書き落とされた叙事詩 作:定期的な曇らせ摂取
黎明は平等に我らを照らす。そこに人性は問わず、かの慈悲深きケファレの寛大さが窺える。
タイタンに流れる黄金の血脈は再創世を促し、人の身に余る
黄金の血は英雄の証。
暗黒に呑まれゆく世界の再創世を目指すべく、『火追いの旅』を続ける黄金裔の英雄たち。黄金の名に相応しく、彼らは光当たる場所で叙事詩に載る偉業を成し続けている。
勿論、それを良く思わない者もいるだろう。終焉へ向かう世界で未だ権力に固執し、責務に身を投げる英雄たちの足を引く存在。英雄の叙事詩に、そんなものは要らない。
「ま、待て! 助け……」
人間の傲慢と世界の創世、どちらが重いかなんて分かりきっているはずだ。世を生きる
「こ、こんなことをしてただで済むと思……」
払っても払っても集ってくる蝿。光に吸い寄せられるように、近付けば熱で焼かれると知らぬ無知な生き物。
黒い装束が倒れて仄暗い地に赤が広がる。永遠に昼を失った永夜は
人性を削れ、全ては創世の為に。
「アグライア様。今戻りました」
天宫のバルネアにて佇む、この世のものとは思えない美を纏う彼女に傅く。
「お疲れ様です、イーリムウルド。また、
「視界に入ったものですから、つい」
『浪漫』の火種を継いで半神となり、神性に人間性を削られているはずの彼女が僅かにため息をつく。いや……彼女に限ってそんなことはないだろう。自分の見間違いに違いない。
「それで、暗黒の潮はどのような状況でしたか?」
「勢いを急速に増しつつあります」
そうですか、と彼女は思案に耽る。きっと彼女の優秀な頭脳は神算鬼謀の策略を巡らせているだろう。
報告も終え、バルネアを後にしようと彼女に背を向けた時、ふと呼び止められた。
「そういえば、昏光の庭には行きましたか?」
「いえ……。何か、あるのですか?」
「はぁ……」
今度は見間違えようがなかった。彼女は今、私を前にため息をついた。しかし何故だろう、明らかに私に呆れているだろうに、私の何に呆れているのか皆目見当もつかない。
「怪我をしているのでしょう? 普通であれば治療しようと考えるものですが……」
「私はまだ戦えます。この程度、怪我のうちにも入りません」
「貴方の言う怪我は損傷の域の話ですよ。またヒアンシーに叱られたいのですか?」
「…………」
ヒアンシーに叱られる光景を想像したのと同時に駆け出す。……が、金糸は既に私の手足を捕らえていた。まるで喜劇のような格好がアグライアのオーロラの瞳に映る。
「いや、ホントに、大丈夫です……。黄金裔であるアグライア様やヒアンシーに迷惑をおかけすることには……」
「迷惑だなんて、イルたんは酷いですね」
心臓がキュゥと縮みこみ、変な呼吸音が漏れる。顔面を蒼白にして首を動かすと、笑顔(決して良好なものではない)を向けているヒアンシー医師が居た。
「……こんにちは、ヒアンシー?」
「はい、こんにちはイルたん。元気そうで何よりです。
決死の思いでアグライア様に助けを求めても、が、駄目。ほれ見たかとばかりに笑みを深めるだけだった。
「こうなると思い、彼女に来てもらいました。良い機会です。あなたがどれだけ無茶をしているのか、徹底的に教えてもらいなさい」
「はいっ! 行きますよイルたん。今度は逃げられると思わないでくださいね♪」
金糸に四肢を縛られ、首元を鷲掴みに引きずられる。一体その細腕の何処にこんな力が秘められているのか。激しく抵抗しても、これでは打ち上げられた魚。さながら私はまな板までの命と言ったところだ。
「助けてアグライア様! このままじゃ私、刺身になっちゃいます!」
「何度言っても聞かない悪〜いイルたんにはお仕置が必要です」
「ヒアンシー! 前回の定期検診には行ったじゃないか?!」
「それは前前前回の定期検診の話です。ボケるには早いですよ」
バルネアに絶叫が響いた。
「……どうして、こんな無茶を続けるんですか?」
説教が一通り終わり、ヒアンシーが包帯を取り替えてくれるの待っていると彼女が呟く。無茶なんてしていないと答えると、重ねるように嘘ですね、と迷いのない言葉をぶつけてくる。
「イルたんは他の人より傷が癒えるのが遅いです。『歳月』の力があったとしても、怪我をすれば痛い。ずっと戦い続けていればそれだけ苦しみは続きます。その苦しみをイルたんだけが受ける必要はないんですよ」
暖かな陽射しのような声で優しく囁いて、そっと促してくる。背中に触れられる華奢な指が少しくすぐったい。きっと昔なら、彼女に熱を上げる他の人と同様に身を委ねていただろう。
「誰かがやらないといけないことがある。そして、私にその適性があっただけだ」
背中越しに息を飲む音が聞こえる。賢い彼女に多くの言葉は必要じゃない。
「『火追いの旅』は喪失の旅だ。皆が少しでも快適な旅に出来るため、私は何も惜しまない」
例え、私が赤い血に染まろうとも。その果てに黄金の花を咲かそうとも。……人として全てを喪おうとも。
「……私は」
彼女の言葉から逃げるように立ち上がる。もう少しこの場に居たい、そう思ってしまうのはきっと長い説教に疲れていたせいだ。彼女の光は強すぎる。
「イルたん……」
「治療感謝する、ヒアンシー。……次の検診には必ず行くから」
せめてもの償いとして、微笑みを残す。こんなものしか残ってない私を許してくれるだろうか。
そう言ってあの人は行ってしまいました。私の力では治療しきれない傷跡を抱えて、また新たな傷をつけてくる。それでも、ちゃんと帰って来てくれていたのはとても嬉しかった。……嬉しかった、とてもとても。いつも、帰って来ていたのに。
「アグライア様……冗談にしては面白くないですよ」
「ヒアンシー、これは冗談ではありません」
「嘘ですっ!」
初めてこんなに声を荒らげた気がします。それだけ、アグライア様はタチの悪い冗談を言うものですから。
「聞いてくださいヒアンシー。イーリムウルドは死にました」
どうしてそんなこと言うんですか。あの人は帰ってきます。また沢山傷付いて、治療されるのに申し訳なさそうな顔して、不器用な笑顔でまた来ると約束してくれて……
「彼はキャストリスたちの報告にあったフレイムスティーラー、奴の情報を最期に遺してます。遺体は恐らく……暗黒の潮に呑まれてしまったでしょう」
どうしてそんなに平然としているんですか?
どうしてあの人の死を口にできるのですか?
「……っ!」
「ヒアンシー……」
制止を振り切って走って、自分のルトロに逃げ込んで力なく蹲る。
「プルル……」
「ごめんなさいイカルン……もう少し……こうさせてください」
その時、伝言の石版から通知音が鳴る。殆ど無意識に見た通知の送り主に目を疑った。
「イルたん!」
一縷の望みを賭けてメッセージを開く。アグライア様だって過ちを犯すこともある。きっとあの人はまだ生きていて、明日には帰る、心配をかけてすまない、なんて淡白なメッセージを送ってきたに違いない。
『ヒアンシー、君の素敵な笑顔は皆を明るくする。黎明が輝きを手放そうとも、君の光で世を照らしてほしい』
「……っ」
火を追う旅は喪失の連続。いつかこんな日が来ることは覚悟していたのに。絶対に泣かないと決めていたのに。
「……うっ……うぅ……」
流れる涙は止まってくれない。こんなことになるなら……もっと早くこの想いを伝えればよかった。そう思っても遅いと実感する程、後悔だけが嗚咽になる。
「どうして……、行ってらっしゃいも、さよならも言えなかったんだろう……」
黎明は平等に全ての人々を照らす。依然変わりなく、あの人が居なくなっても。
イーリムウルド
ヤヌサポリス出身。オロニクスの
日に日に強まる祝福に記憶を犯され、アグライアに懇願して
しかし、暗黒の潮から現れたフレイムスティーラーと対峙し、情報を遺して死亡。
アグライアは開拓者にこのことを伝えず、《歳月》の火種を託した。
【汝は無数の剣に貫かれて、誰も知り得ぬ場所で死ぬだろう】