戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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真銀の騎士-壊れた部分
     +金色要素
     =?


3

 ブラジルで蝶が羽ばたけば、テキサスに竜巻が発生するかもしれない……という効果仮定。

 これをバタフライエフェクトと言う。

 小さな変化でもそれが波及して最終的に大きな変化となる可能性はある、ということだ。

 そしてその変化は、時が経てば経つほど大きな変化と成り得る。

 

「響、最近髪伸ばしてるの?」

 

「うん」

 

 響の母が部屋の掃除をしながら、ソファーで髪をかき上げている娘に話しかける。

 昔は響の活動的な性格をそのまま表すようなショートだった彼女の髪は、あの事件の大怪我の後、何故か異様な伸びを見せていた。

 髪の伸びが落ち着くまで切り揃え続ければ以前のような髪型を維持できるのだろうが、響は意図して髪を伸ばし、形を整えるに留めていた。

 女の子らしくする気になったのかしら、と響母は思う。

 

「良いけど、長い髪は手入れが面倒よ? 面倒くさがりの貴女には向かないんじゃない?」

 

「いいの」

 

 一見、気まぐれの思いつきにしか見えない行動。

 娘が何を考えて髪を伸ばしているのか、母が伺い知ることはない。

 

「これでいいの」

 

 立花洸が消えてから、はや二ヶ月。

 母に対する娘の態度にも、娘に対する母の態度にも、憔悴した様子は見られない。

 彼女らは今日も、強く生きている。

 

「……ん」

 

 響は髪をかき上げて、耳にイヤホンを差し込んだ。

 そこから流れる歌は、あの風鳴翼の新曲。災厄の後、初めて発売されたシングルであった。

 響が買ったツヴァイウィングのCDはこれが初めてだったが、初めて聞いた時は彼女も思わず泣いてしまったほどに、この歌の出来は素晴らしいものだった。

 

(本当に、いい歌だなあ)

 

 もうこの歌を何度聞いたか、響には分からない。

 一番大切だった人の喪失を嘆き、悲しみ、「それでも私はあなたの居ないこの世界を生きていく」と翼が歌う歌が、響の心に染みていく。

 国民的人気アーティストである翼のこの歌もまた、国内の風潮を和らげる効果を生んでいた。

 奏を思って紡がれたこの歌は、多くの人の手に行き渡り、多くの人の心に深く浸透していく。

 人の死は『誰かのせい』と思うより先に、『悲しい』と思うものであるのだと、多くの人に知らしめていく。

 

 数ヶ月前に発売されたこの歌は多くの人の心を魅了し、響の心もまた捉えて離さなかった。

 

(どんな人が、この歌を歌ってるんだろう……)

 

 響は辛い日々を乗り越える力を、翼の歌から貰っていた。

 歌っている本人と顔を合わせぬままに、人の心を救う歌に救われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十七話:だから笑って 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛歌は医大付属の高校に進学した、とゼファーに言った。

 ならその学校はどこか、と言うと実は東京にある。

 そこには東京に居る姉と一緒に暮らすことを夢見て、進路先に姉が住んでいる東京を選んだ愛歌の想いがあったのだが……結局、その願いも叶わなかった。

 そこに抱いた悲しみを微塵も見せないところからも、愛歌の心の強靭さは伺える。

 

 愛歌は地元を離れ、東京に来た。

 なので彼女は今衣食住の内二つが足りていない。

 居住地がなく、手持ちの衣服は足りず、金もない。

 彼女は何にも先んじて、この東京における住居と生活基盤を手に入れなければならなかった。

 

 そこで二課のホワイト企業っぷりと、愛歌の遠慮の無さが光る。

 二課は期限の指定も無しに本部の空き部屋を愛歌に貸し、資金援助をすることを提案したが、愛歌はそれを入学まで・自分が生活基盤を手に入れるまでと期限を付けた。

 そも、愛歌が二課から受け取った奏の通帳と、愛歌を引き取ってくれた親戚の夫婦からの仕送りだけで、彼女は十分に生活できるのだ。

 その上、愛歌は勉学とアルバイトと人付き合いを全てそつなくこなせるタイプである。

 過剰な資金援助は必要ないし、むしろ気が引けてしまうのだ。

 

 と、いうわけで。

 愛歌が住居を見つけるまでの期間、彼女は二課にて衣食住を保証されることになったのだった。

 その一環として、愛歌が少しの間使うだけの普段着を見繕うべき、と女性陣から話が上がり。

 結果、翼は愛歌に手を引かれ、街に繰り出すこととなっていた。

 

「まっさか翼さんに真っ先に連れて来られたのがしまむらだなんて……

 え? その服どこで買ったの? どういうことなの? あたしめっさビビってるよ?」

 

「ふ、服は奏と緒川さんに選んで貰った方が確実だから……」

 

「姉さん言ってたよ。翼はセンス悪くないんだから自分でも選んでみたらいいのに、って」

 

「! 本当に?」

 

「ホントホント。そういうことで、翼さんも自分の服を選んで買ってみましょうねー」

 

「ああ! ……ん? あれ、何か乗せられてる気が……」

 

「気にしない気にしない」

 

 文明の利器スマートフォンにより近場の別の服屋に向かった二人は、年頃の女の子らしく、自分達の境遇や人生を忘れて、この時だけは無邪気に笑い服を選んでいた。

 翼が愛歌の服を選び、愛歌が翼の服を選ぶ。

 二人が巻き込まれている非日常を思えば、ひどく浮いている光景。

 翼にいたっては聖遺物に関わる日々こそが日常であり、こうして同年代の女子と一緒に服選びをする日の方が非日常である始末。

 

 見方を変えれば、これもまた、翼の大親友である奏が死んだ日に失われていたもの。

 翼が奏と一緒に服を選び、笑い合うという"かつてあった日常"に似て非なるものだった。

 そして今日、それは形を変えて取り戻されていた。

 

「これとかどうかな?」

 

「それは少し、露出が多過ぎる気がする……私は遠慮しておきたい」

 

「だね。ま、見せただけだから」

 

 賑わう街を服屋から服屋へ、二人の少女が渡り歩いていく。

 

「これどう? 翼さんならダークでかっこいい感じになりそう」

 

「んー……ドクロは、死を連想するからって身内に嫌いな人が居るから、ちょっと」

 

「あらら」

 

 翼の方が一つ年上だが、終始愛歌が手を引くような形であった。

 

「好きな色は?」

 

「青」

 

「なるほど。ちなみに姉さんの好きだった色は……」

 

「赤でしょう?」

 

「あー、そりゃ知ってるかあ」

 

 まるで、少し前まであった奏と翼の関係を見ているかのように。

 

「ならこれは!」

 

「私が着るには柄にハートが多過ぎる!」

 

 やんややんやと、二人はこの買い物を楽しんでいるようだ。

 女が一人足りないが、それでも相当に姦しい。

 ひと通り服と少々の日用品を買い終えた二人は、お茶をして――なお、コーヒー――一息ついていた。

 

「スタバ来るの久しぶりだ、ってあたし今気付いたわ」

 

「私とて久しぶりだ。最後に来たのは、奏と一緒に来た時だったからな」

 

 翼は静かに笑っていて、今日という日を楽しんでいるように見える。

 ただ、一緒に過ごす内に、愛歌の目には彼女の様子が少し硬いように見えてきた。

 ちょっとだけ居心地が悪そうというか、不快そうではないが、屈託なく笑ってはいないように見えたのだ。

 

「こういうのは嫌い?」

 

「いや、そういうわけではない。ただ……」

 

 愛歌がそう問えば、翼は困ったように笑って、表情に罪悪感を浮かべた。

 

「私がこんなに楽しくていていいんだろうか、とな」

 

 天羽奏の死は、ゼファーにとっては何度目かの『大切な人の死』ではあったが、翼にとっては初めての『大切な人の死』。

 その二つに生じる特に大きな差異は、心に付く傷の深さではない。

 心傷付いてから、立ち直るまでにかかる期間の長さだ。

 ゼファーと翼の違いは、大切な人の死に慣れているか、そうでないか。

 だから愛歌は、翼とゼファーを見比べて、二人の状態を明確に"違う"と判断していた。

 

(奏。奏なら、今の私になんて言うだろう……?)

 

 物思いに耽る翼を見て、愛歌は翼に呆れつつ、姉をそこまで大切に思っていてくれたことを嬉しく思い、暖かな心持ちになる。

 

(……姉さん。あたしどうやら、この人が嫌いじゃないみたいです)

 

 愛歌が奏の死を引きずっていた二課の皆に一人一人声をかけてくれたおかげで、二課の多くの人間が、あの日の傷を乗り越えつつあった。

 だが、風鳴翼はまだそれを乗り越えていない。

 愛歌はカップの中身を一気に飲んで、翼と話しつつ、髪留めのゴムを外す。

 

「そういう不器用な生き方、嫌いじゃないけどね。

 姉さんなら、もっと肩の力抜いて気楽に生きろ、くらいは言いそうじゃない? こう……」

 

「え?」

 

 愛歌はポニーテールにしていた髪をほどき、整髪料で固めていた己の髪をくしゃくしゃと適度に荒らしていく。

 姉と過ごした記憶を頼りにして、口調と声色を姉のそれに寄せる。

 そして最後に、童顔を補うように、かつ男らしさをにじませた姉に近い表情を浮かべた。

 

「翼がどんなにつっぱねようと、あたしはあんたのやりたいことに手を貸すさ。

 あたし達はツヴァイウィング。片翼だけじゃ成り立たないから、この名前なんだ」

 

 そうして取り繕って姉を真似た愛歌の姿は、奏ととてもよく似ていた。

 

「翼のやりたいことはあたしが、周りのみんなが助けてやる」

 

「―――」

 

「目に見えなくたって、そばに居るさ」

 

 愛歌が奏の死を引きずっていた二課の皆に一人一人声をかけてくれたおかげで、二課の多くの人間が、あの日の傷を乗り越えつつあった。

 だが、風鳴翼はまだそれを乗り越えていない。

 幻視でもいい。記憶の想起でもいい。妹の妄想でもいい。奇跡のように届いた声でもいい。

 たとえ、それが幻想でも。

 翼を完全に立ち直らせられるのは、奏だけだ。

 

「姉さんなら、こう言いそうでしょ?」

 

「……ああ、言いそうだ」

 

 愛歌が表情、声色を戻し、咥えたゴムで髪をまとめ直すと、大親友の翼ですら一瞬"奏の姿"と重なった愛歌の姿が、元に戻って行く。

 幻想の奏が、薄れて消えていく。

 だが、これでいい。これでいいのだ。

 

「翼さんには姉さん以外にも大切な人が居るんでしょ?

 なら大丈夫。その人達をちゃんと見てれば、その内大丈夫になるはずだわ」

 

「そうだろうか?」

 

「そーよ。一人になった傷は、一人じゃない時間が癒してくれるって相場が決まってるもの」

 

 これで十分。

 

「さっさとシャキッとして欲しいな、姉さんの大親友さん。それが一番の供養になると思うしさ」

 

「……!」

 

 愛歌は他人の中に躊躇いなく踏み込む奏より、更に迷いなく深く踏み込むタイプである。

 その言葉はざっくりとしていて、かつ強烈だ。

 言葉で他者の気分を害する可能性が、姉の奏よりも更に高い彼女だが……その分、その言葉は『当り障りのない』の対極にある豪速球ストレートである。

 奏の妹に、奏のためにシャキッとしろと言われれば、翼に活も入るというものだ。

 

「ええ」

 

 翼の返答に込められた気持ちに、愛歌は静かに笑んだ。

 今の翼には、奏の死が生んだ弱さがある。傷がある。こじらせた面倒臭さがある。

 人との出会い、人との触れ合い、流れる時間こそが今の翼に必要なものだ。

 翼の大親友の妹、翼の大親友が残したたった一人の肉親は、翼がまた昔のように羽撃くための一助となりて、翼の心に小さくとも確かな変化をもたらす。

 

「さて、と。それじゃ、そろそろ行こっか」

 

「次はどこに行くのか決まっているのか?」

 

「いんや、決める必要はないかなーと」

 

「?」

 

 先導する愛歌に首を傾げつつ、翼は黙って付いて行く。

 

「あそこにコンビニがあるじゃない?

 姉さん、ああいうコンビニであんまん買うの好きだったんだ。

 あそこに咲いてる桜があるでしょ?

 桜を見る度、姉さんが積もってた桜踏んづけて転んじゃったこと思い出すなあ」

 

 すると愛歌は街の色んな場所を指差しながら、指差した場所と絡めた奏の想い出を語り始める。

 初めは驚きや感嘆を混じえて相槌を打っていた翼だが、途中であることに気付く。

 愛歌が語る奏の一面は、翼が知らない奏の一面であるのだということに。

 

「こうやって、さ……

 あたしの知ってる姉さんを教えるから……

 翼さんの知ってる姉さんのこと、教えてくれない?」

 

「……だから、今日私を連れて来たのか」

 

「ん」

 

 愛歌は復讐に落ちる前の姉の笑顔しか知らない。

 翼は復讐に落ちて再起した後の奏の笑顔しか知らない。

 二人は奏を一番大切な人と定義していた人間でありながら、互いに特定の期間における奏には会ったことすらなく、奏の一面を知ることができていなかった。

 が。

 二人が互いに奏のことを語り合えば、二人は今まで知らなかった奏の一面を知ることができる。

 

 腫れ物に触るような扱いの正反対を愛歌は行く。

 彼女は死人のことを話さないようにしよう、その話題を避けよう、なんてことは絶対にしない。

 むしろ翼と徹底して奏の想い出を話し合おうとしていた。

 奏のことを語るたび、聞くたび胸が傷んでいる今の翼を、奏のことを笑顔で話せる明日の翼とするために。

 それが自分の知らない姉の一面を知ると同時に、風鳴翼に気合を入れる方法だと、彼女なりの思考で考えていた。

 

「あたしはさ、辛気臭いこと話すためだけに翼さん連れて来たんじゃないってことよ」

 

 愛歌に導かれるままに、翼は街中で奏の想い出を語り、愛歌に奏の想い出を語られる。

 街のどこを見ても、奏の想い出がある。

 街のなにを見ても、奏の想い出が蘇る。

 奏の想い出が、そこに生きている。

 

(……奏。私、今日もここで生きてるよ)

 

 己の胸の中、そしてこの世界のいたる所に『想い出』として生きている奏を見て、翼は愛歌が自分の方を見ていない内に、そっと目尻の雫を拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは作戦発令所のPCの一つの基盤を開き、配線を付け替えてハード面をいじる。

 了子はPCに繋いだコンソールを叩いて、ソフト面をいじる。

 二人はそうして、調子が悪くなっていたPCの一つを修理していた。

 それどころか、それと平行して談笑するという器用なことまでこなしていた。

 

「そういえば、一人暮らし始めると野菜が微妙に高いこと実感するんですよね。

 アイカにその辺忠告した方がいいんでしょうか。ちゃんと買って食えよ、みたいな」

 

「あの子の将来の美貌のために、私としては是非しておいて欲しいわねえ」

 

 幼少期から機械をいじっていて二課の面々に教えを請うていたゼファー、そこに二課の基礎設計のほとんどに関わっていた了子のコンビだ。

 この二人でかかるなら、この施設で直せない機械はあるまい。

 

「で、どうなの? ゼファー君、惚れた?」

 

「惚れた人の妹だから即惚れます、なんて俺どんだけ軽薄なんですか。ないですよ」

 

 軽くプログラムを走らせて、問題がないことを確認し、ゼファーは基盤を閉じて了子はOSのダウンロードを始める。

 

「でも、カナデさんが突き放してまで危険なことに関わらせまいとしてた子ですから。

 何があっても危険な目にはあわせませんよ。何かあっても、必ず守ります」

 

「男の子ねえ」

 

 また一つ背負うものが増えたゼファーだが、その様子に何か変わった様子は見られない。

 どれだけの数の重荷を背負おうと、どれだけの重さの重荷を背負おうと、今のゼファーの精神はビクともしない。背負ったものの重荷に潰されるということはまず無いだろう。

 男らしい宣言に、強い言葉を使った言動がちゃんと付いて来ている。

 細かな所に見えた成長の跡に感じた感情を、了子は分かりやすく一言にまとめていた。

 

「よぅし、これで一区切りね。それじゃ、私はちょっと出張があるから」

 

「いってらっしゃい。お気をつけて、リョーコさん」

 

 了子が二課を出て行くのを見送って、ゼファーはオペレーターの皆に茶を淹れる。

 二課の面々に礼を言われつつそれらが一通り終わったら、弦十郎の代わりにリディアンの来年度予算の最終チェックのお仕事開始だ。

 予算ほど重要なものとなれば複数人でチェックするのは当たり前であり、ゼファーがミスをしたところで決定的な破綻には繋がらないだろうが、それでも適当にやっていい仕事ではない。

 ゼファーは問題なしと判断した書類に自分の判子を押して、デスクの脇に積み上げていく。

 それが終われば用務員の仕事。

 必要な備品の種類と価格を記した書類を、提出・申請する準備を終える。

 

 了子が二課を出立してから一時間以上は経っただろうか。

 給料分働いたゼファーは席を立ち、一通りの仕事を終えた後はリディアンを掃除して更に綺麗にせねばと地上に向けて歩き出し、二課の廊下でばったり知った顔と出くわした。

 

「あ」

「あ」

 

 その顔を見たのは一年ぶりで、話した回数も多くはなかったが、ゼファーはその顔をちゃんと覚えていた。

 

「ツヤマさん?」

 

「覚えていていただけて光栄です! 本日はここに、転属の手続きを終わらせるために参りました」

 

「あ、自衛隊からの補充要員として来てくださったんですか。助かります」

 

「ええ、明日からは自分も二課の一員です。よろしくお願いします!」

 

 津山一等陸士。アースガルズ戦の時、ゼファーやツヴァイウィングと僅かな繋がりを持っていた陸上自衛隊の一人だ。

 20代前半と相変わらずかなり若い。

 あの戦場でナイトブレイザーの背中に、シンフォギアの歌に、貰った勇気を振り絞って陰ながら戦っていた自衛隊員の一人でもある。

 人員が足りなすぎる二課の新人として、転属して来てくれたようだ。

 優秀で口が堅い人員が欲しいという二課の要望と、それに出来る限り応えようとした自衛隊上層部の思惑と、津山の志望が重なった結果だろう。

 

「うちの弟が最近ご迷惑をおかけしたようで、すみません」

 

「弟? ……あ」

 

 その時ようやく、ゼファーの頭の中でピースがカチリとはまる。

 

「ああ! ヒビキの同級生のルチオくん!」

 

「ええ、あれが自分の弟の流知雄です。

 あなたに色々と影響を受けたらしく、今では将来のことも真剣に考えているらしいです。

 あいつが高校を出て、自衛隊に入って、縁があれば二課(ここ)に配属されるかもしれません」

 

 津山兄弟とゼファーの奇縁。不思議な巡り合わせもあるものだ。

 まるで『何か』に引かれて、縁で繋がる人々が"特異災害対策機動部二課"という場所に集っているかのようだ。現状では、誰もそう思ってはいないが。

 一年後、五年後、十年後の二課はどんな人間達が集っているのだろう。

 未来に思いを馳せたゼファーは、直感がその想像に嫌な印象を何も感じさせないことを認識し、少しだけ心穏やかな気持ちになれた。

 

「自分の正式な転属は明日からとなります。これから、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いし――」

 

 力強い敬礼を見せてくる津山に対し、ゼファーは軽く頭を下げようとして。

 

「――ん?」

 

 "理屈も理論もなく未来を感じ取る"という反則の中の反則、『嫌な予感』を感じたというだけで不意打ちの全てを陳腐化させる規格外。そんな直感で、迫り来る危機を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、日本という国を東にずっと行った地点の海上。

 青い海が赤く染めあげられている。

 大きな空母が一つ、中破状態で海上を漂っていた。

 

「――!」

「……!」

「ーー!」

 

 炎上する甲板を、米国の軍人が走り回る。

 研究職の人間が、現状の最悪を伝えて回る。

 いかにも経験豊富といった風貌の剛健な男性が、声を上げて統制を取る。

 誰もが平静では居られない惨状の中、たった二人、この場で冷静さを保っている男女が一触即発の空気を作り上げていた。

 

「……これは、あなたの仕業かしら? Dr.ウェル」

 

「何を言うんですかフィーネ。生化学が専門の僕が、何をできたっていうんですか?」

 

「……」

 

 片やフィーネ・ルン・ヴァレリア。

 片やジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 この惨状の原因がウェルであると、フィーネは思っているようだ。

 

「僕らF.I.S.はあなたの言う通りに、忠実に動きました。

 あなたが回収した、あなたのものとなったベリアルの欠片。

 それをノイズロボに使った技術の応用で、僕らは新たなゴーレムとして生まれ変わらせた」

 

 甲板に燃える炎を背景に、ウェルは笑う。

 愉快そうに。煽るように。相手の神経を逆撫でするように。

 彼は意図してそうするし、意図しなくても自然とそうしてしまう、生来の嫌われ者だ。

 フィーネの詰問をウェルは否定するが、その態度こそが真実を如実に表していた。

 

「そして今日ロールアウトし、米国高官の立ち会いのもと、あなたに渡そうとした。

 日本から送られてきた破片を、米国で組み上げた僕達に!

 あなたの要求を全て断らずに受け入れて仕上げた僕達に!

 何か非が、企みがあると、あなたはおっしゃるわけですねえっ!?

 ゴーレムが"何故か"暴走し、船を焼いてひとりでに飛び出した元凶は、こちらにあると!」

 

 フィーネはこの惨状がウェルのせいだという推測を、確信に至らせる。

 だが彼の言う通り、証拠はないのだ。

 何より今は時間が惜しい。

 フィーネは自分で回収したベリアルの残骸をF.I.S.に渡し、トカ博士を初めとする開発チームに"新たなゴーレム"を作り上げさせたというのに、それが暴走してしまったというこの現状。

 今の彼女には議論している時間すら惜しい。

 

「……分かったわ。疑ってすまなかったわね」

 

 去り行くフィーネの後ろ姿を見て、ウェルは笑う。

 彼は口では否定していたが、なんてことはない。

 ベリアルの残骸から作り上げられたゴーレムが暴走した原因がウェルであるという推測は、大当たりであったのだ。

 

 ウェルは先日、新生ゴーレムの開発を担当していたトカ博士の会話の暴力に耐えつつ、酒をじゃんじゃん飲ませて酔い潰し、トカ博士のノートパソコンから各種データを抜き取っていた。

 そのついでに痕跡が残らず察知も出来ない裏コマンドの仕様とパスを把握する。

 つまり、新生ゴーレムは暴走したのではない。

 ウェル博士がインプットしたコマンドの通りに動いているだけなのだ。

 

 ゆえに、新生ゴーレムはこの船を中破程度に抑えて破壊し、日本へと一直線に向かう。

 

(さあ、ゼファー・ウィンチェスター。これでシャギリは鳴った)

 

 今回、ウェルはこのゴーレム暴走の責任を自分が取るだろうとは思っていない。

 まずウェルがゴーレムを暴走させたという証拠がない。

 この時点でウェルだけが責められるということはまず無い。

 そしてフィーネにウェルがゴーレムを受け渡すこの場の責任者として、議員の二世なだけの無能でかつ敵が多い米国の高官が立ち会っていた。

 フィーネは有能。ウェルも有能。そしてこの二人は、その米国高官ほど偉くはない。

 

 "責任を取らせる"相手として適任なのは、古今東西『無能』『偉い』『誰かの邪魔になっている』人間である。

 責任を取らせても組織の力を弱めずに済み、偉い者に責任を取らせることで納得する者が増え、あまつさえ得する者までもが発生するからだ。

 無能を切って有能を残そうとする者、偉い人を潰し自分の上のポストを空けようとする者、別派閥の邪魔者をこの機会に消そうとする者。

 そういった者達があの米国高官に責任を被せ、他の者の責は問わないという形にしてくれるだろうと、ウェルは悪巧みする。

 

 それは、おそらくその通りになるであろう悪辣な未来予想であった。

 

(ゴーレムを見て、君らの日本の雑多な有象無象どもは騒ぐ。あの日のことを思い出すだろう)

 

 ウェルには見える。この戦いの顛末が。

 ゴーレム暴走の責任を取らされ消える米国高官、破壊された新生ゴーレム、後に残るはナイトブレイザーとシンフォギア……そして、ウェルが望んだ戦闘データのみ。

 

(その中で君がどう動くか。君の積み重ねが何を成すか。僕に見せてくれ)

 

 誰もがジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスの本当の望みに気付かぬまま、踊る。

 

(僕の夢のために!)

 

 彼の視線の先、水平線の彼方には、日本があった。

 水平線に遮られ、ウェルの目にも映らぬ彼方に、破壊され始める日本があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、ゼファーに粉砕されたベリアルの残骸から生み出されたゴーレムが、日本の上空に現れる。

 先史の時代に生み出された八体のゴーレムではない、この時代に生まれたゴーレム。

 それを見上げて、街の住人が一人、また一人と声を上げていく。

 

「おい、あれ……」

 

 全ての武装が近接戦用だった仕様を、全て遠距離戦用装備という対極の装備タイプにシフト。

 増設したジェネレーターで出力を引き上げ、高起動火力型仕様に変更。

 騎士然とした姿を維持しつつ、アースガルズのバリアを模したバリアまで搭載。

 変形機構はもう残ってはいないだろうが、その背に広げられた翼は以前よりなお美しい。

 

 何より、そのカラーリングの変化が顕著であった。

 バニシングバスターに焦がされた色の体に煌めく、金の塗装と増設装甲が美しい。

 放熱用の体表ラインに輝く赤模様が、装甲の上で実に映えている。

 

 真銀の騎士は焼き焦がされた後、金の彩色を施され、今や赤金(あかがね)の騎士と化していた。

 

 粉砕されたベリアルの破片から生み出されたそれは、もはやベリアルではない。

 

 『ヨトゥンヘイム』。

 

 それが、銀から金へと生まれ変わった騎士のゴーレムが戴く、新たな名であった。

 

「金色だ」

 

 街の住民が、その姿を見て声を上げる。

 

「『金色の騎士』だ!」

 

 国単位で刻まれた恐怖とトラウマを目覚めさせ、叫ぶように声を上げる。

 

「うわああああああああああああッ!!」

 

 繰り返される金色(こんじき)の襲撃。

 再び行われようとしている虐殺と悲劇。

 焔の金騎士のように、赤金の騎士は手にした双銃を地上に向け、人々に向け撃ち放った。

 

 

 




真銀の騎士-壊れた部分
     +金色要素
     =ヨトゥンヘイム

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