戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
弦十郎や二課の頭脳担当達が考えていた通りだ。
フィーネにとって、二課の内部情報を得るということは確実なアドバンテージになる。
彼らが予想を外したのは、フィーネがそれを何が何でも獲得しに来なかったという一点。
ノイズの出現に対し、ゼファーとクリスは走って現場に向かった。
ジェノサイドサーカスも、コンビネーション・アーツの制限時間内でしか使わなかった。
だから、策を仕込んだゼファーと朔也の思惑通り、フィーネは勘違い"させられた"のだ。
コンビネーション・アーツの技を、HEXに頼らないと使えないなんて道理はない。
HEXによる力の増幅を捨てて、技が使えなくなるなんて条理はない。
ジェノサイドサーカスは、コンビネーション・アーツを発動させずとも使うことが出来る。
コンビネーション・アーツの制限時間以上に持続させ、長距離の移動に使うことが出来る。
それが、フィーネの予測の全てを超えた短時間でゼファーとクリスが帰還するという、この現状を招き寄せたのだ。
二課の内部情報を掴んでいればあるいは、その辺りを勘違いすることはなかったかもしれないが……あいにく、フィーネはもはや二課の内部情報を知るすべを持たない。
策士の策謀を崩したければ、『予想外』を盛り込めばいい。
それだけのことだ。
ゼファーとクリスの絆が生む力。それこそが、フィーネの予想を覆したのである。
第三十二話:フィーネ・ルン・ヴァレリア 3
カシュン、と妙に軽い音が響く。
それがグラムザンバーの作動音であるとクリスが認識する数秒前に、ゼファーは既に動き出していた。直感による先読みの回避だ。
フィーネが手にした一振りの槍から、暗色の虹が放たれる。
放たれた虹は一点に収束し、初速で音速を突破し更に加速―――ゼファーはそれを回避しつつ、ナイトフェンサーの刀身をネガティブ・レインボウに叩き付ける。
アースガルズの全力の対消滅バリアでも無ければ、何だって切り裂ける自信が彼にはあった。
だがその予想に反し、ナイトフェンサーの刀身は収束された虹に一瞬で消滅させられてしまう。
「ちっ……!」
ナイトフェンサーは、かつてゼファー達を圧倒したオーバーナイトブレイザーの命にさえ届くであろう、凄まじい武器の一つだ。
だが、それでも、グラムザンバーには届かない。
彼のネガティブフレアでは、彼女のネガティブ・レインボウには及ばない。
攻撃力という一点において、グラムザンバーは最上位を除いた
(アースガルズが動いてたなら、俺とクリスの盾にすることも考えていたが……!
やっぱり駄目だ! この暗色の虹は、対消滅バリアでもおそらくは防げないッ!)
例えば、この宇宙を粉砕するほどの力を手の平サイズに圧縮したとする。
その力と全力のネガティブ・レインボウが衝突したとする。
どちらが勝つか……ゼファーが頭の中で直感に尋ねてみても、その答えは出なかった。
"宇宙を壊すほどの力には流石に勝てない"と、彼の直感は言ってくれなかった。
「しッ!」
暗色の虹が空中でバラけて、21の光のラインへと変わる。
それぞれがフィーネの思考で軌道を制御され、ナイトブレイザーを四方八方から攻め立てる。
速度過剰、威力過剰、精度過剰。
それぞれが人間一人殺すには過剰な数値を指し示す包囲攻撃。
されど、今のゼファーはこれすらかわしきる。
セカンド・イグニッションは彼の全スペックを大きく引き上げ、負荷を大幅に引き下げ、彼の技量を見違えるほどの高みへ誘った。
技量が上がったわけではない。
ただ、"心と体"が以前よりも更に『一致』するようになったのだ。
今の彼が空を駆ける
加え、アガートラームの知識と記憶を徐々に消化しているさなかの彼は、その判断力や分析力も飛躍的に向上していた。
だからこそ、見つけられるものがある。
グラムザンバーの力に、見出されるは突破口。
(だが、撃つことと勝利がイコール、ってわけじゃない。
この武器は『強すぎる』。それが、そっくりそのまま弱点になってるんだ!)
ネガティブ・レインボウは、"地球上では何も考えずに扱えない"のだ。
星の核に当たれば地球が砕ける。
だから迂闊に下向きには撃てないし、フィーネの脳で制御できる速度以上に速くは撃てない。
彼女は根本的に地球の敵でも人類の敵でもないために、この星を気遣いながら戦わざるを得ないのである。
全力で撃つには、上向きに撃つしかない。
しかしゼファーはそれを読み、地を這うようにしか空を跳ねない。
フィーネはさぞやり辛く感じていることだろう。
先史の時代にグラムザンバーを扱っていた者ほどの技量は彼女にはないため、威力も速度も加減して制御力を高めるしかない……のだが。
(……キツい!)
このハンディキャップを背負ったグラムザンバーにさえ、今や『回避』という点でどのシンフォギアよりも優れているゼファーが追い詰められているという事実。
ネガティブ・レインボウと対消滅バリアの最大の違い。
それは、防御にも使える攻撃技と、攻撃にも使える防御技であるということだ。
攻撃に回っている限り、この槍はどれだけの制限を課されようとも、アースガルズを圧倒的に上回る攻勢能力を発揮する。
ゼファーが最初のネガティブ・レインボウを回避してから、余裕をもって回避できていたのが五秒。余裕なくギリギリの回避をしていたのがそこから十秒。
そして当たっていてもおかしくなかったのが、そこからの十秒だ。
あと五秒、あと五秒あれば何があろうとも確実に当てられる、そういう戦いの流れ。
(触れるな、触れるな、速く跳べ、鋭く翔べ、でないと俺はここで死ぬ―――!)
恐るべきことに、グラムザンバーはこれだけの使用制限を加えられてなお、進化を遂げたナイトブレイザーをたったの30秒で殺しかねない強さを見せてきた。
もしも。
「おらぁインターセプトぉッ!」
もしもここで弦十郎を安全な場所に置いてきたクリスが助けに入らなければ、あるいはここで、ゼファーは殺されていたかもしれない。
「ほぅ」
クリスが放ったのは腰部からの小型ミサイル、そして両手の拳銃からの連続射撃だ。
凄まじいのは、彼女が数十の小型ミサイルの軌道を完全に制御し、フィーネを包囲するような軌跡を描かせたこと。
そして"ミサイルに全ての銃弾をぶつけたこと"だ。
無論、ミサイルは全開の速度のままで、一切の減速はなされていない。
そんなミサイルの一つ一つに正確に銃弾を当て、ある銃弾はミサイルの弾頭を叩いて起爆させ、ある銃弾はミサイルの側面で跳弾させ死角からフィーネを襲った。
360°全ての砲口からミサイルが、あるいは空中で爆発したミサイルの爆風が、あるいは跳弾した銃弾が、フィーネを襲う。
銃弾をミサイルの起爆と跳弾の両方に使う魔法のような多角攻撃。
されど、どれ一つとしてフィーネには届きはしなかった。
ネガティブ・レインボウが、全ての攻撃をかき消したのだ。
ミサイルが、銃弾が、"質量というエネルギー"を対消滅させられて消え失せる。
爆風の膨らむ力・孕んだ熱・響く轟音まで消える光景は、まるで怪奇現象だ。
リリティアの力の略奪、アースガルズの質量の消滅、そのどちらと比べても、この暗色の虹は格が違う。
ゼファーとクリスは再度合流し、互いの息遣いが聞こえる至近の距離で肩を並べた。
「ゼファー、やっぱヤベえなあれ」
「ああ。こりゃ大ピンチってやつだ」
その表情に焦りはない。それどころか二人の顔には、うっすらと笑みすら浮かんでいる。
むしろ焦りを見せているのは、フィーネの方だった。
フィーネが振り返り、予定通りならば既に発射されているはずのカ・ディンギルを見上げる。
だが、カ・ディンギルはエネルギーの発射開始どころか、必要なエネルギーのチャージ完了すらできていなかった。
「何故、発射しない?」
一歩踏み出したゼファーが、フィーネの疑問に対する答えを口にする。
「あなたは、手の内を見せすぎた」
「……何?」
「聖遺物のエネルギーを別種のものに転換し、転用する可能性を見せてしまった」
情報は力だ。
以前、朔也がカマをかけるよう頼み、ゼファーがクリスにカマをかけることで、クリスが仲間になるよりずっと早くから、藤尭朔也はその推測を組み立てていた。
それを元に、二課の研究班が思いつき、弦十郎が研究機関と合同で開発させていたものがある。
以前の二課本部襲撃の前に友里あおいが回想していたものが、まさにそれだ。
「あなたが今日まで隠し通せてたなら、俺達は対策なんて取れなかった。
でも、違う。
"この情報"は、デュランダルの輸送中にクリスが襲撃してきた日には、分かってた情報だ」
だから。
「だから、対策が取れた。
シンフォギアから肉体へのフォニックゲイン負荷を軽減する仕組みと同じだ。
あれと同じ方法で……頭のいい人達が作った薬品が、二課内部に今ばら撒かれてる。
聖遺物・非聖遺物間のエネルギーのやりとりをちょっとだけ邪魔する、そういうやつをな」
「なん、だと?」
フィーネが持つ聖遺物技術のほとんどはいまだ余人に解明できるものではない。
だが、エンジンの仕組みを知らなくても、燃料タンクに砂糖をぶち込むことは誰にでもできる。
二課の誰もが、二課本部がフィーネの兵器だなんて想定していなかった。
だが、薬品そのものは二課内部に保管されていたため、緒川がそれを撒く時間はあったのだ。
今や二課の人間は一人残らず本部から叩き出されていた。
だが、それを敗走と思う者は、誰一人として居なかった。
フィーネは自分の後追いしかできない研究者達を
「……だが、所詮時間稼ぎだ。起動そのものを止められたわけでは……!」
「ええ、時間稼ぎですよ」
そして、ゼファーは知っている。
たった数秒の時間稼ぎであったとしても、たった数分の時間稼ぎであったとしても、諦めない限り稼いだ時間は無駄にはならないのだと。
「時間があるということは、希望があるということです」
遠く離れた場所、ゼファーのARMが感知した地点で、翼と響のシルエットが重なる。
フィーネはその存在に気付いてもいない。
本来ならば一瞬で詰めることなどできない距離だ。仕方のないことだろう。
だが、翼と響は常識的な戦法を選びはしなかった。
響が腕のハンマーパーツを手動で動かし、力を溜め、腕を振るう。
翼は軽やかに跳躍し、その拳に足を乗せ、足を踏み出す。
ガングニールの腕力で打ち出され、己が脚力で速度を乗せた天羽々斬。
それはフィーネの知覚範囲の外側から、天羽々斬の攻撃が届く距離にまで、翼の体を文字通りに一瞬で"殴り飛ばした"のである。
「っ!」
ゼファーとクリスに意識を集中していたからか、フィーネは反応が遅れてしまう。
翼が振るった、天羽々斬のスピードとガングニールのパワーが乗った一閃を、フィーネは姿勢すら真っ当に整えられず、遮二無二槍を盾にして受け止めようとする。
普通の槍ならば、槍が切れるか、受け止めたフィーネの腕が折れる、そういう一閃。
だがその一閃を受け止めたのは、他の何でもない、グラムザンバーだ。
「―――!?」
翼は振るった剣をグラムザンバーに当てた瞬間、響に殴り飛ばされた体が急に失速し、止まっていくのを肌で感じていた。
"物理攻撃力が対消滅している"。
"慣性力が対消滅している"。
"剣の質量が対消滅している"。
慌てて剣から手を離す翼だが、その一瞬後に剣がぐずぐずに崩れたのを見て、手を離すのが一瞬遅れていたらどうなっていたかを想像し、ゾッとする。
叩き込んだ物理的エネルギーすらも消されてしまうのならば、答えは一つだ。
この槍は、純粋な物理攻撃では絶対的に破壊は不可能。
「今の奇襲で一撃入れられなかったのは致命的だったな、風鳴翼ッ!」
「く……!」
フィーネがその場で裏拳を振るい、翼は咄嗟に形成した小太刀でそれを受け、今度は本来の意味で殴り飛ばされる。
格上の攻撃を食らいつつも無傷でしのぎ、空中で姿勢を立て直して綺麗に着地したのは見事としか言いようがないが、翼が手にした小太刀のアームドギアには、ヒビが入っていた。
フィーネが叩きつけたのは、融合症例とはいえただの裏拳。
つまり、今の彼女の体は、翼の剣よりも頑丈に出来ているということだ。
グラムザンバーが無かったとしても、その体を傷付けられるかどうかは怪しい。
「この身の硬さが不可解か?
私の体で試す前に、二人分の融合症例のデータがあったのだ。
それに加え数年の研究の時間があれば、この域に届かせることなど容易いことよ」
「力もある、技もある、融合症例三号……なんて厄介な」
力の過剰積載にも程がある。
生命力や耐久力はネフシュタン。
攻撃力や制圧力はグラムザンバー。
そして数の差という点でさえ、ソロモンの杖で補える。
どれか一つだけでも厄介なのに、それが三つだ。
完全聖遺物の三重奏に睨み合いを余儀なくされるゼファー達三人に、少し遅れて響も合流する。
「ごめんゼっくん、遅刻した!」
「いや、遅くない。これだけ早く来てくれて正直助かった」
四人が揃い、フィーネと対峙する。
こうして彼らがフィーネと対峙するのは、あの夜、フィーネがゼファーの真実の全てを明かした時以来のことだ。
フィーネは苛立っているのだろうか。……それとも、暖かな気持ちも感じているのだろうか。
響が、翼が、クリスがゼファーと共に居る。
それが示す事実を知り、フィーネとして、櫻井了子として、彼女が何も思わないわけがない。
「……全てを知り、それでもその男を守ることを選ぶというのなら」
彼女は半ば憎悪をぶつけるように、半ば迷いを振り切るために、槍を掲げる。
「散れッ!」
掲げられた槍が振り下ろされるその前にゼファーが叫び、四人はそれぞれ別方向へと散開する。
「全員仲良く消えるがいい! ネガティブ・レインボウッ!」
その瞬間、振り下ろされた槍から暗色の虹が放たれ、四つに別れた。
四つに別れた虹が向かう先は、四人の聖遺物使い。
まず真っ先に攻撃を向けられたのは、風鳴翼だ。
「くっ……!」
天羽々斬の機動力をもって、翼はなんとか暗色の虹を回避していく。
虹の同時操作のせいでフィーネの操作精度が下がっているのもあるが、この脅威の虹を回避できているのは、純粋に翼の研鑽の賜だ。
何故ならば。
風鳴翼はネガティブ・レインボウの存在を知った日から、フィーネと戦う日のことを想定し、これを回避するための鍛錬を重ねていたからである。
「ほう、よくかわすな」
数日では付け焼き刃にしかならないが、それでも重ねた努力は無駄にはならない。
彼女は四人の中で最も危なげなく、1/4のネガティブ・レインボウを回避していた。
そんな翼とは対照的に、一番危なっかしいのがクリス。
(クソッタレ、イチイバルに速く動けとか無茶言うなっての!)
彼女は最初の回避から既に、運が悪ければ当たっていただろうと思われるほどに、上手く回避できていなかった。
他の三人と比べ、クリスの機動力は格段に低い。
それでも人間とは思えない速さで動けはするのだが、ネガティブ・レインボウを回避するには、何もかもが足りない。
(やべ、当た―――)
二度目の回避が間に合わず、ネガティブ・レインボウが命中するかと思われた、その時。
「クリスちゃん!」
クリスを救ったのは、響だった。
響は空気を蹴って空中ジャンプが出来るほどの瞬発力を活かし、自分に向かって来た虹を回避するだけでなく、そのまま跳躍の軌道上に居たクリスを抱え、クリスの分まで回避。
そのまま再度跳躍し、回避を続けた。
「……わ、わりぃ、助かった」
「わぁ……! クリスちゃんが素直にお礼言ってくれるなんて、明日隕石が降ってくるかも!」
「てめそりゃどういう意味だ!」
翼は単独で危なげなく回避を続け、時折フィーネに剣を投げ圧力をかけている。
響は機動力に不安のあるクリスを抱え、回避に専念。
ならば、ゼファーは?
「ぜぁッ!」
彼は回避でもなく、救助でもなく、攻撃に動いていた。
振るわれたナイトフェンサーが、1/4に分かたれたネガティブ・レインボウを『両断』する。
「なっ―――」
そこで狼狽えもせず、フィーネは一瞬でネフシュタンの鞭を振るい、黒騎士に叩きつけようとする。しかしゼファーは、翼の剣でも切れないであろう宝石の鞭さえも、一瞬で両断。
一気に接近し、フィーネに向かってナイトフェンサーを振り下ろす。
ナイトフェンサーと防御に使われたグラムザンバーが衝突し、グラムザンバーの刀身が僅かにナイトフェンサーに食い込んだところで、拮抗する二つの武器は鍔迫り合いに持ち込まれた。
(……この剣、切れ味が凄まじいが……体力が持って行かれる速度も凄まじい!
長く使うのは無理だ! 使い所を考えないと、消耗だけで自滅しかねない……!)
「ネガティブ・レインボウ」
「!」
そして鍔迫り合いの最中、発射される暗色の虹。
直感で一瞬早く察知したゼファーは細剣を引き、後方に跳ぶ。
今度は1/4が響とクリスに、1/4が翼に、1/2がゼファーに向かって飛んで行く。
一発目の暗色の虹が消えると同時、発射された二発目に戸惑いつつも、装者達はなんとかギリギリで回避。しかしゼファーは、ナイトフェンサーを叩き付けることを選んだ。
「がッ!?」
だが、ネガティブ・レインボウは半分ですら、ナイトフェンサーを消し飛ばす威力を持っていたようだ。ゼファーが覚醒と共に手に入れた至高の剣ですら、触れた瞬間に消滅させられてしまう。
それどころか、僅かに残った爪の先ほどのネガティブ・レインボウの欠片が、ナイトブレイザーの腹に命中してしまった。
何の音も立てず、何の衝撃も産まず、虹の欠片は吸い込まれるように彼の腹に消滅作用を発生させ、彼の腹に小さな穴を空ける。
フィーネは容赦なく、そこで追撃の一撃を放とうとしていた。
「ゼファー!」
クリスが銃を撃ち、フィーネが虹でそれを防ぐ。
追撃は邪魔され、ゼファーは跳んで何とか距離を取る。
グラムザンバーが発揮する攻勢能力は、まさに圧倒的だった。
「諦めろ。抗うも、覆せないのが
「……づぅっ……ぐッ……いや、諦めない。俺達は、諦めない。
運命なんて、いくらでも……何度でも……好き勝手に変えてみせる!」
四人は決して諦めず、フィーネに食らいつき続ける。
触れれば死ぬ攻撃を必死に回避する。
フィーネの攻撃の手を和らげるため、回避しながらも何とか攻める。
攻撃を何十本と分割されればそのまま死にかねないため、細かく分割された時のみ、ナイトフェンサーで一本一本削っていく。
命がけで、彼らは食らいつき続ける。
「俺達は希望を繋ぐ、明日に繋ぐ、未来に繋ぐ!
いつの日か、全ての人が手を繋げる日のためにッ!」
「こんな世界で、犠牲無しにそんなことができるわけがない!」
「それを決めるのは、私達です! 私達と了子さんだって……きっと、分かり合えます!」
「私はフィーネだ! 了子と呼ぶなッ!」
ゼファーが叫んで、フィーネが叫んで、響が叫ぶ。
「ゼファー・ウィンチェスターは、希望の西風と望まれて生まれて来た!
人が未来を望むなら、希望を望むなら、俺は皆と一緒にそれをこの世界に成してみせるッ!」
「望まれたならば成す? はっ、笑わせるな」
クリスの小型ミサイル群、翼の千ノ落涙、ゼファーの炎弾幕が面の攻撃でフィーネに迫る。
しかしネガティブ・レインボウはそれら全てを一瞬で消し飛ばし、翼とクリスのヘッドギアにかすり、何の物理的衝撃も与えずに触れた部分を消滅させる。
「正しい者が勝つ、優しい者が報われる、誠実な者が最後に笑う。
そうであれと誰もが望み、現実はいつとてそうではない。
そんな夢想は物語の中にしかないと、この世の誰もが知っている」
響がクリスをゼファーに投げ渡し、フェイントを使ったジグザグ移動で接近するも、ネフシュタンの鞭で吹っ飛ばされる。
翼、クリス、ゼファーのコンビネーション・アーツが放たれるも、虹の前に消されてしまう。
「貴様は
ネガティブ・レインボウが四人の逃げ道を塞ぐ軌道を描き、逃げ道を失った四人に、ネフシュタンの暗黒光球が発射される。
完全聖遺物の力が、融合症例という規格外で増幅され、直撃。
大爆発が起こり、四人の姿が爆煙により見えなくなった。
「夢物語はそろそろ卒業したらどうだ?」
しかしフィーネは、これで倒せたなどとは思わない。
煙が晴れれば、そこにはガードに回っていた響とゼファー、そして二人に庇われた翼とクリスの姿があった。
だがガードに成功してはいても、四人全員が膝をついて満身創痍。
フィーネが与えたダメージは少なくないように見える。
そんな四人を嗤いながら、永遠の刹那を生きる女は、彼らの心を折らんとする。
「そんなものはこの世にないと!
努力の果ての結果だけが真実だと!
都合のいい奇跡など現実にはないと!
ハッピーエンドなど理想の物語の中にしかないと知る歳だろう!」
嗤うフィーネを前にして、ゼファーは再度剣を抜く。
「俺の友達の一人なら、こう言うだろうさ」
そしてナイトフェンサーの剣先をフィーネに向け、静かに呟いた。
「
「―――」
犠牲の無い勝利を諦めたフィーネに対し、ゼファーは敵対したフィーネと分かり合うことすら、まだ諦めてはいない。
「
敵対した奴と仲直りして、不幸の原因を排除して、皆笑顔でめでたしめでたし……
誰だって、それが一番素敵な結末なんだって、知ってるはずだ!」
ゼファーが綺麗事を一つ叫ぶたび、フィーネの技は一瞬鈍り、立ち上がろうとするシンフォギア装者達の体に力が湧いていく。
「俺はアニメとか見ないが、あの子はあれが本気で好きだった。
相応の理由があるんだよ、きっと、そこには。皆が楽しいと、思うから!
その人達はアニメを見るし、漫画を読むし、素敵な世界を夢見るんだろ!」
ゼファーは誰とでも真剣に向かい合う。
優れた人間、力ある人間とだけでなく、多くの人間と向き合い、彼は『人』を学んできた。
板場弓美のような人間に対してもそうだ。
彼女との繋がりも、彼女がどういう人間か理解しようとした日々も、何一つとして無駄にはならず、彼に『人』というものの理解を深めさせる。
「理想の世界を見て、叶うかも分からない夢を見て、それでも現実を疎かにはしない。
現実って地に足付けて生きながら、それでも空を見上げて夢見ることを辞めやしない!
それは俺の憧れた……夢を見て叶えようとする大人の生き方、そのものなんだ!」
アニメを見ながら、現実をおろそかにはしない。
辛い現実の中、アニメを見て楽しい世界を夢見ながら、歯を食いしばってまた明日から辛い現実を生きていく。
好きなものを見て、好きなものを好きだと胸を張って言う。
現実を見ろと後ろ向きに語るのではなく、アニメだったらと前向きに生きていく。
アニメを好きな少女から学んだそれは、きっと悪いものじゃないと、彼は信じていた。
「理想を語るさ。夢想を語るさ。それが好きだって人を、俺は知ってるんだから」
人は争いをやめられないと、賢者ぶった自称現実主義者は言った。
人の争いを無くすために頑張ると、愚者と呼ばれることを承知で、格好つけた大人が嘯いた。
明日は今日より悪い日になるかもしれないと、リアリストは予測した。
明日は今日より良い日になるぜと、大人は子供に嘘をついた。そしてその嘘を現実にするため歩き出した。
大人であるということは、リアリストであるということではない。
真実だけを口にすることでない。
子供が憧れる背中を見せられる、そんな人間で在ることだ。
子供がなりたいと思える、そんな大人で在ることだ。
"大人になる未来"を子供達が心の底から願えるような、未来を想わせる者で在ることだ。
それが、大人で在るということだ。
フィーネは夢物語と笑った。
ゼファーは夢は形にするべきだと信じていた。
フィーネは道の行き着き先まで行ってしまった。
ゼファーはまだ、大人に成ろうとする道の途中だった。
だから、犠牲を許容するリアリストと、犠牲なく笑顔で終わる結末を夢見る青年は、互いの思想を全力でぶつけ合う。
「ったく、アニメだ何だとか、友達は選べってんだよ……!」
「同感だ。だが、悪い友人ではないとも、思うがな……!」
「そうだ……私達は、皆で戦ってるんだ……皆の未来を、守るんだ!」
そして雪音クリスは、風鳴翼は、立花響は、リアリストよりも馬鹿につく。
何故ならば、彼女らもまた、理想の結末を求める青臭い者達だからだ。
誰も犠牲にしないで掴む未来を夢見る、ドン・キホーテだからだ。
「俺達は!」
「私達は!」
「あたしらは!」
「私達は!」
「「「「 負けないッ!! 」」」」
四者四様の強い目に、フィーネは溜め息を吐く。
その目に、フィーネは見覚えがあった。
何度も見てきた目だった。
ロディが、ロディの仲間が、風鳴弦十郎がしているような、そんな目だった。
グラムザンバーとネフシュタンだけでは詰め切れないかもしれないと、そう想い、フィーネは念には念を入れた一手を打つ。
「ならばもう一つ、完全聖遺物の力を追加してやろう」
右手に握ったグラムザンバーとは逆の手、空いた左手でどこからか取り出したソロモンの杖を掲げて、フィーネはノイズを召喚する。
カ・ディンギルを挟んで彼らが戦っていた地点の丁度反対側に、ノイズの軍勢が出現した。
クリスは"自分が起動させてしまった敵の武器"を見て、悔しそうに歯噛みする。
「あたしが起動させちまった、ソロモンの杖……!」
「さあ、どうする!? ノイズはすぐそこにまで迫っているぞ!」
この場にではなく、少し離れた場所にノイズを召喚するあたりが巧妙だった。
ノイズがシェルターに侵入すれば、どれだけ犠牲者が出るかも分からない。
この戦場になだれ込んで来れば、足を止められネガティブ・レインボウが回避できなくなってしまう。
つまり、ノイズを足止めするため、一人は人を割かなければならないということだ。
フィーネには、この場に直接ノイズを召喚し、ノイズにゼファー達を足止めさせてネガティブ・レインボウで一掃、という選択肢もあった。
だが彼女は、ノイズの自律行動の結果、カ・ディンギルが破壊される可能性を嫌った。
だからあえて、離れた場所に召喚したのだ。
"止めに行かなくていいのか?"と暗にゼファー達に言いながら。
「……ツバサ、行ってくれ」
「だが、ここで私が抜けてしまえば!」
「頼む!」
「―――っ」
翼が抜けて、四人が三人になる。
ゼファーはカ・ディンギルを横目で見て、直感的に"もうマズい"と理解する。
そして、クリスに対しても指示を出した。
「クリス! お前も抜けろ! カ・ディンギルの破壊に回ってくれ!」
「はあ!? バカ言ってんじゃねえよ!
四人がかりでも負けそうだったんだ!
ここで二人も抜けちまったら、お前瞬殺――」
「そのためにノイズの元にお前じゃなくてツバサを行かせたんだ! 行けッ!」
「……考えがあるんだな? 信じるぞ、ゼファーッ!」
そして翼に続き、クリスも離脱する。
ゼファーの直感は極めて正しかった。
フィーネが軽視した研究者達が死ぬ気で作った阻害薬品は、カ・ディンギルのチャージを見事に遅延させていたが、ゼファー達はその時間でフィーネを倒せなかったのだ。
現在、カ・ディンギルのチャージ率は95%を超えている。
これ以上カ・ディンギルを放置してしまっては、本当に月が落とされてしまう。
だが、そうだとしても、この状況で翼とクリスが抜けてしまうのは最悪だった。
後に残されたのは、人間のような聖遺物、ゼファー。
聖遺物のような人間、立花響。
そして人間でも聖遺物でもないものに成ろうとしている、フィーネのみ。
「どうした? 諦めない、負けない、そんな風に叫ばないのか? くくく」
二課の凡人達の努力を、大人達の献身を、装者達の全力を、ゼファーの渾身を、フィーネはたった一人で凌駕する。
ゼファーの人生、何度目かも分からない絶体絶命だ。
「私はどうすればいい? ゼっくん」
だが、響は絶望も諦めもしていないようだ。
ゼファーの言う通りにすればなんとかなるはずだと、彼女は揺らがず信じている。
そんな響の揺らがない強さが、彼女から向けられる信頼が、ゼファーを奮い立たせてくれる。
ゼファーもまた、絶望も諦めもしていない。
「……一つだけ、手がある。ただ、俺の戦闘不能と引き替えだ」
そして響に、自分の戦闘不能と引き換えに打てる策の存在を告げた。
クリスは急いでいた。
今この状況で、一番早く終わる仕事を割り当てられたのが自分であり、一番早く仲間の援軍に駆け付けられるのが自分であると、ちゃんと認識できていたからである。
(どうせネガティブ・レインボウをかわせないあたしはあそこに居ても足引っ張りかねない!
なら速攻で塔を倒して天羽々斬の代わりにノイズ処理に入る!
んでノイズを全滅させてから、超長距離からの狙撃でフィーネを攻めるようシフトする……!)
だが、クリスは失念していた。
フィーネが、自分の悲願を達成するための最重要パーツと言っていいカ・ディンギルを、ノーガードのままで放置するものだろうか?
否。
断じて否だ。
「……あ」
カ・ディンギルを打ち倒そうとしたクリスと、塔の間に立つ大きな姿。
『再起動』は完了した。
最強の盾は、此処に在る。
「……アース、ガルズ……」
カ・ディンギルを破壊しなければ、50億の人間が死んでしまうというのに。
今、唯一カ・ディンギルを破壊できる立ち位置に居るクリスの前には、神々の砦・アースガルズが立ち塞がっていた。
シンフォギア一機では傷一つ付けられないような、最強の盾が悠然と立ちはだかっていた。
『翼獣型』というノイズが居る。
いわゆる大型級のノイズだが、ゼファー以上の空戦機動力、クリスの銃撃や響のパンチでも倒せないほどに硬い甲殻を備えた、ノイズの中でも指折りの強力な個体だ。
このノイズを始めとして、ノイズの一部にはとても強力なタイプが存在する。
シンフォギアはノイズの天敵ではあるが、苦戦しないわけではない。
翼が、その翼獣型に剣をぶつける。
しかし硬い甲殻に叩きつけるように剣をぶつけても刃筋は立たず、翼はその体当たりに跳ね飛ばされ、吹っ飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
翼が向かった先に居たのは、ノイズ6666体。
しかし、ただのノイズであれば翼が苦戦するわけがない。
翼が苦戦しているということは、フィーネがこのノイズ達に小細工をしたということだ。
小細工の元は、ソロモンの杖。
ソロモンの杖は72種類のコマンドを組み合わせることによって、ノイズを複雑かつ精緻にコントロールすることが出来る完全聖遺物だ。
プログラムならば0と1だけで済む。
アルファベットなら26種類だけで済む。
ならば先史文明期のプラットフォームを、72種類のコマンドによって制御するソロモンの杖は、どれだけ精密な指示が出せるのだろうか?
その答えが、ここにある。
フィーネはなんと、『風鳴翼の動きにメタを張った動き』をするように、ノイズの行動ルーチンを一から組み直したのである。
フィーネが自分の正体を明かしてから、勝負を仕掛けるまでの一週間だけでは、翼相手に的を絞ってこの数を作るのが精一杯だった。
だが、効果は
ただのノイズでしかないというのに、フィーネ特製のノイズは翼を追い詰める。
「このノイズ達は……私の動きを完全に見切っている!?」
メインアタッカー、翼獣型666体。
大型ノイズの中でも指折りの火力と耐久力を持つ、要塞型1500体。
響の腕力でも剥がせない粘着液を吐く、捕縛型1500体。
車並みのスピードと八本の棘触手で高い近接戦闘能力を持つ、蛞蝓型1500体。
そして最後に間断なく攻め続ける担当、ドリルに変形し空から降り注ぐ、鳥型1500体。
それら一体一体が、"翼の動きを何年も研究していた者"と同等の脅威であった。
(マズい……早く片付ける、仲間を助けに行く、そう思っていたが……!
それどころではない! このままでは、私が一番最初に、殺される―――!?)
そして、ダメ押しに6667体目のノイズが現れる。
フィーネが最後にコマンドを入力したそのノイズは、翼に向かって爆撃を開始したそのノイズは、ブドウのような姿をしていた。
グラムザンバーが、ナイトブレイザーの腹に深々と突き刺さる。
「か、は、あっ……」
「まるでモズのはやにえだな」
こちらもまた、追い詰められていた。
ゼファーはグラムザンバーで腹を突き刺され、響はネフシュタン本体から分離した宝石の鞭に縛られて地面を転がされている。
槍の表面に発生している完全対消滅作用が、ゼファーの体を内部から消滅させていた。
「……かかっ、たな」
「何?」
「バニシングッ―――」
「!? な―――」
だが、これこそがゼファーが望んだ展開だった。
ゼファーは疑惑を持っていた。あの槍の表面に暗色の虹を展開している時は、飛び道具としての暗色の虹を撃つことはできないのではないのかと。
そして槍の表面に展開している時、ナイトフェンサーと互角であったということは、撃つ時よりも纏わせている時の方が出力は低いのではないのかと。
その推測は正しかった。
グラムザンバーにネガティブ・レインボウを纏わせている時だけは、フィーネは槍そのものを完全対消滅させてしまうことを恐れていたため、出力を低めに設定していたのである。
だからその一瞬、ゼファーはナイトフェンサーを生成し、腹に突き刺さったままのグラムザンバーに突き刺す。
そしてグラムザンバーを守るネガティブ・レインボウをその一点に集中させ、そのままバニシングバスターを撃つという策を選んだのだ。
バニシングバスターは、
つまり、腹に槍が刺さった状態で放とうとすれば……必然的に、腹の部分で暴発する。
その威力は、当て方を考えれば普通に直撃させたそれよりも遥かに高い破壊力を持つ。
だがそれと引き換えに、セカンド・イグニッションで飛躍的に防御力を上げたゼファーですら、腹と背中を繋ぐ大穴を空けることになるのは間違いない。
正気か、とフィーネは目で訴えた。
正気だ、とゼファーは目で返した。
そしてゼファーは、自分の腹を槍で貫かれてから一秒と経たずに、バニシングバスターを発射する。
「―――バスタァーッ!」
文字通りの捨て身の一撃が、グラムザンバーに直撃し、そして……
……ゼファーの牙は、届かなかった。
「それで、『これ』が壊れるとでも思ったのか?」
バニシングバスターは視界を塞ぐほどの閃光、熱量、爆炎、爆煙を生み出したが、それら全てが消え去った後にも、フィーネ・ルン・ヴァレリアは健在だった。
「グラムザンバーは、ネガティブ・レインボウで守らなくとも素で頑丈だ。
お前が撃ったバニシングバスターが直撃しても、傷一つ付かないとは思ってもいなかったがな」
グラムザンバーは無傷。
フィーネの体も、ネフシュタンが守ったようだ。
ゼファーは腹に大穴が空いたまま、変身解除。
息絶える寸前といった顔で、その場に膝をつく。
「……冗談、キツいぜ……」
「ぜっくん!」
倒れるゼファーに、響が駆け寄った。
これでフィーネに立ち向かえる人物は、立花響一人しか残っていない。
「ブレードグレイスを使ってみるか?
まあ、今使えなくしたのだがな。
さて……また叫ぶがいい。諦めないと。何も切り捨てないと。絆で勝つと」
フィーネ・ルン・ヴァレリアは知っている。
想いの強さが、そのまま勝利に繋がるわけがないのだと。
彼女は思うのだ。
想い一つで勝てるのなら、先史の時代のあの人達が、あの子達が、負けるわけがない、と。
魔神にだって勝っていたはずだ、と。
"お前達が想いだけで不可能の勝利を掴めるわけがない"と、彼女は思う。
"でなければ、まるであの時代の戦士達の想いが、お前達の想い以下であるようじゃないか"と。
彼女は思う。
だから想いだけで挑んで来る者達に、フィーネ・ルン・ヴァレリアは負けられない。
「昔、そう叫んで勝てなかった者達のように……無様に散るがいい!」
勝ち筋がまるで見えないほどに、彼女はただひたすら強かった。