戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 原作無印ですとビッキーがギアを手に入れてから一ヶ月以上後に修行開始、ビッキーの入学から二ヶ月ちょっとで最終決戦、それから三週間後に無印終了という超過密スケジュールとなっておりますが当作では現在時系列四月だとお思い下さいませ
 原作だとこの時点の響は泣きながらノイズから逃げている頃です


3

 響も胃痛。ゼファーも胃痛。

 二人の違いは、響はフォローされるべき立場であり、ゼファーはフォローすべき立場であるということか。苦悩の度合いはこの際関係ない。

 

「私、私……」

 

「気に病むな。ヒビキは何も悪くない」

 

「私が、奏さんの代わりだなんて言ったから、翼さんは……」

 

 もうちょっと俺の口が上手かったらな、とゼファーは思う。

 人間関係を円滑に動かせる器用さが欲しいと思うも、所詮無い物ねだりだ。

 勘がいいだけでどうにかなることもあるが、どうにかならないものの方が多い。

 

 翼には頭を冷やす時間をやるとして、響も問題だ。

 奏の想い出が心を蝕んでいる翼と同じように、響もまた心にそこまで余裕がない。

 体がよく分からないものになっていて、周囲にはまだ気心知れない大人達、憧れの人である翼からは理不尽な罵倒、頑張って戦わなきゃという義務感。

 自分が力にならないと友達が危ないのに、自分の力では足手まといにしかならないという現実。

 どう声をかけるべきか、ゼファーは響に対しても考えなければならない。

 

(……うーん……)

 

 翼の言っていたこと、響の言っていたこと、それらを思い返しながら思考するゼファーは、ふと何かを思いつく。

 そしてそのまま、それを口にした。

 

「ヒビキはカナデさんになりたいのか?」

 

「え?」

 

「俺、昔ゲンさん……ああなりたいって思ってた、ここの司令に言われたんだ」

 

――――

 

「だが、お前がなりたいのは本当に『俺』か?」

 

「ゼファー。お前は俺になりたいのか? 強くなって守れる人間になりたいのか?」

 

「お前が憧れた大人は、俺だけなのか?」

 

――――

 

 もうあれから、何年経っただろうか。

 あの時、弦十郎に言葉を貰った時も、ゼファーの隣には響が居た。

 その時貰った言葉を、あの時隣に居た響に分けて渡すとは、何の因果だろうか。

 

 翼が響に対し激怒した理由は、響が奏の代わりになる、と言った部分にある。

 なればこそ、その部分だけははっきりさせておかなければならない。

 良くも、悪くも。

 

「ヒビキはカナデさんの代わりになりたいのか? カナデさんになりたいのか?」

 

「……あ」

 

「今、『意志』を確認しておきたい。ヒビキの答え次第で、俺も腹を括ろう」

 

 その時響が浮かべた表情から、ゼファーが彼女の気持ちを読み取ることはできなかった。

 彼女が浮かべたその表情は、比べるものも参考になるものも何一つ無いような、ゼファーが初めて見る形の表情だったから。

 だが響が何か、腹を括った様子は見て取れた。

 ゼファーの言葉は響の心のどこかに響き、何かの決断を促したらしい。

 

 彼がかつて眩しい物を見るような目で見ていた彼女の強さが、絢爛に輝き始める。

 

「一度"こう"と決めておこうぜ。

 それを貫けば……ツバサもきっと、ヒビキのことを分かってくれる」

 

 響に問いかけながら、ゼファーはぼんやりと思う。

 この問いに胸を張って答えられたなら、きっともう、響は戦いから身を引くことはないのだろうと。翼は響の覚悟の無さを責めた。されど今、響は覚悟を決めようとしている。

 

「私は―――」

 

 どんなに揺れても、覚悟さえ決まれば一直線。

 それがガングニールに選ばれる者が持つ資質だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話:三対三、三者三度の防衛戦 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼はあの日から、ゼファーとも響とも顔を合わせないように過ごす日々を送っていた。

 学校・二課と翼の生活圏はゼファーや響のそれと重なっていたが、それでも彼女は極力部屋に閉じこもるなどして、二人と顔を合わせないようにしていた。

 諭そうと動いていた叔父の弦十郎、マネージャーの緒川、同性の了子やあおいらとも今では顔を合わせないようにしている始末だ。

 

 今もまた、翼は部屋に一人閉じこもっている。

 その部屋のドアを叩き、入ろうとしているのはゼファーだ。

 彼はドアをノックし、呼びかけるが、返事は返って来ない。

 

「ツバサ、入っていいか?」

 

 ドアに鍵はかかっているが、手段を選ばなければ入ることはできる。

 手段を選ばなければ、ゼファーは翼と話をするために24時間顔を合わせ続けることもできる。

 けれど、しない。彼はそれが逆効果になるだろうと判断していた。

 追い詰められた精神状態であるのは翼もまた同じなのだ。

 追い詰めすぎれば、現状は更に悪化しかねない。

 理想は翼が自然にゼファーと話したいと思ってくれるように、さりげなく仕向けることなのだが……それもそう簡単にできることではない。

 

「ツバサ、話がしたいんだ。入れてくれないか?」

 

 ゼファーに対してさえ頑ななのか、ゼファーに対してだから頑ななのか。

 彼がドアをノックしても、返事は返って来やしない。

 部屋の中の翼は自らの意志で、ゼファーと会うことを拒絶している。

 

「診察、一回しか受けてないんだって? 絶唱を使ったんだから、ちゃんと自愛しな」

 

 絶唱は命を削る一撃だ。

 第二種適合者だった奏はそれが原因で死に至り、正規適合者である翼ですら、ほんの少し制御を誤っただけで命の危険に晒されかねない。

 翼は一度体の状態を調べてもらっていたものの、それ以後は部屋にこもってロクに検査も受けていなかった。こういうところにも、翼のひきこもりの影響が出てしまっているようだ。

 ゼファーは翼の体を気遣うが、翼から返事は返って来ない。

 

「……」

 

 翼とゼファーの友情は、翼の一方通行だったのか? そんなわけがない。

 彼女が彼に向ける友情と信頼と等量に、ゼファーもまた翼のことを想っていた。

 だからこうして露骨に拒絶されると、ここまで拒絶されたことが久しぶりなのも相まって、ちょっとゼファーの精神にもダメージがあったりする。

 

「また来る。食事はちゃんと取れよ」

 

 そっとしておくのも、積極的に話しかけるのも、度を過ぎれば失敗となる。

 ゼファーを今悩ませているのは、久しく気にすることもなかった"翼との距離感"だ。

 距離を詰めるべきか。離れるべきか。正答を求めるも見つからず……ゼファーは翼に最後に声をかけ、部屋の前を去っていった。

 

 

 

 

 

 どうしたもんかな、とゼファーは考え事をしながら廊下を歩く。

 この一件、二人のどちらの味方でもあろうとしたゼファーのスタンスも発端の一つであり、されど翼の味方をしても響の味方をしても決定的な破綻を迎えてしまうという最悪の中の最悪だ。

 翼と響の人間関係の問題である以上、ゼファーだけがひいこら頑張っても解決せず、響か翼のどちらかが能動的に動かなければ解決しないのである。

 先日の騒動を見ていた朔也やあおいが協力を申し出てくれたことがゼファーの唯一の救いだが、それで現状が好転するわけでもなく。

 

「……?」

 

 ネフシュタン関連のこと、内通者のこと、盗まれた核ドラゴン・グラウスヴァインの行方。

 ポケットの中で貰い物のテレポートジェムを弄りながら、ゼファーは考え、廊下を進んでいく。

 その途中で、彼の耳に声が届いた。

 

「私、強くなりたいんです!」

 

 その声が響の声であると認識するやいなや、ゼファーはこっそり廊下の曲がり角の先を覗く。

 そこには困った顔の弦十郎と、弦十郎に何やら頼み事をしている様子の響が居た。

 

「ゼっくんが言ってました!

 二課で一番心技体を鍛えていて、心技体が強いのは弦十郎さんだって!」

 

「それで俺の下に来たわけか。……あいつは少し、俺のことを買い被りすぎなきらいがあるな」

 

 弦十郎は苦笑し、あごひげを弄る。

 自分を目標にする子供の憧れの気持ちというものは、嬉しくもどこかむず痒いものだ。

 その子供が大人の仲間入りをしている途中となれば尚更に。

 こうして、その憧れを別の人間の口を通して聞くと尚更に、むず痒く感じてしまう。

 

 弦十郎は響の目を覗く。

 少し前まで、そこには「自分にできることがあるならする」「友達が傷付くのは嫌」といった、強くはあってもややぼやけた意志があった。

 されど、覚悟はなかった。

 なのに今では、確かな覚悟がそこにある。

 

「どうして強くなりたいのか、聞いてもいいだろうか?」

 

「私、今凄く足手まといです」

 

 ガングニールに選ばれるものは、誰しもそうなのだろうか。

 思い悩み、苦悩し、何が正しいのかを常に考え続け―――『こう』と一度決めたなら、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に飛んで行く。

 

「私にだって、守りたいものがあるんです!

 けど、今のままじゃ、私は何も守れないし、この世界に何の意志も貫けない……!」

 

 ゼファーは愛歌に"誰の心の中にも輝きはあると信じてるんだ"と言った。

 その中でも一際強く、絢爛に輝くものが立花響の中にはある。

 それは、人を惹きつけ自然と人の中心になる者の輝きだった。

 

「このままじゃ……このままじゃダメなんです!

 奏さんから受け継いだんだって、胸を張れる私に!

 翼さんにも認めてもらえる、そんな私に!

 ネフシュタンの鎧を持ってるあの子に食い下がって、話をする時間を作れる私に!

 守りたいと思ったものを、守りたいと思った人を守れる、そんな私になりたいんです!」

 

 聞く者の心に想いを響かせるような声だった。

 

「私は……理不尽に痛みを押し付けられる苦しさを、知っているから!

 たくさん考えて、それでようやく思い出せたんです!

 私は人を傷付け合うのが嫌で、人が手を取り合うのが好きで、そのために頑張りたい!」

 

 八つ当たりに近い怒りをぶつけて来た翼に対しても、敵として立ちはだかるネフシュタンの少女に対しても、響は恨み言一つ言わない。

 

―――私の好きだった人の分まで、生きて

 

 響が想うは、絶対に分かり合えないと思っていた人と分かり合えたあの日の記憶。

 今でも彼女は信じている。話せば、きっと誰とだって分かり合えると。

 

「翼さんとも、あのネフシュタンの子とも、分かり合いたいんです!」

 

 弦十郎の顔には、自然と笑みが浮かんでいた。

 なんとまあ、こんな綺麗事を力強く言い切れるものだ。

 彼はゼファーが響を過保護気味に守ろうとする理由の一端を、垣間見た気がした。

 

「いいだろう。だが、俺も君に多量の時間は割けん。少々忙しい時期なのでな」

 

「あ……すみません、無茶言っちゃって……」

 

 弦十郎は快諾しようとしたが、少し考え『本気で立花響を強くするため』の一計を案じる。

 

「そこで君に、俺が付いていてやれない時間は俺の弟子を師範代(仮)として派遣しよう」

 

「! いいんですか!?」

 

「ああ。しかも聖遺物を使った戦闘に関しては俺以上のプロと言っていいぞ」

 

 弦十郎が明後日の方向を見る。

 響は首を傾げたが、弦十郎が視線を向けた方向に居たゼファーはたいそうぎょっとした。

 ゼファーの存在がとっくに気付かれていたということは、弦十郎のその発言は、つまり……

 

「つーわけだ、出てこい師範代(仮)!」

 

「その称号は荷が重いです、ゲンさん!」

 

「ゼっくん!?」

 

 師範代(仮)の称号を獲得したゼファー。

 弦十郎も冗談交じりなので(仮)なのだろうが。

 

「第一、指導者としては俺よりゲンさんの方が数段……」

 

「基礎は俺も教えるさ。だが、今は基礎からじっくり教えてやれるほど時間はあるまい」

 

「……短期間で戦力に数えられるレベルに、ってことですか」

 

 指導とは、怠けさせもせず無理もさせずに技術を教え込むことである。

 一流はそこで教え子に鍛錬の習慣を付けさせ、積極的に修行に励むよう精神にさえ手を入れる。

 格闘技の指導者は、力として身に付けさせて三流。武術でなく武道と身に付けさせて二流。生涯やっていくものとして身に付けさせて一流だ。

 翼とゼファーの二人を見れば、この二人に指導していた弦十郎がどれだけ指導者として有能か分かるというもの。

 

 なのでゼファーも弦十郎が指導に付く方が良いと思ったのだが……現状は極めて切迫している。

 生身から鍛え上げていくには時間が足りない。

 変身後の、聖遺物の扱いを基点に鍛えなければ、おそらくは次の襲撃に間に合わない。

 本来ならば"シンフォギアの扱い"に長けた翼こそが適任なのだろうが、その翼と響の仲が最悪な以上、ゼファーが響の指導者として最も適任というわけだ。

 

「確かに、聖遺物前提で鍛えるならある程度は俺が教えるのも理に適ってますが」

 

「聖遺物の戦い方と、普通の戦い方って違うの?」

 

「ああ、違うな」

 

 難しい顔をして弦十郎を見るゼファーに響が問えば、ゼファーは考える間もなくそれに頷く。

 

「そだな……例えば、ヒビキが変身してビルの屋上から飛び降りるとする。

 地上にはノイズが居ると仮定しておくか。地上まで、どんな感じに降りる?」

 

「え? ええっと……ビルの壁に足をかけて、ウォールクライミングみたいに降りるとか?」

 

「不正解。正解は、ビルの屋上から地上まで、『下向きに全力で跳躍する』だ」

 

「えええ!?」

 

「シンフォギアはバリアフィールドの特性上、高所からの落下じゃまず死なない。

 蹴り落とされたら別かもしれないけど、それは横に置いておこう。

 だからこのシチュエーションでの正解は、"滞空時間を短くする"なんだ」

 

「ほぇー……」

 

 シンフォギアが高所から落ちた場合、少女の足でも足を挫くことすらない。

 逆に舗装された路面の方が粉砕されるだろう。

 

「格闘の基礎はゲンさんに習った方がいい。

 そして体が出来る前に小手先の技に集中しすぎるのもよろしくない。

 だから俺が教えるのは付け焼き刃の戦闘技能、意識の持ち方になる。

 『シンフォギアは人間の戦い方をするものではない』という基本の考え方だな」

 

 人には人の、虎には虎の、聖遺物には聖遺物の戦い方がある。

 まして二人はこの世界で二人だけの融合症例。

 大切なのは響が"どう戦うか"の意識をゼファーから学ぶ、ということ。

 

「付いて来れるか?」

 

「付いて行きますとも!」

 

 そして、修行回が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーが己に課した目標は、響を超短期間で戦士としてやっていけるレベルにまで鍛え上げることである。

 ゼファーが響に課した目標は、響が自分の意志をこの世界に貫けるだけの力を得ることである。

 必然的に、肉体改造と意識改造を平行して行うような修行内容となった。

 

「ヒビキ、道が無ければ回り道するようじゃダメだ。

 ごく自然に、壁をぶっ壊して道を作ろうとするくらいの心持ちを持たせるからそのつもりで」

 

「持ちたくないよそんなの!?」

 

「壁と人の命のどっちが大事だ!」

 

「うっ……ひ、人の命!」

 

「それでよし!」

 

 学校の時間もあるために響が修行に費やせる時間はそう多くはなかったが、響は自分の使える時間の全てを修行に注ぎ込んでいた。

 体をいじめる時間と頭をいじめる時間、鍛錬と座学を最高効率で組み合わせ、心体両方を最短で鍛えに鍛え上げていくゼファーの指導スタイル。

 加え、ゼファーは他人の手を借りることを躊躇しなかった。

 

「ヒビキ、こちら天戸さん。二課の避難誘導とかしてる人で一番偉い人だ」

 

「おっす、オラ天戸。いっちょやってみっか? よろしくな嬢ちゃん」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 彼がまず最初に講師として呼んだのは天戸。

 

「俺が教えるのは集団戦の動き方だ。

 そうだな……例えば嬢ちゃんは、この前ゼファー達が敵の足止めを一人が担当してた意味。

 あれ分かるか?」

 

「いえ、全然分かりません!」

 

「うむ、いい返事だ。あれはな、戦術的優位を確保してたんだ」

 

「優位? 手分けして戦ってただけじゃないんですか?」

 

「そうだな……前回の戦いを、正確じゃあないがわかりやすく整理してみるぞ?

 ゼの字の戦闘力が50。翼の嬢ちゃんの戦闘力が50。

 ネフシュタンのガキの戦闘力が100。ディアブロの戦闘力が200としよう。

 まあ敵を多めに見積もってはいるが、そのまんまぶつかれば戦力比は100:300だ。

 が、これで一人がディアブロをちょっとの間でも足止めできたらどうなる?

 残った一人がネフシュタンに挑みゃ、50:100……これなら、どうにかなるかもしれねえ。

 運と駆け引き次第だが、"勝てるかもしれない"勝負にはなるわけだな」

 

「あ、なるほど!」

 

「いいか嬢ちゃん。集団戦では何も勝つことが全てじゃねえ。

 弱い駒が敵の強い駒や敵の多くの駒に『仕事』をさせなければその時点で大成功なんだ」

 

「集団戦では勝つことが全てじゃない、ふむふむ」

 

「とはいっても、だ。

 例えば100対1000の戦場で勝たなくちゃならない戦場があったとする。

 この戦場では1の兵士が敵兵士50を道連れにしても状況が悪くなるだけだろう?

 何事も絶対じゃねえ。必要なのは考える事。

 そして自分が死なないことがそれだけで、戦術的には得になるってことを覚えておくことだ」

 

「死なないこと……」

 

「死なないよう頑張んな、嬢ちゃん」

 

「はいっ!」

 

 戦術講義を重ねに重ねる。

 

 また別の日には、訓練のために甲斐名が駆けつけてくれていた。

 

「ヒビキ、この人がカイーナさん。聖遺物とか見つけ出す仕事してる人」

 

「よろしく」

 

「よろしくお願いします!」

 

「うわっ……なんだかんだでうちに居なかったうるさいタイプだ」

 

「うるさくてすみません! 以後気を付けます!」

 

「……あー、うん、まあいいや。んで僕は何すりゃいいの?」

 

「ヒビキがシンフォギアを身に纏います。

 カイーナさんが銃をひたすら撃ちます。ヒビキがひたすら避けます。それだけです」

 

「えっ」

「えっ」

 

「ヒビキは床に描いたこの円の中から出ないようにひたすら回避。

 カイーナさんは片目でも衰えなかった、二課でも屈指のその射撃の腕で本気で狙って下さい。

 シンフォギアのバリアフィールドがある限り当たっても死にはしません。

 ヒビキ、今日は射線の線と弾丸の点を見切って射撃を回避する訓練だ。できるよな?」

 

「こ、怖いけど、やってみる!」

 

「よし、いい子だ」

 

「銃弾避け訓練の手伝いとか僕初めてだわ……まあいいけど。

 僕の出勤予定時間が始まるまでは付き合うよ、暇だし」

 

 生存のための回避訓練を重ねに重ねる。

 

 そして数日の時間が流れた。

 

 

 

 

 

 走り込み、筋トレと最低限の体力と筋力を響に付けさせ、ゼファーは本格的に肉体面の鍛錬を始めさせる。

 

「ヒビキ、右腕をこれからパンチするぞー、って感じで好きに構えてみろ」

 

「こう?」

 

「その右手で、ゆっくり俺の左肩を殴ってみな」

 

「ゆっくり?」

 

「そう、ゆっくり。組み技の練習とかはこういうゆっくりやることが多いから、覚えておいてな」

 

 ゆっくり動いて、型の動きや働きの確認や、駆け引きの力量を学ぶ鍛錬方法は、古武術に始まり現代の格闘技の練習法にも取り入れられているものだ。

 言われた通り、響は右の拳でゆっくりゼファーの左肩を殴る動きをする。

 するとゼファーが、響の拳に内側から自分の右拳を押し当てる。

 そしてゆっくりと響の右拳を外側に押し出し、そのまま綺麗に右肘を響の首に押し付けた。

 

「……おお」

 

「これが『型』ってものだ。

 実戦のスピードで、考える前にこういうのが出るようになったら及第点だな。

 『型』は考えるより早く体が動くようになる体作りを目指してやるんだ。

 これでちょっとピンと来てくれたら嬉しいんだが」

 

「うんうん」

 

「また、『型』は理想的な力の流れを認識させるものでもあるんだ。

 練習を重ねていると"あ、なんか今凄くいい感じに打てた"ってなる時がある。

 その時の感覚を忘れないようにまた練習を重ねて……と続けていく。

 そうしていく内に、ちょっとづつ"上手く戦う感覚"が身に付いていくっていう理屈だな」

 

「なるほど!」

 

 今の響はド素人の中のド素人。

 まずは"格闘技の動きには全て意味がある"という認識を植え付け、"この動きにはどんな意味があるのか"と考えさせる癖を付けさせ、最終的には"この技はこうだからこういう応用ができる"と自分なりに応用発展を考えられる思考を持たせなければならない。

 逆に言えばそれさえできれば、一流だ。

 

「明日からはゲンさんとの訓練も始まる。まず『感覚』を身に付けて、修行の効率を上げよう」

 

 ゼファーはその日極端に細かな技は教えず、響に格闘技に意味はあるという認識を持たせつつ、歩法・呼吸法・拳の握り方などの基礎の基礎を教え込む。

 そして翌日より、弦十郎の手を借りての促成速成基礎鍛錬を開始した。

 

 

 

 

 

 ゼファーは個人的に、鍛錬に置いて人間は二種類に分けられると考えている。

 すなわち緒川のような理論派と、弦十郎のような気合派だ。

 ゼファーも昔は肉体の再生能力で無理矢理鍛えていた気合派だったが、今では理論派の方に近い鍛え方をしている。

 何が言いたいかというと、だ。

 

「そうじゃない! 腰が入ってないぞ!

 稲妻を喰らい、雷を握り潰すように打つべしッ!」

 

「言ってること全然分かりません! でも、やってみます!」

 

 響の適性は、これ以上なく気合派だったということだ。

 

「よーっしいいぞ! その調子だ! ギアを一つ上げていけ!」

 

「はいっ!」

 

 何のギアを上げるんだよ、とツッコむ者はここには居なかった。

 響は弦十郎のよく分からない気合理論で強くなっていくが、それはゼファーが理屈と理論を教え込んだことが無意味であったということではない。

 そも、弦十郎の指導とて気合だけではなく理屈も混じえて教えているのだ。

 ゼファーが教えた理屈、理論を下地に、響はぐんぐん伸びていく。

 こういう気合面の指導はゼファーより、弦十郎の方がずっと向いているということなのだろう。

 

 ゼファーは手に治らない後遺症を抱えていて、その点でも他の人間が格闘技を指導した方がいいという事情があるのだが、たとえその後遺症が無かったとしても弦十郎には敵わなかったはずだ。

 無論、生身での格闘技術の指導という点においてはだが。

 

「ヒビキ、拳はもっと脇締めて打ちな」

 

「押忍! ゼっくん!」

 

「そうだ! 丹田を爆発させて打て!」

 

「押忍、師匠!」

 

「ヒビキお前染まるの速いなぁおい!」

 

 弦十郎が教えているのは風鳴の武術ではなく、弦十郎が風鳴の武術に取り入れた中国拳法……ジークンドーの一種のようだ。

 ブルース・リーが使っていた、中国拳法に様々な多種格闘技を取り込み、武術を通して人間として立派になろうとする拳法である、と言えば分かりやすいだろうか?

 守るために倒す、人生の障害を打破する、という意味を内包する言葉がその名の由来となっている。弦十郎が響にこれを教えたのも、暗に秘めた意味がありそうだ。

 

 更に言えば弦十郎が教えたそれは、多分に李氏八極拳が混ざった剛拳である。

 李氏八極拳は六合大槍然り、"槍術と拳術は類似するもの"という考えを置く拳法。

 槍を突き出す動作と拳を突き出す動作に同一性を見出す拳法である。

 そういう意味でも、立花響にこれ以上なく似合う拳法であった。

 

「もっと打ってこい響君!」

 

「はい、師匠!」

 

 立花響の成長速度は凄まじい。

 弦十郎視点、それは数年前にずぶの素人だったゼファーが二週間とてつもない自己鍛錬を繰り返し、たった二週間で翼に一撃入れたあの姿を思い返させるものだった。

 ゼファー視点でも、響の急成長は目覚ましい。

 生身の響がぶん殴ったサンドバッグを吊り下げていた金属の鎖がちぎれるのを見て、飛んで来たサンドバッグを回避しつつ、ゼファーはトレーニングペースを上げることを決めた。

 

 

 

 

 

 戦いにおいては、敵の研究や対策は必須となる。

 事前に練っておいた対策は、そのまま戦いの中で自分を優位に持って行ってくれるのだ。

 

「ヒビキ、こちらサクヤさんと土場さんとアオイさん。

 戦いの時に俺達のサポートをしてくれる、オペレーターの皆さんだ」

 

「よろしく、響さん」

「よろしく頼むよ」

「何か困ったことがあったら、女同士何でも聞くから何でも言ってね?」

 

「よろしくお願いします、皆さん!」

 

「さーて今日はシンフォギアの脅威になりうる一部のノイズ。

 それとディアブロ、アースガルズ、ネフシュタンの戦闘映像の鑑賞だ。

 オペレーターの皆さんが分析の数字込みで映像を流してくれるから、敵の癖を覚えろよ?」

 

「りょーかいっ!」

 

 頭を使って、敵の癖を覚えて、分析した付け入る隙を思考の中に叩き込んでいく。

 そうやって頭を使い終わったら、今度は元自衛隊の津山部隊員による実戦訓練。

 ゼファーは毎日毎日響を壊さないように、(ゼファー基準で)強い意志を持てば授業でも居眠りをしないラインを見極めつつ、響の精神と技術と肉体を鍛え上げていった。

 

「ツヤマさん、いっちょ揉んでやって下さい」

 

「少し気が引けますが、もちろん遠慮しませんよ!」

 

「押忍! よろしくお願いします!」

 

 自衛隊でも優秀な成績を残していた津山を、ゼファーは響の実戦訓練の相手にあてがった。

 生身でも身体能力では響がはるか上を行くが、技量では津山が上を行く。

 いい勝負になるだろう、とゼファーは見込んでおり、実際にいい勝負になっていた。

 2008年に『新格闘』と呼ばれた自衛隊の格闘技術の革命は、2027年現在には『自衛術』と称される自衛隊特有の格闘術へと昇華されていた。

 堅実かつ実戦的、習えば誰にでも使える格闘術。

 この格闘術を修めている津山との実戦形式訓練を、ゼファーは仕上げに持って来た。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!」

 

「ヒビキ! 教えた呼吸ができてないぞ!

 ツヤマさんも無自覚に加減し始めてますよ! もう一本!」

 

「はいッ!」

「……はいッ!」

 

 そうやって修行すること、しばし後。

 時は過ぎて四月末。

 付け焼き刃に付け焼き刃を重ねた形ではあるが、響は真っ当に戦えるようになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーとガングニールが対峙する。

 足裏で焔を爆発させ、緒川直伝の空を掴む感覚の水上走りの技術を併用し、ダメージと引き換えにナイトブレイザーが空中に飛び上がる。

 対しガングニールも腰部バーニアと脚部パワージャッキを稼働させ、空中に跳ね空中で跳ねる。

 両者は高く飛び上がり、鏡合わせのように同様に、空中を跳ぶように駆けていた。

 

「っ!」

 

 天羽奏に無く、立花響にあるガングニールのシンフォギア武装。

 それが腕部武装ユニットと、脚部パワージャッキであった。

 特に脚部パワージャッキはゼファーの自爆式空中移動を真似したものでありながら、二つの聖遺物の共鳴相乗効果による出力のみで稼働し、響の体にダメージを残さない。

 つまりゼファーの模倣でありながら、ゼファーの上位互換であった。

 

「踏み込みが甘いぞ」

 

「くっ!」

 

 しかしそれでも、空中で跳ねながらの戦闘にはゼファーに一日の長がある。

 ゼファーは響をある程度加減したカカト落としで、地面に叩き付けるように蹴り落とした。

 衝撃を殺しながら着地する響。頭上を取りつつ、落下しながら接近するゼファー。

 落ちてくるゼファーに対し、響は足を上げる。

 蹴りで迎撃するのではない。ただ足を上げただけだ。

 

 しかし、その足の近くにゼファーが降りてきたとほぼ同時……ナイトブレイザーがガードに回した腕に衝撃が走る。

 何が起こったのか? その疑問の答えなど、一つしか無い。

 響が足を静止させたまま、ジャッキだけを動かして"前兆もモーションも要らない蹴り"を繰り出したのだ。足を振り上げるどころか、足を動かす必要すらない絶大な威力のキック。

 それがどれほどの脅威であるか。

 初見殺しという意味では、これ以上なく恐ろしい。

 

(この成長速度、本当に頼もしいな)

 

 響が蹴りを放つ。

 その蹴りをナイトブレイザーは掴み取るが、脚のジャッキが跳ねて腕ごとかち上げられる。

 ガードが空いた彼の懐に響が飛び込み、腹に肘を打つ。

 ゼファーはそれを掌でガードするが、響の腕部武装ユニットのハンマーパーツがピストン稼働し"受け止められてからの追加の一撃"。ガードした掌越しに、彼の腹に衝撃を徹す。

 

 更に拳撃の動作に紛れ、響が腕部ハンマーパーツを手動で操作すると、響が望んだ量のエネルギーが腕部武装ユニットに装填される。そして響は絶大な威力の拳を打ち出した。

 これが決まれば勝てる、と響が確信するほどの大技を、ゼファーは足裏で焔を爆発させることで足を跳ね上げ、打ち上げた膝で拳を下から叩き、軌道を逸らす。

 

(響の腕のハンマーパーツ。

 手動操作では任意でエネルギーをチャージできるパワーギミック。

 思考操作で拳法を補助するテクニカルギミック。ここまでかの拳法と相性が良かったとは)

 

 中国拳法はうねうねしてる、と言う者が時々居る。

 全てがそうであるわけではないが、中国拳法は力の流れをスムーズに流すことを肝とし、他の拳法と比較して一撃の威力が控えめであるものが多い。

 中国拳法に柔拳のイメージを持つ者が居るのはそのためだろう。

 しかし。

 今の響がそれらの技術を使ったならば、どうなるだろうか?

 今の響は全身これ『寸勁』の塊だ。

 手の平や足の裏を相手に当てるだけで必殺の一撃を打つことが出来る。

 このギア特性は、中国拳法――特に弦十郎が教えたものの中に混じっていた八卦掌等――と極めて相性が良い。

 

 立花響はまだ小鬼だろうが、このギアとこの技術の組み合わせは金棒に等しいものだ。

 

「はッ!」

 

 ゼファーが腕から焔のガングニールを生やすと、響はそれを拳で迎撃しつつ、拳を守るためのナックルガードを形成。

 ガキン、と拳で刃を受け止める。

 ネフシュタンの鞭、ディアブロの拳、アースガルズの装甲と拳で打ち合うための対策も完璧のようだ。これでギアを手にして一ヶ月未満だというのだから、末恐ろしい成長速度だ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

(……いい仕上がりだ。うん。ヒビキは予想以上にやってくれた。

 まだ鍛えるべきところはあるが……もうこの子を、戦力として数えていいな)

 

 響は覚悟を示した。

 そして、厳しい修行の中で周囲に人間に対しその覚悟を証明した。

 今や彼女の覚悟は、彼女の中に彼女の力として息づいている。

 

「合格だ」

 

「……えっ?」

 

「お前はもう十分戦える。背中を任せていいか、ヒビキ?」

 

「―――っ、うんっ!」

 

 過密スケジュールの修行はもう終わり。

 あとはじっくり時間をかけて鍛えるトレーニングメニューに移行することになるだろう。

 最高効率の訓練にかこつけて、いまだ二課に馴染めていない響を二課の面々と仲良くさせようとするゼファーの企みも今日で終わりだ。その意図がバレていないと思っているのはゼファー当人だけだったのだが、結局誰にも指摘されずに終わっていた。

 嬉しそうにする響は、安心したせいかその場で大の字になって寝て、ギアを解除する。

 汗だくになって息を切らしている響の横に座り、ゼファーも変身を解除する。

 

「さて、喜んでるとこ悪いが、ここからお仕事の話だ」

 

「お仕事?」

 

「修業の成果、そこで見せてもらうかもしれない」

 

 ゼファーが修行を終えた響に対し伝えるのは、彼らが挑む二度目の防衛戦の話。

 

「敵が奪いに来る可能性がある、完全聖遺物『デュランダル』の移送任務のことだ」

 

 数年前、ゼファーと奏がEUから日本に持って返って来た、聖剣を守る任務の通達であった。

 

 

 


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