあんな細やかな造形を!?」
僕はさらに声を潜めた。
「……それで、あんなにエイン君を警戒してたんですね」
「……いえ」
イレーネさんは短く首を振った。
「正しく言うなら、嫉妬、でしょうね」
「嫉妬?」
「私にとって殿下は、仕える主である以上に、大切な家族です。……妹のようなもの、と言った方が近いでしょうか」
その一言だけで、あの過剰な警戒心の理由が少しわかった気がした。
「殿下には幸せになってほしい。自由に生きてほしい。ずっと、そう願ってきました」
「幸せにすることはできました。少なくとも、不自由の中で不幸にはしないよう努めてきたつもりです。……あの夜も、最悪の形になる前に止める手は打っていました」
彼女の声が、ほんのわずかに声が低くなる。
「それでも、自由にはしてやれなかった。……いえ、自由にしてやる覚悟が持てなかったのでしょうね」
「ですが、エインはそれを平然とやってのける。殿下を外へ連れ出し、ああして当たり前みたいに自由にしている」
イレーネさんはそこで一度、視線を落とした。
「それが、嬉しくて……悔しい」
「最後に仕上げをして……これで完成です!」
「俺も完成だ! そっちは見てくれだけは整えたようだが、菓子でいちばん物を言うのは味なのだよ!」
「あら、言いましたわよね? 貴方のお店より、もっとおいしいお菓子を作れるって。貴方もご賞味なさいな!」
「むっ! 何だこのマジパンは!? むちゃくちゃうまい! こ、これは……俺の負けだ……! そのレシピ、俺にも教えてくれ……」
僕は少しだけ肩の力を抜く。
「でも、それだけ大切に思ってるってことですよね」
イレーネさんは否定しなかった。
代わりに、こちらを見もせず言う。
「……あなたも大概でしょう。あの男に甘すぎます」
「えっ、それはどういう──」
「……殿下たちが店を出ます。私たちも行きますよ」
「ちょっと待ってください! あっ、スカート踏ん──」
菓子店を離れたあとも、二人はそのまま王都を歩いていた。気になった店先を冷やかしながら、取り留めのないことを話しているうちに、空の色も少しずつやわらいでいく。そうして賑やかな大通りを外れ、人の少ない坂道を上っていった先に、王都を一望できる小高い広場があった。
広場の端からは、夕日に染まりはじめた街並みが広がっていた。赤い屋根の連なりも、遠くに立つ塔も、淡い金色の光をまとっていた。
けれど、そこで真っ先に目についたのは、景色そのものよりも、広場に集まっている人々の方だった。
「なんか、ここ、やたらカップル多くないか?」
「たしかに、どこもかしこも甘い雰囲気ですね……」
広場のあちこちで、若い男女が肩を寄せ合うように立っている。並んで景色を眺めている者もいれば、すでに手をつないでいる者もいた。
エインはたまたま近くを通りかかった一組に、気軽な調子で声をかけた。
「すみませーん、ここってどういう場所なんですかー?」
「君たち、知らないでここに来たのかい? ここは『恋人の見晴らし広場』って呼ばれていて、王都では有名なデートスポットなんだ」
「夕暮れに手をつないだ恋人は、末永く結ばれるって噂なんですって」
二人はそう言って、ぎゅっと手を握り直した。そのまま幸せそうに笑い合いながら、並んで去っていく。
去っていく二人の後ろ姿を見送っているうちに、重ねた手だけが妙に目に残った。
「はえー、それでカップルがこんなに……」
セレナも広場を見渡し、そっと周囲へ視線を巡らせた。
「そういえば、皆さん手をつないでいらっしゃいますね」
言われてみれば、その光景は広場のあちこちにあった。並んで立つだけではなく、指を絡めるようにして夕景を眺めている恋人たちまでいる。
エインは少しだけ眉を寄せて、周囲の恋人たちと自分たちを見比べた。
「……なんか俺たち、場違いじゃない?」
セレナは自分たちの間にあるわずかな距離を見下ろしてから、小さくうなずく。
「ええ。皆さん手をつないでいますし、『友達』として来ているのは、私たちだけみたいですね」
少しだけ考えるような間があってから、エインは何か思いついたように顔を上げた。
「それじゃあ――はい」
エインはそう言って、セレナへ手を差し出した。
あまりに自然な動作だったので、セレナは一瞬だけ目を見開く。
「え?」
差し出したままの手を軽く揺らす。
「ほら、カフェの時の続き。また恋人のふりをした方がいい気がして……」
差し出された手を、セレナはしばらく見つめていた。昼間に市場へ向かう途中と、どこかよく似た形だった。けれど今は、指先だけがわずかに止まる。
少しだけ間を置いてから、セレナは静かにうなずいた。
「……ええ、そうした方がよさそうですね」
そう言って、セレナはそっとその手を取った。
指が触れ合った瞬間、二人とも一瞬だけ動きが止まる。
それでも手は離れず、そのまま広場の端まで歩いていった。
夕日が二人の間に差し込み、その輪郭をやわらかく縁取る。広場を渡る風は、昼間より少しだけ冷たかった。
しばらく、二人は黙ったまま景色を眺めていた。
「王都って、上から見るとこんなにでかかったんだな。すげー迫力」
先に口を開いたのはエインだった。感心したように、夕焼けの下に広がる街並みを見渡している。
「ええ。いつもは道やお店ばかり見ていますから、こうして街全体を見ることなんて、あまりありませんもの」
見下ろした王都は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かに見えた。赤い屋根の列は夕日に撫でられてやわらかく霞み、遠くの塔は薄い金色の空に影のように浮かんでいる。通りにはぽつぽつと灯りがともりはじめていて、いつも歩いているはずの街が、まるで知らない場所みたいだった。
しばらく、二人は並んだまま夕景を眺めていた。
「本当に、綺麗な景色……またこうして見に来たいです」
その言葉は、ほとんど間を置かずにこぼれた。
「えっ」
「……あっ」
そう口にしてから、その願いが何を意味するのか、自分でも遅れて気づいたようだった。
「つまり、また恋人のふりをして見に来たいの?」
エインは軽い調子のままそう言ったが、セレナの返事を待つあいだだけ、視線を外さなかった。
セレナはすぐには答えなかった。ただ、つないだ手を見下ろしてから、ゆっくりと視線を上げる。
「はい、こうして、あなたと手をつないで」
エインはすぐには何も言わなかった。ただ、つないだ手を一度だけ見下ろしてから、その手をやわらかく握り直した。
その動きに応えるように、セレナもまた、重ねた指先へそっと力を返す。
ただそれだけのことなのに、さっきまでよりも少しだけ近くなった体温が、つないだ手を通して静かに伝わってきた。
その時だった。
背後で、こつん、と小さな物音がした。
つないだ手に残っていた熱が、その小さな音ひとつでふっと途切れた。
二人が同時に振り返る。
そこに立っていたのは、長身の礼服姿の男と、メイド服を着た少女だった。
どちらが音を立てたのかは、わからない。
「フレッド!」
「ち、違います! 僕……じゃなかった私はフレッドじゃありません! フリーダです!」
「そうです。こんな可愛い子が男の子のはずがありません」
「イレーネ! あなたもこんなところでどうしたの?」
「……人違いです、殿下。私はイレオンです」
「そ、そうです! 彼は地方貴族のイレオン様で、私は彼にお仕えしていまして……」
「もう、二人とも無理がありますわね。私が家族の顔を見間違えるとでも言うのかしら? ねぇイレーネ?」
「そうだよフレッド。俺が親友の顔を見間違えるはずないじゃないか。というか、二人ともどうしてこんなところに──」
「ちょっと、エインさん」
セレナはエインの袖を引き、ぐいと自分の方へ寄せた。
そのまま耳元で、こしょこしょと囁く。
「……なるほど。そういうことか」「ええ、そういうことです」
エインはセレナと顔を見合わせた。二人とも、やけに満足そうな顔をしていた。
「……あー、イレーネさん。フレッドは本当に出来た男ですから、大切にしてやってください」
「フレッドさんも、イレーネは私の大切な家族ですから、泣かせたりしたら許しませんよ?」
「いや違うから! ふたりとも勘違いしないで! そういう関係じゃないから!」
「うんうんそうだよね、二人は恋人同士なんかじゃないもんね、わかったわかった」
「ええ、そういうことにしておきましょうか」
「絶対わかってないよ……」
「あっ、そうだフレッド知ってたか? ここは、恋人の見晴らし広場と言って、王都では定番のデートスポットらしいぜ」
「夕暮れに手をつないだ恋人は末永く結ばれるって噂で有名らしいです」
フレッドは半眼になって、二人のつないだ手を見下ろした。
「……じゃあまさに今手を繋いでる君たちは恋人同士だって言うのかい?」
「もう、フレッドさんったら。私たちまでそんなふうに見られてしまいますわ。私たちはただ、周りに合わせているだけの友達同士ですのに」
「そうそう。勘違いするなよ、俺たちは恋人のふりをしてるだけだって」
エインは呆れたように言って、つないだ手を示すように軽く持ち上げた。
「イレーネも、ちゃんとフレッドさんの手を握ってあげてください。せっかくあなたの趣味に付き合ってくれる人が現れたんだから、大切にしてあげて」
「趣味?」
「殿下、それは……」
「あら、気づかれていないと思っていたの? あなた、私が出かけようとするたびに『安全のための変装』を口実にして、毎回メイド服を着せたがるじゃない。変装するだけなら別の服でもいいはずなのに、どう考えてもあなたの趣味でしょう?」
しばらくの間、誰も何も言わなかった。
フレッドは一度、自分のスカートの裾を見下ろした。
それから、ゆっくりとイレーネの礼服姿へ目を向ける。
「あの、イレーネさん? 趣味ってどういうことですか? というか、昼間のアレもなんだったんですか?」
イレーネは何も答えなかった。
ただ、無表情のまま、ほんのわずかに頬だけを染めた。
「いや、そこで黙らないでくださいよ!」
次回、テンプレらしくトーナメントでバトルとかやります。