信仰の対象であり、想い人でもある聖女様を寝取られて、その産まれた娘になってしまいました   作:ユキリス

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信仰の対象であり、想い人でもある聖女様を寝取られて、その産まれた娘になってしまいました

 

 

私は気が付けば自らが暖かな羽毛に包まれている様な、そんな感覚に身を奴していました。

 

それは大変心地良く、それこそ永遠にその中に居たい。

 

そう思えてしまう程に、私は自分自身を柔らかく包み込んでくれている優しさを甘受していたのだと思います。

 

けれどそれは長くは続きませんでした。

 

私をまるで守護するかの様にして覆っていてくれていたまゆは、突如現れた輝きに取り払われてしまいます。

 

この様に幸福の暗闇は失われてしまい、私を襲いきたのは視界を焼き尽くす光でした。

 

それにより私は外を知りました。

 

そして先程まで確かに私を包み込んでくれていた幸福を完全に喪失してしまったその事実に、あまりの虚しさを覚えました。

 

「生まれてきてくれてありがとう。アリシア」

 

そうして私はその人を母と理解して、同時に天啓を得たのでした。

 

その女性は聖母の様でもあり、目の前が露わとなった私は自分自身の中に確かな幸福が生まれていくのを感じた。

 

けれど私はその女性の傍らに居る存在を忌避していて─

 

 

 

 

 

 

 

私は大聖堂の中で多くの信徒たちの皆に見守られながら生まれたみたいでした。

 

それもそのはずで今ではこの世界に生を受けて私は既に齢をそれなりに数える程に育ちました。

 

その為、当時聖女でありそして現在も未だ尚その立場にあり続け、脅威足る悪徳を寄せ付けぬ清廉のリシアお母様から産まれた私は、周囲の人々から期待を寄せられているし、優秀になるべくしてそう望まれているのです。

 

けれど私の様な者にそれが務まるかと問われれば断じて否。

 

そう答えざるを得ません。

 

何故ならば私はアリシアという名の娘に生を受ける前、確かに男であったからです。

 

そう、今ではお母様でもある聖女様を信仰していた私は同時にお慕いしていました。

 

しかしながら聖女様は、かの騎士との婚姻を結んでしまい、その彼との間に私を産み落としたのです。

 

無論私の様なただの一教徒に過ぎない輩の事など、最早お母様は記憶にもないかもしれません。

 

ですがあの時聖女様から与えられた慈悲は私にとっては唯一の救いでした。

 

既に感謝を伝える場も失われて久しく、私は気が付けば聖女様の娘としての立場になってしまいましたが、けれど依然として受けた恩を忘れる事など決してありません。

 

例え聖女様が、かの騎士のモノとなったとて私は必ずやあの時に与えられた慈悲に報いてみせたいと、そう思っています。

 

ですから今お父様との対面での御食事の席にしても、教えられた作法に則り手際良くナイフとフォークが使えている筈です。

 

これのお陰か私へとお父様は称賛の言葉を口に致しました。

 

「偉いぞアリシア。流石は俺とリシアの子だ」

 

「うん。ありがと。パパ」

 

そう私は返す他にありませんでした。

 

そも私は騎士であるお父様を前にするとその威厳に気圧されてしまうというのが本音です。

 

それに彼は騎士として聖女様である私のお母様を娶った男。

 

そんな相手に良い感情が抱ける筈がありません。

 

しかし私はあくまで未だ幼子に過ぎないのです。

 

つまり私という存在は異端と、そう称する他に自分自身を定義付ける余地がありませんでした。

 

子供であるにも関わらずある程度論理立てて思考できるというあまりの異常。

 

それは例え親といえども恐怖を感じて然るべきでしょう。

 

故に私は正体を明るみとせずにこれまでずっと演技を続けている。

 

欠片も悟られてはならないと自らに戒めて、本日まで生きながらえてきました。

 

「こらこら、ライアスお父様だろう?前に教えた様に言ってみろ」

 

「ん、ライアスお父様」

 

「そうだ。やはり飲み込みが早いな。アリシアは優秀だ」

 

そしてこれも幾度となく繰り返してきた会話であり、特段気に留めるにも値しない平素からの日常においてのやり取りに過ぎない。

 

これを鑑みても彼は娘である私を必要以上に買い被っているし、それは傍目から見ても明らかだった。

 

「もう‥あなたったら、アリシアちゃんに無理をさせてはいけないわ」

 

「いいじゃないかこれくらい。アリシアも嫌がっているわけじゃあない」

 

「そうだけど‥」

 

「わかっているさ。アリシアには縛られず、自由に生きて欲しい。リシア、それは俺も同じだ」

 

「あなた‥」

 

だからだろう。

 

現聖女でありそして私のお母様でもある彼女は、上品にも口元に手を当てて言葉を発した。

 

彼女は普段からこうして私の意の全てを尊重してくれている。

 

けれどそんな姿勢とは裏腹に、リシアはこの大聖堂から私を出してはくれなかった。

 

今もこの様にして食卓を共にしているのも聖女であるお母様の意向からで、本来なら寝台の上でも食事を摂れるのに、形式的な団欒などにはこだわる必要はないと私は思っている。

 

そもこの場所には女中や、修道女など数えきれない程の者達が居るのにも関わらず、その奉仕を断り手ずから食事を用意するとは、彼等の仕事を奪う行いに他ならないだろう。

 

無論それは非難される様な振る舞いではないのは明白。

 

権威あるお母様が一切の俗に染まる事なく、高尚な心を保ち続けているのは、そこが彼女が聖女足る所以だろう。

 

家族に料理を振る舞う嗜好というのは褒められて然るべきであるしその為人柄からか、周囲からの人望も厚い。

 

ただ私はこのアリシアの身体となってからはあまりに朝が弱くなり起床するのが大変難しくなってしまった。

 

それも相まってか連日に渡って欠かさずに食卓の席に早朝からつくというのは苦痛以外の何物でもない。

 

故にベッドの上で食事を摂るという行いも特段怠惰とは思わない。

 

けれどお母様はそれを傲慢と称して一方的に糾弾し、必ず朝食は家族と対面して摂るべきだという意見を押し通した。

 

その主張は私にとって理解出来ないと一蹴したい所だったが、聖女であるリシアお母様が言うのだから正しいと、ただ盲目的に周囲は言う。

 

それで仕事を失う者も出てくる筈で、それがお母様にはもしかしたら分からないのかもしれない。

 

当然生前の私は今の立場とは異なり、とても裕福とは言い難い貧困層の身分だった。

 

つまり私としてはお母様にとっては些細でもその軽率な振る舞いによって散る命もあるのだと理解して欲しかった。

 

だが所詮そんな私の意思はお母様と違って何の影響力も与えない。

 

だからこの義憤めいた感情もただの偽善に過ぎなかった。

 

「どうしたアリシア?手が止まっているが食欲が無いのか?」

 

「ううん。へいき」

 

ただそんな持たざる者の事など気に留める様子もなくお父様はそう言った。

 

これに私は特段意を唱えるでもなく平素通りに受け答えるしか出来ない。

 

無論私にとってはこの許容し難い現状を変えたいという思いはあるが、最早この様にして生きて久しく、変える事など出来ないのではないかとすら思ってしまう。

 

否、私はこのお母様とお父様の娘という仮初の自分に甘んじているのだ。

 

だからこそ心の内では幾度も行動をしようと誓っても結局は未だ抜け出せていない。

 

それに次第にアリシアとしての生活を重ねていくにつれて明確に自分自身が変わっていくかの様な恐れに苛まれる様になっている。

 

これは明確で、日に日に自覚していた事ではあるものの、私はこの偽りの家族という虚像に無自覚にも甘えていた。

 

「アリシアちゃん。無理に食べなくてもいいのよ。この味付けはお口に合わなかったかしら?」

 

けれど今し方にも家族として与えられるこの様に悪意の無い純粋な好意を受けている内に、まるで本当に私の存在全てが許された様な気に陥ってしまう。

 

「お母様、アリシアはもうこどもじゃないわ。きちんとたべれるもの」

 

「あら、そうね。アリシアちゃんはもう立派なオトナだものね」

 

そう、脅威とは全てが純粋な悪意とは限らない。

 

人々は求められる役割を往々にして演じてしまうが私もまたこうしてお母様とお父様の娘としての振る舞いをしている。

 

だからわたしはそう望まれるが故に、求められるがまま、アリシアという自分ではない、女の子をただひたすら演じ続けていたのでした。

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