白峯 凛は防人となる 作:秋嘉
第五話「別離」
私は、夢を見ていた。それも、私にとって最も思い出したくない内容だ
(ここは…あの人の…お父様の書斎なのね…)
非科学的な書物や難しい事が書かれた書類に囲まれ、壁掛けの振り子時計が揺れる音だけが聞こえる部屋―――お父様の書斎に1人の男性が椅子に深く腰掛け、本を読んでいる
部屋の外と繋がる唯一の存在である書斎の扉が3度ノックされ、扉が開くと銀髪の少女が部屋に入る
「失礼します。お父様」
その一言を発して入室し扉を閉め、再び部屋の中には振り子時計が揺れる音だけが響く
「…要件があるのなら、早く話せ」
どう話せば良いのかと躊躇っていると、時間の無駄だと言わんばかりに、父は本から視線を動かさずに冷たく促す
「…どうして、私は五岳市にある中学校へ進学する事となっているのでしょうか」
「それは、大赦がお決めになられた事だ。凛、お前は大赦の…神樹様のお言葉に従って生きていれば、それで良いのだ。そこに一つとて疑問を持つ必要など無い」
少女――凛へ向き直しもせずに言葉を返す
「大赦?どうして大赦が私の進学先を決めるのですか?大橋市内の中学校でも――」
「疑問を持つ必要など無いと言ったはずだ。大赦に従ってさえいれば、不自由無く生きることが出来るのだ。それの何が不満だと言うのか」
しつこいと言わんばかりに、凛の言葉を遮って椅子の少し回して、横顔で睨みながら話す
「……それは、生きていると言えるのでしょうか?」
「凛…お前は私の言う事が聞けないのか?お前一人で何が出来ると言うのだ?力も無い分際で、偉そうに物を言うな」
本を閉じて立ち上がり凛の目の前へ歩き、父としてではなく、神樹様を心酔した人間として冷たい視線を向ける
「そんな物言いだから、お母様は出ていったのでしょ…!」
「貴様までもが、この私を否定するのかッ!ならば、貴様なぞ最早不要だ!だが、私はあの女とは違う!貴様が15歳となるまでは、父として援助はしよう!だが、それ以降は赤の他人だッ!!」
それだけ言い放つと、話は終わりだと言わんばかりの態度で再び背を向け、椅子へと歩き再び腰掛ける
「…では、失礼します」
落胆したような声で、退室の言葉をかけドアを開く
「…お前など、生まれてこなければ良かったのだ」
「………」
少女は、その言葉に何も言い返しはせずとも、明らかに失意の表情を浮かべながら部屋から退出すると同時に世界が暗転した
「ん…今…何時なの?」
枕元のスマホを点灯させ現在時刻を確認すると4時20分と表示され、日の出まで2時間近く時間があるが二度寝する気にもなれず起きることにした
(中学生になってからは、あの人の事を自分から考える事なんて無かったのに…)
寝汗を吸って肌に引っ付いたジャージとインナーを脱ぎ捨て、自室に備えられたシャワー室へ入りシャワーを浴びる
御役目の最中に父の幻影を見たせいだろうか、どうも父の事を考えてしまう
(アレは、お父様と交わした最後の会話だ…)
私が神樹館へ入学した頃に、母が姿を消した
2人の間に何があったのか詳しくは知らないが、母が居なくなってから父は、他人を信じていないかの様に神樹様や大赦に全ての判断を委ねようと更に深く信仰するようになり、大赦の意向のみを汲んで私を五岳東中へ進学させた
意識を切り替えてシャワーを止め、訓練時に着用するように指定されたジャージを着て部屋を出る
(皆は…まだ寝ているのかな)
そう思い、なるべく音を立てないように宿舎を出る
時間も早く、初めての御役目を終えた翌日と言う事もあり訓練場には誰も居らず、私は出水さんから借りたままになっている銃剣を振るう
盾を取り出さなかったのは、戦衣を纏わなかったら重くて振り回せなかったのもあるが、今は敵を倒す為の力が欲しかったのが理由だ
「はっ!やぁ!……ふぅ…」
「凛…こんな時間から、何やってるのよ?」
入口付近から声が聞こえて振り向くと、制服姿の冬花先輩が立っていた
「私がもっと強かったら、桜井先輩も怪我をせずに済んでいたんです。だから――」
「…はぁ~。アナタ、そんなこと思っていたの?」
大きくため息をつきながら私に近づき、スマホを取り出して戦衣を纏う
何をするつもりかと思っていると、突然銃剣を構えて私へ突っ込んできた
「っ!冬花先輩…何をっ!」
私も咄嗟に銃剣を構え、鍔迫り合いの格好で攻撃を食い止めながら問い掛ける
「アナタが強くなって戦って貰わないと、“私達”は何も出来ないみたいに思われてたなんてね…良いわ、来なさい。その考え方、私が叩き折ってあげるわ」
そう言い終わると、銃剣が蹴られて私の手元から飛んでいく
すぐに追撃が来ないのは、手加減をされているからだろう
「早くアナタも戦衣を纏いなさい」
有無を言わせない態度に気圧され、私はスマホを取り出して戦衣を纏ってから銃剣を拾い、剣を持つ様に構えて冬花先輩を睨む
「さぁ、本気で来なさい!」
冬花先輩の声を合図に、私は一直線に跳躍し銃剣を振るう
それに対して先輩は、剣の部分を鞭の様に伸ばして振るい私の足を掴んで転倒させる
「くっ…!」
身体は痛むが、戦衣のおかげでどこも怪我をした感じは無く、急いで身体を起こそうとしたが、既に目の前に銃口を突きつけられていた
「私の勝ちね」
銃剣の伸びた剣を解きながら発されたその言葉に対して何も返事が出来ないまま私は立ち上がり、もう一度向き直し距離を詰める
「やぁ!」
上から銃剣を振り下ろすが、冬花先輩は剣を戻しながらも銃剣を振るい弾く
(今度は!)
上へ弾かれた銃剣をもう一度振り下ろす
冬花先輩は銃剣を捨てて私の手を掴んで引き寄せると、そのまま床に叩きつける
急いで身を捻り、冬花先輩の次の動きを見ようとしたが既に遅く、拳が目の前で寸止めされる
「2連勝ね」
私の上から退き銃剣を拾う為に歩き出す
それを見ながら私は静かに立ち、銃口を向ける
(後ろからの不意打ち…これなら…!)
私が撃つよりも速く、銃剣を拾いながら振り返って剣を伸ばし、私の手から銃剣を弾き飛ばす
「あっ…!」
弾き飛ばされた銃剣を拾いに行けないように、鞭を振るい続ける
「アナタは護盾隊なのよ?なのに、何で銃剣を使い続けてるの…よ!」
私は盾を取り出して耐えつつ、少しずつ飛ばされた銃剣に近づくも盾に鞭を巻きつけられて投げ飛ばされてしまう
「…っ!」
「さぁ、銃剣でも盾でも好きなのを使いなさい。アナタが降参するまで続けるわよ」
その言葉を聞きながら立ち上がり、銃剣と盾の両方を持って、銃剣を構える
その後は、何度も冬花先輩からの斬撃を防いだり、防ぎきれずに一方的に投げ飛ばされたりした
「はぁ…はぁ…」
今ので何回目の負けなのか既に数えてもいないが、何度も転かされて流石に身体中が痛い…盾を杖代わりにして、やっと立てている状態だ
盾の裏に銃剣を収納しているが、もう取り出して撃つ事も難しいかもしれない
(正攻法で戦っても勝ち目は無い…なら、一体どうすれば…?)
「まだ続けるの…?痛いでしょ?怖いでしょ?いい加減、諦めて御役目から逃げ帰っても良いんじゃないの…!?」
帰る?今更どこへ帰ると言うのか…私を捨てたお父様の元へ?それとも、お助け部の皆が居ない五岳東中学校へ1人で?
どちらにせよ、そこに私の居場所なんて存在しないだろう
「私に…私には、もう帰る場所なんて…もう、無いんです!桜井先輩が居て、出水さんが居て、冬花先輩が居る。この防人隊第七班だけが、私の帰る場所なんです!」
そう言いながら、私は盾を持ち上げて震えながらも自分の足だけで立つ
「私は…防人隊第七班所属、護盾隊の…白峯凛!やあぁぁぁああ!」
イチかバチかの思いで、盾の裏に入れている銃剣伸ばして手首に巻いて、盾を冬花先輩へ投げる
先輩は飛んでくる盾を銃剣で弾き、一気に私との距離を詰めてくる
私は伸びたままになった鞭を掴んで、その場で回転しながら盾を引き戻す
私の思惑に気づいたのか、冬花先輩が一瞬どう動くべきか一瞬悩み、立ち止まって銃剣を短く持って防御姿勢をとるも盾の質量を受け止めきれずに2人揃って弾け飛ぶ
冬花先輩も私も床に倒れたままだが、私は出せる限りの声を上げ勝利宣言をした
「はぁ…はぁ…冬花先輩…私の、勝ちです…!」
「凛…アナタ、何て戦い方を――」
「せやけど、勝ちは勝ちやろ?凛の力もボチボチ認めたってもええんちゃうか?」
私のでも冬花先輩のものでもない声が聞こえ、私達は入口を見る
そこには、左腕を三角巾で吊った制服姿の桜井先輩が立っていた
「一葉!?もう、動いて大丈夫なの!?」
「んなもん、唾でも付けときゃ治るって言うたのに、皆大袈裟なんやって。いっててて…」
大丈夫だとアピールする為か、左肩を動かしたり身を捩ったりしていたが、やっぱりまだ痛むのか声にならない声を上げながら悶えている
「にしても、冬花が“私”なんて言うと思われなんだわ…ぷっくく…可笑しくて、笑いが…くく…!」
「なっ…!あれは、その…そう!選抜試験の時からの癖みたいなヤツよ!うん!」
冬花先輩が自分自身の事を“アタシ”と言っていなかった事を桜井先輩が笑い、冬花先輩は恥ずかしさを誤魔化す為にかワタワタと手を振り、1人でしばらく続けていたが、止めると大きなため息を吐いた
「はぁ~…にしても、やっぱりアタシには、こんな役回りは向いてないわね」
冬花先輩がため息を吐きながら変身を解き、そのまま床にへたり込む
「凛、さっきアナタが何のために戦うって言ったのか覚えてる?それを忘れないでね」
何のために戦うのか?そうだ、無意識に私は「3人が居る防人隊第七班だけが居場所だ」と言っていたのを思い出す
(そっか…私は、冬花先輩達と離れたくなかったんだ…)
「桜井先輩…あの…」
「…凛、何で自分が、あの時飛び出して行ったんかだけ聞かせてぇや?」
「……分かりました。実は――」
桜井先輩に促され、私はあの時見た全てを正直に話すことにした。父の幻覚を見たことも、それに言われた言葉も全て…
「自分自身を遠くから見とる感じ…か…」
「アナタのお父さんが…そんなことを…?」
2人共、それだけ呟くと少し考え込む様にしばらく黙ってから再び口を開く
「さっきも言うた通り、ウチからは特に咎めたりとかはせーへん」
「アタシは…上から理由を聞かれたら【戦場でパニックになってしまった】って答える事にするわ。だからアタシからも無しよ」
2人が一通り言い終わり、冬花先輩が「ところで」と前置きしてから言葉を続ける
「一葉、何で怪我人のアナタがここに居るの?確か、まだ安静にって言われてたんじゃないの?」
「ん?あぁ、最後に挨拶だけでもって思てな。ウチ防人辞めるし、せやから――」
桜井先輩がそう言うと、周囲の時間が止まったかの様に、私の頭が話の内容を理解する事を拒む
(防人を辞める?どうして?)
まだ2人で何か話している様だが、私の耳には届かない
(桜井先輩が辞めるなんて、そんなこと絶対に嫌だ…!)
そう思うと居ても立ってもいられず、私を制止しようとする2人の声を置き去りにして訓練場の出口から駆け出していた
訓練場から出て、曇り空の下をひたすら走る
(そうだ、あの神官様に言って何とかして貰おう!桜井先輩が治るまでは私達3人で頑張れば――)
「もう一度考え直して!あなたは負けたままで良いの!?」
神官様からも説得して貰おうと彼女の部屋へ行く道中、タワーの玄関前で誰かを説得しているのであろう楠隊長の声が聞こえた
「楠隊長!ちょうど良かったで――」
「白峯さん!お役目を辞めないように、あなたからも説得して下さい!」
私は、楠隊長からも神官様を説得して貰いたくて声をかけるも、楠隊長は防人の誰かを説得している最中の様だった
(説得…?誰を?)
そう思い、話し相手の方を見る
髪が結ばれておらず、顔も俯いていて、最初は誰か分からなかったが、その人物は間違いなく出水さんだった
「出水…さん?」
「…白峯、先輩…っ!」
今にも泣き出しそうな顔をして、私を見る
「出水さん、何で…どうしてですか!あなたまで――」
「わたしには、無理だったんです!桜井先輩が怪我をして、わたしも、食べられるちゃうんだって思っちゃうと、怖くて!う、うぅ…」
「凛!千秋ちゃん!?」
「千秋もそこに居るんか!?」
私を追いかけて来たのか、冬花先輩と桜井先輩が走ってきて泣き出してしまった出水さんの背中と頭を撫でて慰める
私も2人に倣い、出水さんを慰める為に手を伸ばそうとした
(でも、出水さんの意思を無視して、残って貰うの?そんなの――)
自分の考えだけを押し付けるなんて、父と同じだ。そう思うと出水さんに触れる事が出来ず、中途半端に手を伸ばした状態で固まるしか出来なかった
しばらくして出水さんが落ち着き、話の続きをしようと楠隊長を探すも、気を遣ってくれたのか、楠隊長と国土さんは既に立ち去っていた
桜井先輩が出水さんを呼んで隣に立ち、冬花先輩と向かい合う
「後は任せたで、冬花…いや、綾川班長」
「綾川先輩…本当に、ごめ、んなさ…!」
「一葉…また手が空いたら顔を出しに行くわ。千秋ちゃんも元気でね」
(どうして、こんな事に…)
桜井先輩が怪我をしたのも、出水さんが戦えなくなったのも、原因を辿っていくと全て“あの時、私が船を飛び出したから”と言う事実に行き着いてしまい、私はそれを受け入れる事が出来なかった
(私は、ただ皆が無事に逃げ延びて欲しかっただけなのに…)
雨が降り始めるなか、私はタワーから遠ざかって行く2人の背中を見送るだけしか出来なかった
次話は、メンバーの入れ替えで、新キャラがきます!