生存戦争 1936   作:四国の探索人

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第4話 接敵

小型船から逃れて、およそ十分。

 

生き残った偵察隊は街道を外れ、乾いた土地を徒歩で進んでいた。

 

彼らが乗ってきた陸軍車両は、すでにない。

 

敵の小型船が放った光線を受け、今頃は街道脇で黒煙を上げているはずだった。

 

部隊に残されたものは、各自が抱えているM1903小銃と弾薬。それに双眼鏡、地図、携帯用の無線機程度である。

 

その無線機も、先ほどから役には立っていなかった。

 

通信兵が何度目かの呼びかけを行う。

 

「こちら偵察班。応答願う。こちら偵察班――」

 

雑音。

 

耳障りな音だけが返ってくる。

 

「……駄目です。やっぱり繋がりません」

 

分隊長は振り返りもしなかった。

 

「もういい。歩け」

 

「はい」

 

全員が疲れていた。

 

ほんの一時間前まで、彼らは野外演習に参加していただけだった。

 

敵は存在しなかった。

 

撃つ相手は紙や木で作られた標的であり、当然ながら撃ち返してくることもなかった。

 

それが今ではどうだ。

 

背後ではアメリカ有数の大都市が燃えている。

 

空には戦艦ほどもある鉄の怪物が浮かび、自国民が見たこともない兵器によって殺されている。

 

そしてつい先ほど。

 

仲間が一人、彼らの目の前で光に飲み込まれた。

 

小銃で反撃した。

 

だが弾丸は敵の小型船に火花を散らしただけだった。

 

誰も冗談を言わない。

 

ただ足だけを動かした。

 

その時だった。

 

先頭を歩いていた兵士が拳を上げた。

 

全員が止まる。

 

「どうした?」

 

兵士は答えず、街道脇を指差した。

 

一台の乗用車があった。

 

道路から外れ、土手へ斜めに突っ込んでいる。

 

運転席の扉は開いたまま。

 

荷物が道路へ散乱している。

 

だが、人間の姿がない。

 

「避難民か?」

 

「たぶん」

 

分隊長は小銃を構えた。

 

「二人、俺と来い。残りは周囲を見ろ」

 

三人がゆっくりと近づく。

 

「陸軍だ!」

 

返事はない。

 

「誰かいるか!」

 

沈黙。

 

一歩。

 

また一歩。

 

一人が車内を覗き込んだ。

 

「無人です」

 

「死体は?」

 

「ありません」

 

「血は?」

 

兵士が座席を見る。

 

「それも……」

 

そこで。

 

かすかな声が聞こえた。

 

「……助けて……」

 

全員が振り向いた。

 

少し離れた茂み。

 

「誰かいるぞ!」

 

兵士が走り出そうとする。

 

分隊長が腕を掴んだ。

 

「待て」

 

「ですが――」

 

「周囲を確認しろ」

 

兵士たちの表情が変わった。

 

確かに妙だった。

 

車は捨てられている。

 

人間はいない。

 

荷物だけが散らばっている。

 

なのに、助けを求める声だけがする。

 

分隊長は茂みに向かって叫んだ。

 

「アメリカ陸軍だ!聞こえるか!」

 

数秒。

 

「……助けて……」

 

「姿を見せろ!」

 

茂みが動いた。

 

一人の女性が這い出してきた。

 

服は煤まみれ。

 

片方の靴を失い、膝から血を流している。

 

兵士の一人がようやく駆け寄った。

 

「大丈夫です。陸軍です」

 

女性は兵士の腕にしがみついた。

 

「来る……」

 

「何が?」

 

「来る!」

 

女性の顔が引きつった。

 

「あいつらが来る!」

 

その言葉とほぼ同時だった。

 

カサッ。

 

道路の反対側。

 

草が揺れた。

 

兵士たちのM1903が一斉に向けられる。

 

「誰だ!」

 

返事はない。

 

「出てこい!」

 

代わりに――

 

何かが立ち上がった。

 

最初の印象は、意外なものだった。

 

小さい。

 

少なくとも、空に浮かぶ巨大な船から想像していた怪物とはまるで違った。

 

背丈は人間とほぼ同じ。

 

成人男性程度。

 

二本の脚で直立している。

 

胴体も頭もある。

 

遠目で輪郭だけを見れば、人間と見間違えたかもしれない。

 

だが。

 

近くで見れば、絶対に人間ではなかった。

 

毛髪の存在しない頭部。

 

湿り気を帯びた異様な表皮。

 

人間とは明らかに異なる顔。

 

そして何より――

 

「……右腕を見ろ」

 

誰かが呟いた。

 

左腕はまだ腕らしい形をしている。

 

その左手には、奇妙な筒状の物体が握られていた。

 

銃。

 

少なくとも兵士たちはそう判断した。

 

しかし右側は違った。

 

人間のような手がない。

 

指もない。

 

右腕全体が、肩から先へ行くほど細くなる異様な器官になっている。

 

長さだけなら、今のところ人間の腕と大差ない。

 

だが骨が入っているようには見えなかった。

 

柔らかく。

 

わずかに蠢いている。

 

「……なんだ、あの腕」

 

民間放送が伝えていた。

 

人ならざる者。

 

その言葉が、ようやく現実になった。

 

異星人は動かない。

 

兵士たちも動けない。

 

互いに見つめ合う。

 

数十メートル。

 

異星人がわずかに頭を傾けた。

 

まるで初めて見る動物でも観察しているかのようだった。

 

分隊長がゆっくりM1903を構える。

 

「動くな」

 

通じるはずもない。

 

それでも言わずにはいられなかった。

 

「そこで止まれ」

 

異星人の左腕が上がった。

 

手に持っている筒の先端が、兵士たちへ向く。

 

内部に淡い光が灯った。

 

それを見た瞬間、全員が理解した。

 

先ほど小型船から撃たれたものと同じだ。

 

「伏せろ!」

 

光が走った。

 

兵士たちが地面へ飛び込む。

 

光線は一人の頭上を通過し、後方の乗用車へ命中した。

 

金属板が一瞬で赤熱する。

 

女性が悲鳴を上げた。

 

「撃て!」

 

一人の兵士が反射的にM1903の引き金を引いた。

 

乾いた銃声。

 

一発。

 

弾丸が異星人の左肩へ命中した。

 

兵士は反射的に目を細めた。

 

また弾かれる。

 

そう思っていた。

 

小型船と同じように。

 

しかし――

 

異星人の身体が大きく揺れた。

 

肩から液体が飛び散った。

 

地面に落ちる。

 

鮮やかな緑色だった。

 

「……なんだ?」

 

異星人自身も撃たれた箇所を見る。

 

そこから緑色の液体が流れている。

 

「血だ……」

 

誰かが呟いた。

 

次の瞬間。

 

声が大きくなった。

 

「血だ!」

 

兵士が立ち上がった。

 

「こいつ、血が出てるぞ!」

 

その一言で空気が変わった。

 

怪物ではない。

 

少なくとも、不死身ではない。

 

異星人が再び左手の光線銃を持ち上げる。

 

「撃て!」

 

M1903が一斉に火を噴いた。

 

一発。

 

二発。

 

三発。

 

弾丸が異星人の胴体へ食い込む。

 

緑色の血が飛び散った。

 

「効いてる!」

 

「撃ち続けろ!」

 

異星人が後退する。

 

さらに一発。

 

頭部に命中。

 

異星人は身体を仰け反らせ、そのまま地面へ倒れた。

 

誰もすぐには近づかなかった。

 

銃口を向けたまま待つ。

 

五秒。

 

十秒。

 

動かない。

 

「……死んだ?」

 

「まだ近づくな」

 

分隊長が一人を指した。

 

「もう一発」

 

銃声。

 

胸部へ命中する。

 

身体がわずかに跳ねただけだった。

 

反撃はない。

 

ようやく分隊長が近づく。

 

地球人が初めて間近で見る異星の兵士。

 

その姿は異様だった。

 

だが同時に、あまりにも生物的でもあった。

 

撃たれれば傷ができる。

 

傷口から血が流れる。

 

そして頭部を撃たれれば死ぬ。

 

分隊長が呟いた。

 

「……殺せる」

 

誰も答えない。

 

「こいつら、殺せるぞ」

 

兵士たちの顔から、ほんの少しだけ恐怖が消えた。

 

その瞬間だった。

 

「右!」

 

建物の陰からもう一体が現れた。

 

続いて二体目。

 

合計二体。

 

同じだった。

 

人間とほぼ同じ背丈。

 

左手に光線銃。

 

そして、奇妙な右腕。

 

「散開!」

 

一体目が左手を上げた。

 

光線。

 

一人の兵士の胸を直撃した。

 

「うっ――」

 

兵士が倒れる。

 

軍服から煙が上がった。

 

「マイク!」

 

仲間が駆け寄ろうとする。

 

「行くな!」

 

分隊長が止める。

 

異星人はもう一度、光線銃をこちらへ向けた。

 

兵士たちが身構える。

 

しかし。

 

何も起こらない。

 

光線銃の内部から光が消えている。

 

異星人が武器を操作していた。

 

「……撃ってこない」

 

「何?」

 

「奴の銃だ!」

 

分隊長が気付いた。

 

「撃った後、すぐには撃てない!」

 

その言葉を聞いた異星人に理解できたはずはない。

 

だが異星人は別の手段を取った。

 

走った。

 

人間と変わらない速度で、こちらへ距離を詰めてくる。

 

「撃て!」

 

一斉射撃。

 

数発が命中。

 

緑色の血が飛び散る。

 

だが致命傷ではない。

 

異星人は止まらない。

 

二十メートル。

 

十五。

 

十。

 

「まだ来るぞ!」

 

そして。

 

異星人が右肩を大きく後ろへ引いた。

 

「何を――」

 

次の瞬間。

 

右腕が伸びた。

 

文字通り、伸びた。

 

骨など最初から存在しなかったかのように、右肩から先が一気に細長く変形する。

 

一メートル。

 

二メートル。

 

さらに伸びる。

 

「腕が伸びた!」

 

鞭のように振るわれた右腕が、一人の兵士のM1903へ巻きついた。

 

「うおっ!?」

 

兵士が小銃ごと引っ張られる。

 

凄まじい力だった。

 

靴底が地面を滑る。

 

「離せ!」

 

兵士は必死にM1903を抱える。

 

異星人の右腕が縮む。

 

いや。

 

獲物を引き寄せている。

 

数メートルあった距離が急速に縮まっていく。

 

「撃て!撃て!」

 

「お前に当たる!」

 

「構うな!」

 

分隊長が横から飛び込んだ。

 

小銃の銃床を異星人の頭部へ叩き込む。

 

鈍い音。

 

異星人の身体が揺れた。

 

右腕の締め付けが一瞬だけ弱くなる。

 

「今だ!」

 

捕まっていた兵士がM1903を引き戻した。

 

異星人との距離は一メートルもない。

 

銃口を腹部へ押しつける。

 

引き金。

 

轟音。

 

緑色の血が軍服へ飛び散った。

 

異星人がよろめく。

 

兵士はすぐさまボルトを引いた。

 

薬莢が飛ぶ。

 

押し戻す。

 

次弾装填。

 

今度は胸へ。

 

発砲。

 

異星人が倒れた。

 

「後ろ!」

 

もう一体。

 

その左手に持つ光線銃が再び発光している。

 

先ほど撃ってから、かなりの時間が経過していた。

 

再び撃てる。

 

「伏せろ!」

 

だが――

 

銃声の方が早かった。

 

一発。

 

異星人の頭部から緑色の血が飛んだ。

 

まだ倒れない。

 

撃った兵士が慌ててボルトを操作する。

 

異星人が光線銃を向ける。

 

「早く!」

 

排莢。

 

装填。

 

銃口を合わせる。

 

二発目。

 

今度は眉間付近。

 

異星人の身体から力が抜けた。

 

光線銃を落とし、そのまま前のめりに倒れた。

 

静寂。

 

生き残った兵士たちは荒い呼吸を繰り返していた。

 

誰も勝鬨を上げなかった。

 

すぐ横には光線を受けた仲間が倒れている。

 

それでも。

 

ほんの数分間で、彼らは恐ろしく重要な情報を手に入れていた。

 

敵の飛行艇には小銃が通用しない。

 

しかし歩兵には通用する。

 

歩兵の体格は人間と大差ない。

 

血液は緑色。

 

左手に持つ光線銃は一発の威力こそ凄まじいが、次弾を撃つまで長い時間を要する。

 

そして――

 

分隊長は倒れた異星人の右腕を見る。

 

死んだことで力を失ったのか、先ほど数メートルまで伸びていたそれは縮み、人間の腕と大差ない長さになっていた。

 

先端に人間のような手はない。

 

肩から先の右腕そのものが、一本の触手なのである。

 

「こいつが厄介だな……」

 

一人が自分のM1903を見る。

 

触手に締め付けられた銃床には、傷が残っていた。

 

「三、四ヤードは伸びたんじゃないですか?」

 

「少なくとも銃剣より長い」

 

分隊長は頷いた。

 

接近すれば光線銃を撃たれない。

 

だからといって近づけばいいわけでもない。

 

右腕がある。

 

敵は自分たちの弱点を補うようにできている。

 

分隊長は異星人の光線銃へ視線を移した。

 

「さっき撃ってから、次に光り始めるまでどれくらいだった?」

 

通信兵が考える。

 

「正確には……」

 

「次から数えろ」

 

「はい」

 

分隊長はしゃがみ込んだ。

 

「十秒なのか三十秒なのか一分なのか。それが分かれば、次に戦う連中が生き残れる」

 

恐怖を語るだけでは軍事情報にならない。

 

何秒で撃てる。

 

何メートル腕が伸びる。

 

何発撃てば倒れる。

 

どこを撃てば確実に死ぬ。

 

そうした数字へ置き換えて初めて、怪物は「敵兵」になる。

 

分隊長は立ち上がった。

 

「一体、持って帰る」

 

兵士が振り返る。

 

「死体を?」

 

「そうだ」

 

「パットン将軍のところまで運ぶんですか?」

 

「将軍は敵を見てこいと言った」

 

分隊長は緑色の血にまみれた異星人を見下ろした。

 

「なら実物を見せてやる」

 

別の兵士が光線銃を指差した。

 

「これは?」

 

「当然持って帰る」

 

「触って大丈夫ですかね」

 

「知らん」

 

即答だった。

 

「だから直接触るな。毛布か何かで包め」

 

さらに右腕を見る。

 

「それと、こいつの腕も軍医に調べさせる」

 

「切ります?」

 

「死体ごと持っていけばいい」

 

兵士たちが異星人の死体を持ち上げる準備を始める。

 

一人がぼそりと言った。

 

「将軍、これを見たら何て言いますかね」

 

分隊長は少し考えた。

 

背後を振り返る。

 

遠くには、まだ巨大な航空戦艦が浮かんでいる。

 

その下ではロサンゼルスが燃えていた。

 

空の敵には手も足も出なかった。

 

しかし。

 

その空から降りてきた兵士は違う。

 

銃弾で血を流した。

 

そして三体が、アメリカ兵の足元に転がっている。

 

「さあな」

 

分隊長はM1903を肩に担いだ。

 

「ただ――」

 

異星人の死体を見た。

 

「これで少なくとも、パットン将軍に『戦争になりました』じゃなく――」

 

わずかに笑った。

 

「『戦争ができます』と報告できる」

 

その数十分後。

 

緑色の血を滴らせる異星人の死体と、鹵獲された一挺の光線銃が、ジョージ・S・パットンの前へ運び込まれることになる。

 

そしてパットンは、人類側で最も早く理解することになる。

 

敵は圧倒的に強い。

 

だが――

 

無敵ではない。

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