戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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自分がシンフォギアライブに行けないことで、自分の代わりに誰か一人がシンフォギアライブに行ける
自分はそういうことに幸せを感じるんです


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 情報は重要だ。

 少なくとも、ネフシュタンの少女は自分の持つ情報を元に考えてこの戦術を組み立てていた。

 

 先日までのド素人なガングニールと、一対一でならまず負けないであろう天羽々斬の二者であれば、ネフシュタンの少女は自分一人でも負ける気がしなかった。

 ノイズの大量召喚が生きる開けた場所では、ソロモンの杖を持ったネフシュタン陣営が断然有利である、という目算もあった。

 そうして自分が装者を抑え、アースガルズとディアブロをナイトブレイザーに当てれば、デュランダルの確保ついでにナイトブレイザーの確保もできる……そう、白鎧の少女は考えていた。

 

 しかし、その予想は覆される。

 ネフシュタンの少女の計算を最初に狂わせたのは、立花響とガングニールだった。

 素人だと思っていた。しかし戦えるようになっていた。

 戦力に数えなくていい雑魚だと思っていた。しかし途方も無いゲインを見せつけてきた。

 極めつけは、意図せずともデュランダルの再起動を成し遂げた、融合症例の歌。

 

 ネフシュタンの少女は、起動状態のデュランダル確保という僥倖、自らの勝利がより絶対的なものになったことに目が眩み、気付いていなかった。

 

 いくら自分が有利になったとしても、既に"計画通り"ではなくなっているのだということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話:三対三、三者三度の防衛戦 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーはいつとて格上の相手と戦い、あの手この手を尽くした上で、仲間と力を合わせることで勝利してきた。

 彼は知っている。

 命を削る覚悟で行けば、命を賭ける覚悟であれば、生還の道は掴めるのだということを。

 それは己の命を軽んじる思考ではない。

 落ちたら死ぬ谷に落ちないために、崖から崖へと全力で跳ぶという思考に近い。

 

「ああああああああああッ!」

 

 今のゼファーは、一歩一歩が谷を越える跳躍に等しい、命を懸けた戦いの中に居た。

 

(上、下、右……! ここは落ち、いや、一秒待って跳び上がる!)

 

 一回一回身を削りながら、体表で焔を爆発させる移動法を用いて、空中で地上では不可能な360°連続跳躍を繰り返す。

 ディアブロの得意分野は格闘戦、アースガルズの得意分野は防衛戦だ。

 両者とも遠距離戦は得手ではない……が、腐ってもゴーレムだ。

 ナイトブレイザーの性能をもってしても、その攻撃はどうにかなるようなものではない。

 加え、戦場を限定されたことで高く跳ぶことすらできやしない。

 仲間の助けも期待できない。

 敵に接近すれば生還はさらに絶望的になるというこの状況。

 

 ならば、何故―――彼はまだこの閉じられた戦場で、負けも死にもしていないのか?

 

(……まだだ……まだ!)

 

 対消滅バリアで区切られたこの戦場からは、ナイトブレイザーはおろかディアブロもアースガルズも逃げることはできない。

 なればこそ使える、捨て身の策がある。

 

 ナイトブレイザーはバリアで区切られた戦場を満たすように、魔神の焔を展開したのだ。

 

 ネガティブフレアは物質的防御では防げない。

 必然的に、ディアブロは慣れないプラズマバリアを球形に張って防ぎ、アースガルズも自分の身を守らざるをえなくなる。

 防御に手を使った分、攻撃の手は薄くなる。

 つまりこれが、ゼファーがまだ戦えている理由だった。

 特にプラズマバリアで身を守りながら戦うことを設計段階で想定されていないディアブロは、明確に攻撃の手が緩んでいるようだ。

 

「……ぐ、うっ……!」

 

 しかし、この手もノーリスクとは行かない。

 跳ぶたび、跳ぶたび、ゼファーは仮面の下で苦悶の声を漏らしていく。

 それも当然だ。ナイトブレイザーがいかに高い対炎耐性を持っているとはいえ、ネガティブフレアの海に潜るに等しいこの行為が、ゼファーの体にダメージを与えないわけがない。

 燃え盛る家の中に裸で飛び込んだ方がまだマシだろう。

 ただこの場所に居るだけで体は焼け、高速で移動すればその分火傷は深刻化していく。

 

 クリーンヒットを一発でも貰えば、この焔の中で変身解除という最悪もありうる。

 つまり一撃でもいいのを貰えば、ゼファーは自殺を避けるためこの焔を消さざるを得ないので、現状はかなり厳しいと言える。

 

(ネフシュタンは5分やそこらで勝てる相手じゃない!

 せめて10分……15分は……俺一人でこの二体を食い止めないと……!)

 

 肉が焼け、再生する。脱水症状が発生し、再生する。

 肉に痛みと痒みと苦しみが満ち、焼却と再生が無限に繰り返されることで無限に続く苦痛が彼に幾度と無く走り続ける。それでも集中を切らしてしまえば、その時点で本当に負けてしまう。

 意志一つで苦痛を堪える。意志一つで喰らい付く。

 ゴーレムに無くてゼファーにある物、人の意志。

 それが両者の差となって、絶対的な戦力差を埋め決定的な敗北を回避させてくれる。

 

(しぶとく食らいついてやるッ!)

 

 ゼファーは右手に20mサイズのガングニールを形成し、突き出す。

 されどアースガルズのバリアの前にあえなく防がれ、粉々に粉砕されてしまう。

 強化バニシングバスターさえも防いだそのバリア。彼単独で貫くことはまず不可能だろう。

 そのバリアを張ったままアースガルズが突っ込んで来て、更に逃げ道を塞ぐようにプラズマバリアのディアブロまでが飛んで来て、ゼファーは高速道路の路面をぶち抜いて下に逃げようとする。

 

「……!」

 

 しかし、"路面の下に敷かれていた対消滅バリア"を見て、仮面の下の顔を歪める。

 

(下には対消滅バリアがないと思っていたら、この徹底ぶり―――!)

 

 一手遅れたゼファーの眼前に、球体対消滅バリアを纏ったアースガルズが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの少女が、デュランダルを振り下ろす。

 前だけを見ていた響とは違い、戦場全体を見渡していた翼は当然それに気が付いていた。

 翼は空から天ノ逆鱗に用いられる分厚い剣を落下させ、敵との間に突き刺し、聖剣の一閃が放った光を受け止めようとした。

 ……しかし呆気無く、聖剣の光は巨大剣の盾を溶断する。

 

「―――!?」

 

 斬るための軌道ではなく折るための軌道で岩に叩きつけても折れず、逆に岩を断ち切ってしまったという逸話を持つ、不滅不朽の聖剣・デュランダル。

 その光の一閃は一直線に翼に向かって飛んで行く。

 周囲のノイズが邪魔で、かつ防御に失敗したこともあり、翼はそれを避けられない。

 だがそこで間一髪、響は一閃と翼の間に割って入ることができた。

 

「翼さんッ!」

 

「立花!?」

 

 時に敵のエネルギーを吸い上げ、時に敵のエネルギーを霧散させ、時に敵のフォニックゲインを自らの力とできる立花響のギア特性。

 聖剣の光に両拳を叩きつけると同時に、響はそれを発動させた。

 どんな一撃であろうとも、吸い上げて散らせば無効化できると信じて。

 

 だが、吸い上げ散らし調和をいくら繰り返しても、攻撃が止まらない。

 聖剣は間断無く光線を吐き出し続け、響と翼の二人を脅かし続ける。

 光の衝突は一秒、二秒……十秒経っても止まらない。

 やがて、響の方が音を上げてしまった。

 

「……熱、熱ッ!?」

 

「避けろ!」

 

 響が熱そうに拳を引くと、翼が響を抱えて横に跳ぶ。

 すると二人が一瞬前まで居た場所を、光の斬撃が焼き切り裂いていった。

 

「なんという威力……これが完全聖遺物、デュランダルの力……!?」

 

 翼が見れば、響の手と高速道路の路面に、見るも恐ろしい斬撃の爪痕が刻まれていた。

 響の手はあまりにも膨大なエネルギーを照射され続けたからだろう。

 腕部武装ユニットの装甲部分が赤熱化してしまっていた。

 高速道路の路面はトーストの上のマーガリンのようにドロドロに溶けてしまっている。

 攻撃のエネルギーの大半は響が無力化したというのに、最後に発されたエネルギーの余熱だけでこうなってしまったようだ。

 

(直撃を貰えば、シンフォギアとてひとたまりもない……!)

 

 翼は人知れず、冷や汗を流す。

 

「なるほどなぁ、そこがお前の処理限界か。意外と低いんだな」

 

 しかも今ので、響の能力の詳細を敵に見切られてしまったようだ。

 ネフシュタンの少女は、響が一瞬であれば大抵のエネルギー攻撃を処理できると理解し、その上で長時間超高エネルギーをぶつけ続ければ処理しきれないと判断していた。

 理屈や計算ではなく、少女は類まれなる戦闘センスのみで、その回答に辿り着いていた。

 だからこそ、デュランダルでエネルギーをぶつけ続けたのだ。

 

 結果、ネフシュタンの少女は二課でもまだ計測していない響の能力の処理限界を、たった一手で把握していた。

 戦場にある不確定要素が一つ一つ潰されていき、明確な戦力差だけが残っていく。

 それを知ってか知らずか、響は両の手の武装ユニットから熱を排出しながら、ネフシュタンの少女に語りかけ始めた。

 

「ねえ、話し合おうよ!」

 

 その手に武器はなく、両の手を広げて"貴女を傷付ける気はない"と敵意の無さを示す姿勢を取っている。何も考えずに身振り手振りでこうして警戒心を薄めさせるのも、響の生来の才能だろう。

 だが、警戒心が薄まるのに反比例して、ネフシュタンの少女の中の敵意は膨れ上がっていく。

 

「こんな危ないことしなくたって、話せば分かるかもしれないんだよ!?」

 

「分かるわけねーだろ……てめえらみたいな平和ボケした連中によぉッ!」

 

 響の在り方は平和な世界の存在を強く意識させるもので、その言葉はあまりにも血と硝煙の匂いが薄くて、ネフシュタンの少女の耳にはこれ以上なく気に障る綺麗事にしか聞こえない。

 

「今自分に刃向けてきた奴に話し合い求めるなんてなあ!

 正気を疑うレベルの平和ボケだろうがよ、そんなんはよッ!」

 

 それでも、響は持論を引っ込めない。

 弱い人間ならば「現実を見ろ」「綺麗事を言うな」「大人になれ」「甘いだけじゃ誰も救えない」と厳しい言葉や現実にぶつかれば、ただそれだけで持論を曲げてしまうだろう。

 しかし響は優しいだけで、弱くはない。

 

「ちょっと喧嘩したくらいなら、ごめんって言って仲直りすればそれでいいでしょ!」

 

 臆面もなく綺麗事を吐き続ける、立花響のその姿には……

 

―――誰の心の中にも輝きはあると、信じてるんだッ!

 

「私は……私も、悪いところだけの人なんて居ないって、信じてるから!」

 

 ……彼女の友と似て非なる、人の善性を信じようとする心根があった。

 

 翼の目に映る、響の後ろ姿に。

 ネフシュタンの少女の目に映る、響の真正面から見据える姿に。

 ゼファー・ウィンチェスターの姿がほんの少しだけ重なる。

 ほんの少しだけ重なれど、そこには確かな違いもあった。

 

 それは翼の中に信頼を、そして何故か、ネフシュタンの少女の中に苛立ちを生む。

 

「てめえも他人に寛容過ぎて貧乏くじ引くクチかッ! うぜぇんだよッ!」

 

 再度振り下ろされる、デュランダルの一閃。

 だが何故か、その一撃は先程の一撃と比べて明確に精彩を欠いていた。

 敵を倒すためというより、躊躇いを振り払うような一撃だった。

 翼は右に、響は左に跳んで、縦一閃の光の一撃を回避する。

 

各々(おのおの)跳んで的を散らすぞ、立花!」

 

「は、はい!」

 

 ネフシュタンの少女は響と翼に一度づつ目をやり、翼の方に狙いを定めたようだ。

 少女は剣を振り上げ、翼は跳び上がってからの千ノ落涙でそれに対応しようとする。

 だが、忘れてはならない。

 ネフシュタンの少女の攻撃手段は、デュランダルだけではないのだ。

 

「!」

 

 飛び上がった翼の周囲を取り囲むように、飛行型のノイズが発生する。

 鳥の形にもドリルの形にもなるそのノイズは、空中にて一斉に翼に襲いかかった。

 無論、これだけで翼が倒せるわけもない。

 空中にて翼が刀をひとたび振るえば、流麗な一撃一殺がノイズを炭素の塵へと変えていく。

 ……だが、その対価として、翼の動きは空中にて止められてしまう。

 

 動きを止められてしまった翼に、またしても聖剣の一閃が飛来した。

 

(ノイズ……あの杖!?)

 

 翼はそれに気付き、わざと空中に残った最後の一体のノイズを切り捨てず空振りし、そのノイズを蹴り飛ばして反動で下に跳ぶ。

 聖剣の光は翼が一瞬前まで居た空間をノイズごと飲み込み、そこにあった何もかもを破壊した。

 翼は着地して体勢を立て直そうとするが、そこにもまたノイズの群れが現れる。

 考えるまでもなく、足止め目的のノイズだろう。

 見える範囲だけでも路面が一割、ノイズが九割という足止めというには過剰な大軍勢だ。

 

「くっ!」

 

「逃さねえってんだよ!」

 

 この数相手ならば足を止めるは必定。

 しかし一瞬でも足を止めてしまえば、デュランダルに蒸発させられてしまう。

 ノイズの動きも、そこに加えられる聖剣の一撃も、全てが計算されていた。

 

(ノイズ操作と並行してのデュランダルの一閃……マズい、"詰みに持って行かれる"!)

 

 そこで翼のピンチを救ったのは、ノイズを埃か何かのように吹き飛ばしながら、ネフシュタンの少女へと一直線に飛んで来た立花響の拳の一撃だった。

 

「こっちを見ろっ!」

 

「おう、見てやるよ!」

 

 ネフシュタンの少女は、響の拳の一撃をデュランダルで受け止める。

 聖剣はその刀身ではなく、刀身に纏わせた圧縮エネルギー、つまりエネルギーの刃で響の拳を受け止めたようだ。

 バリアフィールドとナックルガード越しにも熱いヤカンを触ったような熱さが伝わってきて、響は思わず拳を引いてしまう。

 そのタイミングでネフシュタンの少女は響の腹に蹴りを入れ、瞬時に召喚した弾丸型ノイズを浮いた響の腹に追撃として叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

「ん? ……お前、この短期間に随分と戦えるようになってんな?」

 

 しかし響はそれを瞬時に『バリアフィールドの一点集中硬化』と、『体の脱力による衝撃の透過』という、二つの技術によりダメージを軽減していた。

 硬いバリアフィールドにより衝撃はそこに流れ込み、柔らかな動きを成した体を衝撃の大半がすり抜けていく。

 ネフシュタンも蹴りの手応えから、響がこの短期間にどれだけの功夫(クンフー)を積んで来たかを理解した様子だ。

 

「っ、まだまだぁ!」

 

 響は足のパワージャッキをガキンと動かす。

 するとシンフォギアのギミックパワーと、古武術の特殊な"摺り足"の技術が合わさって、響の体が滑るように移動する。

 足を動かしもしない短距離高速移動に、流石にネフシュタンの少女も目を見開いた。

 

 響はそのまま再度脚部パワージャッキを駆動させ、強力なローキックを放つ。

 ネフシュタンの少女は膝を上げ、ラバー状の装甲に包まれたスネで受ける。

 ローキックをスネで受けるというのは格闘技の基本だが、この少女は誰に学ばずとも戦闘センス一つでそれをやってのけるようだ。

 響はローキックから右拳での腹へのパンチに切り替えるが、それもネフシュタンの少女の杖の一撃で弾かれてしまう。

 

「手癖も足癖も悪いんじゃねえかぁッ!?」

 

「いい師に恵まれたもので!」

 

 響の攻撃には敵意もない。害意もない。悪意もない。

 極力傷付けずに無力化しようとする意志が透けて見えている。

 それを見て、白鎧の少女は仮面の下で苛立たしげに、かつ苦しそうに、歯を食いしばった。

 響は思考操作で腕部ハンマーパーツを操作。パンチ力を引き上げ左拳を連続で打ち込む攻撃へと繋げようとした、が――

 

「だが武装にゃ恵まれてねえみたいだなぁ!」

 

 ――デュランダルが発した光が爆発し、吹き飛ばされてしまう。

 

 この聖剣が生み出すのは、"かなり融通の利くエネルギー"だ。

 純粋に物理破壊力を持たせることも、物質を融解させるほどの熱量を持たせることも、荷電粒子砲のような大規模電力を必要とするものの専用ジェネレーターとすることもできる。

 ネフシュタンの少女は初撃で破壊力と熱量を持たせた光の斬撃を放ち、先程は響の拳を防ぐ剣のコーティングを形作り、今また殺傷力皆無の爆発を起こしたのである。

 

 デュランダルの汎用性に、今日まで使ったことのない武器を瞬時にこれほどまでに使いこなす少女の応用力。この二つが組み合わさって、洒落にならない脅威を現実にしてしまう。

 加え、響は今の爆発で吹き飛ばされてしまった。

 

(やっばい! 私にはステゴロしかないのに、距離を空けられたら―――)

 

 もう一度全力の攻撃が来れば、今度こそ処理限界を超えて腕ごと焼き切られてしまうかもしれない。そう危惧した響の目に、聖剣を振り上げた少女の姿が映る。

 しかし、剣を振り下ろすさなかの少女の腕に横合いから飛んで来た短刀がぶつかって、その腕の軌道を押し出すように横に逸らす。

 結果、光の斬撃は響に当たらず、その横の空間を通り過ぎて行った。

 

「へぇ、あの数をこの時間で片付けたか。中々早いんじゃねーの?」

 

「数を揃えようが、所詮はノイズ。

 指揮者が生身の戦闘に集中すれば、その脅威は達磨落としが如く低下していくものだ」

 

「翼さん!」

 

 ネフシュタンの少女がそちらを見れば、路面を埋め尽くすほどの数が居たノイズの全てを片付け終わり、少女の腕を弾くべく短剣を放った翼が立っていた。

 おそらくは短刀の柄から蒼ノ一閃と同種のエネルギーを噴出させ、短刀を弾丸と変わらないスピードで射出したのだろう。

 でなければ、ネフシュタンの腕を弾けるだけのパワーは得られない。

 ……真に恐ろしいのは、それだけの速度と威力を持たせられた切れ味抜群のアームドギアをぶつけられても、傷一つないネフシュタンの装甲かもしれないが。

 

(……今ので無傷、か)

 

「おいおい、完全聖遺物のネフシュタンがこんなんでどうにかなる脆さだとでも思ってんのか?」

 

 あの装甲を抜くには絶唱級のエネルギーを叩き込むしかないと、翼は確信に至る。

 しかもおそらくは、絶唱級の一撃でも一度叩き込んだだけでは倒せない。

 防御力まで相当に高いようだ。

 

「おらよ、もひとつサービスだ!」

 

「「 ! 」」

 

 またしてもノイズを大量召喚してきたネフシュタンの少女に、翼と響はノイズを片付けつつ、近すぎず遠すぎない互いにサポートし合える位置取りを選択する。

 ネフシュタンの一振りで二人纏めて……という選択が選びづらい、そういう位置だ。

 響達のそうした小細工を見て、ネフシュタンの少女は鼻で笑って剣を掲げる。

 そしてその先端に、球状にエネルギーを集中し始めた。

 

「―――!」

 

「冥土の土産に教えてやるよ。

 デュランダルの聖遺物特性は……"超高出力の永久機関"だ」

 

「なん、だと……!?」

 

 チャージすればチャージするほど、デュランダルの剣先の光球はその輝きと熱と大きさを増していく。ついには、翼と響をまとめて吹き飛ばせるだけのエネルギーを内包するようになっていた。

 『永久機関』。

 それは人の夢であり、現在の人類の文明では実現不可能とされたもの。

 しかし先史文明期には、量産ラインに乗せられていた技術であった。

 

 先程10秒で響の防御を抜いた光が、20秒、30秒と溜められていく。

 チャージ中にも白鎧の少女は左手の杖でノイズを操り、響と翼の足を巧みに止める。

 ノイズを倒すスピードとノイズが召喚されるスピードが釣り合ってしまえば、逃げるスペースを確保することも、安全圏まで逃げることもできやしない。

 

「吹っ飛びなぁッ!」

 

 そして小さな太陽と化した光球が、響と翼に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーの直感は、眼と経験の働きという下地の上に構成されている。

 敵の動きを見れば見るほど、その敵に対する彼の直感の精度は上がっていく。

 彼はディアブロやアースガルズと一度は戦い、そして今日まで時間を見つけては録画映像を見て敵勢力の動きを目に焼き付け、脳内で敵の動きを何度も何度も想定し、敵の動きを頭の中に幾度となく刷り込んできた。

 

 加え、この二体のゴーレムと戦ってから二年以上、ゼファーは鍛錬を重ねてきた。

 機械は学習はするかもしれない。だが成長はしない。

 意志の有無だけでなく、成長の有無もまた人間が機械に勝る点だ。

 ほんの僅かであっても、ゼファーとゴーレム間の実力差は縮まっている。

 

 それが、か細い勝機を掴み取るチャンスをくれた。

 

「く、うっ……!」

 

 路面の下に対消滅バリアがあることに気付き、ゼファーは跳躍。

 アースガルズとディアブロのバリア体当たりを回避する。

 しかしアースガルズも然る者で、すれ違いざまに身を捻り跳躍と蹴撃を完璧に融合させた一撃を放って、ゼファーを全力で蹴り飛ばした。

 青年の口から苦悶の声が漏れ、黒騎士が吹っ飛んで行く。

 だがこの展開こそ、ゼファーが待ち望んでいたものだった。

 

「絶―――招ッ!!」

 

 アースガルズの脚力は、ナイトブレイザーではどうやっても得られないものだった。

 それを利用し、アクセラレイターで加速し、焔の爆破で更に加速したゼファーは、全力の拳を対消滅バリアの壁に叩き付け、その向こう側へと突破する。

 その代価としてゼファーは大ダメージを受けるが、何とかこの閉じられた戦場を突破した。

 一度だけ、一度だけなら、今のナイトブレイザーなら対消滅バリアの衝突にも耐えられる。

 しかし一度だけだ。

 二度食らってしまえば、呆気無く死にかねない。

 

(だよ、な……まだ、ついて来るよな……!)

 

 ゼファーは自分が出て来たバリアの穴に無数の焔の矢を放つが、そこから出て来た板状のバリアにことごとく弾かれてしまい、その後に出て来たアースガルズとディアブロには届かない。

 ここで畳み掛けられてしまえば、即座に終わる。

 そう判断したゼファーは一気呵成に焔で攻めるも、アースガルズの巨体に似合わぬ俊敏な移動速度と、ディアブロのゼファーより洗練された空中跳躍に焔を当てることすらもできない。

 

「ああ、そうだったな……俺のあれは、お前(ディアブロ)を真似したんだった」

 

 原型(オリジナル)の見事な空中移動に、ゼファーは心中で舌打ちする。

 降り注ぐ対消滅バリアと四態の炎を死ぬ気で回避し続けるが、それが長く保たないことは彼自身が一番よく理解していた。

 一手打たれ、一手しのぐ内、とうとう王手がやって来る。

 ゼファーは懐に入られたディアブロの『鎧徹し』と呼ばれる類の技による掌底を受け、その衝撃のほとんどを鎧の内側に"徹され"、一瞬ふわりと浮かばされ後方に転がされてしまう。

 

「……か、はっ……!?」

 

 そして何とか立ち上がったが、彼が立ち上がったその時には、上、右、左、後の四方向を隙間なく対消滅バリアに塞がれてしまっていた。おそらくは路面の下にも展開されているのだろう。

 そして前からはアースガルズとディアブロが迫る。

 前門以外の全てを塞いだ上で、前門から狼と虎が来るというこの構図。

 

 どちらか片方ならともかく、ダメージを喰らった直後の今のゼファーにこの二体の同時攻撃はかわせまい。そしてこの二体が居る方向にしか、物理的に逃げ道がない。

 足が震える。

 どんなにダメージを受けても思考を反映して動いてくれるはずの騎士の躯体が、度重なるダメージで壊れかけ、もう満足に動いてくれていない。

 壊れても、折れても、曲がってもいないものは、彼の体には一つとして残っておらず。

 

「あ、き、ら、め、る、かああああああああああああッ!」

 

 ただ、彼の心の中に残るのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶体絶命の少年少女達。

 

 港での初戦は、見逃してもらった形に近い、限りなく敗北に近い引き分けだった。

 海底での次戦は、完膚なきまでに敗北した形となった。

 だがこの三戦目は、上記の二つの戦いとは決定的に違う点がある。

 

 二課が襲撃を想定し、準備をする時間があったということ。

 つまり敵が襲撃して来て、それに対応するという形こそ変わらなかったが、敵に主導権を完全に握らせはしなかった、という点だ。

 二課には策を練る時間があり、戦場を選ぶ権利があり、布陣を考える余裕があった。

 

 なればこそ、心構えが違う。

 

 "構えて待つ"という、前提の違いを用意できる。

 

 ゼファー達が踏ん張った時間で、『準備』は『実行された作戦』へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃をしたその直後に、アースガルズは異変に気が付いた。

 自分と同時に攻撃を仕掛けるはずの、ディアブロが何故か動いていない。

 アースガルズがその異変の正体を確認する前に、ディアブロの攻撃と空中衝突しないように計算された攻撃、つまりスカスカな攻撃の隙間を、ゼファーは跳んで潜り抜ける。

 ディアブロに何があったのか、アースガルズがセンサーの目で確認すると、そこには……

 

「このサイズとパワーの敵の影を縫うのは、中々に骨ですね」

 

 ディアブロの影を縫う、緒川慎次の姿があった。

 

「シンジさん!」

 

「申し訳ありません、遅れました。

 ゼファーさん達の戦闘が短時間でここまでめまぐるしく変動するとは、想定不足でしたね」

 

 伏兵。援軍。

 弱兵による強兵の足止め。

 ここで戦闘になるかもしれないという事前想定が、今回の戦闘でようやく行えたことで、戦術的に優位を作ることが出来た。

 ディアブロが身をよじると、ただそれだけで影を塗っていたクナイの一本が引っこ抜けるが、緒川がすかさずクナイを二本追加する。影に二本、また刺さったようだ。

 

「ゼファーさんは合流を!」

 

「了解です!」

 

 今はともかく合流だ。

 そしてデュランダルを確保して、逃げられれば……ただそれだけで、事実上の勝利に至る。

 敵は目的のデュランダルを手に入れられず、自分達はそれを守り通せるのだから。

 

(ここは、信じて任せて行くしかない!)

 

 ナイトブレイザーが飛び上がり、アースガルズが一旦全てのバリアを解除してからその後を追って行く。ディアブロも影縫いを力任せに解除して、その後を追おうとする。

 だが空中に飛び出した途端、鉄の横風がディアブロの姿勢を崩して揺らがす。

 その鉄の横風には、ライフル弾という名前があった。

 そして姿勢が崩れたディアブロを、鉄の暴風が地面に叩き落とす。

 その鉄の暴風には、携行地対空ミサイルという名前があった。

 

「ゼファーさん、翼さん、響さん。

 あの三人のように聖遺物を持たない身ではありますが…

 訓練に訓練を重ね、鍛え上げてきた集団の力。

 あなた一体にぶつけるだけなら、目に見えた効果を上げることもできるでしょう」

 

 周辺ビルの屋上や高速道路下など、幾多の場所に伏せられた二課の前線部隊。

 彼らがディアブロの跳躍のタイミングで、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。

 天戸の指揮で動く彼らは、一つの生物のようにも見える完璧な連携で作戦を実行する。

 その中には歴戦の勇士、他部隊からの引き抜き、オーバーナイトブレイザー戦の生き残りも多く……紛れも無く強者が集まって形作られた集団であった。

 

 ディアブロは通常の兵器では傷一つ付けることはできない。

 ゴーレムの中でも最も装甲の薄いディアブロですらそうだ。

 二課の部隊は戦車でも潰せる火力をぶつけるつもりで居たが、聖遺物無しの戦力でゴーレムが倒せないことなど、彼らが一番良く分かっている。

 

 だが、姿勢は崩せる。

 ディアブロは炎を使って空中を跳ね、空中を移動する。飛んでいるわけではない。

 だからこそ、空中で姿勢が崩されるほどの攻撃を当てられてしまうと、空中で上手く跳躍できないのだ。飛行の持続と、何度もこまめにしないといけない跳躍の連続ではわけが違う。

 二課の部隊はその火力を全て、"ディアブロを跳ばさせないため"に使うつもりのようだ。

 敵を傷付けることすら諦めるという、恐ろしく割り切った戦力運用。

 

 しかしその結果として、ディアブロは空中移動を封じられ、ナイトブレイザーとアースガルズの後を追えないでいる。

 

「さて」

 

 ディアブロが着地するまさにその瞬間、緒川は肩に乗せたバズーカをぶち込む。

 それも一回撃ってバズーカを捨てて、新しいのを肩に乗せてもう一発撃つという容赦も躊躇いもない二連射だった。

 一発目は忍術的な威力を秘めたバズーカであり、ディアブロの足を払う一撃。

 そして二発目は忍術的な煙幕を仕込んだバズーカであり、命中と同時にディアブロと緒川を真っ黒な煙幕が包み込む。

 真っ昼間の高速道路の上に、忍者のホームグラウンドである暗闇の世界が形成された。

 

「忍術も使う、銃火器も使う僕は、忍者としては邪道なのでしょうが」

 

 緒川は暗闇の中、ディアブロに発信機を投げて付けて仲間が支援できるお膳立てをする。

 彼とて分かっていた。

 今は主導権を握れているものの、すぐに絶対的な戦力差は露呈して、ディアブロを足止めすることはできなくなってしまうのだろうということは。

 

 足止めできるのは、良くて一分か二分。

 ディアブロにとっての脅威にもなれない普通の人間には、それが限界。

 だがこの作戦を事前に確認してもらった時、ゼファーは「十分過ぎる」と言った。

 「そのディアブロが居ない一分か二分を活かしてみせる」と彼は言った。

 それを信じ、緒川慎次は仲間を援護を受けながらも単身ディアブロの前に立つ。

 

「この邪道に、少々お付き合い願いましょうか」

 

 それはまさしく、文字通りに一分一秒を争う戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響と翼はネフシュタンの少女が掲げた剣先のエネルギーを見て、余りに多いノイズに囲まれている現状から回避は不可能と判断し、防御――あるいは攻撃での迎撃――を選択した。

 

「立花、コンビネーションアーツだ」

 

「え……?」

 

「奏と練習していた二つ目のコンビネーションアーツがある。

 こうなれば、あの攻撃に対し立花の特性を乗せた極大攻撃で対向するしかあるまい」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!

 私まだ実戦でコンビネーションアーツなんて使ったことないですし!

 ましてや、奏さんと翼さんのコンビネーションなんて……!」

 

 翼の無茶振りに、響が慌てて答えを返す。

 こうして話している間にも聖剣にエネルギーは溜められて、ノイズは二人に蹴散らされている。

 慌てる響に、翼はフッと笑って言葉をかけた。

 

「ゼファーが言っていた。

 コンビネーションアーツは、心の繋がりが自然と形になったものなのだと。

 練習しなければ出来ないなどということは絶対にないと。

 奏が言っていた。

 これは、風鳴翼と天羽奏の繋がりがあった証だと。

 ならばきっと、奏から受け継いだものがある立花と私なら、きっと……」

 

 確実性という言葉をどこかに投げ捨てて来たかのような思考。

 理論や計算といったものもどこ吹く風な、そんな理屈。

 されどこのピンチを乗り切るには、その夢想を現実にするしかないというのもまた事実。

 

「言ってること全然分かりません! ……でも、やってみます! やり遂げてみせます!」

 

 その無茶振りに、響は答えた。

 六角形が七つ並んだHEXが響の網膜に投影され、ナイトブレイザーが戦場に満たすアウフヴァッヘン波がネットワークを構築し、ガングニールと天羽々斬が結線される。

 

「ラインオン・ガングニール、天羽々斬!」

 

 ギアとギアが繋がり、翼と繋がり互いの力を高め合う感覚の心地よさに、響は身を委ねる。

 なんだか勇気が湧いてきて、今なら何だって出来る気がした。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 二人の力が掛け合わされ、相乗された力が拳と剣の二つに乗って、互いのエネルギーを高め合いながらその力の全てを破壊の衝撃波に変える。

 

「「 双星ノ鉄槌(-DIASTER BLAST-)ッ! 」」

 

 破壊の衝撃波は、響のギア特性である『調和』の特性を内包しており、デュランダルのチャージ攻撃を減衰させながら破壊の衝撃波で突き破る。

 そして、その向こう―――ネフシュタンの鎧の肩部装甲から生えていた宝石のようなトゲを、完全聖遺物相応の強度で出来ていたそれを、貫通した衝撃波がへし折った。

 何度も戦ったが、ネフシュタンの少女に僅かなりともダメージを与えたのは、これが初めてか。

 

「へえ」

 

 そこで、少女の雰囲気が変わる。

 ……どうやらこの少女、相当に気が短かったらしい。

 完全に優勢な状況で格下に"一矢報いられた"ことが、かなり癇に障ったようだ。

 

「この短期間で、とうとうあたしに傷を付けられるところまで来たか」

 

 言葉は静かだが、節々から怒気が滲んでいる。

 言葉無くとも、静かに膨れ上がっていく怒気を見れば怒っているということは誰にでも分かるだろう。苛立たしげに、少女は右手の剣と左手の杖を握り直す。

 ネフシュタンの少女の意識は、今や翼と響の二人にだけ向けられていた。

 その二人だけしか見ていなかった。

 

 だからこそこの瞬間、響と翼のヘッドギアに届く、通信機越しの声があった。

 

『この瞬間を待っていた』

 

 二人の装者の耳に届いたのは、藤尭朔也の静かな声。

 朔也はずっとこのチャンスを見逃さないよう、あらゆる指示系統から独立してモニターを睨みながら、待っていた。

 彼の手元のコンソールは、"ジャベリンを遠隔操作するシステム"に直結されている。

 それが、『突撃』とジャベリンに命じる。

 

 結果、高速道路の壁の向こうから飛び出してきたジャベリンが全力で少女の右腕に衝突し、タイヤの回転と衝突の衝撃で、その腕のデュランダルを弾き飛ばしていた。

 

「なっ―――!?」

 

 興奮で周りが見えていなかったネフシュタンの少女の思考が、驚愕一色に染まる。

 バイクがひとりでに動くなんてありえない。

 乗り手の居ないバイクなんて、ただそこにあるだけのオブジェクトにしかならない。

 そんなネフシュタンの少女の思い込みが、この奇襲を成功させてしまった。

 

(まさか……乗り手も居ないバイクが、勝手に高速道路から降りて!?

 高速道路の下で回り込んで下から駆け上がって来たっていうのか!?)

 

 響と翼に意識の全てを向けていた状態から、奇襲によりその意識は飛んで来たジャベリンと、弾き飛ばされてしまったデュランダルにそっくりそのまま向けられる。

 バイクとデュランダルがまだ地面に落ちていない、少女が"意識を一点に誘導されている"状態を抜け出せていないこのタイミングで、二課は更に追加の一撃。

 

 高速道路の壁の隙間。

 そこにいつから潜んでいたのかも分からない、命がけの現場待機を続けていた一人の狙撃手――甲斐名――が、アンチマテリアルライフルでネフシュタンの少女の指を狙い撃つ。

 完全聖遺物に守られた指は折れるどころか傷付きもしない。

 

 だが、左手の"ソロモンの杖"をその手から弾くことには成功した。

 

「大当たりー」

 

「! てめっ―――、ッ!?」

 

 今回の作戦における自分の役目を果たした甲斐名は一目散に離脱し、高速道路から下で待機している逃走用の車両の下へと降りようとする。

 ネフシュタンの少女が一撃食らわせてやろうと、動こうとしたまさにその瞬間。

 響が弾かれたデュランダルに向かって、翼が弾かれたソロモンの杖に向かって、それぞれ全力で駆け出していた。

 

(! や、やべえ!)

 

 隙を突く、という言葉は多くの場面で使われる言葉だ。

 だが忘れてはならないのは、隙を突かれた人間は、その隙よりも更に大きな隙を晒すということである。隙を突かれれば大きな隙が出来てしまい、大きな隙を突かれてしまえば更に大きな隙を敵に晒してしまう。

 複数人数で一人の敵をド突き回す場合、これを意図して行うことが勝利に繋がる。

 いわゆる"一斉に畳み掛ける"というやつだ。

 

 響と翼が作った敵の激昂を隙とし、朔也の頭脳を借りたジャベリンがその隙を突いた。

 そこで生まれた大きな隙を、甲斐名が突いた。

 更にその隙を響と翼が突いた結果、ネフシュタンの少女は完全に『思考する余裕』を失ってしまっていた。

 今のこの戦場は、各員に大雑把な指示を出している藤尭朔也の頭脳と、その指示を受けている皆の判断力によって、完全に二課のコントロール下に置かれている。

 

 完全聖遺物二つを弾かれ、その二つをそれぞれ装者が拾おうとしているこの状況。

 それがネフシュタンの少女の思考の中から、「ジャベリンを攻撃する」「甲斐名を攻撃する」「響を攻撃する」「翼を攻撃する」という選択肢を奪う。

 二課が危惧していた、この局面における死人の発生という未来は回避された。

 ネフシュタンの少女の脳内に残ったのは、『完全聖遺物を確保する』という一つの思考のみ。

 

「渡すかよッ!」

 

 デュランダルとソロモンの杖を確保すること以外、何も考えずにネフシュタンの少女は動いた。

 二本の腕で二本の鞭を操り、響や翼に先んじて剣と杖を回収しようとする。

 

(てめえらが辿り着くより鞭が届く方が速いだろッ!)

 

 宝石の鞭は少女の予測通り、響や翼に先んじて完全聖遺物に届……きそうになったが、何故かその軌道は横に逸れ、あえなく外れる。

 少女の振るった鞭が予想外の方向に勝手に動いた? いや、違う。

 鞭が勝手に逸れたのではない。

 "鞭を持っていた少女がズレた"のだ。

 

「あ……!?」

 

 少女の足元の路面が溶け、少女は足元が勝手に固体から液体になったことで足を取られ、バランスを崩してしまったのだ。

 本体がバランスを崩してしまえば、鞭の軌道も当然ズレる。

 尻もちをついてしまった少女が見たのは、空を駆けながら自分の足元に向けて腕を伸ばしている焔の黒騎士のその姿。

 

「お前が俺の焔で燃えないなら、それならそれでやりようはある」

 

「ナイト、ブレイザぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ネフシュタンの少女が完全に我を忘れた様子で激怒する。

 少女は一手遅れた。ゼファー達は一手先んじた。

 結果、響がデュランダルを翼がソロモンの杖を回収することに成功する。

 

「やった! これ――」

 

 だが、響がデュランダルを握ったその瞬間。

 

「――で」

 

 ドクン、と戦場全てに響き渡るような心音が、響の内より響き渡った。

 

 

 

 

 

 アースガルズは地上の移動速度と比べれば、空中の移動速度はそれほどでもないらしい。

 ゼファーは後方からアースガルズの追撃を受けつつも、距離を僅かづつなれど広げつつ、ネフシュタンの少女が立っていた路面を融解させて仲間のサポートまで行っていた。

 だが、そうしてサポートした仲間が聖剣を手にした瞬間、異変は起こった。

 

 デュランダルと、デュランダルを手にした響。

 双方の内部のエネルギーが膨れ上がり、共鳴し、相乗し、莫大なエネルギーが臨界寸前の核反応炉に近い状態に一瞬で移行する。

 ゼファーはそれを見て、半ば無意識に"立花響の体内の要素"を制御した。

 

「『止まれ、ヒビキ』ッ!」

 

 すると、暴走直前といった様子だったデュランダルとガングニールのエネルギーが、アガートラームによる干渉でそのエネルギーを均一にして安定させる。

 まるで爆発寸前の可燃物を、ライターのようなシステマチックに可燃物を燃焼する機構の中に、丁寧に押し込めたかのように。

 ゼファーはほっと息をつくが、響のために足を止めたのがいけなかったようだ。

 

 背後から迫る複数の対消滅バリアと、アースガルズ本体の連携攻撃は、ナイトブレイザーの回避能力を大きく超えたものだった。

 

(……やっべ)

 

 対消滅バリアを全て回避し、アースガルズのダブルスレッジハンマーを受け、ゼファーは飛びかけそうになる意識を繋ぎ止めるも、高速道路をぶち抜いて地上に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 響と翼は敵の三つの完全聖遺物の内二つを奪いとったものの、目の前で撃墜されたゼファーを見て、ほんの一瞬動揺してしまう。

 

「ゼっ、く―――」

 

 だが、敵はその動揺も見逃してはくれない。

 空から降り注いできた対消滅バリアにより、二人はゼファーの心配をする余裕すら奪われてしまう。最速のシンフォギアたる翼でも、緊急回避性能に優れた性能を持つ響でも、アースガルズの攻撃を危なげなく避けきるには全身全霊を回避に注ぎ込むしかない。

 

「わ、わわっ!?」

「くっ、相変わらず触れれば終わりのこの攻撃特性は……!」

 

「アースガルズ! そいつらが持ってる完全聖遺物まで消さないように気をつけろッ!」

 

 デュランダルとソロモンを奪った時点で形勢は逆転しかけたのだが、アースガルズの介入により形勢は変わらぬまま固定されてしまった。

 極端な話、ガングニール・天羽々斬・ネフシュタン・デュランダル・ソロモンの全ての力を結集したところで、アースガルズには負けかねない。

 この一体だけが、極端に戦場のバランスを狂わせていた。

 

 しかし、ピンチを耐えればチャンスは有る。

 耐えしのぐ響と翼のヘッドギアに、朔也からの通信が届いた。

 

『二人共! ゼファー君と通信繋ぐよ!』

 

「!」

「!」

 

 そして朔也はゼファーとの通信を繋げて、ゼファーは一つの勝機を提示する。

 

『ヒビキ、ツバサ、武器を交換して"叩き込め"!』

 

 二人は考えることもしなかった。

 ただ瞬時に彼の思考を理解し、隣に居る立花響/風鳴翼が自分と同じように瞬時に彼の策を理解していると信じて、手にしていた完全聖遺物を投げる。

 

 響はデュランダルを投げて、ソロモンの杖を受け取った。

 翼はソロモンの杖を投げて、デュランダルを受け取った。

 

 そして翼は、前に出る。

 

「天羽々斬とデュランダルで、二刀流だと―――!?」

 

戦場に刃鳴裂き誇る―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

 ネフシュタンの驚愕とほぼ同時に、翼は絶唱を発動していた。

 絶唱を歌えば歌うほどにフォニックゲインは指数関数的に上昇していき、翼のスピードは倍々計算で加速していく。

 レイザーシルエットの使用経験は、翼に他に類を見ないほどの"絶唱を扱う技能"を身に付けさせていた。翼は絶大なパワーとスピードを、確かな理性と技で制御する。

 そしてアースガルズの迎撃のほとんどを回避し、一気に彼我の距離を詰めていく。

 

(おいお前……この前の戦闘で絶唱使ったばっかだろうが!?)

 

「そんな顔をする時点で、鍛錬不足を白状しているようなものだぞ! ネフシュタンッ!」

 

 ネフシュタンの少女はこの短期間で二度も絶唱を使えば、体からダメージが抜け切らないだろうと思っていたのだろう。

 だが、生憎翼はそんなやわな鍛え方はしていない。

 血統が違う。鍛え方が違う。鍛錬を続けてきた日数が違う。

 シンフォギアの負荷が肉体の鍛錬によって軽減されることは、櫻井理論によって証明済みだ。

 

 風鳴翼であるならば、ネフシュタンの少女では不可能な短期間複数回絶唱も、不可能ではない。

 

「アースガルズ!」

 

 翼の絶唱を、少女の号令でバリアを張ったアースガルズが防御する。

 

「甘いッ!」

 

 だが風鳴翼の二刀流絶唱は、その行動を許さない。

 デュランダルの表面にエネルギーの刃を展開、デュランダルのエネルギーを天羽々斬の刀身の周囲にも展開、右50左50の百裂斬を打ち放った。

 二刀流により斬撃の手数は倍の数になり、低下した攻撃力はデュランダルのエネルギーによりむしろ数倍の域にまで跳ね上がる。

 

 その一瞬で、アースガルズの対消滅バリアが、波立つように揺らめいた。

 

「! なんだと!?」

 

 更に右50左50の百裂斬をもう一発。

 合計200の斬撃を叩き込み終わると同時に、アースガルズのバリアは破壊されていた。

 泣きっ面に飛んで来る蜂のごとく、そこから更に追撃が飛んで来る。

 

「貫けぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 飛んできたのは立花響。

 ソロモンの杖を二課の別働隊に投げ渡してきたのか、その両手には何も握られていない。

 何も握らない、調和のための拳がアースガルズのバリアに叩き込まれ、翼が破壊した右手のバリアに続き左手のバリアも破壊した。

 

 アースガルズを仕留めるには一手足りないが、神々の砦はネフシュタンの少女を抱えて逃げるように距離を取る。

 アースガルズはやられないかもしれない。

 だが対消滅バリアを破られたことで、ネフシュタンの少女がやられる可能性はある。

 アースガルズはネフシュタンの少女の安全を再優先し、少女を抱えて距離を取ったのだ。

 

「―――♪!」

 

 だがそうは問屋が卸さない。

 翼は歌でデュランダルのエネルギーを引き出し、ギアのエネルギーと共に高め、一刀両断の意志を込めて振り下ろした。

 光の斬撃は、アースガルズ達に向けて振り下ろされた、かに見えた。

 アースガルズはその斬撃を防ぐため、再度バリアを展開しようとしていた、かに見えた。

 

「違うアースガルズ! 奴の狙いはあたし達じゃなく、ディアブ―――」

 

 ネフシュタンの少女が叫ぶ。

 そう、翼の狙いはアースガルズとネフシュタンではない。

 緒川達の2分30秒の足止めを振り切り、この戦場に一直線に走って来ていた、デュランダルが二課の手に渡っていることなど知りもしない、ディアブロだった。

 

 だが、アースガルズはネフシュタンの少女よりも多くの物が見えていた。

 この戦場で最も厄介で、最も面倒な敵の存在が見えていた。

 

「バニシングバスター――」

 

 それは、高速道路の下から"一撃で仕留める機会"を虎視眈々と狙っていた、この戦場で最も油断ならない男。

 

「――コンビネーションアーツ・バージョンッ!」

 

 それは今、分裂するバニシングバスターを放った、ゼファー・ウィンチェスターに他ならない。

 

 分裂したバニシングバスターが、高速道路を突き破り回り込み360°からアースガルズとネフシュタンの少女を襲う。

 デュランダルの無尽エネルギーによる熱線攻撃が、ディアブロを襲う。

 アースガルズの懐にまで飛び込んだ響が、腕部武装ユニットのハンマーパーツを稼働させ、絶唱一発分のエネルギーを込めたパンチを突き出す。

 

 アースガルズは両手のバリア発振装置をフル稼働させ、全ての分裂バニシングバスターを受け止めてみせた。

 ディアブロはプラズマバリアで光の一閃を受け止めるが、一億℃VS無限熱量では結果など見えている。光の斬撃はバリアを貫き、ディアブロのプラズマシューターを焼き切った。

 響の絶唱一発分のエネルギーを込めたパンチを、アースガルズは両手のバリアでバニシングバスターを防ぎつつ、右手の人差し指と中指の間で響の手首の部分をぐっと挟んで、白刃取りのように受け止めた。

 

 三つの攻撃、三つの防御。

 千載一遇の好機であったが、二課の戦果はディアブロのプラズマシューターのみ。

 どうしても、どうしてもアースガルズの防御力を越えられない。

 

「降ろせ、アースガルズ!」

 

 響と翼は一旦合流し、白鎧の少女も自分を抱えていたアースガルズの手の上から降りる。

 デュランダルと天羽々斬を構える、世にも恐ろしい全力装備の防人が、ネフシュタンの少女と向き合うようにその場に立った。

 

「デュランダルどころか、あたしのソロモンの杖まで……!」

 

「貴様に奪われていた二課のデュランダル、確かに腕尽くで頂戴した。

 ソロモンの杖とやらは、利子と慰謝料代わりに預からせてもらおう」

 

「てめえッ!」

 

 ネフシュタンの少女は、アースガルズとディアブロを率いて、この場でどちらかが全滅するまで徹底抗戦の構えを見せるが――

 

「あ? 通信? クソが、こんな時に限って……」

 

 ――そこに、彼女の戦いを邪魔する鶴の一声が届いてしまう。

 

「……は? 撤退? 何言ってんだ!?

 ちょっと待ってろ、今デュランダルもナイトブレイザーも回収して帰る!

 今帰ったら、ソロモンの杖を奴らに渡しただけに終わるだろ!

 ……それでいいってなんだよ。意味分かんねえよ! 分かるように説明しろ! おいッ!」

 

 通信が切れたようだ。

 不完全燃焼といった顔で、ネフシュタンの少女は舌打ちする。

 

「……チッ」

 

 渋々、ネフシュタンの少女はアースガルズ達に指示を出す。

 

「行くぞ、アースガルズ」

 

「待て、逃げるのか!?」

 

「あぁ?」

 

 逃げるのか、と言われて、ネフシュタンの少女の仮面の下に青筋が立つ。

 キレる寸前どころの話ではなく、完全にキレてしまっているようだ。

 だが、それでもネフシュタンの少女は挑発してきた翼に襲いかかろうとはしない。

 必至に激昂する自分を抑え、少女は翼達を睨みながら唸るように言葉を発する。

 

「『次』は、てめえらの何もかもをぶっ壊してやる。覚悟しとけッ……!」

 

 響達に背を向けるネフシュタンの少女。だが、響はこのまま別れることを良しとしなかった。

 

「待って! 私達、本当に分かり合えないのかな!?」

 

 響は敵を倒すためではなく、敵とも分かり合うためにここに居る。

 それが偽善でもなんでもないことを、このタイミングで響が声を上げたことが如実に証明する。

 一度振り返ったネフシュタンの少女は、表情が見えづらい仮面越しに、今日までの戦いの中で一度も出したことのないような声を、響に向けた。

 

「……そういうの、やめとけ。後で一番キツくなるのはてめえだぞ」

 

「え?」

 

 そして、ネフシュタンと二体のゴーレムは戦場を離脱していく。

 一分と経たずに、響達の敵は戦場から見えないくらいに遠くまで飛び去って行った。

 

「翼さん、あの子……翼さん?」

 

 響はネフシュタンの少女が最後に漏らした声に、挑発的な響きも敵意害意に近い響きもなく、むしろそれらとは真逆のものが込められていたことに、何かを感じたようだ。

 翼もそう思ったかどうかを響は問うが、その問いに答えは返って来ず、振り向いた響の視界に息を切らせて膝をつく翼の姿が映った。

 

「翼さん!?」

 

 慌てて駆け寄り支えようとする響を、翼は膝をついたまま手で制す。

 

「大丈夫だ、少し、絶唱を長く使い過ぎただけだ……」

 

「使い過ぎただけ、って……絶唱の使い過ぎは命に関わるって、ゼっくんも言ってましたよ!」

 

「ああ、そうだな……早めに医務室に行かないとな。

 早く帰ろう。立花、ゼファーを、拾って来てくれ」

 

「了解です!」

 

 翼の指示に従い、響はすぐにでも帰還する準備を整えるため、高速道路下で倒れているであろうゼファーを拾いに行く。

 戦闘が終わっても連絡一つ入って来ないのはそういうことなのだろうと、翼も響も二人揃って同じ予測を打ち立てていた。

 

 それが、また一つ新たな地雷を踏み抜くことになるとも気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立花響は呟いた。

 

「え……なん、で……」

 

 響が高速道路の下に辿り着いた時、そこには二つの人影があった。

 見覚えのある背中。

 その背中は、響の唯一の異性の親友の背中以外にはありえない。

 見覚えのある姿。

 異性の親友と向き合うように立つ少女は、響の一番の親友以外にありえない。

 

「響……?」

 

 崩れた高速道路の傍らで。

 

 立花響と、ゼファー・ウィンチェスターと、小日向未来は邂逅した。

 

 おそらくは、ゼファーが最も望まぬ形で秘密は暴かれた。

 

 『小日向未来が最も望まぬ形』の、現在がそこにあった。

 

「響、何、その格好……?」

 

 "聖遺物を扱う力がないことの劣等感"。

 "三人の中で一人だけ聖遺物を扱えない疎外感"。

 "二人に仲間外れにされたくないという怯えに似た感情"。

 

 帰るべき日常に、帰るべき陽だまりに、ヒビが入った音がした。

 

 

 


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