同時刻──ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下指令室
国家の心臓とも言うべきその部屋に、異様な静けさが漂っていた。
分厚いコンクリートの壁に囲まれたその空間では、無数の受話器が鳴り、タイプライターが打ち鳴らされていたが、誰一人として安堵の顔を浮かべる者はいなかった。
「──1時間前から首都直上を飛んでいる飛翔体の様子はどうだ?」
フランクリン・ルーズベルト大統領の問いは低く、しかし確実に場の空気を凍らせた。
「現在も監視を継続中です、大統領。」
参謀総長が応じた声にも、自信はなかった。
「何か、分かった事はあるか?」
「接近を試みた戦闘機がことごとく撃墜されました。それ以上の情報は……」
一瞬、言葉が詰まる。
「困ったものだな。せめて奴らの機体に“日の丸”でも描かれていれば──何者であれ、開戦の口実が立つというのに」
大統領の皮肉めいた言葉に、場の空気がさらに重くなる。
「大統領、今は戯言を述べている場合では……」
国務長官が抗議しかけたその時、扉が乱暴に開け放たれた。
「失礼しますッ!!」
現れた若き通信兵は、顔面を蒼白にしていた。
「参謀総長、急報が──」
「構わん、話せ。全員に聞かせよ」
「はっ!カリフォルニア、シカゴ、デトロイト……次々に、大都市にて大型爆弾の投下が確認されました!被害は甚大、現地通信は……途絶えました!」
沈黙。誰もが、息を呑んだ。
「……何故、我々のいるこの首都は未だ無傷なのか……」
ルーズベルトの独白は、誰にも答えられない疑問として、宙に残った。
「大統領、危険です。即刻、地下シェルターへ」
護衛が促すままに、大統領は立ち上がった。
「そうだな……だが、国民に向けて放送をする。国の主が口を閉ざすようでは、民衆の不安も増すばかりだ」
「既にラジオ放送の準備は整っております」
「準備が良すぎるな……まだ演説文すらまとまっておらんというのに」
重たい鉄扉が閉じられる。
ルーズベルトはマイクの前に立ち、深く一息を吸った。
ラジオ放送員の指示で“ON AIR”の赤いランプが灯る。
「親愛なるアメリカ国民の皆さん……本日は静かにして、私の話を聞いてください。今、我々は──」
その瞬間だった。
地下ですら感じる、重く、鈍い振動。頭上の地が、爆ぜた。
「──たっ……来たか。ついに……首都も……」
全ての音が途絶え、照明が瞬き、赤く染まる警報が空間を満たす。
ホワイトハウス、沈黙す。
同時刻──ワシントンD.C. ホワイトハウス地下指令室
地鳴りのような轟音が壁を震わせ、空間を切り裂くような振動が床から背筋へと突き抜けた。机の下に伏せる者、壁にしがみつく者──地下にいても、この衝撃からは逃れられなかった。
数十秒の地獄のような揺れの後、ようやく静けさが戻る。
「……ラジオ収録を急いだほうがよさそうだ」
そう言って身を起こしたルーズベルトの顔には、皮肉すら浮かばなかった。
「大統領、先ほどの攻撃で送信設備も損傷を受けています。無線も沈黙。収録しても……届ける手段がありません」
「クソッ……仕方ない。ここで救出部隊を待とう」
閣僚たちは無言でそれぞれに腰を下ろし、誰からともなく煙草に火をつけた。壁のひび割れ、薄く舞う埃、そして重く沈黙する空気だけが彼らを包む。
その時だった。
ゴンッ……!
鈍い音が、シェルターの重い鉄扉を叩いた。
「……救出部隊か?」
「大統領、この扉は私が鉄パイプで殴っても、せいぜいカンカンと音を立てる程度の代物です」
「……何が言いたい?」
「今の“音”の質量……おそらく、扉の向こうにいるのは──人間ではありません」
再び、ゴンッ……ゴンッ……と、扉を打ちつける音が鳴り響く。よく見ると、徐々に扉が内側に歪み始めていた。
「全員戦闘準備!机を盾にして、大統領を守れ!」
慌てて周囲の家具を集める者、拳銃を構える者──この空間が、一瞬で戦場に変わる。
扉は、呻くような音を立てながら大きく変形し──ついに、開いた。
土煙が舞う中、誰かが叫ぶ。
「姿が見えたら撃てッ!」
銃口が煙の奥に向けて揃えられる。だが次の瞬間、煙の中から伸びた触手がSPの一人の胴を貫き、引きずるように引き込んだ。
銃声が走る。乾いた音が連続して空気を震わせる。
「当たったか……?」
見定めようとしたその刹那、今度は複数の触手が一斉にシェルター内に侵入してきた。次いで、暗がりから姿を現したのは──人間の概念から逸脱した“異形”だった。
鋼鉄の皮膚、節くれ立った触手、片腕には熱線を内包した奇怪な筒。エイリアン兵だ。
「大統領、お逃げを──!」
「逃げろ?ここに“どこへ”逃げろというのだ」
触手が一人の秘書官を薙ぎ払い、壁に叩きつける。銃撃は続くが、効果は薄い。
弾丸は胴体にはじかれ、かろうじてコクピット状の頭部へ当たった一発が、ようやく一体を倒すのが確認された。
「コクピットを狙え!頭だ、奴らの頭を撃て!」
だが反撃は一瞬だった。エイリアン兵たちは熱線銃を構え、間を置かず光が奔る。机に隠れていた兵士の盾ごと、身体の半分が蒸発する。
悲鳴と煙が充満する中、最後の護衛がルーズベルトに叫ぶ。
「この奥に貯蔵庫があるはずだ!そこへ──ッ!」
だが、すでに遅かった。
ルーズベルトの足元へと、一本の触手が音もなく伸びていた。
彼が振り返る前に、それは鋭く──腹部を貫いた。
「化け物ども……私を誰だと思っている……」
それでも、ルーズベルトは吐き出すように言葉を搾り出す。
「なんだ……殺すなら殺せ……!」
エイリアンの一体が彼に近づき、機械的な発音で奇妙な言葉を発した。だが理解できる者は誰もいない。
次の瞬間、腹部から内臓をかき分けて心臓を摘出した。
「ぐはっ……!」
その命は、あまりにあっけなく終わった。
だが恐怖はそれで終わらなかった。
瀕死のSPが床に倒れながら、その異様な光景を目撃する。
──エイリアンが、ルーズベルトの心臓を口に入れた。
咀嚼の音と共に、その肉体が蠢くように変形していく。
骨格が縮み、肌の色が人間の色合いへと変化し、体格や表情、皺までもが徐々に“ルーズベルト”のものへと。
(奴ら……何のために心臓を……?)
──そして、そこに立っていたのは、
まぎれもなく、フランクリン・ルーズベルトその人だった。
しかしその瞳には、人間の魂は宿っていなかった。
倒れていたSPは、腹から流れる血を感じながら、震える手でポケットの中の拳銃を探った。指先が冷たくなっていくのを感じながら、残弾を確認する。わずかに3発。
このまま“あれ”を逃がせば、アメリカは──いや、人類そのものが破滅する。
大統領の顔をした“それ”が、閣僚の死体の山を越えて立ち上がる。その瞳はかつてのルーズベルトと瓜二つだった。しかし、そこにあったのは確かな“悪意”だった。
エイリアンに扮した“ルーズベルト”が何か命令を発しかけたとき、物陰から、別の人間の影が飛び出してきた。
国務長官だった。
両手を挙げ、錯乱したように叫びながら飛び出してくる。
降伏の言葉を叫び続けるその姿に、“ルーズベルト”が一瞬振り向いた。エイリアンたちもまた注意をそちらに向ける。
その刹那。
銃声が1発響いた。
SPが撃った。
弾丸はエイリアンの眉間に吸い込まれ、擬態を保っていた“ルーズベルト”の顔が崩れる。皮膚がただれ、銀色の触手が断末魔のように伸びる。偽装の皮膚が裂け、中から赤黒い本来の異形が露出した。
それは醜悪な音を立てて痙攣し、その場に崩れ落ちた。
撃ったSPは荒く息を吐く。
しかし残る2発もすぐに撃ち尽くした。
他のエイリアンが一斉に振り返り、触手を振り上げて向かってくる。
SPは銃を構えたが、空のマガジンが乾いた音を響かせるだけだった。
最後の手段として、彼は銃をそのままエイリアンへ投げつけた。
当たった銃はエイリアンの装甲に跳ね返り、金属音を響かせて床に転がる。
その瞬間、触手が彼の身体を貫いた。
黒い液体が口からあふれ、視界が揺らぐ。
だが、彼の視線はなおもエイリアンたちの中心をにらみ続けていた。
「……化物が……ルーズベルトを……真似するとはな……」
SPはその言葉を口にする前に、絶命した。