生存戦争 1936   作:四国の探索人

7 / 14
第7話 2人目の大統領

 

テキサス州ユバルディ。

 

1936年1月1日。

 

本来ならば、静かな元日になるはずだった。

 

ワシントンでの政治生活から一時離れ、故郷で年末年始を過ごす。

 

副大統領ジョン・ナンス・ガーナーにとって、それ自体は珍しくもない休暇だった。

 

だが今。

 

ガーナー家の居間に、新年を祝う空気は欠片も残っていなかった。

 

ラジオの前には数人の男が集まっている。

 

地元当局の人間。

 

連絡を受けて駆けつけた軍関係者。

 

電話交換手。

 

そして、副大統領本人。

 

ガーナーは椅子へ深く腰掛けたまま、ラジオを睨んでいた。

 

ザーッ。

 

ザーッ。

 

聞こえるのは雑音ばかり。

 

時折、人間の声らしきものが混じる。

 

しかしすぐに消える。

 

「政府放送からの続報はなし……」

 

ガーナーが低く呟いた。

 

「無線が切れただけだといいんだが」

 

誰も答えなかった。

 

それが希望的観測であることは、この部屋にいる全員が分かっていた。

 

最初に入ったのは、西海岸からの異常な報告だった。

 

ロサンゼルス上空に巨大な飛行物体。

 

その後、巨大な閃光。

 

通信途絶。

 

続いて別の都市。

 

さらに別の都市。

 

そして――

 

ワシントン。

 

首都上空にも正体不明の巨大飛行物体が出現した。

 

その後、連絡が途絶えた。

 

電話も繋がらない。

 

軍の通信も混乱している。

 

政府放送も沈黙した。

 

大統領からの声明もない。

 

国務省からも。

 

陸軍省からも。

 

ガーナーは葉巻を指で転がした。

 

火はついていない。

 

「ホワイトハウスは?」

 

軍人が首を振った。

 

「依然として応答ありません」

 

「陸軍省」

 

「同じです」

 

「海軍省」

 

「東海岸との通信自体が極めて不安定です」

 

「議会は?」

 

「分かりません」

 

ガーナーの眉間に皺が寄った。

 

「分からん、分からん、分からん……」

 

葉巻を机へ置く。

 

「この国はいつから『分かりません』だけで動くようになった?」

 

「申し訳ありません、副大統領」

 

「君を責めてるんじゃない」

 

ガーナーは額を押さえた。

 

「私だって分からん」

 

その一言で部屋が静まった。

 

副大統領。

 

アメリカ合衆国政府における第二位の人物。

 

大統領に何かあれば、その職務を引き継ぐ男。

 

だが、その大統領が生きているのか死んでいるのかすら分からない。

 

ガーナーが立ち上がる。

 

「フランクリンが地下へ避難できていれば……」

 

可能性はある。

 

ホワイトハウスが攻撃されても、生き残っているかもしれない。

 

軍施設へ移されたかもしれない。

 

通信だけが破壊されたのかもしれない。

 

だから待つ。

 

それが当然だった。

 

少なくとも――

 

数時間前までは。

 

無線係が突然顔を上げた。

 

「待ってください」

 

全員が振り返る。

 

「何だ?」

 

「何か入っています」

 

無線係が調整する。

 

ザーッ。

 

ザーッ。

 

雑音。

 

その向こうから。

 

音が聞こえた。

 

『――――』

 

誰かが喋っている。

 

だが英語ではない。

 

スペイン語でもない。

 

フランス語でもドイツ語でもない。

 

そもそも人間の発声にすら聞こえなかった。

 

短い音。

 

長い音。

 

金属を擦り合わせるような不快な響き。

 

そして一定の間隔。

 

「何語だ?」

 

「分かりません」

 

「暗号か?」

 

「それも……」

 

無線係がヘッドフォンを押さえる。

 

「同じ音列が繰り返されています」

 

別の軍人が近づいた。

 

「敵の通信では?」

 

部屋の空気が変わった。

 

ガーナーが無線機へ歩み寄る。

 

「聞かせろ」

 

ヘッドフォンを受け取る。

 

耳へ当てる。

 

『――――』

 

ガーナーは黙って聞いた。

 

人間には意味が分からない。

 

だが通信であることだけは分かる。

 

一つの声が終わる。

 

別の声が応答する。

 

さらに別の信号。

 

明らかに何者かが互いに情報を交換している。

 

そして、その通信量が増えている。

 

ガーナーがヘッドフォンを外した。

 

「こいつらは元日を祝ってるわけじゃなさそうだな」

 

誰も笑わなかった。

 

「発信源は?」

 

「一つではありません」

 

無線係が答える。

 

「西からも拾っています。それと……」

 

「それと?」

 

男は言いにくそうにした。

 

「東からもです」

 

ガーナーの表情が変わる。

 

「東?」

 

「はい」

 

「ワシントン方面か?」

 

「断定できません。ただ、東部方面から同種の通信が多数……」

 

沈黙。

 

アメリカ国内で。

 

人間には理解できない通信が飛び交っている。

 

その一方で。

 

アメリカ政府は沈黙している。

 

ガーナーは窓の外を見た。

 

ユバルディの町はまだ存在している。

 

家がある。

 

道路がある。

 

人がいる。

 

ここだけ見れば、いつものテキサスだった。

 

だがラジオの向こうでは。

 

国が消えようとしていた。

 

「副大統領」

 

軍人が声をかける。

 

「判断を仰ぎたいことがあります」

 

「言え」

 

「各地の部隊です」

 

ガーナーが振り返る。

 

「現在、命令系統が混乱しています。上級司令部と連絡できず、独自に行動している部隊が出ています」

 

「当然だろうな」

 

「州当局からも軍への要請が相次いでいます。しかし誰が最終的な承認を出すのか――」

 

言葉が止まる。

 

ガーナーには意味が分かった。

 

「私に大統領になれと言っているのか」

 

「……」

 

誰も答えない。

 

答えられるはずがない。

 

ガーナーは副大統領だった。

 

大統領が死亡すれば、その地位を継承する。

 

しかし。

 

ルーズベルトの死亡は確認されていない。

 

「フランクリンはまだ生きているかもしれん」

 

「はい」

 

「生きていれば大統領は彼だ」

 

「その通りです」

 

「なら私は副大統領だ」

 

「はい」

 

軍人が続けた。

 

「しかし大統領からの命令はありません」

 

「……」

 

「政府からの命令もありません」

 

ガーナーは睨む。

 

「それで?」

 

「敵からの通信だけは増えています」

 

その言葉が重かった。

 

ガーナーが再び無線機を見る。

 

ザーッ。

 

雑音の向こう。

 

また、あの音。

 

『――――』

 

敵は動いている。

 

敵には指揮系統がある。

 

敵同士は連絡を取っている。

 

その間。

 

アメリカは大統領からの連絡を待っている。

 

ガーナーは時計を見る。

 

「最後にワシントンから正常な通信が入ったのは?」

 

時刻が告げられる。

 

かなり経っている。

 

「大統領本人からは?」

 

さらに前だった。

 

ガーナーは目を閉じた。

 

フランクリン・デラノ・ルーズベルト。

 

政治的には何度も衝突した。

 

気に入らない政策も山ほどあった。

 

だが今はそんなことに何の意味もない。

 

「……畜生」

 

小さく呟いた。

 

「副大統領?」

 

「フランクリン」

 

ガーナーは椅子へ座った。

 

「生きてるなら、さっさと怒鳴り込んできてくれ」

 

誰も口を挟まない。

 

「『ジャック、余計なことをするな』ってな」

 

待つ。

 

ラジオを見る。

 

何もない。

 

「そうしたら喜んでこの椅子を返してやる」

 

それでも。

 

何も聞こえない。

 

ガーナーは大きく息を吐いた。

 

そして立ち上がった。

 

「もう待てん」

 

軍人が顔を上げる。

 

「副大統領?」

 

「フランクリンを待っている間にも人が死んでいる」

 

「ですが死亡確認が――」

 

「分かっている!」

 

ガーナーの声が部屋に響いた。

 

「分かっているから困ってるんだ!」

 

静寂。

 

しばらくして、ガーナーは声を落とした。

 

「だがな」

 

敵の通信を指差す。

 

「奴らは待ってくれん」

 

誰も反論できない。

 

「ワシントンが生きているか確認できるまで待つ。大統領から返事が来るまで待つ。陸軍省から命令が来るまで待つ」

 

首を振る。

 

「そうやって明日の朝まで待って、それまでにアメリカがなくなったら、憲法を守りましたと誰に報告する?」

 

軍人たちの表情が変わった。

 

ガーナーは決断した。

 

「現在連絡可能な陸軍、海軍、州政府へ伝えろ」

 

「何と?」

 

「合衆国政府は存続している」

 

一人が鉛筆を走らせる。

 

「ワシントンとの通信が回復するまで、利用可能な政府機関はすべて非常体制へ移行」

 

「はい」

 

「陸海軍は民間人の避難を最優先。その上で敵と接触した部隊は、判明した戦闘情報を全軍へ共有させろ。今は陸軍だ海軍だと縄張り争いをしている場合じゃない」

 

「承知しました」

 

「それからハワイ」

 

ガーナーの指が地図へ向く。

 

「まだ無事なんだな?」

 

「現時点では、大規模攻撃の報告はありません」

 

「フィリピンは?」

 

「同様です」

 

ガーナーが頷く。

 

「両方と連絡を維持しろ。太平洋を失えば西海岸の次がなくなる」

 

そして少し黙った。

 

「もう一つ」

 

全員が待つ。

 

「私が合衆国軍の最高指揮を執る」

 

空気が止まった。

 

「副大統領。それは……」

 

「分かっている」

 

ガーナーが遮った。

 

「こんな形で大統領の椅子に座りたかったわけじゃない」

 

机の上には新聞が置かれていた。

 

そこにはまだ、昨日までのアメリカが書かれている。

 

政治。

 

経済。

 

新年。

 

選挙。

 

今となっては遠い世界の話だった。

 

「だが誰かが命令を出さなきゃならん」

 

ガーナーは新聞を畳んだ。

 

「そして今、確認できる範囲でその役目に一番近い場所にいる馬鹿が私だ」

 

軍人の一人が尋ねる。

 

「ルーズベルト大統領が生存していた場合は?」

 

ガーナーは即答した。

 

「返す」

 

「……即座に?」

 

「当たり前だ」

 

少し笑った。

 

「私はこの仕事が欲しくてやってるんじゃない」

 

その笑みもすぐ消える。

 

「だが彼の生死が分からないことを理由に、合衆国を指揮官なしにはできん」

 

ガーナーはジャケットを整えた。

 

「宣誓を準備しろ」

 

「ここで、ですか?」

 

「ワシントンまで行けというなら馬を貸してくれ。途中で化け物に食われなきゃ数日で着くだろう」

 

何人かが思わず笑った。

 

ガーナーが睨む。

 

「冗談だ。汽車でも間に合わん」

 

そして真顔になる。

 

「ここでやる」

 

ほどなく。

 

豪華な議事堂でも。

 

ホワイトハウスでもなく。

 

テキサス州ユバルディの一室で、人々が集められた。

 

法的手続きについて異論を唱える者もいた。

 

死亡確認が必要だという者もいた。

 

待つべきだという者もいた。

 

ガーナー自身が誰よりそれを理解していた。

 

それでも最後には一つの事実へ戻った。

 

首都から命令は来ない。

 

敵は攻撃を続けている。

 

兵士たちは戦っている。

 

市民は逃げている。

 

国家には指揮官が必要だった。

 

宣誓を終える。

 

その瞬間。

 

ジョン・ナンス・ガーナーは顔を伏せた。

 

拍手はなかった。

 

祝福する者もいなかった。

 

ガーナー自身がそれを望まなかった。

 

「大統領」

 

初めてそう呼ばれた。

 

ガーナーはしばらく反応しなかった。

 

「……慣れんな」

 

そして椅子へ座る。

 

「大統領、最初のご命令を」

 

ガーナーは地図を見る。

 

焼かれた都市。

 

途絶した通信。

 

生死不明の政府要人。

 

そして戦い続けている軍隊。

 

数時間前まで、自分は年末年始を故郷で過ごす副大統領だった。

 

今は違う。

 

ガーナーは葉巻を咥えた。

 

ようやく火をつける。

 

一口。

 

煙を吐く。

 

「まず、まだ生きてるアメリカ人を数えよう」

 

周囲が静かになる。

 

「それから――」

 

ガーナーは無線機から流れ続ける異星人の通信へ目を向けた。

 

「こいつらに、ずいぶん面倒な国を侵略したと教えてやる」

 

1936年1月1日。

 

ワシントンから千マイル以上離れたテキサスの小さな町で。

 

アメリカ合衆国は、二人目の戦時大統領を得た。

 

一人目が生きているのか死んでいるのか。

 

その答えすら知らないまま。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。