それから一時間ほど後。
先行した偵察隊が発見した異星人の遺体は、後続部隊によって回収され、パットンのいる野外陣地へ運び込まれていた。
毛布に包まれたそれが地面へ下ろされる。
周囲には士官だけでなく、噂を聞きつけた兵士たちまで集まっていた。
誰もが見たがったのだ。
自分たちの国を襲っているものが、いったい何なのかを。
軍医が毛布をめくった。
初めてそれを見た兵士たちから、ざわめきが起こる。
「……本当に人間じゃねえ」
「火星人って奴か?」
「火星から来たにしては随分趣味の悪い面してやがる」
「お前よりは男前だ」
「黙れ」
こんな状況でも軽口を叩く者がいる。
恐怖を押し殺すためでもあった。
パットンは兵士たちを押し退けるように前へ出た。
そして、死体の前で立ち止まった。
「これが……奴らか」
人間とほぼ変わらない背丈。
頭部には銃創。
腹部にも複数の弾痕が残っている。
そこから流れ出した緑色の血液が毛布を汚していた。
パットンはしゃがみ込んだ。
恐れる様子はない。
むしろ珍しい兵器でも観察するような目だった。
側近が偵察隊から聞き取った報告書を開く。
「生存者の証言によれば、右腕そのものが触手状になっています。通常時は人間の腕程度ですが、戦闘時には数ヤード伸長したとのこと」
パットンは異星人の右肩から先を見る。
確かに手がない。
腕そのものが先端へ向かって細くなっている。
「左手には?」
少し離れたところに、鹵獲された異星人の武器が置かれていた。
直接触れないよう、厚手の布の上に載せられている。
「銃と思われます」
「思われる?」
パットンが顔を上げる。
「我々の銃とは構造が違いすぎます。ですが、偵察隊はこの武器から例の光線が発射されるところを確認しています」
「威力は?」
側近が一瞬黙った。
「少なくとも、人間なら一発です」
周囲の兵士から軽口が消えた。
「車両にも相当な損傷を与えます。ただし欠点も確認されています。一度発射すると、次に撃てるようになるまで時間が必要です」
「どれくらいだ」
「正確な計測はできていません」
パットンの表情が険しくなる。
「次から時計を持たせろ。『長かった』では戦争はできん。十秒なのか、一分なのか、それだけで戦い方が変わる」
「はい」
「他には?」
「皮膚についてですが……」
軍医が代わって説明した。
「奇妙です。頭部と腹部は比較的柔らかく、小銃弾が有効でした。しかし胸部や四肢の一部には非常に硬い組織があります。角度によっては小銃弾が逸らされたという証言もあります」
パットンはしばらく黙って死体を眺めた。
そして頭部の銃創を見る。
次に腹部。
最後に緑色の血。
「つまり――」
立ち上がった。
「ここにこいつが転がっているということは、殺せるということだな」
「……はい」
その瞬間。
パットンが笑った。
大笑いではない。
口元がほんの少し上がっただけだった。
だが側近には、それで十分だった。
先ほどまで彼の目の前にあったのは、都市を一撃で破壊し、航空機を寄せ付けず、空を自由に飛び回る正体不明の敵だった。
それが今。
一匹死んでいる。
人間の銃で。
パットンは異星人の死体を軍靴の先で軽く押した。
反応はない。
「宇宙から来た割には、死に方は随分と地球式じゃないか」
兵士の何人かが笑った。
今度の笑いは先ほどとは違った。
僅かではあるが、恐怖が薄れていた。
パットンはそれを見逃さなかった。
「諸君、よく見ておけ!」
周囲に集まった兵士へ声を張り上げる。
「空を見れば、奴らは神様に見えるかもしれん!」
遠くには、いまだ巨大な航空戦艦が浮いている。
「だが神様なら、ここで腹に穴を開けて死んでいたりはせん!」
兵士たちが死体を見る。
「こいつらは生き物だ!血を流す!撃てば死ぬ!」
パットンは緑色に染まった毛布を指差した。
「しかも血が緑だ!撃ったかどうか分かりやすくて結構!」
今度ははっきり笑いが起こった。
パットンも笑った。
だが、すぐ真顔に戻る。
「それで――」
側近を見る。
「攻撃準備を始めろ」
側近は一瞬、自分の耳を疑った。
「……攻撃、ですか?」
「私の英語が難しかったか?」
「いえ。しかし将軍――」
「すぐにやれ」
パットンは地図へ向かった。
「海軍にも、上級司令部にも、政治家連中にも後から報告する」
「待ってください」
側近が追いかける。
「現在、我々は制空権を完全に失っています」
「見れば分かる」
「敵歩兵を倒せることは確認できました。しかし、あの空中艦はどうしようもありません」
側近は空を指差した。
巨大な鉄の船。
その周囲を小型船が飛び交っている。
「航空隊は近づくことすら困難です。地上部隊を集結させれば、敵航空機に発見された時点で――」
「焼かれるだろうな」
あまりにも簡単に答えられたので、側近は言葉を失った。
「……分かっておられるのですか?」
「当然だ」
「なら!」
「我々は負ける」
周囲が静かになった。
パットン自身が言った。
誰より戦いたがっていた男が、戦う前から敗北を口にした。
側近でさえ返す言葉がなかった。
パットンは地図を見たまま続けた。
「今の装備で真正面からぶつかればな」
「では何故……」
「知るためだ」
パットンの指が地図上の道路をなぞった。
「敵歩兵は何人単位で動く?」
誰も答えられない。
「光線銃の有効射程は?」
分からない。
「何秒で次弾を撃つ?」
分からない。
「右腕は正確には何ヤード伸びる?」
分からない。
「機関銃ならどこまで有効だ?迫撃砲は?手榴弾は?砲兵は?煙幕をどう認識する?夜は見えるのか?」
質問するたびに沈黙が返ってくる。
パットンは顔を上げた。
「我々は何も知らん」
「だから偵察を――」
「偵察だけで分かることには限界がある」
パットンの声が低くなる。
「戦争について知りたければ、戦争をするしかない」
側近が食い下がった。
「そのために兵士を死なせるおつもりですか?」
パットンの視線が側近へ向いた。
笑みは完全に消えていた。
「そうだ」
あまりに明確な返答だった。
「将軍!」
「勘違いするな。私は兵士を死なせたいんじゃない」
パットンは燃えるロサンゼルスへ顔を向けた。
「だが、今ここで百人を危険に晒して得た情報が、明日一万人を生かすかもしれん」
黒煙が空を覆っている。
「あそこを見ろ」
誰もが都市を見る。
「逃げている市民を奴らは殺した。武器を持たない女も子供もだ」
拳を握る。
「なら逃げれば助かるという戦争じゃない」
側近は黙った。
「我々が何も知らないまま後退を続ければ、次の街でも同じことが起こる。その次もだ」
パットンは異星人の死体を指差した。
「だから今、調べる」
「……」
「この愛する自由の国、アメリカを生かすためにな」
少し間を置いてから、パットンは再びいつもの調子へ戻った。
「それにだ」
「……何でしょう」
「あのクソ野郎ども、ロサンゼルスをあれだけ派手に燃やしておいて、こっちから撃たれないと思ってるなら随分と失礼な話じゃないか?」
側近が呆れたような顔をする。
周囲の兵士から笑いが漏れた。
パットンは地図を叩いた。
「よし。作戦を決める」
士官たちが集まる。
「道路上に長い車列を作るな。敵は空を持っている。密集した部隊など『ここを撃ってください』と看板を立てているようなものだ」
鉛筆で地図へ線を引く。
「小隊単位で分散して前進。建物、窪地、樹木、何でも使え。空から見える場所に長居するな」
「歩兵と接触した場合は?」
「光線銃を撃った瞬間を狙う」
別の士官が顔を上げた。
「再発射までの時間ですね」
「そうだ。誰かが数えろ。十秒でも二十秒でもいい。必ず記録して帰せ」
さらに命令が続く。
「頭部と腹部を狙え。胸へ馬鹿正直に撃ち込むな。右腕の間合いには入るな。銃剣突撃は禁止だ」
一人の兵士が思わず尋ねた。
「将軍が銃剣突撃を禁止するんですか?」
パットンが睨む。
「私は勇敢な兵士が好きだ」
一拍。
「馬鹿な兵士まで好きだと言った覚えはない」
笑いが起きた。
「機関銃班は歩兵の接近阻止。迫撃砲は敵が集まった場所へ叩き込め。敵の死体と武器は可能な限り回収しろ」
「戦車は?」
パットンの表情が少し変わった。
第一次世界大戦以来、彼が誰より執着してきた兵器だった。
「出す」
「敵の光線は車両にも有効です」
「だから出すんだ」
側近が眉をひそめる。
「装甲にどこまで通用するか確かめる」
「撃ち抜かれたら?」
パットンは答えた。
「次の戦車兵が、その場所には当たらないよう戦う」
静かになった。
残酷な論理だった。
しかし戦争とは、往々にしてそうやって情報を蓄積する。
パットンは全員を見回した。
「今日の目的はロサンゼルス奪還ではない」
誰もが聞く。
「敵を殺せ」
「敵に撃たせろ」
「敵に動かせろ」
「そして見ろ」
声が強くなる。
「何をすれば奴らが死ぬのか。何をすれば我々が死ぬのか。それを一つ残らず持って帰れ!」
兵士たちが動き始めた。
弾薬箱が積み込まれる。
M1903のボルトが引かれる。
BARの弾倉が確認される。
ブローニング機関銃が車両へ積載される。
迫撃砲班が砲弾を数える。
軍医たちは救護所を準備した。
誰も勝てるとは思っていなかった。
それでも。
先ほどまでと一つだけ違うものがあった。
地面に転がっている異星人の死体。
それが証拠だった。
敵は殺せる。
兵士の一人がトラックへ乗り込みながら、隣の仲間に言った。
「なあ」
「なんだ?」
「火星人を撃つ訓練なんて受けたか?」
「ないね」
「俺もだ」
エンジンが始動する。
男はM1903を抱え直した。
「まあいいか。向こうだってアメリカ兵と戦う訓練は受けてねえだろ」
「違いない」
二人が笑った。
別の兵士が荷台を叩く。
「おい火星人ども!ニューヨークまで行きたきゃ通行料を払え!」
「いくらだ?」
「一人につき弾丸一発!」
「安すぎるだろ!」
笑い声。
その横をパットンが通り過ぎた。
「馬鹿ども!一発で仕留められるなら弾薬係が泣いて喜ぶぞ!」
「イエス・サー!」
「準備しろ!」
パットンが車両へ乗り込む。
「出発!」
エンジン音が連鎖した。
部隊は一つの巨大な縦隊にはならなかった。
いくつもの小部隊へ分かれ、それぞれ異なる経路からロサンゼルス周辺へ向かっていく。