異世界転生したら既に死んでた 作:筆ぺえぺえ
風が冷たい秋の日。その日は雨が降っていて、忍び寄る冬の気配に身を縮こまらせながら足早に道を往く私。
それから、変なブレーキ音と真っ直ぐ私に向かってくる二対の光。衝撃、手から離れるお気に入りの傘。視界が横転して、直接当たる雨が酷く冷たかった。流れ出る温かな血と冷えていく身体。そして暗転。
覚えているのは、それだけ。
待って、これって異世界転生ってやつ?
天啓のように前触れもなく振って湧いたその一文に、私は作業していた手を止めた。
恐らく“くるま”に轢かれたのであろう記憶。それがこの世界に生まれ落ちた時からある、所謂前世の記憶というものだった。幼い私にはそれがいったい何なのか全く理解出来ずに、よく見る悪夢の一種だとずっと認識していたけれど。
なるほど、これが巷で話題の転生とかいうやつなのねと、唐突に理解した私は一人ふんふんと頷く。それもただの転生じゃあない、前世の世界とは何から何まで違う、まさに別世界に生まれなおす、異世界転生とかいうやつだ。
一つピースが繋がれば芋蔓式に、死ぬ直前以外の前世の記憶もつらつらと蘇ってきた。母子家庭ながらも一切の苦労や悩みを感じないように育ててくれた大好きな母。幼い頃からのずっと一緒の姉妹のような愛猫。慣れてきた大学生活。気の合う友人。そしてアニメや漫画などの趣味に充実した日々。そこまで考えて、ふと気付く。
海賊、海軍、
お、あ、わぁ、転生先がワンピ世界なんて運がないな私も。
う〜ん、恋しきかな平和と清潔と飽食の国、日本。
振り返れば自分の常識が噛み合わない違和感はたくさんあったのだ。どおりでこの世界の母親は、陸を高速で走る鉄の塊に跳ねられる夢を見たと大泣きする私を、想像力の豊かな子と評価する訳である。この世界じゃ走る鉄の塊はせいぜい“海をはしる”軍艦くらいで、陸に走っているのは時々理不尽に人を襲う、鉄の塊のように固く大きい怪獣だけだ。
道路だけを大人しく走る自動車の方がよっぽどマシ。車道から逸れたソレに轢かれて死んでるけど。
何はともあれ、この世界が『ONE PIECE』なのだというのなら、力の無い一般市民に生まれてしまった以上は、目立たない!出しゃばらない!悪さをしない!身内以外と関わるな!を徹底することが長生きできるコツである。
そこまで善良かつ地味に生きていても、誰かの気まぐれや悪意でポックリ御陀仏か絶望に塗れて首輪付きが高確率でブチ当たる世界だ。治安なんて息してない。神はいないのだ、天竜人はいるけどね。やってられないよ。
乾いた笑いしか出ないがヤケクソになったってしょうがない。この原作知識を使ってなるべく長生きしよう、そう心に決めて現状を思い出す。
『そういえば私もう死んでんじゃん!!!!!!!!』
叫んだ声は誰の耳にも入らない。透けた身体に、寒気のする触れられない気配。
この『ONE PIECE』世界(仮)に生まれ落ちて20年。享年10歳だった私は、幽霊生活10年の大台に乗ったばかり。運がないとかというレベルではなかった。
お前はもう死んでいる………!
さて、自身が死んでいることも忘れるとは、私はよっぽど気が動転しているらしかった。異世界転生がよっぽどショックだったのか、転生先が『ONE PIECE』(仮)だったのがショックだったのか。紛れもなく後者だろう。死んだ後地獄に行くよりも先に、修羅の世界に落ちるとは誰も予想してない。しかも驚いたことにロジャーの死による大航海時代も始まっていない。そもそも『ゴールド・ロジャー』の手配書すら見たことがない。海を走る鉄の塊に海列車が挙がらないのも納得である。一体どれだけ昔の世界に転生しちゃったんだ…?(震え)
そして大海賊時代以前でもこの世界も治安はクソだった。
こちとら平和ボケした日本人だ、戦争や奴隷どころか銃ですら縁がないんだよ、加減してよ。(泣)
そもそも前世や原作知識を思い出すタイミングがどう考えてもおかしいのではないだろうか。百歩譲って死にかけた時に思い出して、ギリ死を回避っ………!という展開がセオリーではないか。死んだ後って何だ。死後10年後って何だ。
思い出した時には人生エンドロールすら終わってるなんて、寧ろ何も知らないまま死ねて良かったねっ!てか?ねえ加減してよって!(大泣)
そんなこんなで無事前世を思い出した私であるが、多少混じってしまった前世の20歳近くの人格に惑わされて、大いに情緒が荒ぶってしまった。が、暫くすると今世の享年である10歳児前後の性格に落ち着いた。というのも、今世ですら生まれて20年経っているので、精神年齢的には最低でも20歳、前世合わせてアラフォーもいいところではあるが、如何せん死んでからそのままの10歳児の身体に引っ張られて、精神もそこまで成熟しないのである。トイレの花子さんがいつまでも小学生のままなのと同じ理屈で、私も悪霊…いや怪異の端くれなので永遠の10歳児誕生だ。
無駄に長く生きている?分、知識があり口が達者なので、大人にとっては尚の事癪に触るクソガキ怪異が私である。やったね。
そんな私が死んで10年間も何もしていたの?幽霊になった経緯は?と聞かれるとそこまで複雑な話でもなくて、恨み辛みで地縛霊になって、成仏のタイミングを逃したまま10年も過ぎてしまっただけのこと。
今から10年程前、妊娠中の母と父と当時10歳になりたての私の3人は、マリンフォード海軍本部勤務の海兵である父の休みにシャボンディ諸島に遊びに行く予定だった。マリンフォード湾岸の港で、諸島行きの船にいざ乗り込もうとした私たちに突如銃弾が降り注ぎ、身重の母と銃口の先にいた私に気を取られた父が真っ先に撃たれた。本部に一時捕縛されていた海賊が逃げ出しところに運悪く出会ってしまったのだ。固まっていた私たち一家全員が命を落とすのは一瞬のことだった。
誕生日に貰ったばかりのセーラー服に似たワンピースが赤く染まっていくのを、薄れ往く意識の中で見ていた私は、怒りと恨み、悲しみでいっぱいで、それで。…それで。
気がついた時には私達を撃った海賊が、ひどく恐怖に怯え切った表情で海に沈んでいた。
透けてふわりと浮いている身体は、復讐を終えた後も、家族と積み重なって倒れている自身の死体に戻ることはなかった。
マリンフォードの悪霊、爆誕ッッ!である。
尚、SANチェックには失敗した。
悪霊化したばかりの自分自身のことは今でも思い出したくない。黒歴史だ。SANチェックに失敗しているので、まあ見境のない狂化した”いざないポケ⚪︎ン”だったとだけ記しておく。
正気を取り戻した後も、歳を取らない透けた体とか…正気度が回復することで力も弱まったのか、姿を見せることが難しくなったせいで人とコミュニケーションが取れない寂しさとかでまた病みに病みかけたのだが………長くなるのでここでは割愛させていただく。
ともかくそういった寂しさと退屈で参った私を救ったのが“悪戯”という手段だったという訳である。
親の愛情が足りていなかったり放置子だったり、寂しい思いをしている子どもは悪戯をして人の気を引きたがるというし、その心理状態に近いのだろう。成程、座敷童子が悪戯好きというのもむべなるかな。
どんな形であれ反応が返ってくるというのは嬉しいものであるのだ。特にここマリンフォードではちょっとやそっとのことでは顔色一つ変えない屈強な海兵達が、(見た目が)十程の女の子の行動にひいひいと叫び声を上げたり、悪戯に頭を抱えるのだから尚更、楽しく面白く、愉快な暇つぶしになる。
これを楽しまない悪霊がいるだろうか。いや、いない!
enjoy!愉快な海兵虐め!yes !悪霊生活!の幕が開けたのである。
そうとは言えこんなナリでも常識がない訳でもない。一生懸命にこの広い海の治安を守っている海兵の皆様のお仕事の妨げになる悪戯は流石にしていない。
悪戯と言っても日常にちょっとした笑いや緩和をもたらすようなささやかなものだ。
まぁ偶に仕事関係にちょっかい出しちゃったこともあるけど。精々、期限が明日の書類を明々後日の書類の中に紛れ込ませるとか、整理しようとしてた領収書を全く関係のないファイルに挟み込んでみるとか、未処理の重要書類を廃棄用不要紙置き場に入れてみるとか………。そういった些細な事だ。多分特に迷惑はかかってないだろう。………まあ多分大丈夫だろう。多分。
それに私がもたらすのは別に悪戯だけではない。悪霊、兼、座敷童子的な心積りでやってきているので、そちらの態度次第ではお仕事のお手伝いをしてやってもやぶさかではないのだ。
悲しきかな、海軍本部はいつもドタバタ何かの仕事に追われて、眉間に皺を寄せた顔があちらこちらでため息をついている。カワイソ、永遠の10歳児はとても他人事だ。ま、しかし普段私の暇つぶしに付き合って貰っているのだから、多少の癒しを提供するのも座敷童子(笑)の役割りというものだろう。態度次第ではな。
え?そのお煎餅私に供えてくれてるの?そうそう、そういう態度だよ、分かってるじゃあないか。
仕方がないなぁ…!
その突散らかして使い勝手の悪かった資料庫、年月日+アルファベット順に並べといたげたよっ………!
そ、そ、その苺大福食べてもいいの??!
ホラッ!そこの合わないと嘆いていた帳簿!計算ミス、計上漏れ、横領疑い全部調べ上げて直しといてあげたよ!横領証拠はそこねっ!あとは頼んだよ!(サムズアップ)
と、まあ、なんだかんだで海兵の皆様とは仲良くやらせて貰っている。
そこで冒頭で手を止めてしまった作業について目を向ける。
前世を思い出した衝撃で、すっかり作業途中のまま考え事に耽っていた私は、現在マリンフォード海軍本部のとある仮眠室、サボりを決め込んでぐーすかといびきをかくある一人の海兵の上に跨っていた。私の小さな手にはサインペンが握られ、未だに深い眠りの中にある海兵の顔には、額に「脳筋バカ」、閉じた瞼にまつ毛がバサバサの目を、口元にはぐるぐると変な形の髭が、片方だけ描きかけの状態で放置されている。
このガタイのいい海兵はつい2年前に入隊したばかりだが、破天荒な強さで着々と実績を重ねる期待の新人である。この新人、強さも破天荒であれば性格も行動もぶっ飛んだやつで、今朝も逃げ出そうと暴れた海賊を制圧する折にこいつが投げた砲弾が(しかも手で!)中将執務室の壁にどでかい穴を空けた。
直属の上官が顔を青くする中、こいつ本人はというと
「ぶわっはっはっは!すまん!!でも海賊はとっ捕まえられたから!!」
と、壊された室内から青筋を立てて出てきた中将に向かって、ひと匙の反省も見えない態度でそう言った。
上官は泣いた。
立てた手柄と同じくらいに始末書塗れのこいつに苦労させられる上司は、いつも私にクッキーと可愛らしい花を供えてくれる私のお気に入りであるが故に、少しばかり懲らしめてやろうと顔に落書きをしている最中なのであった。
改めて顔をまじまじと見る。思い出された前世の記憶が、おいおい、こいつ、まさか…と囁いた。
ぐっと凛々しく釣り上がった眉に、左目を囲うようについた傷跡。そして何よりこいつの名前………『ガープ』という名前!
間違いない。まだ髪も黒く、肌には皺一つない若々しい姿であるが、こいつは間違いない。
あの、『ONE PIECE』主人公の祖父、“海軍の英雄”『モンキー・D・ガープ』である!!!
原作キャラの登場に(仮)ではなく、ここは紛れもない『ONE PIECE』世界であることを確信する。
いや、てか知らん内に原作キャラとエンカウントしてるじゃん!!!
せめて生きてる内に会いたかったものだ。とことん運がない。
「おいガープ!!!!なにサボって………わっはっは!!!!!何だその顔!!!」
「げっ!!!センゴク!!!!おつるちゃんには言わんで………って誰だ!!!おれの顔に落書きしたやつは!!!!」