戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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『双載銃騎』は読み方以外はワイルドアームズ4のブラウディアさんの異名と言わないと知らない方多そうです
ガンガン行こうぜ色々やろうぜ命を大事にブラウディア一家!

基本政治やミリタリーやらの部分は細かく決めてガバガバに書いているのでこまけえこたあいいんだよの精神でお願いします


4

 S国の兵士が銃を構え、スコープの奥の少年に狙いを定める。

 少年は白く短い髪を揺らしながら、無人の野を行くかのごとく兵士の視界を横切って行く。

 しかし銃弾が届く直前、それどころか引き金を引く直前に跳ばれてその射線は外された。

 

 

「……!」

 

 

 まるで兵士が引き金を引く瞬間が、その呼吸が、読まれているかのように。

 少なからず心中を乱された兵士だが、すぐさま照準を合わせ直す。

 しかし、その一瞬の間が命取りだった。

 狙撃のために乗り出した身の、その両腕がどこからか飛んできた銃弾に貫かれる。

 

 

「ぐ、なっ……!?」

 

 

 銃を取り落とし、激痛で兵士の意識が朦朧とする。

 兵士は囮にまんまと引っかかり、自分の知覚外からの長距離狙撃に無力化されたのだ。

 薄れていく意識の中、兵士は仲間から聞き笑い飛ばした噂話を思い出していた。

 兵士達の間に語られる都市伝説、戦場に溢れかえる眉唾物の話の一つ

 それもここ一年の間にこの辺境に敵味方問わず溢れかえった一つの風聞。

 『フィフス・ヴァンガードには今、二人一組の悪魔が居る』。

 

 

『双載銃騎』(クロスファイア)……噂じゃ、なかったのか……」

 

 

 前線に出てくるも絶対に仕留められない少年と、此方を絶対に仕留めてくるその相棒。

 少年に釣られて顔を出せば、百発百中で仕留められるという与太話。

 どこの世界に銃を向けられて死なずに生き残れる子供が居る?

 どこの世界に自分の居場所を掴ませずに狙撃を続けられる百発百中の援護が居る?

 話だけ聞けば、与太話。

 現実にあるのなら、ただの悪夢だ。

 

 『殺すまでもないから手加減された』事実に歯噛みしながら、兵士は激痛に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の通信機から伸びた耳に繋がるイヤホンが、遠くよりの少女の声を伝える。

 少年はそれに応じて通信機に一言二言伝え、その声を遠方の少女へと伝える。

 後方からの俯瞰する視点。前線にて直感が集める情報。

 その二つが組み合わされば、この二人にとって敵の居場所の特定など朝飯前だ。

 狙撃に徹すれば外さず、生存に専念すれば泥臭く生き残る。

 S国の兵士がその二人の名を知る由も無く、しかしその存在はまことしやかに囁かれ、ゆえに語られる兵士達命名のこっ恥ずかしい二つ名『双載銃騎』(クロスファイア)

 

 

「……ネズミを撃っている気分だ……!」

 

 

 また撃つも、回避される。

 というより撃たれるほんの一瞬前に物陰に隠れようとする判断が絶妙すぎる、そんな少年。

 的確に射線が見えているかのように隠れ、相棒に援護させる。

 今撃てば当たる……と思った瞬間、その兵士が少年の相棒に撃たれているなどザラだ。

 ギリギリ、ギリギリなのだ。

 少年の回避はいつだってギリギリで、あとコンマ数秒早く撃てれば当てられるという本当にギリギリのラインに立っている。

 だからこそ敵兵を釣れる最高の撒き餌になるのだと、S国の兵士達は気付けない。

 

 兵士達は歯噛みする。

 この連携を崩したいのなら、まず前線でウロウロしている少年の方を仕留めればいい。

 ギリギリのラインに立っている以上、方法はいくらでもあるはずだ。

 しかし、できない。

 何を情報としているのか、かわせないよう濃密かつ大雑把に弾幕を張ろうとすると出てこない。

 しかしかわせると判断した時にだけ遮蔽物から遮蔽物へと移動し、ギリギリ当たるか当たらないかというラインで銃弾を撃たれる前に動き始めて回避していく。

 兵士達には、この少年が何か超常の感覚を持っているとしか思えなかった。

 

 しかし驚くべきことに、現実は兵士達に「そんなやつはどうでもいい」とすら思わせる。

 兵士達にとって本当に問題なのは、この少年と組んでいる狙撃手の方だ。

 今回の紛争が始まってから一度も銃撃を外している所が確認できない……なんて、どこの創作漫画の中の狙撃手の話だろうか?

 周囲の建物に斜めに銃弾を当て跳弾させ、物陰を狙撃するなど、どれほどの腕なのか?

 少年が飛び出し、兵士達が銃を構え、それが撃たれるよりも狙撃によるインターセプトの方が早いとは、どういうエイミングと反応速度なのか?

 ましてや、それでいて直接的な死人は『0人』という脅威。

 

 

「またやられたぞ!」

 

「跳弾含めて撃たれない位置に隠れてろって言っただろうがッ!」

 

「一切応戦しなけりゃ結局撃たれて気絶すんのと同じだろうがッ!」

 

 

 そしてS国の兵士がまた一人。

 囮で駆け回っている少年に対処しようとすれば、遠距離から撃たれる。

 それも手足のどこか、応急手当をしっかりすれば死には至らない場所を、だ。

 出血多量で死ぬことも考えてはいるだろう。それでも、殺さずとも圧倒できるという絶対的な自負が銃弾から伝わってくるかのようだ。

 命知らずにしか見えない少年も、後方の狙撃手に絶対の信頼を置き命を預けている様に見える。

 

 

(よほどの熟練の兵士か……分が悪いな)

 

 

 殺さないのは傲慢? お人好し? 偽善? 否、これは立派な戦術だ。

 地雷の威力を上げ過ぎないようにし、地雷を踏んだものの足を吹き飛ばすだけに留め、負傷者の回収に人員を回させることで敵戦力を効果的に削る戦術と同じだ。

 仲間を見捨てる訳にはいかない。そんなことをすれば「いざとなれば見捨てられる」と士気が下がった兵士達が逃げ腰になってしまい、その時点で負けてしまう。

 しかし現状が続けば、兵士達は実質一発の弾丸で二人づつの戦線離脱を余儀なくされる。

 手足を撃たれた人間が自分一人の力で戦場から逃げられるわけがないのだ。

 

 『双載銃騎』(クロスファイア)のあまりの規格外さに、S国兵士達の背筋に怖気が走る。

 更に言えば、紛争で兵士達が戦うのはこの二人だけではない。

 二人が崩した戦線を押し上げるように、バル・ベルデの使い捨て兵士達が接近してきている音は兵士達の耳にはっきりと届いていた。

 

 

「……潮時だな」

 

 

 冷静に戦場を見渡したS国の隊長が、撤退の指示を出す。

 これ以上ここでの戦闘を継続しても無意味であり、士気が低下した現状ではどう足掻いても逆転の目は無い。賢明な判断だ。

 何度も繰り返されたS国とバル・ベルデ共和国の紛争も、今度ばかりは文句なしにバル・ベルデの勝利で終わったと言っていいだろう。

 

 

「このいい風は、我らに味方してはくれなかったな」

 

 

 攻めてきた少年の背を押すように、戦うS国の兵士への向かい風のように、逃げる兵士達の背を押すように、吹く西風。

 「双載銃騎は口笛で風を味方につけている」。

 そんな噂話を、S国の隊長はぼんやりと思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れー。へへ、今日もやったなっ』

 

「いやまだ終わってないから。家につくまでは油断するなよ、相棒(ユキネ)

 

『りょーかい、相棒(ゼファー)

 

 

 通信機の向こう側から聞こえる声に、ゼファーは意図して厳し目の声を出してたしなめる。

 しかし内心を読まれているのか、クリスの声は軽いままだ。

 これで警戒しているゼファーより警戒していないクリスの方が有能なのだからしょうもない。

 ゼファーとクリスが戦場で常に組むようになり、命を預け合い、互いの背中を守り合うようになり、自然と互いを『相棒』と呼ぶようになったのは、いつのことからだったか。

 少なくとも一年より前ってことはないな、とゼファーは無体に思っていた。

 

 

「一年、か」

 

『どした?』

 

「こうやって頼りになる相棒と会ったのが、そのくらい前だと思ってさ」

 

『……あー、もうそんなになるのか』

 

 

 無線機ごしにも『頼りになる』という言葉に照れるクリスの顔が浮かぶような声色だ。

 喋りながらも周囲を警戒しつつ、ゼファーは後続の仲間が来る前に怪しい場所をクリアリングしていく。

 本来は喋らないで自分の場所を悟らせない方が有利なのだが、彼だけは例外だ。

 自分の場所を知らせることで、逆に優位に立てることがある。

 

 

「なんだかんだ、ユキネはよくやってくれて――」

 

 

 言葉を向けるその途中、チリっとゼファーの首筋が疼く。

 跳ぶでもなく、走るでもなく、「こうしなければ間に合わない」と判断したゼファーは全身の力を抜き、ガクンと膝を折る。

 いきなり糸が切れた人形のように姿勢が崩れ、空を仰ぐように上体を後ろに倒すと、一瞬前まで彼の胴があった場所に浮いた通信機を銃弾が貫通、砕く。

 ゼファーは腰を捻ってそのまま転がり、立ち上がらぬまま物陰へと転がり込んだ。

 

 

(……通信機が壊れたのは流石に予想外だ、どうしよう俺)

 

 

 完全に成功した奇襲が回避された敵兵も予想外だろうが、まあお互い様といった所だろう。

 ゼファーは耳を立てる。

 ジャリッと鳴った砂を踏む音の方向からして、おそらくは近場の高台からの射撃。

 S国の兵士達は全体的に撤退を始めているので、おそらくは取り残された兵の一人のはず。

 問題は敵にではなく、ゼファー自身にあった。

 

 

(膝痛え)

 

 

 立っていた状態から急に膝を折り、そのまま転がるという無茶な動きのツケである。

 そりゃそうだ、人間の膝は意外と脆い。

 空から女の子とかが落ちてきてそれを受け止めようとでもした日には、人間一人分の重さの衝撃を受け止めきれずにゴキっと逝くだろう。

 武術家などしっかり鍛えた身体と技術を持つ者なら屁でもなかったのだろうが、生憎ゼファーは身体も出来上がっていないただの子供だ。

 

 一年経ってもゼファーの戦い方は泥臭いまま。

 銃弾の回避もギリギリのままの上、体に付いた治りかけの銃痕や擦過傷は更に増えている。

 しかし、しぶとく生き残るという結果を出す所までそのままだった。

 

 

(……あっちの動きを待つか?)

 

 

 クリスは戦闘終了時点で自分の周囲への援護射撃を一区切りとし、今も自分のもとに向かって来てはいるが、通信機の異常に気付いてから急いで来ても間に合わないはずだ。

 そうゼファーは思考し、久方ぶりの援護なしの戦闘が生む緊張を息と共に吐き出す。

 走れそうにない膝を見て、ゼファーはそれでも落ち着いている。

 以前の彼なら生きたいけどその理由がない、死にたくないけどその理由がある、そんな心境からひどくちぐはぐな思考と行動を取っていたに違いない。

 しかし今の彼は至極普通に、当たり前に、何の面白みもなく生きるために足掻こうとしている。

 死ねない理由があるから、生きたいという意志に重みが乗る。

 

 

(必ず帰る。絶対に、絶対)

 

 

 敵の位置は大雑把に分かっているのだから、後は撃たれる前に撃てばいい。

 物陰の左側は空いているが右側は空いていないため、撃つ姿勢はかなり限られる。

 ゼファーは右利きだが、左手で撃てるよう日頃練習だけはしていた。

 ……命中率はそれなりにお察しのレベルだが。

 耳でタイミングを合わせ、左目と左腕だけを物陰から出し、撃つ。

 ゼファーにできる事はそれだけだ。お世辞にも勝率は高いとは言えない。

 しかし勝てるという確信、それが運命すら歪めてくれると信じて撃つ。

 5、4、3、2、と心中でカウントダウンをし、

 

 

「ちょっせぇ」

 

 

 足音ではなく、聞き慣れた声と銃声を耳にした。

 

 

「……まさか」

 

 

 恐る恐る、物陰から顔を出す。

 そこにはドヤ顔で銃口から出る硝煙をフッと吹くクリスの姿。

 そんでもって両腕片足を撃たれた敵兵がもだえ苦しむ姿があった。

 

 

「待ったか?」

 

「……いや、別に待ってないけど。とりあえずサンキュ」

 

「デートの待ち合わせの文句としちゃその返しで文句ねえけど、

 あたしとしてはもうちょいゼファーの感謝の意が欲しいとこだな」

 

 

 腹を括ってからの肩透かし、この空振り感。

 素直に感謝できないゼファーのこの気持ちも分かってあげて欲しい。

 助けられたことへの感謝は、間違いなく本物なのだが。

 

 

「へっ、やっぱゼファーはあたしが居ないとダメだな」

 

「というかこのタイミングでユキネ来れたって事は『今日もやったな』よりも前あたりからか?

 お前がこっちに向かって移動し始めたの。

 心配だったなら心配だったって言ってくれないと俺分からn」

 

「分かってんじゃねーか!」

 

「痛い痛いぐりぐりやめてくれ」

 

 

 クリスが何を考えてるのかは多少分かっても、何を言えばどういう反応が帰ってくるのかが想像できていないゼファー。

 心配した、の一言も素直に言えないクリス。

 成長しているようで成長していない、けれど進歩はしている二人。

 一年という時間は、二人が互いに影響を与え合うには十分過ぎる時間だったようだ。

 二人揃って白い髪なのも合わさって、まるで兄妹のようにも見える。

 

 

「じゃ、行くか」

 

「あいよ」

 

 

 去り際に、ゼファーは横目でチラリと両腕と片足を撃ち抜かれた兵士を見る。

 出血で死ぬかもしれないが、少なくともすぐに死にはしない。

 運が良ければ仲間に拾ってもらえるだろう。

 戦闘力は確実に奪われているので、背中から撃たれる心配はない。

 確実に殺すために心臓に二発・頭に一発を心がけているゼファーとは対照的だ。

 

 クリスはこうして、ずっと敵の急所を撃たずに無力化し続けている。

 それは自分が殺したくないという自己保身から来る行動ではない。

 実際彼女は自分の行動の結果で敵が死ぬことを恐れていないし、時と状況に迫らられれば頭も胸も容赦なく撃つ。

 仲間達に迷惑をかけないよう、敵の戦闘力は必ず奪うし、負傷者を増やすことで敵側に戦力的な負荷もかけている。

 そしてこのやり方を徹せるほどに、圧倒的な技量と才能がある。

 

 クリスはただ、抗っているのだ。

 この誰かを殺さなければならない現実の中で、ふざけるなと叫ぶ生き方そのもので抗い、殺さない形で殺す者達と似て非なる結果を叩き出している。

 誰かを殺そうとする意志を、殺す意志を用いずに叩き潰している。

 仲間の誰にも迷惑はかけない、自己満足の範囲で完結させる抵抗。

 現実と折り合いをつけた、彼女の中に出来つつある揺らがない芯のようなものだった。

 我欲に任せた戦う力と意志を持つ者を排除しようとする、『怒り』。

 

 人を憎むのではなく、他者を傷つける闘争そのものに怒るクリスの性質。

 それに気付いてはいるが、敵を殺さないことも含め、ゼファーは何も言わない。

 何も言わないし何も聞かない。

 何を聞こうが、自分は雪音クリスの味方になるのだろうということが分かっているからだ。

 ならば、何を言おうが何を聞こうが変わらない。

 ゼファー・ウィンチェスターは、本気で心の底からそう考えている。

 

 だからクリスも、何も言わない。

 敵を確実に殺すやり方を揺らがせないゼファーが、自分のやり方に何も言ってこないことに彼女が何も思っていないはずがない。

 ただ、ゼファーがクリスの考えをぼんやりと分かって来ているのと同じように、しかしクリスの方はハッキリと、ゼファーの考えが分かっているだけだ。

 それは単に他人を(おもんばか)る能力に差があるというだけだが、善悪ではなく好嫌で味方をしてくれる友人の存在が、クリスにはほんの少しの救いとなってくれていた。

 何も言わず、何も聞かず、ただ隣にいてくれる友人の存在が、彼女には途方もなく嬉しかった。

 

 

「……ありがとな、相棒」

 

「いや、ユキネに助けに来てもらってユキネに礼言われても脈絡なくて困惑するんだけど」

 

「うっせッ」

 

 

 自分の顔を見せないようにと、クリスはゼファーの背中に顔を押し付けながら、拳でグリグリと背中を押しつつ前に進んでいく。

 へんてこな形ではあったが、クリスとゼファーは間違いなく友達だった。

 近く寄り添う二つの白い髪を、西風がそっと揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話:Final Countdown 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 

「あのガキどもが頑張ってるから俺は悠々とサボれるってわけだ」

 

「そろそろ規律引き締めのためお前さんを粛清すべきかどうかワシは本気で迷っておるよ」

 

 

 ジェイナス・ヴァスケスとバーソロミュー・ブラウディア。

 神の視点で総合的に見るとダメな大人枠に入る大人二人がブラウディア宅でくだを巻いていた。

 このサボり魔の小隊員と初老の中隊長の相性は決して良くはない。むしろ悪い。

 しかし人物的な好嫌を割り切って付き合える程度には、二人は大人である。

 

 

「この前の聞いたか?

 俺が見てたんだけどよ、ゼファーが敵の前で銃を撃ち落とされたわけだ。

 そしたらあのメスガキがゼファーの銃の下の地面を狙撃してよ、銃が跳ね上がるわけだ。

 それが出来ると信じてたみてえにゼファーが動いて、キャッチして、敵撃つんだよ。

 実際に見てた俺が信じられないようなコンビネーションだったぜ」

 

「時々うちの裏手で訓練しとるあの二人を見てみい。稀にもっと凄いことしとるぞ」

 

「あのメスガキの腕に関しちゃ、ゼファーの見立ては間違ってなかったわけだ」

 

 

 ゼファーとクリス、二人合わせて双載銃騎(クロスファイア)

 かつての英雄ビリーほどではないが、この二人のコンビは戦力としてそれに次ぐほどの強さがあった。要するに、戦場にもよるが人相手には切ればそれだけで勝てるジョーカー。

 流れ弾で運悪く死ぬ危険は常時存在するが、それでも必勝手と言っていい強手だった。

 この地で子供を戦わせることに一番否定的なバーソロミューが、この地で一番二人を戦わせることの有用性を理解し、二人を一番前線に送っているという矛盾。

 その矛盾の正体を、バーソロミュー本人とジェイナスだけが知っている。

 

 

「ジェイナスから見ても問題はなかった、そう思ってもいいかの?」

 

「あん?」

 

「お前さん、なんだかんだゼファー周りに関しちゃ目敏かろう。

 クリスがあの子にとってよくない存在かどうか、お前さんは結論を出しとるんじゃないかの?」

 

「は、それを聞いてどうする?」

 

「……」

 

「だんまりか。だからてめえも嫌いなんだよ」

 

 

 今ジェイナスが瞳に浮かべているのは、本気の嫌悪だ。

 ビリーに向けていた、気に入らないライバルへの敵意のようなそれとは違う。

 ジェイナスは本当に時々誰かを気に入るが、それ以外は平等に見下し嫌っている。

 懇意にしている自分を慕うとある娼婦ですら見下し、侮蔑しているほどだ。

 しかし、理由なく嫌うこともない。その嫌悪の理由は、二人だけが知っていた。

 

 

「メスガキが死んだらゼファーは立ち直れないくらいに折れるだろうな。

 だが、どっちかと言えば依存してるのはメスガキの方だ」

 

「ほう? どういうことじゃ?」

 

「分かってんだろ? ゼファーの人死にから逃げる癖は治ったわけじゃねえんだ」

 

「……うむ」

 

「男の身内への好意っては分かりづらい上にデカいもんだ。

 逆に女は依存の度合いと、その対象が死んでからの立ち直りの難度が比例しねえもんだ。

 男は基本分かりづらくて面倒くさい、女は基本包容してくれる奴に弱くそれでいて強かだ。

 誰も彼もが古今東西そうだなんて言わねえが、あの二人に関しちゃこれで間違いねえだろ」

 

「決めつけが強すぎやせんかの」

 

「性格の分析ってのは、統計取って分類することから始まる。例外は希少だから例外なんだよ」

 

「ぬ……まあ、性格の分析ならお前さんの右に出るものはいやせんか」

 

 

 決めつけと悪意に満ちたジェイナスの発言だが、意外なことに全て的を射ていた。

 他人の悪口を言うため、他人を陥れるため、他人の精神を効率的に削るためには他人の心理の分析が必須と言っていい。

 言われたくないことを言われるのが一番人はこたえるのだ。

 この男が心理学を初めとした教養を持っているのは、本当にそんな理由であるというのだから救えない。嫌われるのにも納得だ。

 意図してそうやって他人に悪意を振り撒いていて、まだ生きていること自体驚愕である。

 

 

「前振りはこんな所でいいだろ。本題に入るぞ」

 

「ふむ、ロクな話ではなさそうじゃが……」

 

 

 老人の話の長さに付き合ってられるか、とばかりにジェイナスは話を打ち切った。

 彼がファイルから取り出した書類をバーソロミューに突き付けると、それを受け取り目を走らせていたバーソロミューの眼の色が変わる。

 普段の好々爺といった風体はどこに行ったのか、椅子から立ち上がり全身で驚きを示していた。

 

 

「……は!? お前さん、どこからこんなものを!?」

 

「俺個人のツテってやつだ。アンタならどういう筋からの話かは分かるだろう?」

 

「信用できるのか? ワシには荒唐無稽過ぎて信じられん」

 

「調べてないわけねえだろ? 指定された連絡先はスイスの中継点だった。

 ここは二年前にうちの防諜機関が気付かれないよう割ってたあっちの国の比較的古いラインだ。

 CIAがここまで杜撰なテは使うとは思えない。

 白い家から『お古』を貰った、そんなとこだと当たりをつけてる」

 

「……危険じゃ、リスクが大きすぎる」

 

「ここで銃撃ってる方がよっぽどリスクデカいと俺は思うがな。

 アンタには筋として話を通しただけだ。止めようが、俺達は行く。

 ゼファーは借りてくぞ? あいつの勘はどの道あってくれた方が助かる」

 

 

 ジェイナスはバーソロミューの手から書類をひったくり、ファイルの中に収めていく。

 そこにはある依頼と、それを達成した際の報酬が記されていた。

 

 

「遺跡一つ調べてその結果をこの『F.I.S.』ってとこに報告するだけの仕事だ。

 『聖遺物』一個だけでこの国から出られるなら、安い仕事だと俺は思うがな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、その頃少年少女は二人でのんびり釣りをしていた。シリアスなんのその。

 

 

「ゼファーはさ、黙ってること多いよな」

 

「そうか? 割と言いたいことは言ってるつもりなんだが……」

 

「あたしはお前が『ちょっとたまたまな』って毎度持って来る魚、

 あれが片道一時間半の水場まで毎度行ってるなんて今日知ったよ……」

 

「そうだったっけか」

 

「あの家に寝具が一つしか無くて、お前が無言でベッド譲ってたって一ヶ月の間知らなかったよ」

 

「そうだったっけか」

 

「お前が最初にあたしにくれた銃、これが元は誰のだったか知ったのは先月だ」

 

「そうだったっけか」

 

 

 場所は当然、以前ゼファーが釣りに来ていた湖畔もどきだ。

 餌はゼファーがその辺の木の穴をほじくって出した謎の虫。

 釣り針に付けたのも同じくゼファー。まだ生きている謎の虫をぷちゅりと釣り針に刺すのは女の子にはまだハードルが高かった。

 ウキ?重り?ハリス?リール? 糸と竿と針以外を使う奴は甘え、それがゼファー式釣果術。

 

 

「……あたしには、もうそういう事すんな。それはあれだ、変なことだ」

 

「何か意味があって言わなかったわけじゃないんだけどな……

 分かった、これからはできる限りユキネに話してないことがないか、気を付ける」

 

 

 のんべんだらりと糸を垂らし、魚が食いつくのを待つ。

 薄ぼんやりとゼファーは記憶を探り、最近何か話してないことあったっけかと思考を巡らす。

 特に何も思い当たらなかったので、頭に浮かんだことをそのまま口に出した。

 

 

「そういえば先週ジェイナスに普段のユキネについて色々聞かれたことがあったな」

 

「先週からあたしが寂しがり屋とかそういう噂が広がってんのお前のせいかよ!」

 

 

 クリスの叫びとチョップがゼファーの顔に炸裂。

 釣り場で暴れたり叫んだりするのは魚が逃げるので止めましょう。

 

 

「ユキネはないのか? 俺に話してないこととかさ」

 

「んー……あ、あたしがここに来たその日、ちょっかいかけてきた奴ら居たじゃん」

 

「ラダマンテュス兄弟?」

 

「一昨日、襲って来たから逆にタマキン蹴り潰してやった」

 

「えげつねえ!」

 

「抑え込まれそうになったらこうしろって教えたのゼファーだろ!」

 

 

 クリスも会話の端々から、随分と逞しくなった事が伺える。

 ロリコンは病気です。股間を蹴るのは治療なんだよ。

 外科医クリス先生の治療は傷ごと抉るような何もかも忘れかねない痛みで評判になりそうです。

 

 

「つか『自分一人で跳ね除けられる力を持って欲しい』って言ったのもゼファーじゃねえか」

 

「ユキネが立派になってくれて俺は嬉しいよ、うん。

 でも普段は俺より男らしいお前を見てると心配になってくることもあるんだよ」

 

「あたしの話し方はしゃーねーだろ。つかゼファーはちょっと女々しい」

 

「そこまで言うか……!?」

 

 

 クリスの男気は、ゼファーの口調が少し引っ張られ始めているほどに満ち溢れている。

 ただ、それでも「おとこおんな」といった呼称が定着しないのは、下地にある性格と外見、及び時折気を許した相手に見せる可愛らしい仕草ゆえにだろう。

 一言で言えば、ツンデレであっても女性らしくないわけではないということ。真理である。

 

 

「まだ、大人は……大人の男は嫌いか?」

 

「……正直、まだ無理だ」

 

 

 ただ、そんな彼女でも普段から急所を蹴り潰すほどに荒っぽいスタンスであるわけではない。

 子供なりにキチンと加減も知っている。

 それでもやりすぎてしまったということは、そこには雪音クリスの理性を振り切らせた何かがあるということ。

 例えば恐怖。例えばトラウマ。例えば不信。例えば怒り。例えば因縁。

 クリスをかつてレイプしようとした男達の襲来は、ゼファーが教えた『そういう人間』への対抗術が染み付いたクリスですら、平静で居られないほどの衝撃を与えたのだろう。

 

 

「バーさんとかは例外だけど、大人を信じるのは……もう、嫌だ」

 

 

 かつての傷ごと抉られるも、それでかつての弱さは晒さない。

 トラウマを抉られてそれでなお、膝を折らずに立ち向かった。

 その強さには平和な世界では得られない形での成長が見えるが、それと同時に芽生えた大人への不信の増大も見て取れる。

 大人は信じない、争いが憎い。雪音クリスの中に育まれつつある二つの柱。

 そこに思う所がありそうなゼファーの視線を、水面を見つめるクリスの横顔が受け止める。

 

 

「分かってるって、誰だってその内大人になるんだってことくらい。

 理屈でどうにか出来るもんじゃねえんだ、分かるだろ? アミーゴ」

 

「……そうだな。俺もユキネのことをどうこう言える立場じゃない」

 

 

 器用に、小賢しく生きていけるならそうしている。けれどできない。

 だから二人は一年経っても強い絆で結ばれた友のままだし、言葉足らずの会話でも互いの言いたいことを察せられる仲なのだ。

 髪色が一番似ているが、元から似た者同士な上、一年を通して互いにいい意味での影響を与え合っている。

 熱の無い顔から程遠くなったゼファー、明るい笑顔のクリスを見れば一目瞭然だ。

 

 

「というか本当に釣れんのかここ?」

 

「俺のバケツにはもう二匹入ってるのがその答えだ」

 

「んぐっ」

 

「釣れる前に頻繁に釣り竿上げて餌付いてるか確認してちゃ絶対釣れないって……」

 

 

 なお、クリスは生まれてこの方魚を釣ったことがない。適当に釣り竿上げたら釣り針が魚の体のどこかに引っ掛かってくれたことはあるが。

 短気は損気、クリスに釣りは向いていない模様。

 ここで釣っていい魚が一人二匹までという事を考えれば、既にゼファーはカンスト、クリスはボウズといった所か。銃の才能は釣りには応用できなかったようである。

 

 

「今日はそんな長くここに居られないのはユキネが一番良く分かってるだろ?」

 

「んぐぐ」

 

「俺の二匹釣った分一匹やるから今日は帰ろう、な」

 

「……くっ、これで勝ったと思うなよ! 次はあたしの方が先に二匹釣るからなッ!」

 

「無理だろ」

 

「てめえッ!」

 

 

 果物や魚、釣り竿等を手に帰路につく二人。

 口喧嘩なのかじゃれてるのか、傍目にはさっぱり分からないやり取りをしながら進んでいく。

 髪色は同じ白とはいえ、雪のような白と燃え尽きた灰のような白の髪色の違いは、二人が並んで歩いている今近くで見ればよく分かる。

 それでもなんとなく仲睦まじい兄妹のように見える、そんな二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうせこの国はもう保たねえよ。最良手を打ち続けてもあと五年でチェックがかかる」

 

「そこはワシも同意見じゃが……じゃが、お前さんがそれを言うのか」

 

「おう、逃げ出したうちの国の大統領の()の俺だから言えるのさ」

 

「……」

 

「アリアスのクソ野郎が亡命してから一年。

 俺が亡命しようとしても問題ないくらいには監視も緩くなった」

 

 

 バーソロミューはジェイナスにリスクを説き思い留まらせようとするが、口の達者さでこの男がジェイナスに勝てるわけがない。

 まして、バーソロミュー自身ジェイナスの案に一理はあると思っているのだ。リスクはあれど、挑戦するだけの価値はあると考えている。

 ジェイナスの素性を知るバーソロミューは、この嫌われ者が打算無しに無謀な賭けに出る男ではないことを知っていた。

 まして、この国がじきに崩壊するだろうという点は二人の共通見解である。

 遠くない未来の特大のリスクを回避するという意味での国外逃亡は、バーソロミューも全く考えていないとは言えなかった。

 

 

「政権転覆とその後の混乱を一年経っても収められず流血が続いてる現状。

 先の事を考えない国の独立が生んだ食料自給率やGDPその他諸々の低下傾向。

 大統領亡命以降の国交断絶で頼りにしてた世界銀行とIFCもさよーなら。

 麻薬カルテルと軍産複合体が末端使って『商品』の流入も始めてる。

 イラクの件で世界の警察様が積極的になってないとはいえ、国連軍が黙ってるわけがない」

 

 

 ゼファーやクリスは子供だ。

 だから二人には見えていなくて、大人には見えているものがある。

 バーソロミューも舌を巻くジェイナスの情報収集能力は、いずれ来るであろう既にこの国の終わりを明確に想像できていた。

 ジェイナスの語る国の病巣を、顎髭をいじりながらもバーソロミューは聞き流さない。

 

 

「今の政権一つ見ても分かるだろ?

 旧政権を悪と断じて思考停止、行政のノウハウ分かってる奴全部追い出しとアホの所業。

 行政に新しい雇用を発生させても『仕事しない数だけ居る公務員』の量産でしかねえ。

 税収、治安、生産……元々ガタガタだったシステムがトドメを刺された。

 その辺整えるのがODAって奴だったんだろうが、昔から無駄遣いしかしてねえしなこの国も」

 

 

 この国への開発援助は冷戦時代のばら撒きほどの額ではなく、むしろその終盤のごたごたでバル・ベルデが独立した時代からのものであるとか、当時バル・ベルデの隣国だったグアテマラで親米派と反米派による内戦があってその反米派の一部が流れ込んできた過去があるとか、共産主義の気配は見えていたもののまだそうではなかったバル・ベルデへのキューバ危機の再来を防ぐためのご機嫌取りだとか、色々あったのだが全部まとめてカットする。

 本編には関係がないのだから仕方ない。

 元々農地に出来る土地が少なく荒野ばかりの国土で食料生産による自給自足も難しく、申し訳程度のタバコとコーヒー豆を輸出しての食料輸入でなんとか国民の飢餓を防ぎ、他国の真似して関税専売諸々のしがらみを減らして経済自由化からの税収を目論むも失敗し、構造調整で各所の経費を抑えた結果国の基盤がガタガタになり、最後にかろうじて国の形を保たせていた独裁政権が反共産市民団体にぶっ飛ばされて国の命運が一年前に決まったりと色々あったのだが全部まとめてカットする。

 本編には関係がないのだから仕方ない。

 

 

「この国が完全な無政府状態になるまで三……いや、二年も保てば良い方か」

 

 

 遠からずバル・ベルデは悪い意味でデトロイト顔負けの国となると、ジェイナスは見ている。

 

 

「流石は元アリアス大統領の弟にして懐刀といった所かの」

 

「ハッ、弟すら信じられなかったあんなチキン野郎はもう関係ねえよ」

 

 

 窓際に立つジェイナスが、手にしていたタバコを外に放り投げる。

 ごく自然に人の家の庭に吸い殻を捨てる男、誰がどう見ても善人には見えない。

 ただ、明確な悪人にも見えず。

 ジェイナスに似合う形容を探すなら、小悪党というのが一番合っているだろう。

 

 

「この国と心中なんてアンタには本望だろう?

 俺はそれに、あいつを巻き込むなって言ってるだけだ」

 

「……ワシは」

 

「それとも『死んでもワシはお前を愛しておる』とでも言って別れるか? は、傑作だな」

 

 

 いつかは分からないが、ゼファーから一年前の話を聞いたのだろう。

 露骨に皮肉られているのに気付き、バーソロミューが顔をしかめる。

 「そうなるかもしれない」と、考えていないわけではなかったからだ。

 

 

「愛だ夢だくだらないこと教えこんでんじゃねえよ。死ねばそこで全部終わりだ。

 あの世なんてものはねえ、死んだ奴は天国にも地獄にも行かねえ。

 その辺のクソにも劣る、なんでもない肉塊に成り果てるってだけの話だ」

 

 

 夢もない、救いもない、ついでに言えば身も蓋もないリアリストな発言。

 そんなものが無くたって生きていけるというスタンスは、まごうこと無く大人のもので。

 そういった救いを躍起になって否定するその表情は、まごうこと無く子供のものだった。

 本当の大人は、死後に救いがあるかどうかなんてどうでもいいに決まってる。

 ただ「あればいいな」と思いつつ、子供に対して「あるんだよ」と優しく言い続けるだけだ。

 

 

「死んだ奴が今生きてる自分を愛してくれてる? それがなんだ?

 死んだ奴には二度と会えない。死んだ奴が何思ってるかなんて実際分かりゃしねえ。

 生きてる奴に言葉を届けられるのは生きてる奴だけで、

 生きてる奴は生きてる奴にしか救えねえんだ」

 

 

 ジェイナスは、言外に死んでしまった人の愛がゼファーを救ってくれたのだというバーソロミューの主張を否定しているのだ。

 ここに居ない死人ではなく、ゼファーを救ったのはクリスとバーソロミューであり、クリスを救ったのはゼファーとバーソロミューである、と。

 バーソロミューの功績を認めつつ、バーソロミューの主張を否定している。

 死んでしまえば何事も意味は無いという自分の主張を、ジェイナスは揺らがさない。

 愛なんて言葉で誤魔化したハリボテの救いなんざ、と、その救いを認めない。

 

 

「……子供はそこまで強くはなれんよ」

 

「あ? 大人だろうが弱い奴は弱えし子供だろうが強え奴は強えだろ?

 俺はあいつをネバーランドにでも招待させるつもりなのか、って言ってるだけだ」

 

「子供にリアリストでないことを強要するのは滑稽じゃよ、ジェイナス」

 

「はっ」

 

 

 ジェイナスは鼻で笑って、もう話すことはないとばかりに席を立つ。

 年を取った男達の口喧嘩は基本的に平行線だ。

 彼らには自分の中に確固たる信念があり、そこだけは意地でも譲らない。

 時に万人が認める正しさすらも無視するほどに強く、彼らの中には貫くべき矜持がある。

 変わらないのが大人の男の強さであり、変われないのが大人の男の欠点だ。

 分かり合えないままに家を出ていこうとするジェイナスの背中に、無駄と知りつつバーソロミューは声をかけた。

 

 

「死人を無に還さないためには、思い出の中で生かしていく以外なかろう。

 そうでなければ……あまりに救いがない。

 命が死んで終わりだのと、ワシはそうは思いたくはない。

 誰かの中に思い出として残れれば、命はそこで終わりではないはずじゃ」

 

 

 その言葉に足を止めることすらせず、ジェイナスはブラウディア宅を出る。

 玄関を出た途端に彼が唾を吐き捨てたのは、綺麗事に反吐が出たという彼の本音をそのまま表した行動だろう。不快感が露骨に見て取れる。

 嫌われ者は大抵、向けられる悪意に相応に他人を嫌っているものだ。

 

 

(誰かの中に思い出として残れれば、命はそこで終わりではない? ねぇわ。

 死んだらいつかそいつは忘れられるだろうが。

 楽に生きていくために、早い遅いはあれど人はくたばった奴を思い出の中から消しちまう)

 

 

 足を進めながら、ジェイナスはクリスの顔を思い浮かべる。

 弱々しい子供ながらに気丈で、銃があれば生き残れるだけの才能があり、ゼファーを初めとし出会いにも恵まれ、きっと何があっても外道や悪党には成り果てない正道を行く人間。

 両親の死をしっかりと受け止めつつ、その痛みを和らげて人生における辛い思い出の比重を軽くしていける真っ当な人間。

 ジェイナスは、彼女をとても嫌っている。

 

 タバコに火を付けながら、ジェイナスはビリーの顔を思い浮かべる。

 どこまでも人が夢想する英雄を体現し、それでいて自分にも友好的で人間味もあり、ノイズでもなければ誰も殺せないほどに強く、この場所に似つかわないほどに真っ直ぐだった。

 反吐の出そうな苦境と境遇を乗り越え、妹の死を乗り越え、英雄としても大人としても立派に責務を果たし、誰からも好かれていた人間。

 ジェイナスは、彼をとても嫌っていた。

 

 実に分かりやすい。

 彼が嫌いな人間とは、つまり劣等感が刺激される人間なのだ。

 人が死ぬ痛みを最終的に乗り越えてしまう、その痛みを薄らげてしまう、死んでしまった人間を少しづつ忘れていってしまう、そんなどこにでも居る人間なのだ。

 彼の友人になれるのは、例えばゼファーのような人間だけなのだろう。

 劣等感を刺激せず、忘れよう忘れようと苦悩しつつも結局忘れられない、立派な人間の対極に居る子供しか友人になれそうにない。そういう小物な面があるから嫌われるのだ。

 

 もっとも、ゼファーはその辺りも分かった上で気にせず付き合いを続けているのだが。

 

 

(死んで、忘れられて、凡夫の人生はそれで終わりだ。

 何もかも忘れられるなら、人間にとっちゃそれが一番楽に決まってるんだからよ)

 

 

 最後にジェイナスの劣等感を刺激しない、楽に生きてない一人の少年の顔を思い浮かべる。

 この男の問題な点は、これで友人としての感情は至極真っ当であるという一点に尽きる。

 見下さないと、対等に付き合えないのだ。

 自分以下であると確信できないと、その人間のために何かをしてやれないのだ。

 この男は一生、自分より優れている人間を助けようとは思わないに違いない。

 

 

「……安物のタバコはやっぱクソだな」

 

 

 タバコの箱ごと路上に捨て、ジェイナスは自前のバイクを駆り、目的地へと出立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食料調達の後の片道一時間半以上の道のりは、ゼファーはともかくクリスには厳しい。

 荷物のほとんどをゼファーが持ってもクリスの方が先に息が切れてしまうほどだ。

 まあ普通に考えれば九歳……小学三年生相当の少女にしては、根性は間違いなくあると言える。

 家で魚と果物と配給食をぺろりと平らげ、二人は荷物を持ち替え移動する。

 移動する先はウィンチェスター宅の近場にある西風の吹く小さな丘。

 廃墟のようなこの街を見下ろせる、ゼファーのお気に入りの場所だった。

 

 

「ゼファー、気ぃ使うな」

 

「手伝うくらいならいいだろ? そんなに疲れてんだから」

 

「いや、これはあたし一人の問題だ。あたし一人で……」

 

「ユキネ一人の問題はユキネ一人で解決しないといけないなんて、誰が言ったんだ?」

 

「!」

 

「見守るだけじゃなくて手伝わさせろよ、相棒」

 

「……ありがと」

 

 

 ヘトヘトになっているクリスがあくまで作業の中心となり、ゼファーがそれをサポートする。

 スコップで適度に穴を掘り、木の墓標を立て、土石を半ばまで流し込んで適当に水も流し込む。

 そう、墓標だ。

 盛り気味に土を根本に踏み固められ、ちょっとやそっとじゃビクともしない立て方で立てられたそれには、『雪音 雅律』と『Sornette M 雪音』と日本語と英語を交えた名が刻まれている。

 それは紛れも無く、クリスの両親の墓だった。

 

 

「出来た……パパとママの、お墓」

 

「……悪いな、中身入れてやれなくて」

 

「いーんだよ、最初から形だけでもって思って言い出したことなんだ」

 

 

 クリスが両親の墓を作りたいと言い出したのは、ここ最近のことだ。

 「両親の命日に合わせてお墓を作ってあげたい」という親友の頼みを、ゼファーが断るわけもなく。しかし一年経ってしまった以上、遺体探しが容易に行くわけもなく。

 結局、クリスが住んでいるウィンチェスター宅を見下ろせるこの場所に中身の無い墓を建てるということで話が決まり、今に至る。

 手を合わせて目を閉じて、クリスはしばし無言のままに墓前に祈る。

 そんなクリスの胸中を、ゼファーが知るすべはない。

 かつてリルカと初めて会ったこの場所を、今日まで誰にも教えたことのなかった大切なこの場所を、クリスに両親の墓を建てる場所として薦めたゼファーの胸中を、クリスが知るすべもない。

 互いに語らないのだから、知るすべがあるわけがない。

 

 

「……『さよなら』」

 

 

 口にされた、音は小さくとも大きな決意が込められた別れの言葉。

 祈るクリスと見守るゼファーの間に広がっていた沈黙は、クリスのその一言によって破られる。

 

 

「昔読んだ漫画で『さよならよりまた会おうの方がいい』ってセリフがあったんだ。

 あたしはあんま漫画とか読まなかったけど、いいセリフだと思ったから記憶に残ってる」

 

 

 振り返ったクリスが、後ろで見守っていたゼファーと視線を合わせる。

 クリスの目に映るのは、今現在唯一の友人。

 未だに人の死に対して真っ当に向き合う事ができていない友人の姿。

 ゼファーの目に映るのは、今誰よりも大切に思える友人。

 自分と違い、世界の誰よりも大切だったはずの両親と死別し、それと向き合った友人の姿。

 

 

「でもきっと、さよならも大切なんだよな。

 もう会えない人にまた会おうなんて言っても、虚しいだけだ。

 その人が嫌いだろうと、好きだろうと」

 

 

 別れの痛みを乗り越えて。巡り会えた奇跡を、ぎゅっと抱きしめて。

 不条理としか思えない運命のその先に、歩み出す強い子供の姿。

 

 

「……ちゃんと、別れを告げないといけないんだ」

 

 

 その時ゼファーは眩しそうに目を細めたが、沈みかけた陽の光が彼女と重なったのだろうか?

 ふわりと彼女の髪を揺らした西風が、何か小さなゴミでも運んできたのだろうか?

 それとも、陽光よりももっと眩しい何かをそこに見たのだろうか?

 

 

「繋がりに終わりを告げるためじゃなくて、そうしないと次に進めない人の……

 上手く言えないけど……んと、そう、あれだ。

 きっと口にすることで扉を開けて前に進める、パスワードみたいなものなんだ」

 

 

 もしかしたら、その時彼女が浮かべた微笑みに、見惚れた自分に照れたのかもしれない。

 それがあながち冗談に思えないくらいに、その笑みは美しかった。

 儚く、透き通る、可愛らしくも美しい、雪のような笑顔だった。

 

 

「俺には、分からない」

 

 

 けれど、それを眩しいと思うということは。

 ゼファーには、その眩しい生き方が真似できない。本当の意味で理解できていない。

 誰かが死んでしまって、泣いて、それを乗り越えて「さよなら」を言う生き方。

 その当たり前が、大切な人が死んだことに泣けないゼファーには真似できない。

 こうして口に出来るだけ成長しているのだろうが、その歩みは牛歩のようだ。

 

 

「俺が変で、ユキネが正しいってのは分かる。でも、分かるのはそれだけなんだ」

 

 

 死の痛みに涙することができないゼファーは、いまだ人間未満なのかもしれない。

 

 

「まだそれでいいさ。あたしの方がなんもかんも正しいなんてわけねーし」

 

 

 瞳を揺らすゼファーに歩み寄り、その胸をクリスは拳でどんと叩く。

 痛みはないが、心臓の奥の心にまで響かせようとする意志は伝わってきた。

 クリスはとうに先程までの雪の微笑みを引っ込め、ニカっと荒々しい笑みを浮かべている。

 普段の彼女が浮かべている、挑発的で喧嘩っ早い印象を受ける笑顔だ。

 

 

「明日死ぬかもしれないなんてクソ食らえだ。

 ゼファーは明日も明後日もその先も、あたしが居る限り死なない。

 あたしは明日も明後日もその先も、ゼファーが居る限り死なない。

 考える時間はたっぷりあるだろ?」

 

 

 先の笑顔が彼女の中の優しい面を示す笑顔なら、これは彼女の中の強さを示す笑み。

 先の笑顔はゼファーに決意を告げるための笑顔、これはゼファーを元気づけるための笑み。

 女は幾つもの顔を持つ、なんてのはよく聞く話だが。雪音クリスという少女にそういった形容の定型文は死ぬほど似合わない。

 二つの笑顔はどちらも彼女の本質で、どちらの笑顔も彼女の心からの笑みなのだ。

 ツンデレ特有の二面性とも言う。

 

 

さよなら子守唄(Bye-Bye Lullaby)ってな。

 歯ぁ食いしばって生き延びてりゃいつか、あたし達も大人になる日が来るんだ」

 

 

 明日明後日に自分達が死んでもおかしくない、と、ペシミストかリアリストのようにゼファーは思っている。

 そんな彼に「二人揃ってれば死なない」、と、オプティミストかロマンチストのようにクリスは口にする。

 その日その日を生きるのに精一杯なゼファーに、未来に展望でも持ってろと、クリスは言う。

 

 

「時間かけてりゃその内自分なりに妥協できる答えが出せるんじゃないか?

 ゼファーはあたしみたいに短気でもないんだから、焦らなくていいだろ」

 

 

 その後回しの楽観は、悲観の域に片足を突っ込んだ現実主義よりも、ずっとまともに見えた。

 

 

(……どっちが短気なんだか、これじゃ分かんないな)

 

 

 釣りの時といい、普段はクリスの方が短気なのは間違いない。

 ただ、ゼファーが慌てた時はクリスが冷静に諭す。クリスが慌てた時はゼファーが冷静に諭す。

 どちらの性格が冷静だとかは関係なく、互いがその時々に合わせて足りないものを補い合う。

 

 それが、相棒だ。二人はずっとそうやってきた。

 

 

「……ああ、そうだな。うん、そうだ」

 

「あたしらはどんな大人になんのかねー。

 ここじゃ明るい展望なんて文字通り死ぬほど望めねえけど」

 

「ユキネは美人になるぞ、たぶん。保証は何一つないから勘で言うけど」

 

「おまッ、そういう反応に困る言い草はやめろっつっただろ!」

 

 

 クリスもゼファーも、自分が道を間違えずに居られたのは相手のおかげだと思っている。

 こうして何度も互いに言葉を掛けあって、間違った道に進みそうになる度に正し合う。

 支え合い、救い合う。

 一方的に与え導く関係ではなく、相互に手を差し伸べ合うからこその友。

 

 クリスが照れ隠しにローキックを打ちつつ、ひょいひょいとゼファーがかわしながら帰路を歩いて行く、こんな関係こそが友達。

 

 墓前でクリスが両親に誇れる、そんな友情だった。

 

 

「ユキネと会ってから、俺は教えられっぱなしだな」

 

「だったらあたしはお前と会ってから助けられっぱなしだ。

 貸し借りはイーブンでってのがあたしの流儀なんだが……

 ちょい貰い過ぎな感じだし、あたしは釣りを返したいんだよ」

 

「貸し借りなのに釣りとはこれいかに」

 

「うっせ! 売られた喧嘩の釣りも漏れなく返すあたしだって知ってんだろッ!」

 

 

 感謝の時すらしんみり出来ない二人だが、これでいいのかもしれない。

 心に傷と鬱屈した悩みを抱えている二人だからこそ、表面上だけはカラッとした雰囲気で笑っていようと、打ち合わせたわけでもなくお互い思っているのだろう。

 

 クリスは途中から逃がさんとばかりにゼファーの手を握り、至近距離から軽いローキックの連打を見舞う。

 不器用な二人で、不器用な照れ隠しで、不器用な手の繋ぎ方で、だからこそ子供らしいと、そう思えるような二人。

 けれど二人の中には、「こいつと一緒ならどこにだって行ける」なんて確信すらあって。

 幸せな境遇だなんて口が裂けても言えないが、それでも二人が笑えているという奇跡は、きっと二人が出会えた奇跡が、形を変えてそこにあるという証明なのだ。

 

 

「おう、居た居た、ゼファー」

 

 

 たとえその奇跡が成した日常が、泡沫のように儚くとも。

 

 

「あ、ジェイナス。俺に何か用か?」

 

「ああ、良いニュースがあるんだが聞くか? 聞くよな?」

 

「なんか嫌に上機嫌だな……うん、聞くよ」

 

 

 この瞬間までの日常に、仄かな幸せはあったのだ。

 

 

「俺と、お前と、お前のなんちゃって家族二人。

 全員纏めてこの国から安全に出られる方法があるって言ったらどうする?」

 

 

 後に、ある人物は後悔する。

 あの時、止めればよかった、と。

 でなければ、こんなにも後悔はしなかったのに、と。

 死んで、もう二度と会えないなんて、こんな寂しさを知らずに済んだのに、と。

 もし、あの日に戻れたなら、と。

 意味の無い懴悔を繰り返す。

 

 それ以外の道など、焔に焼き尽くされて残っていなかったことにも気付けずに。




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