ヒトは、違いを備えた種族である。髪や肌といったカラダの違いから、勇気に愛を秘めたココロの違いまで。外側から内側までありとあらゆるところに違いがあり、全く同じ個体は存在しない。
それぞれの違いを受け入れ、拒み、それでもニンゲンという集合体として、長きにわたり歩みを続けてきた。よりよい明日を作り上げようと、夢を抱きながら。
そして、生まれ育った水の星を飛び出し、宇宙すら故郷とする今を作り出した。
我々が生きるイズマ・コロニーも、明日を想像した先人たちが作りだしたのだ。だからこそ。宇宙世紀を生きる私たちは、先人たちが作り上げた今を、素晴らしい明日へとしなければならない。
やけに思想が強い道徳教師は、高校を卒業する頃には姿を消していた。声と姿は忘れてしまったが、言葉の一つか二つは記憶に焼き付いていた。
そして、宇宙に漂う私は、その言葉を思い出していた。
同僚のノイズ交じりの叫び声が遠くなっていく。コンテナから噴き出した空気が私の体を吹き飛ばす。散らばった貨物のいくつかが真空空間に耐え切れず、はじけていく。
キラキラと輝く破片に包まれながら、スペースゲートから放り出される。子供がぶちまけたオモチャのように、無造作にちりばめられた星が輝く宇宙へと、一人。
グッ、グッと指を動かすが背中のジェットパックは微動だにしない。打ち所が悪かったらしく、視界の端にエラー警告の赤い光が見えた。私の意思で動かせるモノなど、何一つなく。ただ、流されるだけの私は、まるでクラゲみたい。
水流に流されるがままの、クラゲ。行きたい場所はなく、やりたいこともなく、与えられた環境をあるがままに受け入れる。
それが、かつてのアマテ・ユズリハであり。宇宙へ飛び出すこともできない軟弱者を表す言葉。
このまま、宇宙の果てにまで飛んで行ってしまえばいいのに。狂った諦観と共に瞳を閉じようとした時、バン、とお腹が打たれた。赤い電磁石がお腹に張り付いている。磁石と持ち主をつなぐワイヤー越しの通信が、声を届ける。
『大丈夫? アマちゃん』
「あの、その名前恥ずかしいから止めてって言いましたよね。子供っぽいし」
『あなたはまだボウヤよ。吹き飛んだ荷物掴みに行って巻き込まれるなんて、子供みたいなことしちゃ駄目』
「……ワカリマシタ、よ。オバさん」
『行き遅れのオバさんで結構』
きらめく星空から、味気ないスペースポートへと引き戻されていく。おせっかいな先輩の助けもあり、死ぬことはなかった。結局、明日もいつもの場所で、いつものように生きていくのだろう。
代り映えのしないであろう明日を想像して、重い息を吐き出した。
右手の中には、はじけ飛んだ荷物の一つであるスノードームがあった。その台座には【U.C.0089.Xmas】の刻印。
意味もなくまた一年が過ぎ去っていくことを実感し、息が一段と重くなった。
ノーマルスーツを脱ぎ去り、熱いシャワーを浴びて。ロッカールームに戻ると、ちょうど着替え中の先輩の姿があった。
軽く挨拶をして、自分のロッカーの前に立つ。電子式ネームプレートに触れて、ロックを外す。K・カンパニー:アルバイト:アマテ・ユズリハ。小さな輸入雑貨商の元、搬入作業員のアルバイトをしている。
「お疲れ様。今日は災難だったわね」
「ありがとうございます。なんでアレ爆発したんですか?」
「気圧設定ミスよ。昔はよくあった話だけど、まだ事故が起きるなんて。でも、亀裂から中身が漏れただけでよかった。コンテナの一部が飛んでたら……」
先輩がおへそのあたりに手を当て、ガッ、と開くそぶりを見せた。一歩間違えば私の体は引き裂かれるどころか、貫かれていたということだ。生きているのは、一応幸運なのだろう。
でも。生きていたところで何も変わらない。ロッカーの中には見慣れ、着慣れた学生服。明日も明後日も、これを着て大学に行く。生まれた時からずっと、私は親に決められた明日に生かされている。
でも、決められた明日を投げだすほどの決意はなく。投げだしたところで、自らの明日を決める意思もない。
「……先輩、今日デートです?」
「よくわかるわね。あなた、もしかしてニュータイプ?」
「私そんな乱暴な人じゃないです。それに、見ればわかります」
茶化すように言われた言葉を否定する。味気ない運動モデルを纏っている私と違い、先輩の体を装飾するそれは、女を美しくする下着だった。女である私が見ほれそうな美しさがあるそれは、想いを寄せる相手を釘付けにするだろう。
「あなたもこういうの付けたらどう。仕事はともかく、普段は気を使ってもいいんじゃない」
「見せるような相手もいないですし、見られて困らないやつで大丈夫です」
一番多感な時期に、そんな出会いがなかった私にとって、縁はない。
「よかったら、誰か紹介しましょうか。リボーの同業者になかなかいい子がいるの。年もあなたと同じくらい。来週の定期便でこっちへ搬入に来る予定だし、一緒に食事なんてどうかしら」
「いらない。そういうおせっかい、オバさんっぽいです」
「……そうね。確かに、おせっかいね」
ずい、と先輩が体を寄せてきた。青とも赤ともつかない不思議な色の瞳が、私を見つめてくる。先輩に見つめられると、何とも言えない気恥ずかしさを感じる。アマテの奥の奥、代り映えのしない、子供のままのマチュを見られているような。
もどかしくなって突き放し、背を向けて着替えを続ける。色がないアマテに、平凡な大学生の衣を被せていく。
「これもおせっかいだけど。今のあなた、私にそっくり。憧れていたヒトを亡くして。目指していたモノを無くして。道しるべを失くした、私にそっくり。手放したら消えてしまいそう、なんて彼には言われた」
鏡で最低限髪型を整えた私に、先輩が一枚の写真を差し出してきた。年季が入って擦れた写真には、黄色い宇宙服に身を包んだ先輩と、同じカタチの宇宙服に誰かの姿があった。その宇宙服には、ドラマで見覚えがあった。
10年前の戦争を題材にした、恒例のドラマ。
「軍人だったんだ。通りでワイヤーガン使うのうまいんだね」
「去年までの話だけどね。大切な人を殺されて、殺した仇も行方不明になって、それで……気が抜けたの。今は付き合ってる彼が道しるべになってるけど、彼がいなかったらこの仕事もやめて、本当に、どこかへいっちゃうかもしれない。あなたには道しるべ、ある?」
「私の、道しるべ」
なんとなくスマホを見た。沢山のアイコンの中に一つ、埋もれるように隅へ追いやられたアプリ。地球の歩き方。
「地球……地球に行ってみたかった」
「今は行きたくないの?」
「造り物のコロニーを抜け出して、本物の宇宙に行けば、夢中になれるような、何かがあるかもって。でも、行っても何かが変わる感じがしなくなった。もう、自分は変わらなくなったから、いいや、って。お金もかかるし。先輩は地球に行ったことある?」
「仕事で少しだけね。といっても、思い出話はできそうにないわ。軍機に触れるような話だし」
「ケチ」
「仕方ないでしょ、決まりなんだから。でも、そうね……明日の午後。地球出身の人と会う機会があるの。一緒にどうかしら」
「その人なら地球の話してくれるの?」
「それは会ってからのお楽しみ。でも、きっといい経験になるはずよ」
特段明日の講義で受けなければならない様な物はない。頭の中から明日の予定を放り出して、先輩に付き合うの一文を書き足した。だから、私は流されるクラゲ、なのだろう。
そして、当日。待ち合わせ場所に指定された改札前には、先輩の姿はなかった。時間間違えたか、とスマホを取り出すが時間はあっている。連絡を取ろうとしても、繋がらない。
なにかトラブルでもあったのだろうか。
近くの駅員に話を聞いてみると、少し前に軍警に追われていた女性と別の女性がもみくちゃになって、追いかけるような形で2人は駅の外へ行ってしまったらしい。
その別の女性が先輩なのだろうか。先輩だと判断するには何かヒントがあればいいが、なかなかにお洒落な人で服の種類が多い。服装で判別してもらうのは難しいだろう。
「失礼。その女性、短めの髪型で、細いマフラーをしていなかったか。マフラーの色は赤色だ」
どうしたものかと頭を悩ませていると、後ろから割り込んでくる男が一人。彼が述べた特徴に駅員はうなづき、軍警に追われていた少女を追いかけていった、と告げた。
「参ったな。彼女に案内してもらう予定だったんだが」
ふと、考え込む彼。もしかして、彼が。
「あの」
「ん?」
「私、先輩と一緒にあなたに会う予定でした」
「ああ、君が。知り合いのバイトを追加していいかと聞かれていたが、そういうことか。名前は?」
「アマテ。アマテ・ユズリハ」
「アマテ。君はこのあたりの地理に詳しいか?」
男が見せてきたメモには見覚えのある地名が記されていた。この辺りは高校生だったころの通学路としていたから、それなりに詳しい。コクリ、と頷くと男は小さく笑みを浮かべ、名乗る。
「それなら道案内を頼みたい。ホワイトだ、よろしく頼む」
「白? それファーストネーム?」
「一応は。姓はユニコーン。好きな方で呼んでくれ」
「へぇ……変わった名前だね、白いおじさん」
苦笑しつつもおじさんは手を差し出してきた。
それを握り返したその時、私は、見た。見えて、しまった。
見てはならないと理性がささやき、それを食らいつくすかのように本能が見ろと叫んでいる。
瞼を閉じても消えない白い光が一閃。白い流れ星。流星の向こうに、瞬くヒカリ。
ヒカリが奔流となり、わたしを包み込む。あるいは、光の渦。
言葉にしがたいその光景を端的に表すのなら。
……キラキラ、してる。
何か、覚えがあるような、ヒカリを見た。
バチバチと、頭の奥の方で何かがはじけるような、私を変えるような、キラキラが、見えた。
キラキラの向こうから、さざ波の音が聞こえる。私を飲み込もうとする大きな波から逃げる間もなく、キラキラに溺れそうになって――稲妻と共に、キラキラは消え失せた。
光る海を漂う私から、改札前に立っているアマテ・ユズリハへと意識が引き戻されたショックだろうか。ふらつく私をおじさんが抱え起こしてくれていた。
「なるほど。会ってほしいというのはそういうことか。あの人もなかなかに無茶を言ってくれる」
おじさんは笑みを崩すことなく、握ってくれていた手を開いた。光はもう見えなかった。
「立てるかい?」
「ん、ぇ、ちょっとだけ、待って。おじさん、今の、何? 光の、キラキラのあれって……!!」
「生憎だが、時間があまりなくてね。歩きながら話そう。案内してくれ、マチュ」
なんで、私の小さい頃のニックネームを知っているんだ。
先輩にも教えてないのに、どうしてアムロさんは──
アムロ。アム、ロ?
私は、アムロと、言ったのか。数日前に見たドラマが頭によぎる。
10年前の戦争で活躍した少年兵を描いたドラマ。先輩が着ていた宇宙服の白色だったか、青色だったかを着て。カラフルなモビルスーツを操縦していた、少年兵と目の前のおじさんは似ていた。
いや、違うんだ。おじさんを演じたニセモノの俳優が、似ていただけ。
だって、この人は、本物。ホンモノの、アムロ・レイ。
私は、白い流星の向こうに、キラキラを見てしまった。
【U.C.0089=宇宙世紀0089年】
・同年1月、第一次ネオジオン抗争集結。ハマーン・カーン戦死。
・アマテ・ユズリハ:21歳。
名門大学に通いつつ、社会経験の一環として輸入雑貨商にてアルバイト中。
・ホワイト・ユニコーン=アムロ・レイ:25歳。
地球連邦軍大尉。ある目的で各地のコロニーを調査している最中。
八つ手様にイラストを描いていただきました。
描いてくださった八つ手様にこの場を借りてお礼申し上げます。
【挿絵表示】