戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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四章エピローグ

 オーバーナイトブレイザーは、海の上を飛んでいた。

 その傷は徐々に塞がっており、下位ゴーレムの武器や上位ゴーレムなどと同じく、自己再生能力を備えていることがよく分かる。

 黄金の騎士は逃げていた。

 人間から、逃げていた。

 

 人の作りしもの、ゴーレム。

 人の作りしもの、聖遺物。

 聖遺物から作り出されたシンフォギア。

 それらを扱う人間の心の力に、魔神の端末は敗北したのだ。

 

 ロードブレイザーをかつて一度は倒し、封印した、人の心の強さ。

 ならば、オーバーナイトブレイザーが勝てなかったのは、ある意味道理だったのかもしれない。

 されど心のみならロードブレイザーが一時、滅ぼす寸前まで追い詰めた強さでしかない。

 今の人類の手に、正しい使われ方をしているアガートラームはないのだから。

 今の人類に勝てない時点で、まだ父たる魔神には及ばないということなのだろう。

 

「ようこそ、断頭台へ」

 

 そんなオーバーナイトブレイザーの前に、紫色のギアを纏った女性が立ち塞がった。

 フォニックゲインバッテリーで動く、浮くだけのギア。

 ルシファアと同じ飛行システムを使っているとは思えないほどの鈍足。

 だが彼女の手に握られている『暗色の七色の槍』があれば、負けの可能性は消えてなくなる。

 

「今の私に、貴様を根本的に消滅させることは出来ないだろうが。何年かは、寝ていてもらうぞ」

 

 その女性……フィーネは、徹底して傷め付けるつもりで居た。

 殺せないだろうが、運が良ければ殺してやると息巻いていた。

 おそらくはこの敵が本気で逃げれば、フィーネが殺し切る前に逃げられてしまうだろう。

 せいぜい、年単位での回復を必要とする傷を与えるのが限界。

 だが、それでいい。

 

「今日の私は、機嫌が悪い」

 

 結局のところ、これは、彼女にとってただの八つ当たりでしかなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜井了子は、司令部にて頭に包帯を巻いた状態で周囲を見渡す。

 

(……がらんとしちゃって……)

 

 常に賑やかだったわけではないが、それでもここまで静かではなかったはずの、二課を見渡す。

 負傷者が居ない。死者が居ない。

 今の二課は、彼女が寂しくなるくらいに人が居なかった。

 

「やっぱり、ちょっと寂しいものがありますよね……了子さん」

 

「そうね、あおいちゃん」

 

 了子の横でデータ整理を行っているあおいも、頭に包帯を巻いた上で、足首にギプスを付けていた。足首が外れた状態で朔也にデータ転送をしていた女傑は、この程度の怪我や痛みなどものともしないらしい。

 それでも、寂しそうではある。

 二課の人間も多くが死んで、"まだ死んでいないだけ"な者も何人か居る。

 その中には、あおいの知り合いも居たのだ。彼女もいつも通りというわけにはいくまい。

 

 無論、その中には了子と親しかった者も多い。

 だというのに、あおいの横にはいつもの様子で笑っている了子が居た。

 なんとも思っていないわけがないだろうに。これも年の功というやつだろうか。

 その笑顔に少しだけ救われた気持ちになって、少しだけいつも通りの自分に戻れた気がして、あおいは心の中でこっそり彼女にお礼を言った。

 

「お茶どうぞ」

 

「あら、藤尭君」

「ありがとさんねー」

 

 そこに朔也が現れて、二人の前に茶を置いていく。

 包帯が痛々しい二人とは対照的に、朔也には一見傷一つ無い。

 まるで先日の事件などなかったかのように、彼は無傷だ。

 

「もう少し休んでてもよかったのよ?」

 

「いえ……俺は、事実上、無傷みたいなもんですから」

 

 藤尭朔也は二課のメンバーの中でも特に負傷が大きく、失血死寸前だった。

 風鳴翼は片腕と両足骨折に、打撲・擦り傷・切り傷多数。

 立花響に至っては心臓に大穴が空いていたほどだ。

 放っておけば全員死んでいた可能性もあった、そんな状況。

 そこで彼らが全員生き残れた理由なんて、分かり切っている。

 全員を治してから、最後の最後に自分を治し、今なお眠り続けている一人の少年が居たからだ。

 

「あの場に居たのに、一人だけ大人だったのに、俺は……」

 

 朔也は拳を握り、あの日の光景を鮮明に思い返す。

 命を捨てるような賭けに出る少年と少女の姿を。

 光の粒になっていく奏へと向かって泣きながら手を伸ばし、血塗れのボロ布のようになりながら這いずり、それでも届かず、嗚咽を漏らすゼファーの姿を。

 何も出来ず、動かなかった自分の手足を。

 

「もっと、出来たことが、あったかもしれないのに……!」

 

 悔しげに歯を食いしばる朔也は、その表情に後悔を滲ませている。

 "その時"に痛みと失血で体が全く動かなかったのだとしても、"今"になって痛みの記憶が薄れてしまえば、「あの時もっと頑張っていれば……」と思ってしまう。

 後悔先に立たずとは言うが、後悔というものは得てしてそういうものだ。

 過去は変えられないというのに、何度も過去を思い返しては、その色を濃くしていく。

 

「元気出しなさいよ。誰だって出来ることと出来ないことがあるんだから。

 頑張って掴み取ったものを見ないで、失ったものばかり見るのは、よくないことよ」

 

「友里さん……」

 

「そーよそーよ、私なんて張り切って出て行って、"何も出来なかった"のよ?

 あなたがそんなに自虐的になってたら、こうして笑ってる私がクズみたいじゃないのー」

 

「櫻井さん……」

 

 そんな朔也を、二人は本心からの言葉で励ます。

 特異災害対策機動部二課という場所は、今も昔も女性がたいそうタフな場所だった。

 そして女性のタフさに負けまいと、更にタフな男達が集う場所でもある。

 

「そうだな。俺達は、これからのことを考えていかなければならない。

 過去を振り返るべきでないからではない。今の俺達には、そんな時間も無いからだ」

 

「司令! お体はもう大丈夫なんですか!?」

 

「おかげさまでな。ピンピンしてるさ」

 

 朔也、あおい、了子の前に、風鳴弦十郎が現れる。

 完全聖遺物の破壊力を受け止め、巡り合わせが悪ければネフシュタンの爆発にて全滅していたであろう、二課の人員の半分を守り切った男だ。

 普通の人間ならば死体も残らないはずなのだが……なんだかんだで、現場に即復帰して来ているあたり、並外れた回復力が伺える。

 

「俺を病院送りにしてくれたネフシュタンも、行方が知れないってのが現状だ。

 だっていうのに現在進行形で、そしてこれからちょいとしばらく、人手が足りん」

 

「海に沈んでるのか、瓦礫に沈んでるのか、それとも……」

 

「ネフシュタンを狙っていた誰かに既に盗られた後……ね」

 

「探そうにもこれだけ人が減ってるとねえ。お姉さん困っちゃうわ」

 

 二課の懸念事項は山積みだ。

 まずは現状行方不明のネフシュタン。

 "まだ見つかっていないだけ"かもしれないし、"もう盗られている"かもしれない。

 最悪は"暴走の結果もう形すら残っていない"だ。

 どれが正解かを調べるためには、今の二課にはあまりにも人が足りていない。

 

「司令。私はその辺り、最近関わっていないから知らないのですが……

 今回の責任問題は、どうなっているのでしょうか?」

 

「あおい君が考えているよりかはマシな状況だろうな。

 だが、今回はあんまりにも常識外のことが起こりすぎている。

 迂闊にどこかに責任を押し付けられる問題じゃない。ゴジラが来たようなもんだからな」

 

 あおいの問いに、弦十郎はヒゲをいじりながら答えた。

 この場の誰もが気付いている。上の方は、今回の事件の責任問題でてんてこ舞いなのだと。

 本来、ノイズに始まりオーバーナイトブレイザーに終わった今回の事件は、大地震や大台風といった災害の被害に近い。

 人の中の誰にも責任を求められるものではないし、求めるべきものではない。

 憎むべきは災厄なのだ。

 だがそれでも、『責任を取ってくれる誰か』を人は求めてしまう。

 特異災害対策機動部は、とても微妙な位置に立たされていた。

 

「ノイズやオーバーナイトブレイザーは二課が原因で出てきたわけではない。

 しかし完全聖遺物の実験の失敗の責任、最悪紛失の責任は二課のもの。

 救助活動で功績を残したのは一課と二課。

 今回の件で重要性を更に増した聖遺物関連の事柄に、一番理解が深いのも二課……」

 

「そういうことだ、藤尭。補充人員にもしばらくは苦労しそうだってこった」

 

 そして弦十郎は、近場のコンソールを操作。

 司令部の大型モニターを、テレビの代用品として起動し、テレビの画面を移す。

 すると、"徹底討論"の文字の下で、コメンテーターらが言葉をぶつけあっていた。

 

『つまり、動画サイトに次々と今回の事件の動画が投稿されているということですか?』

 

『防犯カメラの映像なども多いですね。

 災害時に動画撮影に勤しんでいた非常識な人間も、中には居るでしょうが……

 善意での情報提供が気軽に行える、これは情報化社会の美点と言うべきでしょう』

 

『ひどいですね、これ……

 子供を火の中に押し出してまで、助かろうとしてる人。

 これなんて、恋人を追って来る炎の囮にしてるんですよね?』

 

『今回の事件は、こんな醜い人達が普通に生きている人を犠牲にしたせいで……

 そのせいで生まれた事件なのではないでしょうか?

 被害者の方の中で、何人が"人の手によって殺されてしまった"んでしょうか』

 

『遺族の方も絶対に納得はしないでしょう。他人の私でも、憤りを感じていますから』

 

『四万人の犠牲者の中に隠れた、殺人事件の被害者達……怖いですね、本当に』

 

 それは風聞の悪意。

 人間として当然の感情、"生きたい"という気持ちから生まれた他者への悪意の行動に対する、これまた人間として当然の"許されてはならない"という怒りだった。

 

「その上、このビッグウェーブだ。忙しくなるぞ」

 

 オーバーナイトブレイザーの襲撃が生んだ災厄は、まだ終わらない。

 

「私も動きます。今戦えるのは、私だけですから」

 

「! 翼か」

 

「え? 翼ちゃん? なんか、雰囲気が……」

 

「私は私です。これまでも、これからも。……ただ一人の、シンフォギア装者です」

 

「翼ちゃん……?」

 

 オーバーナイトブレイザーの災厄は刻んだ傷跡は、まだ消えはしない。

 

「もう二度と。私以外の、誰にも、あんな戦場には立たせません。絶対に」

 

 希望の西風が居ない日々。

 希望の欠けた、明日が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課の医療施設・及びその系列の研究施設のほとんどは、地上で病院の体裁を取っている。

 多くの人の適合の可能性を調べたり、資金を集めたりなどの目的があるためだ。

 今回の事件で、それらの医療施設の多くは休む間もなくフル稼働していた。

 

 いや、二課の医療施設だけではない。

 どこの医療施設もパンク寸前だった。

 なにしろ、都内に一極集中した二万人の怪我人だ。

 それもライブコンサートを見るために全国から集まって来ていた人達が、意識不明の状態で運び込まれてくれば、身元の確認すらできない。

 一時は余っている救急車が一台もない、なんて状態にまで陥っていたほどだった。

 

 表向きは総合病院と名乗っている、そんな二課の医療施設の内一つ。

 そこで小日向未来は、眠り続ける少年の側に居た。

 白い部屋。ベッドに眠り続ける少年。ベッドの横の椅子に座って、彼女は彼の顔を見続ける。

 

「ゼっくん……」

 

 少年はピクリとも動かない。

 全身が包帯でぐるぐる巻きで、まるで死体かミイラのようだ。

 ふと不安になって、未来はゼファーの口元に顔を近づけて、その呼吸を確認した。

 ひどくうっすらとだが、呼吸はしている。

 まだ、生きている。それが未来を安心させた。

 

「テレビで見たよ。頑張ってたね」

 

 未来はテレビで見た、断片的な動画を繋ぎ合わせた黒騎士の報道映像を思い出しながら、ゼファーに向かって話しかける。

 ゼファーは目を閉じたまま、応えない。

 

「……頑張り過ぎだよ」

 

 ゼファーは目を閉じたまま、応えない。

 

「ねえ、あなたが、そんなに傷付く必要はあったの?」

 

 ゼファーは目を閉じたまま、応えない。

 

「……」

 

 未来は目を閉じ、口を閉じ、なにかをこらえるように、ぐっと息を飲み込む。

 

「……あったんだよね。だって……響が、生きてる」

 

 未来は席を立ち、病室を出る。

 少し歩けば、ゼファーと同じように病室のベッドに寝かされる、響の姿があった。

 ゼファーのような怪我はほとんどなく、胸に包帯が巻かれているくらい。

 医者もいずれは目を覚ますだろうと、そう言っていた。

 それでも、未来の胸の内にある罪悪感は消えてはくれない。

 

「私のせいだ」

 

 ライブに行ったこともないような響を、ライブに誘ったのは未来だ。

 その結果、響は今になっても目を覚まさない。

 いつだって、どんな時だって、ゼファーは響を守るために何か無茶をする。

 未来はそれを知っている。何か一つは絶対に、ゼファーが響のためにした無茶があるはずだと確信していた。まして、これだけの規模の事件だったのだから。

 未来が響を行かせたことが、一つゼファーに負担をかけた。

 その結果、ゼファーは今になっても目を覚まさない。

 

「私が響を、ツヴァイウィングのことなんて何も知らない響を、ライブになんて誘ったから……」

 

 無論、未来が悪いわけがない。

 響とゼファーが倒れたまま目を覚まさないのは二人の選択の結果であり、二人の巡り合わせが極端に悪かったから。言い換えるなら、運が悪かったからだ。

 一番悪いのは魔神とその端末だ。未来が悪いなんてことが、あるわけがない。

 ……それでも。

 未来の選択が、結果的に未来の友達を傷付けたことに変わりはなくて。

 

「なのに、私だけは、無事で……!」

 

 "君は悪くない"と未来を励ましてくれる、許してくれる、大切な二人の親友は目を開かない。

 

「全部、私のせいだ……!」

 

 自分を責める未来の声が、病室に満ちる。

 彼女の心を救ってくれる誰かなんて、どこにも居なかった。

 

 

 

 

 

 されどその声は、彼の目を覚まさせる目覚めの鐘の音となる。

 

 

 

 

 


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