生存戦争 1936   作:四国の探索人

8 / 14
第8話 政府移転と救援要請

 

ジョン・ナンス・ガーナーが大統領として最初に迎えた夜は、祝賀とは程遠いものだった。

 

机の上に置かれているのは就任を祝う電報ではない。

 

壊滅。

 

通信途絶。

 

撤退。

 

救援不能。

 

そんな言葉ばかりだった。

 

ニューヨーク。

 

ワシントン。

 

ロサンゼルス。

 

シカゴ。

 

デトロイト。

 

主要都市からの通信は次々と途絶している。

 

生き残った部隊から断片的な報告は届く。

 

敵歩兵は殺せる。

 

小銃弾も機関銃弾も通用する。

 

砲撃なら大型生物にも損害を与えられる。

 

だが――

 

空がどうにもならない。

 

陸軍航空隊が迎撃しても、敵小型船に圧倒される。

 

戦車も敵の光線に耐えられない。

 

そして都市上空へ巨大船が現れれば、その都市そのものが消える。

 

ガーナーは報告書を机へ放り投げた。

 

「つまり、地上じゃ殴り合える」

 

誰も答えない。

 

「だが向こうは殴り合う必要がない」

 

側近が小さく頷いた。

 

「……その通りです」

 

ガーナーは壁の地図を見る。

 

アメリカ合衆国。

 

大西洋から太平洋まで広がる巨大な国土。

 

世界でもっとも豊かな国の一つ。

 

その地図へ、通信途絶地域を示す印が増え続けている。

 

「ハワイは?」

 

「健在です」

 

「フィリピン」

 

「健在です」

 

「アラスカは?」

 

「大規模な攻撃は確認されていません」

 

ガーナーは黙った。

 

ハワイ。

 

フィリピン。

 

敵の主攻撃から外れている。

 

一方、本土。

 

攻撃が集中している。

 

偶然なのか。

 

意図的なのか。

 

そんなことは今はどうでもよかった。

 

「大統領」

 

側近が恐る恐る尋ねる。

 

「政府機能の移転についてですが……」

 

ガーナーは目を閉じた。

 

それこそ、この数時間ずっと考えていたことだった。

 

本土の別の都市へ移す。

 

最初はそう考えた。

 

だが、どこへ?

 

デンバー?

 

ダラス?

 

サンアントニオ?

 

敵がその場所を知ればどうなる。

 

ワシントンと同じだ。

 

政府を一か所へ集めれば、巨大爆弾一発で合衆国政府そのものが消える。

 

ガーナーが目を開いた。

 

「電話を繋げ」

 

「どちらへ?」

 

「フィリピンだ」

 

側近が顔を上げた。

 

「マッカーサーを呼べ」

 

          

 

フィリピン、マニラ。

 

数度の中継を経て、ようやく回線が繋がった。

 

雑音が酷い。

 

『……こちらマニラ』

 

「マッカーサーか?」

 

一瞬、沈黙。

 

『ガーナー副大統領?』

 

ガーナーは少しだけ目を伏せた。

 

まだ向こうには情報が届いていない。

 

「違う」

 

『……?』

 

「大統領だ」

 

長い沈黙。

 

『ルーズベルト大統領は』

 

「分からん」

 

ガーナーは正直に答えた。

 

「ワシントンは壊滅した。ホワイトハウスとも連絡できない。生存確認もできていない」

 

『それでは――』

 

「議論は後だ、ダグラス」

 

声を強める。

 

「時間がない」

 

電話の向こうでマッカーサーが黙る。

 

ガーナーは地図を見た。

 

そして言った。

 

「合衆国政府をフィリピンへ移す」

 

今度の沈黙はさらに長かった。

 

『……もう一度お願いします』

 

「聞こえていただろう」

 

『聞こえました。だから確認しているのです』

 

マッカーサーの声が変わった。

 

『アメリカ合衆国政府を、フィリピンへ?』

 

「ああ」

 

『本土はどうされるのです』

 

ガーナーは答えなかった。

 

『大統領』

 

「……捨てる」

 

周囲の人間が一斉にガーナーを見る。

 

その言葉を実際に口にしたのは、これが初めてだった。

 

ガーナー自身も数秒、動かなかった。

 

アメリカ本土を捨てる。

 

自分が今、何を言ったのか。

 

誰より本人が理解していた。

 

マッカーサーの声が低くなる。

 

『合衆国本土を放棄されるおつもりですか』

 

「そうだ」

 

『私は反対です』

 

即答だった。

 

「そう言うと思った」

 

『西部にはまだ陸軍部隊が残っています。海軍も全滅したわけではありません。州政府も――』

 

「知っている」

 

『ならば――』

 

「だから逃がすんだ!」

 

ガーナーの声が響いた。

 

電話の向こうが静かになる。

 

「軍隊を捨てるんじゃない。国民を捨てるんでもない」

 

ガーナーは机を叩いた。

 

「土地を捨てるんだ」

 

『……』

 

「土地は取り返せる」

 

一拍。

 

「死んだ人間は取り返せん」

 

マッカーサーは答えない。

 

「ダグラス。敵は都市を消せる。空軍は勝てない。戦車も奴らの船には役に立たん。このまま本土に全軍を貼り付けて何になる?」

 

『戦います』

 

「そして?」

 

『……』

 

「全員死ぬまで戦うのか?」

 

ガーナーは続けた。

 

「それを勇敢とは呼ばん」

 

電話を握る手に力が入る。

 

「国を守るというのは、国土の一インチごとに死体を並べることじゃない」

 

マッカーサーがようやく答えた。

 

『では、どのように撤退させます』

 

ガーナーの表情が変わった。

 

反対から実務へ。

 

マッカーサーも決断したのだ。

 

「使える港を全部使う」

 

『海路ですか』

 

「民間船も徴用する。貨物船、客船、漁船――浮いていて太平洋を渡れるなら使え」

 

『全人口を運ぶことは不可能です』

 

「分かってる」

 

ガーナーの声が一瞬だけ弱くなる。

 

それこそが、この決断でもっとも残酷な部分だった。

 

一億を超える国民。

 

全員を逃がすことなどできない。

 

「西海岸まで到達できる者を優先する。軍は避難路を確保。海軍は輸送船団を護衛。ハワイを中継点にする」

 

『そしてフィリピンへ』

 

「ああ」

 

『フィリピンにも収容能力には限界があります』

 

「だからハワイにも残す。グアムも使えるなら使う。使える島は全部使え」

 

少し間を置く。

 

「それでも足りんだろう」

 

『はい』

 

「分かってる」

 

再び、その言葉。

 

今日だけで何度口にしたか分からない。

 

ガーナーは額を押さえた。

 

「だから世界に頼む」

 

『世界に?』

 

「そうだ」

 

ガーナーは側近を見る。

 

「英国政府へ連絡しろ。フランスにもだ。カナダ、オーストラリア、メキシコ――連絡できる政府全部だ」

 

側近が書き留める。

 

そして。

 

ガーナーの口が止まった。

 

一つだけ。

 

言いたくない国が残っていた。

 

側近も分かっている。

 

「……日本は?」

 

ガーナーが睨んだ。

 

誰も何も言わない。

 

太平洋。

 

アメリカがフィリピンへ政府機能を移すならば、無視できる相手ではない。

 

大日本帝国。

 

巨大な海軍を持つ太平洋国家。

 

アメリカとは利害が衝突し続けている。

 

満洲。

 

中国。

 

海軍軍縮。

 

太平洋の勢力争い。

 

決して友好的とは言えない。

 

ガーナーが葉巻を取り出した。

 

「……畜生」

 

火をつける。

 

「こんな日にまで政治をやらされるとはな」

 

側近が待つ。

 

「東京にも送れ」

 

「援軍要請を?」

 

ガーナーは煙を吐いた。

 

「そうだ」

 

『日本に軍事援助を求めるのですか』

 

電話の向こうからマッカーサーが口を挟んだ。

 

「ああ」

 

『彼らが何を要求するか分かりません』

 

「分かってる」

 

『フィリピンへ日本軍を入れることになれば――』

 

「ダグラス」

 

ガーナーが遮った。

 

「今アメリカを焼いてる連中は、日本人か?」

 

『……違います』

 

「英国人か?」

 

『いいえ』

 

「共産主義者か?」

 

『いいえ』

 

「だったら話は簡単だ」

 

ガーナーは敵の通信を流し続ける無線機を見る。

 

「今、人間同士で睨み合ってる場合じゃない」

 

マッカーサーは黙った。

 

「昨日まで日本が気に入らなかった。明日も気に入らんかもしれん」

 

少しだけ笑う。

 

「向こうだって同じだろう」

 

だが、その笑みが消える。

 

「今日だけは別だ」

 

ガーナーは側近へ命令した。

 

「日本政府へ正式な電文を送れ」

 

「内容は?」

 

ガーナーは考える。

 

そして、ゆっくりと言った。

 

「アメリカ合衆国は現在、人類に属さない勢力による攻撃を受けている」

 

側近が書く。

 

「主要都市多数壊滅」

 

ペンが止まりそうになる。

 

「ワシントン壊滅」

 

続ける。

 

「ルーズベルト大統領、生死不明」

 

ガーナーは一瞬目を閉じた。

 

「合衆国軍は抵抗中。しかし敵は我々を遥かに上回る航空兵器を保有している」

 

さらに続ける。

 

「よってアメリカ合衆国は――」

 

言葉が止まった。

 

この一文を世界へ送れば。

 

もう隠せない。

 

世界最強国の一つが。

 

敗北しようとしている。

 

ガーナーが目を開ける。

 

「……本土からの戦略的撤退を開始する」

 

側近が書き終える。

 

「そして最後に」

 

ガーナーは言った。

 

「大日本帝国政府ならびに帝国陸海軍に対し、可能な限りの軍事的援助を正式に要請する」

 

書き終わった。

 

部屋が静まり返る。

 

ガーナーが紙を見る。

 

屈辱的だった。

 

歴代の大統領で、こんな声明を出した者はいない。

 

アメリカが世界へ向かって。

 

助けてくれ。

 

そう言うのだ。

 

「出せ」

 

「大統領」

 

「出せ」

 

ガーナーはもう一度言った。

 

「プライドで戦艦は浮かばんし、国民も救えん」

 

通信員が電文を持って走る。

 

ガーナーは再び電話を取った。

 

「マッカーサー」

 

『はい』

 

「そっちはまだ青空か?」

 

マッカーサーが窓の外を見た。

 

マニラの空。

 

敵影はない。

 

『……今のところは』

 

「なら、その空を死んでも守れ」

 

『承知しました』

 

「今日からフィリピンは避難場所じゃない」

 

ガーナーはアメリカ本土の地図を見る。

 

「反撃のための本拠地だ」

 

『大統領』

 

「何だ」

 

『いつか戻ります』

 

ガーナーは黙った。

 

マッカーサーが続ける。

 

『本土へです』

 

ガーナーは葉巻を口から離した。

 

ほんの僅かに笑う。

 

「当たり前だ」

 

そしてテキサスらしい、荒っぽい口調で言った。

 

「俺は家をあの化け物どもにくれてやった覚えはない」

 

電話が切れる。

 

ガーナーは椅子へ座った。

 

その日のうちに、アメリカ政府から世界へ向けて声明が発せられた。

 

――アメリカ本土は、組織的な侵略を受けている。

 

――敵は人類ではない。

 

――ワシントンを含む複数の主要都市が壊滅。

 

――アメリカ軍は抵抗を継続中。

 

――しかし政府は、国家存続のため本土から政府・軍・民間人を可能な限り退避させる。

 

そして。

 

世界が最も耳を疑った一文。

 

アメリカ合衆国は、思想、民族、国家体制を問わず、すべての国家に共同戦線への参加を要請する。

 

その中には――

 

大日本帝国も含まれていた。

 

数時間前まで。

 

各国政府はアメリカから流れてくる情報を、混乱した非常事態の断片として受け取っていた。

 

もう違う。

 

アメリカ大統領自身が認めた。

 

アメリカは負けている。

 

そして。

 

人類以外の何者かが存在する。

 

その事実が世界へ伝わった瞬間だった。

 

ロンドン。

 

パリ。

 

モスクワ。

 

ベルリン。

 

ローマ。

 

そして――

 

東京。

 

電文を受け取った各国政府は、一斉に動き始める。

 

1936年1月1日。

 

昨日まで互いを仮想敵国としていた国々に。

 

同じ敵が生まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。