戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
今回出てるゴーレム達やオーバーナイトブレイザーとピンで肩並べられるメンツって、この作品の七章終了時点までで、死亡済貴種守護獣とロードブレイザーとあと一体しか居ないんですよね
三機のゴーレムとオーバーナイトブレイザーは、ほぼ一瞬で海上にまで移動していた。
ルシファア、セト、オーバーナイトブレイザーは空に浮かんでいる。
アースガルズは足回りに何らかの機能があるのだろうか、海の上に立っていた。
フィーネが街中での戦闘を嫌い、その誘導にオーバーナイトブレイザーが乗っかった形だ。
オーバーナイトブレイザーが気を遣った……ということは、絶対にない。
ほぼ確実に、"相手の策に乗った上で力で叩き潰し絶望させる"という目的だろう。
悪辣にもほどがある。
油断や慢心と捉える者も居るだろうが、これはそういうものではない。
『相手に絶望を与える』ということ自体が至上の目的であり、これはそのための最善手なのだ。
オーバーナイトブレイザーは、それの本体と言うべきものは、"そういうもの"なのだ。
「『灼熱の剣帝』ルシファア。
『深淵を統べる王』セト。
『神々の砦』アースガルズ」
フィーネの声と指揮に従い、ゴーレムがまた一段階ギアを上げた。
さて、ここで上位ゴーレムの性能の話でもしよう。
でなければ、戦闘で何がやっているか理解できているはずなのに、戦闘で何が行われているか理解できないという奇妙な現象が起きてしまうだろうから。
まずはルシファア。
F.I.S.にて科学的に分析された、ビーフェルド・ブラウン効果を生むイオノクラフト機構は、科学者が一部のギアへの転用を検討しているほどに、革新的技術で構成された飛行能力を成す。
現代人の持つ技術のはるか高みを行くイオノクラフト機構は、上位ゴーレムの次元違いの出力を用いて起動されることで、他機能の補助も加えて物質の持つ光速度の壁を容易に突破する。
すなわち、ルシファアのアクションは、その全てが『光速』なのだ。
アクションの全てが光速度と同速度。
しからばルシファアの視点において、時間は限りなく止まっているに等しい。
『大きなのっぽの古時計』と名付けられた聖遺物に搭載された機能と同じ系列の、時間干渉技術を発展させた光速戦闘能力。それの応用となる"擬似時間停止"。
それもまた、ルシファアに搭載された機能の一つである。
武器が光剣なのもそこに理由があった。
光速でぶつかれば、敵もルシファアも壊れてしまうのだ。
それでは速度を上げる意味が無い。
ルシファアのスペックは、物理攻撃という概念そのものが足を引っ張るレベルにまで達してしまっていたのである。このゴーレムの武器は、全て非物理兵装で構成されていた。
なので、光のエネルギーの刃。
それも零時間で数万回切ることも容易い光の速度、文字通りの光の刃というわけだ。
ルシファアが光なら、セトは闇。
セトは闇をエネルギーにする……と比喩で言われるが、その実、セトを動かしているのは光を捉えて離さない超重力の点、"ブラックホール"だ。
セトはブラックホールエンジンとブラックホール兵器を用いるゴーレムである。
質量が周囲に存在する限り、セトは限りなく無限に近いエネルギーを捻出できる。
それこそ、周囲にダークマターしかなかったとしても、だ。
その装備はほとんどがブラックホールの制御技術により成り立っている。
破壊力こそルシファアには及ばないが、火砲を中心とした総合的な遠距離火力ではルシファアよりも優秀な面もある、銀河とて容易に壊せる火力型ゴーレムである。
トータルバランスも悪くないため、ブラックホールパンチで格闘戦もこなせるほどだ。
アースガルズは言わずもがな。
その真価はゼファー達との戦いの中で終ぞ発揮されることはなかったが、アースガルズに搭載されている武装とシステムは、以前の戦いの中で明らかになったもので全てである。
だがそれでも、次元が違う能力の高さには変わりはない。
さて、以上がざっくりと概要をまとめた上位ゴーレム三体の性能だ。
これがオーバーナイトブレイザーほどの者と戦うこととなれば、どうなるか?
「殺れ」
フィーネの声と指揮に従い、ゴーレムは初手より全開で襲いかかる。
まずはルシファア。
この中で最も速く、最も近接戦を得意とする、光の剣士のゴーレムだ。
オーバーナイトブレイザーに接近し、光速の光剣を零時間内に連続で振るう。
時間を止めて数千回斬りつけるような攻撃を、かわせるわけがない―――なんて常識が通じる次元は、とっくのとうに通り過ぎている。
オーバーナイトブレイザーは、その連撃を片手の剣だけで捌き切った。
文字通りの光速の連撃。10億分の1秒間に複数回切るというスピードに、オーバーナイトブレイザーは苦もなくついて来るばかりか、片手だけでルシファアの連撃を捌き切っている。
それが"自分より速い敵がいればそれと同じ速度になる"という能力を与えられているのだと、フィーネによって理解されたその瞬間。
ルシファアと同速度になった上で、純粋に技量で上回ったオーバーナイトブレイザーの熱剣が、剣帝の卓越した防御の隙間を縫うようにその首元へ向かう。
だがその一撃は、ルシファアの首元に発生した対消滅バリアに受け止められる。
見れば、そこには両腕のバリア発生器をルシファアに向けているアースガルズの姿があった。
神々の砦の名に恥じぬファインプレー。
天羽奏のような例外が使う種類の、意味の分からない次元の技術でどうこうしなければ、アースガルズの鉄壁を力だけで抜くことなどできはしない。
「潰せ」
フィーネの怨嗟の声が続けば、ルシファアの後にセトが続く。
海上での戦闘開始からまだ千分の一秒も経っていない、けれどルシファアとオーバーナイトブレイザーは何万回も剣を打ち合った後という、そんな状況での次弾投入だ。
セトは重力場で空間を歪め、それを利用してこの光速戦闘に付いて行く。
重力は空間を縮める。ならばブラックホールを操れるセトが、その程度できないはずがない。
突き出されたセトの腕が、大型の銃器へと変わる。
そこから『ブラックホールバレット』と呼ばれる弾丸が、秒間一万という"遅すぎる"速度で放たれていく。これは大砲だ。連射力を犠牲にして、相応の火力を得た兵器であった。
一つ一つが地球を飲み込んで余りある特殊な圧縮ブラックホールが、オーバーナイトブレイザーの近くで次々と花開く。
ブラックホールバレットは、命中したら敵をブラックホールに飲み込んで、当たらなくても敵近くで炸裂してブラックホールを展開する畜生弾丸だ。
しかもセトは、重力に指向性を持たせ、概念的なターゲッティングを可能とするという意味の分からないレベルの機能まで搭載されていた。
かいつまんで言えば、セトは太陽系を飲み込むようなブラックホールを地表で発生させて、地球に傷一つ付けないという芸当が可能なのである。
その引力を一点に集中し、特定の対象だけを引き込むことが可能なのだ。
万単位のブラックホールバレットは、当然その全てがオーバーナイトブレイザーに向けられる。
ブラックホールの一つ一つが、オーバーナイトブレイザーに重力をもって干渉し、その動きを止めて引き寄せる。
ほんの、一瞬だけだったが。
オーバーナイトブレイザーが腕を一振りすれば、その腕から焔が放たれる。
ゼファーのそれよりも遥かに強い力を放つ、ネガティブフレアだ。
それが、ぶちんと"重力を焼き切った"。
未熟な使い手が扱うそれとは違い、本来の力を発揮した魔神の焔は、重力を焼くことなど造作もない。これは"そういう焔"だからだ。
放たれたネガティブフレアはブラックホールの全てを飲み込み、それを放ったセトまでもを飲み込―――まず。その焔は、すんでのところで阻まれる。
セトの前に立つ純白の機体。
アースガルズ。またしてもアースガルズだ。
セトとネガティブフレアの間に飛び込んで、両手連結のバリアで焔を防いだ様子。
こうまで速いカバーリングを可能としているのは、おそらく三機のCPUがデータリンクを行っているからだろう。だがそれを差し引いても、アースガルズのカバーは見事なものだった。
それも当然。
それは必然。
アースガルズは、先日の戦いで圧倒的な攻撃力と、圧倒的な自己防衛能力を見せつけ、ゼファー達を追い詰めた。
だがそれは、アースガルズの本来の強さではない。
アースガルズは敵を倒す力が最強なのではない。
アースガルズは己の身を守る最強なのではない。
アースガルズは、仲間を守る在り方の中でこそ最強なのだ。
こうしてオーバーナイトブレイザーが、ルシファアやセトを仕留められるチャンスをことごとくアースガルズに潰されているのを見れば、それがよく分かる。
守るべきもの、守るべき仲間が居てこそ初めて、アースガルズの強さは発揮されるのだ。
『砦』とは、そういうものである。
「壊せ」
フィーネの操る三位一体が、海上を蹂躙し黄金の騎士へと迫る。
それは神話の中にのみ語られる、神々と人が共に戦っていた時代の再現であった。
第二十三話:抗え、最後まで 3
風鳴翼にとって、今日は実験のことを抜きにしても大事な日であった。
ゼファーの恋に決着をつける。それが彼女の願いだった。
1%くらいはゼファーの告白が通る可能性だってあるし、だとか。
振られた後慰める言葉全然考えてないやどうしよう、だとか。
そんなことを考えていた翼にとって、今日のライブはまさに恋の桶狭間。
織田ゼファーによる今川奏への突撃を手助けしなければならないと、そう意気込んでいたのだ。
その結果がこれである。
(本当に、運が無い……!)
ドーム内部にノイズの群れ。
大型ノイズに中型ノイズに小型ノイズと、目眩がする数だ。
唯一まともに戦える翼に、広域攻撃がほとんどないというのも運が悪かった。
(奏はこの実験の邪魔になるからって理由で、LiNKERを使ってない。
適合係数が足りてない奏じゃ、ギアの出力を少し上げただけで死んでしまう……!)
翼は二刀を振るい、周囲のノイズを片っ端からなます切りにしていく。
左右から二体のノイズが突撃してくるが、翼は冷静に二刀の柄を接続。
それをノイズが衝突する寸前に頭上に掲げ、身を屈めた。
右のノイズは右側の刃に額を貫かれながら衝突し、刃を左に押し込む。
左のノイズは左側の刃に額を貫かれながら衝突し、刃を右に押し込む。
自身の力をほぼ使わずにノイズを片付けて、翼は奏の方を見た。
奏は広域攻撃を使わず、継戦重視で槍の物理攻撃のみで戦っている。
彼女に似合わない静かな戦い方が、なおさら不安要素を強調しているようで。
(このまま堅実に戦っているだけで、それだけでよかったなら!
こんなに悩まなくて済んだのに! 私達は、どうすれば……!?)
翼の胸中には焦りがあった。
理由は一つ。
二課本部から届いた三つの情報、"ゼファーの敗北"、"街の惨状"、"オーバーナイトブレイザーの強さ"。その三つの最悪を知ってしまったからだ。
その二課本部も、マンパワーの問題で処理能力がパンクしてしまっているのか、通信が繋がらない。そもそも、会場の地下で起きた謎の爆発は何なのか。
風鳴弦十郎、櫻井了子といったメンツと通信が繋がらないのは何故なのか。
通信で呼びかけても応えないゼファーが、その焦りを加速させる。
今、ドームの中に居るノイズだけでも手一杯だというのに、外には更に敵が居る。
加えて現在、ゼファーが敗北、奏がLiNKER切れに陥ってしまっているということは、満足に戦えるのは風鳴翼一人だけなのだ。
それが彼女の動揺を加速させてしまう。だが、その動揺は一つの思考によってかき消された。
(こんな時、ゼファーなら、どうする?)
翼は友の姿を思い浮かべる。
すると彼女の耳に、「まずは――」と声が聞こえた……ような、気がした。
ゼファーとの通信はいまだ繋がっていない。
されど、今日まで紡いできた絆はいつだって繋がっている。
ここで彼女が"ゼファーならどうする"と思考したことは、間違いなく正解だった。
正解であり、同時に成長でもあった。
深呼吸して、翼は心を落ち着ける。
(まずは言われたことをする)
両の手の指の間に、短刀サイズのアームドギアを三本づつ、合計六本形成。
それを周囲のノイズに六本同時に投擲し、再度形成、再度投擲を繰り返す。
ドームの金属板にズドンと刺さる威力の短刀が、次から次へと投げつけられていく。
それをぶつけられたノイズ達は、片っ端から炭の塊へと変えられていった。
(この状況なら、この選択は間違っていないはず……
落ち着け、私。ドームの外の広場にはまだ沢山の人が居る。
その人達の避難が終わる前にこのノイズ達を自由にさせたら、それこそ大惨事)
長刀をノイズに突き刺し、ノイズを鞘として剣技『早撃ち』の抜刀術を発動。
ノイズを鞘にした抜刀術で別のノイズに刀を刺し込み、そのノイズをさらに鞘と見立てた早撃ちの連撃。広域攻撃を持たない翼は、こうしてひたすらに早く敵を切り刻んでいくしかない。
それでも確実に、ノイズの数は減っていく。
(それに)
不安はある。恐怖もある。焦燥もある。
だがそれに呑まれることなく、翼はまた一閃、また一閃と剣を振るう。
刺突に纏わせた蒼ノ一閃で大型ノイズを貫いて、翼は息を整えた。
(ゼファーは一度や二度の敗北ごときで、折れる人じゃない!
焦って投げやりにさえならなければ、諦めず戦い続ければ、きっと……!)
そして手を地に、足を天に向ける逆羅刹にてノイズの集団に突っ込んで行く。
周囲の全てに攻撃しつつ敵に突っ込んでいけるという、格闘ゲームなら対処のしようがない奥義をもって、彼女は彼女の全力を尽くした戦いを再開した。
そんな翼を見て、奏は歌の合間にかけようとしていた言葉を心の中で投げ捨てた。
(おっ? あたしが声かけるまでもなく、クールになって来たな)
翼を気遣わなくてもよくなったのは、奏にとってもこれ以上ない朗報だった。
LiNKERを全く使用していない奏の状態は、それもほどまでに悪かったのだ。
ギアの重量が重い。
ギアの耐久が脆い。
ギアの反応が鈍い。
何をやろうとしても、体とギアの両方がついて来ないのだ。
気分は徐々に悪くなり、息は切れ、どっと出る汗と痛みがじわりじわりと全身を包んでいく。
初めてシンフォギアを纏ってノイズと戦い、シンフォギアがエラーを吐いたあの時ほどではないが、それでも状態はかなり悪かった。
(……どの道、長くは戦えないか)
エクスドライブ時はゴーレムの攻撃を受け止め、通常時でも大型ノイズの攻撃を余裕で受け止めるシンフォギアの装甲が、小型ノイズの攻撃がかすっただけで粉砕される。
総合的・瞬間的なパワーと爆発力が売りのガングニールが、大型ノイズを一撃で仕留められるだけの火力を吐き出せない。
ペースを考えつつ、ギアの出力を極限まで抑え、ゼファーの指示通りにノイズの足止めに徹している奏。しかし、今の彼女はそれですら『無理』の範疇に入ってしまうようだ。
(しっかし、外は一体どうなってんだ?)
角砂糖で出来た体でボクシングのリングに上がっているような、無茶に無茶を重ねている奏。
その思考は翼と同じように、しかし翼のように焦りに転じない程度の塩梅で、会場の外側の人々やゼファーに向いていた。
彼女の獣じみた直感に走る、嫌な予感が止まらない。
最悪を予想する奏だが、会場の外側の状況は、彼女の予想をはるかに超えた最悪だった。
燃える。
燃え落ちる。
燃え尽きる。
焔に蹂躙される街を、緒川慎次は呆然と見つめていた。
「なんて、なんてことを……!」
オーバーナイトブレイザーは、ネガティブフレアを街にばら撒いた。
空間、時間、概念、不死、宇宙すらも焼き尽くす焔を、最大限に攻撃的にして。
すると、どうなるか?
焔はビルを焼き、倒壊させる。
焔は近くを走っていた人間に反応し、自ら弾けて飛沫を飛ばし焼殺する。
焔が地面を走って広がる。ビルの下から上まで焔が駆け上がり、ビルの倒壊と同時に、瓦礫と共に焔が雨のように広範囲に降り注ぐ。
風に乗って燃え広がり、壊れていくものの破片に乗って飛び散り更に燃え広がり。それらが無くとも、自らの意識があるように、焔はありとあらゆるものを這って燃え広がっていく。
「来るなァー!」
「あづい……あづ……あ……あ゛……」
「痛いよ、痛いよ、痛いよ、痛いよ、誰か助けてよ……」
「邪魔だどけッ!」
車に乗って逃げようとした男が居た。
命の天敵である焔は、車が発進した後から動いて追いつき、車ごと男を焼き尽くす。
子を庇い、抱きしめる母親が居た。
焔は無慈悲に、「一緒に逝かせてやるだけ有情だろう?」と言わんばかりに、共に焼き尽くす。
恐れからか、焦った青年が少女を押しのけて逃げる。
押された少女は焔に体を突っ込ませてしまい、ほぼ一瞬で燃え尽きてしまった。
十人ほどの集団が、逃げる最中に一人に足をかけて転ばせ、追って来る焔への囮とする。
転ばされた一人は、自分を生贄にした仲間達へ助けを求める声と怨嗟の声を吐きながら、仲間達の背中に向かって手を伸ばしたところで、燃え尽きてしまった。
「これが……ゼファーさんの善意の制御が無く、人を襲うように命じられた焔……!?」
緒川は驚愕の声を上げる。
"人を殺すため"に使われているネガティブフレアを見て、緒川はようやく、ゼファーが"どういうもの"を抑え込んでいたのか。それがどれほどの偉業であったのかを、理解した。
一度着火してしまえば、人間に死以外の未来は許されない。
一瞬で燃え尽きてしまう者も居る。燃え尽きるまでの僅かな時間に走り回って、悲鳴を上げながら焔を周囲にバラまいてしまう者も居る。悲惨な断末魔を上げながら燃えている人間も居る。
命を感知すると同時に襲いかかって行く、悪意の焔。
どんな手段でも消すことが出来ない絶望の焔。
(ゼファーさんは、こんなものを、いつも抑えて……
彼に制御されていないネガティブフレアが、これほどまでに恐ろしいとは……!)
焔は人を煽るように、加虐的に動く。
人の集団があれば、その集団が囮のための生贄を差し出す時間を与えるために、ゆっくりと。
車やバイクで逃げる人間が居れば、周囲の見ている人間を絶望させるために風より疾く。
逃げる子供が居れば、先回りして道を塞ぎ、囲んでからゆっくりと焼く。
子供と親が並んでいれば子供を優先し、親の前で焼き殺すこともある。
恋人の片方だけを焼き殺し、片方をその場は見逃して、後で殺そうとすることも。
その焔は、途方も無い『悪意』に満ちていた。
まるで『人と人を争わせる、人に絶望を与える』ことを目的としているかのようだ。
それでいて、焔自体の特性が恐ろしすぎるために、死者の増加が止まらない。
人間をいたぶるために露骨に見逃すなどの行為を行っているはずなのに、そんなことをすれば死者の増加はゆっくりになるはずなのに。
黄金のナイトブレイザーが街を焼いてから五分ほどで、既に死者の総数は一万人を超えていた。
「不味い……これは全力で手を尽くさなければ、死者五桁では収まらない!」
緒川が走り、ありとあらゆる忍術を駆使して、人々の命を助けて回る。
その隠密に特化した動きとスピードは、常人の視界に映るような並大抵のものではなかったが、彼は雑さの欠片もない丁寧さで人々を助けて回る。
取り残された人を抱え、焔を飛び越え、安全な場所まで運ぶ。
車を壁にして積み上げて、焔を食い止める防壁にする。
焔が少なく、かつ風上である方向へと人々を誘導する。
緒川は自分が人々を避難させるために動かなければ、最終的に至ってしまうであろう大惨事が見えていた。だからこそ、ここを離れられない。
一課も二課も人員に余裕が無い上に、二課に至っては指揮系統が完全に麻痺してしまっている。
加え、緒川視点ではこの焔の異常性が常人よりも更によく見えてしまっていた。
彼が投げた短刀が影に刺さり、焔の影を縫ってその動きをピタッと止める。
影縫いが効いた。……効いてしまった。
炎に影ができるわけがない。当然、影縫いが効くわけもない。
その"異常さ"が、緒川にこの災厄へ対向する手段を気付かせると共に、この焔の異常さをまざまざと見せつける。
その非現実感が、街のいたるところで響き渡る断末魔と相まって、彼の心を揺らがすのだ。
「まるで、悪夢ッ……!」
光を放ち影を持ち、生き物のようにうねり、水をかけても消えない焔。
命を狙って襲い掛かるという特性も、一度触れれば死ぬしかないという特性も、本当にどうしようもない。どうにかする手段がない。
どうにかする方法があると仮定するならば、仮定できる予想はただひとつ。
この焔を放った、あの黄金のナイトブレイザーを倒すこと。でなければこの災厄は止まらない。
海上の戦いは激化する。
オーバーナイトブレイザーの焔の焼夷弾が、世界を引き裂いてゴーレムへと降り注いだ。
雲が燃え、海が油のように燃料にされ、大気が加速度的に燃え尽きていく。
ゴーレム達の視界には、世界が黒く欠けて行っているようにすら見える。
それは、空間さえも燃え尽きているからだ。
燃え尽きた空間を光が通ることができず、結果的にそこが黒く欠落しているように見えるのだ。
その攻撃ですらも、アースガルズは防ぎきってみせた。
神々の砦は灼光の剣帝と深淵を統べる王を背に隠し、守る。守り続ける。
他者を守る時、アースガルズは何にも勝る至高の盾となるのだ。
そして三体のゴーレムは、反撃に移る。
ここでまず動いたのは、セトだった。
ブラックホールバレットを乱射し、戦域全てを埋め尽くすように黒い穴を空けまくる。
それだけならばこれまでと同じ、オーバーナイトブレイザーには通用しないそよ風のような攻撃でしかないが、これの目的は攻撃ではない。
セトはそれと並行し、ブラックホールを無色化。
更に無色化したブラックホールの対になるものを生成、同様に戦域全てにばら撒いた。
ブラックホールの対……つまり、ホワイトホールを、だ。
この瞬間、この戦域には重力場の全てがセトの支配下に置かれたブラックホールとホワイトホール、それを繋ぐワームホールが形成される。
つまり事実上、三体のゴーレムは無制限の瞬間移動が可能となったのだ。
「―――」
オーバーナイトブレイザーが剣を振り下ろそうとすると、目の前からルシファアが消え、いきなり背後から現れたルシファアが斬りつけてくる。
焔で隙を突いて攻めようとしても、アースガルズが瞬時に割り込んで来る。
瞬間移動を繰り返し、360°様々な方向からブラックホールバレットを撃ち込んで来るセトもすぐに脅威にはならないが、鬱陶しく嫌らしい手を選んでくる攻め手であった。
ルシファアは剣を収め、今は反粒子から生まれる光のエネルギーを収束した銃器、フォトンボウガンなる光のボウガンを構える。
セトはブラックホールを蒸発させ、発生させたエネルギーを膨大な熱の塊へと変換させ、聖書に語られる『メギドの火』を擬似的に再現した炎弾を形成。
アースガルズは対消滅バリアを球状、板状にして空中に浮遊させる。
そして三体同時に、ありったけの火力をオーバーナイトブレイザーへと叩きつけた。
「……硬いな」
だが、フィーネは渋い顔だ。
これだけの火力で倒せない者など居ない。常識的に考えればそうだ。
しかしこの敵は、常識では測れない。
「贋作にして端末で、この強さか」
攻撃の余波で生まれた爆炎の中から、オーバーナイトブレイザーが飛び出して来た。
対消滅バリアを攻撃に使うアースガルズ。
ブラックホールを万発単位で撃つセト。
その両者の火力を足してもその上を行くほどの攻撃力を持つルシファア。
これだけの火力を注いでも倒せないのかと、人間ならば一瞬の隙が生まれそうなものだが、生憎先史の勇者ヴァージニアによって鍛えられたルシファアのAIに、そんな弱点はない。
たった一瞬、されど一瞬。
たった一度、たった一閃のみ使える必殺の剣閃を、ルシファアは距離を詰めて撃ち放った。
灼光の剣帝の一閃が、『光速を超える』。
わずか一瞬ではあるが、光速を超えた一閃は相対性理論に基づき"時間遡行"を行い、数秒前のオーバーナイトブレイザーを切断する魔剣と化す。
数秒前には放たれていない斬撃を数秒前に放つ魔技。ゆえに防御も回避も不可能。
そして斬撃が成立した時点で、"数秒前に敵は両断されていた"という事実が現実を置き換える。
一度の戦闘で一度しか使えない、ルシファアの奥の手がこれであった。
それを無造作に、光の剣ごとオーバーナイトブレイザーは焼き尽くす。
時間遡行? 時間ですら焼き尽くす魔神の焔に、そんなものが通じるわけがない。
未熟なゼファーならまだしも、この完成形の騎士にそんなものが効くわけがないのだ。
第一、こんなものは先史の時代にとうに試されている。
先史の時代の大戦争の時に、"当たった対象の時間を遡り、その対象が生まれた瞬間にその対象の存在そのものを消す"という兵器が焔の災厄にぶつけられたが、結局効きはしなかった。
ネガティブフレアを使いこなす者に、時間干渉攻撃は通じない。
「セト」
攻撃直後の隙を突かれそうになったルシファアを、間に割って入ったアースガルズが守り、フィーネの指示で動いたセトがそのタイミングで攻めに行く。
セトが起動し攻撃に使ったのは、イービル・クェーサー・システム。
これはブラックホールの生成システムと巻き込んだ質量を用いて、敵を押し包むように小規模の銀河を発生させて敵を飲み込み、重力場でねじ切るという必殺技だ。
その攻撃の過程がまるでクェーサーのように見えた、そんな名前の由来を持つ必殺の攻撃システム……だったのだが、オーバーナイトブレイザーの動きをほんの一瞬止めただけで、焼き尽くされてしまう。
一瞬という値千金の時間を稼いだことで、なんとかルシファアとアースガルズをオーバーナイトブレイザーの攻撃圏内から逃がすことが出来たが、フィーネは舌打ちするしかない。
「チッ」
さっきから、ずっとこうだ。
オーバーナイトブレイザーにより完全に制御されたネガティブフレアは、フィーネの記憶の中のロードブレイザーには及ばぬものの、十分な脅威。
どんな技で攻めても焔だけでしのがれて、どんな手数で攻めても焔だけで防がれて、どのタイミングでも焔によって一撃でやられてしまう可能性が付きまとう。
攻防ともに、オーバーナイトブレイザーのネガティブフレアは反則過ぎる性能であった。
そして、脅威なのは焔だけではない。
また始まったルシファアとオーバーナイトブレイザーの光速戦闘。
この速度でぶつかれば共に身体が崩壊するのは目に見えている。
なればこそ、ルシファアは粒子を収束した"ビームフェンサー"、オーバーナイトブレイザーは粒子を圧縮した"ナイトフェンサー"を振るい、互いに剣戦闘に甘んじているのだ。
少なくとも、ルシファアの方はそう思っていた。
オーバーナイトブレイザーに、顔面を蹴り飛ばされるまでは。
奇跡的に間に合い、ルシファアの顔の前に張られた複数の対消滅バリアが砕かれる。
その上で止まらない蹴りがルシファアの首をゴキッと鳴らし、ルシファアの身体を何千回転もさせながら、水平線に向かって吹っ飛ばした。
ルシファアはアースガルズのお陰で一撃死こそ免れたが、流石に機体にダメージが溜まってきたようで、セトのワームホールで戻って来てからも動きにキレがない。
光速でぶつかり合ったのだ。
オーバーナイトブレイザーの足もただではすまないだろう……と、思いきや。
その足には、傷一つ付いていなかった。
光速で他の物質とぶつかり合ったというのに、その足は明らかに健在だったのだ。
ルシファアもオーバーナイトブレイザーも、単純な加速で光速度に達しているわけではない。
あくまで擬似的・概念的という言葉が頭に付いた上での光速だ。
だから地表に衝撃波等の被害は出ないし、いくつかの物理法則の制約は突破している。
けれども、限りなく本物の光速に近い性質を持つ概念的擬似光速であることに変わりはない。
物質は、光速に達すれば質量、エネルギーが無限となる。
ルシファアとオーバーナイトブレイザーも、限りなくそれに近い状態であった。
つまりだ。
オーバーナイトブレイザーは最悪の場合、無限のエネルギー+無限の質量で殴ったとしても、一発殴っただけでは倒せないかもしれないほどの耐久力を持つ、ということ。
あくまでこの戦闘を見ていたフィーネの推測、ではあるが。
(……いや、ダメージは有る)
そしてフィーネは分析の深度を更に深め、オーバーナイトブレイザーがルシファアを蹴るために使った足の動きが悪いことを見抜いていた。
ダメージはあったのだ。ならば、耐久力も無限ではない。まだ勝機は、残ってくれている。
アースガルズのバリアが、ルシファアとオーバーナイトブレイザー双方のダメージを減らしたのかもしれないという推論に至り、フィーネの分析は更に進められていく。
オーバーナイトブレイザーは、現代の地球人の科学力における概念の中なら、「無限の質量攻撃にも耐えられる無限の耐久力」という結論が出る、そんな防御力かもしれない。
だが先史文明の知識をもって分析すれば、「倒す方法が存在する有限の耐久力」と見破ることが出来るかもしれない。そう思い、そう信じ、フィーネは分析を進めに進めていく。
彼女は絶対に諦めない。
数千年ずっと諦めず、今日まで歩み続けてきたのだ。
「必ず、殺すッ!」
ルシファアがビームフェンサーを100mサイズにまで巨大化させ、光速で振るう。
セトがブラック&ホワイトホールで作り上げたワームホールを通して、ブラックホールバレットを360°全てからの包囲弾として発射する。
アースガルズが対消滅バリアを張りつつ、オーバーナイトブレイザーに突撃する。
フィーネの殺意に応えるかのように、三機のゴーレムは更に苛烈に敵を攻め立て始めた。
海上の戦いをよそに、街中に地獄が広がって行く。
一課の人間や、二課の現場警備にあたっていた人間は街の中で避難誘導を行っていたが、右を見ても左を見ても炎の海だ。
燃え尽きていく人達、それを燃やす異様な炎を見て、一課所属の数人は常識的な対応をする。
否、常識的な対応をしてしまう。
「おい水だ! 水持って来い!」
「バケツ持って来たぞ!」
「よし、かけろ!」
一課の上司からの指示に従い、部下がバケツを持って来る。
だが、バケツ一杯に溜めた水をネガティブフレアにぶっかけたその瞬間、悲劇は起きた。
水が焔に触れた瞬間、弾ける。
まるで煮えたぎった油の中に水を放り込んだ時のように、ド派手に弾ける。
そして弾けた水には当然、魔神の焔が付着していた。
「い゛―――ああああああッ!?」
ある者は恐怖を伝搬させるために一瞬で燃え尽き、ある者はじっくりと焼かれ、ある者は長々と悲鳴を上げながら、ある者は肺の中から内蔵だけを焼かれて果てる。
水をかけられれば、水をかけた人間を灰にする。
これもまた、オーバーナイトブレイザーのネガティブフレアが持つ悪辣な特性だった。
その場の一課の人間は全滅し、数分後、定時連絡がないことを理由に、一課の指揮を執る林田がその死を認識する。
「……くそっ、またか!」
前線にて人々を助けようとしている一課と二課のメンバーが、対ノイズと比較しても段違いなスピードで、信じられないような速度で死に続けている。
まるで、"人を助ける者から潰せ"という悪意が、焔を動かしているかのようだ。
こうまで生物的に動いているのを見ると、それもありえるかもしれないと、林田は唸る。
一課の指揮車に届く通信は全て、この街のどこかで行われている会話の一部であり、現場から伝えられる絶望の数々だった。
「土のう、効果ありません! 止められません! 密封しても無駄で―――うわぁぁぁっ!」
「推定死者数二万! センサーまでもが燃やされていて、これ以後は正確な数字が出せません!」
「この炎、直接的に人を殺すだけじゃなく、別の目的、ッ、ァ、―――」
「炎に追い詰められた住民が暴走を始めています! 増援を!」
「……隊長、今日まで、ありがとうございました……人助けの中で死ねて、自分は……」
「モノレール路線、倒壊しました! 指示を!」
「いくつかの避難所とシェルター内部に炎が侵入したとの通報が! 次の避難場所をッ!」
ライブ会場での完全聖遺物の暴走に人員を持って行かれた二課とは違い、万全の状態と人員を揃えているはずの一課ですら、この有り様。
後手後手に対応することが精一杯であり、根本的に事態をどうこう出来るだけのアクションを起こせない。それどころか、気を抜けばすぐにでも皆殺しにされてしまいそうだ。
「……! 止めろ!」
そんな指揮車が走っていると、取り残された父娘が林田の目に入る。
すぐ後ろには炎が燃えて、娘を抱えた父親がその娘を傷付けまいと必死に走っている。
短距離走か持久走の心得でもあるのだろうか。
その走り方はしっかりとしていて、子供一人抱えているというのに実に速い。
「こっちだ! 急げッ!」
林田の声に応え、停車したした一課の指揮車に向かって、父親は更に加速する。
(……間に合うかっ!?)
父親のすぐ後ろにまで迫っている炎は、タイミングを間違えれば一課の指揮車ごと飲み込むだろう。間に合うか間に合わないか、かなり微妙なラインだった。
林田の思考に、ふと恐ろしい考えが浮かぶ。
"もしかして、この炎は、この父親を餌に自分達をここに留めているのでは?"と。
見れば、父親を追う炎のスピードはかなり遅い。
車にだって追いつける速度の炎が人の足に追いつけないはずがない。
ならば、この炎は父娘をいたぶるのを楽しみながら、父娘を助けるために逃げずに留まっている林田達を逃さないために、わざと速度を緩めているのではないだろうか?
林田のこれは推論にすぎない。だが、真実だった。
推論が生む不安を振り払い、林田は父娘を助けて焔も振り切るという奇跡を諦めず、命をかけて父娘を助けるがためにその場に留まる。
彼は人の命を助けるためにこの仕事に就いた。家族に誇れる、そんな仕事だ。
ならば目の前の、父を持つ娘を、娘を持つ父を、見捨てられるわけがない。
「この手を掴め!」
林田が車の中から手を伸ばす。
父親が背後に迫る炎と共に、車に乗り込――
「この子を頼む」
「!? 待てッ、早ま―――」
――む、ことはなく。父親は、娘を林田に押し付けて、車のドアを閉める。
そして背後に迫る焔に向かって、その身を投げた。
この父親は、ここまで逃げてくる道筋の中で、仲間を囮にする人間の醜い行動を見た。
囮になる人間が居れば、その人間に群がり、他の人間を一時的に見逃してくれるという、焔の性質を見ていた。
だから、この選択を選ぶことが出来る。
「パパッー!」
娘を守るために、選ぶことが出来る。
(ふざけるなよ……父親が、娘の前で……ッ!)
娘の命のために、命を投げ出し燃え落ちていく父親。
それは一人娘を持つ林田という男にとって、ヒビが入るほどに歯を強く噛み締めてしまうくらいに、怒りと尊敬が混ざった感情を噴出させるものだった。
「パパ、パパが!」
「車を出せッ!」
「はいッ!」
間を置かず、林田は指揮車を発進させる。
林田が後ろを振り返れば、まるで「娘の目の前で父親を殺したから満足」と言わんばかりに、燃え盛る炎が父親の死体にたかっている。
それは糞にたかる蝿のようであり、死人にたかる死神のようでもあった。
「降ろして! 私は、パパを――」
「ダメだ。君を降ろすわけにはいかない」
暴れる娘を取り押さえ、林田は少女を最後部座席へ続くドアの向こうに閉じ込める。
感情をできる限り出さないようにして、平坦な語調を心がけ、あの父親が命がけでこの世に残したものを、守ろうとする。
「恨むなら、私を恨め」
心の痛みを抑え込み、林田はまた一課のメンバーの指揮に戻った。
その後しばらくして、二課の天戸と甲斐名が廃線レールを利用して、数万人の避難民を逃したのと引き換えに瀕死の重傷を負い、意識不明の重態という連絡が入る。
一課も二課もガタガタだ。
組織力だけでは、もうどうにもならない。
この現実を変えてくれるほどの、特別で決定的な個人が必要だった。
海上の戦いも、終わりを迎える。
オーバーナイトブレイザーが指先より、焔を圧縮したレーザーを解き放つ。
もはやここまでと、最後に残ったアースガルズもテレポートジェムを起動して、破壊される前に戦場を離脱する。
アースガルズに先んじて負けたルシファア、セトも既にテレポートジェムにて破壊される直前に離脱しており、いまや海上にはオーバーナイトブレイザーのみ。
邪魔者が居なくなったのを確認し、黄金の騎士は悠々とライブ会場への移動を再開した。
「……」
位相調整隠密機能『ウィザードリィステルス』でオーバーナイトブレイザーから姿を隠し、ゴーレム達を指揮していたフィーネがすっと現れる。
彼女は聖遺物・神獣鏡のシンフォギア、紫色のギアをその身に纏っていた。
先日、アースガルズを回収した時と同じように。
フィーネのこのギアは、F.I.S.の研究成果である聖遺物の機械的起動・機械的制御技術によって起動しているため、稼働に歌を必要としない。
そのためフォニックゲインの外付けバッテリーが必要、性能はミソッカスで戦闘はまず不可能、とダメダメな要素を並べればいくらでも並べられる欠陥品だ。
フィーネも今週中には元のシンフォギアに戻す予定である。
だが、それを差し引いても『空を飛べる』『姿を消せる』『エネルギーの大小に関係なく聖遺物由来のエネルギーをゼロに出来る』という他のギアにはない特性が光る。
フォニックゲインを意識的に扱える、フィーネや適合者でないと扱えないというのも難点だが……暗躍するには、この上なく向いていた。
彼女はこれを着ていないスタイルの方が強いので、本当に暗躍専用である。
そしてオーバーナイトブレイザーの動きを視認しつつ、ゴーレム達に指示を出すという役目が終わった今、彼女がこれを着続ける理由はない。
フィーネ・ルン・ヴァレリアは、完膚なきまでに敗北したのだ。
「……ッ!」
地面を蹴る。
千載一遇のチャンスだったというのに、掴み取れなかった。
策に策を重ねて、力ずくでそれをぶち抜かれた形。
ルシファア、セト、アースガルズは戦闘能力を損なうような破損こそ避けたものの、自己再生能力で完治するまでにはそこそこの時間がかかるだろう。
フィーネには今、切れる札がほとんど無い。
「理想的に物事が運んで、これかッ!」
フィーネが苛立つのも無理はない。
今日以上の好条件で戦えることなど、滅多にないはずだ。
このチャンスを逃してしまったことが、あまりにも痛すぎる。
フィーネは心落ち着けるため、深呼吸。また一度深呼吸。もう一度深呼吸。
そうして、冷静に頭を回し始めた。
「……いや、十分にダメージは与えた」
まだ、何も終わってはいない。
数千年、一万年近く諦めずに生きてきたのだ。
今更諦めるだなんて、そんな選択肢を選べるはずがない。
「もう一手。あと一手あれば」
フィーネは立ち上がる。
全てが終わった後に効く一手を、"最後の後"に打てる一手を講じて企む。
まだ何も、終わってはいない。
響は身を屈めたまま、ドームの中の戦いを覗いていた。
ノイズに居場所がバレないように、という思考は人間相手にも有効で、翼と奏の認識からも響は隠れおおせてしまう。
彼女の視線の先で、風鳴翼と天羽奏は、戦場の歌を歌い続けていた。
《《 》》
《 君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ 》
《《 》》
(歌だ)
歌いながら戦う。歌いながら武器を振るう。
必然的に二人の動きのリズムも、敵を倒すタイミングも、曲の調子と同テンポだ。
だからだろうか。響はそれが、ライブの延長のようにすら見えた。
ノイズも、奏でられる曲も、戦場という舞台も、ツヴァイウィングを引き立てるための添え物でしかないようにすら見えてきた。
(戦いの中で、歌を歌ってる……)
それほどまでに、その瞬間、ツヴァイウィングは輝いていた。
(……綺麗……)
響はツヴァイウィングが平和の中で歌う歌に魅せられた。
そして今また、ツヴァイウィングが戦場で歌う歌に魅せられている。
何故か? それはこの二人が、己の全てを歌に込めて歌っているからだ。
この二人が、そんな歌を歌えるという、稀有な資質を持っていたからだ。
天羽奏と風鳴翼。二人の歌には、血が流れている。
「!」
だが、片方の歌が途切れてしまう。
響がそちらを見れば、天羽奏の方が歌を途切れさせ、力なく槍を地面に突き刺している。
見るからに限界、といった様子だ。
「時限式はここまでかよ……!」
"時限式"という言葉が何を意味するのか、響には分からない。
だがオレンジ色の髪のその人が戦えなくなったというのは、なんとなく分かった。
大気を伝って届いていた歌の輝きが、ほんの少しだけ、色褪せたように感じたからだ。
大きなノイズが、天羽奏に向かって口を開けて、そして―――
どこもかしこも絶望だらけ。
聖遺物使い達は脱落しかかっていて、人を守る大人達は次から次へと燃え尽きていく。
力無き人々は一方的に灰にされ、人の生きる世界は踏み躙られていく。
そんな過酷な現実の中。
戦場のいたるところで、男達が、気合いを見せた。
―――放り投げられたジュラルミンケースが、奏の前に落ちる。
「そいつを使うんだ!」
奏が、翼が、響が声がした方を向く。
一人の青年が、服も頭も血まみれな状態で、脇を抑えてそこに立っていた。
「藤尭さん!?」
「藤尭のあんちゃん!?」
「その中には! ……あづづづ、LiNKERが、入ってる!」
「!」
怪我で立っているのもキツいのか、壁に背を預けてずるずると落ちて尻もちをつきつつ、朔也は奏に向かって吠える。
奏が飛びついてケースを開けると、そこには錠剤のLiNKERと液体のLiNKER。
投与から効果が現れるまでの時間、肉体への負荷、満足に戦える時間の限界を考えて、奏は液体のLiNKERを注射した。
そして至近距離にまで迫っていたノイズ達に向かって、槍を一振り。
槍先から空間を削り取る竜巻を生む技『LAST∞METEOR』にて、迫り来る敵を一掃した。
「サンキュー! へへっ、あたしら四人も、チームとして随分息が合って来たなッ!」
「そりゃ、よかった……」
親指を立ててニカっと笑う奏に、息も絶え絶えに朔也は親指を立てて返す。
怪我が原因か、それとも出血が原因か、朔也は顔色もかなり悪い。
相当無理をしてLiNKERを届けてくれたようだ。
早めに事態を終結させて、病院に連れて行かないとマズいかもしれない。
「行くぞ翼! この観客どもに、あたし達のライブを見せてやろうぜ!」
「ええ!」
なんにせよ、これで形勢は逆転した。
彼女の思考に、ドーム内のノイズを全滅させる未来図が見えて来る。
その先、ドーム外の敵へと戦いを挑んで街を救うという未来図もだ。
だが今は、目の前の敵を片付ける。
「ぶっ飛ばすッ!」
この場に槍と剣を携えた唯一の少女達が、雑音に向けて牙を剥いた。
風鳴弦十郎は、戦いも終盤に差し掛かろうというタイミングでようやく、目を覚ました。
「ん、ぐ……!」
「! 司令、起きましたか!」
弦十郎が目を開くと、そこには彼の目覚めを喜ぶ土場の姿。
体の節々が痛み、身体を起こすのも億劫な中、弦十郎はおぼろげな記憶を掘り返す。
(そうだ……ネフシュタンが暴走して……
俺は皆を守るために前に出て、発勁で爆発の威力を受け止めて……)
「無理はしないでください! 完全聖遺物のエネルギーをモロに食らったんですよ!」
「……そうだったな」
弦十郎はネフシュタンが暴走して爆発した時、研究員やオペレーター達を庇うように前に出て、その爆発の威力のほとんどを体で受け止めたのだ。
指向性がないとはいえ、完全聖遺物のエネルギー。
弦十郎の体内に残されたダメージは、かなり深刻なものだろう。
彼は仲間の命を守ることと引き換えに、立ち上がることも出来ないほどのダメージを食らってしまっていた。
「土場、状況は? 了子くんはどうした?」
「……ライブ会場地下に居た二課の人員は、半数が死にました。
残る半分も軽傷、重傷、重体……ほぼ全員が怪我をしています。
櫻井女史、藤尭君は上に上がって、事態の収拾にあたっています」
「ネフシュタンが暴走した、というだけではないのか?」
「ノイズ、ゴーレム、及び黄金のナイトブレイザーの出現が確認されているようです。
最悪なことに、全て仮想敵対勢力であり、ゼファー君が既にやられているとのこと」
「ッ!」
「司令!」
立ち上がり、駆け出そうとする弦十郎だが、変えられるのは表情だけで立ち上がれもしない。
そんな弦十郎を抑えつけ、土場が安静にさせようとする。
「司令、土場君にあまり無茶させないでください」
「その声、あおい君か? 君も、無事だったのか」
「無事、ではありませんけどね。ともかく、土場君にも無理はさせないでください。
この実験室で瓦礫に埋もれていたり、怪我をしていた私達。
そんな私達を助けてくれたのは、土場君なんですよ?
本人もアバラが折れてたっていうのに、無理して頑張ってくれたんです」
弦十郎が顔を横に向ければ、そこには頭に包帯をグルグル巻きにした友里あおいが、顔色悪いままにコンピューターを操作している。
あおいは土場が、アバラが折れた状態で、実験の失敗に巻き込まれた面々を助け出し手当てまでしていたのだと、そう言った。
よく見れば、土場の顔色もかなり悪い。ほぼ土気色だ。
「土場、お前……」
「今は人手が要るんですよ、司令。
藤尭君は子供達の所に向かいました。了子さんもおそらくそうでしょう。
私が助けた他の者も、怪我の軽い者が怪我の重い者を病院まで運んでくれています。
今、私にできることは、こうして誰かを助けられる者を、助けることだけです。彼女のように」
アバラが折れて息をするのも苦しいだろうに、土場は気丈に笑ってみせる。
そして彼が瓦礫の下から助けだした、友里あおいの方を向いた。
「あおい君は、何をしているんだ?」
「データの転送です」
弦十郎が問えば、あおいは画面から一瞬たりとも目を離さず、指を走らせつつ応える。
「二課本部の男衆が、頑張ってくれているみたいなんです。
どうやら黄金の……仮称、オーバーナイトブレイザーは桁違いの強さのようです。
海上カメラも含めた様々な観測地点からのデータが送られてきます。
ですけど、私じゃまるで突破口が見えてこない。勝ち筋が見えてこないんです」
だけど、とそこで彼女は言葉を区切る。
「だけど、藤尭くんなら」
彼なら、と彼女は言葉を続ける。
「本物の天才である彼なら……
聖遺物と聖遺物の戦いを間近で見てきた彼なら。
何か、起死回生の策、相手の弱点を見つけてくれるかもしれません。
……いや、絶対に見つけてくれます。どんなにか細くても、手繰り寄せられる、勝機を」
「オーバーナイトブレイザー、とやらの全データを藤尭に送っているのか」
「はい」
二課本部と優先ラインで繋がっている、ここ実験室。
ここでデータを片っ端から受け取って、有用なものを次々と無線で朔也の持つノートパソコンへと送る。怪我のせいで朦朧とする意識を叱咤して、あおいは根性でその作業を行っていた。
朔也が、奏が、翼が、ゼファーが、それをきっかけに勝利を手にしてくれると信じて。
「皆が諦めていないから……私もまだ、諦めませんッ!」
ターンっ、と、彼女がエンターキーを叩く音が、部屋の中に響き渡った。
意識を失い、闇の中をゼファーは漂う。
「好きなことをして生きろと言われたら、やっぱ俺は人助けをする」
精神の底の闇の中で、ゼファーは誰かに話しかけていた。
「人を助けるのに理由があるのかと問われたら……
理由がないと人を助けちゃいけないなんて、生き苦しいと答える」
誰かに対し、呟いていた。
「自分のことを考えて生きろって、皆は言うけどさ。
他人を絶対に助けちゃいけないっていう生き方は……
……他人を絶対に助けないといけないっていう生き方と、同じくらい苦しいんじゃないかな」
壁に向かって話しているようなものだった。
「誰だって、他人を助けたいって気持ちはあると思うんだ。
たとえ、人の中にどんなに醜い気持ちがあるとしても……信じたいんだ」
鏡に向かって話しかけているようなものだった。
どこからともなく、声が届く。
炎に焼かれる人間の断末魔。
崩れ去る街と共に潰れていく人の悲鳴。
救いを求める弱者の声。
運命を呪う被害者の怨嗟。
そして最後に、自分の名を呼ぶ誰かの声。
「ゼファーッ!」
少年の意識が、声に引っ張られて浮上する。
目が覚めて、ゼファーがまず意識したのは腹の痛み。
オーバーナイトブレイザーに蹴られた部分だ。
いつも通り彼はやせ我慢で耐え切るが、戦闘に支障が出るかどうかは微妙なところ。
次に意識したのは、圧迫感と周囲の暗さ。
自分が地面に埋まっているのだと、ゼファーは気付いた瞬間に上方に焔を噴射。
己を埋めている瓦礫の山を焼き飛ばして、ナイトブレイザーはようやく地上に復帰した。
「ゼファー!」
「! カイーナさん!」
そして着地と同時に、地上で瓦礫撤去をしていた甲斐名を見つけて、その側に駆け寄る。
おそらくは、ゼファーを埋めていた瓦礫をどけてくれていたのだろう。
そして瓦礫をいくらかどけた結果、甲斐名がゼファーにかけ続けていた声が届き、彼の意識を引っ張り上げる最後のきっかけになってくれたのだ。
事実上、甲斐名がゼファーを地の底から引っ張り上げたに等しい。
「カイーナさん、その目は……」
「気にすんな。今はそんなこと気にしてる時間はないだろ」
甲斐名の片目は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
何故そうなっているのか、今聞いたところで「そんなこと話してる時間はない」という言葉が返って来るだけだろう。
だからゼファーは問い質さず、現状確認に勤しんだ。
「ゼファーがやられて、ゴーレムが三体出てきた。
ゴーレムと金のナイトブレイザーは戦わないで海に行って……
海からでかい音が何度も聞こえて来て、金色だけ戻って来た感じ」
「でしょうね。戦ったにせよ、戦ってないにせよ……ゴーレムじゃあれは止まらない」
「しかも金色がまき散らした炎が、とんでもない被害を出してる。早く倒さないとヤバい」
「……ッ!」
ゼファーはARMが聞き届ける声を、全て耳にしている。
焼け死ぬ人の声も。助けを求める声も。怒りの声も。悲しみの声も。断末魔も。
ナイトブレイザーが助けてくれないことに怒り狂う、嘆きの声も。
彼は全てを聞き届けている。
オーバーナイトブレイザーを倒さない限り、この声は止みはしないだろう。
「……俺、地面の下で何分くらい朦朧としてました?」
「ゼファーが撃破されてから現在まで、10分弱だね」
「10分も!?」
ゼファーが変身してから、オーバーナイトブレイザーの戦闘までに使った時間は2分。
ナイトブレイザーが全力で戦える時間は、せいぜいあと5分ということだ。
それだけの短時間で倒せるのか? 極めて難しいだろうと、ゼファーは予想する。
(……ブレードグレイス……)
ゼファーの脳裏に浮かぶ手段は、最後の手段だ。
それを使うことは、桜井了子の信頼を裏切ることを意味する。
できれば、使いたくはない。
「! この感じ……!」
だが現実は、ゼファーに考える時間や迷う時間も与えはしない。
向かい合うナイトブレイザーと甲斐名の頭上を、オーバーナイトブレイザーが通り過ぎた。
それも、ツヴァイウィングの居るドームに向かって。
話す時間すら惜しい。ゼファーは甲斐名の目を真っ直ぐに見て、ただ一言だけ口にして、その場を跳び立つ。
「街を……皆の命をお願いします!」
「任せときなよ」
甲斐名はそれにかるーく応えて、飛び出して行ったゼファーを送り出す。
どうしたもんかと、難しい表情を浮かべる甲斐名の肩を、後ろから誰かが叩いた。
「? 天戸のおっさんじゃん」
「手が空いてるなら手を貸してくれ。大仕事だぜ」
「内容次第だけどさ、なにすんの?」
「モノレールの普及で廃線食らった線路があんだろ?」
「ああ、一部公園にされてたあれね……あれがどうかしたの?」
「ありったけの乗り物を動員して、あそこを通って人を避難させる」
「!」
「道路はもうほとんどがビルの倒壊、壊れた車、ネガティブフレアで塞がってるが……
あそこが塞がれてないことは確認した。もう逃げ道はあそこだけだ」
「……へえ、いいね。それ」
かくして彼らは、敵を倒しに行ったゼファーとは対照的に、この街の人々を避難させるために全力を尽くさんとする。
その果てに、自分達にどんな結末が待っていようと、彼らに後悔はなかった。
ナイトブレイザーは、残り少ない活動時間を使い潰しながら走る。
その過程で、彼も金の騎士と同じように街に焔をばら撒いていた。
違うのは、彼の焔は人を傷付けるためではなく、人を守るために放たれたという点だ。
「また炎だッ!」
「もう嫌ぁーーーー!!」
「……あれ? 違う? なんか違うぞ、これ」
ナイトブレイザーの焔はオーバーナイトブレイザーの焔には敵わない。
それでも、互いに最強を誇る魔神の焔だ。人々とオーバーナイトブレイザーの焔の間に割って入って、焔の侵攻を食い止めるくらいは出来る。
「なんか……嫌な感じのする炎が、あったかい感じの炎に、邪魔されてる……?」
「おい見ろ! 上! ナイトブレイザーだ!」
「じゃあ、この炎は……!」
ゼファーは限界ギリギリまで、オーバーナイトブレイザーを追いつつ街に焔を撒いていく。
残り時間の全てを、街の人を守るために、街の人を害する敵を討つために使う。
それが彼の決意だった。
(……! 止まった!)
そしてナイトブレイザーがこうまで派手にやれば、先行しているオーバーナイトブレイザーも当然気付く。敵は振り返り、ゼファーは更に加速し、殴りかかった。
「アクセラレイターッ!」
彼もこれで仕留められるとは思っていない。
翼と奏と合流しなければ、勝機がないとさえ思っている。
それでも彼がここで攻めたのは、直感的に"そうするべきだ"と思ったから。
ナイトブレイザーの黒い拳が振るわれて、それをオーバーナイトブレイザーの金の掌が受け止める。その瞬間、ブレーカーが落ちた時のような音がして、彼の意識は焔に飲まれた。
光など存在しない、絶対的な闇の中。
ゼファーはここが内的宇宙の一端だと理解して、目の前に浮かぶ火が何であるかを理解した。
夜闇の世界に浮かぶ、見るだけで"これを倒さなければ"と魂が震える、生きとし生ける命全ての天敵。アガートラームの敵対者。
『次に会う時は、決着の時だと思っていたよ』
「ああ、俺もだ」
直感が感じる危機感だけで、思考が焼き切れそうなくらいに痛む。
「今なら分かる。
あの場所に封印されていて、俺が解放してしまったお前が何なのか。
俺の中にずっと居て、俺の絶望を食って蘇ったお前が何なのか。
今まで何が起こっていたのか、お前が何なのか、今ならよく分かる」
今、この瞬間。
ゼファー・ウィンチェスターは、焔の災厄の敵として、向き合う対等の位置に立っていた。
「魔神、ロードブレイザー……」
『そう。それが私だ。
お前が戦っている"あれ"は、私ではなく私の子のようなものだがな。
私が望むことを実現させ、私を喜ばせようとする純真な私の分け身だ』
声を聞くだけで吐き気がする。
ゼファーが善意の塊なら、ロードブレイザーは悪意の塊だ。
それゆえに、先史の時代のロディとロードブレイザーの会話がそうであったように、この両者の会話は互いの在り方の違いを話すだけで露呈させる。
「何の用だ?」
『なに、お前に大切な人が出来たのが見えたからな。祝い代わりだ。
お前の初恋の人とやらと、そのおまけをお前の前で殺してやろうと思っただけのこと』
「―――」
ロードブレイザーは冗談めかした口調で、本音の言葉を吐く。
それだけの理由でいい。
この魔神が人をいたぶる理由など、これだけで十分。
「なんでそんなことをする……? そんなことをしたって、お前に、得なんて」
『得がないわけではない。まあ、強いて理由を挙げるとするなら』
魔神と人は分かり合えない。
『最近、少し退屈でな』
「……は?」
何があろうとも分かり合うことはない。
『絶望し、愉しませろ。
いい見世物となってくれ。
お前の絶望する顔が見たい』
この言葉が紛れもない本音である生命体と、どう分かり合えというのか。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
人間の生命活動と何一つとして重ならない、この魔神の行動原理。
その中でも最も多く用いられる"この行動原理"と近しいものを、無理に無理を重ねて人間の行動原理の中から探すなら。それは、『実益を兼ねた趣味』というものが最も近いだろう。
ブレーカーが落ちるような音がして、意識が切り替わる。
ナイトブレイザー同士の共振だろうか。
拳と掌が触れた瞬間飛んだ意識は現実に帰還して、戦闘を再開させる。
だが案の定、圧倒的なスペック差のせいで、ナイトブレイザーはオーバーナイトブレイザーに拳を掴まれたまま、地に投げつけられてしまう。
「ぐあッ!?」
黒騎士を地面に叩き付け、金騎士はドームへと向かう。
そこには『ゼファーの大切な人』が居るからだ。
オーバーナイトブレイザーの目的は、それを最初にゼファーの前で凄惨に殺すことだからだ。
『ゼファー君! 聞こえるかい!』
地面に叩き付けられてなお心折れず、立ち上がるゼファーの耳元に届く声。
それは聞き間違えようもなく、藤尭朔也の声だった。
彼はいつも通りの口調で、いつも通りの声で。
「こちら、ゼファーです。今、合流のためにドームに――」
『金のナイトブレイザーを倒す方法を見つけた! しっかり頭に叩き込んでくれ!』
「――え?」
そんな、とんでもないことを言い出した。
『金の騎士、オーバーナイトブレイザーはゴーレム三機との戦闘を海上で行った!
そして戦闘前と戦闘後で、エネルギーの波形に乱れが生じていたんだ!
計測ゲインそのものの減少はない。だけど分析したら、驚きの結果が出た!
装甲が発する波形の偏り、発するエネルギーの偏り、飛行速度……
様々な角度から分析してみたところ、ヤツが今弱っていることは間違いない!
ゴーレムが味方かどうかは別として、ヤツの敵だったことも間違いない!
ヤツは、ゴーレムとの戦闘で限りなく虫の息に近い状態なんだ! チャンスってことだよ!』
この短時間に分析・解析・計算を終えた速度に驚くべきか。
それとも弱点の発見をこのタイミングに間に合わせてくれた、そのセンスに驚くべきか。
なんにせよ、他に形容の言葉が見つからないくらいの、非凡な天才であることに変わりはない。
『奴は弱ってるんだ!
もう奴は全力を出し切れない! その上、装甲も限界の状態だ!
まぐれ当たりでもいい、偶然でもいい、君達の大技が当たれば……倒せる!』
ゼファーは地面に叩き付けられた自分の身体に、そこまでダメージがないことに気がつく。
最初に蹴り落とされた時には、一発でやられたというのに、今は余裕で立ち上がれるのだ。
オーバーナイトブレイザーは弱っている。
今しか、倒すチャンスはない。
藤尭朔也が見つけた勝機が、ゼファーの中で確信に変わり、彼を突き動かす力となってくれる。
『勝とう! みんなで!』
「はいッ!」
ゼファーは全力で時間を加速させ、走り出す。
戦いの終わり、クライマックスはすぐそこまで迫って来ていた。
次回、決着