パットンの命令を受けたアメリカ陸軍部隊は、瓦礫と放棄車両の間を縫うように前進していた。
空には、巨大な航空戦艦。
その周囲をいくつもの小型船が飛び交っている。
それでも地上部隊は進んだ。
敵の歩兵は殺せる。
それだけはもう分かっていた。
交差点の先。
異星人歩兵が姿を現す。
十数体。
人間とほぼ同じ背丈。
左手には光線銃。
右腕は、戦闘になると数ヤードまで伸びる触手。
「敵歩兵!」
「伏せろ!」
最初の光線が走った。
道路脇の壁が赤く焼ける。
「撃て!」
M1903小銃。
BAR。
M1917重機関銃。
一斉に火を噴いた。
異星人の腹部から緑色の血が飛ぶ。
「効いてる!」
一体が倒れる。
もう一体。
しかし敵も撃ち返す。
光線が土嚢を貫き、その後ろにいた兵士ごと焼いた。
「機関銃班!」
「まだ生きてる!」
「撃て!止まるな!」
別の異星人が距離を詰めてくる。
右腕が伸びた。
兵士の小銃へ絡みつく。
「クソッ!」
引きずられる。
仲間がBARを撃ち込む。
腹部。
緑の血。
異星人が倒れる。
「助かった!」
「礼は後だ!次が来る!」
兵士たちは撃った。
撃ち続けた。
だが、敵の数は減らない。
瓦礫の向こうから次々と現れる。
「多すぎる!」
「弾倉!」
「最後だ!」
BAR射手が新しい弾倉を叩き込む。
「こいつを使い切ったら石でも投げるぞ!」
隣の兵士が叫ぶ。
「火星人相手に石投げるのか!?」
「頭に当たりゃ何でも痛えだろ!」
銃声。
光線。
悲鳴。
緑色の血。
赤い血。
道路の色が混ざっていく。
パットンは後方から戦況を見ていた。
「押されているな」
側近が答える。
「敵歩兵そのものには対抗できます。しかし数が……」
「機関銃を前へ」
「これ以上前に出せば光線に――」
「分かっている」
パットンは双眼鏡を覗く。
「だがこのままでも押し切られる」
その時。
空から、別の音が聞こえた。
最初は誰も気付かなかった。
エンジン音。
複数。
兵士の一人が顔を上げる。
「……飛行機?」
別の兵士も見る。
「おい……」
遠くから編隊が近づいてくる。
星条旗。
アメリカ陸軍航空隊。
「味方だ!」
一人が叫んだ。
その声が、戦場全体へ広がった。
「味方の航空隊だ!」
「空軍が来たぞ!」
「助かった!」
兵士たちの表情が変わる。
さっきまで押されていた男たちが、一斉に立ち上がる。
「見たか火星人!」
「こっちは歩兵だけじゃねえぞ!」
「アメリカへようこそ!」
航空隊が低空へ入る。
翼下から機関銃が火を噴いた。
地面へ一列に土煙が走る。
異星人歩兵へ弾丸が降り注いだ。
頭。
腹。
緑色の血。
一体。
二体。
三体。
次々と倒れる。
「うおおおおお!」
地上の兵士たちから歓声が上がった。
「そのままやれ!」
「全部掃除しろ!」
別の機体が進入。
機銃掃射。
異星人の集団が吹き飛ぶ。
逃げようとした一体へBAR射手が撃ち込む。
「どこ行くんだ!」
倒れる。
数分もしないうちに、地上にいた異星人歩兵はほぼ一掃された。
信じられないほどだった。
つい先ほどまで死を覚悟していた兵士たちが、今は空を見上げて笑っている。
「やった!」
「勝てるぞ!」
「火星人なんざ大したことねえ!」
一人が帽子を振り回した。
「今日の酒は陸軍航空隊持ちだ!」
上空の航空機が翼を振る。
兵士たちがさらに歓声を上げた。
パットンもその様子を見ていた。
「悪くない」
側近が笑う。
「これなら一度離脱できます」
「ああ」
パットンは頷く。
「敵が態勢を立て直す前に下がる」
伝令が走る。
「全隊、後退準備!」
兵士たちは負傷者を担ぎ始める。
鹵獲した光線銃。
敵の死体。
可能な限り回収する。
「航空隊に上空援護を――」
側近が言いかけた。
その時。
空の向こうに、別の影が現れた。
速い。
航空隊とは比較にならない。
黒い小型船。
一機。
二機。
さらにその後ろ。
「敵機!」
誰かが叫んだ。
航空隊も気付いた。
編隊が旋回する。
「迎撃するぞ!」
地上からは聞こえない。
しかし、そう言っているのが分かるようだった。
アメリカ機が敵小型船へ向かう。
地上の兵士たちはまた歓声を上げた。
「やっちまえ!」
「今度は空で勝負だ!」
しかし。
その歓声は長く続かなかった。
先頭の航空機が機銃を撃つ。
弾丸が小型船へ当たる。
火花。
それだけ。
「……効いてない?」
誰かが呟いた。
小型船が機首を向ける。
光。
アメリカ機の翼が一瞬で焼け落ちた。
機体が回転する。
墜落。
地上へ激突した。
爆発。
兵士たちの声が止まる。
「……おい」
二機目。
光線。
機首が消える。
機体がそのまま地面へ落ちる。
三機目。
旋回しようとする。
小型船はそれより遥かに速い。
後ろへ回り込む。
光。
尾翼がなくなる。
「嘘だろ……」
さっきまで空を支配していた味方航空隊が。
何もできない。
一機。
また一機。
落ちる。
パットンは双眼鏡を握り締めた。
「撤退を急がせろ」
側近が答える。
「はい!」
「今すぐだ!」
上空。
最後の数機が離脱しようとする。
しかし敵小型船が追う。
光線。
一機が炎を上げる。
もう一機。
墜落。
数分。
それだけだった。
地上部隊を救った航空隊は。
ほぼ壊滅した。
兵士たちは声を失っていた。
「……全部?」
「全部やられたのか?」
その時。
別の音。
地面が揺れた。
ズン。
ズン。
ズン。
「何だ?」
兵士が振り返る。
瓦礫の向こう。
何か巨大なものが動いている。
最初は建物の残骸に見えた。
だが違う。
生きている。
巨大な胴体。
そこから伸びる何本もの太い触手。
まるでタコ。
だが家ほどの大きさがある。
「……冗談だろ」
「今度は何なんだよ……」
大型異星生物は瓦礫を押し退けて進んでくる。
触手の一本が放棄された乗用車へ伸びる。
掴む。
持ち上げる。
そして。
投げた。
車が宙を飛ぶ。
兵士たちの近くへ落下する。
「伏せろ!」
爆発。
「撤退!」
軍曹が叫ぶ。
「撤退しろ!」
兵士たちが走り始める。
しかし部隊は既に疲弊していた。
死傷者多数。
弾薬も減っている。
負傷兵を抱えている。
その後ろから巨大な異星生物が迫る。
「追いつかれるぞ!」
パットンが振り返った。
「戦車隊は?」
「三両残っています!」
パットンは一瞬だけ黙った。
虎の子。
この場に残る貴重な装甲戦力。
「前へ出せ」
側近がパットンを見る。
意味は分かっていた。
「……殿ですか」
「ああ」
「戻ってこられない可能性があります」
パットンは戦車を見る。
「知っている」
側近は何も言わなかった。
命令が伝えられる。
戦車長がハッチから顔を出した。
「俺たちが殿か?」
伝令が頷く。
「将軍命令です」
戦車長は一瞬だけ後ろを見る。
逃げていく仲間。
負傷者。
衛生兵。
そして巨大なタコ型異星生物。
「分かった」
ハッチへ戻る。
車内。
「聞いたな」
操縦手が答える。
「聞きました」
砲手が苦笑する。
「最高の仕事ですね」
「文句あるか?」
「ありませんよ」
砲手が照準器を覗く。
「ただ、今日の夕飯に間に合わなさそうだと思っただけです」
装填手が砲弾を押し込む。
「俺の分も食っていいぞ」
「帰ったらな」
「じゃあ帰るしかないですね」
戦車長が笑う。
「その意気だ」
三両の戦車が反転する。
逃げる味方とは逆方向へ。
巨大異星生物へ向かう。
兵士たちがそれを見る。
「戦車隊……」
「戻ってるぞ」
「殿だ」
一両目。
停止。
砲塔旋回。
「距離!」
「四百!」
「撃て!」
砲撃。
命中。
大型異星生物の胴体で爆発。
巨体が揺れた。
「効いた!」
二両目。
発砲。
別の触手が吹き飛ぶ。
緑色とも黄色ともつかない液体が飛び散る。
「やれるぞ!」
戦車兵が叫ぶ。
大型異星生物が怒ったように身体を震わせる。
触手が伸びる。
一両目の車体へ巻きつく。
「何だ!?」
車体が傾く。
「後退!」
操縦手がエンジンを唸らせる。
無理だった。
巨大な触手が戦車を持ち上げる。
「嘘だろ!」
車内が傾く。
戦車長が叫ぶ。
「撃て!撃て!」
砲手が無理矢理照準。
至近距離。
発砲。
爆発。
異星生物が悲鳴のような音を上げる。
だが触手は離れない。
戦車が持ち上げられる。
数メートル。
そして地面へ叩きつけられた。
車体が潰れる。
二両目と三両目が撃つ。
砲弾が次々と命中。
異星生物の身体に傷が増える。
「まだ来る!」
「撃ち続けろ!」
三両目の戦車長が叫ぶ。
「こいつを通したら歩兵がやられる!」
「分かってます!」
装填。
砲撃。
触手一本が切れる。
「一本!」
「まだ何本あるんだ!」
「数えるな!気が滅入る!」
その時。
上空。
小型船。
戦車長が気付く。
「……あ」
光。
二両目。
直撃。
装甲を貫通。
爆発。
三両目だけが残る。
「二号車!」
応答なし。
大型異星生物も迫る。
敵小型船も上空にいる。
逃げ道はない。
戦車長は一度だけ後ろを見た。
遠く。
味方の歩兵が撤退している。
十分距離が開いていた。
「よし」
砲手が聞く。
「何がです?」
「仕事はした」
戦車長がハッチを閉じる。
「最後まで撃つぞ」
「イエス・サー」
装填手が最後の砲弾を持つ。
「これで終わりです」
「なら外すな」
「砲手に言ってくださいよ」
「聞こえてるぞ!」
全員が笑った。
ほんの一瞬。
最後の砲弾が装填される。
砲塔が大型異星生物へ向く。
「撃て!」
轟音。
命中。
巨体から体液が噴き出す。
しかし倒れない。
「……タフな野郎だ」
上空。
小型船の光が強くなる。
戦車長が呟く。
「じゃあな、火星人」
光線。
三両目の戦車が炎に包まれた。
遠くから。
パットンはその最後を見ていた。
側近が静かに言う。
「戦車隊、全滅です」
パットンは答えなかった。
双眼鏡を下ろす。
撤退する兵士たちは、もう敵から十分離れている。
戦車隊は役目を果たした。
だからこそ。
パットンの顔には怒りが浮かんでいた。
「名前を記録しろ」
「全員ですか?」
「全員だ」
少し間を置く。
「あいつらのおかげで歩兵が帰れる」
パットンは燃える戦場を見る。
航空隊。
戦車隊。
歩兵。
一度は勝利を掴みかけた。
だが敵が本格的に戦力を投入した瞬間。
すべてがひっくり返った。
「将軍」
側近が尋ねる。
「今回の戦闘……どう評価されますか」
パットンはしばらく答えなかった。
やがて口を開く。
「歩兵同士なら勝てる」
「はい」
「航空機相手には勝負にならん」
「……はい」
「あの大きなタコも砲撃で傷つく」
「はい」
「戦車は足止めには使える」
そこで少しだけ表情が歪む。
「代償は馬鹿みたいに高いがな」
パットンは踵を返した。
「戻るぞ」
「次は?」
側近が聞く。
パットンは歩きながら答えた。
「次は――」
空に浮かぶ航空戦艦を見る。
「どうやってあれを落とすか考える」
側近が乾いた笑いを漏らす。
「簡単に言いますね」
「簡単な仕事なら俺はいらん」
パットンはそれだけ言って歩き続けた。
この日。
アメリカ陸軍は異星人歩兵との地上戦に勝利した。
そして。
異星人との戦争には敗北した。
人類は初めて知った。
敵は殺せる。
傷つけられる。
止めることもできる。
だが。
それだけでは勝てない。
空を奪われたままでは――
どれだけ勇敢に戦っても、最後には焼かれる。
それが。
人類が最初の戦闘で支払った、あまりにも高価な授業料だった。