戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
『聖詠』とは、装者が戦う意志や祈りとして発した想いをシンフォギアが受け取り、音叉のように想いの送り主の胸に反響させる、一種のコマンドワードである。
翼であれば、
奏であれば、
シンフォギア装者は胸に浮かんだ聖詠――胸の歌――を口にすることで、聖遺物の欠片をエネルギーレベルにまで還元し、アンチノイズプロテクターとして再構築するのだ。
聖詠は戦意、願い、祈りを素として構成されるもの。
すなわち、ここにも『その人間の本質』は現れる。
アームドギアが使い手の心を映し出す鏡であるのと、同じように。
翼であれば、剣として在りたいという頑なな覚悟に、自身の名へ向ける複雑な感情。
奏であれば、死を覚悟した上で揺らがず据えた敵への殺意。
聖詠はその人間の一側面だ。
口にされた聖詠がその人間の全てを表すわけではないが、聖詠として口にされた言葉の羅列は、その人間の中に確かにある一側面である。
破滅や喪失なるワードが聖詠に含まれる人間の中には、"そういう一側面"があるということだ。
聖詠とは、どこまでもその人間の心の一欠片が歌となったものである。
第二十八話:覚醒の鼓動 3
先手必勝。
ナイトブレイザーは砂漠に落ちた一つの針よりも希少で見つけ難い勝機を求め、誰よりも先に行動を開始した。
ネフシュタンの少女の狙いが自分であることは、会話の中で確信していたことだ。
ゆえにナイトブレイザーは全力で横に跳び、響達から離れる。
自分が離れなければこの二人を巻き込んでしまう、自分では守り切れない、そんな確信もまた彼の中にあったから。
そしてナイトブレイザーは焔の黒騎士の名に恥じぬ焔の連弾を放つ。
ネフシュタン、アースガルズ、ディアブロの足を止める目的の牽制攻撃だ。
牽制とはいえかすっただけで即死に至らせる極悪さは秘めている。
……にも、かかわらず。
ネフシュタンの少女が両腕で宝石状の鞭を振るうと、全ての炎弾は叩き落とされてしまった。
(! どういう眼と、精密性だ……!)
ゼファーも歴戦の戦士である。
その攻撃には工夫に工夫が重ねられていて、多くの戦士の技術の模倣が組み込まれていた。
炎弾は直線と曲線の軌道を織り交ぜられ、遅化弾と速化弾が同時に撃ち放たれており、炎弾の影に炎弾が隠れひと目では全弾の軌道が見えないようになっている。
それを鞭の一振りで全て撃ち落とすなどということは、10発入ったマシンガンをノンストップで連射して、空を舞う十匹のハエに一匹一発で全弾命中させるようなものだ。
ここに来て、最悪な要素がまた一つ増える。
ネフシュタンを扱う白鎧の少女……この少女個人の戦闘技能は、おそらく翼やゼファーと比べても遜色ないレベルにある。
「おらおら真っ黒おべべが泣いてんぞッ!」
そしてその少女が防御に振るった鞭の軌道を変化させ、隙なく防御から攻撃に移ったのを確認する前に、ナイトブレイザーは直感的にステップで回避する。
彼が回避した地点の地面が、強靭な鞭の一撃によって粉砕された。
「!」
回避しつつ、ナイトブレイザーは周囲を見ずにARMで認識。
眼ほどの正確さはないものの、拳が届きそうな位置にディアブロが迫り、アースガルズが背後から迫り、ネフシュタンが接近してきているこの現状では頼らざるを得なかった。
「ぐっ……!」
ナイトブレイザーは左手をネフシュタンの方向へ向ける。
そして焔を指定範囲に遠隔発生させ、その指定範囲内の空間と大気を一瞬で焼滅させた。
真空の発生作用により周囲のものが引っ張られ、直接的に焔が当たったわけでもないネフシュタンの少女はバランスを崩し、ほんの数秒だけゼファーへの攻撃タイミングが遅れる。
そこでゼファーは残った右腕で、燃えるガングニールをディアブロの腹に叩き込まんとしたが―――ほんの一呼吸の内に、転がされてしまう。
「っ!? ぐあああッ!」
右腕を突き出した動きに合わされ、ディアブロに足で転がされ、転ばされた後に足を足関節に極められてゴキリと折られる。転ばされたことにすら、足首を折られてから気が付いた。
それほどまでに、ゼファーとディアブロの間には技量の差が存在するということだ。
あまりにも美しく無駄のない、流れるような技の流れ。
技量勝負に持ち込まれれば、ゼファーがディアブロに勝てるわけがない。
かの風鳴翼ですら、結局ディアブロ相手に技量で勝つことはできなかったのだから。
「どけッ!」
ゼファーは起死回生を狙い、関節を極められた状態でディアブロに焔を撃つが、最初から予測されていたのだろう。呆気無く回避されてしまう。
距離を取るディアブロに追撃を撃たず、ゼファーは間近に迫って来ているアースガルズの姿を視認し、そのバリア体当たりを回避するため跳躍の姿勢に。
だが、ディアブロの足関節は完璧だった。ゼファーの右足首は完全に破壊されていたのだ。
跳躍の際に、やせ我慢が得意なはずのゼファーの片足は全く機能しない。
結果、高く跳躍することができず……ナイトブレイザーは、対消滅バリアによる体当たりを真正面から食らってしまう。
「―――が、あっ」
今日一番の大ダメージ。
飛びそうになる意識を、彼は内的宇宙で歯を食いしばって何とか繋ぎ止めた。
多量の正の感情により最大限にまで強度を高められたアガートラームの鎧でなければ、この一撃でこの世界から跡形もなく消滅していただろう。
何とか死こそ免れたが、今のをもう一度喰らえばほぼ確実に死に至る。
それを自覚し、ゼファーは朦朧とする意識をなんとか正常な状態に戻したのだが、戻した瞬間に腹にカカトを叩き込まれる。
アースガルズに跳ね飛ばされ、空中に跳ね上げられた自分の腹にネフシュタンがカカトを叩き込んできたのだと気付いたのは、それを喰らった後だった。
「げ、ぼっ」
「おらどうした、子供の前で格好付けてみろよヒーロー!」
ネフシュタンのパワーは凄まじく、カカト落としを喰らったナイトブレイザーは叩き落とされるに留まらず、地面にぶつかり高くバウンドする。
そこに迫るは、ネフシュタンの正確無比な宝石の鞭による攻撃。
更には、その隙間を埋めるディアブロが放った固体と液体の炎熱攻撃。
トドメとばかりに、その攻撃に続くアースガルズの対消滅バリアの連続射出だった。
ダメージがまだ抜けていないナイトブレイザーに、過剰な量と威力の飽和攻撃が迫る。
「なら、そうさせてもらうっ……!」
ゼファーは、自滅覚悟で全身から全力でネガティブフレアを放出した。
かつて腕だけでも勝機を失いかけたほどの苦痛、燃焼と再生を繰り返す苦しみと痛みが全身に広がる。それは命を削る一撃だった。
非効率極まりないその一撃は、肉体的負荷の絶大さに相応の威力なんてありはしない。
されど全方位に全力で攻撃を行うという特性から、ディアブロの炎の攻撃を片っ端から呑み込み焼き尽くし、生存の確率を0から一桁まで引き上げてくれる。
ディアブロの炎を防いだところで終わりではない。次に迫るは二条の鞭だ。
飛んで来た鞭の一本をなんとか見切って両手で白刃取り。
二本目の鞭は足で弾……こうとしたが、その選択は詰みに繋がると直感的に理解し却下。
両手で掴んでいた鞭を全力で引っ張り、ネフシュタンの少女の体のバランスを崩して、遠回しに二本目の鞭の軌道をズラした。
そして傷んでいない左足で空を跳ね、飛んで来た球形の対消滅バリアをギリギリ回避。
最後に攻撃インターバルすらも早かったディアブロからのプラズマ弾が飛んで来て、ゼファーは読んでいたそれを防御しようとする。
だが、読んでいたことと防げることはイコールではない。
敵からのダメージと、自分の技で自分に与えたダメージ。
その二つで動きが鈍っていたゼファーに、彼女らの三位一体の攻撃を最後まで処理し切る力など残ってはいなかった。
プラズマ弾の半分は撃墜した。
だが残り半分は邪魔されずに直進し、回避に動いた黒騎士の左肩と右腰を打ち据える。
約一億℃の熱量が、ナイトブレイザーを焼いて壊した。
「づ、ぁ、あ゛ッ!?」
熱量と衝撃で、ゼファーは途轍もない苦痛を味わいながら吹っ飛んでいく。
ナイトブレイザーは反則の塊だ。
思えば動く超反応の体。未来予知に近い直感。時間加速のアクセラレイター。跳ねるように動ける空中走り。多少のダメージは無視できる超硬度の鎧。
されど、それでも。
この三者相手では果物ナイフ以下の武器にしかならない。
自身の処理能力を圧倒的に上回る飽和攻撃をくらい、ナイトブレイザーは膝をついたまま立ち上がることすらできない状態であった。
「ぐ、ず、あ……」
「お前みたいな奴、嫌いなんだよ」
激痛に耐えるナイトブレイザーの青年を、ネフシュタンの少女が蹴って転がす。
そして仰向けになった騎士の仮面を、白鎧の足裏で強く踏み躙った。
「こんな平和ボケした世界でよ……
ヒーロー面してさぞ気分が良いだろうな。
……本当に辛くて、ヒーローが来て欲しいって願ってんのに来てくれない……
そんな子供がこの世界の色んなところに、山ほど居るってことも知らねえんだろうなあ」
少女の声には、底の見えない憎悪が込められていた。
戦争すら放棄した日本という土地で、一つの国の中でしか活躍していない英雄を見て、英雄を救世主と讃える人間を見て、この少女は憎悪を抱いた。
英雄も、正義の味方も、気に入らない。
"そんなもの"は本当に苦しい時に助けてなんてくれない。
ゼファーは少女の声から、そんな意志を感じ取る。
「なんでてめえは、もっとお前を必要としてるガキがいっぱい居るとこに行かなかったんだ」
彼女の言葉には、どこか凄惨な響きがある。
心の底から助けを求めたのに、ヒーローが助けてくれなかった過去でもあるのだろうか?
大切な人を助けてくれと願ったのに、その大切な人を誰も助けてくれなかった過去でもあるのだろうか?
ヒーローでない誰かしか助けてくれなかった過去でもあるのだろうか?
過去は類推するしかないが何にせよ、ネフシュタンの少女の言葉には、人を救う英雄と持て囃されるナイトブレイザーへの屈折した憎悪が見て取れる。
「クソみてえな偽善者が……英雄だなんだと祭り上げられてる正義の味方気取りが……!
世間の影で誰にも知られずに死んでった奴が、何人……! 気に入らねえんだよッ!」
足を振り上げ、黒騎士の顔面を踏むように蹴り、コンクリートの地面に叩き付ける。
ガン、ガン、とネフシュタンの少女が黒騎士を傷めつけ続ける。
完全聖遺物の脚力は凄まじく、一撃一撃が装甲越しに確かなダメージを徹して来るほどだ。
だが、ゼファーも好き放題言われるだけで終わらせるような軟弱者ではない。
負けるか、とばかりに歯を食いしばり、反撃の台詞を口にする。
「……出来るなら、俺だって、世界中の苦しんでいる人を皆助けたい」
――――
「皆に……幸せで居て、欲しいんです」
「死ぬことも、苦しむこともなく、でも生きているだけの時間を過ごすのでもなくて……
具体性とか全然無いですけど、でも、それでも目指したくて……
皆がそう生きていける場所を守れる自分になれたらって、そう……」
――――
「それが、俺の夢だから」
幼い頃の幼稚な夢は、今では彼の中に彼の信念として息づいている。
信念とは心の力の源泉だ。本当に追い詰められた時、火事場の馬鹿力として顕現する。
足りない分は精神力で補うしかない。ゼファーは動かない体を無理無茶無謀に精神力のみで動かして、ネフシュタンの少女が振り下ろした足を掴む。
本来ならばこのまま焼き尽くすのだが、ネフシュタンは彼程度のネガティブフレアの出力ではやはり燃やせないようだ。そのまま、腕力のみで少女を横に放り投げる。
「てめえっ……!」
「だけど今の俺には、それをするにはまだ力が足りない。
だからできることをするしかない。
救える人を全員救って、救えない人も救っていく努力をしていくしかない」
震える足で立ち上がる。
胴にも正常に力は入らず、ふらりとそのまま倒れそうになるが、何とか運良く踏み留まった。
ファイティングポーズを取るだけで震える腕も、見ていられないくらいに哀れで弱々しい。
それでも、意志の強さは鋼鉄だった。
覚悟の強さは最強だった。
心の強さは無敵だった。
ネフシュタンとアースガルズとディアブロに、彼が勝っている点はそれしかない。
「俺はもう、誰かを生かしたいって気持ちに嘘をつきたくない。
偽善と言われても、人を助けることだけはやめない!
何があっても、俺は俺として、どこかの誰かを守り続けるッ!」
不撓不屈に立ち上がり、ゼファーは少女に向かって叫ぶ。
「それは絶対に、絶対だ!」
八年以上使い続けた言葉を叫び、青年は自らを叱咤する。
だがそれと同時に、プチリと、少女の中で何かが切れる音がした。
「―――ざっけんなああああああああッ!」
何故か。何故かは分からない。
だが彼の言葉は、少女の中の地雷を踏み抜いてしまったようだ。
「そいつはな!
てめえみたいな平和ボケした国の野郎が口にしていい台詞じゃねえんだよ!
そいつはな!
どうしようもない絶望の中で! どうしようもない現実の中で!
それでも諦めない奴が、仲間を勇気付けようとして口にする言葉なんだよッ!」
殺意が、敵意が、少女の白鎧の中で膨れ上がる。
「ぶっ殺す」
「殺させない。死なない。死なせない。俺のルールだ、殺されてたまるか!」
白鎧の少女が右足を踏み込み、左拳を振り上げる。
黒鎧の青年が左足を踏み込み、右拳を振り上げる。
そして互いに鏡合わせのように放った拳と拳が、二人の間で衝突した。
「しゃらくせぇッ!」
拳撃の技量はゼファーの方が圧倒的に上。
されど二年前の怪我の後遺症、今現在彼の体に残るダメージが、明確な差を作ってしまう。
ナイトブレイザーの拳は競り負け、のけぞらされてしまった。
加え、そこで彼の背中に追撃の一撃が叩き込まれる。
「がっ!?」
ネフシュタンの宝石の鞭は、両肩からだらりと垂れていて、振るうたびに伸縮自在で威力抜群という凶悪な特性を持っている。
そう、鞭の先は普段だらりと垂れて、下を向いているのだ。
ネフシュタンの少女はパンチで攻撃すると見せかけ、下に向いていた鞭を伸ばして、地面の下から、ナイトブレイザーの背後から鞭を飛び出させてその背中を強打したのだ。
おそらくは拳をぶつけ合う前からこの絵を描いていたのだろう。
拳の競り合いで勝てれば追撃。
拳の競り合いで負けても虚を衝いて敵に主導権を与えない。
どちらであっても損はしない戦闘論理だ。
激昂した状態で瞬時にこれだけの工夫をして来るバトルセンス。間違いなく天才の部類だろう。
「―――!」
そこにすかさず連携を合わせてくるのはアースガルズだ。
ナイトブレイザーの頭上に現れた板状の対消滅バリアが、ハエでも叩くかのように振り下ろされる。命中すれば今度こそ死にかねない。
そう判断したゼファーは、背中を強打された衝撃に逆らわず、逆に背中で焔を爆発させて更に加速し、前転に近い姿勢で転がるように回避する。
受け身を取って一瞬にて立ち上がるが、立ち上がる過程で彼の顔面に迫るは綺麗な白鎧のミドルキック。ゼファーは力ではなく、左掌と技を使って受け流す。
そしてネフシュタンの鎧の金属部分に覆われていない首筋に、右手の指で作った金属の手刀の先を突き出した。
決まった、と理性は思い、僅かな慢心を産む。
決まらない、と判断した直感が彼の中の慢心を抜き取る。
硬質なノイズでも貫通する手刀の突きは、なんと横合いから差し込まれたアースガルズの小型対消滅バリアにより、防がれてしまっていた。
「くっ……!」
「通用するかよ、んなもん!」
対消滅バリアは触れただけで大ダメージを受けてしまう。
全力で手刀を突き出していたことも相まって、彼の右手は完全に使い物にならなくなってしまっていた。右足首に続いて、またしても再生能力がおっつかないダメージが重なってしまう。
更にはネフシュタンの少女がカウンターで放った前蹴りが飛んで来る。
腕をクロスしてナイトブレイザーはそれを防ぐが、そのあまりの威力に体は浮いて、後方へと吹っ飛ばされてしまった。
この状況では一秒間宙に浮いているだけでも死に直結しかねない。
ゼファーは肩の上で小規模な焔の爆発を起こし、滞空時間を縮めて着地。
そこで息を整える間も与えてくれず、目の前に迫り来るディアブロの姿を目にした。
「っ!」
ディアブロはブースターやスラスター、特殊能力などの一切を使わず、洗練された歩法によるステップのみで距離を詰めてくる。
そしてナイトブレイザーのガードをかいくぐり、左ジャブ。
眉間に命中したそれが、黒騎士の動きを一瞬止める。
その一瞬の隙を突いて騎士鎧の腹に右ストレート。
腹への強烈な一撃に、ゼファーは動きを一秒止められてしまう。
そしてその一秒を使って、強烈な左フックが放たれた。
ナイトブレイザーの右こめかみに命中したそれは、ゼファーへ大きなダメージを与えつつ、その体を地面に転がした。
「ぎゃ、が、ぐっ」
器用で、精密で、洗練された格闘技術。
『真紅の暴風』の異名を持つ拳闘士の戦闘技能は健在のようだ。
ゴーレムの巨体とパワーが前提としてあるからこそ、この流れるような連撃も恐ろしい。
ゼファーには拳を一回当てれば破壊に至らしめるというアドバンテージが有るというのに、格闘技術に差がありすぎて拳がまるで届かない。
防御すらもままならない。
絶えず牽制を撃って状況をコントロールしなければ、主導権を握らなければマズい、と判断したゼファーは焔を一人と二体に向けてぶっ放す。
倒れた姿勢のままでだ。
そして出来た一瞬の時間で立ち上がり、主導権を握るための手を打とうとした……が。
(! 冗談だろ……!?)
その攻撃はネフシュタン、アースガルズ、ディアブロを守る『三つのバリア』に弾かれた。
「アースガルズ相手にそんなチンケな攻撃したって、通るわけねえだろ?」
以前戦った時、アースガルズは単騎だった。それでもその戦闘力は圧倒的だった。
だが、常識的に考えれば分かることだ。
自身を守り、仲間を守る防御特化の機体の強さが生きるのは……"集団戦"である。
アースガルズが仲間を守れば、守られている仲間は防御を考えずに攻撃に全神経と全能力を集中することが出来る。
仲間が敵を倒してくれるのなら、攻めて敵を倒すことを考えなくていいのなら、アースガルズも得意分野である防御に集中することが出来る。
理屈は極めてシンプルなのだ。
だからこそ、シンプルな絶望になる。
バニシングバスターさえも防いだことのあるアースガルズが、仲間のためにその全能力を防御に集中させている。その時点で、突破口など無いに等しかった。
(ヤバい……もう、変身時間も……!)
更に最悪なことに、ナイトブレイザーの変身時間も残り三分を切ってしまっている。
バリアの向こうでネフシュタン達がトドメの一撃を放つため、途方も無い量のエネルギーを溜めているのが分かっても、ゼファーはそれを止めることすらできない。
万策尽きた。億策も尽きかねない状況ですらある。
そしてバリアが解除されると同時に、三者三様の火力がナイトブレイザーに放たれた。
ネフシュタンの少女が放つ暗黒光球、『NIRVANA GEDON』。
かつてネガティブフレアを食い破りかけた、ディアブロのプラズマシューター・ビーム。
アースガルズが板と球形の二種を織り交ぜた、対消滅バリア数十個による光の圧殺。
ナイトブレイザーを十度消滅させてもお釣りが来るほどの火力であり、ゼファーのしぶとさを認識したネフシュタンの少女が"これだけやれば確実に仕留められる"、"これだけやらなければまだ食い下がってくる"と判断した火力であった。
(諦め―――るかッ!)
希望はどこにもない。
希望を諦めない。
迫り来る攻撃の壁を見て、ゼファーはまだ戦意を萎えさせていない。
そんな彼の危地を救ったのは、黒鎧の青年も白鎧の少女も巻き込むつもりなどなかった、一人の少女だった。
「!? どけ、バカ!」
「!? ヒビキっ!?」
立花響が、放たれた攻撃とゼファーの間に、両手を広げて立ち塞がっていた。
「私にできること、何が出来るかなんて分かんないけど、でも――」
彼女の体を盾としたとしても、この次元の威力の攻撃ともなれば和紙一枚と大差ない。
響の体は、紙切れのように弾け飛ぶだろう。
だが、それでも。
立花響は、友のために生身であっても命を懸ける。
「――私の友達は、私が守るんだッ!」
だって胸の歌が、心の臓に流れる血が、心に脈づく熱い想いが、こんなにも騒がしいのだから。
「高鳴れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
想いは届き、奇跡は起こる。
「
聖詠はその人間の一側面だ。
口にされた聖詠がその人間の全てを表すわけではないが、聖詠として口にされた言葉の羅列は、その人間の中に確かにある一側面である。
その人間の中にない一側面が、聖詠として唄われることはない。
聖詠とは、どこまでもその人間の心の一欠片が歌となったものである。
その聖詠は、今の響の中にある一側面、今の響の中に無い一側面を、如実に証明していた。
閃光が走る。
閃光が残した残光が響の体を包み込み、その体表を書き換えていく。
彼女の衣服が
「あああああああああああああああああああッ!」
"変身完了"。
橙と白と銀。それが服と水着と鎧を合わせたようなそれの、基本カラーだった。
手首から肩にかけて、足首から腰にかけては、黒と赤の二重ラインが一直線に引かれている。
その装備は、かつて天羽奏が纏っていた黒白橙のガングニールによく似た形状。
されど橙白銀、黒赤の五色で構成されるそれは、細かな所に差異が見受けられた。
その姿は、まごうことなく"ガングニールのシンフォギア"。
そして響が変身を完了すると同時に、ネフシュタン・アースガルズ・ディアブロの最大火力による攻撃は、『立花響の手によってかき消される』。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ありえ、ねえ……!」
ネフシュタンの少女から、驚愕の声が漏れる。
立花響の存在など、新たなガングニールの出現など、彼女の想定には無かったことだ。
「シンフォギア、だと……!?」
そして驚愕する少女と同様に、ゼファーもまた、驚愕していた。
(カナデ、さ……いや、ヒビキだ。見間違えるな)
響と奏は似た髪質をしていた。
髪色こそ違うが、二人並べれば親鳥とヒヨコのような印象を受けるくらいには似ている。
だからだろうか?
長く伸ばした髪を風になびかせ、ガングニールのシンフォギアを身に纏い、ゼファーを守るために立つ響の背中に―――ゼファーは天羽奏の姿を見た。
あの日恋した人の面影を見た。
ネフシュタンの少女は、響を最大限に警戒し始める。
特異災害対策機動部二課の隠し玉、という推測が彼女の頭の中に浮かんだ。
戦闘センスの塊のようなこの白鎧の少女は、先程攻撃をかき消された一瞬で、ある程度ではあるがこの乱入者の能力に当たりを付けていた。
(攻撃の余波で飛んでたコンクリートの破片には、何の干渉もされていなかった……
おそらく、こいつのシンフォギア特性はエネルギーの制御、無効化、吸収のどれかだ)
ネフシュタンの少女はあくまで最悪を想定する。
この能力が最上級のものであるならば、例えばシンフォギア装者が命を捨てて絶唱を撃とうとしたとしても、その絶唱のエネルギーを勝手に吸い上げて無効化さえ出来るかもしれない。
聖遺物由来のエネルギーを吸収し、ゲインを底上げしてエクスドライブになる、なんて人為的な奇跡を起こすことも可能かもしれない。
『未知数』であるということは、どれだけ最悪を想定しても足りない脅威だ。
だがエネルギー攻撃でないのならば、通用するかもしれない。
そう判断し、宝石の鞭を響に振るう。
「てめえ、新手の適合者だな!」
"さあ、どう防ぐ?"と、軽い一撃で響の対応を見る一撃だ。
防ぎ方で響の戦闘タイプを見極めるつもりなのだろう。
……だが、ネフシュタンの少女の予想は意外な形で裏切られる。
鞭の一撃を防ぐこともなく、反応することすらできず、鞭の攻撃を恐れる素振りを少しだけ見せて、響は打ち据えられ吹っ飛ばされてしまったのだ。
「きゃぅっ!」
「……ああん?」
首を傾げるネフシュタンの少女の視線の先で、響がよろよろと立ち上がる。
その目の端には、小さな涙の粒が浮かんでいた。
普通の少女が、当然のように見せる反応のように。
「い、痛い……」
軽く打ち据えられただけで涙を零してしまう、そんな響の情けない――普通の少女らしい――姿を見て、白鎧の少女は白けたように溜め息を吐いた。
「てめえ、トーシロか」
そして追撃。宝石の鞭を響に振るう。
回避も防御もできない響を守ったのは、片足と片手が使い物にならなくなっているはずのナイトブレイザーだった。
響の前に立ち、残った腕で何とか鞭をキャッチし、投げ返す。
「気の毒になあ、ハリボテヒーロー。足手まといが戦場に一人出て来ただけってわけだ」
「何、かえって気合が入る」
「減らず口をッ!」
響を背に守るゼファーの戦意は、先程より数段熱く漲って居るように見える。
……だが状況は、先程よりも更に最悪なものになっていた。
味方は増えたが、増えたプラス要素は微々たるもので、増えたマイナス要素は膨大。
彼は響を守りながら、この三者に勝たなければならない。
戦えるのが彼一人だけならば、と頭に付くが。
「もう一度だ、アースガルズ、ディアブロ。潰せ、さあ――」
ゼファーと響の正面にネフシュタン。
右後方にアースガルズ。左後方にディアブロ。
そして立花響が痛みで動けないのを確認し、再度三方向から攻撃を仕掛けようとする。
「――なっ!?」
だが、その攻撃は拍子を外される。
空より、彼らを助ける蒼い閃光が二度降って来たからだ。
初撃の一閃は拡散する一撃。
それはバリアの硬いアースガルズの頭上より迫り、アースガルズが立っている地面とその周りを爆散させて、足場を奪って攻撃を中断させる。
間髪入れず放たれた二閃目は、鋭さを突き詰めた一撃。
それがディアブロの両腕をはたき落とし、その攻撃を中断させる。
二度降って来た蒼色の一閃を見て、響は呆然と呟いた。
「蒼い、閃光?」
そして最後に、ナイトブレイザーを守るように降って来た壁のような何かに、ネフシュタンの攻撃も阻まれる。
「盾……?」
それは、ゼファー・ウィンチェスターと共に戦う、唯一無二で最高の戦友。
彼のピンチに駆けつけて、彼の背中を守る者。
「剣だッ!」
風鳴翼、推参。