ロボアニメみたいな世界で生きる俺のヒロインが全員色々とキツいおば……お姉さんな件について 作:家元ダイア
ずっと、パイロットになりたかった。
意思を持った機械じかけの化け物『機械獣』を討伐し、人々の生活を守る鋼鉄の騎士。
駆動騎兵に搭乗し、平和のために戦う。
それが、子供の頃からの夢だった。
だから、適性試験に合格して、教育課程を終え、配属先が決まった時……本当に嬉しかった。
憧れが、夢が、現実になったから。
自分も擬人機のパイロットの一人になれた。
守られる側ではなく、守る側として戦える。
もう弱い自分はいないと、そう思っていた。
「駆動系が、イカれました! 誰でも良いから助けっ」
「くるな、こっちに来るなぁっ!!」
でも、私は弱くて、戦場は地獄だった。
部隊の仲間達のバイタルが次々と消えていく。
小型種のドリルでコックピットを貫かれたり、大型種が振る鉤爪の餌食になったり。
隊長と次席指揮官が戦死した今、部隊を指揮できる人間はいない。
すっかり冷静さを失った私達は、圧倒的な物量を前に、次々とすり潰される。
殺されて、殺されて、殺され続けて、物言わぬ屍と化していく。
そうして、残ったのは私だけだった。
「死ね、化け物……っ」
無我夢中になって、トリガーを引く。
迫り来る小型種を、小さな死神達を、少しでも跳ね除けようとする。
けれど、無駄なのは自分でも分かっていた。
私一人では、勝てない。
今の私に出来るのは、死の瞬間がやって来るのを遅らせるだけだと。
それでも、絶対に抵抗をやめない。
当たり前だ。
潔く死を受け入れてやるものか。
惨めだろうと、無様だろうと、最後まで奴らに抗う……というのが、弱者である私の意地だった。
しかし、終わりは呆気なく訪れる。
「うそ……弾切れ?」
どんなにトリガーを引いても、弾が出ない。
モニターを確認すると、残弾は0。
近接用の武器も、既に消失していて。
ついに、抗うことすら出来なくなったのだ。
逃げようにも退路はないし、敵前逃亡は認められていない。
それ以前に、推進剤も底を突きかけていた。
「……嘘っ、嘘嘘嘘嘘っ!」
絶対に屈しないと。
死を前にしても、人として強くあり続けようと心がけていた。
でも、無理だった。
戦場に出る前の誓いも忘れて、パニックに陥る。
ガチャガチャと操縦桿を動かし、目前に迫る死に怯えて涙を流す。
奴らは、目と鼻の先まで迫っていた。
獣に似たフォルムの機械、機械獣が、私を喰らおうと距離を詰める。
私の命は風前の灯であり、死の運命から逃れることはできない。
「う、うわああああああっ!!!!」
そう確信し、全てを投げ出そうとした時。
……幾重もの紅き閃光が、走った。
私の部隊なんかとは比にならない連携で、機械仕掛けの獣を掃討していく。
勇猛果敢な姿は、まさしく獣を狩る狩人。
そして、あの、パーソナルカラーは。
狩人達の頂点に立つ、鮮血を連想させる赤黒い機体に搭乗しているのは。
「……よく、頑張ったな。ここは我らに任せて、貴官は後退しろ」
宇宙最強の傭兵部隊を率いる百戦錬磨の大英雄、イルムヒルト・アンシュッツその人だった。
●●●●●
「宜しかったのですか。友軍とは言えど隊長の独断で、他所のパイロットに後退の指示を出して……」
「おいおい。ひでぇな、メガネちゃんは。右も左も分からない新米ちゃんに、あのまま死ねってか?」
「ち、ちちち、違う! 見捨てろだなんて言うつもりはない! わ、私は、ただでさえ不安定な隊長の立場が危うくなることを危惧してっ。あと、メガネちゃん言うな! 私の名は、アデリナ・フォン・アメルホ……」
「貴様の言いたい事はわかる。だが、心配は無用だ……メガネちゃん」
「ちょ、ちょっと! 隊長まで、リヒターの悪ノリに乗っからないで下さい!」
戦闘中とは思えないほど、弛緩した空気と下らないやり取り。
あまり褒められたものではないが、率先して軽口を叩けたお陰で緊張がほぐれていく。
少年兵として戦場に出てから、おおよそ5年。
未だに機械獣相手に怯えてしまう、度を超えた臆病さに、我ながら辟易する。
「じきに敵集団と相見える。各員、フォーメーションを崩すなよ」
「「「「了解!」」」」
だが、即座に切り替える。
俺達に与えられた任務は、機械獣の司令官である特異種の討伐。
機械獣集団に突っ込んで、敵の中で一番強い化け物の親玉をぶっ殺す。
言うだけなら簡単な、最難関任務。
残存する部隊の中で最も練度が高い俺達がしくじった途端に、戦線が崩壊してしまう事が予想される……絶対に失敗できないお仕事だ。
「ギーガー、アメルホルン、ファリナは後方支援を。後衛の指揮権はギーガーに預ける」
「お任せ下さい、隊長」
「前衛は、私とリヒターが務める……ゲモン、行けるか?」
「俺以外に貴女のお守りが務まるとは思えません。言われずとも、地獄までお供しますよ。俺は、隊長の僚機。言うなれば、運命共同体ですから」
「……ふふ、よく言った。ならば、死んでも私について来い!」
その言葉を皮切りに、突撃を開始する。
一番槍となる隊長の機体のすぐ後ろにくっつく形で、敵集団の中へと突入していく。
「はあああっ!!!」
最前線に立つ隊長は巨大な刀を振るい、次々と機械獣を切り裂いて、突破口を開く。
小型種だろうと、大型種だろうと関係ない。
立ち塞がる敵のコアを、的確に破壊する。
いつ見ても、人間業とは思えない戦いぶりだ。
もしも、俺があんな風に戦ったら、速攻でマニピュレーターがイカれる自信がある。
必死になって敵を斬り殺す事はできても、機体を損傷させないよう気を遣う事は出来ない。
その上、速度を維持したまま止まる事なく、敵を撃破しているのだから驚きだ。
きっと、生まれ持った戦いの才能が、俺や他の奴らのような凡百の人間とは違うのだろう。
「それでも凡人なりに、英雄たる隊長の一助にならねーとな」
俺の役目は、単純明快。
最前線で刀を振るう隊長の死角から襲ってくる、些か厄介な小型種の始末。
俗に言う、露払いって奴だ。
基本的に銃撃で、時には盾で潰して撃破する。
突撃の最中、隊長は絶対に止まらない。
ひたすらに前だけを見て突き進んでいくのは、俺を信頼してくれているから。
自身に近づかんとする敵を、俺が始末すると信じているからこそ、迷わずに進めるのだと。
そう、隊長は言ってくれた。
ならば、期待を裏切るわけにはいくまい。
同じ前衛として……何より、一人の男として。
「特異種の反応が近い。間も無く接敵するぞ」
針穴に糸を通すような繊細な動きで敵集団を抜けると、多くの触手を持つでっかい花の姿をした化け物の姿が見えてくる。
俺も、隊長も。
我ら前衛の支援を務める後衛の三人も無事だ。
それぞれの機体の損傷率も、想定の範囲内。
相対する特異種は、これまでに何度も戦った植物型の機械獣みたいだし、イレギュラーさえなければ問題なく勝てるだろう。
とは言っても、決して油断はしないが。
「私とゲモンが囮になる。ギーガー以下三名は、コアの破壊に専念しろ!」
「「「「了解!」」」」
これもまた、いつもの役割。
機械獣の司令官を務める特異種は、そんじょそこらの機械仕掛けの化け物とは違って……自我を持ったAIが搭載されている。
故に、無差別に攻撃するのではなく、より脅威と判定した相手を優先的に攻撃するそうだ。
その習性を逆手に取り、操縦技量が高い俺と隊長が囮役となる。
撃ったり斬ったりして、特異種の注意を引き付けた上で、攻撃を避けまくって、味方が動力源であるコアを破壊する時間稼ぎを行う。
一発でもまともに喰らえば機体がオシャカになるスリルの中で踊り狂う、最低な舞踏会の始まりだ。
「鬼さんこちらっ、手の鳴る方へ!」
隊長とタイミングを合わせ、触手を切り落とす。
そうすると、こちらの存在を認識した特異種はムチを振るう要領で、触手攻撃を仕掛けてきた。
相変わらずの超人っぷりを発揮する隊長は、向かってくる触手を斬り払う事で対応しているようだが、案の定、俺にそんな芸当は出来ない。
際限なく動き回る事で回避を試みて、どうしても躱せない場合は、シールドで攻撃を逸らす。
当然ながら、まともに受け止めると機体が持たないので、上手いこと力を逃していく。
けれども、着実にダメージが蓄積している。
跳躍機構に致命的な損傷はないものの、動けなくなるのは時間の問題。
頼むから、さっさとコアをぶっ壊してくれ、と心の内で愚痴を漏らした刹那。
「……マジかよ」
突如、足元から……地面から、一本の触手が伸びてくる。
間違いなく、特異種が操るもの。
だが、地中に触手を忍ばせておくなんて、初めてのケースだ。
それこそ、俺のデータには無い。
「うぐっ!」
なんて思ったのも束の間。
触手の攻撃をモロに喰らった俺の機体は、地面に叩きつけられる。
その衝撃で、ぐらりと視界が歪む。
思わず気絶しかけるくらいの痛みが全身を襲うが、根性で耐え抜く。
ここで寝たら、絶対に死ぬ。
そう自分に言い聞かせ、操縦桿を握りしめて、モニターを見る。
すると、俺を仕留めるために、特異種が追撃を仕掛けてくると分かった。
迫り来る触手に何とか対応しようとするも、思うように機体が動かせない。
誠に残念ながら、先ほどの攻撃で跳躍機構がぶっ壊れてしまったようだ。
このままだと、俺は死ぬ。
けど、全く不安じゃなかった。
それは、俺が死を恐れないサイコパスだとか、死にたいと思ってる自殺志願者だからでもなく。
必ず、あの人が来ると分かっていたから。
「随分と余裕そうだな。もう少し遅ければ、死んでいたというのに」
「そりゃ、信じてますから。ピンチの時には、ヒーローが来てくれるってね」
特異種の触手は一本たりとも残らず、バラバラに切り裂かれる。
窮地を救ったのは言わずもがな、隊長だ。
レーダーが示していた情報的に、来てくれるとは思っていたけれど。
……やはり、この人は凄いな。
さっきの友軍の子を助けた時といい、俺を助けた時といい、行動に迷いがなさすぎる。
作戦の成功のため、多数を救うために少数を切り捨てることも無いわけじゃない。
けれど、その代わりに助けられる人間は、自分の身を挺してでも助けようとする。
頭で考えずとも、そういった行為が出来るからこそ、隊長は英雄と呼ばれるに至った。
人々の信仰を集める偶像になれたのだと、自分の中で結論付けて。
俺は、意識を失った。
●●●●●
俺が気絶した後、作戦は無事に成功した。
我が部隊の活躍によって、特異種のコアを破壊。
指揮官を失った事により、統率が取れなくなった機械獣の撃破は容易。
艦砲射撃や航空爆撃などを用いて、あっという間に殲滅できたそうだ。
そして、俺の怪我も大した事なく。
作戦が終了した後、すぐに目が覚めた。
幸いなことに体の何処にも異常はなく、即座に解放された俺は……。
「ご馳走様です。めちゃ美味しかったっす」
「ふふ、お粗末様でした。綺麗に食べてくれて、嬉しいぞ。貴様もまだまだ、育ち盛りだな」
作戦成功を祝して、隊長の自室にて手料理を頂いていた。
それも、部隊の隊員と……ではなく、俺と隊長との二人っきりで。
本当はみんな揃って、艦内の食堂に集まる予定だったのだが、急遽予定が入ったそうだ。
偶然にも、全員、同時に。
俺は比較的鈍感な人間だと自負しているが、明らかにこれは異常だと分かる。
恐らく、みんなは気を遣ったのだろう。
俺……ではなく、隊長に。
「今日は、ありがとうございました。隊長が助けてくれたお陰で、生きて帰れたんで。本当に、感謝しかないです」
「気にするな。僚機として果たすべき責務を果たしただけだ。それに、貴様が私の立場でも、同じことをしただろう?」
「それは……どうですかね。その時になってみないと分からないっす」
「相変わらず、正直な奴だな。そこは嘘でも同じことをすると、言うものだぞ? だが……きっと、貴様なら、身を挺して私を守ろうとするさ。私が知る、ゲモン・リヒターという男はそういう奴だ」
高そうなワインを口にしながら、隊長は笑みを浮かべる。
まるで、こちらの浅はかな考えを見透かしているかのように。
……恥ずかしながら、彼女の言う通り。
さっきの発言は、照れ隠しだ。
隊長が危機に瀕した時、助けられるのなら、俺は何が何でも助けようとする。
それは、部下としての役目とか、僚機としての責務とかではなく。
かつて、俺は隊長に救われたから。
擬人機の生体パーツに過ぎなかった俺を、自由意志のある一人の人間に変えてくれたから。
だからこそ、俺は、その時の恩を何としても返したいのだ。
とはいえ、さっきの戦いのように、未だに助けられてばかりなのだけれど。
誰よりも尊敬する隊長の役に立ちたい。
その気持ちは、本物だ。
「ところで、話は変わるのだが」
「……はい、何でしょう」
「貴様は、その、なんだ。す、好きな女のタイプとか、あったりするのか?」
……話が変わり過ぎだろ。
ついに、始まったか。
始まってしまったか、この時間が。
折角、俺と隊長の出会いを振り返る、いい感じな過去回想が始まりそうな雰囲気だったのに。
そういう流れに、持っていきたかったのに。
「いやー、特に無いですよ」
「うっ、嘘をつくな! 貴様も男なんだ。何かしらはあるだろう。年上が良いとか、威厳のある女性が好きだとか、む、胸は大きい方がいいだとか」
やめろ、やめてくれ。
微かに頬を赤く染めて、思わせぶりな視線を送らないでくれ。
俺は、敬愛する隊長の口から、そんな言葉を聞きたく無い。
「も、もう、この話はやめましょうよ、隊長。俺が他の話題を提供しますんで」
「ダメだ。絶対にやめない。私はお前の好みが知りたい。ち、ちな、因みに、私の好みは、だな。私より年下で、少し生意気だが誰よりも勇敢で、背中を預けられるくらい優秀なパイロットが好みだぞ!」
「へぇー、そ、そーなんすか。隊長のお眼鏡に叶うような人、居ますかね。クソヘボパイロットの俺には、空想上の人物としか思えないなー」
「いや、いるぞ。ちゃんと現実に存在する。な、なんなら、目の前にいるかもしれないなー、なんて。とと、というか、ゲモン。前々から何度も言っているように……私と二人きりの時は、隊長ではなく、イルちゃんと呼んでくれ……♡」
俺に!!!
好意を!!!
向けてほしくない!!!!
露骨に好き好きオーラを出すのをやめてくれ!
俺は……隊長を、そういう目で見られないから!
あくまで、俺にとって隊長は、敬愛すべき上司。
人生を変えてくれた恩人であり、遥か高みに立っている偉大なお方なのだ。
言うなれば、決して手の届かない神の如き存在。
そんな彼女が、俺なんかに恋愛的な好意を抱いているなんて、解釈違いにも程がある!!!
「あー、えーっと。そうですね。俺の好みは、強いていうなら、胸は小さい方がいいかなー、なんて」
「照れてるからって、嘘はよくないな。本当は大きい方が良いのだろう? 実質、巨乳で年上で黒髪ロングで頼りになる上官が好みだと……おや、おかしいな。君の好みのタイプは、私の特徴と合致しているようなのだが、これは偶然かな?」
間違いなく、必然だよ。
なんたって、貴女がこれ以上ないくらい都合よく解釈してるからな!
なんで、たった一言で、そこまで拡大解釈が出来るんだよ!!
発言を改竄させられるのなら、もはや何を言っても無駄!!!
こんなの、どう足掻いても避けようがないトラップみたいなもんじゃねぇか!!!!
「あはは、ぐ、偶然っすよ。いやぁ、驚いたな、恐れ多いなー!」
「いや、そうでもないだろう。上官と部下の恋物語などありふれた話だ。真実の愛の前に、歳の差なんて関係ないからな♡」
「で、ででで、でも、俺。年上の女性より、同世代の女の子の方が好みかもしれないっす」
「……まぁ、親と子供ほど年が離れているわけじゃないし、ギリギリ同世代だろ、我々は」
この人は、もしかして無敵なのか?
ぜったいに、俺達は同世代じゃない。
俺が十八で、貴女は三十半ば。
およそ二倍の差があるのです、二倍の差が!
この際なので正直に言いますが、二倍ほど歳が離れている方を恋愛対象として見れませんよ、俺は!
少し前まで、貴女のことを歳の離れた姉のように思っていたくらいですからね。
「おい、あまり意地悪を言ってくれるな? 私と貴様の二人きり、誰も見ていないんだ。ちょっとくらい、甘えさせてくれてもいいじゃないか」
「は、はぁ……」
「折角だ。頭を撫でてくれ。イルちゃんと呼びながら、愛を込めてナデナデと。甘い言葉も添えてな」
や、やりたくねぇ。
なんで、そんな事しなくちゃいけねぇんだ……という思いはある。
だがしかし、隊長には恩がある。
それこそ、並大抵の行いでは返しきれないほどの恩があるのだ。
隊長は、いつも苦労している。
何十人もの仲間を養うために、最前線で戦い続け、戦闘後の事後処理を行なって。
傭兵部隊を率いる長として、俺には見えないストレスを抱えてたりもするのだろう。
誰にも言えずに抱えてる悩みもあるかもしれない。
そうやって溜め込んだ鬱憤を、俺に甘える事で解消できるのならば。
俺は自らの心を殺して、イルちゃんと呼び、頭をナデナデして、甘い言葉を囁こうではないか。
それもまた、パートナーとしての勤めだ。
「い、イルちゃんは、いつも頑張ってて偉いっす。今日だけは、お、俺に甘えていいっすから」
「ああああっ♡ 脳が、脳が蕩けるっ♡ も、もっと! もっとやってくれっ!」
うわ、キッツ!!!
色んな意味でキツすぎる!!!
お、俺が、一体何をしたってんだ。
どうして、尊敬してやまない憧れの人が、俺の膝の上であらぬ顔をしながら悶える様子を見なくちゃいけねーんだよ!!!
この人が、昼間の戦闘で獅子奮迅の活躍を見せたエースパイロットと同一人物とは思えねぇ。
かつて、救国の英雄と呼ばれ、人々の尊敬の目を集めた女傑の姿か、これが……。
「本当にイルちゃんは良い子だね。気高くて凛々しい貴女は、みんなの憧れ。でも、今だけはそんな事忘れて、甘えるだけ甘えていいっすよー」
「や、ヤバい! 消える、今までの私が跡形もなく消えてしまうっ! も、もういい。もう、大丈夫だ。これ以上は、耐えられそうにないっ!」
「そ、そうっすか。了解っす」
「あ……やっぱり、やめないで♡」
「偉い偉い、イルちゃんは世界で一番……」
「い、いいい、いや、やっぱり、やめていい。というか、頼むから、やめてくれ! ……全く、危ない所だった。もう少しで、引き返せなくなるところだったぞ。全く、貴様はテクニシャンだな。しかし、女の扱いが上手い点は高ポイントだぞ。何と言っても、リードされたい派だからな、私は」
誰も聞いてねぇよ、そんなことっ!
そう言いたい気持ちを必死で抑える。
俺だって、隊長と同じ。
もう少しで、手遅れになる所だった。
コンマ1秒でも、あれを続けていたら、間違いなく精神が崩壊していたからな。
全く、隊長ったら、困った人だ。
因みに、俺もリードされたい派である。
……って、何を考えてるんだ、俺は。
気をしっかり持て。
隊長に毒されたら、全てが終わるぞ。
人生の墓場まで、持って行かれてしまう。
「話を戻すが、子供は何人欲しい?」
「え?」
「何、素っ頓狂な声をあげてるのだ。婚約に際して、私と貴様の価値観を擦り合わせている最中だったろう。私個人の意見を述べるなら、少なくとも一人は欲しいな。二人の愛の結晶がどんな風に成長していくか、楽しみでしょうがない。もちろん、名前も考えてあるぞ。男の子なら、ゲモタロウ。女の子なら、イルムンムン。どうだ、良い名前だろう?」
な、何言ってんだ、この人は……。
いつ、どこで、何時何分、地球が何周回った時に、俺とあんたがそんな話したんだよ!
そもそも、婚約なんてした覚えねーし!!
ぜんっぜん、話を戻してない!!!
寧ろ、話を飛躍させすぎだろ!!!!
子供のネーミングセンスも壊滅的だし!!!!!
もう、限界だ。
隊長のために必死で頑張ってきたが、精神的に限界が近づいている。
申し訳ないが、ここら辺で退散しよう。
そうしないと、俺のメンタルが死ぬ。
二度と、立ち直れなくなってしまう。
隊長だって、今は正気じゃないだけ。
ワインを飲みすぎた影響で酔いが回り、ちょっと錯乱しているに違いない。
きっと、明日になれば全て忘れている。
仮に、忘れていなくとも、お互いに記憶を封じ込めば、それでお終い。
まだ元の関係に戻れる筈だ、俺達は。
「あ、痛たたたた!! なんか急に、頭が、頭がものすごく痛い! 多分、昼間の戦闘の後遺症っす。今すぐ、部屋に戻って休まないと!」
「どうした、大丈夫か! しかし、医師によると、何も問題は無い筈なのだが……」
「あ、いや、その〜。きっと、ヤブだったんすよ。現にほら、俺は今、すごく苦しい!!!」
「……! そうか。そういう事、なのだな? ふふふ、愛い奴め」
隊長は、意味ありげに微笑む。
心なしか、瞳の中にはハートマークが浮かび上がった気がして……とてつもなく嫌な予感がした。
目の前の女性が、捕食者へと変貌したような。
そんな気がして、ならなくて。
その予感は、見事に的中してしまった。
「貴様は、嘘をついているな」
「え、ええっ! い、いやいや、俺は嘘なんかついてないっすよ!」
「案ずるな、心配せずとも気持ちは伝わった。頭が痛いと嘯いて……私と同衾、したいのだろう?」
「……え?」
「回りくどい奴だな、貴様は。だが、そういうウブなところも可愛いぞ。そこまで言うなら、仕方がない。私直々に性の喜びを教えてやる……とはいっても、私も初めてだから、至らぬところがあっても許せ。だが、優しくすると、約束するぞ♡」
ガシッと腕を掴まれ、女性とは思えない力で引っ張られる。
瞬く間に、ベットへの距離が縮まっていく。
「これ以上は、不味いっすよ! 同意なしの行為は、性的虐待! 性暴力と何も変わりません!」
「同意なしなら、そうなるな。そんなに嫌ならば、無理矢理振り解いても構わん。だが、貴様も満更ではないのだろう? よく回る口とは違って、貴様の体はとても正直だな」
隊長の視線にあるのは、俺の下半身。
股間は口ほどに物を言っていた。
このまま喰われてもええか……と思っている、心の奥底にある下心が、まろびでていたのだ。
我ながら、本当に情けないと思うが、ちょっとだけ期待している自分もいるのは紛れもない事実。
隊長は、マジで美人だ。
顔立ちは若々しいし、背が高くてスタイルも良いし、胸部も臀部もデカい。
恋愛対象としては見れないと言っても、どうしても変な目で見てしまう時もある。
だって、俺も、男の子だから。
けれど、ダメなものはダメだ。
このままの勢いで、ふしだらな関係になってしまったら、俺は一生後悔する。
恋愛感情がないのに、責任を取る気がないのに。
欲望の赴くまま、抱いてしまうのは不誠実だ。
一人の男として失格も同然。
隊長が強引に、なんて免罪符は通用しない。
抵抗できるのに抵抗しないのは、同意したのと何も変わらない。
隊長という、俺にとっての神を。
いっときの感情に流されて汚してしまったら、俺は自分を許せなくなる。
だから、毅然とした態度で断ろう。
そうすれば、絶対に隊長も分かってくれる……と、心に決めた時だった。
「……………」
ガチャリと音を立てて、部屋の扉が開かれる。
突然の来訪者に驚いた俺と隊長が視線を向けると、そこに立っていたのは見知った顔の人物。
共に肩を並べて戦っているパイロットであり、俺と似た境遇に置かれていた過去を持つ少女。
ファリナ・アンシュッツであった。
常日頃から無表情で寡黙な彼女とは、あまり会話したことがなく、たとえ戦闘中であっても、何を考えているのか、さっぱり読み取れない。
そんなファリナは、何も言わずにただただ俺達を見つめている。
というか、どうして隊長の部屋に……?
「ママ、何してるの?」
ま、ママ!?
今、ママって言ったよな!?
現在、部屋の中にいるのは俺と隊長。
そうなると、彼女が呼んだママは男性である俺ではなく、女性である隊長に違いない。
一体、何がどうなってるんだ。
当然ながら、隊長はファリナのお母さんではない。
俺の知る限りでは、隊長に結婚歴はないし、隠し子がいる情報もない。
その上、ファリナも俺と似た出生。
クソみたいな奴らに生体パーツとして扱われていた過去があるため、二人の間には血縁関係は存在しないと断言できる。
なら、どうして、ファリナは隊長をママと呼んでいるんだ……?
「パパも、何してるの?」
パ、パパ!?
今、パパって言ったよな!?
それも、俺の顔を見ながら!!
マジで、何が起きてると言うんだ。
当然ながら、ファリナのパパではない。
確かに、似たような過去を持つ者同士とは言えど、所属していた組織は全く別。
ここで出会うまで、面識すら無かった。
そもそも、俺は18で彼女は16。
2歳の段階で子供を仕込める人間なんて、この世には存在しないだろう。
ならば、何故、ファリナは俺をパパと呼ぶ?
懸命に考え抜いて、一つの可能性に思い当たった俺は、隣に立つ女性の顔を見る。
「…………」
諸悪の根源である隊長は、冷や汗を流しながら青い顔をしている。
決して見られたくないものを見られてしまった、とでも言いたげに。
恐らく、ファリナに自分をママと呼ばせ、俺をパパと呼ぶように仕向けたのは……こいつだ。
今思うと、昔から二人は仲が良かった。
ファリナは無口だが、隊長には懐いていて、出会った時からくっついて離れない。
それこそ、本物の母と娘のように接していたと記憶している。
その上で、隊長が何を考えて、こんなにも悍ましい真似をしたのか考えたくもない。
だが、考えずとも理解できてしまう。
きっと、隊長は、家族になろうとした。
隊長が母親、ファリナが娘。
そして、他でもない俺が父親の……擬似的な家族を作ろうとしたのだ。
何も知らない無垢なファリナに、自分が母であると、俺が父であると、刷り込む。
部隊のみんなや俺にも、誰にもバレないように、裏でコッソリと。
ワインを飲んで酔っ払っている訳ではない、シラフの状態で……。
「う、うわああああああああああ!!!」
恐怖に耐えきれなくなった俺は、叫びながら部屋を飛び出す。
まさしく、恐慌状態だった。
今この瞬間に限っては、敬愛する隊長が新種の怪異にしか見えなかったのだ。
「どうしたの、パパ?」
「待て、落ち着いてくれ、パパ! これには深いわけがあって……」
「俺をパパって呼ぶんじゃねぇええ!!!」
分け目も振らずに逃げ出した俺は、自室に鍵をかけて引き篭もる準備を整える。
そして、全部悪い夢だと自分に言い聞かせながら、眠りに落ちていった。
けれども、あくまで、これは序章に過ぎない。
この先、隊長の異常性に比肩するレベルの猛者。
年増おば……お姉さん達に見初められる未来が待つ事実を、この時の俺は知る由も無かったのだ。
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