戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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今回の話の後にでも第二十六話:私の好きだった人の分までをどうぞ


4

 一年ほど前の過去の記憶を、響は思い出す。

 

「ゼっくんてさ、嫌いな人居るの?」

 

「聖人君子じゃあるまいし。普通に居るって」

 

 それは自分? と響は聞こうとして、止めた。

 

 響は『いい子』だ。

 生来、意識せずともそうだった。

 けれど、二年前から彼女は意識してそう在ろうとするようになった。

 彼女は『いい子』だったし、『いい子』であろうとした。

 何が正しいか、何が人の義に即したものなのか。

 それをずっと考え続けることが、あの日死んでいった人達へのせめてもの弔いになる―――あの日生き残った響は、そう考えていた。

 

 物事にぶち当たる度、彼女は一ど止まって『正義』を考え、それを握り締める。

 だから響はいつだって、何が正しいのかを悩みながらも、"自分は正しいことをしている"という盲信に囚われることはない。

 その生き方は、ゼファーのそれと少し似ているかもしれない。

 

「第一、どんな奴だって付き合ってる内に良い所が見えて来るもんだ。

 情が湧いて来て、なんだかんだ見捨てられなくなる時もある。そういうもんだよ」

 

「うーん、分かるような、分からないような……」

 

「……それに、俺も他人の短所や欠点を(あげつら)えるほど立派な人間じゃないしな」

 

 そんな風だから"嫌いな人居るの?"と問われてしまうのだと、彼は分かっているのだろうか。

 彼のその在り方が救えた人も、救えなかった人も居た。

 立花響は救えた。立花洸は救えなかった。

 彼は他人を受け入れながらも、分かり合おうとしながらも、奇しくもその過程に手を繋ぐという選択をほとんど選ばなかった。

 

 響は、そんなゼファーに問いかける。

 

「その先に、いいことはありそう?」

 

 そんな響に、ゼファーは祈るような言葉で応える。

 

「いつか未来に人は繋がれる……そう、信じてる」

 

 二年前、災厄に巻き込まれて罪を犯した者、犯さなかった者。それを責めた者、責める者を煽る者、責めなかった者。無責任に悪意を振り撒いた者。理不尽に甚振られる者。

 その全てを、ゼファーは見てきた。

 その上で、ゼファーは人が繋がれると信じている。

 

「頑張れば頑張った分、未来はいいもんになるだろ。きっとな」

 

 響も、ゼファーも。

 自分と同じものを真っ直ぐに目指してくれる誰かが隣に居てくれる幸福を、持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十一話:立花響のラブコール 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心が痛かった。悲しかった。寂しかった。苦しかった。泣きたかった。

 だからかもしれない。異常気象で訪れたこの寒空の下、彼が無意識の内に、響から貰ったマフラーを首に巻いていたのは。

 彼は一人で戦うことを選びながらも、自分がひとりぼっちになることを、本当は恐れていたからなのかもしれない。

 

 人から離れ、思い出の品に縋り付く彼の姿は、勇姿とは程遠いものであったが。

 

「……アクセス」

 

 流星群を背に、ゼファーは静かに姿を変える。

 

 ディアブロが踏み込むのに合わせ、ナイトブレイザーもまた踏み込んだ。

 

「がっ!?」

 

 しかし、その顔面を蹴り飛ばされてしまう。

 ディアブロの身長はナイトブレイザーよりもかなり高い。

 ナイトブレイザーの腕に必殺のネガティブフレアが纏われていようとも、腕と足の長さの差に身長の差が加わってしまっては、リーチの差が露骨に出てしまう。

 ゼファーは自分の突進力をそのままカウンターの威力に乗せられてしまったようだ。

 

「……っ!」

 

 首が折れそうな衝撃に耐え、ゼファーは拳からネガティブフレアを放出する。

 今のゼファーの精神状態を反映した焔はその威力を引き上げられ、もはや一見して焔ではなく、レーザーのように見える域に達していた。

 だが、ディアブロはそれを容易に回避した。

 今のゼファーの精神状態を反映した荒い技では、ディアブロに焔を当てられるわけがない。

 

 再びディアブロの足が動く。

 顔を狙われている、と直感的に感じた彼は咄嗟に顔面を庇うが、ディアブロは"ゼファーのガードを見てから狙いを変えた"。

 顔に向かっていた蹴りが空中で曲げられ、黒騎士の腹に突き刺さる。

 ゼファーの直感を、ディアブロは技巧で凌駕した。

 

「ぐ……ぼっ……」

 

 体幹の中心に蹴りを叩き込まれた分、衝撃がほとんど逃げずにゼファーの体に浸透し、彼の体は後方へと吹っ飛ばされてしまう。

 ゼファーはビルの壁面に叩きつけられ、めり込んでしまった。

 苦し紛れの反撃として、ゼファーはディアブロを包囲焼殺せんと焔を操作したが、ディアブロはその包囲攻撃をプラズマの弾丸で綻ばせ、悠々と脱出する。

 

(プラズマシューター……この短期間で修理を終わらせたのか!?)

 

 かつてこのプラズマは、ゼファー制御下のネガティブフレアより明確に威力が高かった。

 現在のゼファーの火力はその当時よりはるかに高く、今では両者の攻撃力は拮抗している。

 それゆえに、今のゼファーの技の粗さが目立ってしまう。

 絶望を喰らったネガティブフレアは彼の手に負えないほどに火勢を増し、絶望に喰われている精神はいつもの緻密な技をまるで発揮できていない。

 まるで絶望が、彼を死に引きずり込もうとしているかのようだ。

 

(……だったらッ!)

 

 ゼファーは空中戦、機動力勝負に勝機を見出す。

 跳躍して地面から5mほどの高さを維持し、そこからジグザグの軌道を描くように、空中を跳ね回りながらディアブロへと接近した。

 しかし、ネガティブフレアの火勢が爆発的に上昇してしまったことで、彼の空中跳躍も跳躍距離・跳躍速度が飛躍的に跳ね上がってしまい、反比例して跳躍精度はだだ下がり、肉体に跳ね返ってくる反動は倍増という始末。

 そんな技で、ディアブロを翻弄できるわけがない。

 

 炎を使った空中跳躍の本家本元、ディアブロが跳ぶ。

 今のゼファーがしているような無駄な跳躍は一切無く、真紅の暴風が蹴り込んだのはたったの四度であった。

 地を蹴るのに一回。空を蹴るのに二回。

 ただそれだけでゼファーの背後を取って、その背中を蹴り込んだ。

 足をただ四度動かしただけで、ディアブロは空中戦を挑んだゼファーを圧倒的に上回り、その体を地に叩き付けてみせたのである。

 

「ぎっ……!」

 

 路面に衝突し、コンクリートに全身を打ち付けられるゼファー。

 舗装された道路に、ナイトブレイザーがめり込んだ痕跡が刻まれるも、ゼファーは寝転んだままでいることはなく転がるように炎を回避する。

 情け容赦無く、ディアブロが追撃の炎を撃ってきたのだ。

 ゼファーは転がる勢いを殺さずに、受け身を逆再生したかのような、流麗な動きで立ち上がる。

 そしてそのまま、ディアブロとの距離を一気に詰めた。

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 拳を振るえど届かない。

 脚を振るえど届かない。

 焔を振るえど届かない。

 ゼファーが攻めなければ顔を殴られ、ゼファーが攻めればカウンターで腹に蹴りがめり込んで、隙を突いたと思えばそれは誘いでしかなく、彼の後頭部にディアブロの踵が突き刺さる。

 

 一度殴られ、二度蹴られ、幾度となく叩きのめされる。

 何度も、何度も、何度も、何度も、金属音が鳴り響く。

 頑丈なナイトブレイザーの装甲を破壊するためには、ディアブロは何度も格闘技を当てなければならない。

 幸か不幸か、それはディアブロが数え切れないほどの打撃をナイトブレイザーに叩き込み続けるという、この惨状を作り上げる要因になってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンフォギア装者にとって、ノイズにされたくない戦法とは何か。

 それは間違いなく、ノイズがシンフォギア装者を無視して町に広範囲に広がり、人々を無差別に攻撃し始めることである。

 流星群を背景に現れたノイズは、フィーネの手により"その戦法"を一匹残らず実践していた。

 二課でノイズを倒せる人間は四人だけ。

 10000以上のノイズに散開されてしまえば、数の差という脅威が舞台に上がって来るだろう。

 

 かつてゼファーは数万のノイズを一人で倒しきったが、それも仲間の援護込み、かつノイズが自分の方に向かって来てくれるという前提があった上で、制限時間ギリギリまでもつれ込んでいた。

 だが、フィーネに操られているノイズ群10000の脅威は、その時の比ではない。

 本来ならば、首都でこれだけのノイズが散開してしまえば、大惨事は確定していた。

 首都機能は麻痺し、日本政府も、最悪二課も行動不能に陥っていたはずだった。

 

 されど今、この場には怒りに燃える雪音クリスが立っている。

 

「……てめえらさえ」

 

 一万を超えるノイズを前にして、クリスはその内九千を受け持った。

 普通ならば無謀にも程がある申し出であったが、彼女だけはそれを無謀のままにしない。

 イチイバルと雪音クリスは、その無謀を可能に変えられる。

 ナイトブレイザーを上回る彼女の広域殲滅火力なら、それができた。

 

 砲口が火を吹いて、街のいたる所でノイズが燃え上がり、爆散し、蜂の巣になっていく。

 

 今のクリスは、ノイズを見るだけで思ってしまう。

 "こいつらさえ居なければ、少しはマシになってたんじゃないか"と。

 それは事実であり、そう思ったところで何一つとして現実を変えられない『もしもの話』だ。

 ノイズさえ居なければ、ゼファーとクリスはそもそも別れることすらなかったかもしれない。

 彼女の思考に浮かび上がるその『もしもの話』が、彼女をノイズ殲滅に駆り立てる。

 

「てめえらさえ、居なけりゃ……!」

 

 両肩から大型ミサイル。撃って、再生成して、また撃つ。

 両の手の大型ガトリングから放たれる毎分最低10000発の砲弾が、威力と連射速度を引き上げてノイズに降り注ぐ。

 腰部ミサイルユニットは息をするように小型ミサイルを吐き出し続けた。

 

 街の四方八方に散っていく九千のノイズ達。

 ナイトブレイザーであっても、単独ならば殲滅に一時間以上かかるであろうフィーネのこの一手を、クリスは10分で打ち砕くつもりでいた。

 

「全部! お前らの全部、否定してやるッ!」

 

 ノイズのクソ野郎、一刻も早くゼファーの下に行かなければ、そんな風に熱い気持ちが滾る。

 どうすれば最短で片付けられるか、どうやれば殲滅効率がいいか、冷静な計算が頭を巡る。

 人を守らなければと、平和な世界を壊させてたまるかと、意志が奮い立つ。

 

 迷いながら、惑いながら、後悔しながらも、雪音クリスは力なき人々を守るために銃を執る。

 

 

 

 

 

 迷いながら、惑いながら、後悔しながらも、風鳴翼は人の営みを守るために剣を執る。

 

 敵の大半はクリスが引き受けてくれたために、翼が相対するは全体の1/10でしかない。

 それでも千。途方も無い数だ。

 だが、この千までもをクリスに押し付けてしまえば、フィーネの操作を受けたノイズがクリスの処理限界を超え、街に犠牲が出てしまう可能性がある。

 

 クリスが九千。翼が千。

 それぞれがそれぞれのノルマを果たし、人々を守らなければ、未来には地獄絵図が待っている。

 翼もまたクリスと同じで、ゼファーの下に駆けつけたくて仕方がなかった。

 だが今は、四方八方に散っていくノイズを追って、その全てを切り捨てるのみ。

 

「悪いが、今日は貴様らを敵として扱ってやる時間さえ惜しい」

 

 それが防人としての役目であり、風鳴翼が成すべきことだと、彼女は自分に言い聞かせていた。

 焦りはある。

 されど今は、戦えない全ての人を守るために、外道に哀の一閃を。

 

飛沫(しぶき)と果てよ」

 

 翼は風より疾く駆けノイズの間をすり抜ける。

 ノイズの集団の中を翼が駆け抜けると同時に、全てのノイズの上半身と下半身は生き別れになっていた。

 追撃とばかりに、空より千ノ落涙が降る。

 翼の両手の小太刀二刀が50のノイズを屠ると同時に、刃の雨が50のノイズを貫いていく。

 

 風のように駆け回る蒼色の百裂斬。

 災厄殺しの天羽々斬が、流星の流れる夜空に煌めいていた。

 

 

 

 

 

 ディアブロのAIは、現状をどう判断するかを少々決めかねていた。

 優秀なそのAIは、いくつかの人間思考パターンを登録・学習している。

 だが真紅のカメラアイに映るゼファーの姿は、微妙にそのどれにも当てはまらなかった。

 

 一見やけっぱちになった人間の、死にたがりの戦い方にも見える。

 事実、今のゼファーは"どうなったっていい"という感情に呑まれかけていた。

 ……だが、何かが違う。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 ディアブロの炎が街に流れ弾として飛んで行きそうになるたび、焔がそれを焼いて止める。

 周囲の人間を巻き込まないよう黒騎士がビルを駆け上がり、ビルの上を戦場に選ぶ。

 ノイズに襲われそうな人を見つけるたび、そこに焔を飛ばして助ける。

 何度も、ナイトブレイザーはそんなことをしていた。

 何度も、そうして隙を見せるたび、ディアブロからいい一撃を貰ってしまっていた。

 

 今もまた、地上の人々を庇い、頭を掴まれ背中からビルの屋上に投げ付けられていた。

 

「げほっ、げほっ!」

 

 ディアブロに心があったなら、絶対にこう思っていただろう。

 

 何も考えたくないと言ったくせに、何も背負いたくないと言ったくせに、燃え尽きたいとまで言っていたくせに。

 

 何故この男は、いまだに人を守ろうとしているのか。

 

「……っ、う……がッ!?」

 

 ディアブロは、つま先でナイトブレイザーの喉元を蹴り上げながら思う。

 この敵の行動原理は、ちぐはぐだと。

 ならば変に型にはめた予測はせず、さっさと決めてしまおうと。

 球状に収束したプラズマを、ディアブロは頭上に掲げる。

 それは極小規模の太陽でも言うべきものであり、格闘戦で傷めつけられ、弱らされた今のナイトブレイザーには耐えられない、一億℃超の輝ける火球であった。

 

(……死にたくない……生きていたい……

 だけど、俺は……俺は……"ゼファーじゃない"んだ……だから、ここで、ここで――)

 

 生きることを諦めない。

 でも、生きている資格が見当たらない。

 今のゼファーは、まるで泣きながら燃え尽きていく殉教者のようだった。

 

 だが。

 

 彼のそんな死を、許すものかと叫ぶ者が居る。

 彼を絶望のままに死なせてたまるかと、奮起した者が居る。

 彼が涙を流すのならば、それを拭いたいと願った者が居る。

 

 その者はディアブロのプラズマをかき消して、ディアブロの足元のナイトブレイザーを颯爽と拾い、脚部パワージャッキで跳ねて距離を取る。

 

「迎えに来たよ」

 

 笑顔で笑う、彼女は太陽。

 

 陽だまりを照らす彼女の名は、立花響。

 

「ゼっくん」

 

 二課に所属する人間の中で、ただ一人、彼女だけの想いを持つ者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は長い髪を風になびかせ、流星のように現れた。

 プラズマを消した腕部武装ユニットは、排熱のためか蒸気を吐いている。

 ディアブロからナイトブレイザーを庇い守る位置を選んで、彼女は立っていた。

 

「ヒビ、キ……?」

 

「未来が待ってるよ。一緒に流れ星見るって約束したでしょー?」

 

 響はほにゃっと笑って、日常の中でいつもそうしているような笑みをゼファーに見せる。

 戦いの場で響が見せる本来の笑みは、日常の笑顔とは少し違う、キリッとした笑みだ。

 何かが違う。

 "響は、わざとこの笑顔と喋り方を作っている"。

 日常を意識させる笑顔と話し方は、戦場の中でゼファーから何を引き出そうとしているのか。

 

「未来は待ってる。

 私は迎えに来た。

 それだけだよ。流れ星を一緒に見るんだって、約束を守らせに来ただけ」

 

「……俺は」

 

 真っ直ぐに自分を見てくる響の目を見て、すぐにゼファーは目を逸らした。

 

 響、未来、翼、クリス、弓美達三人娘。

 そこにゼファーも加え、他にもリディアン生徒を中心とした同年代の友人達を誘って、皆で一緒に流れ星を見に行こうという約束があった。

 それは誓いと言うほどのものでもなく、電話一本で断れるようなもの。

 約束を重んじるゼファーらしくもなく、彼はその約束を守ろうともしていなかった。

 

 一緒に見ようと約束した流星群の下で、自分を見失ったまま、燃え尽きようとしていた。

 

「……」

 

 今のゼファーには、何が何でも生きようとする意志がない。

 それにつられて、何が何でも生かそうという意志さえ薄弱になっていた。

 自分を見失っているゼファーを見て、響は日常の笑顔を戦場の笑顔に戻し、前を向く。

 

「了子さんが壊した物も、無くなったわけじゃないって、信じてる」

 

「……え?」

 

「私は知ってる。やり直せばいい……壊れたって、また、ここから!」

 

 そして卓越した歩法で音もなく近寄って来ていたディアブロと、拳を合わせた。

 

《《         》》

《  Rainbow Flower  》

《《         》》

 

 心が変わり、歌が変わる。彼女が彼に捧げる歌へと変化する。

 

 響のナックルガードとディアブロの拳が衝突し、大気が弾けた。

 

「見てて! "一人じゃない"って、ゼっくんに伝えてみせるから!」

 

「やめ……やめろ!」

 

 しかし明確なパワー差のせいで、響は一方的に打ち負けてしまう。

 倒れて転がりそうになる響だが、体勢を崩されて右手を地に付けたその瞬間、右手のハンマーパーツがピストンのように稼働する。

 するとその反動で、響の体そのものが軽く跳ねる。

 転がされるはずだった響の体は、側方片手ハンドスプリングとでも言うべき技により、一瞬で正常な構えを取る状態にまで立て直されたのである。

 

「はあッ!」

 

 響は腕のハンマーパーツを、今度は手動で動かし力をチャージする。

 一瞬で十分な力を溜め込み、拳打に乗せる響だが、ディアブロはその巨体に似合わない掌による繊細な柔の防御で、その一撃を綺麗に受け流した。

 それがあまりにも技として優れていたがために、響は逆に姿勢を崩されてしまう。

 腹に飛んで来た反撃の膝蹴りを響が左腕でガードできたのは、ただ単に運がよかったから。

 

「っ」

 

 腕部武装ユニットにヒビが入っているのを見て、響は驚愕の表情を浮かべる。

 たった一撃でこの始末。もうこの左腕で、大技は打てない。

 それどころかもう一撃受け止めてしまえば、左腕が装甲ごと粉砕されかねない。

 恐るべき身体能力と格闘技能だ。

 

 響はここで腕ではなく、足で攻める。

 ディアブロにはまるで隙がなかったが、腕でガードされるであろうハイキックでもない、足でガードされるであろうローキックでもない、ミドルキックならばねじ込める隙間を見つけたのだ。

 当然ただのミドルキックならば防がれる。

 しかし響は、脚部のジャッキを稼働させて"途中で加速する蹴り"を打ち放った。

 通常の格闘技ではありえない、回避困難な絶技と言えよう。

 

(!?)

 

 しかし、ディアブロはそれをいとも容易く回避した。

 格闘技の一部にある、『見せかけの重心』と『本来の重心』、『上半身の可動域』を錯覚させる回避技を使ったのだ。

 例えば足を前後に開く形で立つのと、足を左右に開く形で立つのでは、上半身を前後に振る・上半身を左右に振るそれぞれの速度と安定感がまるで違う。

 膝の曲げ具合、つまり重心の位置でもそれは天地ほどの差を生むものだ。

 響は"当たる"と思って蹴ったのだが、ディアブロは上述の技術を巧みに使い、上半身を移動させるだけで響の蹴りを紙一重で回避していた。

 

 そして、カウンターの掌底が響の胸に突き刺さる。

 

「あうっ!?」

 

 格闘技の秘奥、心臓打ち。

 ディアブロの掌底打ちは、バリアフィールドを"徹し"て響の心臓を一撃で停止させていた。

 だが、そこは融合症例であり、ゼファーの血による加護を受けている響の肉体だ。

 止まった心臓は通常の人間ではありえない速度で復活し、再度脈動する。

 ほんの一瞬だが止まった心臓に響は肝を冷やすが、それでも戦意は途切れない。

 

 まだ負けてはいないが、勝機は極めて薄いだろう。

 彼女は技量という点で、完全に上を行かれている。

 

「ヒビキ、やめ、逃げろ、俺はともかく、お前は……お前はいなくなっちゃいけないんだ……!」

 

 ゼファーは、この戦いが続けば響が負けるということを確信していた。

 響がまだ殺されていないのは、単純にディアブロが様子見の段階を終えていないから。

 ディアブロが彼女の武術を完全に把握していないというだけのこと。

 あと少し時間が経てば、立花響の命は呆気無く奪われてしまうだろう。

 止めたくても止められない。

 両腕の関節も両足の関節もディアブロの関節技と打撃で傷めつけられてしまったせいで、今のゼファーは立ち上がることすら困難なのだ。

 だからやめろと、逃げろと、ゼファーは叫ぶ。

 

 しかし、響はどこ吹く風だ。

 ゼファーの悲痛な叫びが聞こえていないかのように、ディアブロと格闘を繰り返している。

 だが、また一度も攻撃を当てられないまま、いいのを一発貰ってしまったようだ。

 響はゴロゴロと転がり、ゼファーの近くで停止する。

 そして融合症例のタフさを活かし、立ち上がり、ゼファーに声をかけながら構えを取り直す。

 

「ねえ、ゼっくん……

 ちょっとだけさ、今日まで来た道を、振り返ってみたらどうかな」

 

「ヒビキ、何を……?」

 

「人は誰だって輝いてるって、ゼっくんは言ってた。

 ならきっと、今のゼっくんにも輝くものはあるよ。

 積み上げてきた物語に、今日までの日々に……

 皆を守ってきたことに、命を救ってきたことに、嘘は何もないんだからッ!」

 

 響は、ディアブロを倒すためにここに居るのではない。

 彼女がここに居るのは、ゼファーを守るため。

 ゼファーに約束を守らせるため、彼を皆が待つ場所に連れて行くため。

 そして、彼に自分の気持ちを伝えるために、ここに居る。

 

 響は不器用だ。

 迷った時は、いつだって全力でがむしゃらに突っ込んで行く。

 そんな彼女の精神性に呼応したかのように、脚部パワージャッキと、腰部小型バーニアがフル稼働し、拳を振るう響をディアブロに向けて撃ち出した。

 

「響けッ!」

 

 気持ちを伝える、調が歌われる。

 手動で動かされた腕部ハンマーパーツが力を溜めて、響の想いを拳に込めた。

 全身のギアギミック全てで、力とスピードの全てを引き上げた拳の一撃。

 それはディアブロの正拳突きと衝突し、なんと今度は完全に互角の威力であることを証明し、互いの拳が等しく弾かれるという結果を叩き出していた。

 

(やった!)

 

 しかし、この両者の間にある最大の違いは、技量の差である。

 拳が弾かれた度合いが同等でも、そこからの立て直しは段違いだった。

 "やった"と思い僅かに残心を疎かにした響はまさしく新兵のそれで、拳を弾かれた勢いを殺さずに回し蹴りをぶちかましたディアブロは、まさしく熟練の戦士のそれであった。

 

「くうっ……!」

 

 ガードは間に合ったがその威力に吹っ飛ばされ、ビル屋上の給水タンクに叩き付けられる響。

 貯められていた水が吹き出し、給水タンクにめり込んだ状態から脱出した響の体が、吹き出した水で濡れていく。

 水を吸って重くなり、肌に張り付いた長い髪をかき上げて、響は深呼吸。

 そして、叫ぶ。

 

「いつか未来に人は繋がれるって、ゼっくんが、そう言ったから!」

 

 ゼファーに突き付けられた絶望を知り、どうしようもないと言う者も居るかもしれない。

 どんな言葉をかければいいのか分からない、そんな者も居るかもしれない。

 かける言葉がないと、諦める者も居るかもしれない。

 それでも、立花響は諦めない。

 

「私もそれを信じてる!

 皆を拒絶してる今のゼっくんとだって、繋がれるって!

 この気持ちを、胸の歌を、胸の想いを、伝えられるって、信じてるッ!」

 

「……ヒビキ……」

 

 響は給水タンクの上に跳び、そこから斜め下に飛び降りるように跳躍。

 ビル屋上に佇むディアブロに、重力を味方に付けた一撃を叩き込もうとした。

 だが、通じない。

 響は時間をかけすぎた。

 完全に見切られた動きは、ディアブロにとってはカモ以外の何でもなく、反撃のダブルスレッジハンマーで響は殴り飛ばされてしまう。

 

「ッ……!」

 

 ダメージも甚大であったが、それ以上に殴り飛ばされたことが致命的だった。

 ゼファーとディアブロが居たビルの屋上から、響は弾き出されてしまったのである。

 ディアブロは響という邪魔者が消えた後、悠々と動けなくなったナイトブレイザーの頭を左手で掴み、持ち上げ、右の拳でその体を幾度となく殴り続ける。

 プラズマを出しても響に消されるのであれば、殴り殺せばいいと判断したのだ。

 

「がッ、あッ、あぐッ、ぎッ、いッ……!」

 

「ゼっくんッ!」

 

 響は一刻も早く戻らなければと、ゼファー達の居るビルAから離れたビルBの屋上に着地しようとする。だがそこで、ゼファーから教わった"戦い方"を思い出した。

 『シンフォギアは人間の戦い方をするものではない』と、彼は言った。

 それを思い出した響は、腰部バーニアを吹かして軌道を僅かに下方向に修正する。

 結果、響の体はビルの屋上に着地する軌道ではなく、屋上の金属製の手すりにぶつかる軌道に乗った。

 

 そして、響は柔らかく金属製の手すりに着地し、豪快にそこから跳躍する。

 まるで壁にスーパーボールを投げつけた時のように、響は手すりを足場にして"跳ね返る"。

 屋上に着地し、勢いを殺し、助走をつけて跳躍するというプロセスを省略し、ほんの数秒だが響は時間を短縮してみせる。

 そして空中跳躍(インパクトハイク)にて、ゼファーを殴るディアブロにまで一気に接近してみせた。

 響の目的は敵の打倒ではなく、友の救出。

 で、あるからして、当然ゼファーをディアブロの手からひったくり、更なるインパクトハイクでこの場からの離脱を試みた。

 

「ぐっ!?」

「っ!」

 

 だが、ディアブロが一筋縄で行く敵であるはずがない。

 体に拳がめり込んだ痛みを、ゼファーと響は同時に感じた。

 空手の"山突き"に似た、いくつかの格闘技で実戦的な技とされてる『両の拳を同時に叩き込む』系統の技。それを、ディアブロが放ったのだ。

 ゼファーと響は同時にダメージを受けつつ、ふっ飛ばされる。

 

 そして、響の目の前でゼファーが屋上から落ちていく。

 今の弱り切った状態でビルから落ちた衝撃を受けてしまえば、即死もありえる。

 そう考えた響は、ナイトブレイザーの手を掴んで、屋上の(ふち)で踏ん張った。

 

 そこに響の想定外があったとすれば、ゼファーのネガティブフレアが彼の絶望に呼応して、シンフォギアのバリアフィールドを凌駕するほどの熱量を得ていたということか。

 

「ぐっ……!」

 

「……! 離せ、離してくれ、ヒビキ!」

 

「嫌だ! 離さない! ぜっっったいに、絶対! 離さない!」

 

 ゼファーが負の感情に呑まれるたび、ネガティブフレアは火勢を増していく。

 言い方を変えれば、"ロードブレイザーの焔"に近付いていく。

 そして一定のラインを超えれば、いかなネガティブフレアに耐性を持つシンフォギアのバリアフィールドといえど、防ぎきることはできなくなってしまうだろう。

 今のゼファーの焔は、そのラインをほんの少しだけ超えていた。

 肌を焼く熱が音楽のバリアを越えて来る。

 

 響の腕に走る激痛は、ガスコンロの火に手をかざした時の痛みをはるかに超えているだろう。

 

 それでも、彼女はゼファーの手を離さない。繋いだ手は離さない。

 

「やめてくれ……! 俺に、俺に、そんな価値……」

 

 ゼファーの脳裏に、今日まで響と過ごした日々の光景が蘇る。

 一つ想い出が蘇るたびに、響を死なせてはならないという想いは強くなっていく。

 死なせてたまるかと、自分を見失い腐っていた彼の心に僅かながらも熱が戻って来た。

 何故ならば、響に関する記憶を思い出す過程で、ゼファーの脳裏に必ず浮かぶ、一人の男の末路があるからだ。

 

―――どうか、(あのこ)の傍に居てやって欲しい

 

 立花洸の最期の言葉を、父が最期に娘の幸せを願った愛を、ゼファーは忘れない。

 響の友として"死なせたくない"と彼は思っているし、洸に託された男として"死なせてはならない"とも思っている。

 真実は胸に秘めてもう誰にも明かさず、響を洸の代わりに守っていかなければならない。

 だからだ。

 だからゼファーは自分を見失いながらも、響を失うということにこんなにも激情を見せている。

 

「俺のせいでヒビキがやられるだなんて、あっちゃならないんだッ!」

 

 けれど。

 ゼファーのそんな想いは、この瞬間、全ての前提をひっくり返される。

 

 

 

 

 

「それは、お父さんが、私のことをゼっくんに任せていったから?」

 

「―――え?」

 

 

 

 

 

 心臓が止まるような衝撃だった。

 ゼファーは、鈍感な響になら、全てを隠せていると思っていたから。

 

「知ってたよ。お父さんの最後も、ゼっくんがそこに居たことも……二人の最後の話も、全部」

 

 手を離せばゼファーがビルから落ちてしまう。

 だからこの手は離さない。

 手を離せばゼファーがここから堕ちてしまう。

 だからこの手は離さない。

 たとえ、ゼファーの手が燃えていて、その手を握っている限り、煉獄の痛みがその手に走ろうとも、繋いだ手は離さない。

 

「なん、で」

 

「了子さんが、言ってたじゃん。

 ゼっくんは私の力を安定させてくれる。

 私はゼっくんから溢れた感情を吸い上げて、その心を安定させてるって」

 

「……あ」

 

「全部知ってるわけじゃない。

 何でも知ってるってわけじゃない。

 だけどゼっくんがとても嬉しいって思った時、とても幸せだって思った時。

 ……もう嫌だって思った時、悲しくて泣きそうな時、苦しくて辛かった時」

 

 力と心。

 融合症例一号の心を、融合症例二号の力を、二人は互いに安定させている。

 立花響は、ゼファーの感情の圧力が限界を超えて暴走してしまわないよう働く、一種の安全弁。

 

「私は、ゼっくんの想いを、受け取ってたんだ。

 ……黙ってて、本当にごめん。

 でも、話したら、何かが終わってしまそうな気がして……」

 

 仮面の下のゼファーの顔は、おそらく蒼白になっているだろう。

 これで平静で居られるわけがない。

 ゼファーは洸の死の責任が自分にあると、今でも思っているのだから。

 

「じゃあ、ずっと、響は父親を死なせた俺のことを嫌───」

 

「そんなわけない! どうしてわっかんないの!?」

 

 ゼファーのネガティブフレアに自分の手が焼かれる音を聞きながら、響は吠える。

 

「知っていても、それでも、嫌いになんてなるわけないッ!」

 

 彼の燃える手を握る力は痛みで弱まるどころか、むしろ強くなっていた。

 繋いだ手から、焔より熱い想いが伝わっていく。

 

「ゼっくんが強い感情に振り回されてた時……全部、見えてた!

 最初は夢か妄想だと思ってた。

 そうあって欲しいって、私が望んでる夢を見てるだけだって。

 そう思うくらい、私に都合のいい話だったから。……でも、違った!」

 

 響の変わらぬ友情の理由の一つが、そこにある。

 

「あの事件の後、だんだん私の周りが変わっていった理由が、分かったから!」

 

 ゼファーが大切に想われていた理由の一つが、そこにある。

 

「ゼっくんは何も言ってくれなかったけど、私は、知ってた」

 

「……はは、全部、知ってたのか。

 それで隠そうとしてた俺は、まるでピエロだな……」

 

「私を笑顔にしてくれた、最高のピエロだよ。

 隠してた理由もちゃんと分かってる。だから恥じることなんて、何もない」

 

 二年ほど前、響に知られないように、響のために戦っていたゼファー。

 褒められるためにやったわけでも、報われるためにやったわけでもない。

 だからか、響にその奮闘を認められた今―――彼の胸中に浮かぶのは、戸惑いが1/3、嬉しさが1/3、後悔が1/3。そんな感情だろうか。

 

「……知ってた?

 お母さんもお婆ちゃんも、口にはしないけど……

 お父さんともう一度会えるなんて、思ってないんだってこと」

 

「……え?」

 

「家族だから、なんとなく分かることってあるんだよ。……それに、もう二年だし」

 

 二年という月日は長い。

 どんなに嫌なことがあったとしても、その記憶を思い出す機会さえなければ、その想い出を過去に出来るだけの長い時間だ。

 忘れることはできなくても、過去には出来る。

 立花家から立花洸の姿が消えてから、二年が過ぎた。

 

 ゼファーはどこまで行っても立花家の人間ではなかったから、二年の間に立花家に起こった変化を、響が乗り越えたものを、何も知ってはいなかったのだ。

 

「なんで、そんな風に……」

 

「……二年前の事件。

 死んだかどうかも分からないまま、『行方不明』のままの人がたくさんいたよね」

 

 立花響は、静かに語る。

 

「私だけじゃないと思うんだ。

 大切な人を失ってしまった人。

 大切な人にサヨナラを言えなかった人。

 心の中だけでお別れを言って、泣いて、それで"終わらせた"人は……たくさんいたと思う」

 

 響が語る言葉は、ゼファーが今日まで頑張ってきた日々を、それで救われた響の想いを、彼の心の内に投影していく。

 

「私は、一人だけ特別に不幸な人間じゃない。

 それどころか、友達に恵まれてる人間だった。

 そう思って、ちょっとづつ、割り切っていったんだ」

 

 響の言葉に、ゼファーが思い違いをすることもあるが――

 

「響が特別不幸だったから助けたんじゃない!

 どんなに苦しくても助けたかったのは、響が俺にとって特別な人だったから、だから……!」

 

「うん、分かってる。

 私もゼっくんの力が特別不幸だからじゃない。

 私にとってあなたが特別だから、助けたいんだ」

 

 ――響はその思い違いを正しながら、自分の想いを正しく伝える言葉を選ぶ。

 

「俺は、響にずっと嘘をつき続けてたような奴で……」

 

「友達なんだから、嘘の一回や二回、どんと来いだよ!」

 

 ゼファーは響の心を守ろうと、響の父のことを隠すため、かつて本気の嘘をついた。

 だが、嘘は嘘だ。

 つけば苦しい。後ろめたい。いい子に嘘をついてしまえば、罪悪感を抱かずにはいられない。

 そんなゼファーの心境を、"繋がっている"響はよく分かっていて、彼女らしい答えで応える。

 

「俺はゼファー・ウィンチェスターの偽物だ、模造品だ、コピーなんだ」

 

「でも、私が知ってるゼっくんは君だよ?

 偽物でも、模造品でも、コピーでもいいじゃない!

 私はそんなゼっくんに助けられた一人だから、今のゼっくんを否定なんかさせたくない!」

 

「―――っ」

 

「奇跡が一生懸命の報酬なら!

 ゼっくんが起こしてきた奇跡に、嘘はない!

 だって、ずっとずっと、ゼっくんは人を助けるために一生懸命だったんだから!」

 

 立花響は、代表だ。

 『今のゼファーに助けられた人間』の代表として、今のゼファーを肯定する。

 彼は人を救ってきたことに、その想いに嘘はないと、肯定する。

 

「私が言いたい。だから、言うよ?

 『ありがとう』、ゼっくん。

 ゼっくんがしてくれたことのおかげで、私は今日も幸せで、笑えてる」

 

「ッ……!」

 

 信頼の先に愛がある。

 家族への想いの先に愛がある。

 執着の先に愛がある。

 慈しみの先に愛がある。

 尊敬の先に愛がある。

 恋の先に愛がある。

 

 それらと同じように、友情の先にも愛はある。

 

 立花響がぶつけるそれは、愛に至った友情だった。

 

 ゼファー・ウィンチェスターにぶつけられた、胸を焦がすほどのラブコールだった。

 

「ずっと、心が痛い」

 

「知ってる」

 

「自分が嫌いなんだ」

 

「知ってる」

 

「自分がずっと、許せないんだ」

 

「知ってる」

 

「了子さんを思うと……裏切られるのが怖い、信じるのが怖い、手を繋ぐのが怖い」

 

「知ってる」

 

「生きていていいのか、分からないんだ」

 

「知ってる」

 

 ゼファーも響も、そんな『当たり前』を口にしていく。

 

「ゼっくんが私に千回嘘ついても、二千回信じる!

 ゼっくんが私を一万回裏切っても、二万回手を繋ぐ!

 ゼっくんが一億回自分を嫌いって言うなら、二億回大好きって言う!

 どんな時でも友達として傍に居て、ゼっくんを一人にしないって、そう誓ったんだ!」

 

 二年前、信じていた周囲に蹴落とされ、人の闇を見て、徹底的に打ちのめされた響。

 そんな彼女だからこそ、その言葉には重みがある。

 笑顔で胸の誓いを口にする響は、人として、これ以上なく輝いていた。

 

「だから―――」

 

 生きていいのか分からないと言うゼファーに、響はたった一言。

 "生きていていいんだ"という肯定を含む、その言葉を告げる。

 

「―――生きることを、諦めないで」

 

 言葉が染みて、想いが届いて、心が繋がる。

 

 立花響の胸の想いが、ゼファー・ウィンチェスターの心を救う。

 

 仮面の下に、涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビリー・エヴァンスが残した言葉は、事あるごとにゼファーの脳裏に蘇る。

 

――――

 

「誰かを大切に想う君は、どこかで誰かに大切に思われてる君なんだ」

 

「誰かに大切に思われる君は、きっとどんな時でも一人じゃない」

 

「想うこと、想われること。その想いは死しても別たれはしない」

 

――――

 

 ゼファーは色んな想いを飲み込んで、響を想う。

 

 響は自分が信じても相手から裏切ってくる事があることを知っている。

 大好きな人達がある日突然自分に悪意を向けてくる事を知っている。

 自分が何も悪いことをしてなくても嫌われることを知っている。

 信じて、裏切られる痛みを知っている。

 その上で他人を心から信じられる彼女の姿の、なんと尊いことか。

 それは自分よりも強く、尊く、輝かしい『信じる気持ち』なのだと、彼は思う。

 

 しかしゼファーが響に問えば、こんな答えが返ってくるだろう。

 

 誰も信じられなくなった、その時に。

 誰かを信じる勇気をくれた。貴方がその一人目なんだ、と。

 

 響を想うゼファーは、響に想われている。

 ゼファーを想う響は、ゼファーに想われている。

 二人の友情には、確かな愛と尊敬があった。

 

 

 

 

 

 ゼファーと響が語り合う中、ディアブロも遊んでいたわけではない。

 プラズマシューターを起動し、真紅の暴風はとてつもないエネルギーをチャージしていた。

 かつてナイトブレイザーの焔の壁を貫きかけた一撃の、強化版。プラズマビームだ。

 

 響の処理限界を超えるだけのエネルギー量と照射時間を実現するため、ディアブロは十分な時間をチャージに費やし、今チャージを終えた。

 その時間、響とゼファーはただ言葉と想いを交わしていただけ。

 リアリストを気取る人間ならば、時間の無駄遣いとそれを罵るだろう。

 現にディアブロは、攻撃の準備を終えてしまったのだから。

 

 ディアブロが、プラズマビームを解き放つ。

 ビルから落ちかけているゼファー、それを引き上げようとしてる響、共に満身創痍でかわす余裕などありはしない。防ぐなどもっての外だ。

 太さ5m以上のプラズマビームが、二人を飲み込んで、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時ゼファーは、またしても自分の精神世界の奥へと潜っていた。

 時間の流れない精神の世界。

 ゼファーしか居ないはずのその場所に、ゼファーに向き合うように、一人の人間が居た。

 

「君は何をしたい? ゼファー・ウィンチェスター」

 

「悲しみを終わらせたい。

 魔神に始まる悲劇は、この時代で最後にしよう」

 

 彼の名はロディ・ラグナイト。

 かつての英雄は今、己が役目に殉じている。

 今の彼がすべきことは、ゼファーと語り、ゼファーに問い、彼の意志を確かめること。

 

「姉さんはさ、必死な人だけど、絶対に間違わない人ってわけじゃないんだ」

 

 ロディは頬を掻き、懐かしそうに、恥ずかしそうに、申し訳無さそうに、姉を語る。

 そして、希望を語った。

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴは希望を残した。

 いや、正確には違うか。希望を残したのはあの日頑張った皆だろうね。

 君の魂はほぼ全て、焼き尽くされてしまったけれど……

 でも、一欠片は残ったんだ。それは聖剣の魂の中に溶け、今もなおここにある」

 

 体も、心も、魂も、ロードブレイザーは残す気など無かったのだろう。

 だがあの日、F.I.S.の皆が頑張り、セレナに少しの余裕を生んだ。

 セレナに生まれた少しの余裕が、最後にゼファーの魂を守るための小細工を可能とさせた。

 残ったのは一欠片の魂、アガートラームが模倣した肉体、コピーした精神。

 

 コピーした精神は本物なのか。

 魂の一欠片が聖剣の魂に溶け、薄められ、それでも本物と言えるのか。

 肉体が聖遺物の模造品でしか無いのに、本物と言っていいのだろうか。

 この疑問にどんな答えを出すのが正解かなど定かではないが、"最初のゼファー"と言うべき存在を構築していたもののほとんどは燃え尽きてしまっていて、その一部がアガートラームの中に残るのみであるという事実だけは、確かなことだ。

 

「それを自己の連続性の保証とするかどうかは、君次第だけど」

 

 ロディはそれがゼファーの救いになればと、口にした……のだが、予想以上に反応が薄い。

 自分は偽物ではないと、そう証明できるかもしれないものであるというのに、ゼファーはもうそこにはこだわっていないようにさえ見えた。

 

「悪い、ロディさん。

 それはきっとクリスあたりの救いにはなるけど、今の俺にはどうでもいいことなんだ」

 

「……そうか。君は自分が自分でなくとも、立つ理由を見つけたのか」

 

 ロディの言葉は、ゼファーの救いになる言葉だった。

 ……だが、少しだけ遅かったらしい。

 ゼファーは既に救われていて、既に立ち上がっていた。

 "自分は偽物だ"という認識を持ったままに、覚悟一つで立ち上がれていたようだ。

 

「俺が生きてていい理屈なんて見つからない。

 ……だけど、立ち上がる理由は見つかった。

 こんなにも想われてる俺は、きっと幸せな奴で―――ここで立ち上がらなきゃ、ダメだろ」

 

 だってそうだろう。

 女の子にああまで言わせて、立ち上がれないのなら、きっとそいつは男じゃない。

 

「立ち上がる理由。それは、義務かな?」

 

「違う。友情だ」

 

 断言するゼファーに、ロディが微笑む。

 

「次、倒れた時はどうなるか分からない。

 だけど今、俺が立ち上がる理由はヒビキだけでいい」

 

 ロディはゼファーが抱えた問題を解決する情報を持って来てくれた。

 だが、ゼファーはその情報を手にする前に立ち上がっていた。

 『問題が何も解決していなくても』、立ち上がれていた。

 心折れるような苦悩があっても、その苦悩を解決しないまま、笑って立ち上がれる強さ。

 

 "苦悩を解決しなければ立ち上がれない"などという弱さを、乗り越えた証明がそこにある。

 

「いい答えだ。……少し、安心したよ」

 

 もはや『何をしようが解決できない絶望』ですら、ゼファーの膝を折ることはできなくなっていた。

 

「ならば君のその覚悟は、形になるはずだ」

 

 精神世界から現実世界へ、ゼファーの意識が浮上する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアブロは、何が起こったのかまるで理解できていなかった。

 確かに命中したプラズマビームが、何かに受け止められていたからだ。

 それどころか、放たれた極太のビームを真二つに両断しつつ、ゼファー達が居た辺りから『何か』が飛んで来る。ディアブロがそれを跳躍で回避すると、その『何か』は地に突き刺さった。

 カメラアイが、ビームを防いでいたのは超高密度の焔の壁であると視認する。

 センサーの目が、『何か』は回転する剣であったと確認した。

 その剣が騎士の細剣(ナイトフェンサー)であるとディアブロが認識した瞬間、ゼファー達が居た辺りを包み隠していたプラズマが、一気に吹き散らされる。

 

 そこには、響をお姫様のように抱きかかえる、ナイトブレイザーの姿があった。

 

「ほら、繋がれた」

 

 微笑む響の思いに応えるべく、苦笑するゼファーは変身した後のその体で、"二度目の変身"を開始する。

 

「……ヒビキには、敵わないな」

 

 響を抱きかかえたまま、ナイトブレイザーの姿は急激な変化を始めた。

 

 悪役のような装甲のトゲは消え、スマートな騎士鎧としての姿が洗練されていく。

 黒一色の装甲に、赤熱化で真っ赤なラインが引かれていく。

 漆黒に赤のラインが浮かぶ姿は、まさしくダークヒーローといった出で立ちだ。

 

 腕のヒビ割れは、最初から無かったかのように消えている。

 副次的に、腕のヒビ割れから漏れていた焔も漏れなくなっているようだ。

 ゼファーの腕が、燃えていない。

 

 それは欠けていたアガートラームの欠損が何かで埋められ、真の意味で完全聖遺物に至った証。

 それはゼファーがかつて口にした、『誰の手を取る資格もない』『誰を抱きしめる資格もない』という自虐への否定。

 それは彼が抱きしめる資格を、手を繋ぐ資格を取り戻した証明だった。

 彼は響を絵物語のお姫様のように抱えながらも、片方の手で響の手をぎゅっと握っている。

 

 そして、最後の変化が訪れた。

 

 ナイトブレイザーの首元から淡い光の粒子が吹き上がり、収束し、物質化(マテリアライズ)し、騎士の首元に巻かれた『真っ赤なマフラー』へと姿を変えたのだ。

 

 それは、父の最期を知った響が、ゼファーに感謝の気持ちとして贈ったマフラーだった。

 

 響がくれた勇気(マフラー)は、いかな奇跡か、彼と一つになってくれていた。

 

「俺が何であってもいい。

 俺は俺で、ヒビキはヒビキだ。

 この子のためなら、俺は星の数ほどの奇跡だって起こしてみせる」

 

 『俺は俺だ』などという言葉は、使い古されているにもほどがある。

 古今東西どこでもよく聞く、陳腐なフレーズだ。

 だが、その言葉に乗る重みは―――おそらくは、命の重みにすら匹敵するものだった。

 

「ヒビキは俺が守る。絶対に、絶対にだ」

 

 魂の覚醒が、聖遺物の力を新しいステージに連れて行く。

 

「ナイトブレイザー ――」

 

 焔の黒騎士は、今、真の姿に至る。

 

「――第二形態(セカンド・イグニッション)

 

 其は心の火。絶望を焼く炎。闇夜を照らす灯。

 俯く人を照らし出し、暗く淀んだ顔を明るく変える光の焔。

 その心の熱を、人は『希望』と呼ぶ。

 決して希望を捨てることなく、それを他者に分け与える者を、人は『英雄』と呼ぶ。

 

 希望は、燃え上がるような意志の熱と共にある。

 

 流星群を背にして立つ黒騎士の英雄に、もはや揺らぎはない。

 

 希望の再点火(セカンド・イグニッション)が今、世界を震わせた。

 

 

 






原作ナイトブレイザーッ!
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