それとも、ガンダムが求めたからこそ、パイロットがいるのか。
モビルスーツ、略して、MS。それは、ヒトのヨロイである。ヒトの10倍ほどの大きさ、20mに届かんとする巨体を初めて見た時、バカデカい宇宙服という印象を持った。宇宙という未知の領域へ飛び出すには、それほど大きな鎧で身を守らなければ安心できなかったのだろう。
バイトの先輩から、宇宙服の名を【ジム】と教えてもらった。地球連邦軍が作った、MS。
作業用であるジムの隣には、同じく作業用のMSが一つ。【ザク】と呼ばれるMS。ジオンが作ったそれは、宇宙服というよりは単眼のモンスター、神話のサイクロプスに見えた。
地球に生きる人は宇宙服を、宇宙に生きる人はモンスターを、ヒトを守るヨロイとした。
いずれにせよ、MSはヒトらしくないカタチだった。それはそうだ。自分より大きな人間なんて、恐怖を覚える代物でしかないじゃないか。
ほら。今、私の体にまとわりつくそれは、恐怖でしかない。
「確かにガンダムらしくはあるが細すぎる。まるで骨だな」
ムエンヅカからそう離れていないところにあるジャンクヤード。付近にある年季が入ったガレージはK・カンパニーの旧社屋であり、アンキー曰く、動かしにくいブツをしまい込む倉庫。
それこそ、目の前にたたずむ赤い巨人がそうだ。
「アンキー社長。ここ、本当にただのガレージなんですか」
「怖いのならさっさと帰んな。アムロ・レイが言うから連れてきてやったが、これはアンタが首を突っ込むようなヤマじゃない。ここで帰ってただのバイトに戻るのが賢い選択だよ」
「……いや、だ。まだ帰りたくない」
怯えて震える心を抑え込み、巨人の双眼を見上げる。ゴーグルでもなく、単眼でもない。
紫の瞳が私を見ている気がした。コツリと響いた足音がやたらと大きく聞こえた。逃げだしたいと叫ぶ理性に反して、本能がここにいるべきだと叫ぶ。私は、ソレに会うべきだと。
ソレは、赤いガンダム。ピンクと赤で彩られた巨人は、肌をはぎ取った人間の様。
額の奥がビリビリと痛み、目の前が暗くなる。あの巨人に心臓を触られているような嫌な感触がある。倉庫の壁に寄りかかり、喘ぐ。私の呼吸音とアンキーたちの声が、痛む頭へ大きく響く。
「アンキー、この色は元からか」
「ああ。前の持ち主が趣味で塗ったらしい。赤い彗星は嫌いかい?」
「わかってて聞いてくれる」
赤いガンダムという言葉を聞いてから、アマテ・ユズリハはおかしくなってしまった。ガンダムというMSにアムロさんが乗っていたことはドラマで知っていたし、何なら歴史の教科書に載っているくらいだ。前々から知っていた言葉に、赤い、という形容詞一つ足されただけでこの有様だ。
「……絵を描いている人?」
「なんだって?」
思考がまとまらない。いくつかの景色が流れ星のようにパッと輝き、記憶の海へと飲まれていく。零れ落ちた言葉の意味も、アマテ・ユズリハには理解できなかった。ねえ。
「アンキー、お願い」
ガンダムに、乗せて。
そのガンダムのコクピットは、アムロが知っているガンダムと酷似していた。長方形のパネルのそばに複数配置された丸型の計器、2本のレバーに中央の操縦桿。現代ではほとんど省略された装置が複数盛り込まれたそれは、10年前を想起させるレイアウトだった。
「パネル右、計器との間にあるスイッチだ。下、上」
「ん。次教えて」
「右のつまみを左に回せ。バイクのキーを回す感じだ」
当時の記憶を探りながら、コクピットに収まるマチュに起動方法を教えていく。やはり、僕が知っているガンダムと同じ仕組みだった。アンキーから聞いた説明を思い返す。
テム・レイの死後、親父の研究資料はサイド6のジャンク屋ネットワークに出回った。あの時受け取った回路のように古い技術でしかないと思っていたが、全部が全部ではなかった。見るやつが見れば光る物はあり、その一つがガンダムを素体とした研究素体。
「ねえ、電源付かないんだけど」
「右ひざのあたり、レバーは下げたかい?」
「レバー……ないよ?」
「設計が違うのか。少し待っていてくれ」
パラパラと設計図をひっくり返す。殴り書きの設計図とそれをコンピュータで書き直したものが入り混じっている。殴り書きのそれは親父の筆跡で、ガンダムから装甲を取っ払っていくつものアタッチメントを取り付けた設計が記されていた。その上で関節を始めとした各所が簡単に取り換えられる構造。新兵器、あるいは新技術をテストするための、素体。
それを見たジャンク屋たちが一部を洗練、または既存パーツで代用する形でくみ上げたのが、この赤いガンダムであった。設計図を読み込むのに夢中になっていると、マチュが睨む様に抗議してくる。
「待たせた。計器左のボタンを3度押してくれ」
「オッケ。アムロさん、やっぱりガンダムのことが好きなの?」
「いや、純粋に面白い設計をしている。本職じゃないが、多少メカをかじった人間にとってはなかなかに興味深い」
「そういうことじゃないんだけど……あっ、点いた!」
部分的に起動していた計器が全て起動し、光が灯る。動力炉やアクチュエーターの起動音がガレージに響き渡り、ガンダムが目覚めていく。コクピットから乗り出そうとするマチュを支え、2人で上を見上げる。ガンダムの双眼が輝き、マシンとしては立ち上がったことを示す。
「紫色、か」
「気に入らない色ですか。赤色みたいに」
「馴染まないというだけだ。僕のガンダムは目が黄色だった。それに、白かった」
「ふうん……だから、乗らないんですか」
「僕にガンダムに乗ってほしいのかい?」
「それとも違うような、感じがする。なんだか、このガンダムにおじさんが乗ってるところの想像がつかない……」
起動状態のガンダムに身を預け、マチュは瞳を閉じる。かすかに波が揺れるイメージが見えた。何かを探すように、何かを追いかけるように、マチュは泳ぎ始めていた。
「ハッチ、閉じようか」
「……ん、おねが、い……」
「ああ……おやすみ、マチュ」
計器を操作してコクピットハッチを閉じてやる。外の光が眩しい時はこうしてから、システムをいじっていたのだったか。暗いところで何をしているの、とズカズカと歩いてきたフラウのことを思い出す。もっとも、ここにいるのはフラウではなく、アンキーだったが。
「全く、たかだか小娘一人に相当な入れ込みようだね。アイツの何が琴線に触れたんだい」
「昔の僕に似ていたから、かな」
「それだけじゃないだろう。深くは聞くつもりはないけど、ほどほどにしときなよ」
「なら、あなたもどうして彼女をガンダムに乗せてくれた」
「あの子、女が働くような場所じゃないとこに放り込んでも、文句の一つも言わないのさ。そんなヤツが何かやりたいことがあるって言いだしたんだ、一つくらいは聞いてやるよ」
「ガンダムを持って逃げだすかもしれないぞ」
「まさか。あいつは歩行用デバイスが壊れてる。踏み出した瞬間バッタン、さ」
パン、と叩かれた音に応えるようにガンダムが唸った。何事かと見上げれば、頭部横に取り付けられていた見知らぬユニットが起動していた。
「サイコミュが起動したね。ってことは、アマテはニュータイプか」
「サイコミュだって?どこでそれを手に入れた?」
「私は知らないよ。どこかの誰かが設計図を元にガンダムを作ったはいいが金がなくて手放す。それからいくつもの手を渡ってきたが、元ジオンの連中もいた、という噂もあるね」
「そうか、フラナガン機関の残党……!」
「知・ら・な・い・よ。こいつは巡り巡って借金のカタに買い取ったオブジェみたいなものさ」
「それでも悪用されれば面倒なことになる。すぐにでも回収させてほしい」
「なら、相応の金を払ってもらわないと困る。アレでも一応は私らの持ち物だからね。だけど、私の要望を聞いてくれるなら、うちで連邦の船への物資搬入を請け負ってもいい」
そこで不審なMSを強制捜査してガンダムを取引か。うまく立ち回る女だ。
「要望は?」
「商売敵を一つ二つ潰してほしい。ジオン崩れがいるだけでも面倒だってのに、ティターンズはぐれまで来たもんだから面倒な事ありゃしない。クランバトルにかまけてカタギの連中にまで迷惑をかけられちゃ、たまったもんじゃないね」
「詳しいな。あなたも経験者か」
「昔の話だよ。とっくに足を洗ったってのに、このガンダムをクラバ用に狙ってる連中もいる。うちらも巻き込まれてるんだよ」
よく言ったものだ、と皮肉交じりに吐き捨てる。調べたところで証拠は処分しているのだろう。でなきゃ、こうも情報を明かして来ないだろう。
クランバトル。武装されたMS同士の戦いを賭の対象としていた違法賭博。少し前までは連邦も厳しく取り締まっていたが、ティターンズの崩壊に前後して、再興しつつある。連邦軍弱体化による取り締まり力の低下と逃げ出した元ティターンズの連中が原因であった。
「それなら俺の任務でもある。欲を言えば情報も欲しいところだな」
「前払いでくれてやるよ。あいつらが消えてしまえば、情報も用済みだからね」
手持ちのファイルからいくつかの会社の情報と、隠し撮りされたらしきMSの写真が数枚。ゲルググタイプにハイザック、すでに何度か捕まえたことがある連中がちらほらと目につく。
「……ところでさ。どうしてガンダムを止めない」
「なぜ?」
「サイコミュはパイロットに負担がかかるシステムだと聞いた。パイロットでもなんでもないアマテには良くないだろう」
「そうだな。急いで下ろしてやるのがヒトとしては正しいはずだ。でも、マチュがこいつに引かれていた以上、止めたところで無駄だろう。でも、どうしてだろうな。こいつなら、大丈夫だと思えるんだ」
「なんだいそれ。あんた、まさか――」
ガンダムがそう言っている、とでもいうのかい。
あなたなら、私にはわからない何かがわかるんでしょ。応えてよ、赤いガンダム。
私に断りもなく触ってる癖に、だんまり?私を通して、何を見ているんだ。何を、見せている。
静寂のコクピットに、私が、アマテ・ユズリハが拡散していく。
輝くキラキラも見えず、波打つ音も聞こえない。それでも、わたしを広げていく。
ガンダムが甲高い音を鳴らしている。それは悲鳴か。あるいは、私に応える声か。それは波となり、意識をさらに広げていく。寂れたガレージから、ジャンクヤードを飛び越え、いくつもの魂が漂うムエンヅカを駆け抜けて。歩きなれた通学路、私の家さえも飲み込んで、コロニーさえも!
でも。ここには、あなたはいない。絵を描いているあなたはいない。
どこを探しても、この宇宙にはあなたはいない。遅すぎたのだろうか。
なら。どうして。私はガンダムに出会ったの。ガンダムはどうして、わたしを呼んだんだ。
全てがわかってしまうからこそ、どうにもならない答えがわかってしまったことに対して絶望が深い。先輩が言っていたように、わたしは道しるべを失ってしまったのだ。
意味もなく、立ち尽くす。広大なコロニーの中で、一人、立ち尽くす。わたしを見つけてくれるあなたはいない宇宙で、一人。
だから、だろうか。
「みーぃ」
触れられた。掴まれた。
「つーけ」
こんなところで、立ち尽くしてしまったから。
「たぁ」
覗き込まれた。笑われた。
「キラキラ、だ」
悪魔に、見初められてしまった。
黒く巨大な悪魔。いくつもの目が、わたしを飲み込まんと、笑っている!!
意識が引き戻される。いや、逃げ出した意識が、アマテ・ユズリハという器に慌てて戻っただけ。
「っ、うあああぁぁぁぁっっ!!!」
ハッチへこぶしを叩きつけ、がむしゃらに叫ぶ。ハッチは開かない。
「アンキー、アムロさん、逃げてっっっ!!」
届いているかわからなくとも、叫ぶ。私が感じた恐怖を、伝えるために。
日中の設定時間が終わり、僅かな夕暮れを飲み込んでイズマコロニーが夜の闇に包まれた。
瞬間、コロニー内を黄色い閃光が走り抜ける。
仕事帰り、あるいは学校帰りの人々がそれを見上げ、ほう、と息を吐く。理解できない光景の正体の答え合わせのように、いくつもの爆発音が遅れて響く。惨状を作り上げた主は、黒い巨人。
隠されていた廃ビル群を打ちこわしながら現れた黒い巨体は空を見上げる。修理跡でツギハギ交じり、もはやMSの死体ともいえる惨状のそれは、確かに動いていた。ぐしゃぐしゃに折れ曲った二本角、いくつものカメラで代用された双眼は、ガンダムらしくはあった。
それを操る心臓は、空の向こう、ゴミ山に輝くキラキラを見つめた。
「ようや、く、みつけた……早くキラキラ、したい」
心臓たるヒトは熱っぽい声で囁く。キラキラを見せてくれた、知らない少女の名を。
「開いたっ!!アンキー、アムロさんは!?」
「やることがあると言ってどこかへ行った!私にはアンタを連れて逃げろと。一体何があった?」
意図が伝わらない相手の手を引き、輝きを秘めたヒトは叫びながら走り出す。
「マチュ、逃がさないよ。赤いガンダムで、キラキラしよう?」
「ドゥーに見つかった!もうすぐサイコガンダムが来る!!」
交わるはずのないものが、混じっていく。その果てにあるのは、夢か。絶望か、それとも。
・赤いガンダム
テム・レイが残した設計図にジャンク屋が技術を詰め込んだハンドメイドMS。
最新機体のジャンクパーツが組み込まれ、ジム2をわずかに超える程度の性能を持つ。
旧フラナガン機関が触れた痕跡があり、ジオン系のサイコミュが搭載されている。
それ以外の詳細は、専門機関による調査が待たれる。
・サイコガンダム:リペア
ティターンズが運用していた巨大MS、その現地修復機体。
元ティターンズが違法賭博の切り札として、廃棄されたプロトタイプをベースに修復していた。
完成品とは程遠い性能だが、その高火力と防御性能は脅威である。
・ドゥー:XX(年齢不明)
経歴は全て抹消されている。確かなのは、強化人間であることのみ。
次回:最終話
00.宇宙/刻を超えて