これは彼女が見知らぬ砂漠でため息をつく少し前のこと......
星穹列車を見送った黄泉は、自身もピノコニーから離れ、また旅へ出ようと動き出した。
偉大な3人のナナシビトに別れの挨拶を済ませ、最後にピノコニーの各所を巡り、彼女もピノコニーに別れを告げたのだが......
「ここは......『存在の境界線』?」
そこは全てがモノクロだった。足下が全て水であり、歩くとパシャパシャと音をたてる。
遥か彼方地平線の向こうにはブラックホールのようなものがあり、その後ろにある強烈な光源を隠しているようだった。
そこは『存在の境界線』と呼ばれる場所。
無数にある「IX」の姿の1つであり、一瞬にして過ぎ去る夢である。
また、目覚めた人々が「虚無」に別れを告げる出口でもあった。
黄泉はそこで番人のようなものをしており、これ以上自滅者が増えないよう、ここに訪れた人を返していた。
だが今回は見渡してみても誰も居ないのである。
今までこんなことが起きたことが無かったので困惑していたが、立ち止まっていても仕方ないと歩き始める。
ピノコニーでの様々な思い出が浮かび上がっては消えていく。
夢の中で開拓者と会ったこと。
ホテルで再び会えたこと。
夢の中で絡まれているのを助けてもらったこと。
目の前でホタルが刺された事。
かつての知人について、ヴェルトに語ったこと。
開拓者達と共にアベンチュリンと戦ったこと。
そして、開拓者達とピノコニーを救ったこと。
眩しくて美しい思い出たちを眺めながら歩いていたら、いつの間にか目の前に見知らぬ子供が立っていた。
彼女はその子供とは面識がなかったが、直ぐに誰なのかが分かった。
「私の美しい思い出たちを汚すな...『アッハ』」
その瞬間、目の前の子供が気持ち悪い笑みを浮かべたと思ったら大きな口を開けて笑い始めた。
笑っているのはその子供一人だと言うのに四方八方から老若男女の笑い声が聞こえてくる。
笑い声に包まれているなか警戒していると、ふと自分の頬に違和感を感じ自身の顔を触ってみた。
いつの間にか彼女も笑っている。
いや、笑わされている。
そして笑い声がピークに達すると目の前の子供が眩しく輝き、姿を変えた。
「アッハ!!!」
仮面の塊のような狂気の源が現れ、黄泉を見下ろす。
愉悦を司る星神。アッハ。
「会えて嬉しいよ『自滅者』。」
「他の者より虚無に染まり、そしてその虚無の力で虚無を断ち切ろうとする面白おかしい『自滅者』よ。」
「その身にあまる大きな願いを叶えるのが先か、自身の全てが消えるのが先か。私としては前者の方を期待しているよ。」
「そんなことを言う為だけに来た訳では無いだろう。」
「早く要件を話せ、『アッハ』」
黄泉は浮かべていた(浮かばされていた)笑みを消し、無表情にアッハに問う。
アッハは浮かべている仮面を回転させ、楽しそうに返す。
「そんなつれないこと言うなよ。悲しいじゃないか。私達の仲だろう?」
「まぁ仕方ない。要件を話そうか。」
アッハは声色をコロコロ変えながら狂ったように続ける。
「君にはとある世界に行って欲しい。この世界とは根本的に違う世界。」
「所謂今流行りの異世界転移というやつだ!君のような実力のある者が転移するのは一定の需要があるからね、ある程度は喜ばれるんじゃないかい?」
訳の分からない事を言うアッハに、無言で続きを促す。
「本当につれないなぁ。」
「まぁいいだろう。それでその世界である娘を助けて欲しい。」
「その娘は死ぬのがその世界によって確定してしまっているのだよ。可哀想だと思わないかい???」
「助ける...?何を企んでいる。」
アッハは自身が楽しければそれでいいという原理の元行動している。
大体かの星神が行動を起こす時は混沌が混沌を呼ぶか、途中で飽きて呆気なく終わるかの2択である。
その途中で起きる被害には全く興味が無い。
基本的にアッハに巻き込まれた人達はとんでもない被害を被ることが多い。
そんなアッハがただの人助けをするとは到底思えなかった。
「何、単純な事だ。」
「終わりの運命が固定されているなんて...なんてつまらない事だろう!」
「生命体は面白おかしく笑い、狂い、そしていつ死ぬか分からないまま全力で生きるべきだ!」
「そう、全てが下手な笑い話なのだから。」
黄泉はアッハに企みがあると考えたことを後悔した。
アッハはこういう星神だった。
しかし話を聞いて黄泉はふと疑問を抱いた。
「それはアッハ、貴方が行けばいいのでは無いか?そういったことをした事が無いわけでは無いはずだ。」
そう。自分で行けばいいのである。何故わざわざ黄泉に行かせるのか。
「確かに、私が行ってもいいだろう。1度凡人になりすまし星穹列車を爆破させたこともあったが...」
「しかし厄介な運命で固定されているのだよ。」
途中で聞き捨てならない事を言っていた要な気がするが、邪魔せず黄泉は話を聞く。
「その娘の存在を知っている状態で助けようと動くと絶対に生きている状態のその娘に会えない。」
「その娘を知らない状態で捜索する必要があるのだが、如何せん私はもう知ってしまっていてね.....」
「まぁ運命を無視して助け出す事も可能だ!ただそこまでして助ける価値は無いから辞めようと思っていたところで君を見かけたのだよ、『自滅者』」
最悪だ。アッハの唐突な思いつきかつ暇つぶしに巻き込まれてしまったのだ。
彼女は自身の不幸を呪うしか無かった。
「だが...アッハよ、私は貴方からその娘が助からないという状況を知ってしまっている。私も助けることが出来ないのでは?」
そう、黄泉はアッハを介して知ってしまった。アッハが言ってることが嘘でなければ、彼女もその娘の事を助けれないはずなのだが......
アッハは高笑いしながら黄泉の質問に答える。
「そこは大丈夫だ。」
「君、あれ以来物忘れが激しいだろう?その刀を抜いたら鮮明に戻るが。」
「それを利用するのだ。無論、その娘に会ってその娘を助けるまではその刀を抜けないようにしておく。」
アッハが彼女の刀の柄の部分にメモみたいなのを貼り付けると、それに指を指して笑いながら言った。
「よく似合っているよ、『自滅者』」
「じゃあそういうことで後は頼んだ。荷物は私が用意しておくよ。私はここからじっくりと見ている。」
「無論、飽きてしまったらそこまでだが。」
頑張りたまえよ、と手を叩くと黄泉の視点が暗転する。
準備させる暇もなくその異世界へと送られていく黄泉。
そうして、彼女の意識は暗く沈んでいった......。
「かくして死の運命は虚無の一太刀によって断ち切られた。」
「彼女達がどのような物語を送るのかはこれからのお楽しみに。」
「続くかもしれないしこのまま終わるかもしれない。」
「私も『貴方達』もあまり期待せず待っておこうか」
アッハの笑い声が宇宙に響く。これからどうなるか予測できない物語を、祝福するかのように。
また電波受信するまでお待ちください