戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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【悲報】ルシエド、落選


4

 二課の大人達は無能か? 否。

 彼らには地に足付けた優秀さがある。

 ネフシュタンの出現から一ヶ月と経たず、彼らは敵の手がかりを見つけ出していた。

 

 彼らが目を付けたのは、『敵が米政府と何らかの関連がある』という点である。

 つまり彼らは、二課はネフシュタン達の情報を知らなくとも、米政府ならばネフシュタン達の情報を知っているのではないか? という仮定を組み立てたのだ。

 そこで分析対象として、ここ最近二課本部のメインコンピューターに対し行われていた数万回のハッキングが目を付けられた。

 

 海外サーバーを間にいくつか噛ませてはいたが、そのハッキングがアメリカからのものであることは見当が付いていた。

 そこで二課調査部の者達は、一計を案じる。

 二課本部のデータサーバーそっくりに偽装した偽装階層を、何重ものファイアウォールの間に一つ挟み込んだのだ。

 サーバーを家と例えるならば、本物そっくりだが通帳や個人情報は一切置いていない偽物の家を造った、と言えば分かりやすいだろうか?

 

 サーバーのガワだけのコピーでしかないので、見られて困るデータはない。

 かつ、ハッキングを仕掛けている人間からすれば、"罠かもしれない"と感付くことはできるものの、"本物かもしれない"という可能性の考慮からスルーもできない。

 ハッキング側は必然的に、ウイルス感染やアクセスの逆探知を警戒しつつ、その偽装階層に目的のデータがないか調べ回ることとなる。

 二課の目的がハッキングしている者の特定ではなく、"どこにアクセスしているかの調査"なのだと気付きもせずに。

 

 二課は敵の目的を知らない。

 されど米政府の手の者ならば知っているかもしれない。

 ならば、最近になって増加したハッキングの傾向、すなわち"偽物のサーバーデータのどの部分のアクセスが多いのか"を調べれば……米国の手の者が何を気にしているのかが、分かるのでは?

 その目論見は、結果から言えば大成功だった。

 

 米国政府も途中でその『仕掛け』に気付いたのか、途中からは自分達の意図を隠そうとしていたようだが、ごく短期間に数万回のハッキングというとてつもない回数だ。

 途中で気付かれたところで、参考にできるサンプルデータの収集には十分過ぎた。

 まして短期間に数万回。当然ながら動員されていたのは一人や二人ではないのだろう。

 膨大な人数が同時に引っかかり、同時に米政府の狙い所をいくつか明かしてくれていた。

 

 そこからいくつかのキーワードを選り分けていった結果、いくつか敵の狙いとなっている可能性のあるものが絞り込め、その中でも特に際立つワードが二つ見つかった。

 一つは、ナイトブレイザー。

 そしてもう一つが、聖剣の完全聖遺物『デュランダル』だった。

 

 ナイトブレイザーはいい。

 ハッキング側が一番気にしていたのがナイトブレイザーに関するデータであったことは、別段不思議なことではない。

 敵がナイトブレイザーを何かしらの形で狙っているかも、と考えればそれでいい。

 

 だがデュランダルは数年前にEUが経済破綻した際、不良債権の一部を日本政府が肩代わりするのと引き換えに、二課が手にした聖遺物。

 それ以来数年何のアクションも起こされていない、再起動実験待ちの完全聖遺物だ。

 このタイミングで突然米政府が気にしだした時点で、何かあると見るべきだろう。

 例えば……米国と協力関係にある『誰か』が、個人の物としたがっている、だとか。

 

 更に、このタイミングで親米派の政治家の派閥が秘密裏に動き、「デュランダルを安全な場所に移送する」という名目で、二課本部から別所へのデュランダルの護送が命じられたと来た。

 移送先は永田町最深部の特別電算室、通称『記憶の遺跡』。

 これで深読みしないのは、ただのバカとしか言いようがないだろう。

 

 米国が注目し狙っているものが、今回の敵の狙っているものとイコールである保証はない。

 が、ナイトブレイザーとデュランダルが狙われている可能性が高いというのもまた事実。

 ならば警戒するにこしたことはない。

 

 ネフシュタンの一味と、特異災害対策機動部二課。

 両者は互いの手札を探りつつ、カードをしているようなもの。

 それもネフシュタンの一味の方が圧倒的に強力なカードを握っているという状況だ。

 ダメ押しに、二課のカードは全公開に近いという最悪中の最悪である。

 だがネフシュタンの一味の後ろ盾として立ち、ネフシュタンの一味の手札を全て覗ける位置に居た米国を通して、二課は敵の手札の一部を見通した。

 敵の後ろ盾を、敵の手札を後ろから覗く己が眼とした。

 

 ならばいくらでも、策を練ることは出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話:三対三、三者三度の防衛戦 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弦十郎を支える二課のブレイン達が考えたデュランダル奪取対策はこうだ。

 まず12のチーム、12の車、12のジュラルミンケースを用意する。

 そして移送の直前に、弦十郎が誰にも気付かれないようケースの内一つに聖剣を収めるのだ。

 

 ケースはその後、緒川の手でアトランダムに車に乗り込んだチームに手渡される。

 緒川は弦十郎がどのケースに入れたかを知らないため、この時点でこの世界に"どの車にデュランダルが収められているか"を知る者は居なくなる、というわけだ。

 あとはこの車を一定の時間を空けて、順繰りに送っていけばいい。

 

 仮に敵が全ての車を破壊してデュランダルを確保しようとしても無駄だ。

 敵が最初の一台を襲撃して外れたら、その時点で移送を中止して後日に回す。

 そして敵が狙っていることを理由にデュランダルの移送を取り止めればいい。

 その時点でデュランダルが狙われていることは、推測から事実に変わるからだ。

 敵が最後の一台に的を絞って外せば、先に行った11台が移送を完了させる。

 

 どう転がっても、敵は1/12の確率に賭けねばならないという小細工だ。

 これがどこまで通用するかは分からないが、二課のブレインは最大限に策を弄するつもりでいる様子。デュランダル本体にも、盗まれた場合を想定し時限式発信機を取り付ける徹底ぶりである。

 移送中は信号を発しないが、盗まれて時間が経つと信号を発する優れ物だ。

 

 更には移送中に戦闘になる可能性を考え、経路は高速道路を選択。

 そして翼とゼファー、響の三人をバイクとセットで高速道路を確認できる位置に秘密裏に配置。

 狙われている可能性のあるナイトブレイザーや、人間関係などの要素も鑑みて、ゼファーにも時限式発信機を取り付けた上響もそちらに同行させる。

 もしも襲撃があった場合、即座に聖遺物チームが駆けつける手はず、というわけだ。

 高速道路に襲撃があった場合、ナイトブレイザーを戦場に出すリスクを考慮した上で、なんとかデュランダルを防衛するための苦肉の策といったところだろうか。

 

「以上だ! 明日のデュランダル移送、各自気合を入れて取り組むように!」

 

「「「 はいっ! 」」」

 

 弦十郎の号令に応じ、ひとところに集まっていた二課の職員達が散らばっていく。

 デュランダルの護送を明日に控え、皆の気力は相応に高まっているようだ。

 ……なのだが、気分が落ち込んだままの者も居る。

 ゼファーは弦十郎が話している間もずっと仏頂面をしていた翼に、あの手この手でやんわりと説得の言葉を並べ立てていた。

 

「ヒビキの話だけでも聞いてみてくれよ。一回だけでいいからさ」

 

「断る」

 

 なのだがまるで暖簾に腕押し、柳に風だ。

 馬の耳に念仏を聞かせた方がまだいい反応が返って来そうな気すらする。

 二年ほど前から使い出した翼の武士言葉は、自分を奮い立たせるための強い語調なのだとゼファーは思っていたが、こうして他人を拒絶する意図にも使われるのかと気付くと少し寂しい気持ちになるものだ。

 今の翼は、和解を望むゼファーを明確に拒絶していた。

 

「第一、話さずともあの未熟者のことなど、しかと分かっている」

 

 されどゼファーも、もう五年以上翼と付き合っている親友の一人だ。

 時間さえかければ、翼が頭を冷やす時間さえあれば、大なり小なり説得の目は出て来る。

 

「お前は、カナデさんの本音を聞くまでカナデさんのことをどれほど知ってたんだ?」

 

「……何?」

 

「何も知らなかった。違うか?」

 

「……」

 

 翼は奏と本気で喧嘩したあの時まで、奏のことを何も知らなかった。

 上辺だけを見て、人から聞いたことだけを知り、天羽奏という個人を何も知らなかった。

 ゼファーは暗に、翼は響のことを何も知らないのだと言っている。

 眉間に皺を寄せ、彼女は彼に対し疑問を口にする。

 

「ゼファー。お前は私に、何を求めてるというのだ?」

 

「響の友達になってほしい、かな」

 

「―――っ」

 

 しかし返って来た答えがあんまりにもストレートで、ゼファーらしく、嘘偽りのない言葉であったから、翼もちょっと言葉に詰まってしまう。

 翼は響が悪い人間であると思っているわけではない。

 だから、だからこそ、ゼファーは彼女から少しの譲歩と妥協を引き出せる。

 

「あなたはいつもそうで……! ああもう!」

 

 今の翼の胸中の気持ちを文字にするならば、"ゼファーの顔に免じて"といったところか。

 翼とて人類守護の務めを果たす防人の一人だ。

 仲間との間に不和を残したままではいけないと、心のどこかで思っているのかもしれない。

 

「一回だけよ」

 

「ああ、ちゃんと聞いてやってくれ」

 

 自然と肩肘張った話し方でなくなった翼を見て、ゼファーは微笑む。

 彼は風鳴翼と立花響が仲良くできると信じている。

 天羽々斬とガングニールの装者なら、絆を育めると信じている。

 翼、響、奏のことを、ゼファーはよく覚えているから。

 

 それに、なにより……変わったのか、変えられたのか?

 響が来てから翼も変わり、女言葉が少し増えるなどの変化が起きている気がしたから。

 それはきっと、悪い方向の変化だけではないと、彼は信じている。

 

 

 

 

 

 二課は最大限に策を練る。

 しかし、ネフシュタン側も同様に対策を取っていた。

 

「完全聖遺物の共鳴現象?」

 

「そうよ。既に実証も済んでいるわ」

 

「フィーネ、それだけ言われてもあたしにゃ分かんねえよ」

 

「例えば完全聖遺物とシンフォギア装者が戦っているとしましょう。

 完全聖遺物のアウフヴァッヘン波は、装者の歌声に乗ってその波形を強く波立たせる。

 強力なフォニックゲインが歌声のフォニックゲインと混ざり合う、と言い換えてもいいわ。

 そしてこの戦いが行われている付近に、基底状態にある完全聖遺物があると仮定しましょう。

 歌声を媒介に、流れ込む大量のフォニックゲインと共鳴した完全聖遺物は覚醒を果たす……」

 

「そいつが完全聖遺物の共鳴現象、ってことか」

 

「シンフォギアと完全聖遺物、もしくは完全聖遺物二つ以上が揃っていなければ起こらないわ。

 それに、今ある普通のシンフォギアでこの現象が偶発的に起こる確率はかなり低い」

 

 ネフシュタンの少女は、フィーネから次の作戦案を提示されていた。

 それに逆らう気はないが、中々面倒臭そうだと少女は思う。

 

「指向性のあるアウフヴァッヘン波形を照射する機材を用意したわ。

 これとネフシュタンの鎧を接続し、車が通り過ぎる度に照射しなさい。

 車の中にデュランダルがあれば、軽度の共鳴反応を返すはずよ」

 

「あいよ」

 

 二課の工夫を、ネフシュタン達は異端技術の水準で越えて行く。

 

「今回は戦闘を極力避けなさい。でないと……」

 

「わーってる、暴走気味にデュランダルが起動するかもって話だろ?

 あたしだってそんな不確定要素は勘弁だ。

 奪取したら即座に逃走、それで決まりだ。今回はナイトブレイザーは基本放置で行く」

 

「分かっているならいいわ」

 

「つか、それならテレポートジェムくれよ」

 

「あいにく今は在庫が無いのよ」

 

 フィーネから腕くらいの太さがありそうなペンライト状の機材を受け取り、ネフシュタンの少女は挑発的な笑みを浮かべる。

 

「グラウスヴァイン、ナイトブレイザー、んで最後のデュランダル……

 今回のこれを成功させりゃあ後はナイトブレイザーだけか。楽な頼み事だったな」

 

「あなたはそういう油断慢心が欠点だと、前にも言わなかったかしら?」

 

「はっ、この布陣でどう負けろってんだよ」

 

 

 

 

 

 そして、翌日。デュランダルの移送は開始された。

 

 

 

 

 

 移送当日、二課の車庫にて、翼は自身のバイクの最終調整を行っていた。

 翼はデュランダルの移送開始より少し早めに出るつもりだ。

 バイクの調整を行っている彼女の周囲では、デュランダルを直接移送するチームが最後の打ち合わせを行っていた。

 翼はいまだぐちゃぐちゃの心の状態を、とにかく目の前のことに集中しようと自分に言い聞かせることで、落ち着かせていく。

 

「あの、翼さん」

 

「!」

 

 しかしそこで、彼女の心を乱す原因がやってきた。

 不安そうに立つ立花響を見て、翼は喉元まで出た言葉を抑え込み、ゼファーとした"一度だけ話を聞く"という約束を思い出して、その言葉を飲み込んだ。

 

「……何かしら? 要件があるなら、手短にね」

 

「! あ、あの、出撃の前に少しお話がしたくて!」

 

 話を受け入れた翼に響も驚いた様子だが、気を取り直して言葉を続ける。

 分かり合いたいと考えている響が、話し合えるこのチャンスを見逃すわけがない。

 

「私、奏さんの代わりだなんて言って、翼さんを怒らせてしまいました。

 後から奏さんの話を色んな人に聞いて、気付いたんです。

 私が言ったことはとんでもなく無神経で、翼さんを怒らせても仕方のないことだったんだって」

 

 なんだ、謝罪か、と翼は思う。

 

(どう謝られようが、私が貴女を受け入れられないことに変わりはないのに)

 

 しかし、立花響は翼の予想を超えて来る。

 

「無神経ですみませんでした! それでも私は、その言葉を撤回しません!」

 

「―――なんですって?」

 

 響は翼を怒らせたことを謝るも、翼を怒らせた言葉を撤回はしなかった。

 翼は視線だけで人を殺せそうな目つきで響を睨み、有無を言わせない様子で響に詰め寄る。

 常人であればこれだけで見が竦んでしまいそうなほどの威圧感だったが、響は一歩も引くことなく、翼の目をしっかりと見据えて立っていた。

 執着と未練で放つ今の翼の威圧感では、今の響の膝を折れはしない。

 

「よく聞こえなかったわね。もう一度言ってくれない?」

 

「私が、奏さんの代わりに頑張りたいって気持ちに、嘘はないんですッ!」

 

 響は先日、奏の代わりになると言って、翼に激怒された。

 だがそれは、翼が言ったような……"自分なら天羽奏の代わりができる"という傲慢に満ちた言葉だったのだろうか?

 

「私は私、奏さんは奏さん。私は奏さんにはなれない。

 それでも私は、あの日に見た奏さんの強い在り方に憧れたから!

 "奏さんみたいな強い人になりたい"って思ってます!

 私は奏さんに守ってもらって、あの日生き延びた人間だから!

 "奏さんが果たせなかったことを私が代わりに果たすんだ"って思っています!」

 

 違う。響の心根はどこまでも優しく、強く、真っ直ぐだ。

 

「奏が、果たせなかったこと……?」

 

「この先も、翼さんとゼっくんを守ることです! 力のない人を守ることですッ!」

 

「―――」

 

「私は奏さんにはなれないけれど……

 でも、奏さんが果たせなかったことを代わりに果たすんです!

 奏さんが守りたいと思ったものを、奏さんの代わりに守るんですッ!」

 

 風鳴翼は息を呑む。

 こんな想いが立花響の中にあったなど、想像もしていなかったからだ。

 こんな覚悟を立花響が携えてくるなど、予想もしていなかったからだ。

 

 天羽奏になれない立花響が、天羽奏を目指し、天羽奏の代わりに責務を果たそうとする。

 それは覚悟だった。

 弦十郎にも、ゼファーにも認められた、響の胸の覚悟だった。

 

「私が守るのは死なせないため。

 私が守るのは分かり合うため。

 私は、生きてさえ居れば、きっと誰とだって分かり合えるって信じてるんですッ!」

 

 こうまで言われれば、翼が響を否定できようはずもない。何故ならば――

 

「私は分かり合うために頑張ります。守ります。戦います!」

 

 ――奏の代わりに戦おうと決めたその想いは、翼の中にもあるものだったから。全ての人と分かり合おうとするその想いは、ゼファーの中にもあるものだったから。

 

(……奏……)

 

 翼はいつから女性らしくない口調を意識して使うようになったのか?

 翼はいつから奏が得意としていた広範囲攻撃と一撃必殺攻撃、千ノ落涙と天ノ逆鱗を習得し使うようになったのか?

 翼はいつから「強く在らねば」「変わらないと」と思うようになったのか?

 

 その答えを考えれば、誰にだって自ずと分かる。

 ああなりたい、ああなれないと、奏を想っていた翼。

 想い出の中で美化される、届かない目標として心に納められた一人の親友。

 

 さて……本当に"天羽奏になろうとしていた"のは、誰だったのか。

 

 そして翼の脳裏に、二年前のライブ会場の惨劇の日に、奏が最後に残した言葉が蘇った。

 

 

 

 

 

 翼の腕の中で、崩れ落ちていく奏。

 炭素の残滓すら残らない完全消滅、それが絶唱の反動を全身で受け止めたツケだった。

 抱き締めるだけで崩れていく奏を抱え、翼は涙ながらに彼女の遺言を聞いた。

 

「ゼファーと愛歌を頼む……二課の皆も……

 ……ああ、でも、なんかそれだけだと、なんか違うな……」

 

「奏ッ!」

 

「後悔はない……心残りもない……だから、泣くなよ、翼……」

 

「だって……だって!」

 

「ほんと、泣き虫なんだから……心残りが、出来ちゃいそうだぜ……」

 

 奏が最後に遺した言葉は、翼のための言葉であった。

 

「……つばさ……なにがあっても、なかまを、たいせつにしな……」

 

「奏……?」

 

「おまえが、たいせつ、に、したなかまは……きっとおまえをたいせつにしてくれる……」

 

 それは翼が一人にならないよう、奏が翼に打ち込んでいた一つの楔であった。

 

「おまえがなかまをたいせつにしているかぎり、おま、えは……

 どんなときでも、ひとりじゃない……

 ……だから、なかまとはけんかせず、なか、よく、し―――」

 

 奏の体が消えていく。

 命が消えていく。

 天羽奏が、光の粒になっていく。

 

「奏ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 その死の衝撃が大きすぎて、死の直前に打ち込まれていたその小さな楔は、翼の中で役目を果たせなくなってしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 記憶の海から、翼が帰還する。

 ほんの一瞬の記憶の想起。されどとても大切な想い出の想起。

 その一瞬が、翼の心の状態を決定的に変化させる。

 

「翼さんに認めてもらえるか分かりませんが……これが、私の決めた覚悟です!」

 

 響の真っ直ぐな思いが、凝り固まった翼を動かしたのだ。

 前向きな自殺衝動などではない、確固たる想い。代償行為でもない、罪悪感を紛らわすためのものでもなく、サバイバーズ・ギルトでもない、自分が生きる意味を獲得するためのものでもない。

 立花響のこれまでの人生を、一つの覚悟へと凝縮した意志がそこにある。

 

―――諦めるな!

 

 喪失までのカウントダウンなどあるものか。

 彼女の胸には、かつて彼女の胸を打った言葉がある。

 希望として吹き込まれた西風がある。

 奏や友に貰った言の葉は、今でも胸打つ風となり、そこに在るのだ。

 

「あなたは―――」

 

 翼はここに来て初めて、敵意のない言葉を響に向けようとするが……

 

「二人共、これ以上遅れると作戦に支障が出るぞ」

 

「! ゼファー……」

 

「え、もうそんな時間!?」

 

 ……物凄く渋々と声をかけてきたゼファーに、遮られてしまう。

 彼とて二人の邪魔をしたくはなかったのだろう。ギリギリまで待っていたに違いない。

 しかし時間は、有限なのだ。

 

「また後でな、『立花』」

 

「―――っ、はい、翼さん!」

 

 今は、去り際に"翼に始めて名前を呼んで貰えた"響の笑顔で、一区切りさせるしかない。

 翼は自分のバイクに乗り、響もまたゼファーのバイクの座席後部に座って、座席前部に座るゼファーにしっかりと抱きつく。

 

「やっぱお前はすごい奴だよ、響」

 

「えへへー、何が?」

 

 そして移送用の車と、二台のバイクが発進した。

 バイクは高速道路を通らないように一般道を走り、風を切って加速していく。

 響がしっかり掴まっていること、そうそう落ちなそうだということを確認し、ゼファーは耳に付けたインカムに来ていた通話に対応した。

 

『こちら藤尭。ゼファー君、聞こえる?』

 

「こちらゼファー。どうしたんですかサクヤさん? 司令部の回線じゃないですよね、これ」

 

『うん、この通信は別室で隠れてこっそりかけてる。ちょいと腹案があってさ』

 

 それが藤尭朔也からのものだった。

 彼は伊達や酔狂で面倒なことはしない。つまり、"何かある"ということなのだろう。

 

「何故そんな手間になることを?

 いつもの司令部の通話機か、今朝の会議で言っておけばよかったのでは……」

 

『いやさ、ぶっちゃけ最近の二課の会議で腹案言うの正直怖くてさ』

 

「……ああ、やっぱサクヤさんくらいになると気付かないわけないですよね」

 

 敵が派手に動き出したことで、内通者の存在に気付いた者と気付いていない者が居る。

 朔也はもちろん気付いていたし、気付いた者の中でもトップクラスに早く気付いていた。

 だからこうして、事件直前に朔也とゼファーの間だけで会話ができるチャンスを伺っていたのだろう。

 

『グラウスヴァインの使い方、一つ"これだ"って候補に思い至ったんだけど』

 

「!」

 

『現地でネフシュタンの女の子と顔合わせたら、カマかけてみてくれないかな?』

 

 それは、藤尭流の"敵と内通者の思惑と計算を狂わせる"ための一手であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近年、ゴーレムやナイトブレイザーの大規模エネルギー戦闘の影響だろうか。

 地球規模で気象が安定せず、"例年と比べて"という気温表現のフレーズが、全く機能しなくなっていた。アースガルズの一撃一撃が最低でも核数発分と考えれば、妥当かもしれない。

 しかし一部の者は、ノイズの出現率増加に比例するように発生し始めた世界各地の異常気象に、『世界の終わり』を予感していた。

 実際に世界にそういう危機が来るかどうかは、別として。そう予感する者達は確かに居たのだ。

 

「寒いね」

 

「そうだな」

 

 今日もまた、前日との気温の落差がひどい日であった。

 四月であるというのに、ゼファーと響が響手製のマフラーを付けているほどに。

 寒空の下、バイクに跨がるゼファーと、その隣で手に白い息を吐きかけている響。

 二人は高所より高速道路を見下ろし、寒空にその身を震わせていた。

 

「こんな日にはラーメン食べたいな~」

 

「おでんだったら、後で連れてってやってもいいけど」

 

「おでん!? ……もしかして、おごり?」

 

「勿論おごり」

 

「やたっ! 約束だからね!」

 

 響と談笑しつつ、ゼファーは高速道路から片時も目を離さない。

 手慰みに襟、尻ポケット、胸ポケットの内側の発信機の作動を確認しつつ、響から貰った赤いマフラーを風にたなびくままにしていた。

 既に彼らが見張っている範囲を、二台の移送車が通過している。残りは十台。

 

「本当に来るのかなぁ? 移送自体秘密だし、気付いてなかったりして……」

 

「いや、必ず来る」

 

「なんで?」

 

「勘」

 

「……いやー、ゼっくんはホント味方だと頼もしいですなー」

 

 うへー、といった感じの表情を浮かべる響をよそに、ゼファーがピクリと肩を震わせる。

 そして彼は無言でバイクに跨ったまま、エンジンをふかし始めた。

 なんだろう……? と響が思っていると、数秒後に爆音が鳴り渡る。

 彼女がそちらを見れば、高速道路、及びそこを走っていた三台目の移送車が、謎の爆炎に包まれていた。

 

「! 来たっ」

 

 ちらりと見えた白い影。

 あれはネフシュタンの鎧と見て間違いない。

 響が座席後部に座ってまたしがみつこうとすると、ゼファーは一旦外させていたヘルメットを再度響に投げ渡す。

 

「ヒビキ、ヘルメット」

 

「ん、りょーかい」

 

「免許取ってから三年以上経ってはいるが、高速道路で二人乗りは初めてだな……」

 

「そうなん……あれ? ゼっくん今18じゃ――」

 

「行くぞ!」

 

「まあいっか! GO!」

 

 ちなみに法的なバックアップがない限り、20歳未満か免許を取ってから三年未満の人間が高速道路二人乗りをすることは厳禁である。

 そしてゼファーの免許取得は13歳時。16歳未満の免許取得もアウトである。

 響が細かいことを気にしない子でよかったと、ゼファーは心中でホッと一息ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースガルズがネフシュタンの少女を拾い上げ、その手の平に乗せる。

 防御特化の機体とはいえ、その性能は移動速度においても十全に発揮されている。

 並の車よりもずっと速い速度で、アースガルズは駆けて行く。

 

「デュランダル確保完了……だが」

 

 少女の手には、奪取した完全聖遺物・デュランダルが握られていた。

 未起動の聖剣を右手に持ったまま、少女は後方を振り返る。

 するとはるか後方から迫り来る、二つの影があった。

 

「邪魔者さんのお出ましってかぁ?」

 

 少女は右手に剣を握ったままに、左手に銀の杖を持つ。

 アースガルズの横に並走するディアブロが、それを見てゆっくりと頷いた。

 

「こいつらとお遊戯会でもしてやがれ!」

 

 彼女がそれをひとたび振れば、杖より光線が照射され、照射された『世界の壁』が揺らいで消える。すると世界の壁の向こうから、ぞろぞろとノイズ達が現れた。

 ノイズを召喚する。

 ノイズを操作する。

 ノイズを支配する。

 死ねと言えばすぐさま死なせられるほどの、ノイズに対する絶対の支配能力。

 

「この『ソロモンの杖』がある限り、聖遺物持ちのてめえら以外は全員役立たずなんだからな!」

 

 彼女が手にしている、ノイズを操る完全聖遺物。名を"ソロモンの杖"という。

 王であり、預言者であり、偉大なる知恵者であり悪魔王とも呼ばれたソロモン。

 すなわちこの杖は悪魔(ノイズ)を掌握する杖であり―――"伝承の中でソロモンが操る悪魔"の正体がなんであったかを、如実に証明するものでもあった。

 

 

 

 

 

 二つのバイクは並走する。

 二つのバイクに三人の戦士。彼と彼女らは風を切りながら、変身の文言を力強く口にした。

 

言の葉は、胸打つ風となり(Balwisyall Nescell gungnir tron)

「―――アクセスッ!」

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 銀光、蒼光、橙光。

 綺羅びやかなそれらが消えれば、黒鎧、蒼刃の剣士、白の拳士の姿が現れる。

 二つのバイクと三人の戦士の進行方向からは、ノイズの軍勢が駆けて来ていた。

 それが足止めのために放たれたものであるということは、誰の目にも明らかだろう。

 

「ヒビキ、運転代わってくれ!」

 

「ごめん! 意味が分からない!」

 

「座席座ってハンドル握ってればそれでいい!

 ジャベリンが運転してくれる!

 ジャベリンのハンドルがこっちの手を掴んでくれる!

 お前は振り落とされないようにしておけば、後はジャベリンがどうにかしてくれるはずだ!」

 

 ゼファーは曲芸師のようにジャベリンの上で立ち回り、ジャベリンが倒れないよう細心の注意を払って重心を移動させながら、響を抱き上げて自分が座っていた場所に座らせる。

 そして座席の後部に立ち、両の腕を薙ぐように振るった。

 すると両の腕から焔が噴出され、無数のノイズを加熱した飴細工のように融解させていく。

 

「"こっち"は飛び道具がないヒビキより、俺向きだ!」

 

「ぬおー!? これ本当にハンドル握ってるだけでいいのー!?」

 

 今のナイトブレイザーの火力をもってすれば、ノイズなど一瞬で蒸発するだけの的にすぎない。

 むしろ響のうろたえっぷりの方が不安になってくるほどだ。

 

(何やってるんだか)

 

 それを横目で見る翼の顔に、小さな笑みが浮かぶ。

 響のことで笑ったことなど、これまで無かっただろうに。

 

「道を空けろ、雑音共!」

 

 翼は進路先のノイズを見るやいなや、表情を引き締め両の足の剣を巨大化させる。

 ゼファーのジャベリンとは違い、純粋なシンフォギア支援機として特化調整された愛機(バイク)を更に加速させ、翼はノイズの軍勢に一直線に突っ込んでいく。

 するとバイクと合体したシンフォギアの刃が、小気味いいくらいのペースでノイズを切り裂いていくではないか。翼とシンフォギア支援機の合体技、『騎馬ノ一閃』である。

 

《《     》》

 《 月煌ノ剣 》

《《     》》

 

 どれだけ数を揃えようが、所詮はノイズだ。

 機動力を備えた彼らに対しては多少の足止めにしかなりはしない。

 やがて、アースガルズの背中が見え始めると、ゼファーは仮面の下で目を細めた。

 

「ヒビキ、歯をくいしばれ。舌噛まなくて済むぞ」

 

「ほえ?」

 

「アクセラレイターッ!」

 

「わーっ!?」

 

 ゼファー、及びゼファーが触れているものが任意で三倍速まで時間を加速される。

 すなわちナイトブレイザー、ジャベリン、ガングニールの三つだ。

 時速700kmは擬似的に時速2100kmにまで至り、一気に敵との距離を詰める。

 

「ヒビキ! コンビネーション1!」

 

「……! 了解!」

 

 そして、ナイトブレイザーが跳び上がる。ガングニールが拳を振るう。

 ガングニールが突き出した拳を足場に、ナイトブレイザーは再度跳躍。

 アクセラレイター×ジャベリンのスピードに、ガングニールの腕力×ナイトブレイザーの脚力によるパワーが加わり、黒騎士は弾丸のようにアースガルズに向かって飛び出した。

 飛び出し、飛び蹴り、敵に向かって一直線。

 

「アースガルズッ!」

 

 それを見て、少女が叫ぶ。

 少女の声に応え、アースガルズは対消滅バリアで防御と同時にナイトブレイザーを消滅させようとするが……そこで、自分の左右から迫るネガティブフレアの存在に気が付いた。

 ナイトブレイザーは自分が飛び蹴りで飛んで行くと同時に、回り込ませた焔での同時攻撃までもを画策していたのである。

 

 片手のバリア発振装置はネフシュタンの少女を抱えていて、角度的に使いづらい。

 そこでアースガルズはもう片方の手のバリアを二箇所に集中し、左右から迫り来るネガティブフレアをバリアで防御。かすっただけでも死に至るこの焔は何が何でもまず防ぐ。

 そしてバリアを発生させた腕を全力で振るい、後方から飛んで来たナイトブレイザーを上方へと打ち上げた。

 とてつもないパワーとスピードを持ったナイトブレイザーの飛び蹴りと、それを弾くだけのパワーとスピードを持ったアースガルズの衝突は、空気を引き千切る音を生む。

 

 ディアブロが相手ならば胸に大穴を空けていてもおかしくない一撃だったのだが、それでもアースガルズの強力な装甲にはヒビ一つ入れられない。

 だが弾き飛ばされたゼファーは、空中を蹴り慣性を利用してネフシュタン達の前方に回り込み、瞬時に巨大な焔の壁を打ち立てて彼女らの逃げ場を塞ぐ。

 

「デュランダルを返して貰おうか」

 

「はっ、そう言われて返す強盗がどこに居るってんだ?

 返して欲しけりゃ、腕尽くで来な。無理だろうけどよ」

 

「……流石に、"グラウスヴァインで再起動"される危険のある完全聖遺物は渡せないな」

 

「―――! へえ、てめえらもただの無能じゃなかったってわけだ。

 もうそこまで調べがついてんのか。あいつもケツに火が点いたってとこかね」

 

(……カマかけ成功。サクヤさんの危惧と推測は見事大当たり、と)

 

 情報は手に入れた。

 通信機を通して、今の会話は二課司令部に伝わっている。

 これが決定的な何かになる可能性はあるが……ゼファーは一旦、そこから思考を切り離す。

 彼が今見るべきは目の前の戦場、目の前の敵だ。

 

「もうお前達に逃げ場はない。なら戦いになるわけだ。

 戦闘でデュランダルを壊してしまう可能性は、互いに望んでないだろう?」

 

「逃げ場がない? そりゃあどっちの話だ?」

 

「……何?」

 

「今日はお前とやり合う気はなかったが、カモがネギしょって追いついてきたんなら仕方ねえ」

 

 ネフシュタンの少女はナイトブレイザーを見て、一瞬不快な表情を浮かべたが、ふと何かを思いついたようでニヤリと笑う。

 少女の悪い癖が出た、といったところか。

 アースガルズが少女の指示で、全力のバリアを展開し始める。

 その思いつきが吉と出るか、凶と出るかは分からない。

 

 アースガルズが巨大な対消滅バリアを複数枚張り、アースガルズ・ディアブロ・ナイトブレイザーをほぼ逃げ場の無い空間の中に閉じ込めた時点で、それは神のみぞ知る事柄だった。

 この世界に、もう神は居ないが。

 

「な……!」

 

「今日は『こういう組み合わせ』で()ろうじゃねえか、なあ?」

 

 驚愕するゼファー。"戦場を区切られた"。

 まさかこんな使い方までもができるとは、彼も想像していなかったようだ。

 ナイトブレイザーは逃げられない状態で、アースガルズとディアブロと相対させられる。

 そして少し遅れてきた響と翼の前に、片手にデュランダル、片手にソロモンの杖のネフシュタンの少女が立ち塞がった。

 

「ゼっくん!」

 

「おーっと、ここは通行止めだ。手遅れになるまでそこで指くわえて見てるんだな」

 

「! またノイズか……!」

 

 バイクから降りた響と翼は、絶体絶命の状況にあるゼファーを発見する。

 アースガルズのバリアを消せる響は、すぐにでもゼファーを助けようと走り出すが、その前に立ちはだかるは再度召喚された無数のノイズ。

 虚を衝かれた響の足が止まると、その響に向かって飛んできたノイズの攻撃を翼が切り捨てた。

 

「目の前の敵を見なさいッ!」

 

「は、はい!」

 

 翼が響を守った。

 昨日の時点では、誰もこんな光景が見れるだなんて想像もしていなかっただろう。

 ……いや。壁の向こうで大ピンチに陥っているゼファーだけは、想像していたかもしれない。

 翼は響の前に立ち、ノイズの攻撃から響を守り続ける。

 

「貴女が本当に、私の前で口にしたことをこの世界に貫こうとしているのなら……」

 

 切り捨てたノイズの残骸が空中で震え、翼の声が響に向かって大気を伝わっていることを、誰の目にも知らしめていく。

 

「この戦場で、私の前で、その胸の覚悟を構えて見せなさいッ!」

 

「―――ッ!」

 

 歌を歌えと。

 ゼファーにそう言われてから、彼女はまだ実戦で一度も歌えてはいない。

 覚悟を見せろと。

 そう言われて、奮い立たない響ではない。

 

「私、歌います!」

 

 そう。そういうことだ。

 響はもう二回ほど戦場に立ち、二度仲間の窮地に活躍してみせたが……にも、かかわらず。

 

 その二回の戦闘の中で、響は"一度たりとも歌ってはいなかった"。

 

《《         》》

《 撃槍・ガングニール 》

《《         》》

 

 ならば彼女が歌えば、どれほどのエネルギーが発されるのか?

 ガングニールとアガートラームの相乗効果は、どれだけの力となってくれるのか?

 その答えは、この戦場で示される。

 

「な……何だこのエネルギー!?」

 

 ただ漏れるだけで大気が震えるほどのエネルギーに、手の中のデュランダルが震えるほどのエネルギーに、ネフシュタンの少女は驚愕の声を漏らす。

 

「行きましょう、翼さん!」

 

「ああ、遅れるなよ、立花!」

 

 翼の蒼ノ一閃が、ノイズの軍勢を縦一直線にぶった切った。

 響の拳の一撃が、ノイズの軍勢を半円状に吹っ飛ばした。

 それが、始まりの合図。

 

 響は踏み込み、習った拳術にてノイズを片っ端から殴り潰していく。

 能力を使用せずとも、柔の拳術にて敵の攻撃のエネルギーを無力化し、剛の拳術にて敵の力を利用したカウンターの一撃を叩き込んでいく。

 剛柔自在にはまだ遠い剛拳ではあるが、その威力は本物だった。

 まるで爆弾に吹き飛ばされる土砂のように、ノイズとその残骸が吹っ飛んでいく。

 

「やああああああッ!」

 

 対し翼は、響をアースガルズの壁に到達させ、ゼファーを救出することを第一としていた。

 目の前のノイズを切り、蒼ノ一閃で道を空け、遠くのノイズの頭上から剣を降らせる。

 どこまでも真っ直ぐに、愚直なまでに一直線にゼファーの居る場所に向かっていく響を見て、翼は人知れず笑みを浮かべる。

 

(ああ、そうだ……これがガングニールのシンフォギアだ。これが、ガングニールの装者だ!)

 

 ガングニールの反動に殺された奏と、ガングニールに救われた響。

 何かあるたびに、翼は奏と響を比べてしまう。

 それはこれまでもそうだったし、響がガングニールの装者である限り、これからもそうだろう。

 翼が響に抱いていた悪感情が全て消えて無くなったわけではない。

 

 それでも、翼は今の響を嫌うことなんて、できやしなかった。

 

 『こんな歌』を歌える人間に敵意をぶつけることなんて、できそうになかった。

 

(奏の輝槍・ガングニールと似て非なる、立花の歌。

 撃槍・ガングニール……これが、立花がこの戦場(いくさば)に構えた胸の覚悟!)

 

 シンフォギア装者であるからこそ、歌は万の言葉を超える想いの伝達手段となりうる。

 その歌は、確かなものを翼の胸へと届けられたようだ。

 翼が響を認めていたその頃、ネフシュタンの少女は手の中のデュランダルを見て、目を見開いて驚いていた。

 

「オイオイ、マジかよ……あいつが歌った途端、共鳴覚醒で再起動だと……!?」

 

 その手の中のデュランダルは、響が歌い始めた途端、再起動を果たしていた。

 確かにこの状況は、フィーネが言っていた前提が全て揃っている。

 完全聖遺物はアースガルズ、ディアブロ、ソロモン、ネフシュタン、ナイトブレイザー。

 シンフォギアもガングニール、天羽々斬とある。

 ……しかし、それはこの現象、『デュランダルの覚醒』が容易に為されることであるという結論には繋がらない。

 

(だが、普通はこんな簡単に行くわけがねえ……!

 完全聖遺物は正規適合者のフォニックゲインを半年注いで、ようやく起動するもんだ!

 フィーネだって、普通のシンフォギアじゃあまず起こらないと言っていた!

 つまり、普通じゃない、化け物じみた要素を持ってる奴がこの戦場に居る……!)

 

 ノイズを蹴散らし、ゼファーと、ゼファーへ向かうルートの上に立ちふさがっているネフシュタンの少女へと一直線に向かってくる立花響。

 ネフシュタンの少女はそんな響を見て、最大限に警戒心を高める。

 対し響と翼は、ノイズを蹴散らしながら、歌を歌いながら、歌詞の合間に言葉を交わす。

 

「立花、一つ聞かせて欲しい。お前はネフシュタン(あの子)をどうしたいんだ?」

 

「なんで戦わなくちゃならないのか。

 どうして戦わないといけないのか。

 その疑問を、戦いたくないという意志を、分かり合いたいという想いを……

 最速で、最短で、一直線に! この胸の思いを伝えたいと思っています!」

 

「……なるほど、分かった」

 

 どちらにせよ、立ち塞がるあの少女を突破できなければ、ゼファーを助けることなど叶わない。

 時間もかけてはいられない。

 背中を見せるわけにも行かない。

 ネフシュタンの少女をフリーにしては、デュランダルを持ち去られる可能性まである。

 ゆえに翼が出した結論は、"立花響と力を合わせて正面突破"というものだった。

 

「最速でネフシュタンの少女を無力化。

 ネフシュタン、デュランダル、杖の聖遺物を確保次第、あの壁を突破。

 最速最短で、一直線にゼファーを救出! これで行くぞ、立花!」

 

「はい、翼さん!」

 

 二年の時を越え、今、また。

 

 戦場にて、再びガングニールと天羽々斬が肩を並べる。

 

「デュランダル、再起動しちまったなあ……まあいい」

 

 相対するは完全聖遺物の戦士。

 その身を守るはネフシュタンの鎧。

 その左手にはソロモンの杖。

 その右手にはデュランダル。

 

 一つ一つがシンフォギアを凌駕する基礎スペックを持つ完全聖遺物が三つ。

 

「いっちょ、試し切りと行かせてもらおうか!」

 

 その内の一つ、無尽のエネルギーを誇りかのロードブレイザーに対する武器としても用いられていたほどの聖剣が……ネフシュタンの少女によって、振り上げられた。

 

 

 

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