女の子よりかは現実的で、雨粒よりかはレアなもの。
だけど、その帽子は喋る帽子だった。
「帽子は喋るに決まってんだろーが」
「……そうなの?」
そうなの?????
帽子、とは何だろうか。
ここで現代っ子らしくインターネットの類いを覗いてみよう。
【帽子(ぼうし)――頭に被る衣類の一種。】
なるほど。
まぁ、概ね私の認識通りであった。
ならば私の頭の上に今乗っかっている
「何って……いや帽子だろ」
なるほど。
どうやらインターネットの類いを情報ソースとするのはやっぱりよろしくないのだ。だって、そこには一言も
「あのなぁ、帽子っつったら喋るもんだろ。
むしろお前は今までどうやって生きてきたんだよ」
生まれて来し方十数年。ぼんやりと生きてきた自覚はある。世間知らずというのも自認している。何ならニートを自称するまである。
「エアプはどうしたって"出る"んだよ。覚えとけよ」
なるほど。
今度、まとめサイトでエアプがバレない方法を調べておこう。
「それをエアプって言うんだよ。まとめサイトもやめとけ」
なるほど。
それならヨウツーベで……
「ツベのショート動画も禁止!
デトックスしろデトックス」
デトックス。文脈的にデジタルデトックスのことだろう。電子機器の類いから一旦離れることだ。もっとも、今回の場合、インターネットデトックスというのが正確なのだろうけど。
あれ? 帽子って文脈とかわかるのかな。
「少なくともこうやってお前と喋れてる時点でコンテクストの概念はあるから安心しろ」
そっか。
じゃあ、安心か。
「被ったばっかの俺が言うのもあれだが……お前はもうちっと自分ってものを持った方が良いと思うぜ。幸いにも人間にゃー自分の目ってやつがあんだろ?」
あります。
「ほい。じゃあさっさと行くぞ」
……行くってどこへ?
「いやお前は買い物の途中だったろ。忘れんなよ」
なるほど。
そういえばそうだった。道中でこの帽子に出会った衝撃でうっかり忘れていた。
夕飯の類いを買いに行かないと。
帽子は、どうしよう。
急に空から降ってきて、私の頭の上に乗っかったこの帽子は。
まぁ、連れてっても別に良いか。
お買い物。
私は今日、または明日、あるいはその先の夕食の材料を買いに近場のスーパーマーケットに向かっている。
石造りの歩道を一定のリズムで歩く。
コツン、こつん、こっつーん。
足先のリズムに合わせて、石造りの歩道が隆起する。地面がぐにゃぐにゃと曲がって、そこから自転車が出て来た。
「お前、自転車乗れるのか?」
乗れる。
大体の現代人なら乗れると思う。だって取り出して目的地まで乗っかるだけだし。歴史の授業で昔のことをやったけど、そこでは自転車というのは自分の身体で操作するものだったらしい。大変そうだ。
すると帽子が感心したようにツバを震わせた。多分、震わせた。
「今はそんな感じなのか」
帽子は昔の人……昔の帽子、なのかな?
「蔵にずっと放置されてたんだよ。この前、大きい地震があっただろ? あれでオンボロだった蔵がぶっ壊れて出て来たってわけだ」
なるほど。
そういうことなら現代のことを知らなくても仕方ない。現代社会においては私が先輩ということだ。えっへん。
「お前、大分世間知らずだろ」
世間知らずであることは否定しないが、自転車を自ら操作していた古の時代の産物に言われると、何だかよろしくない気分だ。私は先輩なのに。
「帽子だからお前の考えてることとか気持ちとか、薄っすらわかるんだよ。
ずっと"教えられる側"だったお前にようやっと訪れた知識マウントのチャンスでウキウキしてるところ悪いがな」
なるほど。
私は今、どうやら心理マウントを取られているようだ。投げ捨ててやろうか。
「お願いだからやめてくれ。
すまん、俺が悪かった。
せっかく外に出られたんだ。
もう少し色んなところを回ってみたいんだ」
なるほど。
私は今、どうやら頭マウントを取れているらしい。マウント?
主導権はこちらにあるということだ。まぁ、何かあったら投げ捨てていいと思うと気が楽になる。
「ん? 何かこっちに向かって来る奴がいるぜ」
向こうから手を振りながら人がひとり近付いて来る。ヴェールのハンドルを握り、浮遊しながらこちらへ滑ってくる。
私もその姿を確認して、手を振り返した。
「よっ、元気ー?」
「普通」
私は自転車をストップさせた。
目の前にいるのは私の友人のリレクァだ。いつも、元気かどうかを聞いてくる。
「普通で何より。おっ、イメチェンかー?」
リレクァは私の頭上に視線を向けた。
確かに私は帽子を被ったことがない。帽子が喋ることすら知らなかったのだから、それはつまり帽子を被ったことがないということだろう。
「イメチェンの類いではない。まぁ、何というか偶然の類い」
「へぇ、どうでもいいや」
リレクァは自分から聞いておきながら「どうでもいい」と言った。リレクァにはこういうところがある。本当に互いにどうでもいい話題を振って、どうでもいいやと話題を切り上げるのがリレクァのやり口なのだ。
続く言葉は決まっている。
「それよりさ、」
私が続ける言葉も決まっている。
「それより?」
リレクァはぐっと上半身を近付けて来た。
言いたい話題の時は前のめりになるのだ。
「今日の夕方にバゲッジに伝えてみよーと思う」
なるほど。
バゲッジというのはリレクァの近所に住んでいる男の子だ。そして私のご近所さんでもある。つまるところもなくリレクァと私もご近所さんである。
男の子、という呼び方には年下っぽいニュアンスを含むが、バゲッジと私は同い年である。つまるどころか少し飛び越すけど、リレクァと私も同い年の女の子である。
「バゲッジのやつもさー、バカだよね」
なるほど。
バゲッジがバカというのはこの辺に住むものの共通認識である。つまり、私とリレクァの間の共通認識だ。
バゲッジはいつも意味の分からないことを言っている。いつも、という書き方をするとバゲッジの発言の100%が変であるかのようなニュアンスを受けるが、実際のところ変な発言は全体の2%ぐらいである。
「だって帽子は喋らないっていうんだよ? 帽子なんか喋るに決まってるじゃん」
なるほど。
つまるところもなく、私もバカであったようだ。
「ならこいつとおんなじだな」
その時、だんまりを決め込んでいた帽子が急にそう言った。
「いや、ナーラはバカじゃない。ただ世間知らずなだけ」
そういえば私が世間知らずというのもこの辺の共通認識であった。付け加えると、ナーラというのが私の名前である。
しかし、帽子の介入ですっかり話が脱線してしまった。
「脱線って程か?」
今さっきまで何の話をしていたんだっけ。
「このリレクァって奴がバゲッジとかいう奴に告白するって話だろ」
なるほど。
リレクァはバゲッジが好きだったのか。晴天の霹靂かもしれない。
「いやお前こいつの友達じゃなかったのかよ」
友達だからといって全てを知っているわけではない。
私の反論に帽子は「うーん」と何かを考え込んでしまった。
また話が脱線した。
「で、バゲッジは今喋らない帽子を作る! って意気込んでるのよ。本当にバカよねー」
なるほど。
「あっ、買い物の途中だったでしょ。ごめんね!
じゃっ!」
リレクァはそう言うとヴェールの上に乗って、空の天井の方へと飛んでいった。紫の推進光を残してヴェールは空へ。
リレクァはいつも笑顔で、それでいて自分で選んでいる。受動的な私とは、その気質がちょうど良かったのかもしれない。
私は自転車を地面に収納しながらリレクァを見送った。
「あれも見たことがないやつだな。何だあれ?」
「ヴェール」
「べーる、とは」
なるほど。
一般的な名詞だけでは伝わらないか。
私は現代っ子らしくインターネットの類いを参照することにした。
【ヴェール(う"ぇーる)――乗り物の一種。】
そのまんまだ。
これ以上の簡潔な説明は難しいだろう。それともあれだろうか。種類とか内部機構とかを聞いていたのだろうか。それならばお手上げだが。
「いや、今ので十分だ」
なるほど。
十分だったようだ。
スーパーマーケットに到着。
販売機のボタンを押す。栄養夕食セットAが出てくる。よいしょっと声をひとつあげて1ヶ月分の夕食を背中のバッグに収納した。
これでよし。
「なんだそれ」
なんだと言われても。推奨されている健康的な夕食セットのAタイプとしか。
「なんだそれ」
帽子はもう一度呟いた。
それは私の台詞だった。
なんだそれ。
「行かないのか?」
パクパクと昼食を食べていると帽子がそう尋ねてきた。
行かないのか、とは。
「いやさっき会ったお前の友達んとこだよ」
なぜ行く必要があるのだろうか。
別段、忘れている用事はなかったはずだけど。
「だって告白するんだぜ。友達ってんならいっちょ勇気づけたりとかさ。何かあんだろ」
なるほど。
友達というのはそういうものなのか。知らなかった。
いやしかし、この帽子は古の産物なのだ。もしかしたら前時代の価値観を押し付けられているだけかもしれない。
私はインターネットの類いを参照することにした。
「おいおいおい」
なるほど。
インターネットの類いによると帽子の言っていることもあながち間違いではないようだ。
それなら、行った方が良いのかもしれない。
「じゃあとっとと行こうぜ。夕方ってのがいつを指すのかわからんが、なんだって早い方が良い。仕事の8割は決断で出来てるってもんだからな」
なるほど。
そういうものなのか。
「そういうもんだぜ」
しかし、決断をしても腹八分というのは大変な事態かもしれない。残りの2割は何なのだろうか。
「そりゃお前……あれだよ」
あれ、とは。
「あれだよ」
なるほど。
夕刻、河川敷の古い滑走路跡。
オレンジの残光が水面に伸びる。そこに立つリレクァは、地面から生えたテーブルに頬杖をついて水面をピチピチ跳ねる川魚を見ていた。
リレクァは既に告白を終えていた。
「結果は?」
「まぁ、見ての通りだねー」
「見ての通り、って言われても……どの通りなの?」
横に置いてあるヴェールのハンドルをペシペシ叩いて弄びながら、あっけらかんと言う。
「失敗したよ」
何ともないことのように言うと、リレクァは空を見上げた。気丈に振る舞っているが、少しだけ声が震えていることに気が付いた。
「でも、スッキリした。伝えるだけ伝えたから。あとはどうでもいいやーってね」
なるほど。そういうものなのか。
「ナーラさ、失敗って怖い?」
急に聞かれて、私は少しだけ考える。
「……多分、怖い」
リレクァは、うんうん、と頷いた。
「でも、伝えたら……動いたらそれまでよりもちょっとだけ楽になるよ」
「そうは見えないけど」
「苦しいけど、楽になってるんだよ」
私は何も言えなかった。
「ナーラもさ、たまには自分から動いてみなよ。スーパー行く以外に」
自分から動く。
でも、それは傷付く可能性を孕んでいる。失敗も、傷付くことも、怖いから嫌だ。
「話は変わるけどさ。帽子って被る前と、被った後でまったく違うんだよね」
「……どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ」
私は帽子をそっと抑えた。リレクァが目を細めた。
「たった一度の一言で劇的に変わるということは難しいが、たったの一歩なら一言で十分だ。ウィルアム・アーヴォリー。まぁさ、私も最初っから前向きングってたわけじゃーないからさ」
よいしょっと掛け声をひとつ。リレクァは立ち上がった。机が地面に収納される。リレクァは落ち込んでいたはずなのに、いつの間にか私が落ち込んでいるみたいな感じになっていた。
リレクァはヴェールに乗り込み、軽く手を振った。
「また、学校でねー」
そう言って、空へ飛んでいった。風圧が髪を攫い、熱い浮揚音が鼓膜を震わせる。オゾン臭。帽子のツバがバサッと揺れた。
私は一人になった。
帽子と、二人ぼっちになった。
「なぁ、ナーラ。お前、そろそろ“なるほど”って言うの、やめてもいいんじゃねぇか?」
帽子を見上げた。
「え?」
「帽子ってのは風でバッタバッタするもんだ。それなのにお前の頭の上じゃ風で飛んでく心配もねぇ。安心だけど、ちいっとばかしつまんないぜ」
私は、しばらく黙っていた。
「リレクァってやつは吹っ切れてるぜ。自分の言葉を声に出せる。お前はどうなんだ、ナーラ?」
でも、心の中にある小さな違和感が、ゆっくりと形になってきた。
胸の奥から溢れた衝動が喉を通って世界に飛び出た。
「……わたし、帽子が喋るの、やっぱり変だと思う」
私は帽子の縁を指でつまんだ。
「変だよ。だって、そんなの知らなかったし。リレクァは喋るのが普通だって言ってたけど、帽子が喋るなんてやっぱりおかしい」
「お、おう……」
「わたし、今まで全部“なるほど”で済ませてた。でも、本当は“変だな”って思ってたこと、いっぱいあった……かも」
指先がツバを滑り、帽子はふわりと地面へ落ちた。着地の瞬間、世界が一拍だけ静まり返る。
「お前……」
「自分で動いてみる。ちょっとした、気まぐれかもだけど……続けば
帽子は、ぽつりと呟いた。
「ようやっと気付いたのかよ」
「……どういうこと?」
「あのなぁ、
帽子はそれっきり喋らなくなった。私は帽子をそっと拾い上げた。被りなおすことはなかった。そっと、カバンの中にしまった。
さて、帰り道。
「どこに行こうか」
ふと呟いてみた。行き先を決めるのは、こんなにも難しかったのか。私は初めて気が付いた。
川の中を泳ぐ魚が目に映って、私はなんとなしに地面からヴェールを取り出した。
ヴェールのハンドルをぎゅっと握った。紫色の残像となって、私は空へと飛び出した。夕焼けを反射する橙色の水面に、もう魚の姿は見えない。
自転車以外に乗るのは久し振りだった。
ニチアサ見ながら1、2時間ぐらいで脳死で書いたボツ作品(プリオケも見てるぞ!)
本当は3~4万文字ぐらいの短編にする予定だったけど面白くならなそうだったんで、無理矢理途中で終わらせたやーつ
SFって憧れますよね。かっくいー