戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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活動報告に26話の裏ネタがありますです


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「―――それが、今回の顛末です。

 できれば、他の誰にも明かさないで下さい。

 立花家の皆さんに話すタイミングは、俺に一任して欲しいんです」

 

 二課にいくつかある会議室の一室。

 その中でも最も厳重に盗聴対策などが施され、最も機密性が高められた一室にて、ゼファーは弦十郎と了子だけに今回の一件の事情を説明していた。

 この二人だけに、だ。

 

「そう……大変だったのね」

 

「内密に、か……無茶を言ってくれる」

 

 ゼファーが望んだことは二つ。

 一つ目は、この一件で発生した死者を身元不明とし、立花洸の死を隠蔽すること。

 二つ目は、立花家への特異災害補償を立花洸の死亡分、秘密裏に増額すること。

 

 つまり、今回の一件で立花家に生まれたメリットだけをそのままに、デメリットを全て棚上げして、『立花洸の死』を『立花洸の失踪』に偽装する、ということだった。

 立花家はこれからも洸の死に気付くことなく、洸の失踪に僅かに心を痛めながら、いつか戻ってくるかもしれない洸の帰りを待ち続けることになるだろう。

 

 これをエゴと言う者も居るだろう。

 現実にならない希望を抱いたまま、日々を過ごさせる方が残酷だと、そう言う者も居るだろう。

 だがゼファーは考えに考え、これが最善であると判断した。

 今、この事実を明かしてしまうことで、壊れてしまうものがあると思っていた。

 そして壊れてしまう"それ"が、立花洸の大切なものであることも知っていた。

 

「この件、俺に任せて下さい」

 

 今真実を話せば、壊れてしまうものがある。

 けれど、今でなければ……いつかの未来であれば、真実が何も壊さないという事もあるだろう。

 時間が解決策を示してくれることもある。

 立花洸の死の衝撃を受け止めても、誰も壊れない未来はきっと来る。

 その未来が来るのは、一年後かもしれないし、五年後かもしれないし、十年後かもしれない。

 ゼファーはそう考えつつも、それをいつ話すかの権利と責任を自分一人で背負おうとしていた。

 弦十郎は顔をしかめて、ゼファーの意志を確かめる。

 

「お前に任せて、大丈夫なのか?

 話すタイミングをお前が間違うとは思っていない。

 だが、その秘密を抱え続けて……お前の方は大丈夫なのか?」

 

「はい」

 

 彼が語る内容を聞けば、その言葉にはまるで説得力がない。

 しかし誰がなんと言おうと、その言葉は苦し紛れの強がりなどではなかった。

 

 今のゼファーの目を見れば分かる。

 強さが持つ欠点も、弱さが持つ脆さもない。

 強さと弱さが混ざり合って補い合う、何をしようが壊れそうにない途方もないタフさが、今のゼファーの芯にしっかりと据えられていた。

 

「俺に託されたものですから。大丈夫です」

 

 彼はもう二度と、どんな絶望や困難を前にしても膝を折りはしないだろう。

 歯を食いしばって、血が出るくらいに強く拳を握りしめて、それでも下を向きはしない。

 約束を胸に、強くこの世界に在り続ける。

 この世界に生き続ける。

 もう二度と、折れず曲がらずと、心に誓って。

 

――――

 

 『どうか、(あのこ)の―――傍に居てやって欲しい』。

 

――――

 

「洸さんがこの世界に生きていた意味を、俺がこれからずっと、証明し続けます」

 

 ゼファーは思う。

 洸の死を、洸が弱さゆえに背負いきれなかったものを、死の前に吐き出した思いを、命は捨てられたのに最後まで捨てきれなかったものを、なかったことにしたくない。

 呪いだっていい。

 ビリーの家族愛が込められた最後の言葉も、ジェイナスの責めるような最後の言葉も、自分が殺したマリエルの最後の言葉も、洸が残した呪いをかける最後の言葉も、最期の言葉を全部全部。

 全部全部、飲み込んで生きていく。

 その過去を忘れずに、今日に生き、明日に笑うために。

 

 ゼファーは思う。

 生きたい気持ちもあったのに、生きていたくない気持ちに負けてしまったから、だから散ってしまった洸の命を、意味のないものにしたくない。

 あの人の最期に立ち会えたのは、きっと何かの巡り合わせなのだと信じたい。

 その死から、痛みから、逃げない。

 それがゼファー・ウィンチェスターが立花洸に捧げられる、ただ一つの埋葬の花束なのだから。

 

「……分かった。細々としたことはこっちに任せておけ」

 

「……! ありがとうございます、ゲンさん!」

 

 笑顔で退出するゼファーを見て、弦十郎は複雑そうな表情で後頭部を掻きつつ見送った。

 

「また、俺の見てない所で成長したな」

 

「なーに言ってるのよ。弦十郎君、三日も会ってなかったでしょ。それなら刮目して見ないと」

 

「う……それもそうか。ったく、あいつもタフになったもんだ」

 

「タフ?」

 

 数ヶ月の間絶え間なく押し寄せ、最後に洸の死というトリガーで爆発した絶望ですら、ゼファーは乗り越え勝利した。

 傷を、苦痛を、悪意を、受け止め耐え切ることで打倒する。

 その人が死した時の痛みを胸の中にずっとしまって、それを弔いとする。

 その上で、暴走するような心の負荷を抱え込まないようにする、という心のスタイル。

 言うなれば、今回どん底まで落ちて、そこから這い上がって来たゼファーが手に入れたものは、『人並み外れた心のタフさ』であった。

 

「男が憧れ目指す男……タフガイってやつさ。

 言っちゃあ何だが、俺でも今のあいつの心を折れと言われたら『無理』としか言えないな」

 

「弦十郎君にそこまで言わせるなんて、やるじゃない。あの子」

 

 心強くてタフな人間は居る。心弱くてタフな人間も居る。

 そして男は、タフな男に憧れる。

 そういうタフさを、ゼファーは手に入れていた。

 例えば丸一年悪意をぶつけられ続けたとしても、もう暴走はしないと断言できるくらいに。

 

「でも同意するわ。昔の、私の弟分とどこか似てるもの」

 

「うん? 君に弟が居たのか?」

 

「私の戸籍情報持ってるんだから、弟が居ないなんてことは調べれば一発でしょ。

 そうじゃなくて弟分。私に血の繋がった弟は居ないけど、弟みたいに思ってた子は居たのよ」

 

 櫻井了子に血の繋がった弟は居ない。

 

「その子と今のゼファー君の心の強さが同じくらいかなって、そう思ったのよっ」

 

 彼女が弟と呼ぶその誰かと肩を並べるくらい、ゼファーの心は強くなった、らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十六話:私の好きだった人の分まで 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼファー」

 

「ツバサ? 傷はもういいのか?」

 

「ええ」

 

 弦十郎達との話を終え、部屋を出て来たゼファーに、翼が話しかける。

 服の首元に、チラッと包帯が見えた。

 ブレードグレイスが使えない今、肉体が自動で治るゼファーとは違い、翼の方の怪我は自然治癒に任せる他なく、傷跡が残ってしまうかもしれない……とのことだった。

 ゼファーは包帯を巻かれているであろう、翼の胸元辺りを見て、申し訳無さそうな顔をする。

 

「気にすることはない。それに、これも友情の証だと考えれば中々に悪くない」

 

 だが翼は、特に気にしていないようだ。

 流石は武をもって人を守る一族の裔と言うべきか。

 アーティストとしての自分に傷が残ることを意にも介さず、むしろ少年のようなノリで微笑んで"友情の証"なんて言っている翼を見れば、ゼファーの申し訳無さもいくらか吹っ飛んでしまう。

 

「それにだ。前から苦手だった胸元が派手に開いている衣装も、これで控えめになるだろうさ」

 

 変に取り繕った励ましを口にせずとも、翼は本音を言うだけで、彼の気を楽にさせる。

 

「その点、感謝すらしている。

 第一、防人であることを選んだ私が、怪我など気にすると思うか?」

 

「……そか」

 

 二人は並んで歩きながら、あの戦いを何でもないことのように扱い、前に進んでいく。

 あの戦いの中で確かめられた繋がりもあったのだから、あの戦いは誇れど、後悔すべきものではない。

 

「だが、甲斐名さんに『世紀末救世主だ』と言われたのは何だったんだろうか」

 

「救世主? なら褒め言葉なんじゃないか」

 

「そうかな」

 

「そうだろ」

 

 胸に一つの傷を持つ北斗の剣、とかなんとか通じない若い世代。積極的に漫画を集めたり読んだりしないこの二人に、甲斐名の意図は伝わらなかったようだ。

 

「そういえば、ゼファーは司令と了子さんと何の話を……」

 

「悪い、言えないんだ」

 

 翼はその時、ゼファーが壁を作ったように感じた。

 踏み入らせない、聞かれても答えられない、そういった強い意志を感じる。

 ゼファーは時が来るまで、もう二度と誰にもあのことを話さないと決意している。

 それは翼相手でも例外ではない。

 

「そうか。なら、それでもいい」

 

 翼はあえて問い詰めず、流す。

 話すべきでないと考えたゼファーの判断を、信じようと思ったからだ。

 

「今でなくていい。気が向いた時にでも打ち明けてくれ。

 『今は』話せないのだろう? 短い間だったが、家族だったんだ。私にもそのくらいは分かる」

 

「!」

 

 少々不器用で、少々ドライにも聞こえる言い草だが、そんな言い草が今は彼の耳に心地いい。

 

「その悩みが笑い話になる頃に、また話そう」

 

 ゼファーは肯定の返事を返すように、感謝するように、頭を下げた。

 言葉無くとも、それで伝えるべきことは総じて伝わる。

 二人はそのまま並んで歩き、訓練室へと入った途端に互いに向き合う。

 模擬戦一万回を超え、模擬戦二万回目に向かう模擬戦が、また始まる。

 

 そしてリハビリになる程度の全力を、互いに対しぶつけ合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴の家系や天戸やゼファーの行きつけのおでん屋台の主人はこう言った。

 

「いくらなんでも七人は狭いっちゅうに」

 

 今日は俺のおごりだ、と気前の良さを見せる天戸は言う。

 

「狭いけど入るんだからいいだろ、オヤジさんよ」

 

 露骨に狭さに不快感を示している甲斐名が愚痴る。

 

「いやまあさあ……

 後回しにしてた快気祝いが何年も後になりそうだからすぐやろうってさ……

 どっか食いに行こうってのは確かに僕も賛成したけどさ……」

 

 土場が真ん中の席をゼファーに譲る。

 

「君は今日の主役なんだから、ここに座るといい」

 

 ゼファーがそこに座ると、他の者達も次々と詰めて座って行く。

 

「あ、じゃあ、最初に失礼します」

 

 弦十郎がメニューが一新されていることに気付き、何年かぶりにメニューを開く。

 

「お、肉団子か……注文してから焼いて入れるやつだな、これは」

 

 朔也はおでん屋台が初めての様子で、テンションがやたら上がっている様子だ。

 

「おお、コンビニおでんより美味そう……慎次さん、オススメあります?」

 

 そんな朔也の隣に、緒川が座る。

 

「僕は大根などが良いと思いますよ。一通り食べてみてはいかがでしょうか?」

 

 ゼファー、弦十郎、緒川、藤尭、土場、甲斐名、天戸の男七人チーム。

 世界一むさ苦しい虹色のフリューゲルの完成である。

 男しか居ねえ。

 

「つーわけで、ゼファー、乾杯の音頭取れ」

 

「俺ですか!?」

 

「お前がやらねば誰がやる!」

 

 奢ってやるんだからそのくらいの要求は聞け、とばかりに天戸が無茶振りをする。

 流石はまだ車椅子から復帰できていないというのに、快気祝いで騒ごうとした男だ。

 弦十郎よりかなり年上で、この中での最年長のくせに、最年少に無茶振りを躊躇わない。

 それを見て苦笑いしている弦十郎が、実に印象的だ。

 二十年くらい前は、おそらく今のゼファーの位置に弦十郎が居たのだろう。

 歴史の流れが見えてくる一幕だ。

 

 仕方なく、ゼファーは一人だけノンアルコールな飲み物を手にして、乾杯の音頭を取った。

 

「えー、あー、その、うーん……」

 

「こういう時は適当でいいんですよ」

 

 何を話すか迷っていたところ、緒川から出された助け舟に感謝しつつ、適当にすることにした。

 

「色々、本当に色々、お疲れ様でした! 乾杯!」

 

「「「「「「 乾杯! 」」」」」」

 

 一度始まりが告げられれば、男達は思い思いに手と口を動かし始めた。

 席順は左から天戸、甲斐名、土場、ゼファー、朔也、緒川、弦十郎の順。

 安っぽい熱燗がおちょこに六つ、子供用の麦茶が一つ。

 熱々の卵、大根、巾着、こんにゃく、はんぺん、ガンモ、昆布、しらたきが並ぶ皿の上。

 そして彼らの口は、食べ飲むだけでなく話すためにも口を使う。

 

「来月には歩けそうだ」

「マジで? おっさん生命力強すぎんだろ……」

 

 天戸と甲斐名が長い付き合いなりに、気を置かない様子で和やかに話している。

 

「おお、この中まで汁が染みてる気がするタマゴ、どうやって作ってるんですかこれ」

「謎ですね」

「俺がガキの頃には既にこうだったな」

 

 意外にもいい舌を持っていたらしき朔也につられて、緒川が笑いつつ首を傾げ、弦十郎が二十年くらい前からの常連として補足する。

 こっちもこっちで楽しそうだ。

 そして、ちょっとだけしんみりしているゼファーと土場の会話空間。

 

「カナデさんのこと、本当に好きだったんです」

 

「うん」

 

 この場に揃った男達は、ほぼ全員大切な人との別れを経験している。

 そして一人残らず、初恋を経験している。ゼファーを除けば、一人だけ童貞も居たりする。

 だが愛していた恋人と若くして死別した経験があるのは、土場一人だけだ。

 ゆえにゼファーの話の聞き役には土場が回り、他の大人達はゼファーが話しやすい環境を作るために話に割って入らず、言葉交わさぬままにゼファーに寄り添っている。

 何も言わず、何も語らず。

 それでも『傍に居てくれる』という実感を、ゼファーはちゃんと感じていた。

 男しか居ない、男の不器用な優しさしか感じないこの空間を、とても居心地良く感じていた。

 

「すれ違う時にふわっと髪が舞い上がって。

 ああ、なんかいい匂いするな、なんて思って。

 俺変態か、とか思ったりして、ああでもあの人のことやっぱ好きなんだ、なんて思ったりして」

 

「ああ、分かるよ」

 

「視界の中にカナデさんが居ると、ついつい目で追ってて。

 何をしたら今より好かれるんだろう、なんて考えて。

 今思い返すと、空回りしてた行動も多かった気がします」

 

 ゼファーの一生で、ゼファーが自分の前髪を整えようとしていた期間など、天羽奏に恋していた時以外にはあるまい。

 恋をして、それが終わり、そこから立ち直るまでのひと繋がりの物語。

 それがゼファーを、かつてセレナが夢見た人間へと成長させた。

 

「死んでしまって、もう会えないと思ったら、本当に悲しくて」

 

「そうだ。あれは、本当に悲しい……」

 

「俺、話してなかったことがいっぱいあったんだって、気付いて」

 

「もっと話したいと、ずっと話していたいと、これからも話していたいと……そう、思った」

 

「……はい」

 

「私と君は互いの気持ちを100%理解できるわけではないが……それでも、な」

 

「ですね。土場さんが居てくれて……本当によかったです」

 

 ゼファーは飲みかけの麦茶を飲み干し、麦茶を注いでくれたオヤジさんに頭を下げて、満タンまで注がれた麦茶をまた一気飲みし、苦笑しつつ注ぎ直してくれるオヤジさんにまた頭を下げる。

 飲む、という行為を落ち着くための深呼吸の代わりとして、ゼファーはまた口を開く。

 

「でもなんか、なんというか、その」

 

 胸に抱いた恋の終わりを。

 

「『終わったんだ』、って感じがするんです」

 

 誰に言われるまでもなく、誰に言うでもなく、己が初恋の終わりを、ここに宣言した。

 ゼファーが奏のことを吹っ切るまでには、まだ時間が要るだろう。

 短ければ一年。妥当な所で五年。長ければ十年。

 面倒くさくて一途なこの少年は、それだけの長さ、この失恋を引きずるだろう。

 それでも、恋そのものはここで終わった。

 

 ゼファー・ウィンチェスターが天羽奏に向けていた恋慕は、ここで終わる。

 

「俺は、カナデさんが好き"だった"。……今は、そうなんです」

 

 ゼファーは大人の男達のように、酒を飲まない。

 未成年だからというのもあるが、彼の体はアルコールも再生能力で分解してしまうからだ。

 彼は酔えない。

 酒の力を借りて現実から目を逸らせない。

 だからこうして、現実と真正面から向き合わねばならないのだ。

 

「難儀なものだな。我々人間という生き物は」

 

 土場はゼファーの言葉にゆっくりと頷き、ゼファーの皿に具をいくつか取ってやってから、おちょこの中の酒をあおる。

 何か言おう、と思った土場だが、そこで顔を赤くした朔也が横入りして来て、平手でゼファーの背中をバンと叩く。

 人類史屈指の痛み耐性を持つゼファーは驚くに留まるが、そこには結構な力が込められていた。

 

「え、サクヤさん?」

 

「あー、ほら、元気出しなって」

 

「え? いやあの、落ち込んでるとかそういうのはなくて、俺バッチリ元気ですけど」

 

 背中を叩いて元気付けるという体育会系式元気注入法。

 恐ろしいのは、これがきっかけに過ぎないということ。

 酒に酔った青年中年集団が悪乗りし、個人個人が思い思いの手加減具合で、ゼファーの背中を叩いて元気注入を始めたということである。

 

「ちょ、ちょっ、ちょ、あだっ、あだだっ、カイーナさん今全力込めてましたよね!?

 何故店主のオヤジさんまで! つ、強い強い強い! だんだん強くなってる!?」

 

 気合入れろー、がんばれー、俺達が付いてるぞー、女なんて星の数ほど居るぞー、でも星には手が届かないから俺童貞なんですー、闘魂注入ー、ファイト一発ー、元気爆発ー、などなど、席を立ったりカウンターの向こうから回り込んだりして来た大人の男達が言いつつ、彼の背中を叩く。

 例えば緒川は極力弱く、甲斐名は全力で、などの個人差はあったが、男達は思い思いに男気やら気合やらをゼファーに注入していった。

 

(酔ってる! この人達絶対酔ってる!)

 

 ゼファーは男達の気合を受け止め、男達に叩き直されることでまた一つ強くなったような気がしたが、「これがアルハラというやつか」とどこかズレた思考とセットで、アルハラ体験という大人の階段をまた一つ登るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーには、まず筋を通さねばならない相手が一人居た。

 その少女は嘘が嫌いな人間である。

 かつ、ゼファーが嘘をつくと即座に見破ってくることもある少女である。

 それに何より、ゼファーがその少女に嘘をつきたくないと、そう思っている少女だった。

 

「ねえ、ゼっくん。話があるってのは分かったけど、なんで床に正座……」

 

「今日の俺の話は、まず土下座から始まるからだ」

 

「えええ……」

 

 今日は久しぶりに三人で遠出しよう、といった話になっていたのだが、その前に話があるとゼファーが言って、未来が当日の待ち合わせ一時間前に自分の部屋に彼を呼べば、未来の部屋でゼファーが開幕土下座してくるというこの状況。

 最近学校で響がいじめられることが少なくなってきたよ、と言おうとしていた未来の頭から、彼に話したかった話の内容が全てすっ飛んでいってしまった。

 

「俺は、未来に自分のことを全部言うことはないと思う。

 隠し事をしないでって言われても、きっと無理だ。

 でも、できれば一生未来には嘘を言わずに生きていきたい。そこをまず、信じて欲しい」

 

「う、うーん……信じるけど……」

 

 ゼファーの嘘の99%は心か体が怪我した時の『平気』『大丈夫』『まだ頑張れる』だ。

 嘘というより強がりで、かつ目に見えてバレッバレなので問題にもならない上、心配をかけないようにしようという思いも伝わってくるから、尚更反応に困るものなのだ。

 未来は嘘が嫌いだが、これを自分が嫌いな嘘と同列扱いしていいものか、その判断にも困ってしまう。

 

「俺、未来に話せない隠し事が出来た。

 かなり大切なことだ。本来なら未来にも話さなくちゃいけないことだと思う」

 

「……それで?」

 

「だけど、話せない。話さない方が良いと、考えに考えて、俺はそう判断した」

 

 立花洸は、未来とも面識があった。

 本来ならば彼の死は、未来にも伝えなければならないことだろう。

 ゼファーはそれを、隠し事とした。

 隠し事とした上で、隠さなかった。

 

「俺は今、未来に"隠し事はある?"って聞かれたら、はいとしか答えられない。

 いいえって答えたら嘘になる。未来に嘘はつきたくないし、嘘をついても意味ない気もする」

 

「う、うん」

 

 不器用ここに極まれり。

 

「仕事関連の話とか、どうしても話せないってことはある。

 だから本当にどうしようもなく隠さないといけないことは明かす。

 そんでもって、本当に隠さないといけないことがあったら、こうして未来に言うことにした」

 

 基本嘘を絶対につきませんという約束、加えて絶対に話せない隠し事ができたらそういうという約束。そしておそらく、貫徹されるであろう約束だった。

 馬鹿正直を極めたような宣言だった。

 

「……もう、本当に、もう……」

 

「言いたかったのはそれだけだ。

 ちなみに現在、俺がミクにしてる隠し事は一つだけ。

 いやーすっきりした。何も嘘をつかず接する、ってのは本当にいいもんだな」

 

 未来は呆れるやら、嬉しいやら、心配になるやらで目を手で塞いで天を仰ぐ。

 本来なら隠し事なんて無いよ、という一言の嘘をつけばそれで済む話だというのに、その嘘すらどこかへ投げ捨てられていた。

 こう言ってるということは、ゼファーは本当に未来に対し一つの隠し事しかしていないということなのだろう。

 未来は年頃の少女であるため、いくつか隠し事もしているというのに。

 そこに気恥ずかしさやら申し訳無さやら、色んな感情が混ぜこぜになったものを未来は感じる。

 何故この少年は友人に対してこれだけ明け透けになれるのか。

 すっきりした顔の彼の様子から、その真実はうかがい知れない。

 

「とにかく行こ。もうそろそろ、待ち合わせの時間でしょ?」

 

「ああ、もうそんな時間か」

 

 二人は時計を見て、部屋から玄関へと移動する。

 そこでふと、未来は思いついたことを口にした。

 

「ね、もしも、私と響が崖にぶら下がってるとするじゃない?

 ゼっくんなら、まずはどっちに手を差し伸べる?」

 

「ヒビキ」

 

「……即答なんだ」

 

「そりゃそうだろう。だって」

 

 ゼファーの中には、洸の死が残した『響を守る』という楔が差し込まれている。

 だがそれを抜きにしても、ゼファーは響の方に先に手を差し伸べるだろう。

 何故ならば。

 

「その状況なら、俺がヒビキを引き上げるまで、ミクは差し伸べた手を絶対に取らないだろ?」

 

「―――」

 

 ゼファーは、小日向未来のことをよく理解しているからだ。

 

「……そうだね。うん、そっちが正解」

 

「だろ?」

 

 まあ、この二択の中に最初から正解と不正解があったと仮定して、正解不正解どっちの人を選んで助けようとしたとしても、未来は喜んだだろうが。

 ゼファーが未来を助けることを選んでも、未来は顔に出さずに喜んだだろう。

 そしてこの問いのゼファーと未来の位置を逆にして、未来にこの問いを投げかけた場合、未来も「響」と同様に答えるはずだ。

 同じくゼファーも、未来が自分に手を差し伸べようが、響に手を差し伸べようが、喜ぶはずだ。

 ゼファー、未来、響の三人の友情関係は、だいたいそんな感じである。

 

 

 

 

 

 合流したと同時に、響に何かを手渡され、ゼファーと未来は何事かと驚いた。

 

「はい!」

 

「これは……」

「マフラー?」

 

「えへへ、実はこっそりお母さんに習ってたんだ」

 

 ゼファーの手には赤いマフラー。

 未来の手には桜色のマフラー。

 響の手には橙のマフラー。

 デザインは三人とも一緒で、最もオーソドックスでシンプルな作り。

 身に付けた上で三人が並べば、色が映えて見える、そんなマフラーだった。

 

「二人に何かプレゼントしたいな、ってずっと思ってたんだ」

 

 響はあえてハッキリとは言わないが、これは勘のいいゼファーと察しのいい未来であればすぐに気付けるくらい露骨な、"守ってくれたお礼"であった。

 今日までの日々、共同戦線を張っていた二人が、報われた瞬間だった。

 季節は冬、暦は一月。

 首元に巻けば、響の暖かな気持ちが伝わってくるかのようだ。

 

「ありがとね、響。どう、似合ってるかな?」

 

「可愛いよ~、未来! すっごく可愛い!」

 

 桜色のマフラー、乳白色の上着、黒い髪、白いリボンが相まって、幼馴染兼親友である響の贔屓目を抜きにしても、今の未来はとても可愛らしい。

 褒める響も、暖色中心の服に橙のマフラーが乗ることで、未来の正統派美少女的なファッションとはまた違う、活動的な可愛らしさがあった。

 

「ありがとな、ヒビキ。マフラーとか、生まれて初めて付けた気がする」

 

「うんうん、やっぱゼっくんには赤マフラーだね! かっこいいよ!」

 

 ゼファーが貰ったマフラーを身に付けると、それは様になりすぎなくらいに様になっていた。

 テレビの中に居るヒーローが、正義の証としてはためかせるそれのようだった。

 響は純粋にかっこいいと言っている様子だが、未来は何を言うべきか、一瞬躊躇ってしまう。

 彼女の目に映るゼファーの姿に、ゼファーが変身するあの姿が被って見える。

 

(まるで、ナイトブレイザー……)

 

 ゼファーの黒い髪と赤いマフラーのコントラストが、黒騎士の鎧と紅い焔が生むコントラストと被って見えたのだ。

 偶然だと未来は思い、少し過敏になり過ぎだと、自分の余裕の無さに呆れ返る。

 ここ数ヶ月の響やゼファーほど未来は成長できていなかったがために、まだまだ余裕が生まれていないのだ。

 それは裏を返せば、変わった二人が帰って来れる陽だまりのままで居てくれた、あの過酷な環境下で変わらずに居続けたということなのだから、十分に偉業ではあるのだが。

 

「マフラー三天王結成だな」

 

「ゼっくん、四天王はね、四の部分の数字だけ変えて通用する単語じゃないんだよ……」

 

「私三つしかマフラー作ってないし、四天王は遠そうかもだね」

 

 マフラーが風で揺らめく中、三人は駅へと向かって行く。

 響はのほほんとしながら、未来は楽しそうに笑いながら、ゼファーは"その時"を今か今かと待ち、張り裂けそうなくらいに高鳴る心臓の鼓動を抑えながら。

 

「あ、そういえば」

 

 ドクン、とゼファーの心臓が高鳴る。

 

「ゼっくん、お父さんがどこに行ったか知らない?」

 

 過去最高の仮面を被り、ゼファーは答える。

 

「俺が知るわけないだろ。そっちで何かあったのか?」

 

 表情と様子からしか情報を得られない人間には、絶対に見抜けない嘘。

 それこそこの一瞬のみ、ゼファーの演技力は、小日向未来を騙し切るほどの域に達していた。

 今日この瞬間まで何度も頭の中でシミュレートし、この瞬間が来ることを常に警戒することで動揺を抑え、考えていた文面に感情を乗せて言葉とし、彼は『本気の嘘』をつく。

 

「お父さん、帰って来ないんだ……」

 

「職場は? 捜索願は? ヒビキのお母さんとお祖母ちゃんはどうしてる?」

 

「職場の人は見てないって。

 お母さんとお祖母ちゃんは、明日になっても帰って来なかったら捜索願出すって……」

 

「……そうか、心配だな。俺の方でも探しておく」

 

「ありがとう、ゼっくん」

 

「大丈夫だって、すぐ見つかるさ。心配すんな、希望を持て」

 

「うんっ」

 

 白々しい。白々しい。白々しい。

 ゼファーの胸が痛み、罪悪感と自己嫌悪で心が満たされる。

 今のゼファーでなければ、また暴走の原因となるストレスを溜めてしまっていただろう。

 絶対に嘘をつかないと誓った未来の横で、響に平気なツラをして大嘘をつき、心臓を握り潰すような苦しみを生む罪悪感を飲み込んで、タフに今日も明日も生きていく。

 成長が、ゼファーにこの"響の希望を残す"選択を選ぶことを、可能とさせていた。

 

 未来に正直であろうとしたのもあるいは、少しでもつく嘘を減らそうという、そんな想いの表れだったのかもしれない。

 

 今日も、明日も、未来も、嘘をつき続けよう。

 必要とあらば、一年だって十年だって。

 それが響の希望と幸せを守ることになるのなら、それがたとえ幻想でも、幻想の希望を守るために本気の嘘をつき続けよう。

 それがゼファーの胸の誓い。

 いつかの未来に、響に黙っていたことを責められ、嫌われたっていい。

 響を守れるのなら、この微笑みを離さずにいられるのなら、それでいい。

 そんな誓いだ。

 

「響、お父さんが居なくて大丈夫なの?」

 

「へいき、へっちゃら! だよ、未来! ゼっくんもすぐ見つかるって、言ってくれたしね」

 

 ゼファーは心の中で、雲の上の洸に"へっちゃらって言えるようになったみたいです"と報告をする。ノイズに殺され、その亡骸はゼファーがその手で消してしまった、彼に向かって。

 

「だから未来も、心配しないで」

 

「……うん、分かった」

 

 響と未来が並んで歩き、その後ろにゼファーが続く。

 ゼファーは今を噛み締める。

 そして、昔に思いを馳せた。

 

―――やり直せばいい、壊れたって! 全てが終わったわけじゃないんだから!

 

―――だから

 

―――生きることを、諦めるなッ!

 

 すると、頭の中に記憶に刻まれた響の声、マリアの声、奏の声が蘇ってきて、それが偶然ひと繋がりの言葉のように聞こえたものだから、ゼファーは人知れず笑ってしまう。

 彼の視界の先で、終わりじゃないと叫んだ少女が、空を見上げている。

 雲を指差して、未来ととても楽しそうに語り合っている。

 だから、彼は響の前で心強く在れる。

 彼女に嘘をつき続けても、心のどこかが辛いと震えたままでも、ここから逃げたりしないと、決意をそう何度だって新たにできる。

 

 洸に響を守って欲しいと願われたから。

 響を守りたいという思いが根底にあるから。

 ゼファーがこの嘘をついたことを後悔する可能性は、無いだろう。

 

『それではみんな一緒にヒーローになろう特集! 今週もやっていきましょう!』

 

 家電屋に並べられたテレビが、その時偶然、ゼファーの横で番組の開始を告げる。

 それは、ある元カメラマンの決断から始まったムーブメントだった。

 生還者の中のヒーロー。

 生還者を助けたヒーロー。

 オーバーナイトブレイザーが暴れたかの日、ナイトブレイザーが人々を助けていた光景に織り交ぜ、災厄の中で人を助けて回っていた者達の特集番組であった。

 今や多くの番組に影響を与え、週一の固定枠を与えられたこの"誰だってヒーローになれる"をコンセプトとしたこの番組は、多くの批判と多くの支持を集めるに至っている。

 ナイトブレイザーが守った者が、ゼファーが立ち向かっていた風潮を打倒し、変える、大きなうねりを生み出した。その一つが、今彼が見ているこのテレビの中にある。

 

『では応募してくれた皆さんにお聞きしてみましょう!』

 

 インタビュアーが、色んな人にマイクを向けていく。

 まず最初は、若い女の人だった。

 

『もうダメだ、って思った時にね。

 特異災害対策機動部の人がね、車で拾い上げてくれたんですよ。

 わたしにとっては、あの人達が本当にヒーローで……感動して泣いちゃったんです』

 

 次は、一度どこかでナイトブレイザーに助けられ、あの災厄には巻き込まれず他人事のように傍観することしか出来なかったという、高校生らしき少年だった。

 

『俺はあん時のナイトブレイザーにも言ってやりたいですね!

 一回危なかったけど、負けて死ななくてよかったなって!

 いつも守ってくれありがとうって! 生きていてくれてありがとうって!』

 

 最後に、老人。

 

『助けてくれたことを、あの人らは覚えとらんのでしょうがね。

 心配症の娘夫婦に地方に無理矢理引っ越しさせられ、同居させられてたまったもんじゃない。

 礼も言えんのが現状ですよ』

 

 見覚えのある老人だった。

 ゼファーが朝走り込みをするたびに、挨拶をしてくれていた老人だった。

 あの災厄で、死んでしまったと思っていた老人だった。

 生きていてくれた、名も知らぬ人だった。

 

「……生きていてくれて、ありがとう」

 

 テレビの前で足を止めていたゼファーだったが、とうとう痺れを切らした少女にその手を掴まれる。驚いて振り向けば、そこには笑顔の響が居た。

 

「ほら、テレビなんか見てないで、行こう!」

 

 ゼファーは響に手を引かれ、先を行く未来に追いつこうと足を速める。

 不思議な感覚だった。

 響に手を引かれることに、彼は不思議な感覚を感じていた。

 

 繋いだ手から何かが伝わるような気がして、ゼファーは未来に追いつくために加速を続け、足の速さの差から今度は逆に響の手を引きながら、二人でとことん笑って走るのだった。

 

 

 




次話で五章は終わりです

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