生存戦争 1936   作:四国の探索人

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第12話 日本海軍地球外生命体小型艦船を撃墜す

 

補給を終えた大日本帝国海軍第一艦隊は、再び東へ向けて出航した。

 

ただし。

 

今度は日本艦隊だけではない。

 

その後方には、アメリカ海軍の艦艇が続いていた。

 

戦艦。

 

巡洋艦。

 

駆逐艦。

 

そして輸送船。

 

もっとも、日本側から見れば奇妙な編成だった。

 

アメリカ軍艦の多くは、本来の搭載量から見て明らかに武装や弾薬を減らしている。

 

甲板上には木箱。

 

救命具。

 

毛布。

 

食料。

 

医薬品。

 

そして。

 

人間を一人でも多く乗せるため、空けられる場所という場所が空けられていた。

 

これは艦隊決戦へ向かう軍ではない。

 

人間を運ぶための艦隊だった。

 

第一艦隊旗艦。

 

艦橋では高橋三吉が海図を見下ろしていた。

 

その横には米内光政。

 

そして。

 

見慣れないアメリカ海軍士官が立っている。

 

海図上に記された目的地を見て、高橋が眉をひそめた。

 

「サンタバーバラ?」

 

アメリカ人士官が頷く。

 

「そうです」

 

「ロサンゼルスではないのですか」

 

「行っても構いませんよ」

 

男は平然と答えた。

 

「街が残っていればですが」

 

高橋が顔を上げる。

 

アメリカ海軍大佐、レイモンド・スプルーアンス。

 

本来なら海軍大学校で戦術を教えている男だった。

 

だがワシントン壊滅後。

 

アメリカ海軍は、使える人間を使える場所へ放り込むしかなくなった。

 

戦術を教えていた士官だろうが。

 

人事を担当していた士官だろうが。

 

海へ出られる者は海へ。

 

艦隊を動かせる者は艦隊へ。

 

今のアメリカには、人事上の都合など気にしている余裕がない。

 

高橋がもう一度海図を見る。

 

「ロサンゼルスは……そこまで酷いのですか」

 

スプルーアンスは少し黙った。

 

「最初の攻撃を受けています」

 

「港は?」

 

「使えません」

 

「サンディエゴは」

 

「軍港です」

 

スプルーアンスは指を南へ滑らせる。

 

「まだ使える施設もありますが、敵が再び狙う可能性が高い。それに軍の撤収も進めています」

 

そして指を北へ動かした。

 

「だから今回はここです」

 

サンタバーバラ。

 

ロサンゼルスよりはるかに小さい沿岸都市。

 

戦略上の重要度も低い。

 

だからこそ。

 

まだ残っていた。

 

高橋は尋ねた。

 

「大都市ではないのですな」

 

「大都市は壊滅していますからね」

 

さらりと返された言葉に。

 

高橋は何も言えなかった。

 

日本でなら。

 

東京。

 

横浜。

 

大阪。

 

神戸。

 

そんな都市が一日で消えた。

 

それと同じ話を。

 

目の前のアメリカ人はしている。

 

スプルーアンスは海図を見ながら続けた。

 

「サンタバーバラ周辺には、内陸から逃げてきた避難民が集まっています」

 

「何人ほど」

 

「分かりません」

 

高橋が眉を寄せる。

 

「また分からない?」

 

「昨日から人数が増え続けています」

 

「政府は把握していないのですか」

 

スプルーアンスが高橋を見る。

 

「政府そのものが逃げているんですよ」

 

一言。

 

それで終わった。

 

高橋は口を閉じる。

 

少し離れたところで聞いていた米内が口を開いた。

 

「ところでスプルーアンス大佐」

 

「何でしょう」

 

「貴方は自分の艦に乗らなくてもいいので?」

 

スプルーアンスが肩をすくめた。

 

「行き違いを避けるためです」

 

「行き違い?」

 

「日本艦隊は独自指揮」

 

「ええ」

 

「アメリカ艦隊も独自指揮」

 

「そうですな」

 

「そして作戦そのものを知っている人間が、それぞれ別の船にいる」

 

高橋が理解した。

 

「命令が食い違う」

 

「そういうことです」

 

スプルーアンスが海図を指す。

 

「それに私なら日本語はできませんが、少なくとも作戦内容は全部知っている」

 

「合理的ですな」

 

「アメリカ海軍も今回同行していますが」

 

スプルーアンスは後方の艦隊を見る。

 

「うちの船は避難民を乗せるため、武装をかなり下ろしています」

 

高橋が振り返った。

 

確かに。

 

一部の輸送任務艦は、戦闘力より収容力を優先している。

 

「日本艦隊に敵の迎撃を?」

 

「それもあります」

 

スプルーアンスは隠さなかった。

 

「あなた方には、まだ弾がありますから」

 

米内が苦笑する。

 

「どうやら本当に我々を働かせるつもりらしい」

 

「燃料代はこちら持ちです」

 

「昨日ニミッツ大佐にも言われました」

 

「なら話が早い」

 

高橋は二人の会話を聞きながら。

 

もう一度サンタバーバラを見る。

 

「しかし……」

 

指で海図上の港を叩く。

 

「この港」

 

「はい」

 

「これだけの人数を収容するには、かなり時間を要しそうですな」

 

スプルーアンスが頷いた。

 

「それが問題です」

 

サンタバーバラ港は、小規模船舶には使える。

 

だが。

 

第一艦隊の戦艦を何隻も横付けできるような大港湾ではない。

 

ましてアメリカ側の避難船まで集中する。

 

しかも。

 

本土襲撃後。

 

現地では急ごしらえの桟橋。

 

小型艇。

 

漁船。

 

艀。

 

使える物なら何でも集めていた。

 

「臨時で拡張しています」

 

スプルーアンスが説明する。

 

「漁船用の施設も全部使う。沖に大型船を置いて、小型艇で人間を運ぶ」

 

「何往復です?」

 

「数えるのを止めた方が気分にはいいでしょう」

 

「時間は」

 

「順調なら」

 

スプルーアンスが時計を見る。

 

「半日」

 

高橋が顔をしかめる。

 

「順調なら?」

 

「途中で船が座礁しない」

 

一本指。

 

「避難民が暴動を起こさない」

 

二本。

 

「敵が来ない」

 

三本。

 

スプルーアンスは手を下ろした。

 

「この三つが全部守られれば、ですが」

 

米内が言った。

 

「最後が一番難しそうですな」

 

「そう思います」

 

高橋は腕を組んだ。

 

「では、その半日の間」

 

スプルーアンスが見る。

 

「我々は何を」

 

「好きにしてください」

 

「……好きに?」

 

「日本艦隊は偵察に来たのでしょう?」

 

「ええ」

 

「敵を見たい」

 

「そのために太平洋を渡りました」

 

「なら」

 

スプルーアンスは窓の外を見る。

 

「好きなだけ偵察機を飛ばしてください」

 

「よろしいので?」

 

「ええ」

 

「アメリカ領空ですが」

 

「今さらです」

 

スプルーアンスの返事は早かった。

 

「敵は許可を取って飛んでいませんから」

 

米内が小さく笑う。

 

「なるほど」

 

「沿岸から内陸まで、好きなように見てもらって構いません」

 

「機密施設は?」

 

「残っていれば避けてください」

 

「随分と投げやりですな」

 

「国土の半分が燃えている時に、外国人に飛行場を見られたと怒るほど暇ではない」

 

これには高橋も僅かに笑った。

 

「では、お言葉に甘えましょう」

 

「ただし」

 

スプルーアンスの表情が変わった。

 

「発見したら追いかけ過ぎないでください」

 

「敵機を?」

 

「敵機……」

 

少し考える。

 

「そう呼んでいいのか分かりませんが」

 

高橋が尋ねる。

 

「どれほど速い」

 

「報告では」

 

スプルーアンスは答えた。

 

「こちらの飛行機とは比較にならない」

 

「機銃は」

 

「効かない」

 

「爆弾」

 

「ほとんど」

 

「装甲が厚い?」

 

「そういう話です」

 

高橋が米内を見る。

 

米内も何も言わない。

 

まだ。

 

実際に見ていない。

 

だから。

 

どこかで信じ切れない。

 

アメリカ軍が敗れた。

 

それは見た。

 

避難民も見た。

 

ハワイに集結する大艦隊も見た。

 

だが。

 

肝心の敵をまだ見ていない。

 

高橋は頷いた。

 

「承知しました」

 

そして言った。

 

「まずは港へ向かいましょう」

 

          

 

数時間後。

 

「陸影!」

 

見張員の声が上がった。

 

アメリカ西海岸。

 

カリフォルニア。

 

サンタバーバラ。

 

日本海軍の将兵たちにとって。

 

初めて見るアメリカ本土だった。

 

本来ならば。

 

異国の街並み。

 

海岸。

 

白い建物。

 

桟橋。

 

それを興味深そうに眺める者が多かっただろう。

 

だが。

 

今回は違った。

 

最初に見えたものは。

 

煙だった。

 

「……火事か?」

 

一人の水兵が呟いた。

 

街そのものは残っている。

 

少なくとも。

 

ロサンゼルスのように消滅してはいない。

 

しかし。

 

至るところから煙が上がっている。

 

道路には自動車。

 

トラック。

 

馬車。

 

徒歩の人間。

 

海岸沿いには。

 

夥しい数の人影。

 

「人が……」

 

双眼鏡を覗いていた水兵が声を失う。

 

「多い」

 

港だけではない。

 

海岸。

 

桟橋。

 

道路。

 

倉庫周辺。

 

人。

 

人。

 

人。

 

避難民だった。

 

アメリカ軍が海岸線に柵を作り。

 

兵士や警官が人々を誘導している。

 

だが。

 

到底足りていない。

 

「なんだ、あれ」

 

日本艦上からも見える。

 

一艘の漁船。

 

人間を乗せ過ぎて。

 

船縁が水面すれすれまで沈んでいる。

 

その横。

 

小さなヨット。

 

さらに。

 

どう見ても沿岸航行用の船。

 

それらが沖合に停泊している大型船との間を往復していた。

 

高橋が双眼鏡を下ろした。

 

「確かに」

 

スプルーアンスを見る。

 

「半日は掛かりそうですな」

 

「半日で済めば上出来です」

 

スプルーアンスは落ち着いて答えた。

 

だが。

 

その手は双眼鏡を強く握っていた。

 

目の前にいるのは。

 

自国民だ。

 

「通信!」

 

「港湾側からです!」

 

「読め!」

 

「『日本艦隊を確認』」

 

通信員が続ける。

 

「『救援に感謝する』」

 

また。

 

同じ言葉。

 

高橋は返答を命じた。

 

「第一艦隊よりサンタバーバラへ」

 

通信員が構える。

 

「『予定通り作戦を開始する』」

 

少し考える。

 

「それだけでいい」

 

「はっ!」

 

米内が尋ねる。

 

「随分と簡潔ですな」

 

高橋は答えた。

 

「今は挨拶より人を乗せる方が先だ」

 

その頃。

 

アメリカ艦隊が動き始めた。

 

輸送船は沖合へ。

 

比較的小型の艦艇は港近くへ。

 

駆逐艦。

 

曳船。

 

艀。

 

漁船。

 

使える船艇という船艇が人間輸送へ投入される。

 

スプルーアンスが指示を出した。

 

「アメリカ側の戦闘艦は南北へ展開」

 

「輸送船は?」

 

「沖で待機」

 

「病院船」

 

「負傷者を優先」

 

高橋も日本側へ命令する。

 

「戦艦部隊は沖合で警戒!」

 

「巡洋艦隊は外周!」

 

「駆逐隊はアメリカ側の輸送航路へ!」

 

そして。

 

少し間を置いた。

 

「航空隊」

 

源田実が振り返る。

 

「はい」

 

高橋が陸地を見る。

 

「偵察を出せ」

 

「範囲は?」

 

「まず沿岸」

 

「その後は」

 

高橋がスプルーアンスを見る。

 

スプルーアンスは言った。

 

「好きなだけ」

 

高橋の視線が内陸へ向く。

 

「では」

 

「行けるところまで行け」

 

源田が頷く。

 

「了解」

 

命令が航空母艦へ伝達される。

 

飛行甲板。

 

整備兵が一斉に動き始める。

 

航空機が甲板上へ運ばれる。

 

エンジンが始動する。

 

甲高い音。

 

プロペラが回転する。

 

一機。

 

また一機。

 

帝国海軍機が飛行甲板を走り。

 

カリフォルニアの空へ舞い上がっていく。

 

甲板から見送る水兵たちの中には。

 

まだ期待している者もいた。

 

何もいない。

 

アメリカ人が何かを見間違えただけだ。

 

あるいは。

 

秘密兵器。

 

新型航空機。

 

何らかの人間による攻撃。

 

そんな答えが見つかることを。

 

しかし。

 

飛び立つ航空機を見ながら。

 

スプルーアンスが低く言った。

 

「できれば」

 

高橋が振り返る。

 

「何です?」

 

「何も見つけず戻ってきてほしい」

 

高橋は少し意外そうに彼を見る。

 

「敵の情報が欲しいのでは?」

 

「欲しいですよ」

 

スプルーアンスは陸地を見る。

 

「だが」

 

遥か彼方。

 

煙の上がるカリフォルニア。

 

「見つけるということは」

 

言葉を切る。

 

「向こうにも見つかるということだ」

 

高橋は返事をしなかった。

 

海岸では。

 

避難民の収容が始まっていた。

 

老人。

 

女。

 

子供。

 

負傷兵。

 

軍人。

 

警察官。

 

そして。

 

逃げられる者から順に。

 

船へ乗せられていく。

 

一時間。

 

二時間。

 

三時間。

 

輸送は続いた。

 

第一艦隊の将兵たちは。

 

海から空を警戒し続ける。

 

しかし。

 

敵は現れない。

 

「……来ませんな」

 

米内が言った。

 

高橋は時計を見る。

 

「このままなら有難い」

 

「ええ」

 

「偵察機は?」

 

「第一陣が間もなく戻る頃です」

 

高橋が空を見る。

 

しばらくして。

 

遠方に小さな機影が見えた。

 

一機。

 

日本海軍機。

 

「帰ってきたぞ!」

 

誰かが言った。

 

高橋が双眼鏡を上げる。

 

だが。

 

すぐに異変に気付いた。

 

「……一機?」

 

源田が顔を上げる。

 

飛ばした機数より。

 

少ない。

 

さらに。

 

帰還してきたその一機も。

 

飛び方がおかしい。

 

「機体が損傷している!」

 

甲板が慌ただしくなる。

 

「着艦準備!」

 

「急げ!」

 

航空機が高度を落とす。

 

翼に穴。

 

胴体には焼け焦げた跡。

 

そして。

 

機体後部の一部が。

 

熱で溶かされたように黒く変色していた。

 

無理矢理に着艦する。

 

車輪が甲板を叩く。

 

機体が大きく跳ねる。

 

整備兵たちが駆け寄った。

 

風防が開く。

 

搭乗員が引きずり出される。

 

顔は真っ青だった。

 

高橋と米内。

 

そしてスプルーアンスが急いで降りてくる。

 

源田が先に尋ねた。

 

「何があった!」

 

搭乗員が息を整える。

 

「……いました」

 

その一言。

 

周囲が静まる。

 

高橋が近づく。

 

「何がだ」

 

男は高橋を見る。

 

「アメリカ側の報告にあった……」

 

震える手で。

 

空を指差した。

 

「鉄の船です」

 

米内の顔から。

 

完全に笑みが消えた。

 

高橋が尋ねる。

 

「僚機は」

 

搭乗員は答えなかった。

 

その顔だけで。

 

十分だった。

 

スプルーアンスが目を閉じる。

 

ほんの一瞬。

 

そして。

 

高橋三吉を見る。

 

「これで」

 

低い声だった。

 

「偵察の目的は果たせましたかな」

 

誰も。

 

笑わなかった。

 

 

 

 

 

 

高橋三吉は、帰還した偵察機をしばらく見つめていた。

 

翼に開いた穴。

 

黒く焼けた胴体。

 

そして。

 

戻ってこなかった僚機。

 

これまでアメリカ側から聞かされていた話は、もはや伝聞ではなくなった。

 

高橋はゆっくりと振り返った。

 

「第一次制空隊を出す」

 

航空参謀が顔を上げる。

 

「第一次ですか」

 

「ああ」

 

高橋は港の向こう、カリフォルニアの空を見る。

 

「黒岩隊を出撃させてくれ」

 

「十二機全機?」

 

「全部だ」

 

少し間を置き。

 

「ただし深追いは禁止。敵を確認し、可能なら性能を測る」

 

「撃墜は?」

 

高橋は答えた。

 

「できるものなら、してもらいたい」

 

          *

 

命令はすぐ航空母艦へ届いた。

 

飛行甲板。

 

十二機の九五式艦上戦闘機が次々と並べられていく。

 

中島飛行機製。

 

九五式艦上戦闘機。

 

海軍制式記号A4N1。

 

帝国海軍最後の複葉艦上戦闘機だった。

 

最高速度、およそ時速三百五十キロ。

 

武装。

 

機首に固定された七・七ミリ機銃二挺。

 

まだ新鋭機と言ってよい。

 

だが。

 

今から相手にするものは。

 

アメリカ軍の証言が正しければ、その三百五十キロという数字そのものが意味を持たないほど速い。

 

黒岩利雄は操縦席へ身体を収めながら、整備員へ尋ねた。

 

「機銃は?」

 

「七・七ミリ、二挺とも異常なし!」

 

「弾は」

 

「満載です!」

 

黒岩は頷く。

 

風防などない。

 

顔に直接、海風が当たる。

 

エンジンが始動した。

 

空冷星型発動機が唸る。

 

プロペラが回転を始める。

 

周囲でも十一機が次々と目覚めていった。

 

黒岩は独り言のように呟いた。

 

「機体性能が圧倒している敵への対応か……」

 

笑いたくなる。

 

敵が速い。

 

機銃が効かない。

 

こちらの飛行機は簡単に撃ち落とされる。

 

そんなものを。

 

どうやって落とせというのか。

 

だが。

 

一つだけ確かなことがある。

 

空へ上がらなければ、何も分からない。

 

黒岩が腕を上げた。

 

「発艦!」

 

一番機が滑走する。

 

続いて二番機。

 

三番機。

 

次々と飛行甲板を離れ。

 

十二機の九五式艦戦が太平洋上空へ舞い上がった。

 

          *

 

編隊はカリフォルニア沿岸を目指した。

 

高度を取り。

 

三機ずつ。

 

互いを援護できる間隔を保って進む。

 

眼下には日本艦隊。

 

アメリカ艦隊。

 

さらにその先には。

 

避難民が集まり続けるサンタバーバラ。

 

黒岩は周囲を見渡した。

 

空は青い。

 

雲も少ない。

 

敵など存在しないように見える。

 

「本当にいるのか……」

 

誰かが通信で呟く。

 

黒岩が返す。

 

「油断するな」

 

その直後だった。

 

前方。

 

空の一点。

 

何かが光った。

 

黒岩の目が止まる。

 

飛行機ではない。

 

翼がない。

 

プロペラも見えない。

 

ただ。

 

黒い点が浮かんでいる。

 

「前方、十一時!」

 

編隊が反応する。

 

黒岩が双眼鏡代わりに目を凝らした。

 

点が大きくなる。

 

いや。

 

違う。

 

大きくなっているのではない。

 

こちらへ来ている。

 

猛烈な速度で。

 

「敵機襲来!」

 

黒岩が叫んだ。

 

「警戒を厳にせよ!」

 

十二機が一斉に散開した。

 

次の瞬間。

 

それは彼らの横を通り過ぎた。

 

「なっ――」

 

一瞬だった。

 

黒い金属の塊。

 

小型。

 

戦闘機より大きい程度。

 

翼らしいものはない。

 

排気煙もない。

 

なのに。

 

九五式艦戦とは比較にならない速度で飛んでいる。

 

通過した時の風圧で、何機かが揺さぶられた。

 

黒岩が振り返る。

 

「速い……!」

 

誰かが叫ぶ。

 

「旋回しています!」

 

遠方。

 

宇宙船が向きを変えている。

 

しかし。

 

そこで黒岩は気付いた。

 

「……ん?」

 

速い。

 

確かに圧倒的に速い。

 

だが。

 

曲がり方がおかしい。

 

九五式艦戦ならば、操縦桿を倒して機体を傾け、小さな円を描く。

 

ところが敵船は。

 

凄まじい速度を維持したまま旋回しようとしているため。

 

遠い。

 

恐ろしく大きな円を描いている。

 

黒岩の目が細くなる。

 

「なるほどな」

 

速度がある。

 

だから曲がれない。

 

少なくとも。

 

こちらほど小さくは。

 

「全機!」

 

黒岩が叫ぶ。

 

「奴と速度で張り合うな!」

 

返事が飛ぶ。

 

「どうします!」

 

「回れ!」

 

「旋回戦ですか!」

 

「そうだ!」

 

黒岩は操縦桿を倒した。

 

九五式艦戦が急旋回する。

 

複葉の翼が空気を掴む。

 

「どうせ遠くから当てたところで効かん!」

 

敵船の姿を追う。

 

「格闘戦へ持ち込む!」

 

さらに。

 

「至近距離から叩き込め!」

 

十二機が。

 

一斉に小さく旋回する。

 

その中心へ。

 

宇宙船が戻ってきた。

 

「来るぞ!」

 

黒岩が照準器へ敵を入れる。

 

まだ遠い。

 

近づく。

 

さらに。

 

近い。

 

「撃て!」

 

七・七ミリ機銃二挺が火を噴いた。

 

ダダダダダダダダッ――!

 

曳光弾が伸びる。

 

別の機体も射撃。

 

さらに二機。

 

四機。

 

日本機の機銃弾が宇宙船へ集中する。

 

当たった。

 

火花。

 

何度も。

 

明らかに命中している。

 

「命中!」

 

「当たってるぞ!」

 

だが。

 

黒岩は叫んだ。

 

「違う!」

 

宇宙船表面。

 

弾丸が。

 

弾かれている。

 

金属表面で火花を散らし。

 

跳ね返る。

 

穴が開かない。

 

煙も出ない。

 

速度も落ちない。

 

七・七ミリ。

 

二挺。

 

何十発。

 

何百発。

 

命中している。

 

それでも。

 

何も起きない。

 

「効いてない!」

 

誰かが叫んだ。

 

その瞬間。

 

宇宙船の前部が光った。

 

黒岩が反射的に叫ぶ。

 

「散れ!」

 

白い光。

 

一筋。

 

音より先に。

 

一機の九五式艦戦を貫いた。

 

翼の付け根。

 

一瞬。

 

木材。

 

金属。

 

布。

 

全てが赤く光り。

 

次の瞬間。

 

機体が炎に包まれた。

 

「二番機!」

 

燃えながら落ちる。

 

搭乗員が脱出する暇すらない。

 

海面へ。

 

黒煙を引きながら墜落していった。

 

一機。

 

わずか一撃。

 

黒岩の顔が引き締まる。

 

「なるほど……」

 

アメリカ人の言っていたことは本当だった。

 

敵の火力。

 

こちらとは比較にならない。

 

「全機、奴の正面へ出るな!」

 

黒岩が命じる。

 

「射線を作らせるな!」

 

九五式艦戦が一斉に旋回。

 

宇宙船も追う。

 

しかし。

 

ここで差が出た。

 

宇宙船が一機を追いかける。

 

直線では速い。

 

簡単に追いつく。

 

ところが。

 

日本機が急旋回。

 

敵船は。

 

そのまま通り過ぎた。

 

「あいつ!」

 

一人が気付く。

 

「回れないぞ!」

 

「いや!」

 

黒岩が訂正する。

 

「回れる!」

 

敵船が遠方で大きく弧を描く。

 

「だが大回りだ!」

 

九五式艦戦。

 

複葉機。

 

速度では完全に時代遅れになりつつある。

 

しかし。

 

速度を落とした格闘戦では。

 

話が違った。

 

小さく回る。

 

また回る。

 

敵の後方へ潜り込む。

 

「後ろを取れ!」

 

三機が宇宙船の後ろへ。

 

七・七ミリ機銃。

 

一斉射。

 

ダダダダダダッ!

 

火花。

 

火花。

 

さらに火花。

 

「畜生!」

 

「一発くらい入れ!」

 

敵船が加速。

 

一瞬で離れる。

 

追えない。

 

だが。

 

戻ってくるには時間がいる。

 

黒岩が叫ぶ。

 

「敵が通過するたび撃て!」

 

「了解!」

 

「追うな!」

 

「奴が戻ってくるのを待て!」

 

これは。

 

格闘戦と呼んでよいのかも分からない。

 

敵は通過する。

 

日本機は旋回する。

 

敵が大きく回って戻ってくる。

 

また銃撃。

 

敵船が光線を撃つ。

 

一機。

 

海へ落ちる。

 

さらに。

 

「四番機!」

 

光線が右翼を切断。

 

機体が回転。

 

墜落。

 

三機目。

 

別の機が敵の後ろから射撃。

 

跳ね返る。

 

宇宙船が急加速。

 

また大きく旋回。

 

戻る。

 

光。

 

四機目。

 

今度は胴体を真正面から貫かれた。

 

爆発。

 

黒岩は歯を食いしばる。

 

「まだだ!」

 

残り八。

 

撃つ。

 

当たる。

 

効かない。

 

敵も撃つ。

 

だが。

 

敵の光線にも癖があった。

 

連射してこない。

 

一度撃った後。

 

暫く間が空く。

 

「撃った!」

 

黒岩が叫ぶ。

 

「今だ!」

 

残存機が殺到。

 

七・七ミリ機銃。

 

至近距離。

 

百メートル。

 

さらに。

 

五十。

 

火花が飛び散る。

 

だが。

 

やはり抜けない。

 

「装甲が硬すぎる!」

 

その直後。

 

敵船が再び光った。

 

五機目。

 

九五式艦戦の機首が消えた。

 

そのまま墜落。

 

残り七。

 

黒岩は息を荒くする。

 

五機。

 

すでに五人。

 

殺された。

 

こちらの銃弾は。

 

ほとんど効かない。

 

それでも。

 

逃げれば。

 

港へ行く。

 

避難民のところへ。

 

艦隊へ。

 

「隊長!」

 

一人の搭乗員から通信。

 

「このままじゃ削られるだけです!」

 

黒岩も分かっている。

 

何か。

 

何か違う場所はないか。

 

装甲。

 

全部同じなのか。

 

黒岩は宇宙船を見る。

 

前。

 

側面。

 

後ろ。

 

その時。

 

光が反射した。

 

上部。

 

透明ではない。

 

だが。

 

他とは明らかに材質の違う部分。

 

「……操縦席?」

 

アメリカ側から聞いていた。

 

小型船にも乗員がいる。

 

なら。

 

見る必要がある。

 

外を見る場所が。

 

黒岩が叫ぶ。

 

「上部だ!」

 

「何です!」

 

「あの色の違う部分を見ろ!」

 

宇宙船上部。

 

わずかな窓状の構造。

 

しかし。

 

当てるには近づかなければならない。

 

「隊長!」

 

別の声。

 

「俺が行きます!」

 

黒岩が振り返る。

 

一機の九五式艦戦。

 

「待て!」

 

「機銃じゃ無理です!」

 

「やめろ!」

 

返事は。

 

なかった。

 

日本機が。

 

真っ直ぐ宇宙船へ向かう。

 

黒岩が叫ぶ。

 

「離れろ!」

 

だが。

 

操縦士は進路を変えない。

 

七・七ミリ。

 

撃つ。

 

撃ち続ける。

 

火花。

 

宇宙船も気付いた。

 

船首が日本機へ向く。

 

光。

 

日本機の左翼が吹き飛んだ。

 

それでも。

 

機体は進む。

 

片翼で。

 

炎を吐きながら。

 

「行けええええっ!」

 

声。

 

そして。

 

激突。

 

九五式艦戦が。

 

宇宙船側面へ突き刺さった。

 

爆発。

 

火球。

 

黒岩は腕で顔を庇う。

 

「……!」

 

煙。

 

宇宙船が飛び出してくる。

 

まだ落ちていない。

 

だが。

 

明らかにおかしい。

 

「速度が……」

 

遅い。

 

今までならば。

 

一瞬で離れていた。

 

ところが。

 

速度が上がらない。

 

船体の片側から。

 

何かが煙を吐いている。

 

出力低下。

 

あるいは推進装置の損傷。

 

「隊長!」

 

さらに一機。

 

「俺も行きます!」

 

「待て!」

 

今度は二機。

 

同時に宇宙船へ。

 

「馬鹿!」

 

黒岩が叫ぶ。

 

敵船から光線。

 

一機撃墜。

 

だが。

 

もう一機。

 

機銃を撃ちながら突っ込む。

 

宇宙船が避ける。

 

遅い。

 

まだ速い。

 

しかし。

 

最初とは違う。

 

日本機の残骸が船体後方へ激突した。

 

二度目の爆発。

 

宇宙船が大きく揺れる。

 

速度がさらに落ちた。

 

黒岩の目が鋭くなる。

 

「……見えた」

 

上部。

 

先ほどの色の違う部分。

 

衝撃で。

 

外装の一部が剥がれている。

 

その内側。

 

何かが動いた。

 

黒岩は操縦桿を倒す。

 

九五式艦戦が急旋回。

 

敵船後方。

 

さらに。

 

側面。

 

前へ回り込む。

 

「隊長!正面は!」

 

「分かってる!」

 

敵船の光線発射口。

 

まだ光っていない。

 

直前に一機を撃墜した。

 

再装填。

 

今しかない。

 

黒岩は高度を少し上げる。

 

宇宙船より上へ。

 

そこから。

 

機首を下げた。

 

急降下。

 

「黒岩機!」

 

敵船上部。

 

照準器。

 

窓。

 

いや。

 

操縦区画。

 

距離。

 

二百。

 

百五十。

 

百。

 

黒岩が引き金を握る。

 

「そこならどうだ!」

 

七・七ミリ機銃二挺。

 

咆哮。

 

ダダダダダダダダダダダッ!

 

最初の数発。

 

火花。

 

次。

 

表面の一部が割れる。

 

「!」

 

黒岩は撃ち続ける。

 

七・七ミリ弾が一点へ集中。

 

一発。

 

二発。

 

十発。

 

操縦区画。

 

割れた。

 

その奥へ。

 

弾丸が吸い込まれる。

 

緑。

 

一瞬。

 

緑色の液体が内部へ飛び散った。

 

黒岩の目が見開かれる。

 

「入った!」

 

宇宙船が突然。

 

傾いた。

 

これまでの精密な飛行が消える。

 

蛇行。

 

高度低下。

 

黒岩は機体を引き起こす。

 

「離れろ!」

 

残存機が散開。

 

宇宙船は。

 

立て直せない。

 

右へ傾き。

 

海面へ向かう。

 

速度を失いながら。

 

落ちる。

 

落ちる。

 

そして。

 

海面へ。

 

激突。

 

巨大な水柱。

 

数秒後。

 

海上に。

 

黒い破片が浮かび上がった。

 

通信機から。

 

誰も声を出さなかった。

 

黒岩も。

 

しばらく。

 

海面を見ていた。

 

十二機。

 

出撃。

 

残っているのは。

 

僅か。

 

それでも。

 

敵船は。

 

落ちた。

 

人類の航空機では歯が立たない。

 

そう言われたものが。

 

目の前で。

 

海へ沈んだ。

 

通信から震える声が聞こえる。

 

「……落とした」

 

別の声。

 

「敵機……撃墜」

 

黒岩はすぐ訂正した。

 

「浮かれるな」

 

息を整える。

 

「こっちは何機やられた」

 

返答はない。

 

「七・七ミリは外板には効かん」

 

黒岩は沈んだ場所を見る。

 

「正面から速度で追えば殺される」

 

そして。

 

「だが」

 

少しだけ声を強くした。

 

「奴らも無敵じゃない」

 

生き残った搭乗員たちが聞く。

 

「旋回半径は大きい」

 

「光線は連射できん」

 

「船体を壊せば速度が落ちる」

 

さらに。

 

黒岩は最後に見た。

 

緑色。

 

敵の血。

 

「操縦席なら七・七ミリでも抜ける」

 

誰かが呟いた。

 

「……殺せるんですね」

 

黒岩は答えた。

 

「ああ」

 

海面を見る。

 

「殺せる」

 

         *

 

第一艦隊。

 

艦橋。

 

見張員が叫んだ。

 

「敵船墜落!」

 

高橋三吉が双眼鏡を離さない。

 

「確認した」

 

米内も同じ方向を見ていた。

 

遥か遠く。

 

海上に上がる黒煙。

 

そして。

 

そこから戻ってくる。

 

日本機。

 

数が。

 

あまりにも少ない。

 

高橋が低く尋ねる。

 

「何機戻る」

 

見張員が数える。

 

「……確認できるのは」

 

一瞬止まる。

 

「五機!」

 

十二機。

 

五機。

 

高橋の表情が固まった。

 

米内が呟く。

 

「一機を落とすのに……七機」

 

勝利。

 

そう呼ぶには。

 

あまりにも高い。

 

だが。

 

横にいたスプルーアンスだけは。

 

信じられないものを見るように海を眺めていた。

 

「……落としたのか?」

 

高橋が見る。

 

スプルーアンスは双眼鏡を構えたまま言った。

 

「本当に?」

 

「どうやら」

 

米内が答えた。

 

「一隻ですが」

 

スプルーアンスがゆっくり双眼鏡を下ろす。

 

アメリカ軍も。

 

敵小型船へ機銃を撃った。

 

何度も。

 

何百発も。

 

そして。

 

一方的に撃ち落とされた。

 

だが。

 

日本機は。

 

七機と引き換えに。

 

一隻を落とした。

 

高橋は喜ばなかった。

 

むしろ険しい顔で言った。

 

「撃墜機を回収する」

 

「搭乗員は」

 

「生存者がいれば全員だ」

 

そして。

 

海上の敵残骸を見る。

 

「敵船の残骸も可能な限り引き揚げろ」

 

米内が頷く。

 

「装甲を調べますか」

 

「全部だ」

 

「全部?」

 

「材質」

 

一本。

 

「推進機関」

 

二本。

 

「光線兵器」

 

三本。

 

そして。

 

「操縦席」

 

高橋は言った。

 

「七人死んで得た情報だ」

 

声が低くなる。

 

「一つたりとも無駄にするな」

 

その日。

 

大日本帝国海軍は。

 

人類史上初めて。

 

空を飛ぶ地球外生命体の戦闘艇を撃墜した。

 

だが。

 

その戦果は。

 

十二機のうち七機を失うという。

 

あまりにも高い代償によって得られたものだった。

 

そして何より。

 

日本海軍が学んだ事実は。

 

敵が無敵ではないことと同時に。

 

もう一つあった。

 

――通常の戦い方では。

 

こちらが先に尽きる。

ということだった。

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