戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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話数が100話行っていたようです。いえーい
独自解釈設定がちょろっと出てます。ほんっっっとうに、今更ですが!
明言した記憶なかったので!


5

 ちょっと前の日のこと。

 

「強くなんないとなあ。二人は、なんか奥の手とか考えてたりすんのか?」

 

「俺は……それっぽいのが一つあるな。まだ試してもないけれど」

 

「私も一つ。実戦で使えるかは分からないけどね」

 

「へぇ……あたしも一つだけあるな。こりゃ面白い」

 

 奏、ゼファー、翼は、それぞれが示し合わせたかのように奥の手を考案していた。

 類は友を呼ぶと言うべきか、そういうところで息が合うから友になれたと言うべきか。

 

「カナデさんはどんなのを考えてたんだ?」

 

「この前さ、シンフォギアのシステムで面白いのがあるって聞いたんだわ。限定解除、ってやつ」

 

 シンフォギアには、総数3億165万5722種類のロックが存在する。

 これは装者の技量、その戦闘法に応じて系統的・段階的に解除されるものだ。

 使い手に必要な機能が順次発現し、使い手に不必要なものは発現させないことで負荷を抑え、機能過多で装者を殺すほどの負荷を発生させないようにするためのセーフティである。

 装者は聖遺物の欠片のスペックを常に100%発揮しているわけではないのだ。

 

 ただし、これには抜け道がある。

 それが限定解除だ。

 装者の適合係数の変化により、ギアは形状やカラーリングを徐々に変化させていくのだが……ギアにこの過程をすっ飛ばさせて変化を促す、それが限定解除である。

 それには前提として、発動時に外部からの大量のシンフォニックゲインの供給が必要だ。

 個人では生成できない量のゲインを用いて、ギアの基本性能を跳ね上げた上で、ギアの負荷を無いに等しい域まで引き下げるのである。

 

 まさしく、絶唱と並ぶシンフォギアのリーサルウェポンというわけだ。

 

「これ、自分の意志で自由に使えたらおもしれーなーって思ったわけよ」

 

「相変わらず天才特有のぶっ飛んだ発想してるわね……」

 

 なのだが、意図して使えるのなら、翼だって奏だってバンバン使っている。

 

「あたしが時限式じゃなけりゃあ、出来たかもしれなかったけどな。結論から言えば無理だった」

 

 結局それは、いまだ未完成の技能なのである。

 

「出力バカみたいに上げて、負荷を体の中から押し出して。

 バリアコーティングの外側に負荷を留めとけばなんとかなると思ったんだけどなー。

 結局負荷そのものは消えないから、後になってから溜まった負荷全部食らうハメになるんだわ」

 

 奏が考えた方法は、出力と負荷を引き上げて負荷だけ他所に追い出すというものであった。

 元より、負荷を技術と鍛錬のみで抑えるのは奏の得意技だ。

 正規適合者である翼より、ギアの負荷を軽減できないはずの奏が、翼よりもずっと高いギア出力と攻撃力を誇る広域殲滅タイプであるのには、そういう理由がある。

 

 本来、LiNKER装者はパワーファイターには向かない。

 限定解除を試す過程で"負荷をどっかに押しやる技術"の雛形を編み出すような、この天羽奏のようなデタラメな人間でなければ、LiNKER装者はテクニカルファイターにならざるを得ないのだ。

 第二種適合者は、ギアの負荷と無縁では居られない。

 

「私のは『レイザーシルエット』。奏の限定解除と方向性は似てるかな。

 絶唱を寸止めして、発生したゲインでギアの一部を限定解除してるようなものだから」

 

 翼が明かした奥の手は、奏と似て非なるものだった。

 絶唱でフォニックゲインを引き出し、それを剣や体の末端に集中して制御し、瞬間的に爆発的なスペックの上昇を成すというもの。

 副次効果として、ギアの部分的・限定的な限定解除も発生する技だ。

 

 実は、こういう奥の手の面でも個性というものは見えてくる。

 三人は揃って理詰めで奥の手を考えていたが、その中で実用段階にまで奥の手を完成させていたのは翼ただ一人。

 堅実に積み重ね、鍛え、基礎が一番しっかりとしている翼が一歩先んじていた。

 

「でもこっちも、負荷を抑えるのはどうにかできてもそれ以外がほとんど進んでなくて……」

 

 だが、こちらも中々上手く行ってはいないようだ。

 翼が求めたのは、格上にも通ずる一撃必殺。

 彼女の理想は大逆転の一撃なのだ。

 なのに一撃必殺の技を放った後の負荷を軽減する技術ばかり伸びている現状は、本末転倒。

 メリットを伸ばしたいのに、デメリットの軽減ばかり進んでしまう。

 彼女はそこそこに大量のゲインを手にしたとして、それを技として使用して限定解除、といったデタラメ技は出来ないタイプだ。

 これもまた、彼女の性格が出ていた。

 

「俺はHEXの延長。生身でもできることを、って考えから始まった奥の手だな。

 アウフヴァッヘン波のネットワークをもっと効率よく利用して多様性のあるラインを――」

 

 二人に続いて、ゼファーはHEXによるシンフォギアとナイトブレイザーのライン、自身のARMを媒介にしたネットワークの強化案を話そうとして……

 

「―――」

 

 電流が走るような、閃きを得た。

 

「――そうだ」

 

 奏は出力を引き上げ、負荷をよそにやる技術を生み出した。

 翼は適合係数を引き上げ、負荷を中和・制御する技術を編み出した。

 ゼファーは人と人を繋ぐ技術を作ろうとしていた。

 

「これ、三人分のを合わせれば、行けるんじゃないか?」

 

 この三つを組み合わせれば、どうなるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話:運命の分岐点、ただし一本道 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンフォギアの適合係数とは、要するに『聖遺物のエネルギーがかける負荷をどれだけ軽減させられるか』という能力の数値化だ。

 聖遺物からの負荷を軽減するとはどういうことか?

 それは聖遺物に由来しないフォニックゲインを、自分の肉体からどれだけ生み出せるか、ということだ。

 聖遺物から発せられるフォニックゲインの圧力を、自分の肉体から発するフォニックゲインで押し返せるか、ということである。

 

 LiNKERが体内でフォニックゲインを生み出せば、それが適合係数を引き上げる。

 優れた正規適合者は、自分の体内で生成したフォニックゲインを注ぐことで、半年あれば完全聖遺物を起動させることだってできる。

 外部から大量のフォニックゲインを得られれば、それはギアの能力を桁違いに引き上げる上に、その負荷すらも中和してみせる。

 

 適合係数とは、体内で生み出せるフォニックゲインの力の数値化だ。

 聖遺物が出力を上げれば、当然聖遺物からのゲインの圧力は増える。

 これに体内のフォニックゲインが負けた瞬間、装者は死ぬ。

 これが適合係数の指標であり、これを起こさないためにギアのロックは存在する。

 

 天羽奏は戦闘という分野において間違いなく稀代の天才だ。

 だが、シンフォギアを扱うという分野において、致命的なレベルで才能がなかった。

 

 この点で、天羽奏はセレナ・カデンツァヴナ・イヴと対象となる人物と言えよう。

 奏には戦う才能があるが、シンフォギアを扱う才能がない。

 セレナには戦う才能がなく、シンフォギアを扱う才能がずば抜けていた。

 奏とセレナ。

 ゼファーと深い繋がりを持ったこの二人が、『ある運命』のレールの上に乗せられていたこの二人が対称となっているのは、皮肉であるとしか言いようがない。

 

 かつてセレナが纏っていたギアは、デフォルトで暗色の混じらない純白の色合いだった。

 シンフォギアは適合係数、及びそれに比例する出力に応じ、肉体への負荷とギアの出力を抑えるセーフティロックが順次解除され、カラーリングが変わっていく。

 聖遺物の基本カラーが赤なら、最初は赤と黒のカラーリングから始まり、適合係数の高まりに応じて徐々に赤と白のカラーリングへと変化していくのだ。

 

 ロックの解除に準じ、黒と白なら純白に、青と黒なら青と白に、橙と黒なら橙と白に。

 徐々に、カラーリングの黒と白の割合が変化していく。

 装者の適合者としての才能が飛び抜けていたり、途方もないシンフォニックゲインを外部から得れば、ギアのカラーリングは限りなく純白に近くなるだろう。

 セレナのギアに暗色すらも無いというのは、そういうこと。

 奏のギアに黒色が多いのは、そういうこと。

 すなわち、LiNKER使用者のギアはすべからく黒いのだ。

 

 だが。

 だが、しかし。

 今ここに、その前提を覆す奇跡が起きようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこからか、絶望の声が上がる。

 だが、彼らは絶望などしていなかった。

 天羽奏も、風鳴翼も、風鳴弦十郎も。地下の櫻井了子も、藤尭朔也も。

 ゼファー・ウィンチェスターが『これで勝とう』と提示した希望を、信じていた。

 

 バニシングバスターは必殺の技だ。

 そのため、ゼファーは負けそうな場面でもこの技をとことん温存する。

 これを撃って仕留められなかった場合、即座に敗北が決定されてしまうからだ。

 だから、誰もが思わない。

 

 "バニシングバスターがただの囮でしかなかった"などと、思わない。

 

 ゼファーはバニシングバスターを制御し、極限まで破壊力を高めた一撃ではなく、バレない程度に長く細く弱い一撃としてバニシングバスターを放っていた。

 バニシングバスターが、コンビネーションアーツバージョンにより分裂していたのも、アースガルズの認識を誤魔化す隠れ蓑になってくれていた模様。

 バリエーション違いより発射時間の違いも誤魔化せる上、視界も塞げる。

 これにより、バニシングバスターを撃つ直前、バニシングバスターを撃っている間、バニシングバスターを撃った直後の時間の合計値、彼らは自由に動ける時間を獲得したのだ。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー・シンフォギア」

 

 ゼファーはまずアウフヴァッヘン波を介したネットワークを結線。

 高めたエネルギーをバニシングバスターに込めたと見せかけて、完全聖遺物二つ分に相当する膨大な量のゲインを奏に注ぎ込む。

 その際に翼と繋がったラインを通じて、『正規適合者とギアの波形パターン』を真似、奏とギアの波形を調律した。

 

「ラインオン・ガングニール」

 

 続き奏が、完全聖遺物のエネルギーを受け取り、ギアの出力を限界まで引き上げる。

 だが、これでも少し足りない。

 負荷の軽減に使えるだけの、フォニックゲインの余裕がない。

 ギアの機能を押し上げることにゲインを使い切った奏は、ゼファーが繋いでくれたアウフヴァッヘン波のラインを通し、ギアの負荷の大部分をラインへと押し流した。

 

「ラインオン・天羽々斬」

 

 その負荷を、翼が全て受け止める。

 シンフォギアの負荷をその辺に捨てるなんていう都合のいいことは不可能だ。

 ゆえに、誰かが中和して消し去らねばらない。

 翼は装者二人分以上の負荷を受け止め、レイザーシルエット考案の過程で磨いた調息による適合係数の引き上げを用いて、その負荷の全てと拮抗して中和した。

 

「「「 コンビネーションアーツ―― 」」」

 

 バニシングバスターの発射は、まだ終わらない。

 アースガルズは、まだ気付かない。

 "バニシングバスターを耐えたら終わりだ"などと、そんなことあるわけがないというのに。

 

 視界を加速粒子に塞がれたアースガルズには見えない所で、三人の体が光輝く。

 

「「「 ――ハイ・マテリアルッ! 」」」

 

 バニシングバスターを耐え切った、とアースガルズの視界が開けたその瞬間。

 アースガルズの視界の中には、別人と見紛うほどにギアのデザインが変貌した少女が居た。

 限界を超えた力を手にした天羽奏が、そこに居た。

 

限定解除(エクスドライブ)

 

 櫻井了子がシンフォギアに仕込んだ切り札。

 本来は、将来的に確立されるであろう外部機関からのエネルギー供給を前提とした、シンフォギアの限定解除形態にして進化形態。

 人はそれを、"エクスドライブ"と呼ぶ。

 

「今のあたしは、最高にハイだぜ」

 

 西風に乗って羽撃く両翼。

 その片翼が、雄々しい姿を周囲の全てに見せつける。

 

 奏のギアはメインカラーであった橙はそのままに、黒色部分が全て消え、その分全体的なカラーリングに白が増えていた。

 背には鋭角な橙色の光の翼。

 エネルギーを注いだゼファーの二つの完全聖遺物の影響か、全身の金属装甲の部分には赤色と銀色のラインが引かれ、奏のギアの橙と白の二色に映えるようになっている。

 美しく、力強い姿であった。

 奏に足りないものをゼファーと翼が補った、友情が形になったエクスドライブの姿であった。

 

「一枚で飛べる翼はない。一人で奏でられる交響曲もない」

 

 奏が構える。

 地下でエクスドライブに驚愕した了子が大声を上げる。

 朔也が通信機越しに応援を送る。

 翼が負荷に膝をつくも、気合を入れて立ち上がる。

 弦十郎が奏の隣に並び立つ。

 それを見ながら、変身が解除されたゼファーは力なく前のめりに地に倒れ込んだ。

 

「さて、あたしたちのオーケストラだ。存分に聞いていきな」

 

 始まりの音楽たる風を背に受けて、ツヴァイウィングのコンサートが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏が踏み込んだ瞬間、踏まれた地が爆ぜる。

 神速にて振るわれた彼女の大槍と、超反応でアースガルズが展開した一方向バリアが衝突し、槍が消滅……することはなかった。

 逆にシールを引き剥がすように、槍の一撃はアースガルズからそのバリアを剥ぎ取っていた。

 

「らァッ!」

 

 続く一撃を、アースガルズは後ろに跳んで回避する。

 ここまで一方的に装者達を圧倒していたアースガルズを、たった一人で退かせた奏の姿に、この戦いを見ていた者の多くが息を呑んだ。

 奏は手の中で大槍をくるくると回し、持ち直し、追撃のために更に先へ先へと踏み込んで行く。

 『イントルード』を持つ彼女は、攻勢に回っている内はめっぽう強い。

 

 音楽とは、波である。

 波とは、波動だ。

 波動は対消滅バリアでは打ち消せない。

 これが、炭素転換を打ち消す音楽のバリアを張り、世界と世界の境界線に干渉する力を持つ、シンフォギアの概念的な干渉システムの真骨頂。

 

 これこそが奏の求めにギアが応え、既存機能の限定解除とその組み合わせで生み出した、彼女らしい攻撃一辺倒の新機能である。

 

「もういっちょッ!」

 

 奏が槍を突き出せば、アースガルズが右手を前に突き出し、一方向に集中したバリアを張る。

 これは全方位バリアよりも数倍密度を高めたバリアだ。

 先ほども翼・奏・弦十郎の全力による相乗効果の一撃ですら壊れず、そこに奏とゼファーの相乗攻撃を叩き込んで、それでも傷付けられるだけのダメージを徹せなかったほどの強度であった。

 片手でこれ、というのが恐ろしい。

 

 奏はそれに槍を全力で突き刺し、先端をほんの僅かに食い込ませる。

 そして槍を回転させ、ねじ込むように、巻き込むように対消滅バリアを"槍先で噛む"。

 先ほどと同じようにまたそうして槍を振るい、バリアを引き剥がすのだった。

 

 エクスドライブのありえない機能の応酬がなければ、こんな芸当は不可能だ。

 されど、このデタラメさはギアによるものではない。

 ギアを操る、奏のデタラメさによるものだ。

 

 対消滅バリアによる対消滅を『音楽は反物質で対消滅しない』という理屈をゴリ押しし、槍の先端部分のみだが、無効化する。

 形のないバリアを槍先で『噛む』という、水上走りにどこか似た絶技。

 エクスドライブをしたところで、他の装者の誰がこんなことをできようか。

 こんな技巧をその場の思いつきで完璧にやってのけるというのが、彼女の異端さを如実に証明してみせる。

 そしてそれより何より、恐ろしいのが――

 

《《             》》

《 君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ 》

《《             》》

 

 ――彼女はこの数回の攻防の中、歌ってすらいなかった。

 装者の成長は、ギアの奏でる音楽を相応のものへと変化させ、新たなる曲を紡がせる。

 新曲により格段に威力を増した、奏の更なる追撃の一撃は、アースガルズが最後のバニシングバスターの瞬間まで温存していた奥の手、両手連結の最高硬度バリアという手札を切らせる。

 ガキン、と槍は強固なバリアにその一撃を弾き返された。

 流石にこれは剥がせねえか、と奏は歌の合間に舌打ちし。

 この瞬間を待っていた、と、弦十郎と翼が動き出す。

 

(……抜いた!)

 

 腕の連結中には一方向にしかバリアは張れまい。

 そう踏んで、翼は右から、弦十郎は左から回り込む。

 アースガルズに一方向バリアだけで攻撃をしのがせないための、三人による三方向からの攻撃である。神々の砦はその攻勢に対し超反応を見せ、両手を左右に広げ、全方位バリアを張った。

 

「そいつはもう何度も見たッ!」

 

 だが、立ちはだかる奏はその行動を許さない。

 彼女の槍が振るわれ、バリアにぶつけられる。

 すると、いかな理屈か槍とバリアが共に震え、対消滅バリアはいとも容易く粉砕された。

 

 固有振動を利用した振動破壊に似た理屈だろうか?

 音楽を空気の震えではなく、空間を伝わる波動と成して、バリアに叩き込み何らかの作用を発動させたのだろう。

 どういう理屈でどうなっているのか、まるで理解できない魔技の槍。

 空気のない宇宙空間でも歌を響かせることを可能とさせるエクスドライブは、奏のデタラメさと相まって、もう何をするにも常人には理解できない域に居る。

 

「もらったッ!」

 

 弦十郎は叫び、アースガルズから見て右から全力の拳を叩き込まんとした。

 翼は左から逆羅刹。真正面からはエクスドライブの奏による、渾身の突き。

 三方向からコンマ一秒のズレもなく、互いの攻撃の軌道が重なることもない、理想的な同時攻撃がアースガルズへと迫る。

 アースガルズはそれを、対消滅バリアに頼ることもなく、"機体のみで"防いだ。

 

「っ!?」

 

 真正面の奏の振るった槍、音速なんてとっくのとうに超えているそれを、上から下へ踏み潰すように踏みつける。

 踏みつけられた槍は地面にぶつかり、地面を爆ぜさせながら地に埋まってしまった。

 同時に左側から迫る翼の逆羅刹を親指と人差し指で掴み、白刃取り。

 そのまま左腕のみのスナップで、翼を遠くに投げ捨てる。

 

 そして、奏の槍を踏むモーション、翼を投げるモーションも事前動作として利用して、右の正拳突きを力強く弦十郎に向けて打ち出した。

 ゴーレムと人間の間で、正拳と正拳がぶつかり合う。

 結果、大気が爆発した。

 

 二人の拳がぶつかった地点を中心に、360°全てに衝撃波が飛んで行く。

 近くに居た奏は吹き飛ばされ、衝撃波が地面を押し潰してクレーターを作り上げる。

 地面はめくれ、砂は舞い上がり、小石が衝撃のみで粉砕されていく。

 そして両者は互いの拳の威力で、互いに後方へと吹っ飛ばされた。

 二人の足はしっかりと地に付いている。それどころか、踏ん張る足は地面にめり込んでいるほどだ。その状態で後方に吹っ飛ばされるとは、どういうことか?

 すなわち、互いに足裏で地面をガガガと抉りながら、地面に一直線に抉られた跡を残しながら、それでも双方止まらず数十m後方に押しやられたということだ。

 互いの拳の凄まじい威力を、二人の足が刻んだ地面のえぐれ具合が証明していた。

 

「……驚いたな。全力で真正面から拳をぶつけ合って互角だったことなど、何年ぶりか……!」

 

 風鳴弦十郎と拳をぶつけ合い、なお互角。

 男して昂ぶる心を抑えきれず、弦十郎は自然と獰猛な笑みが浮かんで来るのを止められない。

 アースガルズは八種のゴーレムの中でも、ディアブロに次ぐ格闘機能とディアブロのはるか上を行く基本出力を併せ持つ。

 加え、その手足が実に強靭だった。

 両足の膝から先、両腕の肘から先。そこに付随する長方形の城壁のような強固な外装を中心として、手足が非常に強固に出来ているのだ。

 

 弦十郎の拳とぶつかり合うことでミシリと嫌な音が鳴ったが、それでも外見上はヒビ一つ入っていないという、規格外の強度を周囲の全てに見せつけている。

 翼の蒼ノ一閃も一度はこの腕で弾いているのだ。

 強度は確かめるまでもなく、折り紙付きだろう。

 神々の砦は、その手足すらも称号に恥じないものであった。

 それをミシリといわせる弦十郎の拳も、たいがいだったが。

 

(奏)

(ああ、分かってる、翼)

 

 翼と奏は歌いながら、目と目でアイコンタクト。

 二人がアースガルズを左右から挟み込むように動けば、弦十郎も無言で二人の意を察し、真正面からアースガルズに向かって突っ込んでくれた。

 翼は短刀を三本作り、右手の指に挟んで鋭く投擲。

 奏は自分が手にした大槍と同サイズ同強度のものを九本作り、射出。

 かつ、二人のシンフォギアは自分自身も接近戦を挑んでいく。

 

 両手連結バリアもそうだが、一方向バリアでは多方向からの攻撃を防げない。

 全方位バリアでは奏の槍にひっぺがされる。

 ならばと、アースガルズはシンフォニックレインを防いだ時と同じことをした。

 

 八角形の手の平サイズの対消滅バリアを、無数に作り出してきたのである。

 

(! この豪快さと器用さの両立が、厄介すぎんだよッ!)

 

 八角形が、飛んで来た刀と槍の全てを受け止める。

 奏が放った九本の槍は、それら全てが奏の意志によって精密に操作される、アースガルズの対消滅バリアに対する天敵だ。当たれば、バリアは当然剥がされる。

 アースガルズはそれにこの短時間で見事に対応してみせた。

 一枚や二枚のバリアがどうなったところで抜けない防御を、再構築したのだ。

 

 翼の刀が対消滅バリアに飲み込まれ、そのエネルギーにされる。

 奏の槍も次々といなされ、奏本人が八角形バリアの隙間を狙って振るった槍も、アースガルズに槍ではなく槍を持った手を蹴り飛ばすという方法で弾かれる。

 攻撃直後の隙を狙った翼による、簡易蒼ノ一閃がアースガルズの足の下の地面を抉る。

 そこで体勢が僅かに右に寄ったと判断した弦十郎が、流麗な歩法で対消滅の八角形の合間をするすると抜けて接近し、豪快なハイキックを放つ。

 アースガルズもそれに応じて、奏の槍を蹴飛ばした足によるハイキックで応戦。

 今度は互いに吹き飛ばされることなく、弦十郎が"後方に跳んで距離を取らざるをえない"と判断させられ、対消滅の雨から逃げるように跳んだことで、また仕切り直しとなった。

 

(……硬い……! 物理的な意味でも、能力的な意味でも、戦い方という意味でも……!)

 

 翼は思考し、思案し、思索する。

 奏と弦十郎の動きに合わせ、「そこに居て欲しくない」とアースガルズが翼に対し思うような位置を的確に見抜き、そこに移動し続ける翼。

 背後を取られるというのはそれだけで嫌だし、翼はアースガルズに対消滅バリアでないと防げないような牙を既に見せている。

 レイザーシルエットの蒼ノ一閃は、弦十郎の拳と同じく、アースガルズの手足ではない箇所にぶつければ一撃で破壊しかねないほどの威力を持っている。

 翼の動きは実に地味かつ堅実で、アースガルズ視点ではたいそう嫌な動きであった。

 

 そんな翼の秘技と比べられるほどの威力の拳を握り締め、弦十郎はアースガルズを睨みながら、敵が次に打ってくるであろう一手の中身を予測し始める。

 こういう戦いの流れになってようやく、弦十郎はゼファーが自分の退場と引き換えにしてでも、奏のエクスドライブにこだわった理由を理解し始めていた。

 確かに、アースガルズが万が一エクスドライブに気付いて妨害してきたならば、勝利の可能性が残るこの戦況にはどうやったって転がらなかっただろう。

 

(こいつは、奏の奥の手を万が一にでも邪魔されていたら大変なことになっていたな……

 ゼファーの直感はこういうところでのミスがないのが実に頼りになる。

 奏のエクスドライブがこいつにとって最も厄介なら、ここで何かしら仕掛けてくるだろうが)

 

 アースガルズの思考は、弦十郎の想像通りだ。

 翼はレイザーシルエットでアースガルズを仕留めうる。

 弦十郎の規格外さなど語るまでもない。

 

 それでも、他二人より奏一人の方が、アースガルズにとっては数倍恐ろしい相手であった。

 この少女が居る限り、一方向バリアも全方位バリアも張れやしない。

 前者は引き剥がされ、後者は粉砕されるからだ。

 数で負けているせいで、連結バリアも迂闊には使えない。

 今のアースガルズには、守るべき味方も、助けてくれる味方も居ないのだから。

 必然的に、アースガルズはその圧倒的な防御機構の大半を封じられてしまっている。

 

 先史の時代、天羽奏のガングニールより優れた聖遺物を扱う者は居た。

 スペック、固有能力、聖遺物の扱いにおいて天羽奏の上を行く者はいくらでも居た。

 だが、これほどまでに『強い』人間は、そう居なかった。

 

 アースガルズの知る限り、天羽奏という個人が持つ戦闘能力は、弱い戦士から死んで行ったロードブレイザーの戦いの中で、最後に残ったロディの仲間達に匹敵するものだった。

 数十億の人間をふるいにかけ、残った一桁の戦士達と並び称するに相応しいものだった。

 奏は強い。

 その圧倒的な強さがそこまで極端に目につかないのは、彼女がシンフォギアにて戦う者であり、同時にシンフォギアを操る才能が決定的に欠けていたから。それ以外に理由ない。

 それゆえに。

 

 適合係数という唯一の弱点を塞いだこの最強の、どこに付け入る隙があるというのか。

 

(あたしも翼もまだ行ける。

 弦十郎の旦那も惚れ惚れとするすげえ強さだ。あと、残ってる不安要素は……)

 

 いや、ある。

 

「―――」

 

 奏はぶっきらぼうだが、心優しい少女だ。

 防人として己の心を鍛え上げ、戦いの場において完璧な精神性を発揮する風鳴の一族とは違う。

 彼女はここまで、一度も"そっちの方"を向かなかった。

 心配で心配でたまらないのに、人員の数に余裕がなかったためにどうしようもなく、放置しなければならなかったのが気になっていた。

 エクスドライブの負荷でゆだった頭が、負担で弱気が顔を出してきた心が、ゆえに一度だけ、一瞬だけ、彼女の視線を"そっちの方"に向かせてしまう。

 

 倒れたままほとんど動けていない、ゼファーの方を。

 

 奏のエクスドライブは、絶妙な均衡の上に成り立っていた。

 彼は変身解除後に倒れてもなお、起き上がることにすら力を使わず、奏のエネルギーフローを制御しつつアウフヴァッヘン・ネットワークを形成し続けている。

 奏の負荷が翼に流れ過ぎないようにする制御も大変だ。

 翼はHEXでネットワークの維持に貢献し、奏の負荷を片っ端から消し続けている。

 三人の誰が欠けても、エクスドライブは解除されてしまうだろう。

 

 だからだろうか。

 いや、正確なところにまで気付いたというわけではないのだろう。

 だがどうやら、アースガルズの基本思考ルーチンは『あれを潰すべきだ』と判断したようで。

 

 神々の砦は、対消滅バリアの八角形を合計50。

 触れれば消える威力を持つそれを、倒れ込むゼファーに向けて発射した。

 

「!」

「!」

 

 奏と弦十郎が、それに過剰に反応してしまった。

 翼は駆け寄りたい気持ちをグッと抑え込み、自分のすべき役割を果たそうと動く。

 三人中、二人が動いてしまった。これが最悪に付け入られる隙となる。

 

 始まりは奏の視線による失態だが、失敗やミスというものは、意外と続くことがある。

 スポーツの試合にはよくあることだ。拮抗した試合が、たった一度の失点で驚くほどに一方的な展開へと崩れてしまうことは珍しくない。

 その原因に最も多いパターンは、練習不足に連携不足。

 失敗が、集団の呼吸をズラしてしまうという最悪のパターン。

 この場においては、『彼女らは弦十郎と共に戦う訓練など一度もしていない』という点にある。

 

 奏と弦十郎は、ゼファーを助けに行こうと同時に動いた。動いてしまった。

 二人は同時に踏み出し、あの人が行くなら、あいつが行くなら、"自分は行かなくても大丈夫だ"と同時にその足を止める。止めてしまった。

 

 道を歩く時、前から来た人を右に避けようとしたらその人も同じ方向に動いて、反対側に自分が避けようとしたらその人がまた同じ方向に動いてしまった、というあれに近い現象。

 "息が合っていない"がために起きてしまった、目に見える"連携不足故の失敗"。

 その一瞬の隙を、アースガルズが見逃すはずがない。

 アースガルズにとってこの戦場で一番厄介な相手と、二番目に厄介な相手がゼファー救助のために隙を見せ、単独ではアースガルズの行動を止めることも出来ない翼のみが、アースガルズに立ち向かっているこの状況。

 すなわち、最悪だった。

 

「ッ!?」

 

 奏と弦十郎を包囲するように八角形のバリアが飛来し、その上方からは球状のバリアが落下し、地から板状のバリアが十数枚飛び出して来る。

 殺意に満ち満ちたこれが第一手。

 自身の身にバリアを纏わぬまま、硬い手足で翼を攻め立て、選択肢を削って足止め。

 これが第二手。

 そしてゼファーへと向かわせた50の八角形を加速。

 第三手で、詰みだ。

 

 立てもしない今のゼファーには、これをかわす手段がない。

 

「ぐっ、しまった……!」

「ッ!」

 

「ゼファーッ!」

 

 奏と弦十郎の二人が、エクスドライブと超人的な力を全力で振るい助けようとする。

 だが、間に合わない。

 翼が叫び、駆けつけようとする。

 だが、間に合わない。

 

 ゼファーへと迫る光の八角形は、そのまま―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは、無性にダルかった。

 ナイトブレイザーの損傷を『ブレードグレイス』なるもので修復してから、妙にダルい。

 まるで消費してはいけないものを消費してしまったような、削ってはいけないものを削ってしまったような、船酔いを途方もなく酷くしたような、そんな気だるさ。

 妙に力が入らなくて、妙に気持ち悪い。

 その感覚は変身解除という過程を経て、一気に増してしまっていた。

 

 そこにナイトブレイザーへの変身負荷、ネガティブフレアの侵食、アクセラレイターの負担だ。

 今のゼファーの体調では、奏のエクスドライブを維持するのがやっと。

 逃げるだけの体力がない。

 逃げるだけの気力がない。

 そんなゼファーが、アースガルズの八角形を避けられるはずもなく。

 

「うおおおおおッ!」

 

 そんなゼファーを助けようとする者が、アースガルズと戦う三人だけなんてはずもなく。

 

「だぁらっしゃぁッ!」

 

 バイクに乗った男が、ゼファーを拾いつつノンストップでその場を駆け抜けた。

 彼が駆るバイクはT2T-004・ジャベリンMrk-4。

 最高時速700kmのモンスターマシンにして、ゼファーを主と仰ぐ機械の騎馬だ。

 ならば、それを駆るのはゼファーよりそれを貸し出されていた、天戸以外にはありえない。

 

「天戸、さん?」

 

「おうこらゼファー、"絶対に絶対"はどうした」

 

「……う」

 

「くくっ、冗談だ。飛ばすぞぉッ!」

 

 バイクに乗ったまま、ゼファーを抱えた天戸はバイクをかっ飛ばす。

 その過程で対消滅の八角形が何度か身体をかすめかけたが、天戸は人並み外れた胆力でそれを乗り切り、アースガルズの攻撃をかわしていく。

 

「なんで、ここに」

 

「津山って奴が代わってくれてよ。最近の陸自にも骨のある若い奴が居るじゃねえか」

 

「!」

 

「陸自の若い奴らが危険を承知で地上に出て、避難誘導の手伝いしてくれてんだよ。

 すぐ近くのアースガルズが何するか分かんねえってのに、それぞれが自主的にな」

 

 天戸は避難警報が鳴り響き、ここ一帯の住民が避難を始める中、周囲の道路の物理的封鎖や逃げ遅れた人間のチェックなどをこなしていた。

 最悪、市街地丸ごと一つは吹っ飛ばされる。ゴーレムとはそういう相手だからだ。

 だが、天戸のその仕事を引き受けてくれた者が居た。

 

 それが若い層を中心とした、陸自の構成員達だった。

 彼らは地下で奏がノイズを駆逐したことにより、結果的にその命を助けられた者達だ。

 翼が最初の模擬戦で誰も殺さないようにしていたからこそ、ゼファーがペンダントを短時間で届けたからこそ、奏が激戦の中で鍛え上げた戦闘能力を出し惜しみなく披露したからこそ。

 部隊の大半の人員が生き残っており、また生き残りのほとんどが住民のために動けていた。

 そのお蔭で、天戸も動けるようになっていて、今間一髪でゼファーを助けられたのだ。

 

 人の行いは巡り巡って、自分の下に返って来る。いいことも、わるいことも。

 

「お前らが自衛隊員の命を助けた。

 助けられた自衛隊員が地上に出て、俺の仕事を代わってくれた。

 だから俺がここまで来れた。情けは人のためならずってえのは、こういうことだな」

 

 恩を仇で返そうなどというズルい人間が居ないのならば、絶対に。

 

「弦坊、嬢ちゃん達! こっちは任せとけッ!」

 

 天戸はそう叫んで、ゼファーを連れて戦線を離脱していく。

 

 

 

 

 

 地上のどこかで、津山一等陸士とその仲間達が叫ぶ。

 

「俺達にもできることをするんだ! 俺達も戦うんだ、一緒に!」

 

 地下のどこかで、二課の人員を従える了子が叫ぶ。

 

「エクスドライブの全データを取り逃さないで!

 私達の戦場は、この戦いが終わった後にあるのよ!」

 

 戦いなどとは無縁な人生を送ってきた壮年の男性が、呆然と呟く。

 

「こんなものに、人間が勝てるのか……?」

 

 元より完全聖遺物の再起動実験に賛成だった政治家の一人が、声を上げる。

 

「現場で戦ってる彼らが一番良く解ってるんだ……

 一番実感しているはずなんだ……力が、足りないことを!

 やはり完全聖遺物の再起動と、その技術の解析は急務なんだ!」

 

 命の危機を前にして、絶対的な敵を前にして、誰も彼もが、止まったままでは居られなかった。

 

 

 

 

 

 アースガルズは右手を掲げる。

 拳銃弾では既に届かないようなこの距離でも、アースガルズがその気になれば、新規に発生させた対消滅バリアによって天戸とゼファーは消し飛ばされてしまうだろう。

 だが、その行動が許される時間はもう終わった。

 

「お前によそ見をしている余裕が有るのかッ!」

 

 アースガルズに迫る影。鉄の影。

 それはこの演習場において、翼が破壊した自衛隊の装備達であった。

 30kgを超える火砲達、10tを超える戦闘ヘリ、そして30tをゆうに超える戦車達。

 それらがメジャーリーガーのストレートよりも速い速度で、四方八方あらゆる角度から、アースガルズに向かって投げつけられていた。

 言わずもがな、弦十郎の仕業だ。

 走り回りながら近くにあったものを手当たり次第投げつけているのだ。

 キャッチボールのようなノリで、ゴジラのようなことをしている。

 

 アースガルズはそれに対し、全方位バリアを展開。

 対消滅により全ての質量を自身のエネルギーとして取り込もうとして――

 

「ゼファー狙いとかナメた真似してくれんじゃないか、よぉッ!」

 

 ――弦十郎が投げた戦車に隠れくっついていた奏に、そのバリアを引き剥がされた。

 

 この距離と状況では、両手を連結しない限り奏の槍を防ぐことは難しい。

 そう判断し、両手連結をして、一方向に強力なバリアを張ろうとし……そこでアースガルズは、わざとらしく視界を横切って自身の背後に回った、翼の存在を視認した。

 今、両手を連結して一方向にバリアを張れば翼に背中から切られてしまう。

 翼は大きな力を振るわぬままに、ただ"立ち回る"、それだけでアースガルズの行動を一つ封じてみせた。

 

 なればこそ、アースガルズは回避するしかない。

 飛んで来る戦車やヘリの合間を跳び抜けるように、アースガルズは跳躍した。

 

(……逃すかッ!)

 

 奏はエクスドライブの脚部機構を起動。

 通常時とは比べ物にならないほどのパワーアシストが奏の跳躍を補佐し、彼女をアースガルズへと向かって跳ね上げた。

 そのスピードは、広い広い宇宙空間でも十分戦えるだろうと、そう思わされるほどに速い。

 

 奏は自分が飛んで行く先の、アースガルズを見据えた。

 アースガルズは自分に向かって飛んで来る、奏を見据えた。

 どちらが先というわけでもなく、両者同時に、双方は敵を打ち倒す攻撃を準備。

 アースガルズは八角形の対消滅バリアを無数に作り、その半分を奏へと飛ばした。

 奏は手にしたアームドギアと同サイズの槍を12本形成し、アースガルズへと飛ばした。

 

 兵器の鉄で満ちた空間の中を、砦と槍が縦横無尽に駆け回る。

 

「―――♪!」

 

 鉄と鉄の合間に、歌が満ちていく。

 奏とアースガルズは互いが互いを仕留めんと、弦十郎が投げた戦車やヘリを足場として何度も何度も跳び回り、鉄の間を駆け回る。

 そして対消滅バリアとアームドギアもまた、鉄の合間を飛び回っていた。

 

 戦車とヘリの間を槍とバリアが通り、ぶつかる。

 この空間の外側に飛び出した槍とバリアがぶつかり、槍がバリアをぶち破る。

 ドリルのように回転し、全ての障害物を貫いて飛んでいた槍がバリアによって消滅させられる。

 そこかしこでぶつかり合うバリアと槍の近くを、あるいは遠くを、奏とアースガルズは飛び跳ね回る。ジグザグに、鋭角に、鈍角に、時に曲線や直線を描いて。

 

 そして今また正面から衝突する、奏の渾身の一撃と、アースガルズの連結対消滅バリア。

 弦十郎が投げた鉄の空間の中で、エクスドライブ状態の奏とアースガルズが全力をぶつけ合った結果―――上を行ったのは、アースガルズであった。

 アースガルズのつま先蹴りが奏のみぞおちに食い込んで、彼女を地面に蹴り落とす。

 

「ぐ、かっ―――!」

 

 この攻防においてどちらが上を行くのかという確率は、コイントスの裏表で勝敗を決めるのとそう変わるまい。奏の意志力、勝負強さを含めて計算し、その上で五分五分だった。

 つまり数値化できる戦闘能力においては、エクスドライブを上乗せしたとしても、今の奏一人ではギリギリまだアースガルズには届かないということだ。

 奏は腹にバリアコーティングを集中していたために大きなダメージは受けなかったが、背中から落ちる形で地面に強烈に叩き付けられてしまう。

 そんな奏から少し離れた所に着地し、追撃のため動こうとするアースガルズ。

 

「……」

 

 今の奏一人では、アースガルズに届かない。

 なら、二人なら?

 

戦場に刃鳴裂き誇る(Gatrandis babel ziggurat edenal)

 

 着地し、一歩を踏み出そうとしたその瞬間。

 アースガルズの足元より、巨大な剣が生えてきた。

 

『無茶するな、翼ちゃん!

 ただでさえ天羽々斬の負荷とエクスドライブの負荷を受け止めてるんだ!

 そこに今日二度目の絶唱なんてしたら、君の身体がッ―――!』

 

 心の中で謝りながら、翼は耳元から聞こえる朔也の声を意図して聞こえないふりをして、アースガルズを貫かんと更に剣を伸ばしていく。

 翼はこのタイミングを、アースガルズの着地直後のタイミングを狙っていたのだ。

 そして自殺行為とほぼ同義の二度目のレイザーシルエット。

 眼と鼻から血が垂れるのを感じながら、翼は地面の下を通して大剣化したアームドギアを延長、地中で弧を描いて下から敵へと突き上げたのである。

 

 だというのに。

 翼の命懸けの奇策にもかかわらず、アースガルズは超反応でそれを回避。

 上に跳び上がって、下から伸びて来る剣先を回避した。

 

「限界、まで、切り裂けぇッ!!」

 

 だが、そんなことで折れはしない。諦めはしない。妥協はしない。

 それが風鳴翼という少女である。

 彼女の歌はどこまでも届かせる強靭な意思、彼女の剣はいかなるものも切り裂く一閃。

 剣先が青く輝いて、翼の渾身の一撃は、"更に伸びる"。

 其は『蒼ノ一閃』。アースガルズに届かせようとする、彼女の真っ直ぐな意地だった。

 

「―――ッ!!」

 

 アースガルズはそれを膝と足首の間にセットされた長方形の城壁で受け止める。

 ガリガリガリと、城壁の表面が削れる音が鳴り響く。

 このまま行けば、と翼は思った。

 されどアースガルズに人らしい動揺やパニックなどがあるはずもなく、それに対しても無慈悲で冷静な対応がなされてしまう。

 

 アースガルズは、右手を横方向に向けた。

 すると次の瞬間、空中でその体が横に"スッとスライドする"。

 その結果、蒼ノ一閃はアースガルズを貫けぬまま、空のどこかへと飛んで行ってしまう。

 飛んだ? 否。スライドしたのだ。

 

 アースガルズは右方向にあった大気を全て対消滅させた。

 これだけでも真空の発生により周囲の空気が引っ張り込まれ、アースガルズの体は空中を流れるかもしれない。

 だが、このゴーレムはそれだけに留まらなかった。

 真空中に存在する、ダークマターですら対消滅させたのである。

 真空よりもなお物質の存在しない絶対の虚空は、常識外れの吸引力で周囲の全てを引き寄せた。

 

 立ち上がる途中の奏がたたらを踏んだ。

 接近し拳を叩き込もうとしていた弦十郎がフラつき、踏みとどまる。

 既にフラフラだった翼は、不意の吸引に傾いた体を支えられず、膝をついてしまった。

 そしてアースガルズは蒼ノ一閃を見事にかわし、再度着地。

 この攻防においても、脚部の装甲が少し削れた程度の損害に留めてみせるのが神々の砦。

 

「くっ……」

 

 翼の決死の攻撃は無駄だったのか? 否。

 彼女の攻撃はアースガルズに決定的な隙を生み出し、神々の砦の周囲を浮遊する無数の八角形による防御に隙間を生み出し、"いい位置"にアースガルズを移動させた。

 

 響く銃声。

 

 アースガルズの攻撃範囲外、バリアの最大射程範囲外。

 遠くも遠くから飛んで来た弾丸は、無数の八角形で構成されるバリアの合間を抜けて、アースガルズの顔面へと命中し。『ペイント』を炸裂させて、アースガルズの視界を塞いだ。

 

「―――Bull's eye」

 

 大当たりだ、とゼファー・ウィンチェスターはほくそ笑み、隣の天戸に親指を立てて見せる。

 青い顔で絶え絶えな息を吐きつつも、直感を補助に使ったライフルによる彼の長距離射撃は、ものの見事にアースガルズのカメラアイをペイントで潰して見せた。

 センサーを完全に封じたわけではない。

 それでも、今まで通りには戦えなくなっただろう。

 

「壊すことにこだわらなければ、いくらでも手はあるってこった」

 

 銃弾ならば弾かれる。

 ならばペイントでと、ゼファーは自衛隊の武器を借りパクして仲間の援護に回っていた。

 彼がどんな時も一人でないように、彼もまた仲間をどんな時にも一人にはしない。

 この援護が、この一撃が、戦場の皆の心に『勇気』を与える。

 ゼファーも一緒に戦ってくれているんだ、と。

 

「これで、決めるッ!」

 

 奏はここに来て、ギアの出力を『今の自分達三人の限界値』まで引き上げる。

 すなわち、このエクスドライブの最強最大の一撃を放たんとしていた。

 アースガルズは敵のゲインの高まりを感知したのか、視界が塞がれる直前の奏の位置から大雑把に奏の現在位置を推測し、対消滅バリアでの絨毯爆撃を行おうとする。

 その一撃の範囲設定がバカみたいに広かったために、奏を視認していないにもかかわらず、その一撃の範囲にはきっちり奏の現在位置が含まれていた。

 

「させんッ!」

 

 だが、風鳴弦十郎はその攻撃を放たせない。

 弦十郎は地面を踏み、地表部分をまるでメンコのように、"ひっくり返した"。

 風鳴弦十郎は、戦闘経験だけで言えば最低でもゼファー達の倍以上はある古強者だ。

 関節技、柔技、剛技、内臓殺技、対大型獣技。

 彼にとっての『できること』はゼファー達と比べても段違いに多く、段違いに凄まじい技能であるということが多い。

 今、地面を崩さずひっくり返している技など、まさにそれだ。

 人間相手に有効な技が使えなくとも、使える技はいくらでもある、ということだ。

 

 アースガルズはひっくり返る地面にどう行動するか迷い、攻撃を中止してひっくり返る地面から跳んで逃げ、別所の地に足を付ける。

 天羽奏に攻撃を。そう動こうとしたまさにその瞬間、アースガルズの体は動かなくなった。

 

「……かな、でッ!」

 

 翼が切れる息も整えぬまま、奏に向かって叫ぶ。

 アースガルズは天羽奏に背を向けた状態で、その影を縫われていた。

 ゴーレムの影に刺さる短刀。翼が膝をつきつつも、最後の力を振り絞って投げたものである。

 上位ゴーレムの馬力を持ってすれば、翼の決死の影縫いであっても五秒とかからず解除できるだろう。されど五秒。五秒はかかってしまう。

 

 奏にとっては、十分すぎる五秒であった。

 

「さあ、さあ、さあ、さあ、――」

 

 奏はいつもは一本だけ持っているアームドギアを、二本生成。

 これで二倍。

 込めるゲインを倍加させ、威力を倍増させる。

 これで二倍。

 ゼファーと翼の力を借りる。

 これで二倍。

 二つの槍の軌道をクロスさせ、クロスさせた一点をアースガルズへとぶつけるように振る。

 これで二倍。

 

 『二倍』をいくつも重ねた一撃が、奏の振るう二本槍より放たれる。

 

「――もってけ、ダブルだッ!!」

 

 アースガルズは、両手連結のバリアを正面にしか張れない。

 背後から迫る攻撃は、全方位バリアでしか防げない。

 それゆえに、奏の放った極大の光の×字光撃は、全方位バリアと真っ向からぶつかった。

 

 拮抗、侵食、破壊。

 絆と希望、その他諸々色々とよく分からない心の光を混ぜこぜにした一撃は、一番薄いものであったとはいえ、対消滅バリアを打ち砕き、その向こうの砦へと攻撃を届かせる。

 バリアが破壊され、奏の攻撃が炸裂し、ド派手な爆発が発生し。

 

 この戦いの最後を、豪華絢爛に飾るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏のギアが、翼のギアが、ほぼ同時に解除される。

 

「勝っ、た……」

 

 へとへと極まりない状態の翼がへたり込みながら、そんな情けない声を上げる。

 奏も声を上げるほど余裕が無いだけで、翼と同じ心境の様子だ。

 ピンピンしているのは弦十郎ただ一人。

 少女二人が死にそうな顔をしているのは、分不相応の力を発揮するために『無理』をした結果であり、ゼファーも同じように『無理』した結果、青い顔で今も膝に手を付いている。

 『無理』は若者の特権だ。

 だが、『無理』をしなくても子供達にひょいひょいと付いて行き、無理のない貢献というものをしている弦十郎という大人を見ていると、なんとなく大人というものが見えてくる。

 

 翼は弦十郎の姿に大人の姿を見ていたが、そこで違和感に気付く。

 弦十郎が構えたまま、臨戦態勢を解いていない。

 翼に続いてゼファーも気付いた。

 弦十郎の視線を追えば、その先には先ほどまでアースガルズが居た場所と、そこに広がる爆煙があった。

 

「……え?」

 

 爆煙が晴れ、そこには予想されていたアースガルズの残骸はなく。

 いまだ健在のアースガルズと、その前に立つ謎の女性が居た。

 その女性はバイザーで目を隠し、右手を眼前で広げている。

 奏のエクスドライブによる一撃も、その女性が防御したのだろう。

 それだけでも驚愕に値するのだが、それ以上に、その女性が纏っていたものが問題だった。

 

「紫色の、シンフォギア……!?」

 

 ゼファーが驚きの声を上げると、その女性は袖口から赤い宝石のようなもの――テレポートジェム――を取り出し、地面に投げつける。

 そうすると、次の瞬間、女性とアースガルズは光に包まれて消えていた。

 

「二課が所有しているものではないシンフォギア……顔を隠す、シンフォギア?」

 

 誰もが呆然とする中、ゼファーは今の女性のことを考えていた。

 二課が所有しているものではないシンフォギアの存在は、ゼファーを通して既に二課にその存在を知られている。今回の件で確定事項となった、というだけのことだ。

 それが敵である可能性が、提示されたというだけのことだ。

 

 シンフォギアは声の通りを邪魔しないために、顔の前に余計なものを付けない。

 少なくとも、二課で作っているシンフォギアは例外なくそうしているのだと、ゼファーは了子本人からそう聞いていた。

 ならばあのシンフォギアは了子の設計思想とは根本的に違う思想により作られたシンフォギア、あるいは『相当に邪道な目的で』作られた、了子のギアの同型機であると考えられる。

 でなければ、両目と顔の半分を隠すバイザーなど付けはしないだろう。

 

 そのバイザーのせいで、女性の顔は確認することもできなかった。

 エクスドライブのエネルギーも防御してみせた、とんでもないシンフォギアだ。

 あの紫のシンフォギアは以後、二課でも最大限に警戒されることとなるだろう。

 

「ゼの字、合流するぞ」

 

「あ、天戸さん……」

 

 考えこむだけでグラグラしてくる不調な頭を抑えていると、天戸が話しかけてくる。

 ゼファーはそんな彼の顔を見て、あっ、と思い出し、慌てて頭を下げる。

 

「すみません、アースガルズ、取り戻せませんでした!」

 

「いいんだ」

 

「え?」

 

「もう、いい」

 

 だが、返って来たのは予想外の答え。予想外に清々しい笑顔。

 何か吹っ切れたような、すっきりとした雰囲気の天戸ははっはっはと笑う。

 そしてゼファーの髪の毛を撫でるように、思いっきりかき混ぜてくしゃくしゃにした。

 

「イチイバルも、アースガルズも。

 いつか二課に戻って来るだろうって、信じられる理由が出来た。焦るのはもうやめだな」

 

「……そうなんですか?」

 

「そうなんだよ。ああ、悪くねえ気分だ」

 

 その笑顔を、いい笑顔だと、ゼファーは思った。

 その理由を、結局ゼファーは理解できなかったのだけれども。

 

(……)

 

 ゼファーは、戦場を見る。

 この戦いの中で途中からはずっと、奏と弦十郎の二人は主力として共に戦っていた。

 互いを肩を並べて戦うに相応しい相手だと、そう認識して戦っていた。翼とゼファーの二人を置いて、奏と弦十郎の二人だけが肩を並べていた……ように、『彼には』見えた。

 

 奏の力は三人の力を合わせた力だ。

 そんなことはゼファーにだって分かっている。

 それでも、それでもだ。

 

 弦十郎の隣で戦うのに相応しいのは奏で、奏の隣で戦うのに相応しいのは弦十郎。

 そんなフレーズが頭の中に浮かんでは消え、消えては現れる。

 弦十郎が勝利を祝い奏を抱き上げる光景が、それに顔を赤くする奏の様子が、ゼファーの胸の内を締め付ける。

 彼は目に映る景色を、そのまま素直に見ることができなくなって来た。

 

 服の胸元をギュッと握って、ゼファーは一度深呼吸。

 胸の痛みは消えない。

 それでも、少し前よりはマシになった。

 ちょっと前よりはマシになった。

 昨日よりはマシになった。

 こうしていつか、乗り越えられる日が来るのなら……その日、自分は自分の成長を、素直に受け入れられるのかもしれない。

 そんなことを思いながら、ゼファーは天戸の後に続いて歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終結する頃には、誰も彼もがくたくただった。

 自衛隊も、二課も、そうでない人達も。

 聞けば了子も戦いの終わり際には身一つで地上に飛び出し、データ取りや避難誘導の手伝いなどをするガッツと行動力を見せていたらしい。

 研究職の人が前線に近い所に出ないでくださいよと、少年は聞いているだけで戦々恐々だった。

 

「風鳴君、完全聖遺物の再起動実験の件だが……

 今、こちらで話が纏まった。次のライブで実行することを許可する、とのことだ」

 

「! 本当ですか、広木さん!」

 

「ああ。幸か不幸か、今日の件で皆思い知ったようだよ。

 『我々はあれに対抗する力を十分に持っていない』とな」

 

 広木防衛大臣がそう口にしながら目配せすると、周囲のお偉方が皆揃って首を縦に振る。

 彼らは慎重だ。身勝手なことも、利権を第一に考えることもある。

 だが、愚かではない。

 少年達とアースガルズの戦いを見た上で、完全聖遺物の再起動実験の重要性、今の日本を脅かしているものの危険性を理解できないほど、愚かな人間の集まりではない。

 

 結果から言えば、二課がここに来た目的はここで果たされた。

 ノイズとアースガルズが攻めてこなければ、完全聖遺物の起動実験は認められなかっただろう。

 いやはや、なんとも都合のいい敵の襲撃もあったものだ。

 ノイズの出現数ですら随分と少なかったようにすら思える。

 まるで敵が出現するタイミングを分かっていて、二課のために利用した誰かが居るような気がしてきたくらいに、都合のいい巡り合わせである。

 

 

 

 一方その頃、ゼファー達は。

 

「お疲れ様でした、ツヤマさん。それとありがとうございます。

 市街地の方を気にしなくてもよくなって、俺も他の皆も戦いやすそうな感じでしたよ」

 

「いえ、自分は仕事をしただけですから。

 ……まだ学生の、子供で居ていいはずの歳で……

 命懸けで恐ろしい敵と戦い、勝利まで掴んでみせる皆さんには、遠く及びません!」

 

 生真面目なのか、自虐なのか、無力感なのか。

 生来の真面目さ八割くらいのニュアンスで、津山一等陸士は彼らを称える。

 ……なのだが、こういうノリを嫌う者も居て。

 

「こまけえこと気にするなよ」

 

 奏は津山の肩をポンと叩いて、ニッと笑顔を見せる。

 

「あたしらの守りたい物は、一緒のはずだ。

 だったら、男も女も大人も子供も関係無い。

 あたしたちは『戦友』だ。それでいいだろ?」

 

 気さくに笑い、困難をものともしない強さを笑顔に滲ませる奏。

 津山はそこに、英雄を見た。

 英雄としての資質を生まれつき持つ者の片鱗を見た。

 

「未熟なこの身、まだ一人では取りこぼすものも多い。

 力を貸してくれたら、幸いです。

 翼が片翼では羽撃けぬように、人が一人で出来ることも、また少ないですから」

 

 続いて翼も口を開く。

 凛とした、可愛らしい外見をさしおいて、歳と性別を誤認させかねない防人の雰囲気。

 津山はそこに、英雄を見た。

 英雄の血脈と精神を受け継ぐ者の在り方を見た。

 

「見せてやりましょう、沢山の人に、みんなで」

 

 最後に、ゼファーが胸に手を当て口を開く。

 

「人は『こんなもの』に負けやしないんだって」

 

 津山はそこに、英雄を見た。

 言葉で心揺らす英雄を見た。

 その姿は、前者二人よりも完成された英雄であるように彼には見えた。彼には、そう見えた。

 

「では、俺達はもう行きます。また会えたら、いいですね」

 

 去って行くゼファー、その後に続く翼、手を振って最後に笑顔を見せていく奏。

 三人の去り行く背中を見て、津山は思う。

 あの三人が揃っているのなら、どんな困難だって跳ね返せるはずだ、と。

 どんな運命だって変えられるはずだと。

 どんな人だって救えるはずだと。

 絵物語に語られる英雄を形にしたようなあの三人ならば、何だってできるだろうと、そう思う。

 

 アースガルズだって倒した彼らなら。

 きっと、どんな壁だって越えていけるはずだと、津山はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏に抱きつかれた、と認識した瞬間、ゼファーの頭は沸騰した。

 仮面がぶっ飛ぶ。素の自分が出る。

 すぐ引っ込めたが、おそらく翼には見られてしまっただろう。

 

 奏は抱きついたのではなく倒れたのだと認識した瞬間、ゼファーの頭は完全に冷えた。

 息を呑み、人を呼び、脈拍を測る。

 うっすらとしか感じられないほどに、奏の脈は薄かった。

 

「なっ……」

 

「げぼっ」

 

 奏が、血を吐く。

 それは彼女がLiNKERの服用を始めた頃、ギアの負荷に慣れていなかった頃に時折見せていた大規模な吐血よりも、更に酷い度合いのものだった。

 吐いた血に……内臓が混じっている。

 というより、千切れた内臓がそのまま吐き出されている、と言うべきか。

 

「奏!?」

「カナデさん!」

 

「……あっ、これ、やべっ……」

 

 ゼファーに抱きかかえられたまま、奏はドス黒い色の血と鮮やかな色の血が混じった吐瀉物、そこに小さな肉が混ざったものを吐き出し続ける。

 ここまで耐えていた奏だが、ここで限界を迎えてしまったようだ。

 その原因は、当然……

 

「まさか、奏、エクスドライブのせいで……!?」

 

 ゼファーが頷くと、そこで駆けつけて来てくれた了子達が奏の応急処置を始める。

 だが体内の損傷というのが厄介だった。

 ギアの負荷は、体にかかる聖遺物のフォニックゲインの圧力である。

 必然的に、それが原因で生まれる損傷というのは、比較的丈夫な皮膚や筋肉や骨ではなく、脆い内臓の方に行くことが多い。

 だから、応急処置が施しにくいのだ。

 

「なんで私がエクスドライブを絶唱よりも更に発動しづらいものにしたのか分かる?」

 

 奏に何種もの注射を打ちながら、了子は珍しく険しい顔で子供達に言いつける。

 

「使おうと思っても、使えないものだからよ。

 そして奇跡でも起きない限り、普通に使えば、こうなるからよ!」

 

 エクスドライブを使うのは、いくらなんでもやりすぎだ、と。

 

「お願いだから、ギアの扱いには細心の注意を払って……」

 

 シンフォギアは人の命を奪いかねないものであり、そうならないようにロックなどの機能を用いているのであり、第二種適合者にはなおさら危険なものであるのだと。

 勝っても、死んでしまったら、意味は無い。彼女はそう主張しているのだ。

 

「はい……」

「すみません、了子さん……!」

 

「……あんま責めないでやってくれ、了子さん。あたしの意志でやったことだ……」

 

「何言ってるの、あなたも後でお説教よ。だから必ず、生き残りなさい!」

 

「ははっ、厳し……」

 

 生かそう生かそうと了子が手を尽くしても、奏のバイタルは加速度的に低下していく。

 助命のために打てる手は徐々に限られて行き、減って行き。

 やがて、無くなった。

 

(これ、もう、手遅れじゃ―――)

 

 了子の表情に浮かんだ焦燥、悲観、諦観。

 それらの感情と思考を彼女の表情から察したのだろう。

 ゼファーは自分の右の掌を見て、それを一度開いて閉じて、もう一度開いて、それを奏の額に当てる。奏の顔色も酷いが、ゼファーの顔色もまた優れない。

 そんな状態で、彼は自身が一度呟いた文面を呟いた。

 

 

「ブレードグレイス」

 

 

 カッ、と眩い光がその場に広がる。

 ゼファーはナイトブレイザーの装甲を直した時以上に、『吸い上げられる』感覚を感じ、その光の全てを奏へと注ぎ込む。

 光が全て奏の中に収まり、皆が目を開けられるようになると――

 

「……ん? あれ……? お花畑が見えたんだが……」

 

 ――そこには、多少顔色が良くなった奏の姿があった。

 バイタルを見れば、かなり悪いが死に至るほどではない。

 回復した……いや、回復させられたのだ。

 死を確定させるような傷を負った状態から、生が確定する域にまで。

 

 頭がグラグラして、目がチカチカして、吐瀉物が喉元までこみ上げる。

 そんな最悪の状態で、話すのも気怠い状態にまでゼファーは落ち込んでいた。

 顔色も最悪。誰がどう見ても重病人に見えるほどに気分が悪そうな様子だ。

 なのに、了子はそんなゼファーの様子に気付いた上で、彼の胸ぐらを掴んで恐ろしい形相で彼を問い詰める。翼が止める暇もない。

 

「あなた、今自分が何をしたか分かってるの……!?」

 

「なに、って……」

 

 了子の怒りに、ゼファーは呆然と、漠然と答えを返す。

 

「たすけたん、です。――なひとを……」

 

「―――っ」

 

 言葉はかすれ、その一部は周囲の人間の耳には入らなかったが、了子には届く。翼には届く。

 悲しきかな、声にならないその言葉が届かなかったのは奏だけ。

 了子は頭が冷えたのか、一度深呼吸をして心落ち着かせ、少年達に車に乗るよう促す。

 

「乗りなさい。……今日は休んで。明日、あなたが今何をしたのか、話すわ」

 

 今日はいくらなんでも、多くのことがありすぎた。

 今は休めと、彼女は言う。

 明日も休める保証など、どこにもないのだから。

 

 今日を乗り切った。明日は来る。運命の分岐点を、彼らはこうして通過した。

 

 

 




自分の年齢を考えず顔隠しに神獣鏡のシンフォギアを着て暗躍していたおばさんが居るらしい
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