ロボアニメみたいな世界で生きる俺のヒロインが全員色々とキツいおば……お姉さんな件について 作:家元ダイア
「あああああああああああ!!!!」
「!? な、なんなのよ、いきなり!」
俺は歴史の教科書とペンを放り投げる。
もう、限界だった。
これ以上は、耐えられかったのだ。
「勉強なんて必要ねぇ! 俺はパイロットだ! 歴史なんか学んで何になるんだよ!」
「あんたねぇ、18歳なんでしょ? ちょっとは自制心って奴を覚えなさいよ。子供じゃないんだから」
「おいおい、メガネちゃんが自制心云々言っちゃう? 出撃の時、毎回漏らしてる癖に」
「な、なななっ! なんで!? どうして、あんたがその事を……! 誰にも話してないのにっ!」
「あれ? そうだったの? いやー、悪い事しちゃったな。冗談のつもりが的中しちゃうとは」
「か、カマをかけたのね。このクソガキ……!」
俺の発言に対して、怒りを露わにする女性。
隊長と同じように黒髪を伸ばしていて、赤縁の眼鏡をかけている彼女の名前は、メガネちゃん。
アデリナ・フォン・アメルホルンという別名を持つ彼女は、我が傭兵部隊のパイロットの一人。
かつて、救国の英雄とまで呼ばれた隊長を敬愛してやまない、とても良い子である。
確か、俺より7つ上。
25歳だったような気がするけど、正直に言って、年上って感じは全然しない。
帝国の軍人として従軍してた過去もあるみたいだけど……なんていうか、歴戦のパイロットとしての風格が微塵も無いんだよな。
だから、生真面目で反応が面白いのも相まって、ついつい揶揄いたくなってしまうのだ。
「もうダメ。私じゃ、手に負えない。ギーガー中尉……じゃなかった。ドミニクさんから、こいつにガツンと言ってやってください」
「ああ、分かった。すまんが、ちょっと待っていてくれ、ファリナ」
「……了解」
メガネちゃんの野郎、助けを呼びやがった。
それも、よりによって、オッサンを。
さっきまで、ファリナに勉強を教えていた厳つい顔の大男は、俺を見据えながら歩みを進める。
この人の名前は、ドミニク・ギーガー。
別名、オッサン。
クマみたいにデカい体と、ばっちり決まった角刈りが印象に残る奴は、俺の天敵。
隊長が率いていた部隊の隊員として帝国軍に所属していた過去を持っているオッサンには、メガネちゃんのような与しやすさはない。
俺がもっとも苦手とする相手だった。
「ゲモン」
「は、はい……」
「パイロットとして生きるから、勉強は必要ないと言ったな?」
「そう、っすね。そういうニュアンスの言葉は言いました」
「確かに、パイロットとして生きるなら、勉強は必要ないかもしれん。だが、パイロットとして生きる事が出来なくなったら……どうする?」
ドキリ、と心臓が跳ねた。
オッサンは、真剣な表情でこちらを見つめる。
この時間が、とても苦手だった。
自分の浅はかさを思い知らされるから。
「先日の戦い、貴様は撃墜されかけたな? 奇跡的に無傷だったが、取り返しのつかない負傷をしていたら……パイロットとして使い物にならなくなったら、お前はどうする。どう生きる」
「……それは」
「お前にはパイロットとしての才能がある。だが、それだけだ。それ以外には、何もない。知識もなければ、技能もない。故に、パイロットとして生きる以外の道はない。擬人機を動かせなくなったら、手詰まりになってしまう」
「……その通りっすね」
「お前の境遇は知っている。普通の子供とは違って、学ぶ機会は与えられなかった。決して、恵まれた環境ではなかった。……だが、今は違うだろう。学ぶ機会も、技能を身につける機会もある。パイロットとして生きられなくなっても、別の生き方を模索できるチャンスがある。それを、面倒だと断じて放棄してしまうのは、勿体無いと思わないか?」
「はい。勿体無いと思います」
紛う事なき、正論だった。
反論の余地は無い。
俺は、18歳。
子供ではなく、立派な大人なのだ。
それなのに、隊長やオッサンやメガネちゃんは、俺のために色々な機会を与えてくれている。
大人が子供を導くように。
親身に接してくれているのだ。
勉強を教えたり、整備のイロハを伝授したり。
パイロットとして生きるだけが全てじゃないと、教えてくれている。
使い勝手の良い駒じゃなくて、一人の人間として向き合ってくれているのだ。
なのに、俺は……下らない感情で、それらの心遣いを無駄にしようとしている。
そう考えると、自分が幼稚な存在に思えた。
今のままじゃ、ダメだと思った。
「すみません。俺、ちゃんと勉強します」
「そうか。その言葉が聞けて、嬉しいよ」
「メガネちゃんも、ゴメンな。教えてもらう立場なのに、我儘ばっかり言って……」
「別に、謝る必要はないわ。あと、申し訳ないって思うなら、メガネちゃん言うな」
俺には選択肢があった。
隊長に救って貰った時、民間人として生きるか、パイロットを続けるか。
そして、パイロットを選んだのは俺自身。
その選択をした事に、後悔はない。
けれど、勉強をサボって、擬人機の操縦以外出来なくなって。
取り返しのつかない怪我をして、パイロットとして生きられなくなって。
隊長やオッサンやメガネちゃんやファリナのお荷物になったら、間違いなく後悔する。
そんなの、絶対に嫌だ。
勉強するのは、嫌だけど、それ以上に嫌なのだ。
だから、俺に出来ることを精一杯やろう。
……と、純粋に思えれば、どれだけ良かったか。
「やはり、貴様には見どころがあるな。……特別に、マンツーマンでレッスンをしてやろうか?」
「レ、レッスン、ですか?」
「ああ。二人きりで、秘密の特訓だ」
オッサンは俺の背後に回り、耳元にふーっと息を吹きかけてくる。
息遣いが荒くなるのが、嫌でも分かった。
「ちょ、ちょっと遠慮しようかなって。ほら、勉強! 勉強しないと!」
「案ずるな。社会勉強の一環として、男の良さをたっぷり教えてやる」
「メガネちゃん、ファリナァ!!! 頼む! 何でもするから、助けてくれぇ!」
「ファリナは凄いわね。高等学校の教材で勉強してるなんて。うちの教え子とは大違いだわ」
「……えっへん」
くそッ!
俺の日頃の行いが悪すぎるから、助けを求めても誰も見向きしない!
こういう時に限って、隊長はいないし。
辛抱堪らなくなったオッサンは、俺のケツを揉みしだき始めたし。
これで、終わりか。
万事休すって、奴なのか……!?
「その辺にしなさい、ギーガー」
「……はっ」
鈴の鳴るような美しい声が、響き渡る。
……救いの女神が、現れてくれた。
オッサンは、即座に俺のケツから手を離し、ビシッと敬礼する。
それだけじゃない。
メガネちゃんも、オッサンと同様に敬礼をした。
「二人とも、楽にしなさい。本当、いつまで経っても癖が抜けないのね。ここは軍ではないし、私は上官でもないのよ? 対等な存在、仲間だわ」
彼らが敬意を払っているのは、傭兵部隊として各地を飛び回る我が艦の艦長を務める女傑、その名もルセリア・ホークウッド。
かつて、帝国のエースとして名を馳せていた隊長を支えていた……僚機だった存在である。
今でこそ、右足を欠損しているため、擬人機には搭乗できないものの、当時の腕前は隊長と比肩するくらいだったそうだ。
実際に見た事はないので、どれほどのものかは分からないけれど。
「ゲモンくん。貴方と話したい事があるの。少し、着いて来てもらってもいいかしら?」
「あっ、はい。問題ないっす」
俺と目線を合わせたルセリアさんは、にこりと微笑んでくれる。
いつ見ても、凄い美人だ。
凛々しい隊長とは、全く別のタイプ。
ウェーブのかかった金髪はふわふわしていて、綺麗な碧眼はぱっちりとしていて。
艦長として指揮してる時は気丈だけど、それ以外の時の物腰は柔らかい。
元軍人とは思えないほど、穏やかな性格をしていて、常に笑顔を欠かさないのだ。
如何にも、余裕あるお姉さんといった感じ。
目を合わせると、ついドギマギしてしまう。
「肩肘張らずにリラックスしてね。お茶も用意してあるから、遠慮せずどうぞ」
「ありがとうございますっ!」
部屋に到着した俺は、ガチガチになりながらも着席する。
艦長室に来るのは初めてではないが、決して慣れることはない。
お茶とお菓子を用意してくれたルセリアさんは、移動の補助に使っている杖を置き、高そうな椅子に腰掛ける。
取り敢えず、出されたお茶を飲んでみるものの、緊張しすぎて味がしない。
そんな俺を見た、ルセリアさんは口元を押さえながら、上品に笑う。
「ゲモンくんは、面白い子ね。イルが側に置きたがる気持ちが、よく分かるわ」
「恐縮でございまする」
「ふふっ、なにそれ。もしかして、私のことを笑わせようとしてるの?」
俺は至って真剣である。
敬語の使い方が分からないだけだ。
それにしても、イル……か。
やはり、隊長を愛称で呼ぶくらい、二人の仲は良いんだな。
隊長もルセリアさんも真面目な人だから、公の場では堅苦しい口調で喋っている。
パイロットを纏める隊長と、多数の船員を抱える艦長として、己の立場を全うしているけれど。
末端の構成員である俺には見えないところで、確かな信頼関係が存在するみたいだ。
「先日の戦闘での後遺症は無い?」
「元気ピンピンです。今のところは」
「無理はしないでね。お医者さんにも見えない箇所に異常がある可能性も否めない。……異変を感じたら、すぐに言うのよ?」
「お心遣い、感謝感激雨霰っす」
「気にしないで。それと、機体の修理が完了したみたいだから、ハンガーに寄って……」
いつの間にか、緊張は解けていた。
とても和やかな雰囲気の中、俺とルセリアさんは会話を続ける。
彼女は、不思議な人だった。
長年の経験か、生来の才能か。
上手いこと警戒心を解かせる話術というか、テクニックを有していて。
それを、こちらに意識させずに用いる。
重苦しい空気を瞬く間に払拭できる、人間としての魅力を備えているのだ。
……だけれど。
「そろそろ、本題に入ってもいいかしら?」
「だ、大丈夫っす」
まさに、一瞬だった。
弛緩していた空気が、一気に張り詰める。
口元を綻ばせていたルセリアさんは、至極真剣な表情を浮かべていた。
これが、プレッシャーって奴なのか?
目の前に座る女性が、先程まで話していた女性と同一人物とは思えない。
戦場の時の隊長と、全く同じ。
幾重もの戦場を潜り抜けた猛者としての、存在感をひしひしと感じる。
……正直、さっぱり分からない。
艦長室に呼んで、俺と二人きりで。
ルセリアさんは何を話そうとしているんだ……?
「単刀直入に尋ねさせてもらうわ」
「……はい」
「昨晩、イルとは……どこまでやったの?」
「えっ?」
「A? B? もしかして……C!? ねぇ、ゲモンくん、どうなの!? 若さ故の溢れんばかり欲求を、熟れた体にぶつけちゃったの!?!?」
…………は?
と言いかけた自分の口を閉ざす。
脳が、理解を拒んでいる。
この人は一体、何を言っているんだ。
というか、何で、俺と隊長が……そういう雰囲気になりかけた事を知ってるんだ、この人は!!!
「きゃー! 破廉恥だわ、ロマンスだわっ! 歳の差という壁を超えた愛……。ああ、なんてロマンチックなのかしら。貴方達が結ばれたのなら、イルに助言した甲斐があるってものね」
「助言、ですか?」
「ええ。実を言うと、私が口添えしたの。奥手なのは良くないって。年下を落としたいなら、ガツガツ行くくらいが丁度良いってね」
あんたが黒幕だったのかよ!!!
おかしいとは思ってたんだ。
昨夜の隊長の様子は、明らかに変だった。
発言も行動も何もかも、めちゃくちゃで。
ちょくちょくアプローチを仕掛けていたものの、あそこまで開けっぴろげにしたのは初めてだった。
それも、この人が唆した結果なら。
心の内に秘めていた欲望を、理性で押さえ込んでいた隊長が暴走した原因が。
全ての諸悪の根源が、ルセリアさんだとしたらっ、何てことしたんだ、あんたって人は!!!
見た目は若々しいけれど、中身は恋愛話好きなおば……お姉さんそのものじゃねぇか!!!
これには、俺も黙っていられない。
俺の尊厳のため、隊長の名誉のため、ここはガツンと言ってやる。
そう、心に決めた瞬間。
「聞いてくれ、リア! 私は……私はっ、失敗した。絶対絶対絶対っ、ゲモンに嫌われたぁ!!!」
勢い良く、扉が開かれる。
言わずもがな、部屋に入ってきたのは、話題の中心人物である隊長。
黒幕の手のひらで踊らされていた……イルムヒルト・アンシュッツ、その人だった。
彼女はすぐに俺の存在に気づく。
次いで、茹で上がったタコのように顔を真っ赤に染め上げていく。
な、なんて間が悪い人なんだ。
流石に同情を禁じ得ない。
俺にとって、今の隊長は、哀れな被害者の一人にしか見えなかったのだ。
「げ、ゲモン……聞いてくれ。昨日の私は、私じゃない。しょ、正気を失っていたんだ。加齢による焦りと、アルコールによる酩酊と、その他の煩雑な要素によって、私はおかしくなっていた。だから、取り返しのつかない過ちを犯してしまったんだ」
「取り返しのつかない過ちですって!? やっぱり、やったのね、やっちゃったのねっ! ああっ、胸がドキドキするっ! ゲモンくん、責任とってね! イルには、後がないからっ!」
「艦長は置いといて……取り敢えず、俺は平気ですよ、隊長。全部分かってますから」
「ゲモン……。私の本性を垣間見た上で、快く受け入れてくれるのか? 私と永遠の愛を誓って……結婚してくれるのか!?」
あーあ。
もうめちゃくちゃだよ。
隊長は、昨晩みたいなヤバいスイッチが入っちゃったし、艦長の中では、俺達が一晩の過ちを犯していると勘違いされてるし。
どうやって収集つけるんだ、これ。
ていうか、ルセリアさんも隊長と同い年らしいけど、彼女らの世代は化け物しかいないのかな?
「大変です、艦長!!!」
艦長室に入って来たのは、艦の乗務員。
俺の記憶が正しければ、ルセリアさんの補佐を務めている人物だった。
大変だと言っていたが、今の状況以上に大変な事なんて……。
「宇宙海賊の反応をキャッチしました! 間も無く、接敵します!」
不適切な発言を撤回しよう。
想定以上に事態が深刻だった。
「乗組員に配置に着くよう指示を出して。私が直接、艦の指揮を取ります。……イルムヒルト」
「ああ、分かっている。ゲモン、我々もハンガーに向かうぞ。出撃準備だ」
「……了解!」
今更、驚きはしない。
それでも、見事としか言いようがない。
隊長とルセリアさんの二人は、即座にモードを切り替える。
さっきまでの出来事がなかったかのように、意識を変える姿は……歴戦の勇士そのもの。
人に見せられない醜態を晒そうが、年下である俺を病的に好いていようが、隊長は隊長で。
恋愛の話になると我を忘れるくらいに興奮しようが、艦長は艦長。
精神的に未熟者にも程がある俺なんかより、遥かに優れた人間であった。
「急を要するからといって、逸るなよ。出撃前に、機体状態の確認を怠るな」
「はい!」
移動しながらも助言を送ってくれる隊長の表情は、凛々しくて美しい。
こんな時に思う事じゃないけど。
やはり、俺は心の底から隊長を尊敬している。
凄まじく破天荒な本性を持っていようとも、隊長が俺の憧れの人である事実は変わらないのだ。