久しぶりなので、あらすじをおさらいします。
フレッド君:エイン君さぁ……倫理観ガバガバなのええ加減にせぇよ
エイン:すまんな
フレッド君:ええんやで
エイン:おれは...反省すると強いぜ...。ワイ、今度こそ人の役に立ちます。
フレッド君:ん?
エイン:そこでだ、国王の世界平和計画に協力することにした。国王が今まで
フレッド君:ファッ!?
国王:いやワイが支配の呪いを広げてたのは世界征服のためなんやが……
エイン:ファッ!?
国王:でも、お膳立てしてくれてサンガツ!このまま利用させてもらうで!
大松:フレッド君が先に全人類へ感染魔法使ってたから、国王の【啓導の光輪】は全人類には感染してないぞ。
ベイル:やめてください父上!国際社会では世界征服ごっこは最も恥ずべき行為です!
国王:おっ大丈夫か大丈夫か、バッチェ冷えてますよ~。一般王族は黙っていろ!この計画はエルディス王家が長年にわたり引き継いで来た計画である!正規の国策とやり方が違う!
ベイル:お前精神状態おかしいよ……
大松:エインが国王のカツラ経由で計画をバラすよう命令を送り込んだから本当に精神状態はおかしいぞ
国王:あっ、そうだ(唐突)おいセレナァ!お前の母親は死んでることになってたけど別にそんなことはなかったぜ!支配の呪いを維持するために必要な血液タンクとして今も監禁されながら生きてるゾ。お前も将来の血液タンクにするために無理やりセレスに産ませたけど、エインが【啓導の光輪】を改良してくれたおかげでその存在価値もなくなったゾ。だからお前の存在価値もなくなったゾ。嬉しいダルルォ?
セレナ:ファッ!?マッマ生きとったんかワレ!
エイン:国王倫理観なさスギィ!人間の屑がこの野郎……
国王:当たり前だよなぁ?エインに計画バラされたのは想定外だけど元から準備も整ってたから今から世界征服始めます。ハイ、よーいスタート(棒読み)
一同:ファーーーwww(みんな支配される)
国王:ついでに用済みで邪魔者のエインも殺すンゴ
ジーク君:この転移用魔道具で逃げるゥーんだ!父上に帝国の危機を知らせるゥーんだ!
エイン・フレッド君:ファーーーwww(帝国に転移)
ヴォルフ将軍:何で息子の代わりにお前らが帰ってきてるんですかね(困惑)
でも話聞いたらかなりヤバそうな状況だから皇帝の様子見に行かなきゃ(使命感)
プリン大好き皇帝ちゃん:国王が急に身内を洗脳して脅してきたンゴ!助けてクレメンス!
国王:ん?今なんでもするって言ってもらおうか
プリン大好き皇帝ちゃん:えっ、それは……(困惑)
国王:ワイの要求断ったら支配した人間で自爆テロ起こさせてやねぇ、混乱のさなか戦争起こすのもウマいで!
エイン:ちなみにワイが国王に協力してなかったら
問答無用で開戦して死人が大量に出てたらしいからみんなワイに感謝したほうがいいぞ
国王:まずはエインを生きたまま王国への引き渡しを要求します!理由はもちろんお分かりですね?
エイン:ファッ!?ちょっと国王恩知らずすぎんよ〜(指摘)
プリン大好き皇帝ちゃん:しゃーない、エインとフレッド君を拘束してエインだけ引き渡すわ。許してヒヤシンス
ヴォルフ将軍:「あて身」ドスッ
エイン・フレッド君:ファーーーwww(起床のち逃亡)
フレッド君:エイン君死んだら嫌やなぁ、故郷が戦争に巻き込まれるのも嫌やなぁ、そもそもみんなが支配されてるのってあかんよなぁ……
エイン:なんかフレッド君困っとるなぁ……
エイン・フレッド君:せや!国境付近の鉱山を反物質生成の魔法でまるごと爆破して、それを国王に見せて戦争起こすのやめてもらったろ!
なお、国王だけに見せる方法はないので、鉱山が爆破される様子は王国民の全員に放映されるもよう
王国民:もうダメだ……おしまいだぁ……殺される……皆……殺される……!
皇帝ちゃん:そんなことよりプリンたべたい
「これ以上、帝国はお前たちと関わりたくないのじゃあ!」
皇帝の振り下ろした短槍が、送信機の水晶を貫いた。
ぱきん、と乾いた音が鳴る。水晶から光が消え、平原に漂っていた術式の気配もほどけていった。
あとに残ったのは、壊れた魔道具と、鉱山が消えたあとの広すぎる空白だった。
「あー! それ、改造するの苦労したのに!」
壊れた送信機を見て、エインが声を上げた。
「あのさぁ……」
「な、何じゃ。まだ何かする気か」
「いや、何かする気というか、何かされたんだけど」
皇帝が眉を寄せると、エインは砕けた水晶を指差した。
「これ、護送の兵士さんから借りたやつなんだよ? あとで返すつもりだったのに、勝手に壊さないでほしい」
皇帝の視線が残骸に落ち、それから鉱山跡へ移った。
「……お主、何を言っておるのじゃ?」
「借りたものは返さないと失礼でしょ?」
「鉱山を勝手に爆破しておいて、魔道具の返却を気にしておるのか!?」
「いや、エイン君。あれだけ改造したら、返されても困ると思うよ」
「そういう問題ではない!」
皇帝は鉱山跡を指差した。
「あそこはな! 埋蔵量も多く、今後の帝国にとって重要な産業になるはずだった場所なのじゃ! 魔道具一個と価値が釣り合っておらんじゃろうが!」
「分かった分かった。じゃあ王国にある鉱山も一個吹っ飛ばすから、それで手打ちってことで」
「アホか!? そんなことをしてどうするのじゃ!」
「……すみません」
これ以上エインに任せておけず、フレッドが一歩前に出た。
「鉱山のことは、本当にすみません。でも……行きがかり上、仕方なかったんです」
「行きがかりで鉱山一つが消えるものか!」
「戦争を止めるには、こうするしかないと思ったんです。攻めてきても得をしない。むしろ損をするって分からせれば、王国も戦争を諦めるかもしれない。そう思って……」
「…………」
先ほどまで勢いよく怒鳴っていた皇帝も、今度はすぐに言い返さなかった。
代わりに、ヴォルフが口を開く。
「あのなぁ。根本から勘違いしてないか」
「……え?」
「国王が欲しいのは、帝国を潰すことじゃない。従わせることだ。こっちはもう、要求を呑むって決めてる」
フレッドの喉が、小さく鳴った。
「でも、要求を断ったら戦争だって――」
「断ればな。だから断らなかった」
あっさり返され、続くはずだった言葉が止まる。
「誰が支配されてるかも分からねえ状況で、下手に逆らえば中からやられる。だから今は従う。それだけだ」
「……」
「独立も自由も守れたわけじゃない。王国に屈するのは屈する。だが、お前が心配してたみたいな、軍同士がぶつかる戦争は――起きねーよ」
「……待て。戦争、起きぬのか?」
「陛下も分かってなかったんですか」
「仕方なかろう! 国王め、拒めば戦争じゃと散々脅してきたのじゃぞ!」
「だから要求を呑んだんでしょう」
「……言われてみれば、そうじゃな」
皇帝は神妙に頷き、すぐに顔を上げた。
「じゃ、じゃが! 民を守るために従うと決めたことに変わりはないぞ! そこはちゃんと考えたのじゃ!」
「それは分かってます」
フレッドには、そのやり取りへ口を挟む余裕もなかった。
「じゃあ……鉱山を爆破しなくても」
「ああ。戦争を避けるだけなら、要らなかった」
フレッドは抉れた大地に目を落とした。
戦争を止めるためにと、消し飛ばした山だった。
「……でも、エイン君はどうなるんですか」
ヴォルフの顔から呆れが消えた。
「要求どおり引き渡したら、殺されるんですよね」
「ああ」
「だったら――」
「だからって、エイン一人のために帝国の民を危険にはできねえよ」
即答され、フレッドは口をつぐんだ。
「まあ……お前にとっちゃ友人だし、帝国にとっても恩人だ。簡単に納得できる話じゃねえのは分かる」
「ちょっと待てよ」
そこで、エインが口を挟んだ。
「俺、王国にちゃんと手柄立てたぞ」
「……まだそれ言ってたの?」
「言うだろ。帝国が手に入れるはずだった重要な鉱山を消したんだぞ。その分、王国は得しただろ」
エインは当然のように続ける。
「だったら、そんな功績を立てた俺を、わざわざ殺そうとはしないんじゃない?」
聞いていたヴォルフが、呆れたように口を挟んだ。
「逆だろ」
「え?」
「さっき何を聞いてた。帝国は王国の要求を呑むんだぞ」
「うん」
「だったら、これから従わせる国の鉱山を潰して、王国に何の得がある」
「……ん?」
エインが首を傾げた。
「帝国が王国と戦うなら、お前の理屈もまだ分かる。敵国の資源を潰したことになるからな。だが、こっちはもう従うと決めてる」
ヴォルフは、何もなくなった鉱山跡へ顎を向けた。
「王国からすれば、これから自分たちに従う国の重要資産を、お前が勝手に吹っ飛ばしただけだ。功績どころか、余計なことをしただけだろ」
「……マジかよ」
エインはしばらく黙り込み、やがて顔を上げた。
「あ、そうだ。王都に着いたら、周囲の物体を全自動で黄金に変え続ける魔法陣でも発動すれば、今度こそ許してくれるかな」
「……なんか嫌な予感がするから、やめた方がいいと思うよ」
フレッドに止められ、エインは不満そうに口を閉じた。
「……こんなことになるなら、最初から逃げ道を用意しとくべきだったな」
ヴォルフが皇帝へ向き直る。
「陛下。緊急用の転移魔道具、こいつらに回してもいいですね」
「いいわけあるか! 妾の緊急脱出用じゃぞ! 一つ作るだけで、小国の国家予算が吹き飛ぶ代物なのじゃぞ!」
「分かってます。手放せば陛下の身も今までより危険になる。ですが、逃げ道も与えず、また好き勝手されるよりはマシです」
ヴォルフが顎で示した先を、皇帝もしばらく見つめた。
小国の国家予算と、山ひとつ分の更地を比べるように。
「……ぐぬぬ。仕方ないのう」
皇帝は小さな魔道具を取り出し、ヴォルフへ押しつけた。
「ジークに持たせたものと同じ、長距離転移用の魔道具だ。郊外の隠れ家につながっている」
ヴォルフはそれをフレッドに渡した。
「帝国としては、予定どおりエインを王国へ引き渡す。どうせお前もさっきの放送のせいで手配されてるだろう。殺されそうになったら、それで一緒に逃げろ」
「……いいんですか?」
「今さら聞くな。陛下まで危険に晒して用意したんだ。今度こそ余計なことすんなよ」
「国王には何と説明するのじゃ?」
「エインが勝手に盗んだ。こっちも知らなかった。それで押し通します」
「妾から盗んだことになるのか……」
皇帝は魔道具を恨めしげに見たが、返せとは言わなかった。
「どうだ。戦争は起きない。お前の故郷も戦場にはならない。エインにも逃げ道はある」
ヴォルフがフレッドへ向き直る。
「だから大人しく護送されてろ。これ以上余計なことはするな」
それでも、フレッドは頷かなかった。
「……でも、国王の計画は止まってません」
「フレッド」
「戦争にならないなら、それはよかったです。エイン君も助かるなら、なおさら。でも、支配された人たちは、そのままです」
手の中には、逃げるための魔道具がある。
それで連れていけない人たちが、まだ王国に残っていた。
「このまま放っておくことはできません」
まだ、どうすればいいのかは分からない。
王国へ戻るまでに、何か方法を考えたかった。
「ジーク君だって、まだ王国にいます」
その名前に、ヴォルフの表情がわずかに固まった。それでも何も答えない。
「僕たちを逃がしてくれたんですよ。自分も支配されてたのに、それでも国王に逆らって、転移魔道具を送ってくれた」
「……分かっている」
「だったら――」
「それでもだ」
声から、砕けた調子が消えていた。
「エインだからそう判断したんじゃない。ジークでも、答えは同じだ。俺は帝国の将軍だ。自分の息子を助けるためだけに、民を危険には晒せない」
「でも……」
「じゃあ、どうする。国王の計画を止めて、支配されてるやつらを助ける。何か手があるのか?」
「……今は、まだ」
ヴォルフの目を見たまま、フレッドは次の言葉を探した。
助けたいと言うだけでは、この人を動かせない。
「今なら、これ以上誰も巻き込まずに済む」
答えを待ってから、ヴォルフは言った。
「何度でも言う。これ以上余計なことはするな」
フレッドは何も返せなかった。
今の自分には、それを否定できる答えがなかった。
◆
「じゃあ、余計じゃないことならいいんだよな」
沈黙を破ったのは、エインだった。
フレッドの肩がこわばる。
「……エイン君?」
皇帝も半歩下がった。
「なんじゃ、その言い方。嫌な予感しかしないのじゃが」
エインはそんな皇帝を気にする様子もなく、さらりと言った。
「俺、エルディス王国の王になる」
誰も返事をしなかった。
「俺が新しい王様になる!」
「聞こえておるわ!」
皇帝の声が平原に響いた。
「それのどこが『余計じゃないこと』なのじゃ! 国を乗っ取ろうとしておるではないか!」
「いやいや、落ち着いて」
エインは両手を軽く上げた。
「俺が勝手に王になるだけ。俺自身の問題なんだから、他人のことに首突っ込んでるわけじゃない。帝国にも何かしてもらう必要ないし。王国の中で俺が勝手にやるんだから、誰にも迷惑かからないだろ」
「王国の民には思いきり迷惑がかかるじゃろうが!」
「庶民からしたら、誰が王様でもあんまり変わらなくない?」
「お前だけは誰だって嫌じゃ! なぜ素直に逃げようとせんのじゃ!」
エインは取り合わず、ヴォルフへ目を向けた。
「なぁ、ヴォルフ将軍。もし俺が逃げても、王国での手配は消えないんだろ」
「ああ」
「王国に戻って、殺されそうになったら逃げる。それで助かっても、この先ずっと追われるんだろ?」
「まあ、そうなるだろうな」
ヴォルフが答えると、エインは即座に言った。
「嫌なんだけど」
その声には、少しの迷いもなかった。
「俺達、何も悪いことしてないのに、この先ずっと逃げ回って、お天道様の下を堂々と歩けないとか納得できない」
皇帝が無言で鉱山跡を指差す。
「それは今関係ないだろ」
「大いに関係あると思うのじゃが……」
「今の王様が取り消してくれないなら、王様を変えればいい。俺が新しい王になって、俺とフレッドの手配を取り消す。これで解決」
「手配を消すために国を奪うな!」
「でも一番確実だろ」
「確実以前の問題じゃ!」
「それで」
ヴォルフが口を挟んだ。
「どうやって王になる」
「それは簡単」
エインは待ってましたとばかりに続けた。
「王になるには、偉い奴らに俺が王だって認めてもらえばいいんだろ?」
「ずいぶん雑じゃが……まあ、間違いではない」
「じゃあ、認めさせればいいじゃん。国王と同じように、
皇帝の口が止まった。
「……あれを、お主が使うと?」
「学校にあった魔法陣は子機みたいなもんだよ。魔力の流れからすると、本体は王城の方にある。そこを直接弄れば、国王から制御を奪える」
フレッドは弾かれたように顔を上げた。
「じゃあ、国王に支配されてる人たちも――」
「俺の方で解除できるよ。それで、王位継承に関わる貴族とか、偉い奴らとか。今度はそいつらを俺が支配しなおして、俺を王だって認めさせる。これで終わり、平定!」
「それは平定ではなく簒奪じゃ!」
皇帝の抗議を聞き流し、エインはフレッドを振り返った。
「あれ? これ、ついでに国王の計画も止められるじゃん。制御を奪えば、あいつはもう光輪を使えない!」
思いついた本人が、一番遅れて利点に気づいたらしい。
「俺達の手配は消える。国王の計画も止まる。支配されてる奴らも助かる。全部解決じゃん! 俺、天才では!?」
「で、どうやって王都に入る」
ヴォルフの一言で、浮かれた空気が止まった。
「え、普通に」
「普通に、じゃねえ。お前らはもう危険人物だ。門をくぐったところで囲まれるぞ」
「隠れて入ればいいだろ」
「その後は? 王城の中を、魔法陣が見つかるまで探し回るのか?」
「探せば見つかるだろ」
「お前が見つかる方が早いだろうな」
ヴォルフは、そこでフレッドにも目を向けた。
「兵士も魔法師団も、国王に従う連中は相手になる。王位まで奪うなら、王都そのものを敵に回すと思え」
フレッドは口を開かなかった。
王城に辿り着きさえすれば、支配を止める手段はある。その前に立ちはだかる人たちと、どうすれば戦わずに済むのか。
「今なら戦争は起きねえ。お前らには逃げ道もある。そこからわざわざ王城を落としに行って、失敗してみろ。本来死なずに済んだやつまで巻き込むことになる」
「じゃあ、絶対失敗しない作戦にすればいいだろ」
「そんな都合のいい作戦があるわけなかろう!」
「考えれば何かあるんじゃない?」
「だから、その方法がねえから止めてるんだよ」
「……あります」
三人の視線が、フレッドへ集まった。
「王都の人たちと戦わずに、王城まで行く方法です」
「……そんな方法があるのか?」
フレッドは一度だけ息を吸った。
今度は、ヴォルフから目を逸らさない。
「感染魔法を使います」
フレッドの声だけが、静かに平原に落ちた。
◆
「また物騒な響きの魔法が出てきたのぉ……」
皇帝が露骨に顔をしかめた。
「なるほど。前にフレッドが勝手に全人類へかけたやつを書き換えるのか」
「全人類!?」
皇帝が自分の胸を見下ろした。
「フレッド! お主、一体妾に何をしたのじゃ!」
「えーっと、
「あっ、それ俺が考えたやつじゃん」
「発案者がお主なのが一番不安なのじゃが!?」
「待て」
ヴォルフが口を挟んだ。
「それは、一ヶ月ほど前のことか?」
「はい。そうですけど……どうして分かったんですか?」
「ちょうどその頃、皇帝陛下が謎の病で死にかけた」
ヴォルフは淡々と続けた。
「原因は不明。宮廷医師も匙を投げていたんだが、ある時を境に急に快方へ向かった」
「じゃあ、きっとその魔法のおかげだな」
エインは胸を張った。
「俺とフレッドに感謝しろよ、皇帝陛下」
「ぐぬ……」
皇帝は悔しそうに唇を噛んだ。
命を救われた可能性がある以上、強く言い返しづらい。しかも本人たちは善意で治療したというより、世界規模で勝手に魔法をばら撒いただけだ。
感謝すべきなのか怒るべきなのか、皇帝自身も判断に困っているようだった。
「それ、大丈夫だったんですか? 誰かに狙われたんじゃないんですか?」
フレッドが尋ねると、ヴォルフは首を振った。
「そのつもりで調べたが、何の病かも、毒であるのかも、誰が仕掛けたのかも、結局分からずじまいだった」
その言葉を聞いた瞬間、皇帝の表情が、なぜかほっと緩んだ。
「陛下」
目ざとく気づいたヴォルフの目が細くなる。
「な、何じゃ」
「何か心当たりがあるのですか」
「ないぞ。まったくない。何も知らぬ」
「その顔は、あると言ってますね」
「ないと言っておるじゃろ!」
皇帝の顔が引きつったところへ、エインが横から覗き込んだ。
「えーと、なになに」
「待て。お主、何を――」
エインは、読み上げるように口を開いた。
「『あのときは、母上の作ったプリンを食べようとして、つい落っことしてしまったのじゃ。天気がいいからと庭で食べようとしたのが間違いだったのじゃ』」
「やめ――」
「『仕方ないから手で拾って食べたのじゃ。砂利が混じって口の中が血まみれになってしもうたが、それでも美味しかったのじゃ。さすが母上なのじゃ』」
フレッドは思わず皇帝の口元を見た。
「『だけど三日くらい経ってから病気になってしまったのじゃ。だんだん身体が動かなくなって、息も苦しくなっていったのじゃ。全然治る気配もなくて、あのときは死ぬかと思ったのじゃ』」
「勝手に心を読むなああああ!」
「さすがに落とした水物を食べるのはどうかと思うけど。意地汚いなぁ」
「無駄がないと言わんか!」
ヴォルフが額を押さえた。
「陛下。それならそうと仰ってください」
「い、言えるわけなかろう!」
「こちらは暗殺を疑って、帝国内外を調べ回ったのです。警備を増やし、食材の流通を洗い、側近や料理人の身辺まで調べた。どれだけ大変だったと思っているのですか」
「そ、それは、その……」
「そもそも、皇帝としてそんなはしたない真似はなさらないでいただきたい。あのまま治らなければ、崩御から帝国崩壊の危機でした」
「仕方ないじゃろ!」
皇帝は涙目で言い返した。
「プリンを食べるのは妾の一番の楽しみなのじゃぞ! なのに母上は、食べ過ぎは身体に毒だからと、一日に一個しか作ってくれぬのじゃ!」
「食い意地張ったせいで、ほんとに毒になってるじゃんw」
「笑うでない! あのときは妾のプリンの危機だったのじゃ!」
「国家の危機でもあったのですが」
ヴォルフの冷たい一言に、皇帝はぐっと言葉を詰まらせた。
「プリン拾い食いして国が滅亡しかけるとかおもしろw」
「もう妾の話はよい! 感染魔法じゃ! その話をしておったのじゃろう!」
皇帝は勢いよく話を引き戻したが、その頬はまだ赤いままだった。
◆
「……じゃあ、話を戻しますね」
仕切り直すように、フレッドは居住まいを正した。
「国王は【啓導の光輪】で、学校にいた人だけじゃなく、帝国や他の国の人たちまで支配しています。でも、支配した全員に、いつも何か命令しているわけじゃありません」
「……ああ」
エインが何かに気づいたように声を漏らした。
「命令の先掛けか」
「うん。精神を操る魔法は重ねがけできても、通る命令は一つだけ。先に命令がかかっていたら、後からの命令は通らない」
ヴォルフの表情が変わった。
「……まさか」
「だから、
言い切っても、誰もすぐには返さなかった。
「そうすれば、王都の人たちと争わずに王城まで行けます。そこでエイン君が【啓導の光輪】の制御を奪えば、支配されている人たちも解放できます」
「……フレッド、天才かよ」
「どこがじゃ! 支配から解放するために支配したら、本末転倒じゃろうが!」
「えっと、それはそうなんですけど、あくまで一時的にって話なので……」
フレッドがすぐに補足した。
「そうだよ」
エインが軽く言い添える。
「やることやったら、感染魔法を元に戻せばいいだけだろ。そんな小さいこと気にするなよ」
「お主ら、人類を実験動物か何かだと思っておらんか!?」
「実験じゃなくて、ぶっつけ本番だけど」
「なおさら悪いじゃろうが!」
皇帝はたまらずヴォルフの外套を掴んだ。
「お主も黙っておらんで、何とか言わんか!」
「……お前の言う作戦だと、感染が広まるまでにタイムラグがあるだろう」
外套を掴まれたまま、ヴォルフはフレッドへ目を向けた。
「あ……」
フレッドは口をつぐんだ。
ヴォルフはすぐには続けなかった。
フレッドの顔を見たまま、わずかに眉を寄せる。
数拍のあと、その皺がほどけた。
「だから、協力してやる」
結論だけを、あっさりと言った。
「部下を何人か先に出す。感染させてから王国と周辺国へ向かわせれば、お前らが着く頃には、かなり広がっているはずだ」
「……待て」
皇帝の手が外套から離れた。
「なぜお主まで協力する側に回っておる」
「さっきまでは方法がありませんでした。今はあります。それだけです」
「それだけってお主……」
言いかけた皇帝を置いて、ヴォルフは話を先へ進める。
「こっちは予定どおり王国へ向かう。急に動きを変えて、向こうに怪しまれたくないからな」
「じゃあ――」
「ただし、絶対に成功すると思うなよ」
フレッドが身を乗り出しかけたところで、ヴォルフは釘を刺した。
「全員を支配と言っても、今も国王から命令を受けてる連中には、お前の命令は通らないんだろ?」
「……はい」
「例えば、『エインを抹殺しろ』」
唐突に出た言葉に、フレッドの表情が固まった。
「そんな命令を先に受けてる奴がいたら、あとから『敵対するな』と命令しても止められない」
ヴォルフはエインへ目をやった。
「国王は本気でエインを殺すつもりだ。すでにそう命令されてる奴がいてもおかしくねえ」
「国境を越えた後は特に警戒しろ。王城までは俺が護衛する」
皇帝は、もう声を荒らげなかった。
しばらくヴォルフを見上げたまま、やがて静かに口を開く。
「……お前が同行するのは、ジークのこともあるのじゃろう」
ヴォルフはすぐには答えなかった。
平原を渡る乾いた風が、外套の裾を揺らしていく。
「さっきは、ジークでも答えは同じだと言っておったではないか」
「あの時は、本当にそう判断していました」
ヴォルフは皇帝へ向き直った。
「息子のために帝国全体を危険に晒す。それは選べませんでした」
「今は違うと?」
「帝国民にかけられた支配を解く手があるなら、帝国としても協力する理由があります。その上でジークまで助けられるなら、諦める理由はありません」
皇帝はしばし黙っていた。
「……結局、私情もあるではないか」
「俺は将軍である前に、一人の親です」
その言葉だけは、軍人の理屈で包まなかった。
「自分の子供が攫われて、なんとも思わない親がいるわけないでしょう」
◆
頬に触れる石の冷たさで、セレナは目を覚ました。
身を起こしても、暗さはほとんど変わらない。壁も床も石で、窓らしいものは見当たらず、湿った空気が喉に絡んだ。
ここは、どこだろう。
記憶をたどろうとしたところで、かすかな呼吸が聞こえた。
「……誰か、いるのですか?」
返事はない。
ただ、呼吸が一度だけ乱れた。
暗さに目が慣れるにつれ、壁際に座る人影が少しずつ浮かび上がる。
一人の女だった。
長い髪が乱れたまま肩から垂れ、衣服もひどく傷んでいる。首も、袖から出た腕も、骨の形が分かるほど細い。
女が顔を上げた。
「……まさか」
頬はこけ、記憶よりずっと窶れていた。
けれど、その目だけは覚えている。
「……お母さま?」
声に反応して、女の瞳が揺れた。
「お母さま……!」
呼びかけた自分の声で、ようやく実感が追いついた。
生きていた。
死んだと聞かされていた母が、すぐそこにいる。
セレナは立ち上がろうとした。足に力が入らず、床に手をつく。それでも身体を起こし、壁際へ向かう。
母の目が、近づいてくる娘の顔をゆっくりと辿る。
「……来た」
深く息を吐き、壁に預けていた肩から力が抜ける。
「お母さま……?」
セレナの足が止まった。
「やっと……」
こちらを見ているのに、名前を呼ばない。
抱きしめる手も伸びてこない。
ただ、女の目だけがセレナから離れなかった。
「……私の身代わりが、来た」
【告知】
書籍版の2巻が発売します。
内容でいうと教師編のあたりです。
めちゃくちゃ加筆修正したので、展開も増えたり変わってたりします。
具体的に言うと、エインが真面目に教師の仕事したり、リリィ先生が犬の鳴きマネ以上のことをやらされたり、アメリアの尊厳がもっと破壊されたり、ノレーク君がもっと出世したりします。
あと、『このライトノベルがすごい!2027』の投票が始まっています。締切は9月23日までです。
このライトノベルはすごいので、よろしければ投票お願いします。
https://konorano2027.oriminart.com/
次回、ついに王城へカチコミです。
お楽しみに