戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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第一話冒頭のコンサート会場の造形を見る度に、「あれ折れたらどうなるんだろう」と思う次第
23話を書くために無印一話を何度も見返しているのですが、ノイズが出現して来る前に「ノイズが来る」って直感的に何かを感じている奏さんは本当に奏さんだと思いました


2

 

 

 それは、フィーネ・ルン・ヴァレリアが想定した最大の敵だった。

 それは、倒せば一つの区切りとなる敵だった。

 それは、倒さねば人類と世界の未来が徐々に終焉に近付いて行く敵だった。

 それは、英雄の姉たる光の巫女でも容易ならざる相手であった。

 それは、模倣でありながら本物を超える(まが)い物だった。

 

 

 

 

 

第二十三話:抗え、最後まで 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノレールでないと行けない、高層ビルよりもなお高い、空のさなかに見える青色のドーム。

 音符記号♪をモデルにしたとも言われるこれが、ツヴァイウィングのコンサート会場だ。

 形状的にはカタカナの『イ』に近く、この斜めの部分に大きな広場とドームが設営されている。

 この時代の技術をふんだんに注ぎ込まれたこの建物は、「倒れたらどうなるんだろう」と言われつつも倒れないだけの強度を保ち、今ではスカイツリーと並ぶ東京の名物となっていた。

 

 響は電車を乗り継ぎ、モノレールに乗ってこの建物の上に辿り着いた。

 建物が高すぎてキーンとなる耳。そこで響は、ふと「面白そうだ」と思いつく。

 彼女は思いつきに突き動かされるまま、モノレール駅から一歩出て、たたたっと駅の端まで移動し、手すりの上から身を乗り出して下を見る。

 

「うわぁ……たっかい……」

 

 高度300m。

 それがこの建物の高度だ。

 横浜ランドマークタワーの屋上よりなお高く、高い場所を選べば更に高い所からの景色を楽しむことが出来るだろう。

 何十にも施された落下防止柵の、一番手前の手すりから下を見る響の目に映る町並みは、足が竦んでしまうほどに絶景だ。

 

「ゼっくんが一度見とけって言ってたのこれかぁ。

 スカイツリーや東京タワーに行ったら、こういうの見られるのかな」

 

 響は駅から出ると、ドームの方へと向かって、広場を横切るように足を進める。

 ハンバーガーみたいな形のドームだ、なんて響は思った。

 周囲の人の笑い声が耳に届く。

 街頭やドームの外側のそこかしこで、投影されたツヴァイウィングの広告イラストが目に入る。

 空には祝いの風船が飛んでいて、自動販売機が缶を吐き出す音ですら小気味いい。

 人混みの中で、響は高揚して行く気分を止められなかった。

 

「さって未来はどこにー……ってあれ?」

 

 さて未来と合流しよう、と響はかばんの中の携帯電話を取り出し、画面を見て目を丸くする。

 

「未来からいっぱい着信とメールが来てる?」

 

 響はちょいと抜けていて、かつマナーがそこそこ出来ている少女だ。

 彼女は電車の中で優先席の近くに座った時、携帯電話の電源を切っていた。

 そういう一面だけ見れば素直にいい子だと言えるのだが、そのまま生来のうっかりさで携帯の電源を入れ忘れたまま、ここに来てしまう。

 そして電源を入れると、未来からの連絡ラッシュが来ていたわけで。

 嫌な予感を振り払えないまま、響は未来に電話をかけた。

 

「未来? 今どこ? 私もう会場だよ?」

 

『ごめん、ちょっと行けなくなっちゃった』

 

「ええっ!? どうして!? 今日のライブって未来が誘ったんだよ!?」

 

『盛岡のおばさんが怪我をして……お父さんが、今から車を出すって』

 

 身内の不幸……というほどではないが、未来の親戚が事故にあってしまったようだ。

 "不幸にも"、未来は今回のライブの会場に行くことができなくなってしまったらしい。

 誘った側のドタキャンに響が文句を言いたくなるのも分かるが、ドタキャンになってしまった理由が身内の不幸、及び自分のうっかりなのであまり強く責められない。

 まして、響はこういうことで他人を責めるような人間ではない。

 

「私よく知らないのにー! というか!

 ゼっくんと未来が熱く語り合ってる横でハブにされるのが嫌だったから来たのにぃ!

 知らない人のライブに一人ぼっちでどう楽しめばいいのー!?」

 

『本当にごめんね』

 

 せいぜい、親友同士のノリで軽く愚痴るだけだ。

 一言二言交わして、恨み言の一つも言わず、響は通話を切る。

 

「私って呪われてるかも……」

 

 はぁ、と一息吐く響。

 けれどそこからぶんぶんと頭を振って、気を取り直す。

 

「いいもーんだ、ゼっくん居れば寂しくないし」

 

 そうだ。この会場には響のもう一人の親友、ゼファーが居る。

 まず合流して……と思ったところで、響は気付く。

 

「寂しく……」

 

 どっちに行けばいいんだろう?

 

「……寂しく……」

 

 右を見ても人。左を見ても人。

 前後左右が人の海で、それ以外は空の青しか見えやしない。

 響は良い言い方をすれば現在位置を見失っていて、悪い言い方をすれば迷子になっていた。

 

「ふぇぇ……」

 

 どうしよう、と右往左往を始める響。

 ぎゅうぎゅう詰め、というほどに人が詰まっているわけではない。

 なのだが、会場の敷地がやたらと広く、かつ入場者もやたらと多いせいでどこに進んでも景色が変わらないように見えてしまう。

 右を見ても左を見ても人の壁。どこかに向かって進んでみても、同じように人の壁。

 

 理由は明白だ。響の背が低いからである。

 子供は背が低いため、周りが見渡せない。大人に囲まれていると人の壁しか見えないのだ。

 幼い子供が迷子になりやすいのは、こういうところにもある。

 

(どうしよう……)

 

 未来のドタキャンといい、踏んだり蹴ったりだ。

 そんな響に不幸中の幸いがあったとすれば……今日、この会場に配備されている人員が、当初の予定の三倍も投入されていたことだろう。

 子供な上に様子がおかしかった響は、あっという間にスタッフの一人の目についた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、その、どっちに行けば分からなくて……」

 

「最後尾はこちらです。分からないことがあれば、近いスタッフに気軽に声をお掛けください」

 

「は、はい! ありがとうございましゅ!」

 

 声をかけてくれたスタッフの胸のタグ、そこに書かれた"甲斐名"という名前を確認すらせずに、響は大慌てで最後尾に並ぶために走って行った。

 スタッフは響がちゃんと並んでいるのを確認してから、人目の付かないところでネクタイをゆるめ、襟元のボタンを外してふぅと息を吐く。

 

「ああクソ、丁寧語使わないとクレームつけてくる奴を見抜ける直感とか手に入らないかな……」

 

 敬語を使わない話し方の方が好きなこのスタッフは、今の仕事が窮屈に感じるようだ。

 子供に敬語で接するのはいい。

 しかしいつクレームを付けて来るか分からない大人相手に、敬語のミスを気にしながらガチガチに対応するのが、どうにもストレスで仕方がないという様子だ。

 ゼファーみたいな勘欲しいわ、とスタッフはひとりごちた。

 気持ちを切り替え、会場に溢れる人々の姿を見て、彼は感嘆の口笛を吹く。

 

「しっかし、本当に多いな。ニューフェイスとは思えない人気だ」

 

 デビューから三ヶ月弱だというのに、紅白出場が内定している、と巷で噂になっているだけはある。ツヴァイウィングは確かな支持層を確立しているようだ。

 アーティストとしても間違いなく一流。

 戦士としても紛うことなく一流。

 立派になった二人の姿を思い浮かべて、彼は駅の方へと向かう。

 会場警備のシフトは終わり、地上警備の人員と交代するために、彼は地上へと移動していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツヴァイウィング、控え室。

 ライブコンサート開始まであと数十分。

 翼は壁に背を預けて、目を閉じ、一人雑念を打ち払っていた。

 

(……皆、今日の実験に向けて、必死だ)

 

 彼女がよくしている瞑想ではない。

 瞑想は精神的な修練であり、集中力の鍛錬だ。

 雑念が多ければ、本来の目的は果たせない。

 なればこそ、今翼がしていることは、自分がいつも瞑想の時に繰り返しているプロセスを重ねることで、ライブ前の不安を取り除こうとしている過程に他ならない。

 

(緊張で歌詞を忘れたら。どこかで噛んでしまったら。ブレスを一つミスしたら……)

 

 この実験の中核は、翼と奏だ。

 二課を始めとする多くの人間の頑張りを背負い、万人単位というかつて経験したことがないほどの規模の客の前でライブを行い、練習したこともない実験を成功させなければならない。

 だからこそ抱いてしまう、不安と恐怖があった。

 

 翼は自信というものがどうにも小さい少女だ。

 ゼファーがかつて指摘したように、彼女の中にある自信は全て、続けてきた鍛錬と練習量に裏打ちされたものである。そのため、一度持てば滅多なことでは揺らがない。

 逆に言えば、一度もやったことのない大規模な実験に、自信など持てるはずがなく。

 ぶっつけ本番の結果として訪れる『失敗』の二文字が、どうしようもなく恐ろしい。

 

(私が何か一つ失敗したら、大変なことに)

 

 身震いする体を、翼はぎゅっと抱きしめた。

 分かりやすい敵、分かりやすい守るべきものがないことも負の要素となってしまう。

 それがあればあるいは、彼女も自分の心を奮い立たせられたかもしれないというのに。

 

「つーばさっ」

 

「わぷっ」

 

 だがそんな不安は、チームリーダーからの不意の抱きつきに、霧散させられた。

 

「真面目が過ぎるぞ?」

 

「奏……」

 

 抱きしめる奏から、抱きしめられる翼へと体温が伝わっていく。

 伝わって来る人の暖かさが、翼の心を少しだけ落ち着かせた。

 三年前、手負いの獣のようだった激情を風鳴弦十郎に抱きしめられ、落ち着かされた天羽奏が、今では風鳴翼を抱きしめて落ち着かせている。

 なんとも、因果なことだ。

 誰もが変わっていく日々が与えた影響は、誰かの行動の中に、こうして目に見えたりもする。

 

「最近は安心して見てられると思ったらすぐこれだ。気楽に行こう、な?」

 

「……奏」

 

「なーに、ライブ前で緊張してんのはあたしも同じだ。

 緊張しちゃダメだ、って思うとドツボだから、緊張してるなーって他人事みたいに考えるんだ」

 

 奏は翼を抱きしめつつ、ぐりぐりとセットされた髪型が崩れないように彼女の頭を撫でる。

 頼りがいの塊のような少女だ。

 ゼファーと翼の二人を今日まで引っ張って来ただけのことはある。

 

「絶対に絶対、大丈夫さ。あたしがついてる」

 

「それ、ゼファーの真似? ふふっ」

 

 気付けば、翼の胸中から不安や恐怖といったものは消えていた。

 後に残るは、体温と一緒に翼の内に伝わった、一握りの『勇気』のみ。

 

「さっきあいつに言われたんだよ。

 『心配なんて要らない。最初のファンの俺が、絶対に成功するって断言できる』ってさ」

 

「そうなんだ」

 

 ぶっきらぼうに口にされる奏の言葉。

 そこから翼は、二つの事実を読み取った。

 

 一つは、ゼファーがそう言ったということは、きっと奏もどこかで不安そうな様子を見せていたということ。ゼファーが奏に勇気を与えていたということ。

 不安なのは自分だけではないということ。

 

 もう一つは、きっとゼファーは今、風鳴翼を探しているだろうということ。

 奏と同じように、自分を励まそうと今頃色んな所を駆け回っているだろうということ。

 そして彼より後から、風鳴翼を励ますために探し始めたのだろうと推測できる奏の方が、ゼファーよりも早く自分を見つけたのだということ。

 つまり、"一番の親友同士の絆"というものの存在だった。

 

(奏に出会えてよかった)

 

 ゼファーが翼より奏の方を優先するとちょっと不機嫌になるくせに、これだ。

 だが、それも詮無きこと。

 

 ゼファーにとって翼は唯一のライバルにして親友であり、奏は唯一恋する人であり。

 奏にとってゼファーは唯一の同類の親友であり、翼は一番の親友であり。

 翼にとってゼファーは一番最初の親友であり、奏は一番の親友なのだから。

 

「絶対に絶対、成功させないとね」

 

「ああ、絶対に絶対だ」

 

 笑い合う二人の少女。

 その姿には、砂粒のほどの緊張も気負いも見えやしない。

 

「奏、翼。ここに居たのか」

 

「叔父様」

「弦十郎の旦那」

 

「気負い過ぎてないか、気が緩みすぎてないか、確認しに来たつもりだったが……」

 

 そこに、弦十郎が姿を見せる。

 弦十郎は今日の実験に残された最後の不安要素、つまり、外野がどんなに手を尽くしてもどうにもならない部分……『心の問題』で失敗する可能性を案じ、二人を探していた。

 だが、無用の心配だったようだ。

 奏と翼の瞳を覗いただけで、杞憂であったと、弦十郎は確信を持つ。

 

「……俺が何か言う必要は、無さそうだな」

 

「うん、一緒だから。私達は」

「ああ、一緒だからな。あたし達は」

 

 二人一緒だから、とは言わない。

 二人以上で一緒だから、どんなものでも、怖くはない。

 

「それよかさー、弦十郎の旦那。腹減ったんだけど何か持ってない?」

 

「ライブ前だ。休憩までは適度な水分補給だけにしておけ」

 

「かーっ、念には念を押してるねえ。

 ここんとこずっとあたしはLiNKER使用禁止で出撃禁止だしさー」

 

「LiNKERが生むアウフヴァッヘン波も実験の邪魔になるんだ。仕方なかろう」

 

「ったくもう、ステージの上でしか大暴れできないなんてやだねー」

 

 翼は嬉々として弦十郎との会話を始めた奏を見て、二人だけで会話する時間をあげようと、二人からこっそりと距離を取る。

 翼はゼファーの味方であると同時に、奏の味方だ。

 こういう時に奏と弦十郎を引き離そう、と行動することはまずない。

 シンプルに、奏の恋路を重んじて奏の行動を邪魔しないようにして、ゼファーへの罪悪感ですごく苦しい思いをして、叔父に親友が色目を使っている現状に複雑な心境になるだけだ。

 

 そう、ゼファーだ。

 翼はこの時ふと思考をよぎったゼファーの顔を思い浮かべて、携帯電話を手に取った。

 番号を押して、耳に当てる。

 ほどなくして通話が繋がり、翼の耳にゼファーの声が届いた。

 

「ゼファー、今どこ?」

 

『翼か。今、入場口近くに居る』

 

「こっちは大丈夫だから。今、奏と一緒に居るよ」

 

『……ああ、なるほどな。じゃあ俺は、移動せずここに居る』

 

「うん、分かった」

 

 短いやりとりで、ゼファーはおおまかな事情を察したようだ。

 ゼファーと翼の付き合いも四年ほどになる。

 阿吽とまでは行かずとも、こうして通じ合うものが確かにあった。

 

(……奏は、ゼファーに勇気を貰った。私は奏に勇気を貰った。なら、私も……)

 

 勇気を誰かから貰ったなら、自分も誰かに勇気をあげたいと、翼は思う。

 まして、彼女らはこの三人で肩を並べてずっとやって来たのだ。

 "そうすべきだ"と彼女は思うし、"そうしてあげたい"と彼女は考える。

 

「ゼファー、今、声の届く範囲に……私の隣に奏は居ないんだ」

 

『そうなのか?』

 

「奏は今、叔父様と話してる」

 

『……!』

 

 電話越しに聞こえてきたミシッという音は、彼が携帯を握り締めた音か。

 付き合いの長さゆえか、ゼファーの無言からその胸の痛みを読み取ってしまい、翼は自分まで胸が苦しくなってきたような気さえしてくる。

 だが、それでも。

 翼はゼファーの胸が苦しくなると分かっていても、言わずには居られなかった。

 

「ゼファー。今日のステージ、ちゃんと見てて。

 最後の一曲は、あなたのために、友達の背中を押すために歌うから」

 

 『奏に告白してフラレてくる』とゼファーが最初に打ち明けたのは土場ではない。

 他の誰でもなく、最初に打ち明けたのは翼だったのだ。

 翼は最初に打ち明けられたことを嬉しく思い、自分にできることはなんだろうかと、考えに考えた。そうして、不器用な彼女なりに一つの結論に至っていた。

 

 今でも一歩を踏み出すことを恐れているゼファーに。

 背中を押されなければ踏み出すべき時に足踏みしてしまうかもしれない少年に。

 風鳴翼が出来る手助けは、これしかない。

 彼女はそう思い、そう考え、そう決めて、それを彼に向けて口にした。

 

「私が歌で、あなたに勇気をあげる。だからちゃんと聞いて欲しい。

 その勇気が、私があげる勇気が、きっとゼファーの背を押してくれるから。

 ゼファーがちゃんと前に進むために、その恋にちゃんと決着を付けて」

 

 ゼファーから奏へ。奏から翼へ。翼からゼファーへ。

 善意と共にくるりくるりと巡って回る、勇気の循環。

 口だけの励ましでは勇気は伝わらない。

 心からの言葉であるからこそ、友の心に勇気を与える励ましになる。

 

『ツバサ……』

 

「いつもゼファーって風に背中を押されてるから、今回くらいは、私もね」

 

 たとえそれが、電話越しでもだ。

 

「友達だから」

 

 相手の胸に言葉は届く。ゼファーと翼が、互いにかけがえのない友であるからだ。

 

『ありがとう』

 

 その言葉を最後に、通話は切れた。

 翼が横を向けば、そこでもちょうど会話を終えたらしい弦十郎と奏が見えた。

 奏が翼の横に立つ。

 弦十郎が二人に向けて、ニカっと笑って親指を立てた。

 少女二人は親指を立てて返答とし、彼に背を向けて歩き出す。

 

「行こう、奏」

「行くか、翼」

 

 進んで行く二人の背を、風が押していく。

 単なる気圧の差による空気の流れだが、二人にはそれが背中を押してくれているように感じられた。二人の視線の先には、一人の少年の姿が見えてきたから。

 

 背を押す風が、この両翼が揃っているなら。

 きっと、どこへだって行ける。

 何にだってなれる

 そう信じられる。

 

「両翼揃ったツヴァイウィングに」

「その背を押してくれる、西風があれば」

 

 ゼファーと二人がすれ違う、その瞬間。

 奏は左手を、翼は右手を、ゼファーは両手を掲げ、ハイタッチ。

 その音が、二人が入場する合図になった。

 

「「 何だって乗り越えて、どこまでも遠くへ、どこまでも高くへ、飛んで行ける 」」

 

 二人はドームの天井へと移動し、そこから飛び降りた。

 背に極めて細い、けれど人間の重さでは切れない太さのワイヤーを繋いで、飛ぶように。

 

「きたーっ!」

 

 観客の声が上がれど、ドーム内部は既に暗く、ワイヤーが見えることはない。

 観客らには翼と奏が空を飛んでいるようにすら見えるだろう。

 天井から降り注ぐ純白の羽のイミテーション。

 イルミネーションが色とりどりに輝き、多色のライトはツヴァイウィングと空から降る純白の羽を虹のように照らして、観客のペンライトやサイリウムが光る。

 

 舞い散る羽。

 その中を舞う、翼を模したドレスを纏う翼と奏。

 会場を照らすライトですら、左右一対の光の翼を作る軌跡を形作っていた。

 

 この瞬間、二人は誰よりも何よりも、『ツヴァイウィング』だった。

 

(ああ)

 

 どちらが、ではなく。どちらも同じことを考えて、その思考は重なっていく。

 

(この瞬間が、ずっと続いてくれればいいのに―――)

 

 二人の思いは、一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は、自分の全身が震えている、と思った。

 自分の内側から来る感動に震える。

 自分の外側から来る、皆が揃えた声の衝撃に震える。

 何がなんだか分からないまま、必死にサイリウムを上げて、周りの人に合わせて声を上げる。

 その一体感が、たまらなく楽しかった。

 

(なんか……すごい! みんなの気持ちが一つになってるみたいで!

 私とみんなが一つになって、みんなで声と力を合わせて、一つの生き物になってるみたいな!)

 

 初めてのライブ。ライブへの感動。それが響を自然と笑顔にしていく。

 『逆光のフリューゲル』というこの歌が優れているから、というのもある。

 だがそれ以上に、"ライブ"というものが響の心を掴んで離さなかった。

 

 暗くされたドームの中でライトアップを利用した演出をして、響の心を奪う。

 だが響がそれを堪能し切る間も与えず、ドームの上層全てが開き、空が見えた。

 この瞬間、響を始めとして、この会場に来たことのない全ての人間が心震わされる。

 

 開いたドームの天井が、まるで二対の翼のような形へと変形したのだ。

 そして時間さえも調整していたのか、空は鮮やかに輝く一面の夕焼け空。

 

 上段の席に居たファン達には、鮮やかな夕焼け空、夕焼け空に照らされる海、それらを背景に広がる元天井の二対の翼。その中央で歌うツヴァイウィングがセットで見える。

 下段の席に居たファン達には、夕焼け空をバックにした元天井の二対の翼、夕方で光量の減った夕日の光を切り裂くファン達の一面のサイリウムやペンライトが並ぶ、そんな光景。

 どちらの視界の中心にも、ツヴァイウィングが居た。

 ツヴァイウィングを中心として、会場に広がる美しい光景があった。

 その光景はとても幻想的で、現実のものとは思えないくらいで、ファンの『感動している』という気持ちの共有、一体感は、爆発的に増していった。

 

(ドキドキして、目が離せない……!)

 

 歌がすごいと、響は思った。

 人の心を揺らす二人の歌は、響の耳を他の方向に向けさせない。

 演出がすごいと、響は思った。

 ドームの闇から夕日の光へと繋ぐ、光と羽を使う演出は、響の心を掴んで離さなかった。

 皆が凄いと、響は思った。

 万を超える人数が息を合わせ、思考を合わせ、その大半はウェーブを作り、リズムに合わせて全員がかけ声を上げ、同様のリズムで光を振っていく。

 その光景が、"数え切れないほどの人達が心を一つにする"という光景が、彼女の目を奪う。

 目に焼き付けられているその光景が、彼女の魂を掴んで離さなかった。

 

(すごいよ! これが、ライブなんだ!)

 

 夕日の光を切り裂いて、なお輝く人口の光が。

 観客の声をぶち抜いて、なお耳に届くツヴァイウィングの歌が。

 人々の心が一つになるという、非現実的な光景が。

 響をたった数分で、ツヴァイウィングの熱狂的なファンへと変えていた。

 

「まだまだ行くぞっー!」

 

 天羽奏が声を上げると、またしても観客の声は一つとなり、感性を上げる。

 さあ、次は、オリコン一位を取ったシングル『ORBITAL BEAT』……と、観客が身構えた、その瞬間。

 

 会場が、爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課の実験は、上手く行っていた。

 弦十郎を始めとする実験チームの皆は、ライブ会場の下層を後付けで改造して実験に使えるようにした部屋にて、『ネフシュタンの鎧』を見つめていた。

 彼らと強化ガラス一枚を隔てた向こうに、フォニックゲインを照射される鎧がある。

 

「よっし、よし! いい感じいい感じ!

 観客の声のフォニックゲインが声と一緒に二人に集まる!

 心と声を一つにしたフォニックゲインは、一つになってペンダントに集約!

 ペンダントというフィルターで同一化され、ライブ会場地下のここに照射!

 聖遺物との近似性を持たせた万人超えのゲインによって、完全聖遺物は再起動するのよ!」

 

「いいから座っててください櫻井女子! 子供じゃないんですから!」

 

 エネルギーはどんどん上がり、予想以上の伸びを見せている。

 本来ならライブの全曲を使って再起動させるつもりが、二課の研究班の全員の想像をはるかに超えて、エネルギーはありえないほどの伸びを見せていた。

 そして伸びる。

 まだ伸びる。

 止まらず伸びる。

 画面に表示された"起動完了までの予定時刻"が数時間から一時間、10分、1分、1秒と加速度的に縮んで行き、完了までの時刻を表示したゲージが、マイナス方向に振りきれる。

 そして、研究区画全てにアラートが鳴り響き、警告灯が赤く光り輝き始めた。

 

「どうしたっ!」

 

 叫ぶ弦十郎に、優秀な二課の研究室スタッフが即座に答える。

 

「上昇するエネルギー内圧に、安全弁(セーフティ)が持ち堪えられません!」

 

「このままでは聖遺物が起動……いえ、暴走しますッ!」

 

 フォニックゲインの照射は止めたが、暴走は止まらない。

 今は無理やり外側から押さえつけているだけで、今のネフシュタンは膨らませすぎた風船だ。

 あと数秒で、爆発する。

 

「了子君! 推測される原因は!? 止められないのかッ!」

 

「まさか……」

 

 聖遺物技術の第一人者である了子は、その数秒で原因に辿り着いていた。

 

(あの二人の絆が、"強すぎた"から……!?)

 

 このライブ形式のフォニックゲインの収集法には、唯一の欠点がある。

 他をどれだけ完璧な要素で固めようと、ステージに立つ装者が複数人という前提で、その複数人の仲が悪いと、フォニックゲインが高まらないのだ。

 例えば、翼の相方が奏ではなく、翼とぶつかり合う人間であったなら。翼と絆を結んでいない人物であったなら。

 その人物が全米No.1クラスの歌唱力を持っていたとしても、ゲインは高まらない。

 この理屈はそっくりそのまま反転できる。

 

 ステージに立つ装者の"仲が良すぎた"場合、フォニックゲインは高まりすぎてしまうのだ。

 

 天羽奏と風鳴翼。

 二人の絆は、二課が想定していたよりもなお深かった。

 "櫻井了子謹製の安全弁を一瞬で吹っ飛ばすという奇跡"を起こしてしまうほどに。

 数々の困難を乗り越えてきた二人の絆が、本番で計算を超えた力を発揮する二人の強さが、このタイミングで最悪の結果を呼び込んでしまう。

 

(計画を、少し変えないと―――)

 

 下層の全てを飲み込んで、二課の人間の命をいくつも飲み込んで、ネフシュタンは爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーはその時、実験の失敗を直感で感じ取っていた。

 自分の身に迫る物理的な危機。ならば、感じ取れないはずがない。

 なのに彼は、仲間達に危機を知らせることができなかった。

 それは何故か?

 

「う、づ……!」

 

 感じた危機が、一つではなかったからだ。

 かつてないほどに、直感が「ヤバい」と彼に叫んだからだ。

 彼の脳では処理しきれないほどの規模の危機が、彼の脳の限界を超えたからだ。

 直感が、彼の思考を短時間だが『処理落ち』させていたからだ。

 

(なんだ、これ……!?

 ヴァーミリオン・ディザスターの時だって……

 ネフィリムの時だって……

 ナイトブレイザーになった時のノイズ数万体だって……

 ルシファアの時だって、アースガルズの時だって……ここまでの危機は感じなかったぞ!?)

 

 頭蓋の裏がガンガンと痛む。

 直感が「海の向こうまで逃げろ」と感覚的な言葉で叫ぶ。

 絶えず叫ぶ直感は、「ここに居れば死ぬ」と、確定的な未来の分岐点を彼へと突きつけていた。

 だからこそ、ゼファーは逃げられない。

 そんな危機が迫っていると知った上で、彼が仲間を置いて逃げられるわけがない。

 彼は走り出し、直感からの情報を噛み砕いて、ツヴァイウィングと通信を繋いだ。

 

「二人とも聞こえるか! ノイズだ!」

 

『こちら翼、こっちでも視認できてるわ!』

『こちら奏、観客はパニック状態だ! どうにかしないとやべーぞ!』

 

「とりあえず目についてる分だけでも片付けてくれ!

 ……なんでか、さっきからゲンさん達に通信が繋がらないんだ!

 俺が戦況を確認して指示を出すまで、とにかくノイズの数を減らしてくれ!」

 

 了解、という二人の声を耳にして。

 ゼファーは最高速度を緩めぬままに、開いていた窓の縁に足をかけ、跳ぶ。

 少年は空を駆けるように、ドーム外部の空に飛び出した。

 

「ライブを台無しにする雑音なんざ、消えちまえ―――アクセスッ!!」

 

 叩き付けられる掌と拳。

 銀光、紅焔、黒鎧。彼は戦いの装束を身に纏う。

 

「行くぞ翼! この場に槍と剣を携えているのは、あたし達だけだ!」

「ええ!」

 

 握られるペンダントと、紡がれる歌。

 

人と死しても、戦士と生きる(Croitzal ronzell gungnir zizzl)

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 橙の輝き、蒼い風。彼女らは輝槍と絶刀の力を身に纏う。

 

 逃げ惑う人々。それを追うノイズ。

 そのノイズの前に天敵として立つ聖遺物使い達。

 平和の歌を戦いの歌に変え、少年少女は力をその手に握り締めた。

 

 

 

 

 

 ゼファーはドームを飛び出し、足裏から焔を噴出して空中ジャンプ。

 ドームの頂点に立ち、まずは周囲を見渡してARMを併用しつつ戦況を確認した。

 ライブ会場は、ドームとそれを囲む広場、広場の端にあるモノレール駅で構成されている。

 

 この会場全体に限定して言えば、ドームの中のノイズが一番多く、広場にもいくらかノイズが居るという偏り方をしていた。

 だがそれよりも何よりも、街の方にも出て来ているノイズの数が多すぎる。

 街は休日ということもあって大パニックだ。

 ライブ会場に至っては、万人単位の人間がノイズから逃げる際に他の人間を押しやって、押し倒して、踏み潰して、ひどい有様で逃げ惑っていた。

 殴る蹴るで前の人間をどけ、道を空けて逃げようとしている者まで居る。

 

「どけぇ! 邪魔だ!」

「なんか踏んだけど俺は悪く無い俺は悪くない俺は何も踏んでない何も何も」

「助けてくれえ! 助け、助けて! おねがいだか、ぁ―――」

「死にたくない! 死にたくないッ!」

 

 だが、それを誰が責められようか。

 間近に迫る死を、自分を殺そうとするものを認識し、そう動く人間を誰が責められようか。

 彼らはただ必死なだけだ。

 人間として、一つの生きる命として、必死なだけだ。

 ゼファーがそれを責められるはずがない。

 彼らは何の悪意もなく『生きたいという気持ち』だけで、他人を踏み躙っているのだから。

 

 ゼファーは仮面の下で舌打ちする。

 走って殴って殺していたら、日が暮れてしまいそうなほどの広範囲にノイズが広がっていた。

 広がってしまっていた。

 正攻法では、何人死んでしまうか分からない。

 

(範囲が広い……だけど、これならッ!)

 

 割り切りが要る。

 ゼファーはそう判断し、戦略を組み立てた。

 今、奏はある事情でまともに戦えない。まっとうに戦えるのは翼だけだ。

 なればこそ、"分担"する。

 

「ツバサ!」

『ゼファー!』

 

 まず通信を繋ぎ、ゼファーは翼と息を合わせる。

 ゼファーがドームの頂点から下を見下ろせば、ドームの中で剣を握り、手を掲げる翼の姿。

 見上げる翼と、見下ろすゼファーの視線が、ぶつかる。

 

『ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!』

「コンビネーション・アーツ!」

 

 共鳴するエネルギーが、翼側の七つの正六角形のラインの内を駆け巡った。

 エネルギーは二人の中間地点ではなく、ゼファーの手元に球形に集束。

 ナイトブレイザーの腕が空に掲げられるのに合わせ、そのエネルギーは解き放たれた。

 

「『 シンフォニックレインッ! 』」

 

 翼の力とゼファーの力を掛け算したエネルギーが、空の下に燃える短剣を無数に発生させる。

 その内1/4ほどが、広場を凄まじい速度で飛び回った。

 風より疾く、音より遅く、されど大型ノイズをも貫く威力をもって、だ。

 

 それを見ていた一般人には、燃える短剣の残像しか目に映ってはいなかっただろう。

 彼らの目に映る実像は、その短剣によって切り裂かれていくノイズのみ。

 もっと遠くからこの攻撃を見ていれば、あるいは、紅い流星群とでも言うべき輝きが、鮮やかな軌跡を描いてノイズを全滅させていくのが見えたかもしれない。

 

「よし」

 

 現在、ドームはほぼ全ての人が避難した後の人間的空白地帯だ。

 ゼファーは最もノイズ密度の高いドームの中のノイズにはノータッチで、その周辺のノイズだけを一匹残らず全滅させ、ライブ会場を擬似的に二つに分けた。

 すなわち"ノイズが居るドーム"と、"人が居る広場と駅"である。

 一旦この構図にさえしてしまえば、あとはドーム内から広場の方へとノイズを一匹も通さないだけで、戦場と力のない人々の居る場所を擬似的に隔離することができる。

 

「二人とも、ドーム内のノイズは頼む。一匹たりとも外には出すなよ」

 

『了解! ドーム内に人の姿は見えないからこっちは大丈夫!』

『あいよ! あたしらの分まで、外で大暴れしてきな!』

 

 そしてゼファーがこうまで派手にノイズを倒して見せたのには、もう一つ理由がある。

 

「ナイトブレイザーだ!」

「すげえ、目に見える範囲のノイズが全部、一撃で……!」

「よかった、助かるのね!」

 

 ノイズを恐れ、押し合い圧し合いしていた人々が、空を見上げて止まる。

 そして徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 「恐ろしい怪物に襲われている」という精神状況が、「ヒーローが来てくれた」という精神状況に塗り潰され、上書きされる。

 ゼファーが会場から町の方へと移動する素振りを見せても、ノイズが居なくなったという状況とナイトブレイザーが来てくれたという展開は、人々に理性的な選択を選ばせていた。

 

ゼファー(おれ)の実像以上に膨れ上がった虚像も、こういう時には役に立つな)

 

 実際に強い人間が助けてくれたから、というより、ナイトブレイザーという『絵に描いたような現代の英雄』が助けてくれたということが大きい。

 虚像は、幻想は、人々の心を支える柱となってくれるのだ。

 あとは、緒川によって三倍に増員されたスタッフが避難誘導を適切にすれば問題はない。

 

 避難誘導は思考の誘導だ。

 互いが互いを押しのけなくても助かることを言い聞かせる。

 避難が間に合うこと、時間があることを強調して落ち着かせる。

 広場からドームに逆走するようなバカを止める。

 これだけできれば人災、二次災害はまず発生しないだろう。

 

 ゼファーは駅で避難民を誘導する緒川と目が合い、通信機を用いて一言だけ交わす。

 

「そっちは任せました、シンジさん」

『そちらは任せました、ゼファーさん』

 

 会場から飛び降りて、足裏から焔を噴射。

 軽やかに重力加速を無効化し、ナイトブレイザーはビルの上に降り立った。

 そして自動で付いて来たシンフォニックレインの短剣群を、流星のように街に降らせる。

 紅い流星群は、街に巣食う無数のノイズを片っ端から排除していった。

 

「わぁ……みんな! 助かったよ!」

「上見ろ上!」

「ナイトブレイザーだ……しゃあっ! ノイズも相手になってねえぞ!」

 

 街でパニックに陥っていた人々も、英雄の参戦に嬉々とした表情を見せる。

 かつては街を蹂躙するノイズを時間内に倒すことすら一苦労だったナイトブレイザーも、今ではコンビネーションアーツの補助があるとはいえ、比較にならないほど圧倒的に勝てていた。

 そうして彼が屋外のノイズを一匹残らず駆除するまでに、かかった時間は約二分。

 HEXの補助込みで18分戦える今のゼファーにとって、瞬殺と言って差し支えない勝利であった。

 あとは奏と翼と合流し、ドーム内の残党を狩って、それで終わり。

 

「これで一区切り、か。

 何も今日に現れなくたってなあ……これじゃ、実験も多分やり直しか」

 

 これで終わりだ。

 ゼファーのARMが放つアウフヴァッヘン波のレーダーにも、何も引っかかってはいない。

 戦場に敵は残っていない。

 

 なのに。

 直感がかき鳴らしている、理屈も道理もない『命の危機の警鐘』が、止まらない。

 

「え?」

 

 そして、"それ"は現れた。

 

 気付けば空に立って佇む"それ"が、そこに居た。

 

「これは……この感じは……この『不気味な熱』はッ……!」

 

 いつから居た、とゼファーは思う。

 どこから来た、とゼファーは思う。

 直感で周囲を探っていたゼファーがその二つを理解できなかったということは、それすなわち、"それ"が時間にも空間にも縛られない存在であるということに他ならない。

 

 ゼファーが黒一色のナイトブレイザーであるならば。

 "それ"は、金と赤の二色で構成される焔の騎士。

 『黄金のナイトブレイザー』だった。

 

「金色の、ナイト、ブレイザー……?」

 

 焼け焦げたような色合いの黒のナイトブレイザーを目にし、黄金のナイトブレイザーはその右手を空へと掲げる。

 自分が燃えカスなら、あれはまるで太陽のようだと、そうゼファーが思った瞬間。

 

 黄金のナイトブレイザーの手から放たれた熱線が、シャワーのように街に、ライブ会場に、周囲の全てに降り注いだ。

 ネガティブフレアの、おまけ付きで。

 

「なッ―――!?」

 

 街が燃える。

 人が燃える。

 命が燃える。

 

 絶対に消えない焔が、人に対する害意をもって、人を殺すために燃え盛る。

 

「何してんだ、テメェッ―――!!!」

 

 それがゼファーを激怒させ、彼を『敵』へと向けて、跳び立たせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課本部にも、申し訳程度に人員は残されている。

 だが、この大惨事に対応出来るだけの人員は、残されていなかった。

 

「被害状況を報告しろ!」

「出来るわけないでしょう! 現場からデータが来てないんですよ!?」

「何人死んで……いや、もうこれ、死者四桁には収まら……」

「弱音を吐くな! この二課で、俺達大人が真っ先に諦めてどうするッ!」

「了子さん、研究班、土場さん、友里さん、藤尭さんが居ないだけで、ここまで……」

「ライブ会場と通信はまだ繋がらないのか!」

「会場に行っていた人員の生存者からの報告、依然ありません!」

 

 少数の人員が、命を削る勢いでなんとか『最後のライン』を越えさせないよう、踏み留まる。

 二課本部を、最低限の機能だけだとしても、機能させ続ける。

 彼らは飛び抜けて有能な者ではない。

 だからこそここに残されているのだ。

 それでも、彼らは諦めない。

 

「せめて、このデータだけでも向こうに送らないと……」

 

「あの黄金のナイトブレイザーは、ゼファー君のナイトブレイザーの最大期待値を超えています。

 ゼファー君がナイトブレイザーの力を完全に使いこなしても、なお届かない。

 100%の力を発揮した黒騎士の、5倍以上、いや10倍以上のゲイン……

 完全聖遺物複数のエネルギーを計測できる二課のセンサーが焼き切れるほどのゲイン。

 ゼファー君が聖遺物を完全に使いこなしても、戦力差は10倍で収まるかどうか……」

 

 二課本部だけには見えている絶望。

 誰にも届けられない情報。

 "敵の強さ"という絶望は、記録されども伝えられることはない。

 

「『ナイトブレイザーを超えたナイトブレイザー(オーバーナイトブレイザー)』……」

 

 敵が、ゼファーの完全上位互換であるなどと。

 

「なんだあれは、どうすりゃいいんだッ!?」

 

 二課のほぼ全ての大人が支援を行えないこの状況で、どうゼファーに伝えろというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決着は、一撃だった。

 

「―――」

 

 緒川から習った秘奥の応用で、ゼファーは空を走る。

 そしてオーバーナイトブレイザーは、ナイトブレイザーを視認して、迎撃に動いた。

 "ゼファーの目でも、見えないほどの超高速で"。

 

(――見えな――)

 

 ゼファーはそれを『回避するためだけに』、全ての技能を費やした。

 アクセラレイター二倍速。まだ見えない。三倍速。まだ見えない。四倍速。まだ見えない。

 通常使っている加速量・二倍速を遥かに超えた五倍速。

 それでようやく残像が見えて、ゼファーは直感的に後ろに跳んだ。

 五倍の時間加速に加えて足裏で焔を爆発、全力の跳躍を更に重ねる。

 

 それでも、逃げきれやしなかった。

 

 全スペックを完全に発揮したナイトブレイザーであったとしても、そのナイトブレイザーが十人居たとしても届かない、それほどまでに強い黄金のナイトブレイザーに。

 ゼファーの未熟なナイトブレイザーでは、届くはずがない。

 

「――いッ――」

 

 オーバーナイトブレイザーの蹴りがゼファーの腹に命中し、ゼファーを下方へと一直線に叩き落とす。彼はそうして、ビルの屋上に叩き付けられた。

 150m以上、40階建てのビル。

 ゼファーはそれを、空手家が瓦をそうするように、上から下へと貫いていく。

 一階分粉砕するごとに、避難が間に合わなかった人達の断末魔が響き、ゼファーは心と肉体に大きなダメージを受けて、ほんの僅かに減速し、されど止まらない。

 40階分の物質を破壊し、人を破壊し、それでもゼファは止まらない。

 下に向けて蹴り飛ばされた勢いのまま、地盤すら砕いて、水道管なども貫いて、地下深くへと埋められていく。

 

 オーバーナイトブレイザーに蹴り飛ばされたナイトブレイザーは、東京タワーを空き缶のように軽く潰せるくらいの勢いで、地に叩き付けられていた。

 否、地に埋められていた。

 

 ナイトブレイザーの落下地点を中心として、地表にクレーターが出来る。

 クレーターは広範囲に広がり、周囲の全ての無傷のビルさえ、巻き込むように倒壊させる。

 150m以上、40階建てのビルだった建物は中に居た人間ごと粉々に粉砕されてしまい、周囲のビルが倒れて行くのと合わせ、ゼファーを埋め立てる瓦礫の山と化していく。

 そうして、いくつものビルと、ビルの中に居た何百人という人間の命と引き換えに、ゼファーを埋め立てるコンクリートの山が出来上がるのだった。

 

「……」

 

 オーバーナイトブレイザーは何も語らない。

 ただひとつ、刻まれた目的を遂行するために、その場に背を向け、飛び去った。

 ゼファーのような空中跳躍ではない、本当に空を飛ぶという、ナイトブレイザーの完成された技能をもって。もっともっと、殺すために。

 

 瓦礫の山の下、ゼファーは意識を失っていた。

 自分より強い敵に勝ってきたゼファーが。

 針の先ほどの勝機があれば、自分の何倍も強いゴーレムを単独で打倒したこともある彼が。

 アースガルズ相手にも、一人で何手かはしのげていたゼファーが。

 限界を超えた時間加速を使った上で、真正面から、たった一撃で、敗れ去った。

 

 千の言葉よりも、万の戦いの描写よりも、それが雄弁に『オーバーナイトブレイザーの強さ』を証明していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場には誰も居ないと、ゼファーも、奏も、翼も思っていた。

 だが、事実は異なる。

 

「誰か……」

 

 立花響が、ツヴァイウィングがノイズと戦うドームの中に取り残されている。

 たった一人で、誰もいないドームの中で。

 彼女は小さな体で、座席と座席の間で身をかがめ、隠れていたのだ。

 小さな体では迷子になりやすいのと同じ。

 小さな体で身をかがめていたことが、二課スタッフの目に彼女の姿を映らなくさせてしまっていた。不運に不運が重なり、そこに更に不運が重なるという最悪の不幸。

 今日はおそらく、彼女の人生最悪の日の候補にノミネートされるだろう。

 

「……誰か……」

 

 響はノイズに聞こえないように小さな声で、それでも助けて欲しいから、どこかに届くようにと願いを込めて助けを求める。

 

「……たすけて」

 

 その声を、いつもならば聞き届けてくれる少年は、今は地の下に埋められていた。

 

 彼女の声を聞き届けた黄金のナイトブレイザーが、殺すために、一直線にツヴァイウィングと響が居るドームへと向かって飛んで来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いはまだ序幕。

 まだ始まったばかりであり、クライマックスもまだ遠い。

 役者でさえ、まだステージの上に全員上がったわけではない。

 

『ミス・フィーネ! こちらは突破されました! 被害状況報告!

 イガリマ、シュルシャガナ、グラムザンバーは被害ありません!

 ディアブロ、リリティアも損傷軽微です!』

 

「でしょうね。シンフォギアと修復が終わってない下位ゴーレムなら……

 破壊すらされず、歯牙にもかけられず、足止めも難しいとは思ってたもの」

 

 役者が全員揃うのは、序幕が終わったこの瞬間。

 

『上位三体全て、使用を許可した大統領の決断に感謝してくださいよ!』

 

「ええ、もちろんよ。米国国防長官殿」

 

 木に背を預けて、フィーネ・ルン・ヴァレリアは通信を切る。

 空を見上げ、彼女は思った。

 この前の大統領選で今の大統領に変わったのは、自分にとって幸運だったかもしれない、と。

 今の大統領には、打倒魔神にかける熱と決断力がある。

 前の大統領よりも反フィーネに近いのが問題だが、それでもロードブレイザーを倒すためにあらゆるリソースを使い潰す覚悟がある。

 米国のためではなく、世界のために戦える資質を持つ大統領だった。

 

「さあ、行きなさい。私の本命」

 

 だから彼女は、この手が打てた。

 この日この時このタイミングでこの手が打てた、この手が間に合った幸運に彼女は感謝する。

 

「『ルシファア』、『セト』、『アースガルズ』」

 

 フィーネの声に応え、どこからともかく三体のゴーレムが現れる。

 

 ルシファアと呼ばれたそれは、光と共に光の速度で空より現れた。

 セトと呼ばれたそれは、海の深淵より飛び出でて、水柱をバックに宙に立つ。

 アースガルズと呼ばれたそれは、地に着地すると同時に地を粉砕し、土を巻き上げる。

 

 三体のゴーレムは、フィーネの智を味方につけて、オーバーナイトブレイザーを包囲する。

 

「あの忌々しい黄金を、魔神の端末を殺せッ!

 この星が壊れない範囲なら、どれだけ全力を出そうが構わないッ!」

 

 序幕は終わり、戦いは中盤戦の始まりへと移行した。

 

 

 




・本作ではルシファア、セト、アースガルズという三体の上位ゴーレムが同格の戦闘能力を持つという設定でいきます。ご了承くださいませ
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