数時間後。
サンタバーバラ沖。
日本艦隊、アメリカ艦隊の双方で続けられていた艦内確認作業は、ようやく終わりを迎えようとしていた。
避難民は区画ごとに分けられ。
不審な行動を取った者。
立入禁止区画へ近づいた者。
身元の説明が曖昧な者。
そうした人間を一人ずつ隔離し、確認していく。
当然。
混乱も起きた。
「俺は人間だ!」
「妻に聞け!」
「子供が待っているんだ!」
「腕を切る気か!」
血液の色を確かめる。
ただそれだけでも。
避難民にとっては恐怖だった。
だが。
実際に紛れ込んでいた。
人間の姿をした敵が。
数体。
幸いにも。
すでに艦内へ警戒命令が出された後だった。
重要区画へ侵入しようとした個体。
隔離を拒絶し、右腕を異常に伸ばした個体。
検査の途中で兵士へ襲いかかった個体。
いずれも銃撃を受け。
緑色の血を流して倒れた。
今度は。
ファラガットやシカゴの時のような大被害にはならなかった。
その報告をまとめたアメリカ海軍の伝令が。
スプルーアンスのいる区画へ入ってきた。
「大佐」
スプルーアンスが顔を上げる。
「終わったか」
「はい。主要艦艇については確認終了です」
「結果は」
伝令は書類を見る。
「エイリアンと思われる個体は複数発見されました」
スプルーアンスの顔が険しくなる。
「何体だ」
数が報告される。
決して多くはない。
だが。
一体でも艦内へ入れば。
機関室。
弾薬庫。
燃料。
火薬。
狭い軍艦では。
いくらでも破壊工作ができる。
スプルーアンスが尋ねた。
「どの船から出た」
「それなのですが」
伝令が書類をめくる。
「共通点があります」
「言ってみろ」
「確認された敵性個体は全て」
一度。
言葉を区切る。
「大型生命体が港へ接近した際、緊急収容した避難民の中にいました」
スプルーアンスが眉を寄せる。
「それ以前に乗船していた人間からは?」
「現在のところ確認されていません」
「つまり」
スプルーアンスが椅子へ深く座る。
「あの混乱に紛れて乗ったのか」
「可能性が高いと思われます」
スプルーアンスはしばらく黙った。
そして。
低く吐き捨てた。
「まさか」
「……」
「変身までできるとはな」
伝令が。
そこで僅かに首を傾げた。
「大佐」
「何だ」
「正確には」
書類を見る。
「単純な変身とは違うかもしれません」
スプルーアンスが顔を上げた。
「ああ?」
「どういう意味だ」
伝令は一枚の調書を差し出した。
「擬態していた敵のうち、一体について」
スプルーアンスが受け取る。
「姿の元になったと思われる人物が確認されました」
「どういうことだ」
「実在していた市民です」
「……」
スプルーアンスの目が細くなる。
伝令が続ける。
「サンタバーバラ近郊に住んでいた男性」
「家族構成」
「妻と娘」
「その二人も?」
「同じ船にいました」
スプルーアンスが一瞬止まった。
「待て」
伝令を見る。
「本人と家族が一緒にいたのか?」
「家族が一緒にいたのは」
少し言葉を選ぶ。
「本人だと思っていた個体です」
スプルーアンスは黙る。
「つまり」
ゆっくり確認する。
「妻も娘も」
「はい」
「そいつを夫であり父親だと思っていた?」
「そう証言しています」
スプルーアンスが立ち上がった。
「家族は拘束したのか」
「一時的に」
「検査は」
「済んでいます」
伝令はすぐ答えた。
「血液は赤です」
スプルーアンスの顔から。
僅かに緊張が抜ける。
「二人とも?」
「はい」
「敵ではない?」
「現時点では」
「分かった」
スプルーアンスはもう一度調書を見る。
「なら」
指で紙を叩く。
「家族まで偽装していたわけではない」
「はい」
「一人だけ」
「そうです」
数秒。
スプルーアンスは考える。
「変身ではあるが」
独り言のように呟く。
「人間の体に寄生している……」
伝令が反応する。
「その可能性も考えました」
「違うのか」
「分かりません」
率直だった。
「ですが」
続ける。
「家族から興味深い証言があります」
「聞こう」
伝令が別の紙を見る。
「妻の証言です」
スプルーアンスは黙って待つ。
「避難前」
「うん」
「夫が一度、家族とはぐれています」
「どれくらい」
「正確には不明。数十分から一時間程度」
「その後」
「再会した」
「そうです」
スプルーアンスの表情が変わる。
伝令が続けた。
「ただし」
「何だ」
「再会後の夫には」
紙を見る。
「記憶の欠落があった」
スプルーアンスの目が止まる。
「どの程度だ」
「かなり」
「具体的に」
「娘の名前をすぐ思い出せない」
「……」
「自宅の場所を間違える」
「……」
「妻との過去の出来事を尋ねられても答えられない」
スプルーアンスがゆっくり椅子へ戻る。
「それで家族は怪しまなかったのか」
「怪しんではいたようです」
「なら何故」
「状況が状況です」
伝令が答える。
「街は崩壊」
「軍も撤退」
「巨大生物が接近」
「家族自身も何度か死にかけています」
スプルーアンスは理解した。
「ショックで記憶が飛んだと」
「そう思ったそうです」
伝令が頷く。
「本人も頭痛がする」
「混乱している」
「思い出せない」
「そういう態度だったと」
スプルーアンスが調書を見る。
「会話はできたのか」
「はい」
「英語も」
「問題なく」
「人間らしく振る舞えた」
「少なくとも」
伝令が答える。
「家族を騙せる程度には」
スプルーアンスはそこで口を閉じた。
これは。
厄介だった。
姿だけではない。
言葉も使える。
歩き方も。
表情も。
家族と一緒に行動することさえできる。
だが。
記憶まではない。
スプルーアンスが呟く。
「……記憶は引き継がない」
「その可能性があります」
「なら寄生とも違うか」
伝令が頷く。
「本人の肉体を乗っ取っているなら」
少し考える。
「脳まで使っている可能性があります」
「記憶も残りそうだ」
「はい」
スプルーアンスが紙を置いた。
「じゃあ」
手を組む。
「見た目だけを」
「コピーしている?」
「かもしれん」
「あるいは」
伝令が言う。
「元の人間の一部を利用している可能性も」
スプルーアンスが顔を上げる。
「一部?」
「まだ推測です」
伝令はすぐ断る。
「死体を解剖しないと何とも」
「元になった本人の死体は?」
「見つかっていません」
「……そうか」
それが。
一番嫌な答えだった。
もし。
敵が姿をコピーしているのなら。
元の人間は。
どこへ行った。
スプルーアンスは少し考えた後。
命じた。
「他の個体も調べろ」
「はい」
「周囲の避難民へ聞き込み」
「家族」
「友人」
「隣人」
「同僚」
指を折る。
「擬態していた人間が、いつからおかしくなったか」
「直前に行方不明になっていないか」
「記憶に異常がなかったか」
伝令が頷く。
「分かりました」
「それと」
スプルーアンスが止める。
「死体」
「敵の?」
「ああ」
「処分するな」
伝令が少し驚く。
「全部ですか」
「全部だ」
「日本側にも?」
「見せる」
即答。
「これはアメリカだけの問題じゃない」
そして。
少し考える。
「高橋司令にも知らせろ」
「はい」
伝令が敬礼し。
出ていこうとする。
「ああ、待て」
「はい?」
スプルーアンスが尋ねる。
「妻と娘」
「先ほどの家族ですか」
「そうだ」
「どうします」
「拘束は解け」
伝令が頷く。
「ただし」
スプルーアンスの声が低くなる。
「誰か付けておけ」
「監視を?」
「護衛だ」
伝令が僅かに表情を変える。
スプルーアンスは窓の外を見る。
「夫が」
少し間を置く。
「もう死んでいる可能性が高い」
誰も。
まだそれを本人たちへ伝えていない。
「せめて」
スプルーアンスは言った。
「今度は本物の人間に囲まれていさせてやれ」
「……Yes, sir」
伝令が出ていく。
スプルーアンスは一人。
調書を見た。
夫。
父親。
隣人。
友人。
兵士。
誰にでも。
なれる。
だが。
その人間が生きてきた時間までは。
奪えない。
少なくとも。
今のところは。
スプルーアンスは鉛筆を取り。
調書の余白へ短く書いた。
――外見は再現。
――言語能力あり。
――記憶継承なし?
最後。
疑問符を強く書く。
そして。
もう一つ。
――元の人間の所在、不明。
その一行だけが。
他より。
妙に重く見えた。
それから、さらに半日ほど。
陽は完全に沈み。
サンタバーバラの港は、暗闇に包まれていた。
本来なら。
港町の夜。
街灯。
家々の灯り。
店の明かり。
そうしたものが海面へ反射していたはずだった。
しかし。
今は違う。
街の一部は焼け。
電力も安定していない。
岸に並ぶ照明は。
軍が持ち込んだ投光器。
トラックの前照灯。
船から向けられる灯り。
その程度。
そして。
その下で。
最後の避難民たちが船へ乗り込んでいた。
老人。
女。
子供。
負傷者。
何時間も並び続けた者。
家族を失った者。
荷物を全て捨てた者。
それでも。
船へ乗れた人間は。
まだ幸運だった。
全ての船。
全ての甲板。
倉庫。
居住区。
通路。
空けられる場所という場所へ人間を詰め込んだ。
それでも。
全員は入らない。
「収容終了!」
報告が飛ぶ。
高橋三吉は。
しばらく港を眺めていた。
桟橋。
まだ。
人がいる。
数百。
いや。
もっと。
海岸沿いにも。
街の奥にも。
取り残された人間が見える。
高橋が低く言った。
「……終わったか」
隣。
返事がない。
高橋が見る。
スプルーアンスは。
岸を見たまま。
動かなかった。
そして。
小さく。
「申し訳ない」
呟く。
高橋が眉を寄せる。
「……?」
また。
「申し訳ない」
今度は。
少しだけ大きい。
「申し訳ない」
繰り返す。
誰へ言っているのか。
高橋には。
すぐ分からなかった。
高橋が言った。
「確かに」
スプルーアンスが見る。
「全員は乗せられませんでしたが」
海図を見る。
「次の救出作戦で乗せればよいでしょう」
スプルーアンスは。
何も言わない。
「今回の経験もあります」
高橋が続ける。
「次は検査方法も改善できる」
「……」
「小型艇を増やせば」
「ありません」
高橋が止まる。
「何がです?」
スプルーアンスの目は。
岸へ向いたままだった。
「次は」
「……」
「ありません」
高橋は。
数秒。
意味を理解できなかった。
「どういう意味です」
スプルーアンスが。
ようやく高橋を見る。
「大統領命令です」
「ガーナー大統領?」
「ああ」
声が。
掠れている。
「少なくとも」
スプルーアンスは。
一度。
言葉を止めた。
「民間人を対象にした沿岸救出作戦は」
ゆっくり。
「これを最後とする」
高橋の顔から。
表情が消えた。
「……何を」
「今」
「何と」
「もう」
スプルーアンスが答える。
「民間人の収容は行われない」
高橋が。
岸を見る。
そこには。
人がいる。
まだ。
大勢。
「そんな」
高橋が初めて。
言葉を詰まらせる。
「まだ国民の多くは」
「残っています」
即答だった。
「分かっています」
スプルーアンスの声が強くなる。
「分かっている!」
周囲の将校たちが。
一瞬。
振り返る。
スプルーアンスは。
深く息を吐いた。
「……申し訳ない」
また。
同じ言葉。
「だが」
高橋が問う。
「何故」
スプルーアンスは。
通信文を取り出す。
「ここだけじゃない」
「……」
「他の救出作戦でも起きた」
高橋の目が細くなる。
「擬態ですか」
「ああ」
「何件」
「複数」
それ以上。
スプルーアンスは言わなかった。
だが。
十分だった。
「避難民へ混ざった敵が」
指を折る。
「輸送船へ侵入」
「軍艦へ侵入」
「弾薬庫」
「機関区画」
「通信室」
「何隻か」
スプルーアンスは。
声を落とす。
「失った」
高橋は黙る。
「政府は」
スプルーアンスが続ける。
「これ以上」
「敵を自分たちから軍艦へ入れるわけにはいかないと判断した」
「しかし」
「分かっています」
また。
遮る。
「残っている」
岸を見る。
「何百万人も」
「いや」
少し笑う。
笑えていない。
「もっとだ」
高橋は。
返す言葉がない。
スプルーアンスが続ける。
「今後収容するのは」
「軍人」
「技術者」
「政府関係者」
「必要と判断された専門家」
「そして」
一瞬。
言葉を詰まらせる。
「事前に身元を確認できた者」
高橋が尋ねる。
「一般市民は」
スプルーアンスは。
答えなかった。
その沈黙が。
答えだった。
岸では。
まだ人間が船を見ている。
自分たちも。
次は乗れる。
そう信じている者もいる。
高橋は。
ゆっくり港を見る。
「……そうですか」
スプルーアンスが。
また。
「申し訳ない」
高橋が横を見る。
「貴方が謝ることではないでしょう」
「俺が」
「違う」
「俺があの時」
「違います」
高橋の声が少し強くなる。
「敵が来ている中」
スプルーアンスを見る。
「確認を続けていれば」
「岸で死んだ人間が増えた」
「……」
「それだけです」
スプルーアンスは。
何も言えなかった。
少しして。
高橋が時計を見る。
「さて」
米内が横から見る。
「出航ですかな」
「ああ」
高橋が空を見る。
真っ暗。
月明かりも弱い。
港には。
大量の船。
アメリカ艦。
日本艦。
小型艇。
避難船。
そして。
漂流物。
「……しかし」
高橋が呟く。
米内が。
すぐ何かを察したように。
僅かに目を細める。
高橋は。
非常に真面目な顔で言った。
「困りましたな」
スプルーアンスが見る。
「何がです?」
高橋が。
暗い海面を指す。
「こんなに暗い」
「……?」
「夜陰に紛れて出航しようと思っておりましたが」
海を見る。
「これでは」
少し間を置く。
「船をぶつけてしまうかもしれません」
スプルーアンスが。
高橋を見る。
米内は。
横を向いた。
口元が僅かに動いている。
「……高橋司令」
「帝国海軍が」
高橋は続ける。
「出航時に友軍艦へ衝突など」
首を振る。
「そんなことをすれば」
非常に重々しく。
「帝国海軍の恥です」
スプルーアンスは。
ようやく理解した。
「あなた」
高橋が。
今度は航空母艦を見る。
第一次制空隊の損害。
甲板上の航空機は減っている。
搭載していた機体。
航空燃料。
弾薬。
整備資材。
戦闘で失ったもの。
その分。
ほんの僅かではあるが。
空間がある。
「幸い」
高橋が言った。
「航空母艦の搭載機数が減りました」
米内が。
もう完全に分かっている顔で答える。
「不幸中の幸いですな」
「そうだな」
高橋が続ける。
「格納庫も」
「甲板も」
「工夫すれば」
スプルーアンスが。
ゆっくり立ち上がる。
「高橋司令」
高橋は。
あくまで平然としていた。
「何でしょう」
「あなた」
「はい」
スプルーアンスが。
言葉を探す。
「大統領命令を」
高橋は。
すぐ遮った。
「私は」
「……」
「アメリカ合衆国海軍の軍人ではありません」
スプルーアンスが黙る。
「ガーナー大統領は」
高橋が続ける。
「帝国海軍の指揮官ではない」
「……」
「違いますかな」
スプルーアンスは。
しばらく。
何も言わなかった。
やがて。
口元が。
ほんの少しだけ上がる。
「違いありません」
高橋が頷く。
「それなら」
岸を見る。
「残りの避難民を」
一言。
「お乗せください」
スプルーアンスが。
高橋を見つめる。
「どれだけ」
「乗せられるだけ」
「全員は」
「分かっています」
「危険だ」
「分かっています」
「またエイリアンが」
「検査する」
「時間が」
「夜が明けるまであります」
スプルーアンスが。
何も言えなくなる。
高橋が。
投光器に照らされる岸を見る。
「朝になれば」
少しだけ。
声を落とす。
「明るくなります」
「……」
「そうすれば」
「安全に出航できます」
米内が。
横から言う。
「まったく」
高橋を見る。
「仕方ありませんな」
「何がだ」
「帝国海軍の名誉のためです」
「そうだ」
「避難民を乗せるしかありません」
「うむ」
スプルーアンスは。
二人を見る。
そして。
一度。
顔を伏せた。
しばらく。
動かなかった。
やがて。
顔を上げる。
「……ありがとう」
高橋は答えなかった。
スプルーアンスが。
もう一度。
「あなたの行為に」
声が。
少し震える。
「感謝します」
高橋は。
ほんの少しだけ。
首を振った。
「違います」
「……?」
「暗いから」
海を見る。
「出航できないだけです」
米内が。
今度こそ。
小さく笑った。
「そういうことにしておきましょう」
*
その夜。
一度閉じられたはずの乗船口が。
再び開いた。
最初。
岸に残された避難民たちは。
何が起こったのか理解できなかった。
アメリカ兵が叫ぶ。
「Women and children first!」
再び。
列を作らせる。
今度は。
急がせながらも。
一人ずつ。
確認。
傷。
血。
記憶。
家族。
可能な範囲で調べる。
そして。
日本艦へ。
乗せる。
「こっちだ!」
日本水兵が。
片言の英語で叫ぶ。
「Come! Come!」
子供を抱き上げる。
母親。
老人。
負傷者。
一人。
また一人。
航空母艦へ。
巡洋艦へ。
戦艦へ。
使える空間。
全て。
通路。
食堂。
士官室。
格納庫。
機関区画周辺を避け。
安全な場所へ。
詰め込む。
当然。
快適ではない。
座る場所さえない。
横になれない者もいる。
だが。
生きている。
それだけでよかった。
日本兵の一人が。
自分の寝台を。
子供連れの母親へ譲る。
「ここ」
英語が分からない。
自分の寝台を指す。
そして。
母親を見る。
母親は。
何度も。
「Thank you」
繰り返す。
水兵は。
意味を全部理解していない。
それでも。
頭を下げた。
別の場所。
老人が。
日本兵の手を握る。
離さない。
泣いている。
水兵は。
困った顔をする。
「いや……」
周囲を見る。
「どうすりゃいいんだ」
同僚が言う。
「握っといてやれ」
「いつまで」
「離すまでだろ」
「そうか」
「そうだ」
そのまま。
手を握らせる。
夜は。
長かった。
一時間。
二時間。
三時間。
避難民の列が。
少しずつ短くなっていく。
そして。
東の空。
ほんの僅かに。
色が変わり始める。
夜明け。
最後の小型艇が。
日本艦へ近づく。
乗っているのは。
十数人。
全員。
疲れ果てている。
最後の一人。
少年が。
艦上へ引き上げられた。
岸。
そこには。
もう。
救出を待つ列はなかった。
全員ではない。
内陸には。
まだ。
数え切れないほどの人間が残っている。
だが。
この港へたどり着いた。
船へ乗せられる範囲の者は。
ほぼ全て。
収容した。
報告が。
高橋へ届く。
「収容終了」
高橋が。
朝焼けの海を見る。
「そうか」
米内が横に立つ。
「明るくなりましたな」
「ああ」
「これなら」
高橋が頷く。
「船をぶつけずに済む」
米内は。
僅かに笑った。
「帝国海軍の恥を晒さずに済みました」
「まったくだ」
少し離れた場所。
スプルーアンスは。
岸を見ていた。
昨夜まで。
そこには。
船へ乗れない人々がいた。
今は。
誰もいない。
彼は。
ゆっくり帽子を取った。
何も言わない。
高橋も。
何も言わなかった。
やがて。
朝日。
太平洋。
その中で。
日本艦隊と。
アメリカ艦隊が。
西へ向きを変えていく。
背後。
アメリカ本土。
そこには。
まだ。
救えない人間がいる。
何百万人。
何千万人。
その現実は。
何一つ変わっていない。
だが。
少なくとも。
サンタバーバラの港に。
昨夜残された者たちは。
連れていくことができた。
高橋は。
陸地が遠ざかるのを見ながら。
一言だけ言った。
「出航」
号令が。
艦隊へ伝わる。
船団は。
静かに。
アメリカ本土を離れていった。