1:元引きこもり転生者
きたぞきたぞ
2:名無しの転生者
なにがきたんや
3:名無しの転生者
テンプレキタ───(゚∀゚)───!!!!
4:名無しの転生者
ついに初陣か
5:元引きこもり転生者
せやせや、待ちに待った実戦形式の試合や
こないだはぶっ倒れてお前らにダサいとこ見せてもうたからな、
今日は汚名挽回や! ……ってアレ? 名誉返上やっけ? まあどっちでもええわ!
6:名無しの転生者
どっちもよくないわ!
7:名無しの転生者
イッチの場合あながち間違いじゃない
8:名無しの転生者
そもそも勝てるんか?
イッチって魔力少ないんやろ?
9:元引きこもり転生者
>>8
まかせろ、誰が相手でも勝てる作戦を用意してきた。
申し訳ないが今日はワンパターンで全試合勝たせてもらうで!
10:名無しの転生者
ほんとに?どんな作戦よ?
11:元引きこもり転生者
>>11
それは試合が終わってからのお楽しみや
もう時間だから行ってくるで!戦勝報告、楽しみにしとけや!
12:名無しの転生者
マジで何やるつもりなんや
13:名無しの転生者
ろくな事やらないのだけはわかる
────────
訓練場の空気は、今朝の冷気と、わずかな緊張感で澄みきっていた。
石造りの観覧席には、ざわざわと高揚を抑えきれない生徒たちが詰めかけている。
魔法学校に入学して最初の戦闘訓練。学生同士が魔法を以て力をぶつけ合う、初めての“公開舞台”だった。
中央に立つのは、最初に登壇した二人。
片や、名門貴族の子弟で、優等生として知られるライナー・ゼイル。
一見堂々としているが、よく見ればその視線は揺れ、緊張を隠しきれていない。
そしてその正面、肩の力を抜いて立っているのが──
首席入学の異端児、エイン。
軽く口元を吊り上げているその顔からは、戦意というよりも「余裕」しか感じられなかった。
周囲の喧騒を“自分の舞台のざわめき”くらいにしか思っていないのか、足取りも表情もやけに軽い。
(……なんなんだ、あの雰囲気)
ライナーの額に、一筋、汗が流れた。
知っている情報では、エインの魔力量は平均以下。実技の成績もドベ、なのに首席。
クラス分け試験や入学式でも見せた得体の知れなさが、警戒心を煽る。
その時、会場に甲高い声が響いた。
「両者、位置につけ。試合──開始ッ!」
審判を務めるのは、例によってハーゲン教授だ。
その声を合図に、空気が一変した。
ライナーは反射的に魔力を込め、詠唱に入ろうとした──が、
『降参します!!』
唐突な一言に、空間が凍りついた。
その声はライナーのものであり、明確に“降参”の意思を宣言する言葉だった。
「……え?」
ライナー自身が目を見開いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今のは俺じゃない、違うぞ!」
観客席もざわつき始める。
「え? え? ライナー降参したのか?」
「いや、違うって言ってるけど……」
「でも、声は本人だったよな……?」
混乱と困惑が渦を巻く中、口元をにやけさせながら、エインが一歩前に出た。
「ふふ、早速勝たせてもらったぜ」
「……な、なにをしたんだ?」
ライナーの問いに、エインは誇らしげに胸を張った。
「
つまり俺が、ライナーの声で“降参します”って言ったってワケだ!」
「…………」
ライナーが口をぱくぱくさせて絶句する横で、観客のざわめきがピタリと止まった。
あまりに想定外の勝利宣言に、誰も言葉が追いつかない。
「声は完璧。審判にも観客にも“ライナーが降参した”と聞こえた。つまり俺の勝ちだな?」
審判のハーゲンはその場で、深く静かに鼻から息を吐いた。
「……エイン。声が誰のものに聞こえようと、その言葉を発したのはお前自身だ。
お前が降参を宣言したのだから、お前の負けだ。」
「…………」
エインの表情が固まった。
観覧席には沈黙が落ちた。
試合開始から、三分と経っていなかった。
────────
16:元引きこもり転生者
負けた
17:名無しの転生者
はえーよ
18:名無しの転生者
速攻で負けてて草
19:名無しの転生者
「誰が相手でも勝てる作戦」はどうした?
20:名無しの転生者
「誰が相手でも(イッチに)勝てる作戦」だったんやろ。
21:名無しの転生者
結局なんで負けたんだよ
22:元引きこもり転生者
>>21
魔法で相手の声マネして「降参します」って言ったら、
なぜかそれがワイが降参した扱いになって負けた
23:名無しの転生者
アホすぎて草
24:名無しの転生者
よくその作戦で行けると思ったな
25:名無しの転生者
審判、有能。
26:元引きこもり転生者
あの審判、マジで全ッ然融通きかんやん……
今日の試合、全部この作戦で通す予定やったのに……
27:名無しの転生者
試合ナメすぎやろ
28:名無しの転生者
作戦ってその一発芸だけかよ
29:元引きこもり転生者
うわ、試合早く終わりすぎたせいで、もう次の試合の呼び出しや……
まだ次の作戦なんも考えてへんのに、どないすんねん……
30:名無しの転生者
終わりやね
31:名無しの転生者
ちゃんとプランB用意しとけよ
32:元引きこもり転生者
とりあえず試合しながら作戦考えるわ
33:名無しの転生者
それは作戦じゃなくてアドリブというのでは
34:名無しの転生者
こいつがアドリブするとろくな事にならないぞ
────────
訓練場に、ひときわ微妙な空気が流れていた。
先ほどの試合──異端の首席、エインが放った奇策は、観客にある種の衝撃を与えたが、それは「感心」ではなく、「何がしたかったんだコイツ……」という困惑の共通認識へと変わっていた。
エインに続いて名前を呼ばれたのは、アナベル・フォートハイム。
アナベル・フォートハイムは、控えめな雰囲気の女子生徒だった。
貴族の家柄に生まれたが、魔力量も実技の成績もいたって平均。
授業態度はまじめで、特別目立たないが、決して怠けないタイプである。
「やべーよ、マジでどうしよ……」
試合会場でうなだれているエインがつぶやくのを、アナベルは小さく聞き取った。
あまりに気の抜けた声で、逆に不気味さを感じた。
(でも、あの試合を見たあとだと……変なことさえされなければ、普通に勝てる気がする……)
それでも油断はできない。何しろ相手は“首席”だ。
どんな奇策が飛んでくるか分からない──そう覚悟を決めて、アナベルは背筋を伸ばし、息を整えた。
対するエインはというと、観客から見てもはっきりわかるほど、どこかそわそわしていた。
さっきまでの不敵さは消え、視線は定まらず、手のひらに汗をかいているのがわかる。
審判席のハーゲン教授が、やや面倒くさそうに声を張る。
「両者、構えよ──開始!」
開始の号令と同時に、アナベルはためらわずに初級の風魔法を発動した。
風を刃のように成形したごく基本的な魔法──それがエインに向かって放たれた瞬間、アナベルは異変を感じた。
(……え?)
魔法の流れに、微妙な“ズレ”を感じた。
次の瞬間、エインの前で軌道を変え、刃は彼の横をするりと通り過ぎた。
「なっ……?」
アナベルの表情がこわばる。
(今の、避けたんじゃない……そもそも、外れた?)
彼女はすぐに理解した。
これは偶然ではない。自分の魔法が、“何者かに干渉された”のだと。
観客の一部がざわつく中、エインは無言のまま微かに口元を引きつらせていた。
先ほどの試合で“余裕”だった表情はどこにもない。ただ、魔力制御に集中し、やりすごすだけの防戦一方。
それでも、制御干渉は成立していた。
アナベルが放つ風魔法も、水弾も、氷も、すべて軌道がズレる。的を逸れる。
(本当に干渉して……回避してる!?)
アナベルは驚きながらも思った。これが、首席の実力か──。
(でも、さっきまでと雰囲気が全然違う。あの集中は、必死に見える)
そして次の一手。アナベルは、初級の土魔法──弾丸のように固めた岩を形成しながら、わざと制御を少し緩め、砕けやすく調整した。
それが放たれると同時に、エインの意識が土魔法に向いたのがわかった。
「……取った!」
制御を奪われるのを感じた瞬間、アナベルの仕込んだ“罠”が機能した。
魔力の干渉によって圧力が加わった瞬間、岩弾は空中で崩れ、数個の破片に砕けた。
砕けた小石が空中に散り──
パシッ、バチッ。
小粒の破片が、頬や腕、脇腹に当たった。──打撲か擦り傷、せいぜいその程度。
それなのに──
「いってえええええ!? いったいったいったいったい!! 骨折れた!!絶対骨折れた!! 誰か助けてぇぇぇ!!」
訓練場に響き渡る叫び。観客は呆気に取られ、アナベルは棒立ちになった。
(えっ、あの程度でこんなに……!?)
エインは崩れた姿勢のまま、地面にたおれた。その瞬間、魔力の集中が切れたのがわかる。
(……今しかない!)
アナベルは、最後に軽めの風刃を放つ。それがエインの脇腹をかすめたところで──
「試合終了。勝者、アナベル・フォートハイム」
ハーゲン教授の冷静な判定が響いた。
観客席がざわつく前に、エインは床にうずくまったまま小さく呻いていた。
「いでえ……いでえよぉ……」
あまりの情けなさに、誰も何も言えなかった。
────────
53:元引きこもり転生者
負けた
54:名無しの転生者
やっぱりな
55:名無しの転生者
今回は粘ったほうだな
56:名無しの転生者
でも負けてるしな
57:名無しの転生者
華麗なる勝利とは何だったのか
58:名無しの転生者
今度はなんで負けたの?
59:元引きこもり転生者
>>58
作戦思いつくまで、とりあえず相手の魔法の制御乗っ取って時間稼ぎしてたんやけど……、
罠仕掛けられて土魔法の弾が途中でバラけて、まさかの直撃喰らって終了。
60:名無しの転生者
地味に高度な戦いやってんな
61:名無しの転生者
対戦相手やるやん
62:名無しの転生者
怪我したん?大丈夫か?
63:元引きこもり転生者
>>62
怪我はしてへん。見た目はノーダメや。
64:名無しの転生者
けがなくてよかったね
65:名無しの転生者
毛がないのは校長定期
66:名無しの転生者
じゃあ何で負けてんねん
67:名無しの転生者
当たりどころが悪くて気絶したとか?
68:元引きこもり転生者
>>67
いや、痛すぎて魔法の制御が全部ふっとんだ。もう無理やったわ。
69:名無しの転生者
雑魚すぎて逆に愛おしい
70:名無しの転生者
一発でも喰らったら負けって完全にオワタ式じゃん
71:名無しの転生者
痛みだけで魔法止まるとか軟弱すぎるやろ
72:名無しの転生者
ワイも魔法職やけど少し痛いくらいなら問題ないぞ
イッチが貧弱すぎるだけちゃうんか?
73:元引きこもり転生者
>>72
我、元引きこもりぞ?痛みに強いと思うか?
74:名無しの転生者
偉そうに言うな
75:名無しの転生者
ウキウキで戦闘訓練してたやつが今更何言ってんだ
76:名無しの転生者
じゃあ次の試合どうすんのよ
イッチの攻略法完全にバレてるじゃん
77:名無しの転生者
まさかまたノープランじゃないよな?
78:元引きこもり転生者
>>77
思いついたで。さっきの試合でわかったことがある。
ワイほどじゃないにしても、”痛みを与えれば相手も集中乱れる”ってな。
俺は……反省すると強いぜ……
79:名無しの転生者
あっ……
80:名無しの転生者
なんとなく作戦察したわ
81:名無しの転生者
次の対戦相手かわいそう
82:名無しの転生者
でも勝てるとは言ってない
────────
訓練場に、三度エインの名が呼ばれたとき、観客たちはすっかり“観察モード”に入っていた。
──この首席、今度はどう負けるんだ?
勝利を期待する者などもういない。その分、注目度だけはうなぎ登りだった。
三戦目の相手、エルマー・グライスが余裕たっぷりの足取りで中央へと現れる。
名門グライス家の跡取りにして、性格は推して知るべし。
「へぇ……次はお前か。首席様も、ずいぶん負け癖が染みついてきたんじゃないか?
ま、どうせ庶民の親からポッと出で生まれたような奴に、本物の魔術なんてわかるはずないしな。
お前の“お里”が知れるよ、ほんとに」
言いながら髪をかき上げるその態度は、まさに絵に描いたような血統主義。
その瞬間、エインの笑顔がほんのわずか、引きつった。
頬をふくらませ、ぷいとそっぽを向く。けれど、肩は妙にぴくぴく動いていて、耳まで赤い。
睨みもせず、黙ったままむすっと膨れたその顔は、ふだんの調子のまま、あからさまに「不機嫌です」と言っていた。
(……あ、これ拗ねてる。完全に怒ってる)
遠巻きに見ていた彼をよく知る一人の生徒が、小さく息を飲んだ。
「両者、位置につけ。試合──開始」
ハーゲンの声が響いた刹那、エインの指先が微かに震えた。
次の瞬間、空気を裂くような閃光が奔った。
シュバッ。
細く鋭い線のような光が一直線に走り、エルマーの身体に突き刺さる。
次の瞬間──
「……ッあ、あああああああああああッ!!」
喉の奥から噴き出すような絶叫。
エルマーの体が硬直し、そのまま地面に崩れ落ちる。
「いだっ……あつ、あついっ、あっついッ……!! なんだこれ……体が、焼けてる……っ!」
床を爪で掻きむしり、全身をのたうち回る。
口元には泡がにじみ、焦点の合わない目で虚空をさまよう。
「やめて……やめてくれ……ッ! 頼む……殺して……殺してくれえッ!!」
あまりの悲鳴に、観客席は一瞬で凍りついたように静まり返った。
そして、痛みに耐えきれなくなったのか──エルマーは壮絶な表情のまま、動かなくなった。
その様子を、エインは無表情でじっと見下ろしていた。
誰もが言葉を失い、空気は張りつめたまま動かない。
その中で、エインは一歩、二歩と前に出る。
重たい沈黙が続く──
……と思った瞬間、エインはくるりと観客の方へ振り返り、満面の笑みでピースサインを掲げた。
「どうだ! これなら文句なしの完全勝利だろ!」
あまりの軽さに、場が一瞬取り残される。
数秒の沈黙ののち、観客席がざわめき始めた。
「……え、なに今の魔法……普通にヤバくなかったか?」
「人に向けて撃っちゃいけない部類のやつだろ、あれ……」
「禁止魔法じゃねーの!?」
その言葉を受け、ハーゲンの目がギラリと光った。
「貴様……今のは精神魔法の中でも、全面的に使用が禁じられている拷問魔法、
「違いますよ」
エインは即座に否定した。
「これは俺がさっき新しく開発した攻撃魔法、
対象の神経信号に魔力で電流を流し、物理的に痛覚だけを刺激する──つまり、精神干渉は一切なし。合法です!」
言い切ったエインは、なぜか胸を張ってどや顔。
ハーゲンが渋面を浮かべる。
「ふざけるな……やってることは【苦鳴掌握】と変わらんだろうが!」
「いえいえ、違いはありますって。じゃあ試します?実際に受けてみればその身ですぐ判別つきますよ。特に痛みの強さなんか【痛覚刺激】のほうが何倍もキますし!」
「余計タチ悪いだろうが!!」
ハーゲンが思わず素に戻って怒鳴った。
その横で、エルマーは今もなお床に転がり、かすかに痙攣している。
ハーゲンはこめかみに指を当て、深いため息をひとつ。
「……相手の戦闘不能を確認。ただし使用された魔法は、合法の範囲であっても、試合形式における安全基準を著しく逸脱している。
よって、エインを《反則負け》とする」
観客席のざわめきがぴたりと止まる。
三戦三敗。
その事実が、静かに、しかし確実に刻まれた。
エインはその場に立ち尽くし、納得いかない顔で、ぽつりと呟いた。
「なんで……勝ったでしょ、どう見ても……」
その呟きは、誰にも届かず、未だ痛みにのたうつエルマーの痙攣音にかき消された。
──────────────────────
おまけ
────────
今日の座学も、やはり荒れる兆しを見せていた。
「お前に問う、エイン! “精神魔法の倫理的限界”について答えてみろッ!」
教壇の前で声を張り上げるのは、いつものハーゲン教授。
怒気を孕んだ視線の先には──
「いやぁ……倫理って言われても、人それぞれでしょ?」
淡々と肩をすくめるエインの姿があった。
もはや何度目だろうか。この二人の口論は、クラスの風物詩になりつつある。
「そうやって屁理屈を捏ねおって! 貴様のような者に、“魔道”を語る資格などないわッ!」
「じゃあ“魔理”って呼びます? 魔法の理論で“魔理”。ちょっとかわいくないですか?」
「黙れえええええ!!」
拳で教壇を叩き、ハーゲンは顔を真っ赤にして叫んだ。
エインに理屈を求めてはいけない──そうわかっていても、堪忍袋はついに音を立てて切れた。
「出ていけ! エインッ!!」
またしても、いつものように追放宣言が飛ぶ。
騒ぎの中、荷物を手早くまとめたエインが、無言で席を立つ。
教室の扉に手をかけたところで、一瞬だけ足を止める。
──誰もが思った。
(また、やる気だ……)
「それじゃ、いつものいっときますか。
低く、しかしよく通る声で詠唱が響く。
静寂。
──バサッ。
という音は、鳴らなかった。
数秒の沈黙。扉の前で硬直したエインが、そろりと振り返る。
ハーゲンの頭頂部──変化なし。
「……あれ?」
エインの声には、確かな動揺がにじんでいた。
「ふはははははっ!!」
響く、勝ち誇ったような笑い声。
「ようやくワシの時代が来たッ!!」
教壇に仁王立ちしたハーゲンが、腕を広げて咆哮する。
「貴様の姑息な術など──既に対策済みよ、エイン!」
その瞬間、エインの目がかすかに揺れた。
何かに気づいたように動きを止め、無言のまま手のひらを凝視する。
「……まさか、
呟きはかすれていた。
焦点の合わない視線、微かに震える指先。確信が静かに崩れていく気配があった。
その様子を見たハーゲンは、得意げに額をぴしゃりと叩いて叫ぶ。
「これはな、校長殿と供に改良した
「な、なんだと……?」
エインの顔に動揺の色が広がる。
いつもの皮肉っぽい余裕は消え、代わりに素の狼狽が露わになっていた。
「そうだ!! ワシはこの日のために、校長殿と一緒に特訓を積んだのだ! 努力の勝利だッ!」
笑顔を浮かべるその姿は、厳格な教授像とは程遠く、どこか一仕事終えた職人のようでもあった。
「ぐっ……ぐぬぬぬぬ……っ!」
エインは悔しげに唇を噛み、拳を震わせる。
「悔しいか!? 当然だとも! これが年の功ってやつだ! ぬははははっ!」
エインの怒気と悔しさが高まる中、教室の空気が一瞬ピンと張りつめる。
「……っくそ、覚えてろよ!!」
叫ぶなり、エインは勢いよく扉を開けると、そのまま廊下へ消えていった。
「ふはははは! 大人を舐めるでないわっ!」
ハーゲンはどや顔で腕を組み、勝ち誇ったように胸を張る。
生徒たちは互いに顔を見合わせる。
「……え、教授……テンション高くない……?」
「初めて見た、あんな笑顔……」
「なんか逆に怖いんだけど……」
動揺の余波が残る中、座学の続きは始まったが──
その日、誰もハーゲンの講義内容を覚えていなかった。
────
そして翌日──座学の教室には、再び何かが起こりそうな空気が満ちていた。
ハーゲン教授はいつも通り教壇に立ち、昨日の勝利の余韻をまだ引きずっているのか、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。
「……よし、では授業を始め──」
そのときだった。
「ふん……今日の俺は一味違うからな……
教室の後方で、エインが誰に聞かせるでもなく、低く呟いた。
魔法が放たれた次の瞬間──
シュルシュルシュル……!
音もなく、しかし確実に、ハーゲンの頭頂部から伸びていく何かがあった。
まるで蔓植物のように、それはゆっくりと、しかし止まることなく伸び続ける。
「……ん? な、なにか頭が……?」
気配を察して、そっと触れた指先が肩に落ちた何かを感じ取った瞬間。
「な、なんだこれはァァァァア!!」
叫び声が教室に響き渡った。
生徒たちが見たのは、肩どころか、背中近くまで伸びた長髪をたなびかせたハーゲン教授の姿だった。
色はいつもの焦げ茶。カツラの毛だ。だが、あまりにも量が多すぎる。しかも緩やかなウェーブ付き。
完全に──ロン毛である。
「よし、完成。……今日一日、その似合わないロン毛で過ごしてろ。以上、俺の勝ち!」
エインが腕を組み、勝利宣言を響かせた。
教室にざわめきが広がる。
だが、ハーゲンはなぜか怒らない。むしろ、何かに気づいたように、眉間にしわを寄せ、そして──急に目を輝かせた。
「……待て……これ……。この魔法……」
ロン毛の毛先をつまみ、しげしげと見つめる。
「この毛の伸び方、魔道具の一般的な自動再構成機能とは違う……これは、明らかに組織構造を再生しておる……!」
「え、あの、教授……?」
生徒の一人が不安そうに呼びかけるが、聞こえていないようだった。
ハーゲンは興奮のまま、教壇を飛び降りた。
「エインッ!! その魔法、詳細を教えろ! カツラだけではない……ワシの頭髪も! 本物の髪もこれで復活できる可能性があるッ!!」
「え、いや、そこまで考えて作ってないですけど……ていうか近い! 怖い!」
迫るハーゲンに、エインは明らかに怯えていた。
「ま、待て、近寄るなっ! おっさんがロン毛揺らしながら迫ってくるのマジできついって!」
言うが早いか、エインは椅子を倒しながら教室を飛び出していった。
「待たんかーーーッ!!」
叫びを上げてハーゲンも追いかける。
そのまま廊下に突入したところで、バッタリとすれ違ったのは──校長だった。
「……おや、ハーゲン君? 今さっきエイン君とすれ違ったのじゃが今は授業中……というかその髪──」
「校長ッ! 聞いてくだされ、この毛はただのカツラではありません! エインの魔法が髪の構造に干渉して──いや、再構成して──!」
ハーゲンはまくし立てるように、ロン毛の一房をつまんで校長の目の前に突き出した。
校長は目を細め、しばし凝視した。
「これは確かに……髪じゃ……」
「で、ございましょう!?」
興奮するハーゲンに、校長はフッと笑った。
「──よし、ワシも追うぞ」
「へっ?」
「その魔法、もし再現可能なら……ワシにも、いや、魔法学界全体に新たな道が開けるやもしれん。追うんじゃ、ハーゲン君!」
「お供しますぞ校長ッ!!」
しばらくして、階下の廊下からは遠ざかる足音と、叫び声がかすかに響いてきた。
「は!?なんで校長まで追いかけてくるの!?てか魔法使うの反則だろ!?やめろって!誰か助けてぇぇ!!」
二人の教師が、廊下を全力で駆けていく。
──かつて失ったはずの、希望と未来を求めて。
*
一方そのころ。
授業の主役がいなくなった教室には、妙な静けさが漂っていた。
「……校長も行った……?」
「うん……一緒に追いかけてった……」
「どうすればいいの……これ……」
「……もう、授業終わったってことでよくない?」
「「「賛成」」」
教室の窓の外には、一本の若木の枝が緩やかに揺れていた。
先端には、新しく芽吹いた一枚の葉。
──季節は春。
枝にも、頭皮にも、いつか芽吹きの時は訪れる。