戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

148 / 188
本来ならここから三十二話を始める予定だったんですけど、なんとなく区切りが悪い気がしたので三十一話に含めちゃうことにします


6

 フィーネは大昔、自分が見届けた一つの戦いを思い出す。

 まだガングニールとアガートラームが完全聖遺物だった頃、ネフィリムが人の愚かさをきっかけとして暴走を始めた頃、一つの戦いがあった。

 アガートラームに選ばれた男と、ガングニールに選ばれた女。

 二人は力を合わせてネフィリムを打倒し、基底状態にまで戻してみせた。

 その後、互いに刃を交えたのだ。

 

 男は言った。俺が勝ったら嫁に来いと。

 女は言った。私が勝ったら婿にしてやると。

 男のファミリーネームはカデンツァヴナ、女のファミリーネームはイヴといった。

 戦いは、男の勝利に終わったが……ガングニールは真二つに折れて、アガートラームも刃の中程の部分が欠けた。

 気が遠くなるほど昔の話。アガートラームの欠片が生まれた時の話。

 

 どうにも、アガートラームとガングニールには縁があるらしい。

 

 これも因果かと、フィーネは思う。

 

 かつて天羽々斬の使い手・スサノオのゴーレムだったベリアルは、天羽々斬の戦友となったゼファーのバニシングバスターで粉砕された。

 かつてイチイバルの使い手・ウルのゴーレムだったディアブロも、イチイバルの戦友となったゼファー達のグングニルエフェクトで粉砕された。

 そして今、フィーネの手に残っているゴーレムは、神獣鏡の使い手でありロディと恋仲であったセシリアのゴーレム、アースガルズのみ。

 

 それでも戦力は圧倒的であったが、彼女が抱える問題は戦力的な点よりもむしろ、精神的な部分にあった。

 眉間を揉んで、フィーネは何もない壁をじっと見つめる。

 猫が何もないはずの場所をじっと見つめるように。

 そこに何かを見出そうとしているかのように。

 何一つとして感情が読み取れない顔で。

 

 そこに何も無いことは、彼女にだって分かっているだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十一話:立花響のラブコール 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆で流星を見た夜に、ゼファーは夢を見た。

 別れを告げられる夢だ。

 

「少し、無茶が過ぎたみたいだ」

 

「……ロディさん、あなたは……

 俺の、アガートラームの欠損を埋めるために……」

 

「いや、欠損を埋めたのは君の覚悟だ。

 これはただ、亡霊が当然の帰結として消えていく、それだけの話だよ」

 

 別れを告げるロディの姿は朧気で、一見弱々しく光る湯気のようにしか見えない。

 ゆらゆらと揺らめく姿は薄れていて、人の形を保つことすらできていなかった。

 存在感すら希薄であり、ハッキリしているのは声だけだ。

 

 ゼファーは彼に助けられたという実感があった。

 ロディがここまで弱々しくなっているのは、間違いなくゼファーに力を貸したからだろう。

 覚悟を形にする誰かが居なければ、聖遺物の欠損は埋まるまい。

 その代価を、ロディは支払っただけのこと。

 

「君にロードブレイザーの脅威を見せた時点で、僕は本来消えても良かったんだ」

 

「え?」

 

「ほら、魔神が封印されていた遺跡。

 君はそこで透明な宝珠に触っただろう?

 そしてロードブレイザーに関する記憶と記録を見たはずだ。

 僕はあの時に君の中に潜り込ませてもらっていたんだよ。

 だから全ての映像を見終わった時、あの透明な宝珠はどこにも無かったはずだ」

 

「えっ」

 

 ジェイナスと潜った、ロードブレイザーが封じられていた遺跡。

 あそこでゼファーが触れて、不思議な光景を見せてきて、起きた時にはどこにもなかった透明な珠。あれの中に居たのだと、ロディは言う。

 確かに、あの珠はどこに行ったのかも分からなかった。

 確かに、魔神の前に『剣の英雄』を置いておくのは間違った選択ではないだろう。

 確かに、それならアガートラームの中に潜り込む機会もあっただろう。

 だが、そういった理屈があるかどうかと、それを推察できるかどうかは話が別で。

 

「あの珠は質量のない情報の塊なんだ。

 だから人の体の中、情報の中にするりと入れる。

 そして記憶、記録をその人間の中に情報として叩き込む。

 作ったのは降魔儀式の開発に携わった二人の科学者。

 その片方、エマ・ヘットフィールド博士と僕は知り合いだった」

 

 つまりあの珠は、純粋な情報となってゼファーの中に溶けているということだ。

 もしもロードブレイザーとの戦いとなり、先史文明期の戦士とロードブレイザーが戦った記録を引き出すことさえできれば、それはゼファーの助けになってくれるかもしれない。

 

「エマ博士は、戦いの前に僕がしていたお願いをちゃんと叶えてくれたらしい。

 でなければ、ロディ・ラグナイトの魂の残り粕がここにあるはずがない。

 人の記憶と記録を凝縮した情報集積体の中に、僕という存在が在り続けられるはずがない」

 

 ロディという魂を、情報を固めた珠の中に押し込んで保存する。

 ゼファーはこういう、"器の中に形のないもの"を入れるシステムに覚えがあった。

 自分があの遺跡の奥底で、その身をもって体験したものだからだ。

 

「降魔儀式……」

 

「そういうこと」

 

 降魔儀式は、魂・概念といった形の無いものを、形あるものに封じるシステム。

 かの遺跡においては、封印が壊れ事象の地平面から魔神が這い出てきた時に備え、魔神を形のある何かに封印しようと用意されていたものだ。

 かつて、このシステムによりゼファーの内にロードブレイザーは封印された。

 

 ふと、ゼファーは思う。

 あの時『このとんでもないシステム』の仕組みを撮影したジェイナスのカメラは、今どこにあるのだろうかと。壊れているのならいい。だが、そうでないのなら……

 

「いつか未来に人は繋がれると信じて、待った甲斐があったよ。

 一万年近く経ってしまったけれど……

 まさかここまで安心して後を任せられるとは、思ってもみなかった」

 

 そんな思考も、ロディの続く会話に棚上げされる。

 こんな未来を、こんな人間を待っていたんだと言いたげに、ロディは微笑んでいる。

 ゼファーを見る彼の表情には、安堵と信頼が浮かんでいた。

 

「でも、ネフィリムの件の後は僕の失態だったかもしれない。すまなかった」

 

「え?」

 

「アガートラームを寝かせて、あの姿を使って姉さんに預けたんだけど……

 やっぱり思い出補正はダメだね。

 一万年弱経ってたのに、昔の姉さんのままだと思っていたから、君にも迷惑をかけてしまった」

 

 ゼファーは知る由もなかったが、櫻井了子が気を失ったゼファーを受け取った時、彼女は銀の騎士を"アガートラーム"ではなく、"ロディ"と呼んだ。

 そこに答えはあったのだろう。

 先史文明期のフィーネしか知らなかったロディからすれば、"姉ならば"とゼファーを預けたというのに、最悪の形に転がってしまったことを後悔しているのだろう。

 ゆえに謝罪。

 運命が何か一つ違う形に噛み合えば、あるいはゼファーとフィーネが争うことはなかったかもしれないが……現実に、この二人は現在対立関係にある。

 

「いえ。俺もまだ、あの人を信じたいと思ってますから」

 

「……そうか」

 

 しかしゼファーは、まだ何もかも諦めていないようだ。

 困難と拒絶を前にしても、力強くかつ柔らかに微笑む姿からは、威圧と似て非なる独特の存在感すら感じ取れてしまうほど。

 和解の道はあるのだろうか。ゼファーにそう問えば、こう答えるだろう。

 無ければ作る、と。

 

 ロディはそんなゼファーを見て、安心した表情で口を開く。

 

「伝言、いいかな」

 

「どうぞ。必ず伝えます」

 

 誰に、とすら聞かないままに、ゼファーは承る。

 

「幸せでした。

 何度生まれ変わっても、貴女の弟に生まれたいと思うくらいに。愛してます、姉さん」

 

 それは……一万に届く数千の歳月の間、告げられることのなかった『別れの言葉』だった。

 

「確かに承りました。必ず伝えます」

 

 大昔、死は姉弟を分かたった。

 しかしゼファーは、魔神と死に引き裂かれた二人を今再び繋ごうとしている。

 出会い頭に伝えてどうなるというものでもないが……今のゼファーならば、言うべきタイミングは間違えないだろう。

 

「君はブレードグレイスを今日まで使わなかったことで、ギリギリ"足りる"かもしれない」

 

「……足りる?」

 

「そもそも"使わない"のが一番なんだけどね」

 

 意味深に何かを言うロディ。

 これがおそらく、彼の最後の忠告だ。

 もうロディがゼファーを助けてくれることはないだろう。

 

「人と、世界と、平和と……姉さんを、頼むよ」

 

 彼はそう言い、最期の言葉を残し。

 

「武運を。ゼファー・ウィンチェスター」

 

 長い長い時間の旅を終え、永遠の眠りについた。

 

 

 

 

 

 朝のいい時間帯に、ゼファーは目を覚ます。

 彼を夢から覚醒させたのは、最近のノイズ&ゴーレムの大暴れで仕事が増えてウハウハ、でも時間が足りなくてブラック勤務時間を導入したと噂の、土木工事の皆様の騒音だ。

 コンクリートをぶっ壊したり、流し込んだり固めたり。

 街を急速に再建させるため、彼らは街に迷惑気味の騒音を振り撒いている。

 その苦情は基本役所に行くのでまあそれはいいだろう。

 

「朝か」

 

 ゼファーは起きて、着替えを始める。

 今日はクリスの仲間入りを祝して、同年代青少年組で歓迎会を開こうとの響の提案で、ゼファー・翼・響・未来・クリスでなんやかんや遊びに行こう、みたいな話になっていたのである。

 夜にはおっさん勢との飲みに誘われ――無論ノンアルコール――ているゼファーであったが、おっさん勢とは違い服装をしっかり見てくる未来などが居るため、服に手が抜けない。

 うっかりするとジャージ族になりかねないゼファーにとって、未来はそういう意味でもストッパーである。

 

 着替えを終えて、ふとゼファーは棚に目をやった。

 棚の上には響・未来・ゼファーで撮った写真が写真立てに入れて飾られているが、彼はそちらには目もくれず、引き出しを開ける。

 そこには布にくるまれた、奏・翼・ゼファーの三人で撮った写真入りの写真立てがあった。

 二年前、奏が死んだ時からずっとしまわれていた写真立て。

 ゼファーはそれを、棚の上に置かれた写真立ての隣に立てる。

 

「行ってきます」

 

 そして、誰の居ないはずの部屋に声をかけてから、部屋を一人出て行った。

 少しだけ、また何かが自分の中で変わったことを、自覚しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また後日の話。

 今の二課ではフィーネは時間を空けずに畳み掛けてくるという予想、そう読む二課の心理を読んで僅かにタイミングをずらして攻めてくるという予想の、真っ二つに分かれていた。

 聖遺物チームがディアブロを打倒してから二日が経っていた。

 ゼファーはセカンド・イグニッションの影響を調べるため、体の各部にコードを繋ぎながら、付き添いの朔也となんでもないような会話を続けていた。

 

「そういえばゼファー君、髪の色変わってたことに周りは何か反応したんじゃないか?」

 

「『髪染めたんですか?』

 『イメチェンですか?』

 『ゼファーさんがグレたー!?』

 とかなんとか色々言われました」

 

「高校デビューで真面目な子が金髪に染めたみたいな反応だ……」

 

 流れ星を一緒に見た時、未来やら弓美やらに色々と追求されたのはここだけの話だ。

 何せ前日まで焼け焦げた炭のような黒一色だった髪が、燃え尽きた灰のような白になっていたのである。

 ゼファーがお洒落で髪の色を変えるような人間でないことは、皆知っていた。

 当然追求。

 必然騒乱。

 誤魔化すのにも一苦労だったらしい。

 

 幸運があったとすれば、ディアブロの戦い、及びその後の流星群観測でリディアンの子らに髪を見られたのが、金曜日だったということか。

 ゼファーがその後、各種報告書を提出してクリス達と映画を見に行き、おっさん勢に「心配したんだぞ」「良かったな」と夜の飲みで言われたのが土曜日。

 そして今日が日曜日。

 ゼファーがリディアンの生徒と顔を合わせればそれこそ大騒ぎになっていただろうが、平日昼というゼファーが学校に顔を出す機会が一度もなかったということが幸いしていた。

 

「で、昨日の映画はどうだった?

 映画館で女子はポップコーンキャラメルしか買わないとかいう噂を聞いたことがあるんだけど」

 

「……え、未来以外全員塩でしたけど……

 映画の方は、エレシウスのあれを見てきました。

 国外で作られて日本に入ってくるような作品は、やっぱりいい作品なんですよね。

 独自要素も多くて、生存者が変わったり、それぞれ別の映画を見ているような気分になります」

 

「君はあの話が本当に好きなんだなあ」

 

「何故か心惹かれるんですよ」

 

 大昔から語り継がれる、英雄のタラスク退治の話。

 主人公が銀の腕の青年、主人公の仲間が銃を持つ赤い王女と剣を持つ青い王女ということで、クリスが興味を持って見に行きたいと言っていたのだ。

 ゼファーもこの物語が好きだったので、特にそれに反対はしなかった。

 映画を見慣れてきた彼も最近は、「宣伝予告もうちょっと減らしてもいいんじゃないか」と思う客の一人になっていた。

 

「ですから、心配ご無用ですよ」

 

「……君は察しがいいよなあ、本当に」

 

「そりゃ気付きますよ。昨日一日、ずっと誰かしらと話してた気がしますし」

 

 少し嬉しそうに苦笑するゼファー。

 二課の誰かと話すたび、事情を知る誰かと出会うたび、ゼファーは『今の自分』がどれほど想われていたのか自覚していった。

 虐待された子供が自分というものを確立できないことがあるように、愛された子供が自分を確立できないということが少ないように、"それ"がゼファーを確立させていた。

 彼は運にはあまり恵まれていないが、周囲には本当に恵まれているようだ。

 

「君の髪のそれが、本物の証明になってくれたとクリスちゃん達も喜んでいたよ」

 

「実際、俺が本物か偽物かは分かってないんですけどね。

 俺を本物と断定するには少し要素が足りなくて、偽物と断定するにも足りない。

 帯に短し襷に長しってところでしょうか?

 クリスの前では絶対に言いませんし、うだうだ悩んでも仕方のないことだってのもありますが」

 

「……それを平然と話す君は、本当にタフになったなあと思うよ」

 

 困難を越えるたび、ゼファーの心は強くなる。

 絶望を越えるたび、ゼファーは折れなくなる。

 一度は『自分が自分である』ということを自分で否定してしまったというのに、今ではそのことを苦笑しながら話せるというのだから、成長の度合いが伺える。

 

「開き直っただけですよ。

 現に、お前は偽物だって言われて、否定できる客観的根拠なんて何も無いんですから」

 

 F.I.S.から、あるいはバーソロミューから『お前はゼファーじゃない』と言われたとしても、今のゼファーは折れはしない。

 心痛めるだろうが、それでもまずは会話を求めるだろう。

 今ここに居る自分を認めてもらうか、自分が本物であると認めてもらうか、その会話の結末は定かではないが。

 

「では、また後で。最後の調査に行ってきます」

 

 ゼファーは計測器がデータを集め終えたのを確認し、自分の体に付けられた端末を片っ端から外していき、服を来て部屋を出て行く。

 平時のデータを集め終えたゼファーは、これから戦闘時のデータも集めなければならないのだ。

 藤尭は忙しそうに総合的分析を始めた医療スタッフを尻目に、何かが起こった時のため、司令部待機に戻るべく歩き始める。

 

「……響ちゃんに改めてお礼言っておかないとなあ」

 

 一人ぼやく彼の気持ちは、結構上向きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒騎士となったゼファー、青の装束を纏った翼が相対する。

 戦闘時のデータを集めるため、ゼファーの相手役として抜擢されたのは現役最強とも言われるシンフォギア装者、風鳴翼であった。

 二人の模擬戦において、ゼファーは一度も勝っていないということになっている。

 そういう意味でも、翼は新生ゼファーの相手に相応しかった。

 

 遠巻きにクリスと響が、見学という形で遠巻きに二人を見守る中、計測は開始される。

 

《《     》》

《  月煌ノ剣  》

《《     》》

 

 翼が歌い始めると、静かに二人は構えて向かい合う。

 開始の合図など必要ない。

 万を超える回数の真剣勝負を越えて来たこの二人に、開始の合図などただの蛇足だ。

 そうして、両者同時に踏み込んだ。

 

 刃鳴り散らす。

 黒色の腕と青の刃が振るわれて、煌めいて、大気を切り裂いていく。

 時間加速を使うゼファー。

 特異な能力ではなく、弛まぬ鍛錬で日に日に速さを増している翼。

 剣撃と拳撃は徐々にその威力と速度を高めていき、やがてその行動の全てにおいて"音速を超える"。

 

 ギィン、という刃のぶつかり合う音ですら遅すぎる。

 一閃、二閃、三閃、四閃。四閃目が終わってようやく、一閃目の音がクリスの耳に届き始める。

 そこからはひたすら格闘と斬撃がぶつかり合う嵐と、周回遅れの音が重なり合うだけの世界。

 十六閃目が放たれた頃に響いた音は十一閃目のそれであったし、三十閃目が放たれた時には二十三閃目の音が耳に届いていた。

 仮面を付けているゼファーの表情こそ分からないが、翼の口元にはうっすらとした笑みが浮かべられている。戦っている二人の心境など、語るべくもない。

 

 今回の一件について『本当に大丈夫なのか』と剣を通して問う翼と、『もう平気だ』と拳を通して返答するゼファー。あんまりにも不器用過ぎる、友と友のコミュニケーション。

 

(うっわぁ……)

 

 この時、クリスは以前自分とゼファーがしていた戦いを思い出し、自分が公衆の面前でやらかしてた事、それが他人の目にどう映っていたのか気付く。

 人生の圧縮。一瞬の引き延ばし。

 一生に匹敵する一瞬を無限に重ねていくこの行程は……まるで逢い引きだ。

 

 クリスは幼少期に見た漫画の展開を、ぼんやりと思い出す。

 好きな女の子よりも、ライバルの男との戦いを優先する男主人公に、子供心に反発心を抱いたことをクリスは今でも覚えている。

 その男主人公の気持ちを、今のクリスはほんのちょっとだけ理解できるようになっていた。

 "まあちょっと分からんでもない"くらいのものであったが。

 

 同時に、幼少期の終わりにゼファーから聞いた、『戦場で結ばれた絆は何よりも強い』という言葉も思い返される。

 戦いに分かり合うための側面があるのではなく、戦いに分かり合うという側面を追加できる人間が居るだけなのかもしれない、と、クリスは横目に響を見ながらそう思った。

 そしてゼファーと翼の両方を応援する響を見て、大きな溜め息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 訓練室の模擬戦をモニターする研究者達の口から、計測結果が次々と口にされていく。

 

「負荷計測の途中経過を報告します。

 彼の腕に集中していた負荷は希薄化し、全身に分散したようです。

 HEXシステムの影響下になくとも、六時間以上の戦闘に耐えられるものと思われます」

 

 形態進化(セカンド・イグニッション)を終えたナイトブレイザーは、今までナイトブレイザーが持たれていた認識の一部をひっくり返していた。

 

「アガートラーム出力、ネガティブフレア出力を大幅に上回っています。

 正の感情、推測内部感情占有比率92%。

 負の感情、推測内部感情占有比率8%。

 ……両聖遺物出力、共に以前とは比べ物にならないゲイン数値を示しています」

 

 弦十郎と緒川が手元の参考資料をめくりながら、研究者達の報告を頭に叩き込んでいく。

 

「今後の予定を確認します。

 バニシングバスターの威力は明日計測予定です。

 東京湾指定地点を封鎖、使用。

 現状の推測ではその威力は以前のそれとは次元違いの威力となると思われます。

 地球外に飛んだ物も含め計測するため、人工衛星による地球外計測も実施します」

 

「予定の認識に齟齬はない。それでいいぞ。計測を続けてくれ」

 

 明日以降の予定に通達ミスがないかどうか確認してくる女性に、弦十郎は頭の中で内容を照合しつつ肯定を返す。

 

「司令、グラムザンバーの推定スペックの試算が来ました。

 射程は最低でも冥王星に届かせることが可能。

 破壊力は最低でも木星を消滅させることが可能。

 ただし、これは先日の戦闘から推定できる範囲での最低想定。

 最大出力ではどうなるか、まだ推定することもできないとのことです」

 

「……アースガルズの最強の盾に、グラムザンバーの最強の矛か。

 最強の盾と矛が了子君の手の中にあり、ぶつかり合わない限り、矛盾にはならんと……」

 

「ですが、あくまで完全対消滅であることに希望があるとのことです。

 消滅でしかないため、エネルギーの余波などは心配しなくてもいいとのこと。

 フィーネに地球を破壊する意志が無い限り、地球が壊れるということもないそうです。

 また、"ネガティブ・レインボウに対する防御手段は存在しない"。

 これを逆に利用すれば、自爆を誘うこともできるかもしれない、とのことです」

 

「そうか。対抗策も見つけてくれた分析班の労をねぎらってやってくれ」

 

 やろうと思えば、野菜を桂剥きにするように、フィーネは全人類ごとこの地球上の大地の全てを抉り取ることすら出来るだろう。

 フィーネの目的は何なのか。

 人類の滅びが目的ならば、今この瞬間に地球が崩壊していてもおかしくはない。

 今も地球が存在しているということは、そうではないはずだ。

 

 なのだが、それは二課が彼女に勝てる要因になってはくれない。

 ……そして最悪、フィーネサイドにはまだ隠し玉がある可能性さえある。

 

 緒川が訓練室の方を見ると、計測のための模擬戦は四人入り乱れての乱戦の形に移行していた。

 響のアガートラームとガングニールが入り混じった白のギアが拳を振るい、黒騎士が迎撃の拳でそれを叩き落とし、天羽々斬の青い刃が二人まとめて切り捨てんと振るわれると、三人を一緒くたに吹き飛ばすべく赤のイチイバルとの火力が解き放たれる。

 

「白、赤、黒、青……

 ヨハネの黙示録に記された終末の四騎士(ナイトクォーターズ)を思い出しますね」

 

 緒川が思い出すのは、ヨハネの黙示録第6章第2節に記された四騎士のことだ。

 白の騎士、赤の騎士、黒の騎士、青の騎士の順番で彼らは現れるという。

 そしてその内の一人は弓を持ち、その内の一人は剣を持ち、残る二人は武器を持たないと言う。

 

「あいつらが終末をもたらすとは思えんがな」

 

「そうですね。強いて言うならば終末の直前に揃う騎士達、といったところでしょうか」

 

 この四人は世界に終末をもたらすどころか、世界の終末を止める側の人間だろう。

 だが、緒川はこの四色の四人が揃ったことに、どこか神話が再現されているかのような、そんな薄気味悪さを感じていた。

 世界の終末を"馬鹿げたこと"と笑うには、今のこの世界には危険なものが多すぎる。

 

「それにだ、世界の終末の象徴といえば赤き竜……ベイバロンの方だろうさ」

 

「四騎士が降り立った後、天使のラッパが吹かれた後に、滅びの聖母がやって来る、ですか」

 

 竜は蛇と同一視される存在である。

 フィーネは神話の中で蛇と語られ、ゼファーに蛇の魔女と名乗った存在だ。

 錬金術の始祖としてウロボロスの概念を残し、今や青銅の蛇(ネフシュタン)と同化した存在でもある。

 それゆえに弦十郎が『竜』に何かを思うのも、ある意味必然だったのかもしれない。

 

 弦十郎と緒川が話しながら、ゼファー達の戦いを見下ろす。

 すると二人の会話が一段落したちょうどそのタイミングで、ゼファーが翼の剣を切り捨てた。

 ゼファーは腕に焔のガングニールを作り、それを圧縮形成した細剣にて、翼の剣を不格好な振り方であったが切り捨てたのだ。

 剣士というには未熟過ぎるが、その切れ味は弦十郎にさえ感嘆の声を漏らさせる。

 

「お、抜いたな。あれが……『ナイトフェンサー』か」

 

 二課も、大人達も、ゼファー達も、座してフィーネの襲撃を待つ気などさらさらないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日曜日が終わり、月曜日がやって来る。

 二課もフィーネもセカンド・イグニッションの分析に二日を要し、それぞれが組み立てていた策を練り直し、そうして戦いは動き出す。

 運命の日がやって来る。

 

 この日上がった日が沈むまでの間に、『英雄』と『英雄の姉』の決着は付くだろう。

 

 終焉を望む者と、終焉に臨む者がぶつかり合う。

 六度目の大舞台のクライマックス、カーテンコールが迫り来る。

 その戦いは、世界の在り方すら変えうる大勝負。

 

 グラムザンバー。

 ネフシュタン。

 アースガルズ。

 ソロモン。

 グラウスヴァイン。

 

 ナイトブレイザー。

 ガングニール。

 天羽々斬。

 イチイバル。

 デュランダル。

 

 数の上では互角だが、数字の上では絶対的な戦力差。

 

 されど彼らに、負ける気などさらさらない。

 

 神がその奇跡に「光あれ」と込めた始まりの曜日に、戦いは始まった。

 

 

 




写真立ての話をしたのは
 第二十四話:たった一つの冴えた贖罪
 第二十六話:私の好きだった人の分まで 2
だったと思います、たぶん

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。