戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 立花響は町を歩いている時、そうとは気付かず謎の黒い砂を踏んでいた。

 厳密には砂ではなく、それは炭化した屑だった。

 さて、ここで"今回のノイズ出現による死者はまだ0"という前提を加えると、見えてくる事実がある。

 人がまだ一人も死んでいないということは、それは破壊されたノイズ以外にはありえない。

 ならば響が街を歩く前に、町でノイズを狩っていた人間が居たということだ。

 

《《     》》

 《 月煌ノ剣 》

《《     》》

 

 響は終ぞ気付かなかったが、イヤホンで外界の音を遮断していた響が町で生きていられたのは、町で翼が戦ってくれていたからであったのだ。

 ゼファーが直感(ARM)で出現を察知し、ゼファーよりも現場に近かった翼が急行し、響達を追っていたノイズ以外は一匹残らず短時間で翼に両断されていたのである。

 

「友里さん、藤尭さん、状況は!?」

 

『悪化の一途よ、急いで翼ちゃん!』

『ゴーレムとネフシュタンの包囲は継続中……彼一人じゃにっちもさっちも行かない!』

 

 二年前に失われたネフシュタンの出現。

 及び『最低でもシンフォギア三機分の強さ』とまで言われるゴーレム二体の出現。

 そこに一般市民を守るために駆けつけたゼファーが、たった一人で戦っているという報告が加わって、風鳴翼を焦らせる。

 彼女はジャベリンの同型機であるバイクを駆り、現場に向かう。

 

『ノイズとは異なる高エネルギー反応!』

『聖遺物特有の振幅……アウフヴァッヘン反応です!』

『アウフヴァッヘン波形照合!』

 

 その耳に届く、二課の司令部に響き渡る皆の声が。

 

『波形合致……ガングニールだとぉッ!?』

 

 冷静であろう、平静であろうとする翼の心を、激しく揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十八話:覚醒の鼓動 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてアースガルズと戦った日に翼が披露した、奏の一撃を模倣した一撃。

 鋭さではなく破壊力を重視した、刃を綺麗に走らせるのではなくどれだけ強く叩き付けられるかを追求した一撃が放たれる。

 その一撃を、ネフシュタンの少女は鞭で受け止めた。

 尋常な鞭であれば一撃で両断されかねないだろうが、あいにくとこれは完全聖遺物製の高い剛性と靭性を併せ持つ、宝石状の鞭である。

 

 鞭をしならせ、柔らかく受け止められたことに、翼は目を見開いた。

 

 白鎧はすかさず反撃。右の拳を翼の顔面に振るう。

 それを翼は刀でこともなく受け止めるが、翼もまた先程ネフシュタンの少女がそうしたように柔らかく受け止めたというのに、刀にヒビが入ってしまう。

 なんというパワーか。力で受け止めていたならば、今頃刀は粉砕されていたところだ。

 

 そしてこの一撃ですら布石。

 ネフシュタンの拳を顔面に打ち、意識を上の方へと持って行き、本命は足を狙う足払いだ。

 完全聖遺物のパワーがあれば確実に転倒、当たりどころが悪ければ折れる。

 ……と、白鎧の少女は見込んでいたが、そのあては外れてしまう。

 彼女が放った足払いは、翼の足首に付属していた剣が独立稼働したことにより、その剣にきっちり受け止められたのだ。

 

 その隙の無さに、ネフシュタンの少女もまた目を見開いた。

 

(スペックはあちらが完全に上……気を抜けば、一瞬で持って行かれる!)

 

 翼はこの強敵の強さを理解する。

 力が互角なら負ける気はしない……だが、鎧の力が余りにも強すぎる。

 今の自分では完全聖遺物と聖遺物の差を埋めて勝つのは難しいと、翼はそう思うも顔には出さない。ただ一筋、冷や汗が流れた。

 

(技量は完全にあっちが上……詰め切れねえ、面倒くっせえ!)

 

 ネフシュタンの少女もまた、この厄介な敵の強さを理解する。

 白鎧の拳、脚、鞭が飛び交う。天羽々斬の剣も飛び交う。

 そこには圧倒的なスペック差があるはずなのに、詰め切れない。

 単純に、聖遺物を扱う人間としての技量に明確な差があるからだ。

 

 そしてそれ以上に、風鳴翼は自分より強い敵との戦いに慣れていた。

 この数年でゼファーの持つ泥臭いしぶとさを吸収していた。

 高い防御力と身体能力を基点とするネフシュタンと、どこか共通点のある戦闘スタイルのナイトブレイザーと、今日まで何度も模擬戦で戦闘経験を積んでいた。

 何故かは分からないが、ナイトブレイザーとネフシュタンの戦闘スタイルには不可思議な共通点があり、それが翼の戦いやすさに繋がっている。

 

 天羽々斬よりネフシュタンが強いことは誰の目にも明らかな事実であるのだが、ネフシュタンの少女の視点から見れば、風鳴翼は戦いづらい相手であるようだ。

 

「はっ!」

「ちょっせぇ!」

 

 ネフシュタンがパワーで押す。

 天羽々斬がテクニックで凌ぐ。

 翼が一度でも攻防でミスすれば、即座に沈みかねない。

 それどころか歌わなければ力を出せない翼と、歌わずともその出力を遥かに超えるネフシュタンの間には、呼吸と息切れという決定的な違いがあった。

 

 ネフシュタンの少女が放った回し蹴りを受け、翼の頑丈な刀もとうとう折れる。

 されどその程度のことで止まる防人ではない。

 脚部ホルダー内で圧縮したゲインで生成した小太刀二刀を射出、掴み取り、間髪入れず攻防を再開するという妙技を見せてきた。

 

 ネフシュタンの少女は相も変わらず、無造作に両の拳と両の足を打ち付けてくる。

 その一撃一撃が必殺のそれだ。

 対し翼も、両手両足を用いて四刀による剣舞を打つ。

 スペック差のせいで不足している威力と剣速を、曲線と円を描く動きで補い、回るように舞うように斬撃を成していく。

 

 ガキン、と大きな衝突音が鳴り、両者共に後方に跳んで距離を取る。

 すかさず翼は隙を見せないよう構えつつ、息を整える。

 なんとか今は受け流せてはいるものの、ジリ貧であることに変わりはなかった。

 だからこそ翼は、格上を倒す一瞬の隙を待ち続け、そこに全てを賭けるつもりで挑んでいたのだが……そこで翼とネフシュタンの間に、割って入る人影があった。

 

「待ってください!」

 

 それは、先程まで痛みに涙を零していたはずの、ゼファーに庇われていたはずの立花響その人だった。戦いの中心に飛び込むのは怖かっただろうに。振り絞った勇気が眩しく見える。

 響は人と人の戦いを止めるべく、恐怖を感じながらも両者の間に割って入ったのだ。

 

「は、話し合いましょうよ!

 私達には口と耳がある! 話し合える心がある!

 話し合えれば、きっと分かりあえますよ! ほ、ほら!

 耳は二つあるのは言うことの倍、相手の話聞くためだってお母さんとか言うじゃないですか!」

 

「「戦場(いくさば)で何をバカなことをッ!」」

 

「ひゃいっ」

 

 翼とネフシュタンの少女が声を揃えて、響に強い言葉を叩き付ける。

 言った響に自覚はないが、この二人の前で平和な世界の中では当然の理屈を語ったこと、『母親』の話をしたことは、二人の地雷を踏み抜くのと同義であったようだ。

 言葉がハモったことに驚いたのか、響に向かって叫んだ二人の少女は顔を見合わせ、互いに向かって挑発的に笑って見せる。

 

「盗っ人と気が合うなんてね!」

 

「はっ、岡っ引きを気取るにゃあちと弱すぎるんじゃねえ、かッ!」

 

 響の台詞をまるで気にせず、二人の少女は戦闘を再開した。

 二人が攻撃を放ったのは全くの同時。

 翼は両の手に持っていた小太刀を投げつけ、白鎧の少女は両の手で鞭を叩き付ける。

 

 翼が放った攻撃は、小太刀を投げつけて意識の向きを正面に誘い込み、千ノ落涙をネフシュタンの後ろ上方から斜めに降り注がせる死角攻撃。

 ネフシュタンの少女が放った攻撃は、翼と割って入って来た響を同時に仕留めるための鞭二本による同時攻撃だ。

 それに対し、翼は仲間と連携する選択肢を『選べず』、ネフシュタンの少女は仲間と連携する選択肢を『選んで』回避した。

 

 ネフシュタンの少女は首を右、左と振って、時速200kmに近い小太刀の投擲をまず回避。

 そして背後から迫る攻撃の対処を"アースガルズの防御"に任せる。対消滅バリアはこともなく刀の群れを消滅させ、ネフシュタンへの援護を完遂した。

 対し翼は瞬間的に自分への攻撃を弾くも、ゼファーといつも共闘している時の癖が出てしまい、"このくらいの攻撃で仲間のカバーには動かなくていい"と考えてしまう。

 

 結果、ド素人の響に容赦無い完全聖遺物の攻撃が迫る。

 間一髪、片手と片足でハンドスプリングを何度も繰り返すような動きでカバーに動いたゼファーが駆けつけ、鞭を弾いて彼女を守った。

 響はうろたえるばかりで、翼とゼファーの間で視線を忙しなく動かすのみ。

 

「ヒビキは優しさから言ってるんだからそこまで言うことはないだろお前ら!」

 

「だぁってろ正義の味方気取り!」

 

 ネフシュタンの少女が叫ぶと、振るわれた鞭の先より暗黒球体が発射される。

 それとタイミングを合わせて飛んで来たのは、ディアブロの固体の炎刃の群れ。

 北からネフシュタン、南からディアブロ、両者の攻撃ともにナイトブレイザー達三人を一緒くたに吹き飛ばすレベルの広範囲攻撃だ。

 

「―――」

「―――」

 

 目を合わせ、息を合わせ、ゼファーと翼はその攻撃にコンビネーションで対抗する。

 まずはディアブロの攻撃に、焔の広範囲放射と千の落涙をぶつけて相殺。

 そしてディアブロの攻撃を数秒かけて全弾撃ち落とした後に、振り向きざまにネフシュタンの攻撃への迎撃に移る。

 蒼ノ一閃を刀身に収束した斬撃、火焔を腕に集中した絶招の二つを完全に同時に叩き込み、迫り来る暗黒球体を見事に粉砕してみせた。

 翼は合流して来たゼファーを見て、状況の悪化を理解する。

 

「時間切れ、と見ていいのかしら?」

 

「……悪い、ここまでだ。ちょっとばかしキツい」

 

 翼は短時間ではあるが、ネフシュタンの少女と一対一で戦うことができた。

 だが『シンフォギアで完全聖遺物に挑む』という、勝ちの目は少ししかないが、それでも現状で作れる状況としては最高の状況を作り上げるために、ゼファーは相当に無理をしていた。

 すなわち、ボロボロの状態で一人でアースガルズとディアブロの足止めをしていたのである。

 

 とんだ無茶だが、これもまた勝利を諦めない姿勢の一つだ。

 今のナイトブレイザーではゴーレム一体相手でも足止めできるかすら怪しい。

 それでも、ほんの十数秒か数十秒でも二体のゴーレムを食い止められれば、翼がネフシュタンの少女に勝利し、戦局を変えてくれる可能性は残る。

 翼とゼファーはそう考えていたのだが……あえなく失敗に終わってしまったようだ。

 

 新たに参戦してきた翼と響を警戒し、仲間を守ることに専念しているアースガルズがネフシュタンを守るのを、ナイトブレイザーは止められなかった。

 ディアブロの猛攻も、もう翼が防御に動くしかないくらいに押し込まれていた。

 ネフシュタンの少女も短時間に仕留められない強さであることが確認された。

 

 八方塞がりに焦れるゼファーと翼を見て、ネフシュタンの少女は嗤う。

 

「はっ、完全聖遺物を使ってそれか?

 弱い者いじめはあたしの趣味じゃねーんだけどな」

 

 このまま戦いが続けば、敵はゼファー達を力だけで押し切って圧勝できる―――にも、かかわらず。

 

「ま、今日は見逃してやるよ」

 

「……何?」

 

「待て、私達から逃げるのか?」

 

 ネフシュタンの少女は、撤退の意思を見せた。

 二年前の事件を今でも心的外傷として抱えており、ネフシュタンを取り戻すことに執心している翼としては、逃したくないのは当然だ。だが、白鎧越しにエコーのかかった声で、少女はゼファー達の目論見を看破していることを告げる。

 

「援軍来てんだろ? なら、こっちがお前の時間稼ぎに乗る義理はねぇ」

 

「―――っ」

 

 そう、それが彼らが待つ勝利の機会。

 『それ』が来るまでに勝利に繋がる機を積み上げれば、勝利に至れると確信できる一つの要素。

 今この場所に向かっている一人の援軍、一人核兵器、風鳴弦十郎である。

 

 ノイズを片付けた以上、ここに弦十郎を呼ぶことに何も問題はない。

 そうなればネフシュタンの側が一人と二機であるのに対し、シンフォギア二機、ナイトブレイザー、風鳴弦十郎で四対三となる。

 そうすれば、二対一の状況を確実に作れるというわけだ。

 無論、それでもネフシュタン達の優位は揺らがないだろうが……万が一でも味方の数を減らされるという事態を避けたいのだろう。

 出直せば三対一や三対二の構図を作るチャンスはいくらでもある。

 なにせネフシュタンの少女は襲撃する側、戦いの主導権を握っている側なのだ。

 ネフシュタンの少女が二課を襲撃することはできても、二課の方からこの少女を襲撃するという選択肢は選べない。前提として、互いが持つ情報量に差がありすぎる。

 ナイトブレイザーの活動時間がHEXで補充されてしまった以上、長く戦う利点も失せた。

 

 何より、戦力的優位を保っているネフシュタン側には勝ちを焦る理由がない。

 

「やれ、アースガルズ」

 

 ネフシュタンの少女が手を振るうと、アースガルズが空に向かって手を掲げる。

 

「! 伏せろッ!」

 

 そして何かをされる前に、ゼファーが叫ぶ。

 最も反応が早かったのは翼で、少々遅れて響が続いた。

 二人はゼファーの言う通りその場に伏せて、守りを固める。

 アースガルズの手より極小サイズの光球が放たれ、ナイトブレイザーが片足だけで全力で宙を跳ね、麻里奈の隣に滑り込む。

 そして、アースガルズの手の中の光球が周囲に降り注ぎ、対消滅反応を起こした。

 

 それこそ、超小規模ではあるが核に近い、『質量を破壊力に変えた』大爆発を起こして。

 

「―――!?」

 

 港が一つ、吹き飛んでいく。

 地形が変わっていく。何もかもが吹っ飛んでいく。更地になっていく。

 翼と響はギアのバリアフィールドに守られ、麻里奈はナイトブレイザーの焔に守られる。

 衝撃波で何もかもが混ぜこぜになり、その場の全員の視界が塞がる中――

 

「こいつらとでも遊んでな」

 

 ――ネフシュタンの少女の声が、聞こえた。

 目を開けた時、ゼファー達の周囲にネフシュタンとゴーレムの姿はなく。

 代わりに彼らを囲むように、新たに出現したノイズの軍団の姿があった。

 ノイズは常の行動パターンとは違う、それでいて先程まで戦っていたネフシュタンの少女の戦闘スタイルを思わせる動きで、ゼファー達に向かって駆けて来る。

 

「ノイズ、だと……!?」

 

「ノイズの出現とその操作……まさか!」

 

 ここに来て、新たに判明した事実。

 ネフシュタンの少女は、自在にノイズを召喚することも操作することもできる。

 それはゼファー達に衝撃を与えたが……今は、それどころではない。

 この数に攻勢を許してしまえば、聖遺物を持たない麻里奈に万一がありうる。

 ゼファーと翼の決断は、早かった。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 HEXバトルシステムが起動し、翼の網膜に七つの六角形が投影される。

 そこに、二年前から見ることができなくなっていたはずの『奏のガングニール』の反応が見え、翼は心臓が口から飛び出るような思いをしたが……それでも、今はと、自分に言い聞かせる。

 そして、二人の力を合わせた一撃を解き放った。

 

「「 シンフォニックレインッ! 」」

 

 攻撃範囲と破壊力の両立という意味では、二人の技のどれよりも優れた合体技が降り注ぐ。

 降り注いではノイズを貫き、貫通した後地面近くで反転し下から貫き、低空を飛び回り横一直線に複数のノイズを貫いていく。

 燃える剣による豪雨は、瞬く間にノイズの軍団を殲滅せしめた。

 

 ノイズを全て潰してから数秒、ゼファーは周囲を見渡していく。

 敵が居ないこと、戦いが終わったことを直感的に理解して、彼はようやく警戒を解いた。

 

「マリナちゃん、怪我はないか?」

 

「うん!」

 

「よしよし、よく頑張ったな」

 

 少女の元気な声を聞いて、ゼファーは優しい言葉をかける。

 F.I.S.時代に小さな子を安心させる声色の出し方は習得済みだ。

 

「ヒビキも無事か?」

 

「あ、うん」

 

 そして響の方に向き直る。……実際、こちらの方が問題だろう。

 響が身に纏っているものは、明らかに国家機密のFG式回天特機装束……シンフォギアだ。

 一般人が手に入れられるものではなく、一般人が身に纏えるものではない。

 だが現実に、まごうことなく一般人であるはずの立花響がギアを纏っているという現実。

 しかも、天羽奏と同じガングニールのシンフォギアと来た。

 

 響は今更自分が変な姿に変わっていることに気付いたようで、ほへーと声を漏らしつつ、長い髪の垂れる自分の体を見下ろしていた。

 

「……ゼっくん、これ何?」

 

「今更!?」

 

「だ、だって! なんかもう無我夢中で!

 ゼっくんピンチだと思ったら頭真っ白になっちゃって!」

 

 わたわたとしている響を見て、ゼファーはほっと息をつく。

 

(よかった、いつものヒビキだ)

 

 姿は変わっても、心は変わっていない。

 それにひと安心して、ゼファーは鈍化していく思考に気付く。

 戦いが終わり、響が何も変わっていないのだと認識し、安心した体が"限界を超えすぎているから休め"と彼を眠りに誘っているのだ。

 まだやることがある、まだ気を失うわけには、とゼファーは思うも、一度気を緩めてしまったせいで止まらない。

 

「ツバサ。ヒビキが怪我してるんだ……とりあえず、二課、医務し、つ……」

 

 そして翼に向かって何かを言おうとして、変身解除と同時に倒れこんでしまった。

 

「他人の怪我を心配している場合じゃなかろうに」

 

 倒れる彼を、翼は優しく抱きしめる。

 そして少女らしく優しく抱きとめた後、男らしく肩に豪快に担ぎ上げた。

 麻里奈がおお、と声を上げる。

 遠くから聞こえるサイレンは、こちらに近付いて来る二課の車両とスタッフだろう。

 後は今夜の事件の後始末をするだけだ。

 

「わきゃっ!?」

 

 翼の頭を痛くさせるのは、今悲鳴を上げて転んだ一人の少女だ。

 奏のガングニール、どこか奏に似た長い髪、そして奏とは似ても似つかないそれ以外。

 転んだ拍子に変身が解除されたのが、どうにも情けない印象を与えてきている。

 一見すれば一般人。

 だがシンフォギアの存在が、どこまでも一般人の可能性を否定する。

 

 そして奏のことを中途半端に髣髴とさせるその存在は、無性に翼の気に障った。

 

「……それで」

 

 もしも、この少女の存在が、何か間違った理の上にあるのなら。

 

「貴女は一体、何者なのかしら?」

 

 躊躇わずこの手で叩き伏せようと、彼女はそう思う。

 その苛立ちが理不尽なものであるということにさえ、今の風鳴翼は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、だいたい一時間の後。

 

「あなたをこのまま返すわけにはいかない。……ゼファーの知人なら、なおさらね」

 

 半ば拉致に近い形で、響は翼と二課のエージェントに連れ去られていた。

 連れ去られた先はリディアン地下深く、国家機密の塊である二課本部。

 そこで響は半裸の状態でごてごてした椅子に座らされ、様々なコードや電極に繋げられ、SF映画の洗脳装置のような機械の真ん中に据えられていた。

 

「どうしてこうなったー!」

 

「流れに身を任せなさい、響ちゃん!」

 

 誰の意向によるものか。『ここがどこか』『この組織はどういうものなのか』『櫻井了子どぅえーす!』といった簡単な説明を終えるやいなや、響は速攻で精密検査に回されていた。

 それも櫻井了子だからこそできるような、聖遺物関連の検査も含めた徹底検査だ。

 

「さの、櫻井さん……」

 

「了子でいいわよ? 私も響ちゃんって呼ぶしね」

 

「あ、はい。じゃあ、了子さん。私……どうなっちゃったんですか?」

 

「前置きは面倒くさいから一言で言っちゃいましょうか。貴女の体、聖遺物と融合してるのよ」

 

「……え?」

 

 単刀直入にもほどがある了子の言葉に、立花響は停止する。

 見張りを買って出ていた翼が、会話に加わらず壁に背を預けたまま、眉をピクリと動かした。

 

「聖遺物が何か、は知っているわよね?」

 

「あ、はい! そのくらいなら」

 

「今の貴女の体には、ガングニールとアガートラームという二つの聖遺物が溶け込んでいるの」

 

 ニュースで話されている程度にならば、響も聖遺物に関する知識を持っている。

 だがそれが自分の中に溶け込んでいると聞かされれば、心穏やかでは居られまい。

 そこで口を開いたのは、戸惑っている響ではなく、話を聞いていた翼だった。

 

「櫻井女史、それは……ゼファーと同じということですか?」

 

「え? ゼっくん?」

 

「そんなものじゃないわ。ゼファーくんとは比べ物にならない、事実上の上位互換よ」

 

「!」

 

 途中に挟み込まれた響の疑問の声を無視して、了子は言葉を続ける。

 

「響ちゃんの体の中には、ガングニールの破片が入ってしまっていた」

 

「破片……あ! あの時……!」

 

 響は翼と了子に対し、一つの心当たりを口にした。

 二年前、翼達に助けられたこと。

 その時、攻撃で胸を貫かれたこと。

 了子はそれを聞き、仮定の推論を確信に近い推論へと押し上げる。

 

「おそらくはその時にガングニールの破片が埋め込まれてしまったんでしょうね。

 そこに、ゼファー君が自分の血液に形を変えていたアガートラームの一部を注いだ」

 

 ゼファーはブレードグレイスと自身の血液という媒介の二重作用で、響の命を繋いだ。

 

「彼の血は響ちゃんの中に流れて、内からその傷を塞ぎ続けた。

 足りない分の命を補い続けた。

 そして聖遺物は、響ちゃんの中で高度なバランスを保ち、徐々に融合していった」

 

 その行為は、思わぬ形で響の体と命の形を変化させていたのだ。

 

「胸の中のガングニールを溶かしつつ、心臓の穴を塞いで……

 人体の構成要素を侵さないように、静かに丁寧に命を繋いでいった」

 

 今の立花響もまた、『融合症例』。

 

「聖遺物と人間の融合体である新霊長(ノーブルレッド)……融合症例。

 ゼファー君が一号。響ちゃんが二号ね。次はV3かしら」

 

「何の話ですか」

 

 翼が冷静なツッコミを入れていると、話の最中に部屋の中に入ってくる少年が一人。

 

「失礼しま……あやべっ」

 

「わーっ!?」

 

 半裸だった響が近場にあったリモコンをゼファーに投げつけたのと、直感的に負傷の可能性を感じたゼファーがUターンしたのはほぼ同時。

 

「……入って、どうぞ」

 

「失礼します。あ、ヒビキ、あのさ……」

 

「ゼっくんは何も見なかった。何もなかった。おっけー?」

 

「……おっけー、おっけー、分かった。寛大な許しに感謝する」

 

 大笑いしている了子を無視して、響は改めて口を開く。

 

「ゼっくん、怪我は大丈夫なの?」

 

「ああ、このくらいならな。俺を怪我させたかったら、俺を殺すしかないし」

 

「え、それ逆じゃない?」

 

「逆だったら普通なんだけどなぁ……」

 

 首を傾げる響の新鮮な反応を見て、ゼファーは苦笑してしまう。

 

「じゃ、話の続きをしましょうか」

 

 そこで了子の鶴の一声。

 ゼファーが入って来たことで中断されていた会話が再開された。

 

「櫻井女史。そんな簡単に……聖遺物が人体に食い込んだ程度で、融合するものなのですか?」

 

「するわけないでしょ。

 第一種適合者、第二種適合者にだって出来やしないわ。

 聖遺物を心のみで動かすほどに強靭な意志か……

 あるいは、その人間を生かそうとする聖遺物の意志か……

 どちらにせよ、神の子の御業より突飛な奇跡が必要と言っていいわ」

 

「奇跡……」

 

「響ちゃんの場合は、死の間際にブーストされた『生きようとする意志』ってとこかしら」

 

 了子は響が起こした奇跡、聖遺物の融合の理由を、人の意志に呼応する聖遺物が響の『生きようとする意志』に反応したからであると言う。

 響はそれを聞き、胸の奥にある聖遺物をなぞるかのように、胸に残った傷をなぞった。

 

「この胸の傷が、ガングニールとアガートラームの入った証……」

 

「そそ。そういうことよん。融合の高度さで言えば前例が無いレベルね」

 

「ゼっくんが助けてくれた証でもあるから、友情の証? でもあるのかな、えへへ」

 

「女の子の体に傷とか残したくはなかったんだけどな……」

 

 楽しく話す了子、響、ゼファー。

 だから三人はその一瞬、壁際にて人を眼だけで殺しそうな視線を送っていた翼の様子に気付かない。"胸の傷、友情の証"という話題が出た瞬間、翼の中に敵意が膨れ上がった。

 されど一呼吸、二呼吸と繰り返す内、武人である彼女は心を徐々に落ち着けていく。

 

「友情の証、とは言い得て妙ね。

 観測データから見るに、そこを基点にあなた達二人は繋がっているんだし」

 

「「え?」」

 

「……何?」

 

 だが再度、翼を心穏やかでは居られない状態に持って行く、そんなワードが出現した。

 

「融合症例ってね、理論上通常はもっと『混ざる』のよ。

 人の体を赤い糸、聖遺物を青い糸と例えましょうか。

 理論上通常の融合症例は紫色の糸で作った衣服のようになるの」

 

 了子は身振り手振りで例え話の補足を始める。

 

「でもね、今の響ちゃんはさしずめ赤と青が綺麗に入り混じった衣服なのよ。

 赤い糸(じんたい)青い糸(せいいぶつ)がきっちり分かれているの。

 考えるまでもなく、これはゼファー君の意志の反映によるものだわ」

 

「お、俺ですか?」

 

「ええ。だってこれなら、戻ろうと思えばいつだって人間に戻れるもの。

 聖遺物の安定性だってナイトブレイザーとは比較にならないわ。

 なにしろ、ゼファー君が外側から安定・相乗するように干渉し続けてるんだから」

 

 響は変身の際、ゼファーから継承した血とガングニールを同時に励起させている。

 なればこそ、二人の間には目に見えない繋がりがあった。

 響をガングニール単体では届かない高みへと押し上げる、ゼファーとの繋がりがあった。

 

「あなた達二人は同一の聖遺物で繋がった、運命共同体なのよ」

 

 ゼファーと響が、思わず顔を見合わせる。

 

「ね、響ちゃん。ゼファー君の強い感情が伝わってきた覚えはない?」

 

「……え」

 

 了子のその問いに、響は息が詰まったような顔をした。

 

「これだけ同波形で同調してるなら、精神的な繋がりもあるはずよ。

 干渉関係上ではゼファー君が上位、あなたが下位という位置付けなんだから……

 ゼファー君からあなたの方に一方的に流れ込んでいるはず。

 ね、心当たりはない? ゼファー君の感情が流れ込んで来たことがあるんじゃないかしら?」

 

 それは既に、問いかけではなく。

 おちゃらけた問いかけという形式を取っているだけの、ただの事実確認だった。

 否。事実確認ですらない、響が正直に話すか嘘をつくかを試すだけの過程だった。

 

「……あ、あははー! よく分かりましたね! 実はそうなんですよ」

 

「え、あんの!? 俺、初耳なんだけど……」

 

「やーごめんねゼっくん。なかなか言い出しにくくてさー」

 

 おちゃらけたノリの了子に合わせて、響はその場しのぎの笑顔を浮かべて、ゼファーの驚きを受け流す。

 

「思えば、ゼファー君が暴走した時にそういうことが一度あったわ。

 感情が吸い上げられて、ネガティブフレアが弱まって……あれはこういうことだったのね」

 

 つまり、こういうことだ。

 ゼファーの中に強い感情が生まれた時、彼の中からその感情が溢れ出そうになった時、響はそれを吸い上げる。

 彼が強烈な怒り、底の見えない悲しみ、果てしない憎悪、尽きない喜びを感じたその時……それは響へと流れ、ゼファーの精神はそれで安定を保つ。

 

 立花響の存在自体が、ゼファーの心を安定させる外付け装置なのだ。

 

「響ちゃんが居る限り、もうゼファー君に暴走の心配はない、と」

 

 ゼファーは響の力を安定させ、その出力を向上させている。

 響はゼファーの感情を吸い上げ、暴走の可能性を低減させる。

 ゼファーは響の力を安定させる。

 響はゼファーの心を安定させる。

 アガートラームという聖遺物が繋いだ、相互に支え合う他に類のない奇妙な関係だった。

 

「私と……ゼっくんが……」

「俺と……ヒビキが……?」

 

 二人が漏らす言葉には微妙なニュアンスの違いがあったが、了子は構わず言葉を続ける。

 

「ガングニールとアガートラームの調和。

 人体と聖遺物の完全融合に至らせない完全な調和。

 響ちゃんとゼファー君のどんなに離れていても繋がる調和。

 つまるところこれが、響ちゃんが発現させたシンフォギア特性の一部なのよ」

 

「え?」

 

「シンフォギアの特性は聖遺物の特性プラス、その装者の心の形。

 ね、ゼファー君。あなたの視点から見て、響ちゃんっぽいギア特性って何だと思う?」

 

「そんなこと言われましても……ええと、友達と手を繋いで、高め合うとか?」

 

「でもそれだと、あの戦場で起こった現象が説明付かないでしょ?」

 

「それはそうですが」

 

 了子がキーボードをカタカタと叩くと、検査機器の一つのモニターに、今日の戦いの一部分……つまり、響が敵全員による全力攻撃を打ち消したシーンが映されていた。

 

「これです、これ。間近で見ていても俺には理解できなくて……」

 

「『受け入れた』のよ」

 

「……え?」

 

「吸収して拡散した、と言い換えるべきかしら」

 

 了子がモニターを叩くと、戦場のエネルギーの推移が移る。

 すると敵の攻撃のエネルギーが一旦響の中に吸収され、そのエネルギーが時間をかけて彼女の体から発散されていく過程が、肉眼でもはっきりと確認できた。

 

「彼女のシンフォギア特性は『調和』」

 

 それは他人を受け入れ、『人と人を分かり合わせようとする力』である。

 

「調律、共存、受容。

 あるいは調和、緩和、融和。

 そういう方向性の力ね。聖詠が『言葉』と『風』だったのも少し納得だわ」

 

 響は自分に対し攻撃的な人間でも、自分に対し攻撃を仕掛けてくるような人間に対しても、話し合いを望むような人間である。

 だから、敵の攻撃を受け止めそのエネルギーをなだめるような力を持った。

 

 響は人と人が戦おうとしていたら、戦うなと言い間に割って入る少女だ。

 それが複数の絶唱を共存させるに近い、そんな高等技術を平然と使う今のシンフォギアの形、彼女のシンフォギア特性を獲得させた。

 

 相手を倒すのではなく、話し合い、受け入れ、共存を求めて抱き締めようとする基本姿勢。

 それが彼女にありとあらゆるエネルギーの調和、ゼファーの心の調和、敵からの攻撃すらも調和する方向性のシンフォギア特性を与えた。

 

 ゼファーが言った『手と手を繋ぐ』という一側面も、響の中に確かにあるものだ。

 されどこの一側面もまた、立花響の中にある一側面。

 受け入れ、飲み込み、共存の道を選ばせて、抱きしめる。

 それがネフシュタン・アースガルズ・ディアブロの全力同時攻撃を無効化した力の本質だった。

 

「―――」

 

 話に混ざっていたゼファーはもちろんのこと、壁際で聞いていた翼ですら驚愕を隠せない。

 彼らが目を見開くほどに、彼女のギアから滲み出る彼女の本質は、一般人から遠くかけ離れているくらいに強く優しいものだったから。

 

「響ちゃんの力はね。熱湯の上に氷を浮かべて溶かさないことだって出来るわ。

 そして一瞬でぬるま湯に変えることだってできる。あなたの力は、『和』の力」

 

 櫻井了子は、とびっきりの笑顔を浮かべて響の胸に人差し指を突き付ける。

 

「胸を張りなさい。あなたのそれは、とても尊い力なのよ」

 

「……はいっ!」

 

 了子の言葉に、響は力強く頷く。

 わけも分からずここに連れられて来て、どこか不安だったのだろう。

 不気味にすら思える力を突然与えられ、怯えるような気持ちもあったのだろう。

 だがそれも、了子の一言によって吹き晴らされる。

 了子の言葉が響の心を勇気付け、響の内に了子への確かな尊敬と好意を根付かせていた。

 

「ゼファー君もそう思うでしょ?」

 

「そりゃもう、バリバリそう思ってますよ。

 ヒビキを自慢の友達と胸張って言える理由がまた一つ増えたくらいです」

 

「うへへー、ちょっと照れちゃうなー。もっと褒めてもいいんだよ?」

 

「よっ、大食らい!」

 

「褒めてなーい!?」

 

 安心しきった響が、ふと会話に加わってこない翼の存在を思い出す。

 響が心から尊敬する女性。あのライブ会場の惨劇の後の苦難の日々を、乗り越える力となってくれた素晴らしい歌を紡いだアーティストだ。

 何か礼を言わないと、と思った響が壁際を見た、その瞬間。

 

 首を刎ねられる幻覚を、響は幻視した。

 

(……!?)

 

 一瞬でそれが気のせいであると理解する。

 一瞬でそれが翼の眼を見た自分の錯覚だと理解する。

 一瞬で翼の眼が刀のように鋭くなっていることを理解する。

 

 変な意識の流れを直感的に感じたゼファーが翼の方を向いた時には、翼の眼は元に戻っていて、響が死を実感したような恐ろしさはどこにも見当たらない。

 

「さて、これで話すべきことは半分くらい話したわけだけど!

 残りは移動してからお話しましょうか。

 今日は二課の皆で響ちゃんの歓迎会よ! 効果音はもちろんどんどんぱふぱふ!」

 

「え、あ、はい……」

 

 何かの見間違いだ、と響は自分に言い聞かせながら歩き出す。

 先導してくれる了子の後に続きながらも、心の中に怯えが満ちて、ゼファーの側に近付いたまま離れられない。

 気のせいだったと自分に言い聞かせる。そんな気がしただけだと自分に言い聞かせる。

 振り返って、風鳴翼の眼をもう一度見る。ただそれだけでこの恐れは払拭できるはず。

 

 そう思いながらも、何故か怖くて、響は後ろを振り返る気になれなかった。

 

 

 

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