戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

149 / 188
第三十二話:フィーネ・ルン・ヴァレリア

 朝起きてすぐ、ゼファーが「今日は嫌な予感がする」と口にした。

 それだけで二課は警戒レベルを大幅に引き上げた。

 個人の能力や技能を中心に動けるのが、二課という組織の強みの一つである。

 二課はゼファーの直感を理由にノイズ警報を鳴らすことができるし、ゼファーの直感を理由に警戒レベルを引き上げることを躊躇わない。

 お役所仕事の正反対、実を取る組織体系とでも言うべきか。

 それでも政治家の意向などなど無視できないものが多いのが、公的機関の面倒な点だ。

 

(……ここも、特に異常はなし)

 

 ゼファーは早朝、朝のランニングも兼ねて二課本部の近場を走り回っていた。

 彼が毎日鍛錬を欠かさないのはいつものことだが、今日は直感を最大限に鋭敏にして、フィーネの襲撃の予兆を見つけようとする意味合いもあった。

 いまだ何も見つかってはいないが、危機感は高まっている。

 嫌な予感が消えてくれない。

 

 ゼファーが不安を振り払うように足を速めると、見覚えのある背中が目に入って来た。

 

「おはよう、ミク」

 

「あ、おはよ、ゼっくん」

 

 何故か朝の目覚ましより早く起きてしまい、更に目が冴えてしまったせいで、朝の散歩に出ていた未来。彼女もここでゼファーと会うとは思ってもみなかっただろう。

 走り込みのためジャージ以外に何も身に着けていないゼファーとは違い、未来は可愛らしい私服に携帯ミュージックプレイヤー、イヤホンという出で立ちだ。

 今日は平日だ。学校に行くためにすぐに制服に着替えなければならない上、今は見ている人もほとんど居ない早朝。服装に気を使わなくてもいいだろうに。

 それでもきっちり外見を整えてから散歩に出て行くというのだから、未来の女子力の高さが伺える。

 

「散歩か? ああ、そうだ、連絡忘れてた。

 俺は今日学校の方には行かないから、今日何かあって俺探しても居ないからな」

 

「何かあったの?」

 

「何かありそうなんだよ」

 

 未来は何かを察したようで、少し顔がこわばったのが見て取れた。

 

「……私の方も何か気を付けておいた方がいい?」

 

「俺が守るから心配ご無用……って言いたいとこだけどな。

 気を付けておいてくれ。出来る限り、ミク達に何も起こらないように頑張るから」

 

「うん」

 

 ゼファーの視界に、ふと未来が会話のために外し、首にかけたイヤホンが入る。

 

「ところで、何聴いてたんだ?」

 

「聴く?」

 

 未来はゼファーの前に回り込み、自分が付けていたイヤホンをゼファーの耳に差し込む。

 イヤホンから流れていたのは、風鳴翼の歌だった。

 デビュー前から翼のファンだったゼファー、二年前に響をライブに誘うくらいにはファンだった未来、そして翼の歌の熱狂的なファンである響。

 三人が揃って好きな翼の歌に、ゼファーは納得した様子を見せる。

 

 そこで、未来が口を開いて何かを言った。

 ゼファーはイヤホンを付けていたせいで聞き取れない。

 何かを言った後の未来が恥ずかしそうに頬を染め、誤魔化しの微笑みを浮かべたものだから、ゼファーは彼女が何を言ったのか無性に気になってしまう。

 イヤホンを外して、彼は彼女に聞き直した。

 

「今、何を……」

 

「今は色々忙しそうだから、それが一段落した後に、教えてあげる」

 

 けれども未来は、唇に人差し指を当て、彼の疑問に答えず微笑む。

 二度言うのが恥ずかしくなったのか、あるいはイヤホンのせいで聞こえないところまで彼女の計算だったのか、はてさて。

 どちらにせよ、未来が『それ』を"ゼファーが生きて帰ろうとする理由"として、新たに付け加えようとしているのは明白で。

 

「だから、気になるなら……

 無事に帰って来なくちゃいけないってこと。分かる?」

 

「……ああ、分かる」

 

 ゼファーは約束を軽んじない。

 彼を生きて帰らせたいなら、彼に明日を意識させ、約束を守らせるのが一番だ。

 未来はその辺りを、よく分かっている。

 

「約束、覚えてる?」

 

「勿論」

 

――――

 

「全部、終わらせてくるよ」

 

「終わってから考えるさ。戦い続けるか、やめるか。……その時は、相談に乗ってくれ」

 

「戦って、身体が痛いのも苦しいのも嫌だ。だって死にたくないし。

 そこに嘘はない。俺は……俺は、生きたい。何が何でも生きていたい。

 だけど、戦わないことを選んで守れなくて……心が痛く苦しくなるのも嫌だ。

 戦いたくない。だけど戦って守りたい。矛盾してるかもしれないけど、俺はそうしたいんだ」

 

――――

 

 初めてナイトブレイザーに変身した時のことだ。

 ノイズを初めて力でねじ伏せて勝ち取った勝利の後、ゼファーは未来と約束を交わした。

 未来は定期的にその約束を確認し、ゼファーはその約束を事あるごとに思い出し、彼が一線を越えないように心を縛る鎖となっている。

 

――――

 

「ね、ゼっくん、約束して。戦いのない場所に、ここに帰るって。

 どんなに遠くに行っても……必ず生きて、私と響の居る場所に帰って来るって。

 そうしたら、私も約束する。どんな時も、あなたを一人にしないって」

 

――――

 

 この約束が破られる時があれば、それこそ本当にどうしようも無くなった時だけだろう。

 ゼファーが本当の本当に、負けてしまいそうになった時。

 この約束が、あるいは戦いを拮抗させ、あるいは拮抗した戦いを勝利に導いてくれるかもしれない。あくまで可能性の話だが。

 

「俺も、ヒビキも、皆が笑ってる場所に帰りたい思いながら、戦ってるんだ」

 

 そして、ゼファーの生きようとする意志を強めてくれるはずだ。

 これは、可能性の話ではない。

 

「うん、だから……笑顔で待ってる。笑顔で、ちゃんと迎えるから」

 

 小日向未来は、ゼファー・ウィンチェスターにとっても、暖かな陽だまりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十二話:フィーネ・ルン・ヴァレリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課本部に戻ってシャワーを浴び、着替えたゼファーの手を引いて、クリスは自分にあてがわれた部屋へと彼を連れ込んだ。

 

「……悪い、一緒に、これ見てくれ」

 

 なんだなんだと困惑するゼファーを更に困惑させる光景が、そこにはあった。

 床の大部分を埋め尽くす新聞。

 机やベッドの上に山積みにされた紙の資料。

 そして、テレビの右に十枚ほど重ねられたブルーレイディスクのケース。

 クリスは一枚のディスクが入ったクリアケースをゼファーに押し付け、ベッドの上を無造作に片付け始めた。ベッドの奥の方に放り投げるのを片付けと言っていいのなら、の話だが。

 

(シンジさんか、天戸さんか、ゲンさんか、それともそれ以外の誰かか……)

 

 ゼファーはクリスの意を汲んで、彼女に手渡されたブルーレイをプレイヤーに挿入し、テレビとプレイヤーが繋がっていることを確認して電源をつけていく。

 映像が流れ始めたのを確認して彼が振り返ると、彼女はベッドに腰掛けていて、無言で自分の隣を掌でポンポンと叩いていた。

 同じく無言で、ゼファーはクリスの隣に座る。

 

『今日は世界に羽ばたく平和の歌人、雪音夫妻にインタビューを行いたいと思います!』

 

 テレビの中でアナウンサーにマイクを向けられている二人を見て、ゼファーは"クリスに似てる"と、直感的に思った。そしてテロップを見て、その二人とクリスの関係を即座に理解する。

 雪音雅律と、ソネット・M・ユキネ。

 今は亡き、雪音クリスの両親だ。

 ゼファーは少し驚く。幼少期のクリスは、両親に対し拗れに拗れた愛情を抱いていた。

 何がきっかけで両親のことに向き合う気になったのか、ゼファーには分からなかった。

 

 彼は自分が絶望に立ち向かう姿が、周囲にどう見えていたかという自覚を持っていない様子。

 

『私達は思うのです。

 平和の証明とは、その国で多くの人が夢を抱けるということなのだと』

 

 ゼファーはテレビで平和を語る雪音夫妻を見ていたが、突然手に柔らかい感触を感じる。

 だが、友の邪魔になってしまうと分かっていたから、横のクリスに目をやろうとはしなかった。

 

『人は生活が苦しくなると、まずは余裕を捨てます。

 自分を休ませる時間、安らげる時間が無くなります。

 次に夢を捨ててしまいます。

 明日に何をしようか考える余裕すら無くしてしまうのです。

 最後に人の尊厳までもを捨て、人から金・命・幸せを奪おうとしてしまいます。

 それが、"平和でない"ということなのです。それはとても苦しいことなのです』

 

 ゼファーはクリスの親のことを何も知らない。

 だが、クリスの汗ばんだ手から、クリスが手を握ってくる強さから、クリスの気持ちを理解することはできた。

 

『音楽には力があります。

 音楽は人に"自分は人間だ"と再認識させる力があると、私達は思っています。

 何故ならば、音楽を聴くために人生を使おうとする生き物は、人間しか居ないからです』

 

 顔を見ずとも、言葉を聞かずとも、繋いだ手から伝わるものはある。

 片方が先に涅槃に行っていたとしても、伝わるものさえこの世にはあるのだ。

 今、クリスは、両親から何かを受け取ろうとしている。

 

『音楽を聴くということは、自分が人であるということを思い出すということです。

 そして、皆で音楽を聴き感動することができれば皆、気付くはずです。

 自分の隣で同じ音楽を聴き、同じ気持ちになっている、その人は……

 自分と同じ心を持ち、自分と同じ気持ちを抱ける、自分と同じで対等な命であるということに』

 

 クリスは知らなかった。

 あの頃は、幼かったから。

 

『歌は、自分の見方、他人の見方を変えてくれます。

 他人の見方が変われば、他人に優しくなれます。

 自分の見方が変われば、自分の未来のことを考えられるようになります。

 それが夢を抱く、ということなのです。

 他人の幸せを望み、自分の幸せを望めるようになれば、人から奪わずとも人は幸せになれます』

 

 両親がこんな理想を抱いて歌を歌っていたなんて、考えてもいなかった。

 

『それが"平和を掴む"ということであると、私達は信じています』

 

 腹が満たされなければ何もできはしない、ととある正義の味方は言う。

 腹を満たしてやるだけでは、貰うことを覚えるだけでその人間に未来はないと、貧しい国を知る先進国の政治家は言う。

 歌は心を満たし、未来を展望させることができるのだと、画面の向こうの雪音夫妻は言う。

 

 つまりはそれが、『雪音』の平和の掴み方だった。

 

「なんとなく、分かるんだ」

 

 いくつもの映像を見終えた後、ポツリと呟くクリス。

 ゼファーがその声色からクリスの心境を察して、彼女の方へと顔を向ける。

 するとそこには、泣きそうな、けれど弱そうではない、そんな彼女の横顔があった。

 

「昔はさ、なんであたしを危険な所に連れてったんだ、って恨みもした」

 

 あの頃のクリスは幼くて、けれど今のクリスは幼くなくて。

 

「でも、なんていうか、今なら分かる。

 パパとママの夢は、きっとあそこにあったんだ」

 

 両親の想いを理解できるくらいには、成長を終えていた。

 

「二人の『歌で平和を掴む』って夢は、きっと平和な場所には無かったんだな……」

 

 クリスはゼファーに何かを言おうとして、やめて、何かを言おうとして、やめる。

 逡巡が頭を巡り、迷いが心を巡る。

 

「なあ、あたしが……あたしが……いや、やっぱなんでもない」

 

「言ってくれ」

 

「……」

 

「クリス、言うんだ」

 

 そんなクリスの手を引くように、ゼファーが声をかける。

 繋いだ手から勇気が伝わっていく。

 雪音クリスはそうして、『自分』というものを確立させる一つの芯を、"決意を口にする"ことで自分の中に通して行った。

 

「あたしが、パパとママの代わりに歌で平和を掴みたいって言ったら、笑うか……?」

 

 か細い声で告げられた言葉。

 言うなれば、それは……雪音クリスの『夢』だった。

 

「笑わない」

 

 ゼファーはその夢を、笑わなかった。

 クリスはゼファーに背を向けて、自分の顔を誰にも見せないようにして、涙声気味の声で、ゼファーを部屋から追い出しにかかる。

 

「……ちょっと、一人にしてくれ」

 

 ゼファーはクリスの言葉に頷き、彼女の部屋を出て行く。

 今のクリスは、何を思い出し、泣いているのだろうか。

 雪音一家の一人でなかったゼファーには分からない。

 そして彼女の嗚咽を背中で聞きながら、部屋の外に出て扉を閉めると、そこには風鳴弦十郎の姿があった。

 

「やっぱり、この仕込みはあなたの仕業でしたか。ゲンさん」

 

「ああ」

 

 クリスが両親のことを知ろうとしたところで、彼女一人で短期間にあれだけの資料を集めることはできまい。誰かが、クリスの求めに応じて両親の資料を渡したことは目に見えていた。

 部屋の外に弦十郎の気配を感じていたゼファーは、ああそういうことかと納得していた。

 弦十郎は昔、雪音一家を助けろと命じられ、助けられなかった一人。

 当時はさぞや無念だったことだろう。

 それをおくびにも出さず、ゼファー達の前で立派な大人として在り続けてくれたのだ。

 

 そして今もまた、子供達を間違った道に進ませないように、立派な大人になれる道を進ませるために、一肌脱いでくれたのだ。

 

「あいつの両親だって、危険があるってことは分かってただろうさ。

 それでも、どんなに困難だろうと夢は叶うという現実を、娘に見せたかったんだろう」

 

 二人は歩き出す。

 どこか遠い目をしている弦十郎が見ているものは、遠い過去か。

 あるいは天国に居るであろう、自分が助けられなかったクリスの両親か。

 なんにせよ、そこには彼だけが抱く感情がある。

 

 大人の隣を歩くゼファーは、弦十郎の言に少し共感したようだ。

 

「少し、分かります」

 

 ゼファーの頭の中で、クリスが響に、紛争地帯の者達がオーバーナイトブレイザーの一件で争いを始めた者達に置き換えられる。

 ……その上で、分かり合う人々、分かり合う光景、分かり合えた場所を作り出せたなら、もしかしたら僅かな危険をおして『この光景を見せたい』と思ってしまうかもしれない。

 そう、ゼファーは思ったのだ。

 

「クリス、幸せになれるといいですね」

 

「他人事か、ゼファー?」

 

「あいつが幸せになれると確信するまでは、面倒見続けますよ」

 

 そういうことを言ったわけじゃないんだがな、と苦笑する弦十郎。

 だがそこで、ゼファーが天井を見上げる。

 何かが来たことを感じ取った、と言うより、来ることが分かっていたものが来た、とでも表現すべき様子。

 

 ゼファーは一瞬で、クリスの家族代わりの表情から、戦いの表情へと自分を切り替える。

 

「―――始まります」

 

 遠く、遠く離れた場所の空間が、ソロモンの呼びかけに応じて、揺らぐ。

 直感で先読みできない、人の意志によるノイズの召喚が実行される。

 そして二課の全域に、ノイズ出現のアラートが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リディアン高等科の全域に、ノイズ出現の警報が鳴り響く。

 それは出現したノイズがこの学校に来る可能性が、十二分にあるということを示していた。

 慌てる生徒も居たが、"今の日本"で避難が成り立たないほどの混乱が起こることはありえない。

 『英雄』を最大限に利用することを決めた特異災害対策機動部の広報が、ノイズ出現時の二次災害をほぼゼロにすることに成功していたからである。

 

「行ってくる」

 

「待っている」

 

 響はその中で未来にだけ告げて、避難の列から抜けだした。

 彼女らのクラスの担任、林田は二課の人間である。

 当然担任は響が抜けたことにも気付いていたが、彼女は響を咎めるどころか見逃し、クラスの他の人間に響の不在を悟られないよう動き始める。

 こうしたフォローをするために、響のクラス・翼のクラス・クリスの編入予定のクラスには、二課でも有能な人間が割り当てられているのだ。

 

「翼さん!」

 

「行くぞ立花。本部待機中のゼファーと雪音は、既に出撃しているはずだ」

 

 翼と響は合流し、地下の本部へと向かう。

 逃げるため、生きるためにシェルターの方へ行くリディアンの生徒達を尻目に、翼と響は『戦うため』に正反対の方向へと駆けていた。

 

 

 

 

 

 二課本部もまた、めまぐるしく動き始めていた。

 二課の部隊の指揮を補助し、一課部隊と連携を取る。

 現場のカメラから中継されて届いた映像がモニターに流され、クリスを姫のように抱きかかえ時間加速で現場に走って行ったゼファーが映る。

 今の彼に変身の時間制限はない。けれど愛機(ジャベリン)もない。

 ゼファーとクリスが現場に向かうならば、この移動方法は最善と言えよう。

 

 クリスの羞恥心が引き換えとなるが、まあそれは仕方ない。

 

「ゼファー・ウィンチェスターと雪音クリス、現着しました」

 

「風鳴翼、立花響両名、出撃準備完了しました。本部待機に移行します」

 

 二課はこれをフィーネの一手と受け取った。

 ノイズの動きは一糸乱れておらず、軍隊のように統率されている。

 『戦術』で操られるノイズが街を蹂躙する様は、一体一体の脅威が通常のノイズと比較して数倍に跳ね上がっているということを、一課と二課に知らしめる。

 だが、二課が初手に打った手は非常に強烈だった。

 それこそ、このノイズの大規模出現を"序盤の一手"に押し下げてしまうほどに。

 

「翼と響君はこのまま待機させろ。敵の動きに合わせて臨機応変に投入する」

 

「了解。通達します」

 

「二次出現の予兆もありません。

 予定外のアウフヴァッヘンも観測されていません。引き続き、観測を続けます」

 

 この戦いは長くなるかもしれないと、二課の多くの人間が思った。

 

 

 

 

 

 自身の鎧を纏ったゼファーとクリスが、ビルの上に立つ。

 何年も前、歴戦の兵士達を震え上がらせた双載銃騎(クロスファイア)というコンビが居た。

 今この国に、その名を知る者は誰も居まい。

 されどその力は当時の比ではなく、心の強さも当時の比でなく、成長を遂げて此処に在る。

 

 二課が初手として打ったこの二人は、ノイズに対し最上の一手と言っていいものだった。

 

「行けるか、クリス?」

 

「おうとも。あたしの……あたしが見つけたこの夢の、開幕の狼煙にしてやるぜ!」

 

 夢を見つけ、成長を遂げたクリスの心の歌が歌われる。

 

《《           》》

《 繋いだ手だけが紡ぐもの 》

《《           》》

 

 ゼファーとクリスが二人だけで肩を並べて戦った、最後の戦いは七年前。

 長い七年だった。

 辛い七年だった。

 それでも二人は再会し、再びコンビを組んでここに居る。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、イチイバル!」

 

 力を繋げ、重ねて、相乗させるナイトブレイザーとイチイバル。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 巨大ミサイルをクリスが生成した時、二課の多くの人間はそれを発射するものだと思った。

 

「「 ジェノサイドサーカスッ! 」」

 

 だがなんと、クリスが発射したミサイルに、ゼファーが乗ったではないか。

 それどころかミサイル上のゼファーが跳んで来たクリスの手を掴んで引き上げ、二人揃ってミサイルの上に仁王立ちする。

 そしてミサイルの速度で街の上空をかっ飛びながら、全てのノイズに攻撃をし始めた。

 

 その速度はマッハ3以上、時速4000kmをゆうに超える。

 ゼファーがネガティブフレアで周囲の空気を燃焼させているため、空気抵抗もほとんど発生せず地上に衝撃波が行くこともない。

 音すらも置き去りにして、ゼファーとクリスは都内に発生した無限にも思えるノイズを蹴散らして行った。

 

 町の人々が、空の焔に、地上の破壊されていくノイズに、歓声を上げる。

 それはノイズが街を埋め尽くすほどに現れたにもかかわらず、いまだ死人がほんの僅かしか出ていないということを意味していた。

 紅い炎が降る。

 赤の矢が降る。

 超巨大空母型ノイズにミサイルをぶつけ、クリスとゼファーはノイズの密集地に飛び降りる。

 

「行くぞ!」

 

「ああ、原点技と洒落込もうか!」

 

 しかし二人は一瞬たりとも止まらず、その背中をぴったりとくっつけ合って、叫ぶ。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、イチイバル!」

 

 黒騎士の十指に焔の矢、赤い騎士の二丁のクロスボウガンに赤い矢がつがえられ、矢先が二人を囲むノイズの軍隊へと向けられる。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 そして二人の全ての力が、手元へと集まり――

 

「「 トリガーロンドッ! 」」

 

 ――回転する二人の手元から放たれた360°攻撃の嵐が、ノイズを蹂躙せしめた。

 

 一発一発がとてつもない威力。

 それでいて一度に数十発、連射力も次元が違う。

 大型ノイズの眉間に二人の攻撃が交互に当たり貫通するなど、連携もずば抜けている。

 広範囲殲滅攻撃としては、一、二を争うほどに優秀なコンビネーションアーツであった。

 

「クリス!」

 

「遅れんなよッ!」

 

 クリスが再度ミサイルを生成、上空に向かって発射する。

 ゼファーはミサイルが加速し切る前にクリスを抱えてビルの側面を駆け上がり、ミサイルに飛び乗った。再度始まるジェノサイドサーカス。

 ナイトブレイザーの赤色とイチイバルの赤色が並び立ち、空によく映えていた。

 

 

 

 

 

 二課の何人かは、ゼファーとクリスの連携の練度に驚いていた。

 翼と奏の連携が一番だと思っている者、翼とゼファーの連携が一番だと思っている者、ゼファーと響の連携が一番だと思っている者、二課にはそれぞれ一定数居る。

 だがそんな者達がちょっと揺らいでしまうほどに、ゼファーとクリスの連携は凄まじかった。

 速度と耐久力が特に高いナイトブレイザーは、クリスを守る前衛としてはこれ以上ないほどに『ハマる』らしい。

 

「凄い……コンビネーションアーツの訓練なんてしてないのに……

 ぶっつけ本番で成功、それどころかいきなり複数種のコンビネーションアーツ!?」

 

 クリスが来る前は二課随一の広範囲攻撃を持っていたゼファー、そのゼファーをあらゆる面でゆうに超える広範囲攻撃を持つクリス。

 二人がコンビネーションアーツで力を高め合えば、ノイズが何体居ようが人を傷付けることなど叶わない。

 しかし、彼らがいくら無双しようと、今のノイズは無尽蔵だ。

 

「ノイズ、更に出現しました!

 複数地点に反応あり! 二次出現の反応ではありません!

 新規にソロモンの杖に召喚されたものと思われます! ですが、この位置は……」

 

 ゼファーとクリスのカバー範囲を確認した上で、二人が人に被害を出さないよう戦おうとした場合守れる範囲の、"ギリギリ外"を狙って召喚されたかのような位置。

 そんな位置に召喚されたノイズに、弦十郎は目を細める。

 フィーネがノイズで人を殺すつもりなら、とっくに死者が出ているはずだ。

 だがまだ一課二課以外に死人は出ていない。

 それはフィーネが、死者が出るラインをギリギリで見極めているからだ。

 

 今召喚された新手のノイズに、待機している響と翼をぶつければ、ギリギリ間に合わせられる。

 死人は出ないだろう。

 つまり、フィーネはそういう誘いをしているのだ。

 わざと死者を出すか出さないかのラインの上に戦いを置くことで、二課の動きをコントロールして、戦いの流れを完全に掌握しようとしているのだ。

 

 罠と分かっていても、公的機関であり人情家が多い二課は、この誘いを無視できない。

 無視してしまえば、被害はとてつもないものになってしまうだろう。

 ゆえに弦十郎は、苦渋の選択をした。

 

「翼と響君を出撃させろ。明らかに誘いだが、無視はできん」

 

「了解しました」

 

 翼と響をそれぞれ別の場所に向かわせる、二課の作戦発令所。

 フィーネはソロモンの杖を所持しているというその一点だけで、圧倒的優位に立っている。

 ノイズを自在に召喚し操る力。

 それは街と住民を守らなければならない二課にとって、最悪と言っていい。

 

 彼女は言うなれば、戦争ゲームで自分だけ兵士が無限というバグを使っているようなものだ。

 守る方の人数に限りがあるのに、攻めるフィーネの駒の数に限りはない。

 戦力の逐次投入を無限回数繰り返し、無理やり波状攻撃にすることさえ出来る。

 現にフィーネがノイズを何度か召喚したというだけで、二課の聖遺物戦力は全て二課本部から引き剥がされていた。

 

「さて。次は、どう来る……?」

 

 モニターの中で新手のノイズが出現した地点に、翼と響の位置を示す点が近付いて行く。

 

「風鳴翼、現着しました。交戦開始します」

 

「立花響、現着しました。交戦開始します」

 

 そして四人全員がノイズを戦いを始めた、その時。

 

「超高質量エネルギー反応!

 場所は……地上のリディアン高等科の、北北東500m!」

 

「なんだと!?」

 

 驚愕する弦十郎。

 この時彼の脳裏に浮かんだのは、以前ゼファーが"ARMで反応が返って来ない"と言っていた、フィーネの持つ聖遺物反応を隠す技術のことだった。

 おそらくこのタイミングを待ち、伏兵としてずっと潜んでいたのだろう。

 

「波形パターン照合開始……し、司令、これは!」

 

 焦りながら朔也が振り返り、弦十郎に向かって叫ぶ。

 

「こちらの聖遺物持ちを全員本部から引き剥がしてからのゴーレム投入。

 ……奇策は用いず、王道の戦術で攻めに来たか、了子君」

 

 フィーネの王道な攻め方に、思わず弦十郎は歯噛みした。

 

「波形パターン照合完了! アースガルズですッ!」

 

 今からゼファー達を戻しても、彼らをこの襲撃に対応させるのは不可能だ。

 遠すぎる。

 

 フィーネの所在すら分からないままに、二課本部は王手をかけられたに等しい状況にまで追い詰められていた。

 

 

 




【ジェノサイドサーカス】
出展:WA5
組み合わせ:レベッカ&キャロル
特性:高威力物理全体攻撃

【トリガーロンド】
出展:WA5
組み合わせ:ディーン&レベッカ(幼馴染の主人公とヒロイン)
特性:最初の技、良燃費、周囲全体攻撃

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。