アマテ・ユズリハは白い流星を見た   作:あおい安室

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 ニュータイプであることは、果たして幸せか。


2.哀しき戦士

 ニュータイプと呼ばれるヒトがいる。戦争で活躍したエースパイロットを指す言葉として、あるいは昔の政治家が唱えた理想論に出てくる言葉として、それとも人知を超えた存在として。

 いずれにせよ、一般人には理解できないモノであった。勘がいい人や乱暴な人をからかうスラングとしてニュータイプ呼ばわりされることはあるが、それくらい。大学でも一部の変わり者が熱心に調べているとは聞いているが、私にとっては全く縁がないモノであった。

 

 ニュータイプに興味を持たないアマテ・ユズリハに連れられて歩くのは、アムロ・レイ。10年前の戦争で活躍し、人類初のニュータイプとも呼ばれた、らしい。

 

「どうだろうな。自分のことをニュータイプだとは思っていないよ」

 

「だったら、おじさんが見せてくれたキラキラはなんだったの」

 

「あれは僕が見せたものじゃない。マチュ。君が見たものだ」

 

「そんな訳ない! 手を貸して!」

 

「ああ。こうかい」

 

 ドラマで描かれたアムロはどこにでもいるような少年だった。目の前にいるおじさんもそんな雰囲気を感じさせていたが、どうにもつかみにくいような感触がある。手を握り、あの時の感覚を思い出すように心を静めても、キラキラは見えない。おじさんに触れることは叶わない。

 

「こうして手をつないで触れ合っても、僕には君のことが見えない。マチュという言葉も、飛び込んできた君を受け止めた時、かすかに聞こえてきただけなんだ。君の名前だろう?」

 

「うん。ちっちゃい頃のニックネーム。なんでそんなところ見せちゃったんだろ」

 

「君が言うところのキラキラは、隠し事もなく互いにすべてを理解しあえる場所、だと考えている。だから、そういった部分が見えるんだ。君も僕のナニカが見えたんじゃないか」

 

「……私、キラキラの向こうに海を見たよ。それがあなたのキラキラ?」

 

「そうだな。10年前、一年戦争の頃に見た景色だ」

 

 遠くからエンジン音が聞こえる。近くの川をジェットスキーが走り抜け、咄嗟にかわした私たちにいくつもの水滴が降り注ぐ。その光景は私が見たキラキラのようで。おじさんが見ていた海のようでもあった。

 

「僕はニュータイプと呼ばれる人に出会ったことがある。彼女と触れ合ったのはわずかな時間だったけれど、それでも多くのことを見た。それこそ、キラキラを見ていた。彼女と交わした数えるほどの言葉が、今の僕を作ってくれた。もし彼女と出会っていなければ、僕はここにいなかっただろう」

 

「そして、私もおじさんと出会わなかった。その人は今どこに?」

 

「……もう、いない。僕が、殺してしまった」

 

 小さなさざ波がたつ。沈黙で息苦しくなって、つないでいた手を放す。ほんのわずかな距離が、無限に開いているかのように思えた。

 

「キラキラが見えていた頃は、離れていたとしても、相手を感じることがあった。大切な人たちが見えて、声を届けることもできた。それが君にとってのキラキラ。君にとってのニュータイプのはずだ」

 

「おじさんにとってのその人が、私にとってのおじさん……」

 

 ニュータイプとして目覚める、きっかけ、になった人。

 

「マチュ。僕は、ニュータイプではないはずだ。僕は、僕らはこの力を戦いに結び付け過ぎたからだ。僕らが歩き始めた道は、苦しい道でしかないんだ。君が歩くべき道じゃない。その力をどうか、違う道に使ってほしい」

 

 ふと、信号で足を止める。ビルの巨大ビジョンに映し出されるのは、テロリストを鎮圧する地球連邦軍、それを紹介するニュース映像。戦うことで意思を示すニュータイプ、それが、アムロ。

 

「じゃあ私はどうすればいい? どういう道に進んでほしいのさ」

 

「それは君が探すことだ。誰かに定められた道というのは、歩いていて息苦しいものだろう」

 

 信号が青く染まる。おじさんの問いに私の足は止まっていた。今まで歩いてきた道は、親に望まれた将来。そこから踏み出す自由を与えられたとして、ニュータイプとしての道を探すとして。私はどこに行けばいい。マチュは、どこへ行きたいのだろうか。

 

 キラキラは見えない。息苦しさに溺れそうになったその時、アムロの手が差し出された。

 

「君を導くとまでは言わないが、危ない道へ進もうというのなら、手を引くぐらいはしたい。先駆者としてそれくらいはさせてほしい」

 

「おじさん……」

 

「もっとも、今は君が先を歩いてほしいけどね。まだ目的地までは遠いんだろ?」

 

「……ふふっ、そうだね。ちょっと近道するよ。おじさん裏道歩くのって得意?」

 

「まあまあね」

 

 手を取って、引いていく。自動車の喧騒に飲み込まれる交差点から逃げるように、イズマコロニーの端の方へと歩いていった。

 

 

 

 

 夜の設定時間まであと2時間ぐらいとなった頃、おじさんが行きたがっていた場所が見えた。水路の行く先、街外れの寂れた空間にいくつもの柱が立ち並ぶ空間。イズマコロニーの人々からは忘れられつつある場所、朽ち行く墓場。私も訪れるのは初めてだ。

 

 ムエンヅカプロジェクト、と母が話していたことがある。遺体を引き取る縁者もなく、あるいは名前もなく、広い宇宙で帰る場所を失くした死者を弔うための墓場。とはいえ、そこに弔われるような人の元にどれだけ見舞いに来る人がいるというのか。その答えが、朽ちつつある墓場である。

 錆が目立つプロジェクト紹介看板を横目に、墓場へと足を進めていく。案内標識の一つを見たおじさんが立ち止まる。擦れてわずかな輪郭程度しかとどめていないマークには見覚えがあった。

 

「ジオン……」

 

「おそらく一年戦争での死者だろう。きっと、僕が殺した相手もいるはずだ。君が僕と同じ道を進むというのなら、これを背負うことになるぞ」

 

 おじさんは遠くを見つめている。殺してしまったという、あの人を見ているのだろうか。立ち並ぶ墓石には死者の名前はほとんど記されておらず、どこで死んだかだけが無機物的に記される。そして、墓の下に収められるカラダもない。押しつけがましい善意の墓、と母は評していた。

 

「背負うことが、嫌とは言わないよ」

 

「マチュ?」

 

「怖くない、と言ったら嘘になる。そして、辛い道。おじさんが歩いて、背負っていく、道」

 

「……ああ。そういうニュータイプは、僕に任せてほしい」

 

 本当の目的はここじゃない。次のところへ行こうか。標識を探しながら歩きだすと、かすかな笑い声が聞こえた気がする。どこか哀しい声は風と共に吹き抜けていき、記憶からもすり抜けた。

 

 いくつかのジオン標識の向こう側、比較的手入れされている連邦軍の墓地さえも歩き抜け、民間人の墓地区画へと足を踏み入れた。その中の端の端、表示が擦れた墓標の前で立ち止まる。

 

 テム・■C0■■9.1■.■■・パ■ダ■■ニー

 

 おじさんは墓標の前で言葉もなく、立ち尽くしている。哀しくとも、優しくとも、懐かしむとも。いくつもの感情を抱きしめながら、そこには一人のアムロ・レイがいる。

 

「お久しぶりです、父さん」

 

 連邦のエースパイロットでも、ニュータイプでもない。ただの、アムロ・レイ。

 そして、アムロのお父さん、テム。

 

 無関係なアマテ・ユズリハは立ち入るべきではない。視線を逸らすと、通りに立っている誰かが私たちを見つめていた。花を片手に立つその女性のことを、私は知っていた。

 

「こんなところで奇遇ですね、アンキー社長」

 

「そうだね、アマテ。あんた、というか、その連れか。テムの知人とは珍しいね」

 

 赤毛を巻き上げた妙齢の女性、アンキー。私がバイトしているK・カンパニーの社長であった。

 

「社長もテムって人のこと知ってるんですか」

 

「パルダで仕事してた頃に少しだけ付き合いがあった。で。あの連れは何者だい」

 

「えっと……テムさんの、息子です」

 

「あの人に子供がいたのかい。全く、酷い父親もいたもんだ」

 

「酷い……?」

 

「こっちにこい。耳貸しな」

 

 おじさんから少し距離を取り、アンキーは囁く。

 

 テムは元漂流者だった。漂流期間が長すぎたためか脳に異常があったらしく、記憶を失くしていた。故郷へ帰ろうともせず、パルダコロニーでジャンクいじりの毎日。挙句の果てに、階段から落下して亡くなったのが、10年前。ちょうど一年戦争が終わるか終わらないかの頃であったという。

 

 アンキーの教えてくれた事実がパズルのようにハマっていく。ドラマでは、アムロの両親は描かれていなかった。それどころか、若くしてパイロット候補生となった少年兵であった。

 初めての戦いは、サイド7。戦いの中でコロニーに穴が開いていた。まさか。まさ、か。アムロのお父さんは、その時宇宙に放り出されたのか。家族も失くして、おじさんはずっと戦い続けてきたのか。一年戦争から10年目となる、今日、この日まで。

 

 私も両親のことはあまり好きではない。けれど、両親がいなくなる日を想像したことはなく、そのむなしさを考えたこともない。

 

「おじ、さん……」

 

「マチュ? どうした、そんな顔をして」

 

 いつの間にかおじさんは墓標から離れて、私の方へと歩いてきていた。不思議そうな表情をしている彼を、先ほどまでように、ニュータイプとしてのアムロ・レイとしては見れなかった。本人はもうすでに乗り越えたことなのかもしれない。

 

 それでも、彼は、哀しい戦士であった。

 

 ニュータイプであるが故に背負った定めではない。ただ、ボタンを掛け違えるかのように悲劇が積み重なり、それでも戦い続けて、生き抜いたから、ニュータイプと呼ばれただけじゃないのか。

 傲慢と偏見かもしれない。だとしても、そんな彼に、ニュータイプであるはずの私が何もできないことが、酷くもどかしかった。言葉にならない悲しみと焦燥を受け入れる間もなく。

 

「なるほど、ね。アンタがテムの息子……妄言は事実だったか」

 

 アンキーが笑っていた。なぜか、笑って、私を押しのけ、おじさんの前に立ち。

 

「アムロ・レイ。取引がしたい。私の手元には、テム・レイの遺産を使ったブツがあってね? アンタが私の要望を叶えてくれるのなら、それを引き渡す用意もある」

 

「悪いが、個人的な依頼は引き受けてやれない。それに、いくら親父でももう10年以上前の技術だ。今更価値があるとは思えないぞ」

 

 状況を飲み込めない私をかばうように、おじさんは私を後ろに下げ、アンキーの前に立つ。アンキーは笑みを崩すことなく口走る。

 

「そいつの正式名称はないが、私はこう呼んでいる──」

 

 

 赤いガンダム、だ。

 

 

 初めて聞くはずの言葉は、酷く聞きなれているようで、恐怖を感じる言葉だった。

 




・ドラマ【一年戦争】
 一年戦争終戦時期が近づくと、各局で報道されるドラマ。
 ドラマにおけるアムロ・レイは、若きパイロット候補生であり、
 民間人がモビルスーツに乗り込む荒唐無稽な設定ではない。
・テム・レイ:故人
 地球連邦軍技術士官。一年戦争終結間際に事故死。
 死亡後、縁者が確認できなかったことからイズマのムエンヅカに埋葬。
 所有物は勤務先の関係者に手分配された模様。
・アンキー:39歳。
 K・カンパニー社長。小規模な輸入雑貨商を営みつつ、様々な業務を行っている。
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