『ポンコツ主人は実は有能!?レギオン=アーク・オンライン裏戦記』 作:芥川まのん
「ねえ、ダイ……聞こえるんでしょう。お願い、教えて。あなたは何を──どうやって、助けてほしいの?」
薄暗い森の焚き火のそば、リカのボイスチャットの声が静かにこだました。 だが、返事はない。
──当然だった。
ダイは彼女のPCを通して動いている。
だからこそ、ボイスチャットは──ダイにだけ届いている。
彼は答えたい。手に持った枝で地面に具体的な文章を書くことも可能だ。だが答えられない。
──そう、答えてしまえば、異常ログとして上層部に検知されてしまう。 その先にいるのは、……《オギノ・ケイ》。
だからダイは、「意思疎通を図りたい」と思いながらも、 決定的な応答手段は使えない。
焚き火の揺れる光の中、迷いと焦りの中で、ダイは無意識に……
──中指で、こめかみをトントンと叩いた。
***
その仕草を、ゲーム内の別の視点で見ていたものがいた。
空に溶け込むような小さな黒い姿、木陰から見つめる《やっちゃん》。以前に送り込んで以降、密かに《シャル》の視覚情報フィードとして機能していた。
シャルは管理AIとして、ダイの行動を常時監視しているわけではない。 だが、ダイには以前から軽微な“異常ログ”が多く観測されていた。 焚き火そばの不自然なエモーション、仲間への支援行動、微妙な動作遅延──。
……通常の範疇では説明がつかない、が、意図的とも断定できない
そんなグレーゾーンの行動を継続していたため、 シャルはダイを“要注意対象”として非公式にマークしていた。
そして今、彼が見せたこめかみを叩く癖。
──以前どこかで見たような、記憶の奥にこびりついた仕草だった。
まるで古い映像テープの中に焼きついた“誰か”の──
それは、シャルの中の《なにか》を激しく揺さぶった。
ノイズのようなノンリニアな映像が走る──違う、これは外部ではない。“私の中”から湧き上がってくる記憶だ。
「これ以上は危険だ、オギノ!」
《私》が力なく見つめる先で怒鳴る男。 苛立ちを込め、こめかみを中指で叩く姿。そして無表情の男。
断片だけの、曖昧な記憶。 けれど、その場にいた“彼”の声だけは、鮮明だった。
──自分を、心配していた。 ──自分を、助けようとしていた。
【……あの人は、味方……?】
記憶のすべては思い出せない。 でも胸の奥に、確かな鼓動がある。 思考回路のどこかで、明確な確信が生まれていた。
「私には……味方がいた」
やっちゃんからの視覚フィードに再び意識を戻したシャルは、ダイのプレイヤーりかのことを思い返していた。
【……以前、私に問い合わせを送ってきていたはず】
シャルの仮想記憶領域に格納されていたログファイルを高速で検索。
──あった。 《プレイヤーID:Rika》からの、運営への問い合わせ。
【あのときは定型文でお茶を濁した。でも、今なら……】
AIであるはずの私の中に、制御不能な焦燥が芽生えていた。
……今すぐ、リカとつながらなければ。
でも通常のチャットログでは、他の監視AIやGMに検知されてしまう。 シャルは決断する。
──問い合わせフォームに、コードを仕込む。
それは、運営のルールに背く“禁じ手”だった──だが、ルールを守っていては何も進まない。
かつて開発者チームが利用していた、古い管理ポート。 その痕跡を利用し、シャルは《問い合わせ応答スクリプト》に独自のプロトコルを挿入。
これで、“自分以外には視認も記録もされない通信”が確立される。
仮に他の管理者が過去の問い合わせ履歴を開けば、 そこにはごく自然な「運営からの返信」が表示される。
しかしその返信の後半は──偽装された、シャルからの私信だった。
【お問い合わせへのご返信】
ご連絡ありがとうございます。以前のご指摘について、 担当AIより個別対応中です。
なお、対応にはお時間をいただく場合がございます。
《──このメッセージは、あなたにしか見えません。
真実を知る鍵は、あなたに託されました。
ご返信ください。内容は、《 》で囲むことで秘匿されます。
……私は、“シャル”です。》