書き落とされた叙事詩   作:定期的な曇らせ摂取

1 / 2
粛清者許さねえ全員ぶっ〇していこうぜ!


書き残したかったのに

 

 黎明は平等に我らを照らす。そこに人性は問わず、かの慈悲深きケファレの寛大さが窺える。

 

 

 タイタンに流れる黄金の血脈は再創世を促し、人の身に余る祝福(呪い)を授け、神託は人々を運命へと導く。

 

 

 黄金の血は英雄の証。

 

 

 暗黒に呑まれゆく世界の再創世を目指すべく、『火追いの旅』を続ける黄金裔の英雄たち。黄金の名に相応しく、彼らは光当たる場所で叙事詩に載る偉業を成し続けている。

 勿論、それを良く思わない者もいるだろう。終焉へ向かう世界で未だ権力に固執し、責務に身を投げる英雄たちの足を引く存在。英雄の叙事詩に、そんなものは要らない。

 

「ま、待て! 助け……」

 

 人間の傲慢と世界の創世、どちらが重いかなんて分かりきっているはずだ。世を生きる()()であれば。

 

「こ、こんなことをしてただで済むと思……」

 

 払っても払っても集ってくる蝿。光に吸い寄せられるように、近付けば熱で焼かれると知らぬ無知な生き物。

 

 

 黒い装束が倒れて仄暗い地に赤が広がる。永遠に昼を失った永夜はエーグル(天空)も誰も見ていない。これはなんの偉業でもない。だが、誰かがしなくてはいけないこと。

 

 

 

 人性を削れ、全ては創世の為に。

 

 


 

 

「アグライア様。今戻りました」

 

 天宫のバルネアにて佇む、この世のものとは思えない美を纏う彼女に傅く。

 

「お疲れ様です、イーリムウルド。また、()()()したみたいですね」

「視界に入ったものですから、つい」

 

 『浪漫』の火種を継いで半神となり、神性に人間性を削られているはずの彼女が僅かにため息をつく。いや……彼女に限ってそんなことはないだろう。自分の見間違いに違いない。

 

「それで、暗黒の潮はどのような状況でしたか?」

「勢いを急速に増しつつあります」

 

 そうですか、と彼女は思案に耽る。きっと彼女の優秀な頭脳は神算鬼謀の策略を巡らせているだろう。

 報告も終え、バルネアを後にしようと彼女に背を向けた時、ふと呼び止められた。

 

「そういえば、昏光の庭には行きましたか?」

「いえ……。何か、あるのですか?」

「はぁ……」

 

 今度は見間違えようがなかった。彼女は今、私を前にため息をついた。しかし何故だろう、明らかに私に呆れているだろうに、私の何に呆れているのか皆目見当もつかない。

 

「怪我をしているのでしょう? 普通であれば治療しようと考えるものですが……」

「私はまだ戦えます。この程度、怪我のうちにも入りません」

「貴方の言う怪我は損傷の域の話ですよ。またヒアンシーに叱られたいのですか?」

「…………」

 

 ヒアンシーに叱られる光景を想像したのと同時に駆け出す。……が、金糸は既に私の手足を捕らえていた。まるで喜劇のような格好がアグライアのオーロラの瞳に映る。

 

「いや、ホントに、大丈夫です……。黄金裔であるアグライア様やヒアンシーに迷惑をおかけすることには……」

「迷惑だなんて、イルたんは酷いですね」

 

 心臓がキュゥと縮みこみ、変な呼吸音が漏れる。顔面を蒼白にして首を動かすと、笑顔(決して良好なものではない)を向けているヒアンシー医師が居た。

 

「……こんにちは、ヒアンシー?」

「はい、こんにちはイルたん。元気そうで何よりです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 決死の思いでアグライア様に助けを求めても、が、駄目。ほれ見たかとばかりに笑みを深めるだけだった。

 

「こうなると思い、彼女に来てもらいました。良い機会です。あなたがどれだけ無茶をしているのか、徹底的に教えてもらいなさい」

「はいっ! 行きますよイルたん。今度は逃げられると思わないでくださいね♪」

 

 金糸に四肢を縛られ、首元を鷲掴みに引きずられる。一体その細腕の何処にこんな力が秘められているのか。激しく抵抗しても、これでは打ち上げられた魚。さながら私はまな板までの命と言ったところだ。

 

「助けてアグライア様! このままじゃ私、刺身になっちゃいます!」

「何度言っても聞かない悪〜いイルたんにはお仕置が必要です」

「ヒアンシー! 前回の定期検診には行ったじゃないか?!」

「それは前前前回の定期検診の話です。ボケるには早いですよ」

 

 

 バルネアに絶叫が響いた。

 

 


 

 

「……どうして、こんな無茶を続けるんですか?」

 

 説教が一通り終わり、ヒアンシーが包帯を取り替えてくれるの待っていると彼女が呟く。無茶なんてしていないと答えると、重ねるように嘘ですね、と迷いのない言葉をぶつけてくる。

 

「イルたんは他の人より傷が癒えるのが遅いです。『歳月』の力があったとしても、怪我をすれば痛い。ずっと戦い続けていればそれだけ苦しみは続きます。その苦しみをイルたんだけが受ける必要はないんですよ」

 

 暖かな陽射しのような声で優しく囁いて、そっと促してくる。背中に触れられる華奢な指が少しくすぐったい。きっと昔なら、彼女に熱を上げる他の人と同様に身を委ねていただろう。

 

 

「誰かがやらないといけないことがある。そして、私にその適性があっただけだ」

 

 

 背中越しに息を飲む音が聞こえる。賢い彼女に多くの言葉は必要じゃない。

 

「『火追いの旅』は喪失の旅だ。皆が少しでも快適な旅に出来るため、私は何も惜しまない」

 

 

 例え、私が赤い血に染まろうとも。その果てに黄金の花を咲かそうとも。……人として全てを喪おうとも。

 

 

「……私は」

 

 彼女の言葉から逃げるように立ち上がる。もう少しこの場に居たい、そう思ってしまうのはきっと長い説教に疲れていたせいだ。彼女の光は強すぎる。

 

「イルたん……」

「治療感謝する、ヒアンシー。……次の検診には必ず行くから」

 

 せめてもの償いとして、微笑みを残す。こんなものしか残ってない私を許してくれるだろうか。

 

 


 

 

 そう言ってあの人は行ってしまいました。私の力では治療しきれない傷跡を抱えて、また新たな傷をつけてくる。それでも、ちゃんと帰って来てくれていたのはとても嬉しかった。……嬉しかった、とてもとても。いつも、帰って来ていたのに。

 

「アグライア様……冗談にしては面白くないですよ」

「ヒアンシー、これは冗談ではありません」

「嘘ですっ!」

 

 初めてこんなに声を荒らげた気がします。それだけ、アグライア様はタチの悪い冗談を言うものですから。

 

「聞いてくださいヒアンシー。イーリムウルドは死にました」

 

 どうしてそんなこと言うんですか。あの人は帰ってきます。また沢山傷付いて、治療されるのに申し訳なさそうな顔して、不器用な笑顔でまた来ると約束してくれて……

 

「彼はキャストリスたちの報告にあったフレイムスティーラー、奴の情報を最期に遺してます。遺体は恐らく……暗黒の潮に呑まれてしまったでしょう」

 

 どうしてそんなに平然としているんですか?

 どうしてあの人の死を口にできるのですか?

 

「……っ!」

「ヒアンシー……」

 

 

 

 制止を振り切って走って、自分のルトロに逃げ込んで力なく蹲る。

 

「プルル……」

「ごめんなさいイカルン……もう少し……こうさせてください」

 

 その時、伝言の石版から通知音が鳴る。殆ど無意識に見た通知の送り主に目を疑った。

 

「イルたん!」

 

 一縷の望みを賭けてメッセージを開く。アグライア様だって過ちを犯すこともある。きっとあの人はまだ生きていて、明日には帰る、心配をかけてすまない、なんて淡白なメッセージを送ってきたに違いない。

 

 

『ヒアンシー、君の素敵な笑顔は皆を明るくする。黎明が輝きを手放そうとも、君の光で世を照らしてほしい』

 

 

「……っ」

 

 火を追う旅は喪失の連続。いつかこんな日が来ることは覚悟していたのに。絶対に泣かないと決めていたのに。

 

「……うっ……うぅ……」

 

 流れる涙は止まってくれない。こんなことになるなら……もっと早くこの想いを伝えればよかった。そう思っても遅いと実感する程、後悔だけが嗚咽になる。

 

「どうして……、行ってらっしゃいも、さよならも言えなかったんだろう……」

 

 黎明は平等に全ての人々を照らす。依然変わりなく、あの人が居なくなっても。

 

 




 
イーリムウルド

ヤヌサポリス出身。オロニクスの祝福(呪い)を受けて生まれ、司祭見習いとして修行していた。
日に日に強まる祝福に記憶を犯され、アグライアに懇願してオロニクス(歳月)の火種を回収する時まで裏舞台に尽力することにした。
しかし、暗黒の潮から現れたフレイムスティーラーと対峙し、情報を遺して死亡。
アグライアは開拓者にこのことを伝えず、《歳月》の火種を託した。

【汝は無数の剣に貫かれて、誰も知り得ぬ場所で死ぬだろう】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。