引きこもり、魔法学校にぶち込まれる   作:年中有休

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【実況】ついに始まった戦闘訓練でワイの華麗なる勝利を目撃するスレ

1:元引きこもり転生者

きたぞきたぞ

 

2:名無しの転生者

なにがきたんや

 

3:名無しの転生者

テンプレキタ───(゚∀゚)───!!!!

 

4:名無しの転生者

ついに初陣か

 

5:元引きこもり転生者

せやせや、待ちに待った実戦形式の試合や

こないだはぶっ倒れてお前らにダサいとこ見せてもうたからな、

今日は汚名挽回や! ……ってアレ? 名誉返上やっけ? まあどっちでもええわ!

 

6:名無しの転生者

どっちもよくないわ!

 

7:名無しの転生者

イッチの場合あながち間違いじゃない

 

8:名無しの転生者

そもそも勝てるんか?

イッチって魔力少ないんやろ?

 

9:元引きこもり転生者

>>8

まかせろ、誰が相手でも勝てる作戦を用意してきた。

申し訳ないが今日はワンパターンで全試合勝たせてもらうで!

 

10:名無しの転生者

ほんとに?どんな作戦よ?

 

11:元引きこもり転生者

>>11

それは試合が終わってからのお楽しみや

もう時間だから行ってくるで!戦勝報告、楽しみにしとけや!

 

12:名無しの転生者

マジで何やるつもりなんや

 

13:名無しの転生者

ろくな事やらないのだけはわかる

 

────────

 

訓練場の空気は、今朝の冷気と、わずかな緊張感で澄みきっていた。

石造りの観覧席には、ざわざわと高揚を抑えきれない生徒たちが詰めかけている。

 

魔法学校に入学して最初の戦闘訓練。学生同士が魔法を以て力をぶつけ合う、初めての“公開舞台”だった。

 

中央に立つのは、最初に登壇した二人。

 

片や、名門貴族の子弟で、優等生として知られるライナー・ゼイル。

一見堂々としているが、よく見ればその視線は揺れ、緊張を隠しきれていない。

 

そしてその正面、肩の力を抜いて立っているのが──

首席入学の異端児、エイン。

 

軽く口元を吊り上げているその顔からは、戦意というよりも「余裕」しか感じられなかった。

周囲の喧騒を“自分の舞台のざわめき”くらいにしか思っていないのか、足取りも表情もやけに軽い。

 

(……なんなんだ、あの雰囲気)

 

ライナーの額に、一筋、汗が流れた。

知っている情報では、エインの魔力量は平均以下。実技の成績もドベ、なのに首席。

クラス分け試験や入学式でも見せた得体の知れなさが、警戒心を煽る。

 

その時、会場に甲高い声が響いた。

 

「両者、位置につけ。試合──開始ッ!」

 

審判を務めるのは、例によってハーゲン教授だ。

その声を合図に、空気が一変した。

 

ライナーは反射的に魔力を込め、詠唱に入ろうとした──が、

 

『降参します!!』

 

唐突な一言に、空間が凍りついた。

 

その声はライナーのものであり、明確に“降参”の意思を宣言する言葉だった。

 

「……え?」

 

ライナー自身が目を見開いた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今のは俺じゃない、違うぞ!」

 

観客席もざわつき始める。

 

「え? え? ライナー降参したのか?」

「いや、違うって言ってるけど……」

「でも、声は本人だったよな……?」

 

混乱と困惑が渦を巻く中、口元をにやけさせながら、エインが一歩前に出た。

 

「ふふ、早速勝たせてもらったぜ」

 

「……な、なにをしたんだ?」

 

ライナーの問いに、エインは誇らしげに胸を張った。

 

【声帯変調】(ボイスチェンジャー)という魔法だ。自分の声を任意の声質に変えて喋ることができる。

つまり俺が、ライナーの声で“降参します”って言ったってワケだ!」

 

「…………」

 

ライナーが口をぱくぱくさせて絶句する横で、観客のざわめきがピタリと止まった。

あまりに想定外の勝利宣言に、誰も言葉が追いつかない。

 

「声は完璧。審判にも観客にも“ライナーが降参した”と聞こえた。つまり俺の勝ちだな?」

 

審判のハーゲンはその場で、深く静かに鼻から息を吐いた。

 

「……エイン。声が誰のものに聞こえようと、その言葉を発したのはお前自身だ。

お前が降参を宣言したのだから、お前の負けだ。」

 

「…………」

 

エインの表情が固まった。

観覧席には沈黙が落ちた。

 

試合開始から、三分と経っていなかった。

 

────────

 

16:元引きこもり転生者

負けた

 

17:名無しの転生者

はえーよ

 

18:名無しの転生者

速攻で負けてて草

 

19:名無しの転生者

「誰が相手でも勝てる作戦」はどうした?

 

20:名無しの転生者

「誰が相手でも(イッチに)勝てる作戦」だったんやろ。

 

21:名無しの転生者

結局なんで負けたんだよ

 

22:元引きこもり転生者

>>21

魔法で相手の声マネして「降参します」って言ったら、

なぜかそれがワイが降参した扱いになって負けた

 

23:名無しの転生者

アホすぎて草

 

24:名無しの転生者

よくその作戦で行けると思ったな

 

25:名無しの転生者

審判、有能。

 

26:元引きこもり転生者

あの審判、マジで全ッ然融通きかんやん……

今日の試合、全部この作戦で通す予定やったのに……

 

27:名無しの転生者

試合ナメすぎやろ

 

28:名無しの転生者

作戦ってその一発芸だけかよ

 

29:元引きこもり転生者

うわ、試合早く終わりすぎたせいで、もう次の試合の呼び出しや……

まだ次の作戦なんも考えてへんのに、どないすんねん……

 

30:名無しの転生者

終わりやね

 

31:名無しの転生者

ちゃんとプランB用意しとけよ

 

32:元引きこもり転生者

とりあえず試合しながら作戦考えるわ

 

33:名無しの転生者

それは作戦じゃなくてアドリブというのでは

 

34:名無しの転生者

こいつがアドリブするとろくな事にならないぞ

 

────────

 

訓練場に、ひときわ微妙な空気が流れていた。

 

先ほどの試合──異端の首席、エインが放った奇策は、観客にある種の衝撃を与えたが、それは「感心」ではなく、「何がしたかったんだコイツ……」という困惑の共通認識へと変わっていた。

 

エインに続いて名前を呼ばれたのは、アナベル・フォートハイム。

 

アナベル・フォートハイムは、控えめな雰囲気の女子生徒だった。

貴族の家柄に生まれたが、魔力量も実技の成績もいたって平均。

授業態度はまじめで、特別目立たないが、決して怠けないタイプである。

 

「やべーよ、マジでどうしよ……」

 

試合会場でうなだれているエインがつぶやくのを、アナベルは小さく聞き取った。

あまりに気の抜けた声で、逆に不気味さを感じた。

 

(でも、あの試合を見たあとだと……変なことさえされなければ、普通に勝てる気がする……)

 

それでも油断はできない。何しろ相手は“首席”だ。

どんな奇策が飛んでくるか分からない──そう覚悟を決めて、アナベルは背筋を伸ばし、息を整えた。

 

対するエインはというと、観客から見てもはっきりわかるほど、どこかそわそわしていた。

 

さっきまでの不敵さは消え、視線は定まらず、手のひらに汗をかいているのがわかる。

 

審判席のハーゲン教授が、やや面倒くさそうに声を張る。

 

「両者、構えよ──開始!」

 

開始の号令と同時に、アナベルはためらわずに初級の風魔法を発動した。

 

風を刃のように成形したごく基本的な魔法──それがエインに向かって放たれた瞬間、アナベルは異変を感じた。

 

(……え?)

 

魔法の流れに、微妙な“ズレ”を感じた。

 

次の瞬間、エインの前で軌道を変え、刃は彼の横をするりと通り過ぎた。

 

「なっ……?」

 

アナベルの表情がこわばる。

 

(今の、避けたんじゃない……そもそも、外れた?)

 

彼女はすぐに理解した。

 

これは偶然ではない。自分の魔法が、“何者かに干渉された”のだと。

 

観客の一部がざわつく中、エインは無言のまま微かに口元を引きつらせていた。

先ほどの試合で“余裕”だった表情はどこにもない。ただ、魔力制御に集中し、やりすごすだけの防戦一方。

 

それでも、制御干渉は成立していた。

アナベルが放つ風魔法も、水弾も、氷も、すべて軌道がズレる。的を逸れる。

 

(本当に干渉して……回避してる!?)

 

アナベルは驚きながらも思った。これが、首席の実力か──。

 

(でも、さっきまでと雰囲気が全然違う。あの集中は、必死に見える)

 

そして次の一手。アナベルは、初級の土魔法──弾丸のように固めた岩を形成しながら、わざと制御を少し緩め、砕けやすく調整した。

 

それが放たれると同時に、エインの意識が土魔法に向いたのがわかった。

 

「……取った!」

 

制御を奪われるのを感じた瞬間、アナベルの仕込んだ“罠”が機能した。

 

魔力の干渉によって圧力が加わった瞬間、岩弾は空中で崩れ、数個の破片に砕けた。

 

砕けた小石が空中に散り──

 

パシッ、バチッ。

 

小粒の破片が、頬や腕、脇腹に当たった。──打撲か擦り傷、せいぜいその程度。

 

それなのに──

 

「いってえええええ!? いったいったいったいったい!! 骨折れた!!絶対骨折れた!! 誰か助けてぇぇぇ!!」

 

訓練場に響き渡る叫び。観客は呆気に取られ、アナベルは棒立ちになった。

 

(えっ、あの程度でこんなに……!?)

 

エインは崩れた姿勢のまま、地面にたおれた。その瞬間、魔力の集中が切れたのがわかる。

 

(……今しかない!)

 

アナベルは、最後に軽めの風刃を放つ。それがエインの脇腹をかすめたところで──

 

「試合終了。勝者、アナベル・フォートハイム」

 

ハーゲン教授の冷静な判定が響いた。

 

観客席がざわつく前に、エインは床にうずくまったまま小さく呻いていた。

 

「いでえ……いでえよぉ……」

 

あまりの情けなさに、誰も何も言えなかった。

 

────────

 

53:元引きこもり転生者

負けた

 

54:名無しの転生者

やっぱりな

 

55:名無しの転生者

今回は粘ったほうだな

 

56:名無しの転生者

でも負けてるしな

 

57:名無しの転生者

華麗なる勝利とは何だったのか

 

58:名無しの転生者

今度はなんで負けたの?

 

59:元引きこもり転生者

>>58

作戦思いつくまで、とりあえず相手の魔法の制御乗っ取って時間稼ぎしてたんやけど……、

罠仕掛けられて土魔法の弾が途中でバラけて、まさかの直撃喰らって終了。

 

60:名無しの転生者

地味に高度な戦いやってんな

 

61:名無しの転生者

対戦相手やるやん

 

62:名無しの転生者

怪我したん?大丈夫か?

 

63:元引きこもり転生者

>>62

怪我はしてへん。見た目はノーダメや。

 

64:名無しの転生者

けがなくてよかったね

 

65:名無しの転生者

毛がないのは校長定期

 

66:名無しの転生者

じゃあ何で負けてんねん

 

67:名無しの転生者

当たりどころが悪くて気絶したとか?

 

68:元引きこもり転生者

>>67

いや、痛すぎて魔法の制御が全部ふっとんだ。もう無理やったわ。

 

69:名無しの転生者

雑魚すぎて逆に愛おしい

 

70:名無しの転生者

一発でも喰らったら負けって完全にオワタ式じゃん

 

71:名無しの転生者

痛みだけで魔法止まるとか軟弱すぎるやろ

 

72:名無しの転生者

ワイも魔法職やけど少し痛いくらいなら問題ないぞ

イッチが貧弱すぎるだけちゃうんか?

 

73:元引きこもり転生者

>>72

我、元引きこもりぞ?痛みに強いと思うか?

 

74:名無しの転生者

偉そうに言うな

 

75:名無しの転生者

ウキウキで戦闘訓練してたやつが今更何言ってんだ

 

76:名無しの転生者

じゃあ次の試合どうすんのよ

イッチの攻略法完全にバレてるじゃん

 

77:名無しの転生者

まさかまたノープランじゃないよな?

 

78:元引きこもり転生者

>>77

思いついたで。さっきの試合でわかったことがある。

ワイほどじゃないにしても、”痛みを与えれば相手も集中乱れる”ってな。

俺は……反省すると強いぜ……

 

79:名無しの転生者

あっ……

 

80:名無しの転生者

なんとなく作戦察したわ

 

81:名無しの転生者

次の対戦相手かわいそう

 

82:名無しの転生者

でも勝てるとは言ってない

 

────────

 

訓練場に、三度エインの名が呼ばれたとき、観客たちはすっかり“観察モード”に入っていた。

 

──この首席、今度はどう負けるんだ?

 

勝利を期待する者などもういない。その分、注目度だけはうなぎ登りだった。

 

三戦目の相手、エルマー・グライスが余裕たっぷりの足取りで中央へと現れる。

名門グライス家の跡取りにして、性格は推して知るべし。

 

「へぇ……次はお前か。首席様も、ずいぶん負け癖が染みついてきたんじゃないか?

ま、どうせ庶民の親からポッと出で生まれたような奴に、本物の魔術なんてわかるはずないしな。

お前の“お里”が知れるよ、ほんとに」

 

言いながら髪をかき上げるその態度は、まさに絵に描いたような血統主義。

 

その瞬間、エインの笑顔がほんのわずか、引きつった。

 

頬をふくらませ、ぷいとそっぽを向く。けれど、肩は妙にぴくぴく動いていて、耳まで赤い。

 

睨みもせず、黙ったままむすっと膨れたその顔は、ふだんの調子のまま、あからさまに「不機嫌です」と言っていた。

 

(……あ、これ拗ねてる。完全に怒ってる)

 

遠巻きに見ていた彼をよく知る一人の生徒が、小さく息を飲んだ。

 

「両者、位置につけ。試合──開始」

 

ハーゲンの声が響いた刹那、エインの指先が微かに震えた。

 

次の瞬間、空気を裂くような閃光が奔った。

 

シュバッ。

 

細く鋭い線のような光が一直線に走り、エルマーの身体に突き刺さる。

 

次の瞬間──

 

「……ッあ、あああああああああああッ!!」

 

喉の奥から噴き出すような絶叫。

エルマーの体が硬直し、そのまま地面に崩れ落ちる。

 

「いだっ……あつ、あついっ、あっついッ……!! なんだこれ……体が、焼けてる……っ!」

 

床を爪で掻きむしり、全身をのたうち回る。

口元には泡がにじみ、焦点の合わない目で虚空をさまよう。

 

「やめて……やめてくれ……ッ! 頼む……殺して……殺してくれえッ!!」

 

あまりの悲鳴に、観客席は一瞬で凍りついたように静まり返った。

そして、痛みに耐えきれなくなったのか──エルマーは壮絶な表情のまま、動かなくなった。

 

その様子を、エインは無表情でじっと見下ろしていた。

 

誰もが言葉を失い、空気は張りつめたまま動かない。

 

その中で、エインは一歩、二歩と前に出る。

 

重たい沈黙が続く──

 

……と思った瞬間、エインはくるりと観客の方へ振り返り、満面の笑みでピースサインを掲げた。

 

「どうだ! これなら文句なしの完全勝利だろ!」

 

あまりの軽さに、場が一瞬取り残される。

 

数秒の沈黙ののち、観客席がざわめき始めた。

 

「……え、なに今の魔法……普通にヤバくなかったか?」

 

「人に向けて撃っちゃいけない部類のやつだろ、あれ……」

 

「禁止魔法じゃねーの!?」

 

その言葉を受け、ハーゲンの目がギラリと光った。

 

「貴様……今のは精神魔法の中でも、全面的に使用が禁じられている拷問魔法、【苦鳴掌握】(スクリームハンド)だな? それがどういう重大な法規違反か、わかっているのか?」

 

「違いますよ」

 

エインは即座に否定した。

 

「これは俺がさっき新しく開発した攻撃魔法、【痛覚刺激】(ペインシグナル)です。

対象の神経信号に魔力で電流を流し、物理的に痛覚だけを刺激する──つまり、精神干渉は一切なし。合法です!」

 

言い切ったエインは、なぜか胸を張ってどや顔。

 

ハーゲンが渋面を浮かべる。

 

「ふざけるな……やってることは【苦鳴掌握】と変わらんだろうが!」

 

「いえいえ、違いはありますって。じゃあ試します?実際に受けてみればその身ですぐ判別つきますよ。特に痛みの強さなんか【痛覚刺激】のほうが何倍もキますし!」

 

「余計タチ悪いだろうが!!」

 

ハーゲンが思わず素に戻って怒鳴った。

 

その横で、エルマーは今もなお床に転がり、かすかに痙攣している。

 

ハーゲンはこめかみに指を当て、深いため息をひとつ。

 

「……相手の戦闘不能を確認。ただし使用された魔法は、合法の範囲であっても、試合形式における安全基準を著しく逸脱している。

よって、エインを《反則負け》とする」

 

観客席のざわめきがぴたりと止まる。

 

三戦三敗。

その事実が、静かに、しかし確実に刻まれた。

 

エインはその場に立ち尽くし、納得いかない顔で、ぽつりと呟いた。

 

「なんで……勝ったでしょ、どう見ても……」

 

その呟きは、誰にも届かず、未だ痛みにのたうつエルマーの痙攣音にかき消された。

 

──────────────────────

 

おまけ

 

────────

 

今日の座学も、やはり荒れる兆しを見せていた。

 

「お前に問う、エイン! “精神魔法の倫理的限界”について答えてみろッ!」

 

教壇の前で声を張り上げるのは、いつものハーゲン教授。

怒気を孕んだ視線の先には──

 

「いやぁ……倫理って言われても、人それぞれでしょ?」

 

淡々と肩をすくめるエインの姿があった。

 

もはや何度目だろうか。この二人の口論は、クラスの風物詩になりつつある。

 

「そうやって屁理屈を捏ねおって! 貴様のような者に、“魔道”を語る資格などないわッ!」

 

「じゃあ“魔理”って呼びます? 魔法の理論で“魔理”。ちょっとかわいくないですか?」

 

「黙れえええええ!!」

 

拳で教壇を叩き、ハーゲンは顔を真っ赤にして叫んだ。

エインに理屈を求めてはいけない──そうわかっていても、堪忍袋はついに音を立てて切れた。

 

「出ていけ! エインッ!!」

 

またしても、いつものように追放宣言が飛ぶ。

 

騒ぎの中、荷物を手早くまとめたエインが、無言で席を立つ。

教室の扉に手をかけたところで、一瞬だけ足を止める。

 

──誰もが思った。

 

(また、やる気だ……)

 

「それじゃ、いつものいっときますか。【魔路切断】(パスサンダー)

 

低く、しかしよく通る声で詠唱が響く。

 

静寂。

 

──バサッ。

 

という音は、鳴らなかった。

 

数秒の沈黙。扉の前で硬直したエインが、そろりと振り返る。

 

ハーゲンの頭頂部──変化なし。

 

「……あれ?」

 

エインの声には、確かな動揺がにじんでいた。

 

「ふはははははっ!!」

 

響く、勝ち誇ったような笑い声。

 

「ようやくワシの時代が来たッ!!」

 

教壇に仁王立ちしたハーゲンが、腕を広げて咆哮する。

 

「貴様の姑息な術など──既に対策済みよ、エイン!」

 

その瞬間、エインの目がかすかに揺れた。

何かに気づいたように動きを止め、無言のまま手のひらを凝視する。

 

「……まさか、【固着】(フィックス)か……? いや、それも改良した【魔路切断】なら突破できるはず……、それが通じないなんて、あり得ない……っ!」

 

呟きはかすれていた。

焦点の合わない視線、微かに震える指先。確信が静かに崩れていく気配があった。

 

その様子を見たハーゲンは、得意げに額をぴしゃりと叩いて叫ぶ。

 

「これはな、校長殿と供に改良した【強固固着】(ハードフィックス)! 魔道具と装着者の魔力を擬似融合させ、通常の干渉魔法では決して剥がれぬ最強の固定術よ!!」

 

「な、なんだと……?」

 

エインの顔に動揺の色が広がる。

いつもの皮肉っぽい余裕は消え、代わりに素の狼狽が露わになっていた。

 

「そうだ!! ワシはこの日のために、校長殿と一緒に特訓を積んだのだ! 努力の勝利だッ!」

 

笑顔を浮かべるその姿は、厳格な教授像とは程遠く、どこか一仕事終えた職人のようでもあった。

 

「ぐっ……ぐぬぬぬぬ……っ!」

 

エインは悔しげに唇を噛み、拳を震わせる。

 

「悔しいか!? 当然だとも! これが年の功ってやつだ! ぬははははっ!」

 

エインの怒気と悔しさが高まる中、教室の空気が一瞬ピンと張りつめる。

 

「……っくそ、覚えてろよ!!」

 

叫ぶなり、エインは勢いよく扉を開けると、そのまま廊下へ消えていった。

 

「ふはははは! 大人を舐めるでないわっ!」

 

ハーゲンはどや顔で腕を組み、勝ち誇ったように胸を張る。

 

生徒たちは互いに顔を見合わせる。

 

「……え、教授……テンション高くない……?」

 

「初めて見た、あんな笑顔……」

 

「なんか逆に怖いんだけど……」

 

動揺の余波が残る中、座学の続きは始まったが──

 

その日、誰もハーゲンの講義内容を覚えていなかった。

 

────

 

そして翌日──座学の教室には、再び何かが起こりそうな空気が満ちていた。

 

ハーゲン教授はいつも通り教壇に立ち、昨日の勝利の余韻をまだ引きずっているのか、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。

 

「……よし、では授業を始め──」

 

そのときだった。

 

「ふん……今日の俺は一味違うからな……【代替再生】(リジェネリック)

 

教室の後方で、エインが誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。

 

魔法が放たれた次の瞬間──

 

シュルシュルシュル……!

 

音もなく、しかし確実に、ハーゲンの頭頂部から伸びていく何かがあった。

まるで蔓植物のように、それはゆっくりと、しかし止まることなく伸び続ける。

 

「……ん? な、なにか頭が……?」

 

気配を察して、そっと触れた指先が肩に落ちた何かを感じ取った瞬間。

 

「な、なんだこれはァァァァア!!」

 

叫び声が教室に響き渡った。

 

生徒たちが見たのは、肩どころか、背中近くまで伸びた長髪をたなびかせたハーゲン教授の姿だった。

色はいつもの焦げ茶。カツラの毛だ。だが、あまりにも量が多すぎる。しかも緩やかなウェーブ付き。

 

完全に──ロン毛である。

 

「よし、完成。……今日一日、その似合わないロン毛で過ごしてろ。以上、俺の勝ち!」

 

エインが腕を組み、勝利宣言を響かせた。

 

教室にざわめきが広がる。

 

だが、ハーゲンはなぜか怒らない。むしろ、何かに気づいたように、眉間にしわを寄せ、そして──急に目を輝かせた。

 

「……待て……これ……。この魔法……」

 

ロン毛の毛先をつまみ、しげしげと見つめる。

 

「この毛の伸び方、魔道具の一般的な自動再構成機能とは違う……これは、明らかに組織構造を再生しておる……!」

 

「え、あの、教授……?」

 

生徒の一人が不安そうに呼びかけるが、聞こえていないようだった。

ハーゲンは興奮のまま、教壇を飛び降りた。

 

「エインッ!! その魔法、詳細を教えろ! カツラだけではない……ワシの頭髪も! 本物の髪もこれで復活できる可能性があるッ!!」

 

「え、いや、そこまで考えて作ってないですけど……ていうか近い! 怖い!」

 

迫るハーゲンに、エインは明らかに怯えていた。

 

「ま、待て、近寄るなっ! おっさんがロン毛揺らしながら迫ってくるのマジできついって!」

 

言うが早いか、エインは椅子を倒しながら教室を飛び出していった。

 

「待たんかーーーッ!!」

 

叫びを上げてハーゲンも追いかける。

 

そのまま廊下に突入したところで、バッタリとすれ違ったのは──校長だった。

 

「……おや、ハーゲン君? 今さっきエイン君とすれ違ったのじゃが今は授業中……というかその髪──」

 

「校長ッ! 聞いてくだされ、この毛はただのカツラではありません! エインの魔法が髪の構造に干渉して──いや、再構成して──!」

 

ハーゲンはまくし立てるように、ロン毛の一房をつまんで校長の目の前に突き出した。

 

校長は目を細め、しばし凝視した。

 

「これは確かに……髪じゃ……」

 

「で、ございましょう!?」

 

興奮するハーゲンに、校長はフッと笑った。

 

「──よし、ワシも追うぞ」

 

「へっ?」

 

「その魔法、もし再現可能なら……ワシにも、いや、魔法学界全体に新たな道が開けるやもしれん。追うんじゃ、ハーゲン君!」

 

「お供しますぞ校長ッ!!」

 

しばらくして、階下の廊下からは遠ざかる足音と、叫び声がかすかに響いてきた。

 

「は!?なんで校長まで追いかけてくるの!?てか魔法使うの反則だろ!?やめろって!誰か助けてぇぇ!!」

 

二人の教師が、廊下を全力で駆けていく。

 

──かつて失ったはずの、希望と未来を求めて。

 

 

一方そのころ。

 

授業の主役がいなくなった教室には、妙な静けさが漂っていた。

 

「……校長も行った……?」

 

「うん……一緒に追いかけてった……」

 

「どうすればいいの……これ……」

 

「……もう、授業終わったってことでよくない?」

 

「「「賛成」」」

 

 

教室の窓の外には、一本の若木の枝が緩やかに揺れていた。

先端には、新しく芽吹いた一枚の葉。

 

──季節は春。

枝にも、頭皮にも、いつか芽吹きの時は訪れる。

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