生存戦争 1936   作:四国の探索人

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第2話 ホワイトハウス沈黙

同時刻──ワシントンD.C. ホワイトハウス 地下指令室

 

国家の心臓とも言うべきその部屋に、異様な静けさが漂っていた。

分厚いコンクリートの壁に囲まれたその空間では、無数の受話器が鳴り、タイプライターが打ち鳴らされていたが、誰一人として安堵の顔を浮かべる者はいなかった。

 

「──1時間前から首都直上を飛んでいる飛翔体の様子はどうだ?」

 

フランクリン・ルーズベルト大統領の問いは低く、しかし確実に場の空気を凍らせた。

 

「現在も監視を継続中です、大統領。」

参謀総長が応じた声にも、自信はなかった。

 

「何か、分かった事はあるか?」

 

「接近を試みた戦闘機がことごとく撃墜されました。それ以上の情報は……」

一瞬、言葉が詰まる。

 

「困ったものだな。せめて奴らの機体に“日の丸”でも描かれていれば──何者であれ、開戦の口実が立つというのに」

 

大統領の皮肉めいた言葉に、場の空気がさらに重くなる。

 

「大統領、今は戯言を述べている場合では……」

国務長官が抗議しかけたその時、扉が乱暴に開け放たれた。

 

「失礼しますッ!!」

 

現れた若き通信兵は、顔面を蒼白にしていた。

 

「参謀総長、急報が──」

 

「構わん、話せ。全員に聞かせよ」

 

「はっ!カリフォルニア、シカゴ、デトロイト……次々に、大都市にて大型爆弾の投下が確認されました!被害は甚大、現地通信は……途絶えました!」

 

沈黙。誰もが、息を呑んだ。

 

「……何故、我々のいるこの首都は未だ無傷なのか……」

 

ルーズベルトの独白は、誰にも答えられない疑問として、宙に残った。

 

「大統領、危険です。即刻、地下シェルターへ」

 

護衛が促すままに、大統領は立ち上がった。

 

「そうだな……だが、国民に向けて放送をする。国の主が口を閉ざすようでは、民衆の不安も増すばかりだ」

 

「既にラジオ放送の準備は整っております」

 

「準備が良すぎるな……まだ演説文すらまとまっておらんというのに」

 

重たい鉄扉が閉じられる。

ルーズベルトはマイクの前に立ち、深く一息を吸った。

 

ラジオ放送員の指示で“ON AIR”の赤いランプが灯る。

 

「親愛なるアメリカ国民の皆さん……本日は静かにして、私の話を聞いてください。今、我々は──」

 

その瞬間だった。

地下ですら感じる、重く、鈍い振動。頭上の地が、爆ぜた。

 

「──たっ……来たか。ついに……首都も……」

 

全ての音が途絶え、照明が瞬き、赤く染まる警報が空間を満たす。

 

ホワイトハウス、沈黙す。

 

 

同時刻──ワシントンD.C. ホワイトハウス地下指令室

 

地鳴りのような轟音が壁を震わせ、空間を切り裂くような振動が床から背筋へと突き抜けた。机の下に伏せる者、壁にしがみつく者──地下にいても、この衝撃からは逃れられなかった。

 

数十秒の地獄のような揺れの後、ようやく静けさが戻る。

 

「……ラジオ収録を急いだほうがよさそうだ」

 

そう言って身を起こしたルーズベルトの顔には、皮肉すら浮かばなかった。

 

「大統領、先ほどの攻撃で送信設備も損傷を受けています。無線も沈黙。収録しても……届ける手段がありません」

 

「クソッ……仕方ない。ここで救出部隊を待とう」

 

閣僚たちは無言でそれぞれに腰を下ろし、誰からともなく煙草に火をつけた。壁のひび割れ、薄く舞う埃、そして重く沈黙する空気だけが彼らを包む。

 

その時だった。

 

ゴンッ……!

 

鈍い音が、シェルターの重い鉄扉を叩いた。

 

「……救出部隊か?」

 

「大統領、この扉は私が鉄パイプで殴っても、せいぜいカンカンと音を立てる程度の代物です」

 

「……何が言いたい?」

 

「今の“音”の質量……おそらく、扉の向こうにいるのは──人間ではありません」

 

再び、ゴンッ……ゴンッ……と、扉を打ちつける音が鳴り響く。よく見ると、徐々に扉が内側に歪み始めていた。

 

「全員戦闘準備!机を盾にして、大統領を守れ!」

 

慌てて周囲の家具を集める者、拳銃を構える者──この空間が、一瞬で戦場に変わる。

 

扉は、呻くような音を立てながら大きく変形し──ついに、開いた。

 

土煙が舞う中、誰かが叫ぶ。

 

「姿が見えたら撃てッ!」

 

銃口が煙の奥に向けて揃えられる。だが次の瞬間、煙の中から伸びた触手がSPの一人の胴を貫き、引きずるように引き込んだ。

 

銃声が走る。乾いた音が連続して空気を震わせる。

 

「当たったか……?」

 

見定めようとしたその刹那、今度は複数の触手が一斉にシェルター内に侵入してきた。次いで、暗がりから姿を現したのは──人間の概念から逸脱した“異形”だった。

 

鋼鉄の皮膚、節くれ立った触手、片腕には熱線を内包した奇怪な筒。エイリアン兵だ。

 

「大統領、お逃げを──!」

 

「逃げろ?ここに“どこへ”逃げろというのだ」

 

触手が一人の秘書官を薙ぎ払い、壁に叩きつける。銃撃は続くが、効果は薄い。

 

弾丸は胴体にはじかれ、かろうじてコクピット状の頭部へ当たった一発が、ようやく一体を倒すのが確認された。

 

「コクピットを狙え!頭だ、奴らの頭を撃て!」

 

だが反撃は一瞬だった。エイリアン兵たちは熱線銃を構え、間を置かず光が奔る。机に隠れていた兵士の盾ごと、身体の半分が蒸発する。

 

悲鳴と煙が充満する中、最後の護衛がルーズベルトに叫ぶ。

 

「この奥に貯蔵庫があるはずだ!そこへ──ッ!」

 

だが、すでに遅かった。

 

ルーズベルトの足元へと、一本の触手が音もなく伸びていた。

 

彼が振り返る前に、それは鋭く──腹部を貫いた。

 

「化け物ども……私を誰だと思っている……」

 

それでも、ルーズベルトは吐き出すように言葉を搾り出す。

 

「なんだ……殺すなら殺せ……!」

 

エイリアンの一体が彼に近づき、機械的な発音で奇妙な言葉を発した。だが理解できる者は誰もいない。

 

次の瞬間、腹部から内臓をかき分けて心臓を摘出した。

 

「ぐはっ……!」

 

その命は、あまりにあっけなく終わった。

 

だが恐怖はそれで終わらなかった。

 

瀕死のSPが床に倒れながら、その異様な光景を目撃する。

 

──エイリアンが、ルーズベルトの心臓を口に入れた。

 

咀嚼の音と共に、その肉体が蠢くように変形していく。

 

骨格が縮み、肌の色が人間の色合いへと変化し、体格や表情、皺までもが徐々に“ルーズベルト”のものへと。

 

(奴ら……何のために心臓を……?)

 

──そして、そこに立っていたのは、

 

まぎれもなく、フランクリン・ルーズベルトその人だった。

 

しかしその瞳には、人間の魂は宿っていなかった。

 

 

倒れていたSPは、腹から流れる血を感じながら、震える手でポケットの中の拳銃を探った。指先が冷たくなっていくのを感じながら、残弾を確認する。わずかに3発。

 

このまま“あれ”を逃がせば、アメリカは──いや、人類そのものが破滅する。

 

大統領の顔をした“それ”が、閣僚の死体の山を越えて立ち上がる。その瞳はかつてのルーズベルトと瓜二つだった。しかし、そこにあったのは確かな“悪意”だった。

 

エイリアンに扮した“ルーズベルト”が何か命令を発しかけたとき、物陰から、別の人間の影が飛び出してきた。

 

国務長官だった。

 

両手を挙げ、錯乱したように叫びながら飛び出してくる。

 

降伏の言葉を叫び続けるその姿に、“ルーズベルト”が一瞬振り向いた。エイリアンたちもまた注意をそちらに向ける。

 

その刹那。

 

銃声が1発響いた。

 

SPが撃った。

 

弾丸はエイリアンの眉間に吸い込まれ、擬態を保っていた“ルーズベルト”の顔が崩れる。皮膚がただれ、銀色の触手が断末魔のように伸びる。偽装の皮膚が裂け、中から赤黒い本来の異形が露出した。

 

それは醜悪な音を立てて痙攣し、その場に崩れ落ちた。

 

撃ったSPは荒く息を吐く。

 

しかし残る2発もすぐに撃ち尽くした。

 

他のエイリアンが一斉に振り返り、触手を振り上げて向かってくる。

 

SPは銃を構えたが、空のマガジンが乾いた音を響かせるだけだった。

 

最後の手段として、彼は銃をそのままエイリアンへ投げつけた。

 

当たった銃はエイリアンの装甲に跳ね返り、金属音を響かせて床に転がる。

 

その瞬間、触手が彼の身体を貫いた。

 

黒い液体が口からあふれ、視界が揺らぐ。

 

だが、彼の視線はなおもエイリアンたちの中心をにらみ続けていた。

 

「……化物が……ルーズベルトを……真似するとはな……」

 

SPはその言葉を口にする前に、絶命した。

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