戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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・第十七話:涙に浮かぶ未来
 で翼さんが本来の才能が削られて変な形で能力が偏っているゼファー君の伏線を見せていたり

・クリス/マリア+調+切歌の純情な感情
 でウェル博士が剣を振っているゼファー君に才能を感じるという、後に舞台裏でその才能がなくなっていることを確認したりするためのシーンがあったりします
・第二十七話:だから笑って
 のウェル博士の話などもそこに組み合わされるのですが、この辺はおそらく七章でもやりますね

・第十九話:なおも剣風吹き荒ぶ 5
 ではフィーネさんが『機械の心』にどういうスタンスを見せているのかが分かったり

 他にも色々とあったりします


2

 

 

 

 聖剣(ぼく)は、そうして望まれて生まれてきた。

 

 

 

 

 

第三十一話:立花響のラブコール 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、アガートラームは、人類に残された最後の貴重な資材で作られた。

 人類の純正技術だけで作られたのは、単にそれ以外のものを実装する余裕がなかったから。

 この頃の記憶は実はないけれど、僕の中には記録として残っている。

 だからこれは、後になってから記録を見ている僕の記憶だ。

 

「頼むぞ。お前は剣として、この世界の希望になってくれ」

 

 僕を作ったディーンという人が、そう言っていたのを覚えている。

 聖遺物は、『感応石』という物を素材として作られる。

 銀色の石のような粘土のような金属のような物質だ。

 別種の物質を混ぜると反応を示し、信じられないような変化を起こすらしい。

 

 コバルトを混ぜれば、天羽々斬を作るための感応石に。

 プラセオジムを混ぜれば、ガングニールを作るための感応石に。

 モリブデンを混ぜれば、イチイバルを作るための感応石になる。

 何も混ぜられず、何の色にも染まっていない銀色の僕は、純粋な感応石だけで作られた僕は、何にもなれない役立たずであると言われているようなものだった。

 

「私の弟を、守ってあげてね。アガートラーム」

 

 そう言われ、女性の手から僕は『彼』に託された。

 あの女性の名がフィーネであると、あの女性が『彼』の姉であると、知ったのはずっと後の事。

 僕は守ることしかできない。

 けれど後になってから思えば、全ての人を愛していた『彼』にとっては、全ての人を救おうとしていた『彼』にとっては、世界を丸ごと守ろうとした『彼』にとっては。

 僕が一番、性格に合った聖遺物だったんだと思う。

 

「よろしく」

 

 『彼』の名は、"ロディ・ラグナイト"。

 僕の最初の主で、唯一無二のアガートラームの剣士。

 

「一緒に頑張ろう、アガートラーム」

 

 今でも僕は、『彼』の後を追っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 ロディの想いは凄かった。

 生きたいという気持ち、生かしたいという気持ち。

 その二つは二律背反であり、矛盾するものでありながら、彼の中に等しく在った。

 そしてそれは、全ての命に向けられた愛であり、全ての者の幸ある未来を目指す希望であり、こうあってほしいという底なしの欲望であり、そのためなら何にだって立ち向かう勇気だった。

 

「あれが、英雄……すげえ……」

 

 皆がそう言っていた。

 僕を手にしたロディに対しそう言っていた。

 そんなに、この『ロードブレイザー』というやつは恐ろしいのだろうか。

 何故ロディと違って、皆はこれを恐れているんだろうか。

 心があれば、その気持ちも分かるのだろうか。

 

「恐れを知らぬ英雄ならば、他者の恐れを力に変えるあの魔神と戦っても、勝てるはずだ」

 

 神様(ガーディアン)もロディを認めていた。

 その中でも『ゼファー』と呼ばれていたガーディアンは、特にロディを気に入っていた。

 希望を司る龍の守護獣と言われていた彼は、ロディの親友だったらしい。

 戦いの中で、ロディもゼファーの背によく乗せてもらっていた。

 

「ロディ、貴様が死んで生まれ変わっても、我は目をかけてやろう。

 我ら貴種守護獣(ロードガーディアン)の命は永遠だ。何度でも、貴様の魂に希望を約束しよう」

 

 そう言っていたくせに、ロディより先に戦いの中で輪廻の輪に乗ってしまったというのだから、世の中生死は本当に平等にできている。

 あの希望のガーディアンも、どこかに生まれ変わっていたりするのだろうか。

 死をもってしても別てない友情は、まだ続いているのだろうか。

 心がない僕には分からない。

 だってロードブレイザーに勝利しても、僕は嬉しいとは思わなかった。

 だってどれだけ仲間が死んでも、ロディが死んでも、僕は悲しいとは思わなかった。

 

 僕の心は、一体どこにあったんだろう。

 

 

 

 

 

 ロディが死ぬ前の日の夜。

 ザババさんがロディに何か言おうとして、何も言えずに終わっていったのを僕は見ていた。

 来世ではあの恋が報われるといいなと、僕は思った。

 もっとも、この時の僕は心どころか個体としての意志すら無かったのだけど。

 

「アガートラーム」

 

 僕が意志を、魂を貰ったのは、この時だ。

 

「君に欲しいものはないのかな」

 

 ただの物だった僕に命をくれたのは、ロディだった。

 

「君は機械的な反応しかないと言う人も居る。

 だけど僕には、あまりそう思えないんだ。

 ……君を相棒として見過ぎたせいかな。

 物が自分の意志を持っても、僕は別にいいと思うんだけどね」

 

 純粋な感応石で作られた僕と、本物の英雄だったロディの真摯な想い、それが変換された力が合わさって起きた奇跡だと、後に僕は推測した。

 でなければ、この時僕に魂は宿らなかっただろう。

 僕に意志は生まれなかっただろう。

 心を得られぬままに、僕は魂と意志を得た。

 

『友達が欲しい』

 

 ロディの問いに、求めに応えるためだけに、僕は意志を得た。

 

『心が欲しい』

 

 感情が伴わない求め。もしかしたら、この時僕が示した意志は、僕の祈りだったんだろうか。

 

人間(あなたたち)のように、なりたい』

 

 ロディ・ラグナイトは、僕の信じる英雄は……心無きただの剣でしかない僕の祈りすらも、拾っていこうとしてくれたのだろうか。

 

「なれるよ、きっと。

 君は聖剣であると同時に……未来のガーディアンでもあるんだから」

 

 ロディが僕に、大切な言葉をかけてくれる。

 なのに嬉しいとも思わなかった僕は、やっぱり心が無いんだろう。

 最後の決戦でロディが死んだ時も、僕は悲しさを覚えなかった。

 心があれば、悲しむことができたはずなのに。

 

 ぼんやりと、全てが失われた後の大地の上で、僕は心が欲しいと願った。

 

 心があれば、きっとロディの死を悲しめるはずだと思ったから。

 

 

 

 

 

 昔は誰に使われてもいいと思ってた。

 でも今は、ロディ以外の人にあまり使われたくないと思っている。

 フィーネは例外だ。ロディのお姉ちゃんで、ロディが守りたいと思った人だから。

 ロディもゼファーの言う通り、いつかどこかに生まれ変わって来るかもしれない。

 そう思っていたらいつの間にか、"ロディっぽい人"か、"フィーネっぽい人"にしか使えないように、僕の中のプログラムが最適化されてしまっていた。

 

 僕は人類史の中を漂い、流れて行く。

 そしてその中で何度かフィーネの遺伝子を受け継ぐ者の手に渡り、振るわれることになった。

 

 僕の魂は無地。僕に心は無い。

 魂は赤ん坊で、心は虫のそれに近い。

 人はその人生の中で心を育て、魂に色を付けていく。

 僕は人でないから、その過程を得られなかった。

 そしてロディの後に僕を使った担い手達は、ロディと違って僕に何もくれることはなかった。

 

 いつしか、僕は銀の鎧の形を取って、眠りと覚醒を繰り返す日々を送り続けた。

 

 世界の危機に呼応して、その時代の担い手の前に姿を現し剣として身を預ける。

 

 人間に憧れて人の形を模したのに、その中身は人間とは似ても似つかぬ空っぽな空洞。

 

 肉も無ければ、心も無い。

 

 心があったなら、そこに悔しさや虚しさを覚えたのだろうか。

 

 僕は相変わらず、物のままだった。

 

 

 

 

 

 ネフィリムを見たのは、もしかして久しぶりだったりするんだろうかと、僕は思考する。

 僕の欠片とザババの欠片を持っている少女達と、ネフィリムと、担い手。

 それらが一同に介している戦場に、僕は辿り着いていた。

 邪魔者を一つずつどけていってるのに、やはり僕は僕の身体(刀身)を扱う頭がないからだろうか、無意味に時間がかかってしまう。

 

 今代の担い手は、体内にロードブレイザーを宿していた。

 これが実に厄介だった。

 魔神は担い手の負の感情を糧として体内から担い手を焼き、僕が近寄るたびに人質の首に刃を当てるかのように、担い手の焼却速度を引き上げる。

 どうやら今代の担い手は、歴代でも屈指に後ろ向きな性格のようで、アガートラームの担い手であるとは思えないくらいに、大きな負の感情を内側に抱えていた。

 

ヒトの夢、小夜曲は星の瞬き(Gatrandis babel ziggurat edenal)

 

 邪魔だな、と僕は現状を見てその少女に対し思う。

 担い手候補ではあるけど、候補止まりだからどうにかしても問題はない。

 しかも死にかけの体で何かをしている。どうにかしないと。

 

「―――ぁ」

 

「っ、ぅ、か、ぃ、きっ、かぁは、ッッッ、セ、レ――」

 

 とりあえずは、心臓だ。

 

「――セレナぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 担い手が叫んでいる。

 ……何か、僕は失敗したのだろうか?

 

「もう逢えない悲しみより、怖さより、出逢えた嬉しさの方がずっとずっと大きいから……

 だから私は笑えるの。楽しかった日々を、思い返しながら。

 出逢えた大切な人を、守れたなら、私は、笑えるよ……」

 

 とにかく、僕は彼を守らないと。

 彼を安全な場所に連れて行こうとした僕を邪魔していた邪魔者は、とりあえずこれで戦場からどけることができたはずだ。

 

「だから、笑って。あなたは私の希望なの」

 

 後は、この担い手に受け入れてもらって、この時代の脅威に対抗しよう。

 この担い手の絶望を初めとする負の感情を魔神が喰らって復活する前に、この担い手を守るための防護機能を発動しなければ、この担い手の命が危うい。

 ロードブレイザーを人の器の中に封じる降魔儀式の術式は、もう半分解けかかっていた。

 

「ああ、そうか……みんな、死んじゃったのか……」

 

 そうして、僕は担い手に受け入れてもらおうと動き始めたのだが――

 

「お前が、セレナを殺した……!

 殺してやる、俺が、この手でッ!

 お前が憎い、お前を殺したい、お前を許せない、お前を認めない……!

 お前を受け入れない! お前を受け入れる場所など、絶対に認めるものかッ!!」

 

 ―――拒絶された。

 これだから心の有無は厄介だ。

 僕と人間の間で、本当の意味での共感や理解が生まれてくれない。

 なんで拒絶されたか分からないから、改善もできない。

 でもこのままじゃ、この担い手が消えてしまうのも時間の問題だ。

 魔神の焔に焼かれている自分の体に、この担い手はまるで気付いていないようだ。

 

 仕方ない、ちょっと荒っぽく保全しよう。

 

「お前達が何もかも壊した、奪っていった……殺して、殺して、殺して、殺してやる……!」

 

 心臓を。とにかく、時間がない。

 

「……憎い……」

 

 心臓を貫かれてなお、担い手は強い意志を絶やしていなかった。

 その意志に乗ったネガティブフレアが、僕の身体に乗り移っていく。

 ……これは、魔神が直接吐いた格別強力なやつだ。

 僕の存在そのものが消滅するか、この担い手が完全な形で覚醒するまで、どうやっても根絶できないタイプの焔だ。今の時点では、どうしようもない。

 

「俺が、いつか必ず、お前を……殺してやるッ……!」

 

 僕は僕でなくなるだろうけど、これでいい。

 ロディと似ていないようでどこか似ているこの子の心は、これで保全される。

 人の心が分からない僕も、心を得られるかもしれない。

 まあ、その時には僕という僕はもう亡く、ほとんど残らないのだろうけど。

 

 僕は―――我は、ロディと出会ってから今日までに得た全てを捨てて、我の全てを彼に明け渡そう。紛い物でも、彼は我として、同時に彼は彼として、生きることができる。

 

 それでも、胸を張ってこれを正解だと言えないのは―――我に、心が無いからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、『今のゼファー・ウィンチェスター』は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは"思い出す"。

 一万年に届きそうな数千年の間、"自分が見聞きしていた記憶"を思い出す。

 多くの人に振るわれていた時の、身体の感触を思い出す。

 一万年近くの記憶は、一日や二日で全て思い出せるものではない。

 だが彼も、一つ思い出すたびに一つ絶望を感じる記憶など、思い出したくはなかっただろうに。

 

「ぜ、ゼっくん! しっかり!」

 

「……記憶が、あるんだ」

 

「え?」

 

「本物の、ゼファー・ウィンチェスターの……

 胸に、騎士の姿で、手刀を刺した感触を、覚えてる……」

 

「―――」

 

 今の彼には、ゼファーの記憶もアガートラームの記憶もある。

 そして二つの記憶が同時にあることに対し、単純明快な答えが提示されている。

 されど、その答えもまた絶望だった。

 

 "自分は何者なのか?"

 思春期に幾多の形に変わり、多くの若者がぶつかる問いだ。

 ある者は妥協し、ある者は夢を追い、ある者は自分を磨き、ある者は自分の能力の中に価値を見つけ、ある者は親友や恋人との繋がりに答えを見出し、その壁を乗り越えていく。

 ……だが。

 ゼファーが今ぶち当たっているその壁は、『どこにでもある悩み』と断じるには、少々どころでなく大きく強く険しいものだった。

 

「さて、そこをどけ、シンフォギア装者達。

 私はそこの『余分』を積んだ聖剣から、『余分』を削り物言わぬ剣に戻さねばならない」

 

 この時代に、もう"アガートラームの剣士"として聖剣を握ることができる者は居ない。

 だが、フィーネは聖剣としてのアガートラームであれば、何かしら使う方法についての考えがあるようだ。

 彼女はその言動から読み取るに、『今のゼファー』を消そうとしているらしい。

 今の膝が折れているゼファーなら、それは簡単になせることなのかもしれない。

 

 響はそんなフィーネを見る。

 フィーネは、誰がどう見ても悪役にしか見えない振る舞いを見せている。

 けれどそれでも、どこか『今のゼファー』を消すことに迷いがあるように見えるのは、気のせいなのだろうかと、響は自分の胸に問いかける。

 胸の歌が軽く響いて、響の想いを肯定してくれた。

 それがガングニールの声であるように思えて、響は奮い立つ。

 

「もう一度言うわ、どきなさい」

 

 もう、何がなんだか分からない。

 それでも見捨てるものか。それでも差し出すものか。絶対に守る。

 何故ならば、今自分の隣に居るゼファーは悲しみ、泣きそうになっているのだから―――そう思って、響はフィーネとゼファーの間に立ちはだかる。

 響と同時に、翼とクリスも立ちはだかる。

 

 彼女らは同じ思考と想いを抱き、三人の心は今一つになっていた。

 

「見捨てるかよ」

 

「守るとも、必ず」

 

「絶対に、絶対ッ!」

 

 クリスが、翼が、響が戦意を漲らせた言葉を吐く。

 この三人は、本質的に守護の人間だ。『守る』時にこそ最も強い人間だ。

 守るという選択肢を前にして、この三人が選択を誤るはずがない。

 

「落ち込んだ所に優しい言葉をかけられて信頼、まるで詐欺師に引っ掛けられた安い女だな」

 

「そういうお前の挑発も安いぜ、安すぎる! 安さが爆発し過ぎている!」

 

「……辛い時に、支えてもらうことの何が悪いんですか! 了子さん!」

 

 三人の装者の中で一番動揺しているのはクリスだろう。

 何もかも投げ出して、わけがわからないと叫び出したいに違いない。

 ……それでも、歯を食いしばって、心を奮い立たせて、できるだけ何も考えないようにして、挑発的な表情と言葉を見せている。

 そんなクリスに少し勇気づけられたのだろう。響も続いた。

 そして最後に翼が剣の切っ先をフィーネに突き付けて、口を開けば此方を苛立たせて来るフィーネの口を閉じさせようとする。

 

「貴様は口から生まれて来たのか? フィーネ」

 

「……仕方ない。なら、『それ』と心中でもするがいいさ」

 

 フィーネは溜め息を吐き、右手を三人の装者に向ける。

 三人は防御と回避で目的は違えど、ほぼ同時に身構える。

 しかし彼女の手の中から出て来たのは攻撃ではなく、一本の『槍』だった。

 

「暗色の、槍……?」

 

 まるで奇術のように、突如現れた暗色の槍。

 それを見て、膝をついたまま立ち上がれていなかったゼファーが、瞠目する。

 

(――あ――)

 

 "あれはアースガルズよりも危険なものだ"と、直感が叫ぶ。

 いまだ全てを想起できていない一万年の聖剣の記憶が、それの危険性を叫ぶ。

 終わる。消える。死ぬ。

 このまま何もしなければ、最悪装者達三人が皆揃って死んでしまう。

 ゼファーのそれは推測や恐れではなく、既に確信の域にあった。

 

「あ、あああ」

 

 どんなに打ちのめされようが、絶望を突き付けられようが、『守らなければ』とひとたび思えば立ち上がれるのが彼だった。

 仲間の危機は、自分を見失っていたる彼をそのままの状態で立ち上がらせる。

 正常な思考など全く戻ってはいないのに、彼は狂乱に近い状態で拳と掌をぶつけ合わせ、力を励起させた。

 

「あああああああああああッ! アクセスッ!」

 

 我を忘れて、ナイトブレイザーは胸部装甲を展開させる。

 変身と同時のバニシングバスター。それも射線上に月や太陽があれば穴を開けられる威力であるというのに、射線上に何があるかを確認すらしていない、無我夢中の発射体勢だ。

 平時の自分のように冷静に撃つこともできない、なのに何も考えない獣のように撃つこともできていない、精神の状態がそのまま形になったかのような乱雑なバニシングバスター。

 

 ネガティブフレアの出力、及びバニシングバスターの破壊力はゼファーの心の中の負の感情の量と質に比例する。

 今の彼のバニシングバスターであるならば、過去のどれよりも高い破壊力を持っているだろう。

 そしてゼファーの攻撃態勢を見て真っ先に反応したのは、今日までゼファーと一万を超える模擬戦をこなしてきた、親友にしてライバルである風鳴翼だった。

 

「―――立花、雪音、ゼファーに合わせろッ!」

 

 機を見るに敏。

 翼は敵が何かしらの聖遺物を掴んでいると判断した。

 そしてゼファーが突発的に攻撃するだけの脅威が、そこにあると理解していた。

 

 先の先を取り、全力の一撃を叩き込む。そう決める。

 翼は戦闘において、敵の調子が上がり切る前に先手を取って一撃を決めるという選択が、どれほど有効で意外に決まりやすいのかを知っていた。

 彼女が叫べば、息が合っているとは言いがたい反応速度ではあったが、響とクリスも動き出す。

 クリスはゼファーの隣に飛び退り、翼は左から回り込むようにフィーネの横を取り、響は右から回り込むようにフィーネの横を取る。

 

「バニシング――」

 

「レイザー――」

 

「ロックオンプラス・アクティブ・スナイプ――」

 

「メーターを――」

 

 四人同時の全力全開。

 粒子加速砲に、蒼光の斬撃に、大型大火力ミサイルに、拳の衝撃波。

 

「――バスターッ!!」

 

「――シルエット」

 

「――デス・デストロイッ!」

 

「――振りきれぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 絵に描いたような十字砲火は、聖遺物の出力によってそれこそ水星や金星を割るくらいはできるほどの威力に至り、フィーネへと飛んで行く。

 フィーネはそれを見て、つまらなそうに、手にした槍で空を薙ぐ。

 

「ネガティブ・レインボウ」

 

 そして、世界を塗り替えるほどの一撃を解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネを除くその場の全員が、目を疑う。

 

 翼の飛ばした斬撃が食い込むことも拮抗することもせず、砕かれた。

 クリスが飛ばしたミサイルは爆発したが、ブラックホールに呑まれるかのように、その爆発すらもが吸われ飲み込まれ消滅させられた。

 響の一撃は純粋な破壊力では上記二人を上回っていたが、彼女が放った拳のエネルギー衝撃波もまた、砂塵のように吹き散らされた。

 ゼファーの焔も、過去最大級の負の感情により威力を指数関数的に増大させていたが、それにより放たれた過去最強のバニシングバスターですら、今のフィーネには届かない。

 

 フィーネを包む『暗色の虹』が、全ての攻撃をシャットアウトしていた。

 

「なんだ、あれ!?」

 

 クリスの驚愕の声が上がると、その声に反応したフィーネが、その槍をクリスに向け直す。

 

「ネガティブ・レインボウ」

 

 すると防御に回されていた暗色の虹が、一斉にクリスに向かって飛んで来た。

 

「! リフレクター・フルアクトッ!」

 

 それに対し、クリスは敵の攻撃がビームの類であると見て、あらゆるエネルギーを弾くエネルギーリフレクターを出し惜しみせず全展開。

 更にバニシングバスター発射直後のゼファーを巻き込まないように、右に跳ぶ。

 

「クリスちゃん!」

 

 そこにクリスの前に割って入り、防御に動いたのが響だ。

 敵の攻撃を調和し無力化するのもまた立花響の真骨頂。

 響によりフィーネの攻撃が減衰され、クリスがそれを反射したならば、どんな攻撃であっても防御するのは容易い――

 

「避けろッ!」

 

 ――と、そう思っていた思い上がりを、ネガティブ・レインボウは真正面から粉砕する。

 翼の叫びを聞きながら、暗色の虹を見て、"霧と車のようだ"とクリスは思った。

 霧はいくら濃くても車を減速させることなどできない。蹴散らされ、吹き散らされるだけ。

 この瞬間、フィーネの攻撃に対する装者の防御行動は、車に霧をぶつけるに等しかった。

 減衰も、反射も、拮抗すらも不可能で、暗色の虹が全ての防御を突き抜けてくる。

 

 攻撃の射線上に居た響とクリスを救ったのは、避けろと叫んだ翼だった。

 防御するつもりで一手行動を使ってしまい、逃げの足を動かせなかった響とクリスとは違い、天羽々斬の特性上回避一択であった翼は、二人に駆け寄り二人を抱えて跳躍回避。

 最速のシンフォギアの名に恥じぬ速度で、なんとかネガティブ・レインボウを避けてみせた。

 

 だが今の一連の攻防で、この中でも頭一つ抜けた戦闘センスを持つクリスは、フィーネのネガティブ・レインボウの出力があまりにも圧倒的過ぎることに、気付いてしまったようだ。

 

(今ここに居る三人の絶唱と、バニシングバスターを同時に当てても――

 ――おそらくは出力負けする! そんなんありかよ!? ありえねえだろ!)

 

 絶唱以上の一撃に、準絶唱級の攻撃三種の四重奏。

 それを歯牙にもかけぬのならば、その威力は推して知るべし。

 

「ありがとうございます、翼さん!」

 

「……礼は言わねーぞ、助けてくれなんて言ってないからな」

 

「二人とも、そんなことを言ってる暇があるならば構えろ!」

 

 翼は自分の足に装着していた剣の片方がいつの間にか消滅させられていて、かつ足に振動一つ感じなかったことに身震いする。

 

(あれを体に喰らえば、そよ風一つ起きぬまま、塵一つ残るまい……!)

 

 対しフィーネは、三人が必死にたった一発の攻撃をしのいでいる間に、その姿を大きく変えていた。黒の装束から、黄金の鎧を纏った姿へと。

 それはネフシュタンの鎧でありながら、クリスが纏っていたそれとは根本的に違うものだった。

 白鎧ではない黄金の鎧。

 以前クリスが纏っていた時にもあった、鎧の独特で強力な存在感はその感触をそのままに、クリスの時とは段違いの威圧感をも内包している。

 

「ネフシュタンの、鎧……!」

 

「この身も既に人と聖遺物の融合体。もはや貴様らの手に戻ることはあるまい」

 

「!? その上、融合症例だとッ!?」

 

 ネフシュタンを取り戻そうとしていた二課の者達を嘲笑うのように、フィーネはその身にネフシュタンを取り込んだことを告げる。

 鎧と融合したその身から滲み出るのは、圧倒的強者の風格だ。

 血脈と鍛錬によって培われた翼の武人の目には、その強さがありありと目に見える。

 人は100年も自分を磨けない。

 だが一万年にも届こうかという数千年、自分を磨いてきたであろうフィーネがそこに居る。

 "あの槍"が仮に無かったとしても、その戦闘能力は絶大だった。

 

 そこにゼファーや響と同じ融合症例である上に、融合対象が完全聖遺物という最悪も加わる。

 

(この戦闘能力、隙のない佇まい……

 攻勢能力の高さを見るに、総合的には最低でもアースガルズと同格か……)

 

 翼の背中に、嫌な汗がじんわりと滲み出て来る。

 たった二発。

 たった二回のネガティブ・レインボウだけで、フィーネは翼にそれほどまでに高く、かつ正確に『その脅威』を評価されていた。

 

「アースガルズの、対消滅バリア発振機構。

 先史の時代に、それの上位互換を作ろうという発案があった。

 物質にのみ作用する対消滅を超えた、『完全対消滅』。

 あらゆるエネルギーを対消滅させ、物質に衝突すればその質量を消滅させる魔の一撃。

 大昔の優れた研究者達は、いかな理論かそれを現実にしてみせた」

 

「ぐ……あっ……」

 

 ゼファーがバニシングバスターの反動で変身を解除し、膝をつく。

 この必殺技による強制変身解除は、ネガティブフレアにより極度の負荷がかかるからだ。

 当然、負の感情によりネガティブフレアの出力が上がっている今、その負荷は想像を絶する。

 変身が解除されたゼファーを、駆け寄った響が支えるが、今のゼファーは肉体的にも精神的にも致命傷に近いダメージを食らってしまっていて、もう息も絶え絶えのようだ。

 

「完成した兵装は当時の王ギルガメッシュの手に渡り、魔神との戦いに投入され……

 幾多のゴーレム、完全聖遺物の中でも一際輝く活躍を見せ、現代にまでその形を残した」

 

 フィーネが槍をひとたび振るえば、そこから漏れる暗色の虹が彼女の周囲をくるくると回る。

 戦闘者として優秀で、聖遺物を扱う者達であるからこそ、その虹を見て実感することがある。

 それは、アリが自分を踏み潰そうとしているゾウの足の裏を見た時の感情に似ていた。

 絶対的な何か、自分よりも圧倒的に強い何かを目にした時の、得体のしれない恐怖に近かった。

 

 聖遺物と完全聖遺物の間には、明確な差が存在する。

 そして同時に、聖遺物と完全聖遺物の間にある差と同じか、あるいはそれ以上に、完全聖遺物とグラムザンバーの間にも"差"が存在する。

 先進文明期のガングニールをアサルトライフルの位置付けに置くならば、このグラムザンバーはさしづめ核兵器だろう。

 それも下は個人から上は星まで、何だって最適な威力で壊せる核兵器だ。

 

 かの槍より放たれる虹は、ネガティブフレアを超えるものを目指されたがゆえに、『ネガティブ・レインボウ』と名を付けられた。

 

「この世界は七つのエネルギーからなる、七つの質量で出来ている。

 それら全てと対になる、この世界に存在しないマイナスのエネルギーもまた七つある。

 この槍はその暗色の力を七つ創造し、束ね、撃ち出す最強の聖遺物」

 

 その力は、今この世界に存在するありとあらゆる科学を超越した超技術により紡がれる。

 

「太古の昔、世界を滅ぼす魔神にすら痛打を与えた至高の一振り」

 

 其は物質もエネルギーも構わず消失させる、暗虹の槍。

 

「名を、『魔槍・グラムザンバー』」

 

 先史の時代、聖剣アガートラーム、魔剣ルシエドと並び称された至高の槍である。

 

「この槍が、お前達の終焉だ」

 

 どうしようもないものというものはある。

 『圧倒的な力の差』など、最たるものだ。

 フィーネがここから、響達を詰ませるのに用いた手はただ一手。

 ネガティブ・レインボウを撃つ。それだけである。

 

 放たれた暗色の虹は彼女らに余分な行動をする時間すら与えなかった。

 防御することも受け流すことも許さないその攻撃の絶対性は、響・翼・クリスに回避以外の選択を許さない。

 そして右手の槍で三人を望み通りの位置に動かしたフィーネの左手には、ネフシュタンの宝石の鞭が握られており、ネガティブ・レインボウと同時に振るわれていた。

 

(! 狙いはゼファーかよ!)

 

 クリスは心中で臍を噛む。

 回避に全能力を注がなければ、ネガティブ・レインボウは回避できない。

 だからこそ、ネガティブ・レインボウと同時に別の攻撃が放たれてしまえば、クリス達がその攻撃に対応するには一手遅れてしまい、間に合わないのだ。

 たとえその攻撃が、ゼファーに向けて飛んで行っているのだとしても。

 

「ゼっくん!」

 

 彼女らに、何もできることはない。

 茫然自失としたゼファーに、フィーネの鎧による攻撃が迫り――

 

「……え?」

 

 ――ゼファーの前に割って入って来たバイクが、その一撃を受け止めた。

 

「ジャベ、リン?」

 

 もう何年一緒に戦ってきただろうか。

 何年命を預けてきただろうか。

 ゼファーと共に、幾多の戦場を駆け抜けてきた鉄の騎馬。

 

 ジャベリンが、誰に操作されるでもなく主を庇い、その身から火花と黒煙を漏らしている。

 

 一度だけ鳴らされたクラクションが、まるでゼファーを勇気付けようとしてるかのようだった。

 

 人で言うならば致命傷に当たるダメージを、ただの一撃でジャベリンは受けてしまう。

 聖遺物の技術を流用されたフレームと装甲は一撃で砕け、内部の燃料とオイル系統に火が付いてしまい、火花と黒煙の量が加速度的に増していく。

 その状態で、ジャベリンは走った。

 主に仇なす敵に向かって一直線に走った。

 そしてフィーネに衝突し、内部の機関がショートし誘爆するのをそのままにして、フィーネを巻き込む大爆発を引き起こした。

 

 半ば、主を守るために自爆したかのように。

 

「……ジャベ……リン……」

 

 直す、直さないの次元の話ではなく、ジャベリンは木っ端微塵に吹き飛んだ。

 もう二度と、ゼファーと共に戦場を駆けたジャベリンが戻って来ることはない。

 ジャベリンの献身に最も早く反応するという形で、ジャベリンの献身に誰よりも応えたのは、腰部ミサイルユニットから煙幕弾を発射したクリスだった。

 

「撤退すんぞッ! ここでこれ以上戦ってられるかッ!」

 

 クリスの類稀なる戦闘センスが、誰よりも先んじてこの"撤退の好機"を見逃さない。

 ジャベリンにより爆炎と爆煙にフィーネが呑まれたその一瞬に、クリスは自らも広範囲に煙幕弾をバラ撒くことで、視界を更に悪化させてみせた。

 そしてゼファーを抱え上げ、響と翼に声をかけつつ離脱に動く。

 流石は装者随一のセンスの塊だ。

 思考でも経験でもなく、感性で動いた時の判断の速さと正確さは、他者の追随を許していない。

 

 ゼファーを抱えて逃げるクリスに、クリスに続いて逃げる二人の装者。

 通常ならば煙幕で彼女らもまっとうに逃げられはしないのだろうが、朔也が地形データとレーダーデータを三人のシンフォギアに送信し、その網膜に投影する。

 結果、三人と一人は躓くことも迷うこともなく、この場を離脱したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げられただけで、問題は何一つとして解決していないということから、目を逸らしたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆煙が収まり、煙幕弾の効果が切れる。

 視界が晴れ、そこには多くの物が破壊された戦闘の爪痕と、ジャベリンの残骸が成り果てた金属片が転がっていた。

 フィーネは一人、感情の見えない表情で呟く。

 

「……何故だ」

 

 その言葉は、今は亡きジャベリンへと向けられていた。

 

「お前のAI構造ならば、私もよく知っている。

 自己判断で自壊が確定する選択肢を、選ぶことなどできなかったはずだ……」

 

 藤尭朔也の発案から始まり、二課の頭脳担当達が悪乗りしてバージョンアップにバージョンアップを重ねられた、ジャベリンのAI。その詳細はフィーネ/了子もよく知っている。

 彼女もその開発に携わった一人だからだ。

 ジャベリンのAIは、自己判断で壊れることを許されてはいない。

 バイクが自分の判断で勝手に行動して勝手に壊れ、主の有事に役に立たないなどあってはならないことだからだ。

 

 せいぜい、戦場に自己判断で参戦するくらいが関の山。

 それですら特定状況下でしか許されないという徹底ぶりである。

 だが現に、ジャベリンは自己判断のみでゼファーを庇った。

 自分が壊れることを知りながらもその身を盾にした。

 それは、ただのAIにできることではない。

 

「その身を犠牲にして、主を、守―――バカバカしい。ありえない」

 

 フィーネは一瞬浮かんだ考えを、(かぶり)を振って振り払う。

 

「物が、人と同じになれるものか」

 

 それは人の価値を唯一無二と認め、その価値を他の物に侵害させない彼女の信念だ。

 物は命ではない。物質は人には届かない。

 命とは、唯一絶対の価値である。

 彼女はずっと、ずっとそう信じていて―――一億の人類を未来に残すために、五十億の人類を踏み躙ることを、もう躊躇うことすらできない。

 足を止めるには、引き返すには、彼女はあまりにも多くの命を踏み躙りすぎた。

 

 何千年もの間積み上げてきた、犠牲になった人と犠牲にしてしまった人の姿が心の中にある。

 だからもう止まれない。

 恋した神、愛した弟の姿が心の中にある。

 だからもう止まれない。

 今のゼファーをどんなに好意的に思っていようと、前のゼファーの存在を思うたびに、その好意は憎悪へと転換されてしまう。

 だからもう止まれない。

 

 フィーネ・ルン・ヴァレリアは説得の余地など無い、彼らの前に立ちはだかる敵だった。

 

 

 


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