戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 カ・ディンギルの浮上は、周辺のシェルターにまで影響を与えていた。

 頑丈なシェルターは潰れこそしなかったが、一部にヒビが入る、一部のドアがひしゃげて壊れるなど、中に避難した人達の危機感を煽るには十分過ぎる被害をもたらしていた。

 

「きゃー!?」

「やばいって! やばい! これやばいって!」

「逃げ……逃げるとこなんてどこにもないよ!?」

 

 まだ怪我人は出ていないが、避難した学校の生徒や町の住民がパニックを起こすのは時間の問題だ。そうなれば、いずれ怪我人が出てしまうことは間違いない。

 

(もう嫌だよ……誰か、誰か……助けてよ……)

 

 弓美もまた、恐怖に身を震わせ、目に涙を浮かべていた。

 

「どうにか、外の様子だけでも見れないものでしょうか」

 

 寺島詩織が、シェルター内部のモニターに電源ボタンがあることに気付き、電源を入れる。

 幸か不幸かこの時、二課から脱出した者達がシェルターの非常用回線、及び非常用電源を中継に使い、戦場の情報を集めていたため、モニターに電源をつけることでその映像を見る事ができた。

 幸か不幸かこの時、詩織の周囲には、彼女の友人を含む避難していた人達が大勢居た。

 それゆえに、詩織が取ったこの行動は、シェルターの内部に決定的な影響を与える。

 

「……ナイトブレイザーだ!」

 

 モニターに映るのは、ナイトブレイザーが戦う光景。

 

「やった! 助かるぞおい!」

 

 人々はそれだけで安心したようだ。

 彼らにとって、ナイトブレイザーは負けても負けても立ち上がり、最後には悪を打倒するヒーローそのものだ。

 その姿を見るだけで、恐慌状態から勝利を確信する者まで居る。

 

 弓美もまた、その一人。

 彼女は涙を拭って立ち上がり、モニターの方に寄って行く。

 だが弓美を始めとして、リディアンの生徒などの中には、ナイトブレイザーと共に戦う少女達の方に目を奪われた者も多かった。

 有名人の翼や、響の姿がそこにあったから。

 

「あれ、響……?」

 

 テレビで見たアーティスト、あるいは尊敬する先輩、あるいはクラスメイト、あるいは親しい友人がナイトブレイザーと共に戦っている光景に、シェルターの人間が抱いた驚愕は如何程か。

 詩織と創世は響の姿を見た途端、心配症な未来の方を見ようとした。

 

「小日向さん、立花さんが……あれ? 小日向さん? どこですか?」

 

「あれ?」

 

 だが、未来の姿はどこにも見当たらない。

 きょろきょろと周囲に目を走らせる二人を置いて、弓美はモニターに近付いて行く。

 

『俺の友達の一人なら、こう言うだろうさ』

 

 かじりつくように、彼女は画面の向こうの黒騎士を見る。

 

理想の世界(アニメ)を真に受けて何が悪い、ってな』

 

「これ、って……」

 

 この後も戦いは続く。

 ナイトブレイザーの仲間達は分断され、ナイトブレイザーは撃破された。

 騎士が倒され、その仮面が砕け、英雄の正体が明かされた時。

 

 弓美はシェルターの人間の壁をかき分けて抜けてから、走り出した。

 

 時刻は夕方、夜が降りて来る一歩手前の時刻の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十二話:フィーネ・ルン・ヴァレリア 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響はゼファーを戦闘に巻き込まないため、フィーネを掴んで全力で、最短で、真っ直ぐに、一直線に跳躍した。

 フィーネは皮肉げに微笑み、わざとその思惑に乗る。

 投げ槍のように、いや、ミサイルのように吹っ飛んで行く二人。

 腹に空いた大穴を、ゼファーは手で塞ぎつつ前傾の姿勢を取る。

 

 でなければ、背中側の穴から内臓がこぼれてしまいそうだったから。

 

「ブレー、ド、グレイスを……」

 

 瞬間回復能力・ブレードグレイスの枷が解除されている実感が、体に湧いて来る。

 ここで使わなければどこで使うのか。

 ゼファーは腹に空いた大穴を塞ぐべく、視界に映る命のゲージ――今見れば、これも実に機械的だ――を消費することを対価に、ブレードグレイスを使用しようとする。

 しかし力が彼の体に満ちる前に、彼の首から、彼の全身に電流が流れた。

 

「が―――!?」

 

 走る激痛に、彼はブレードグレイスは使うことすら出来ない。

 激痛の源である首元に手をやるゼファーの指先に、硬い金属の感触があった。

 

「首輪……!? まさか、あの、バニシングバスターの爆発の中、付けられた、のか……?」

 

「その通りだ」

 

「!」

 

 電流を発する首輪に(おのの)くゼファーは、背後からかけられた声に咄嗟に振り返る。

 そこには、ネフシュタンを纏ったフィーネが居た。

 しかしその手にグラムザンバーやソロモンの杖はなく、少し離れた戦場では響とフィーネが戦う戦闘音らしき音がいまだ耐えず響いている。

 つまり、このフィーネはフィーネであってフィーネでない。

 ネフシュタンの特性により生み出された、フィーネの分体だ。

 

「りょうこ、さ……」

 

「フィーネだ」

 

 ゼファーが自爆式のバニシングバスターを撃った直後、彼の変身はダメージと反動にて解除された。その瞬間、ゼファーにすら気付かせずにフィーネが付けた首輪の機能は、シンプルなもの。

 

「お前のアクセスとブレードグレイスの発動にかかる時間は同一。

 すなわち100万分の1秒(マイクロセカンド)だ。

 その瞬間、お前の集中を途切れさせることができれば、お前は何の異能も使えない」

 

 すなわち、ゼファーの脳波を察知して作動し、内臓バッテリーの中の電気を流す。それだけだ。

 だが、ゼファーの集中をカットするにはこれで十分だろう。

 彼が何度も連続で能力を使おうとし、無謀に挑み続ければ、首を焼き切るくらいの電力はある。

 

「噛み付いてくる狂犬には首輪を付ければいい。そうだろう?」

 

「―――っ!?」

 

 加え、そこでフィーネはゼファーの胸部右下を蹴り込んできた。

 メリッ、と音が鳴り、ゼファー肋骨が何本か折れる。

 ゼファーは歯を食いしばって痛みに耐えるも、彼は無様に地に転がされ、折れたアバラのせいで呼吸するたびに激痛が走る体にされてしまう。

 変に動けば、折れたアバラが内臓を突き刺し、ブレードグレイスを使えないゼファーにはそれが致命傷になりかねない。

 

「その首輪は私以外が外そうとすれば、すぐさま爆発するようにしてある。

 壊そうとしても然りだ。

 私の指示でも電流は流れる仕組みである以上、お前はもうこの戦場で何もできない。……さて」

 

 フィーネはゼファーを完全に無力化し、彼に背を向けて歩き出す。

 ゼファーは目を見開き、状況が"最悪"から"終わり"になりかねない未来を直感的に察知した。

 今、このフィーネの分体の存在は誰も認識していない。

 ならばこの分体は、好きなタイミングで装者達の背中を刺せるのだ。

 

 風鳴弦十郎に対し、そうしたように。

 

 そうなれば、響達はピンチどころの話ではない。

 待っているのはピンチからのジリ貧ではなく、確実な死だ。

 直感的に危機を理解したゼファーは、普通の人間であれば致命傷であるはずの傷に耐え、這いずるような姿勢でフィーネの足に喰らい付く。

 ……いや、縋り付くと言った方が正しいのかもしれない。

 そのくらいには、彼は弱り切っていた。

 

「行か、せない……!」

 

「何も出来ない身で、何故そこまで喰らい付く?」

 

「言ったはずだ……俺は、あなた、を、止めに来たと……」

 

 フィーネはつまらなそうに、縋り付いてきたゼファーを蹴り飛ばす。

 左上腕に当たったその蹴りは、ゼファーの左腕をいとも容易く脱臼させた。

 

「ふん」

 

「がっ……!」

 

 肉の中で骨が引っこ抜けた痛みに耐えるゼファー。

 されど、彼も伊達に修羅場を何度もくぐり抜けてきたわけではない。

 彼は恐るべきことに、フィーネに二回蹴り飛ばされたことで、そのダメージと威力の度合いをその身で確かめ、"彼女が何分の一の分体か"を推測していたのだ。

 

(おそらく、1/1000か……1/500……)

 

 ネフシュタンの分体は、体を分割すればするほど分割した一体ごとの性能が下がるかも、という朔也の推測――分析からの推理――を、ゼファーはこの状況下で確かめる。

 そしてフィーネに蹴られてもなお自分が生きている理由に納得した。

 今ここに居るフィーネは、本体よりもずっと弱い。

 

 だが、ゼファーよりはずっと強い。

 

「まあいい。一人づつ片付けていってやろう」

 

 ゼファーは再生能力のおかげで腹と背にうっすらと膜が出来、激しい運動をしなければ内臓がギリギリこぼれなさそうなくらいには回復していたが……すぐに立てるほどではない。

 立つこともできない。

 仲間のために喰らいついたゼファーは、宝石の鞭を振り上げるフィーネに対し、何も抵抗するすべを持たなかった。

 

「……何?」

 

「!? なっ、なんで……!?」

 

 だから、その時。

 一番驚いたのは、攻撃される前に助けられた、ゼファー自身だったのだろう。

 何せその人物は、フィーネとゼファーの間に割って入るやいなや、ゼファーに肩を貸し、ゆっくりと――それでも彼女の全力で――彼を連れて歩き出したのだから。

 

「ミク!? お前、なんでここに……!?」

 

「助けに」

 

「助けにって、お前……!」

 

「お腹に穴が空いてて、歩くこともできない人よりは役に立つんじゃないかな?」

 

 現れたのは、小日向未来。

 彼女はシェルターから飛び出して、力無き身で彼を助けにやって来たのだ。

 だが、ゼファーは筋肉質な180cm超えの男で、未来は細身で150cm半ばの少女だ。身長差と体格差のせいで、彼女は必死にゼファーを運んでいるのに、ゆっくりとしか移動できていない。

 そして当然、フィーネが彼女を見逃す理由はない。

 

「はっ」

 

 フィーネが軽く鞭を振るうだけで、未来が歩いていた地面が爆裂する。

 

「きゃっ!?」

 

 未来はゼファーを手放しそうになるが、なんとか抱きしめるように庇って転がる。

 衝撃で地を転がされた未来の肌がすりむけ、フィーネが倒れた二人に歩み寄って来た。

 

「その男を置いていけ。そうすれば、この場は見逃してやろう」

 

「嫌」

 

「即答か。この状況が理解できていないのか?」

 

 未来は立ち上がり、両手を広げてフィーネの前に立ちはだかる。

 フィーネは宝石の鞭を直線状に固定して剣のようにして、それを未来の首に突き付けた。

 鋭すぎる切れ味が、先端を未来の首に触れさせただけで、押し込むまでもなく少女の首に傷を付け、血を一筋流させる。

 

「死が怖くないのか?」

 

「怖くないわけ、ないじゃない」

 

 未来の足は僅かに震え、しかしてその目は微塵も揺らがず、フィーネの目を真っ直ぐに見る。

 少女の脳裏に思い返されるのは、二つの記憶だ。

 初めてゼファーと会った時の、川で溺れかけながらも響を助ける彼の姿。

 ゼファーが初めてナイトブレイザーになった日の、体が炭素化しながらも必死に戦う彼の姿。

 自分が死なないという保証が無くとも、助けられる力が無くとも、ゼファー・ウィンチェスターはいつだって諦めなかった。

 

 そういうバカは共鳴する。そういうバカは伝染する。

 立花響がそうであったし、小日向未来がそうだった。

 未来は何の力も無い。何の勝機も持ってはいない。それでも、彼を庇ってそこに立つ。

 

「力があるから立ち向かうんじゃない!

 勝てる相手だから立ち向かうんじゃない!

 私が抱えるこの友達は、力が無くても、勝てない相手にも立ち向かう人……だから!」

 

 それは勇気であり、無謀でもあった。

 

「やめろ、ミク……!

 フィーネ、やめろ、その子は関係ない……!」

 

「……ふん」

 

 ゼファーを死なせてしまえば本当に何もかもが終わってしまう、と思い庇う未来。

 未来を死なせてたまるかと、必死に立ち上がろうとするゼファー。

 そんな二人を交互に見て、フィーネは一瞬の逡巡の後、鞭を振り上げ――

 

「なあそこのねーちゃん、そんな死にかけや小さな女の子じゃなく、俺達と遊ばないか?」

 

 ――その鞭の先を、銃弾により撃ち抜かれた。

 

「おいゼファー! まだ生きてるか!」

 

「……なんとか」

 

 フィーネが周囲を見渡せば、そこかしこに人が居た。

 それは、聖遺物に選ばれなかった男達……一課と二課の連合部隊であった。

 

 天戸が居た。土場が居た。甲斐名が居た。林田が居た。津山が居た。緒川が居た。藤尭が居た。

 戦車があり、自走砲があり、装甲車があり、迫撃砲があり、銃があった。

 誰もが死を覚悟して、この場に立っていた。

 

 死にかけた英雄が居る。

 力の無い、罪も無い少女が居る。

 その二人を殺そうとしている敵が居る。

 今日までの日々の中、『守るため』に努力してきた男達が奮い立つには、最高のシチュエーションであると言っていい。

 

 勝機が全く存在しない、という一点に目を瞑れば、の話だが。

 

「死にに来たか、愚者どもが」

 

「生かしに来たのさ、知恵者さんよ」

 

 これだけの数と兵力を揃えて、敵が数百分の一の分体でしかないという前提があってなお、完全聖遺物を相手にすれば全滅必至。

 それを止めようと、ゼファーは命を削る二連続の変身を行おうとするが――

 

「や、め、ぐ、あ、あああああッ……!」

 

 ――首輪はその無茶を許さず、電流を流し、彼の鼻腔に自身の首を焼く香りを流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響も無策でフィーネに挑んだわけではない。

 分析班が見つけた突破口――グラムザンバーの虹は、使い手も傷付ける――を、響は響なりに考えて、自分なりの対策として昇華させていた。

 その対策は極めてシンプル。

 右腕のナックルガードを変形させ、グラムザンバーの柄をそれで固定したのである。

 

「えいやぁ!」

 

 フィーネは槍を響の右腕に固定されたまま、ネガティブ・レインボウを発射する。

 ネガティブ・レインボウは直角の軌道を描き、何度も曲がって響の頭上から落ちて来た。

 響は繋がった右腕を引き、槍ごとフィーネの体を引っ張る。

 身体能力で言えばフィーネの方がはるかに上だが、触れた手から相手の体の動きを察する中国武術の奥義『聴勁』により、響は綺麗にフィーネの意識の隙を突く。

 そうしてフィーネの姿勢を崩しつつ引っ張り、ネガティブ・レインボウの斜線上にフィーネの体を"置いた"。

 

「チッ」

 

 フィーネはネガティブ・レインボウを空中で静止させる。

 彼女は最高cm単位でこの暗色の虹を制御できるが、こうして密着された上で何度も自分の体を盾にされると、流石に中々響に虹は当てられない。

 響は一撃で自分を消滅させる虹、一閃で自分を貫く槍を恐れることなく、その二つよりも更に内側の懐に踏み込み戦うことを選んだのである。

 その勇気が、逆に響を守ってくれていた。

 

「変形チェーンデスマッチか。いい度胸だな、立花響」

 

「どうしても……どうしても戦わないといけないんですか、私達は!?」

 

「ああ、そうだ。迷っているのなら死ぬぞ、平和主義者ぁ!」

 

 フィーネは右拳を響の顔面に向けて振るう。

 響はそれを左掌で受けようとするが、フィーネは拳がぶつかる寸前に拳を解き、響の指を握って捻る。嫌な音が鳴り、響の姿勢が崩れ、ガードが空いた響の腹にフィーネの膝が突き刺さった。

 

「うぐっ……!」

 

「成長力は認めよう。爆発力も認めよう。だが根本的に年季と功夫(クンフー)が足りん!」

 

 指は運良く折れなかったようだが、響の体は痛みに嫌な汗を吐く。

 フィーネは追撃に指で響の目を貫かんとする。

 外道の技に響は首を振って回避するも、響の意識が顔周辺に行った隙を突き、フィーネは響の足を全力で踏む。

 

「痛っ!?」

 

 足の痛みのせいで響の体が反射的に前かがみになると、それを予測していたフィーネは容赦なくヒジを振り上げ、響の後頭部に落とした。

 

「かっ……!?」

 

 痛みと頭部を揺らされた衝撃で、一瞬意識が飛ぶ響。

 響の成長力と爆発力は異常の一言に尽きる。

 一ヶ月かそこらでゼファー達と肩を並べられる成長力に、理屈をすっ飛ばして格上を殴り倒す爆発力。天才とはまた違う強みが、響を一線級の戦力にまで押し上げたものだ。

 

 だが、言うなれば彼女の強さはイコールで"突破力"なのである。

 対し『技の強さ』とは型を体に馴染ませることによる対応力、防御力のことだ。

 いずれは響も成長し、拳法家として大成することもあるだろう。

 しかし、彼女は未だ未熟であり、こうして近接戦で頭を使った駆け引きの世界に引きずり込まれてしまえば、フィーネに上を行かれてしまう。

 

 盤をひっくり返すのが響の強さであるならば、フィーネに盤をひっくり返せないようにされてしまえば、盤の上でフィーネと駆け引き勝負をするしかない、というわけである。

 

「くぅっ……!」

 

「未熟、未熟、未熟ッ!」

 

 響が右腕を引きなんとかフィーネの姿勢を崩すも、今度は崩れた姿勢のままフィーネが倒れ、つられて響も倒され寝技の流れに。

 当然、ギアを使った当身技を中心に教えられた響では対応できない。

 このままでは寝技に持ち込まれ、関節技か絞め技で確実に仕留められてしまう。

 

 そう思った響は、腕部ハンマーパーツと脚部パワージャッキを思考操作し、四肢をギアの力で跳ねさせる。

 そして寝技に持ち込まれるのを回避し、なんとか立ちの姿勢にまで持ち直す。

 姿勢を立て直した響は、フィーネの目を見て、攻撃しようとし―――鏡を見るように、フィーネの目に映るネガティブ・レインボウの七色を見た。

 

「―――!?」

 

 反射的にフィーネを引き起こし、ネガティブ・レインボウの盾にする響。

 暗色の虹はフィーネの肌に触れる寸前に霧散し、フィーネには傷一つ付けられない。

 だが、これが響の決定的な隙になってしまった。

 フィーネを引き起こした隙を突かれ、フィーネの全力の右拳が、響の顎に突き刺さる。

 

「うっ、く……」

 

 ボクシングならば一撃失神KO間違いなしの良い当たり。

 響はギアのバリアフィールド、融合症例のタフさ、そして強い意志により意識をなんとか繋ぎ止めたものの、体がまるで動かなくなってしまった。

 フィーネはグラムザンバーから極小のネガティブ・レインボウを発射。

 精密な操作で響の固定用ナックルガードを破壊し、グラムザンバーを響の右腕に固定された状態から解放する。

 

「私に傷を付けたければ技よりも、野獣じみた速さと強さを求めるべきだったな」

 

 呻く力も残っていない響の長い髪を、フィーネは左腕で掴んで持ち上げる。

 融合症例の身体強度のおかげか髪は抜けなかったものの、響はそのまま持ち上げられてしまう。

 空いた右腕でグラムザンバーを掴み、響の胸に向けるフィーネ。

 ただ一言、フィーネが"ネガティブ・レインボウ"を呟けば、ここで響の命は終わる。

 声を出す力さえ残っていない体で、響は最後の力を振り絞って、言葉を紡ぐ。

 

「まだ、だ……」

 

 紡がれた言葉は、痛みに耐える悲鳴でもなく、負けを前にした弱音でもなく、無様な命乞いでもない、諦めない者の言葉だった。

 

 

 

 

 

 一方、ノイズVS翼の戦場。

 フィーネによっていわゆる"ガチメタ"を張られたこの戦場の恐ろしさは、装者最強の戦闘能力を持つ翼が、これだけの時間をかけてなおノイズを一体も倒せていないというこの状況が、如実に証明していた。

 

 捕縛型が、翼を捉えた粘液の強度を引き上げる。

 パワーに優れるガングニールですら苦労するであろう強度に、スピードに優れた天羽々斬ではどうすることもできず、その動きを止められてしまう。

 その腹部に、ドリルに変形した鳥型ノイズが突き刺さった。

 

「ぐッ……!」

 

 翼は咄嗟にバリアフィールドを腹部に集中・強化し、それを受け止める。

 だがボクシングで筋肉の鎧の上から叩き込まれるボディーブローと同じで、上手くガードしてもダメージが通って来るのが腹という部位だ。

 まして装者は腹にダメージを喰らえば呼吸に差し障り、正常に呼吸ができなければ歌に響き、歌が弱まればそのまま戦闘力が引き下げられてしまう。

 

 翼は攻撃された衝撃に合わせ、全身に纏わせたバリアフィールドを炸裂させる。

 すると翼の体を固定していたノイズの白い粘液が弾け、その大部分が剥がれていった。

 全て剥がれ落ちてはくれなかったが、戦闘を続行できる状態には戻った。

 

「ッ!」

 

 翼は空の翼獣型の群れに対し、蒼ノ一閃を全力で飛ばす。

 しかし空を高速で翔ける翼獣型に、蒼ノ一閃の速度では届かない。

 蜘蛛の子を散らすように回避した翼獣型に今度は千ノ落涙を放つも、今度は威力が足らずに弾かれてしまう。

 

 通常の翼獣型であれば、翼が苦戦するような相手ではない。

 ここで問題となるのは、数と"動き"だ。

 6667体のノイズに、666体の翼獣型。

 それら全てが翼の動きを理解した上で、最高の連携を組み攻めてくる。

 空戦、近距離戦、遠距離戦、それらのサポートと役割分担も見事なものだ。

 

 ノイズは先史文明期の時代、人が人を殺すための兵器として造られた。

 ソロモンの杖はそのためのコントロールユニットだ。

 

 こうして見ると、ノイズが『災厄』ではなく『戦争のために造られたもの』であるということがよく分かる。

 

(気張れ、ここで私が負ければ、それこそ仲間達がどうなると思っている……!)

 

 要塞型1500の砲撃を飛び上がって回避する。

 空中で鳥型1500による360°全包囲攻撃を、鳥型を切る蹴るなどしてその反動で回避する。

 捕縛型1500の捕獲粘液を回避するため高度を下げれば、そこで迫り来るは蛞蝓型1500が振るって来た触手・総数12000。

 

戦場に刃鳴裂き誇る―――!(Gatrandis babel ziggurat edenal―――!)

 

 それを絶唱の寸止め(レイザーシルエット)で文字通りに『切り抜けた』翼だが、その奮闘もここまでだった。

 触手を全て切り捨てた翼に迫る、球体爆弾。

 ブドウノイズが放ったそれは、翼を一直線に地に叩きつける。

 そして翼が地に叩き付けられたその瞬間、空から雨のように、クラスター爆弾のように、隕石のように翼に向かって翼獣型が降り注ぐ。

 シンフォギアの防御性能を前提としても、それは翼を殺しうる破壊力を持っていた。

 

「つぅッ……!」

 

 翼は直撃を受けつつも、咄嗟に今まで見せたことのないレイザーシルエットの使い方を見せる。

 絶唱を短時間のみ発動することで得られた力を、バリアフィールドにそのまま注いだのだ。

 バリアフィールドの拡散と共にその力は失われたが、翼はなんとか致命傷は防ぎ、衝撃で吹っ飛ばされつつもなんとか着地する。

 

(どうする……!?

 格別硬いこの敵は、破壊ではなく切断する私の技では、生半可な手段では通らない……!)

 

 額から血が流れてきて、翼はそれを腕で拭う。

 出血しやすい額の傷。目に血が入ってしまえば、この状況で致命的な遅れが出かねない。

 レイザーシルエットを一度使った負荷もまた、翼の頭と体の動きを鈍化させていた。

 

「空も地も、一面のノイズか……だが」

 

 翼の視界のほとんどは、ノイズによって埋め尽くされている。

 一体一体が、仕留めようにも仕留められない恐るべき強敵。

 翼は胸元に手をやり、指先で直接触れられない奏との友情の証、ゼファーとの友情の証に触れる仕草を見せる。そして、勇気を振り絞った。

 

「まだだ……!」

 

 多勢に無勢であったとしても、その口から漏れる言葉は、諦めない者の言葉だった。

 

 

 

 

 

 銃撃を放つ。

 クリスは何度も何度もアースガルズを攻め立てたが、対消滅バリアは貫けない。

 神々の砦の向こうに銃弾を届かせなければならないのに、それができない。

 相も変わらず、アースガルズは目を逸らしたくなるような絶対の盾だった。

 

「どけってんだよ!」

 

 撃つ。

 撃つ。

 撃つ。

 鬼気迫る表情で、雪音クリスは撃ち続ける。

 だが彼女がどれだけ力を込めようと、どれほど策を弄そうと、銃弾は目標に届かない。

 

 クリスの幸運は、フィーネの入力したコマンドの大部分が弦十郎の筋肉式強制シャットダウンによりぶっ飛んでいて、アースガルズが積極的に攻めて来ないことだった。

 アースガルズが積極的に攻めて来ていれば、クリスでは数秒も保たないだろう。

 だからクリスが攻め、アースガルズが防ぐという膠着状態になっていた。

 

(やべえ……やべえ……もう、間に合わねえ……!)

 

 そうこうしている内に、カ・ディンギルのチャージは完了してしまう。

 クリスは一か八か大型ミサイルを空に向けて発射、ミサイルに飛び乗りアースガルズに背を向けて空へと飛んで行く。

 撃ち落とされるのも覚悟の上での行動だったが、アースガルズは何を考えているのか、正常に動作していないCPUでクリスを見逃した。

 

(! 何が何だかわかんねえが、とにかくチャンスだ!)

 

 クリスは拍子抜けしたような顔を、すぐさま真面目な顔に戻す。

 

月の下、命は淡く―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

 そしてカ・ディンギルと月の間で、ミサイルから飛び降りる。

 クリスが選んだ選択は、無茶も無茶。

 カ・ディンギルと月の間でカ・ディンギルのエネルギー照射を遮り、月落としを防ぎ、命懸けで地球を守るという選択だった。

 そのために彼女は、命を懸ける絶唱すら躊躇いなく歌う。

 

 クリス&イチイバルの絶唱特性は、広域殲滅型攻撃だ。

 彼女は敵が単体の場合、これをエネルギーリフレクターで一点集中させ、収束したエネルギー砲撃にて敵を消し飛ばす。

 リフレクターは攻撃補助だけでなく、敵からのエネルギー攻撃を拡散・減衰・偏向させることができる。彼女はかつてこれで、ゼファーの弱点と相性の良さがあったとはいえ、バニシングバスターに対してすら勝利してみせた。

 

 彼女はカ・ディンギルの砲撃に対しても、あの時と同じことをしようとしている。

 完全聖遺物二つ分の力に、全長数kmという強化補強をされたカ・ディンギルの放つ力が、聖遺物一つ分の力では遠く及ばないものであると、心のどこかで確信しながら。

 

―――雪のように(―――Emustolronzen fine el zizzl.)

 

 クリスの歌に応じ、イチイバルが陽に照らされる雪と雪解け水のような輝きを、ビームとしてカ・ディンギルに向かって放つ。

 カ・ディンギルが、デュランダルとグラウスヴァインの力を合わせたエネルギーを、月と斜線上に居るクリスに向けて解き放つ。

 

 二つの光はぶつかり―――拮抗すらできず、押し留めることすらできず、クリスの放った光が押し込まれていく。

 

「く、あ、あ……負けてたまる、かぁッ……!」

 

 カ・ディンギルの光は減速すらせずに、一直線に突き進む。

 

「まだだッ……!」

 

 目の前まで迫り来るカ・ディンギルの光を前にしても、クリスの口から漏れる言葉は負け犬のそれではなく、諦めない者の言葉だった。

 

 

 

 

 

 フィーネは1/500といえど、完全聖遺物の融合症例だ。

 その強さは無双。

 鞭を震えば地が弾け、そこから暗黒光球が放たれれば皆揃って吹っ飛ばされ、戦車砲を直撃させても傷一つ付けられない。

 

「総隊長! 危ないッ!」

 

「ぐあああああッ!」

 

 総指揮を執っていた天戸に向かってフィーネが鞭を振るい、その盾になろうとした装甲車が豆腐のように切り裂かれ、その向こうの天戸の片腕が切り飛ばされる。

 

「吹き飛べ」

 

「散開、回避ぃぃぃぃぃッ!」

 

 放たれたネフシュタンの暗黒光球が地を爆裂させる。

 すると50t以上はあろうかという戦車が空高くにまで吹っ飛び、一課と二課の戦闘班による陣形が一撃で崩壊し、爆発で飛んできた小石や枝が皆の肌を引き千切っていく。

 生き残った者達が迫撃砲等で一斉にフィーネを攻撃するが、フィーネはネフシュタンの力を使うまでもなく、転生システムのバックアップを受けた"自分の固有能力"でそれ防いだ。

 フィーネの固有能力、生身でも使える頑丈なエネルギーバリア。

 ここに来てフィーネが"気まぐれで"新しい反則能力を見せてきたことに、一部の人間の心が折れ始める。

 

「まだ動ける奴は怪我してる奴を連れて後方に下がれ!」

「誰か総隊長の手当てを!」

「林田さん! 陸自の応援が来ました!」

「すぐにでも参戦してもらえ!」

 

 未来に肩を貸されて後方に下がったゼファーはそれを、ずっと見ていた。

 

 一課が、二課が、自衛隊が、蹴散らされていく。

 人が蟻を踏み潰すかのように、フィーネは男達の意地と覚悟を蹴散らしていく。

 それでも、彼らは喰らいつき続ける。

 それでも、彼女は蹴散らし続ける。

 男達が稼いだ時間で、ゼファーの腹の穴は塞がっていった。

 

「ミク、ちょっと離れててくれ」

 

「え?」

 

「……づッ!」

 

 ゼファーは未来から離れ、近場の木に自らぶつかるようにして、外れた肩をはめる。

 激痛が走り、左腕に痺れが充満する。

 左腕はすぐ戦闘に使える状態ではないが、外れたまま放置するよりはマシだ。

 それに、なにより。

 

 ゼファーが今立たなければ、フィーネ以外に誰もが立っていないこの戦場で、誰がフィーネに立ち向かえるというのか。

 

「これでお前を守ってくれる者は居なくなったな、アガートラーム」

 

「違う。……この人達は、俺をちゃんと守ってくれたんだ」

 

 彼女はもう誰も守ってくれないぞと言い、ゼファーはもう守られたから良いと言う。

 彼の手に握られるは拳銃。

 ゼファーが数年前に一課の林田から譲り受けた、想い出の拳銃だ。

 だが拳銃一本で、肩も腹も骨もズタボロなこの状態で、ゼファーが勝てるわけがない。

 

「これで終わりだ。お前も、二課もな」

 

 何かないか、何かないかと自分の体を探るゼファー。

 

「まだだッ!」

 

 ゼファーが力強く発するその言葉は、今日までの日々の中で仲間達の心へと伝染していった、諦めない者の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうダメだ、と誰かが言った。

 

 負けてたまるかと、クリスががなり立てた。

 

 生きることを諦めないでと、響が吠えた。

 

 かかって来いと、翼が怒鳴った。

 

 諦めるか、とゼファーが叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡は、一生懸命の報酬である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸に手をやった翼の手の中で、不思議な光が形を成し始める。

 

「これ、は……?」

 

 コンバーターで天羽々斬内部に格納された奏のペンダントの欠片が、翼の想いに共鳴し、天羽々斬の中に溶けていく。

 

「!」

 

 四方八方から飛び掛ってくるノイズの軍勢。

 それに対し、翼は手に握ったアームドギアを振ろうとし――

 

「……かな、で?」

 

 ――二年前、最後に奏の手を握った時の体温を、空の左手に感じた。

 

 斬撃音が響き渡る。

 ノイズが切り捨てられる。

 "天羽々斬と風鳴翼"の組み合わせを殺すために特化されたノイズが、切り分けられる。

 

 その瞬間、翼の右腕には刀、天羽々斬。

 

 そして左腕には、"槍"……『ガングニール』が握られていた。

 

「―――天羽々斬、ガングニール、抜剣」

 

 戦国の時代、武士がそうしていたように。

 彼女は右手に己が刀を、左手に絆の槍を握っていた。

 

 その槍が来てくれたことが、少しだけ泣きそうなくらいに、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 カ・ディンギルの光が、クリスを飲み込むその直前。

 クリスを背後から抱きしめるようにして現れた『それ』が、対消滅バリアでカ・ディンギルの攻撃を防ぐ。

 

「……え?」

 

 『それ』がアースガルズであると気付き、クリスは激しく狼狽える。

 

「な……!? ど、どういうことだ!?

 もうお前はあたしを守る役目もない、あたしの言葉で動いてるわけでもない!

 勝手に動いて……まるで、自分の意志を持ってるみたいに……!?」

 

 それはいかなる理由であろうか。

 コマンドリセットのせいで、前に入力されていたクリスを守るという任務を思い出したのか。

 全てをリセットされた結果、人類を守るという役目を思い出したのか。

 CPUのバグによる、ただの誤作動か。

 最初の主、セシリアが最後に残した言葉を思い出したのか。

 

 それとも―――アースガルズの中に組み込まれた、雪音クリスの両親の歌が、アースガルズを動かしているからなのだろうか。

 

「アースガルズ……お前……お前の心が伝わってくる……

 ……だよな。物に人と同じ心は宿らないなんて、フィーネが言ってるだけのことだ。

 バイクだって、ゼファーを守ろうとしたんだ。

 お前の心が伝わってくる……お前、戦うだけの機械じゃなかったんだな」

 

 心根が正しくとも力の無い人達を守って欲しいと願われ、アースガルズは造られた。

 アースガルズを造った人にそう望まれ、ゼファーの祖先であるセシリアにそう望まれ、アースガルズは"人を守る"という役目をずっと果たしてきた。

 神々の砦に、心があるのなら。

 

 今この瞬間、きっとそれは満たされていた。

 

 

 

 

 

 響は髪を掴まれ、吊り下げられていた。

 この髪は響の決意であり、好意であり、模倣である。

 だからこそ、響にとってとても大切なものだった。

 

 フィーネはそのあたりをよく分かっていた。

 響が髪を伸ばしていた理由も、女性が髪を大切に思う気持ちも、よく分かっていた。

 だからこそ、彼女は虚を衝かれる。

 

 響が腕部武装ユニットを使い、自分の髪を引きちぎり自由になると、予想できなかった。

 

「!?」

 

 髪を引きちぎった響の両腕が、グラムザンバーの柄を握る。

 彼女は他人の力を吸い上げ、他人と調和するその力で、グラムザンバーの力の一部を吸い上げ自分の中で理解していく。

 

(もっと、もっとだ! これを参考に、これをどうにか出来るように―――!)

 

「離れろ!」

 

 フィーネはすかさず響を蹴り飛ばすが、もう遅い。

 先日のゼファーのセカンド・イグニッションは、繋がっていた響にも同様の影響を与えており、彼女は今ようやく自分を昇華させるための"最後のパーツ"を手に入れる。

 

「ジェネレートッ!」

 

 グラムザンバーを学習し、響の内のガングニールとアガートラームが昇華され、新たなる力を響に与える。

 どんな障害だって突き抜けて、誰とだって手を繋ぐための力を。

 光が響を包み込み、その姿を変えていく。

 光が消え、響が手に入れた新たな姿を見たフィーネ。

 最初に彼女の目についたのは、これまでとは明らかに違う、響の両の腕だった。

 

「金の右腕……銀の左腕……!」

 

 金一色の右腕(ガングニール)銀一色の左腕(アガートラーム)

 輝かしい色合いのその二つは、活性する命(Vitalization)を思わせる。

 それは天羽奏と、ゼファー・ウィンチェスターとの繋がりを、形にした力。

 

「ガングニール・セカンドイグニッションッ!」

 

 貫く右手に、繋ぐ左手。

 立花響の心をより正確に反映した、彼女の新たな姿であった。

 

 

 

 

 

 自分の体をまさぐるゼファーの指先に、触れた物。

 

(―――テレポート、ジェム)

 

 それは風鳴八紘に貰った、たった一個のテレポートジェム。

 念のためと、移動先は二課の上に位置するリディアンに座標を合わせてある。

 リディアンはもう無い。

 カ・ディンギルの屹立と同時に破壊されてしまった。

 

 だからこそこれは、最後の希望であった。

 

 

 

 

 

 男達は誰もが打ちのめされ、倒れ、膝をついていた。

 だが何人かは、気力一つで立ち上がり始めている。

 風鳴弦十郎もまた、その一人だった。

 

「……ふぅ」

 

 再生能力など無い弦十郎に、腹の傷を塞ぐすべなど無い。

 二課本部から脱出した者達が作り上げた天井もない臨時本部にて手当てはされたものの、あくまで応急処置でしかなく、激しく動けばすぐに死ぬ状態を脱してはいない。

 そんな重態で、弦十郎は一人カ・ディンギルの前に立っていた。

 拳を構え、引く。

 

子供達(あいつら)の未来に――」

 

 そして、死にかけの体から絞り出せる全力を振り絞り。

 

「――光あれ、なんてな」

 

 全力の拳を、カ・ディンギルに叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 アースガルズはクリスを抱きかかえるように守りながら、カ・ディンギルのエネルギー流の中を突っ切って、カ・ディンギルに向かって落ちていく。

 

「馬鹿野郎、アースガルズ! このままじゃお前まで……!」

 

 だがその無茶の代価として、アースガルズの体は加速度的に崩壊していった。

 クリスには傷一つ付いていない。

 つまりアースガルズはクリスを庇い、クリスのダメージすらその身で引き受けているということだ。

 だが、アースガルズは言葉無くとも、「これでいい」と言っているかのように守り続ける。

 クリスを守り続ける。

 

 自分の中に組み込まれた、雪音夫妻の音楽の導くままに。

 

「……パパ……ママ……!」

 

 アースガルズに守られて、クリスはカ・ディンギルの光の中を突き進む。

 抱きしめてくれた機械の腕が、何故か暖かいような気がした。

 

「全ての夢が叶うだなんて、思わない。

 だけど、夢を叶えるチャンスだけは平等にあるべきなんだ。

 殺されてその機会を奪われるだなんて、あっちゃいけないと、あたしは思った……」

 

 今は亡き父と母に誓うように、クリスは言葉を吐いていく。

 

「あたしは、パパとママの夢を継いだから。

 パパとママの夢にも、叶って欲しいと願ってるから!

 夢は死んで終わりじゃなくて……

 叶わなければ意味がないものでもなくて……

 どこかに何かを残してくれるものだと……信じてるから!」

 

 そしてとうとう、アースガルズとクリスはカ・ディンギルの砲塔内部に侵入。

 崩壊寸前のアースガルズはそれでも全ての力を込めて、カ・ディンギルの砲塔内部を塞ぐ。

 エネルギーの流れが止まった。

 神々の砦とはいえ、止めていられるのはほんの数秒だろう。

 されど、砲塔内部のクリスがそこから全火力をぶちかますには十分過ぎる。

 

「守りたい。

 力が無くても、夢を追う人を。

 掴みたい。

 歌がこの世界にくれる平和を。

 ここに居たい。

 ここは―――あたしが居たいって思えた場所なんだッ!」

 

 クリスは自分が扱える最大火力をもって、全力掃射。

 回転しながら四方八方全てに向かって、最大最高の力をぶつけ続ける。

 風鳴弦十郎の一撃でヒビが入ったカ・ディンギルの砲塔は、クリスの最大火力を受け――

 

「だから……ぶっ飛びやがれ! カ・ディンギルッ!」

 

 ――粉々に爆散し、内部のクリスとアースガルズごと、吹っ飛ばした。

 

「いつつ……って、アースガルズ?」

 

 クリスは吹っ飛ばされるも、自分が地面にぶつかった感触がないことに疑問を持ちつつ体を起こす。だが何故か、彼女が体を起こしたのはアースガルズの機体の上だった。

 語るまでもない。

 アースガルズは最後の最後まで、クリスを庇ったのだ。

 人を守り続けていたのだ。

 クリスを抱きかかえながら地面にぶつかった衝撃が最後のトドメとなったのか、アースガルズはもうピクリとも動いていない。

 人であるならば、死に該当する有り様。

 

 神々の砦は、最後の最後に少女を守り、終わりを迎えた。

 

「眠ったのか、アースガルズ」

 

 クリスは、何故だろうか。

 アースガルズに、今は亡き両親に、何かを貰ったような心地になっていた。

 ……相手は機械と死人で、言葉を交わすことすらしていないというのに。

 

「……よく頑張った。おやすみ、アースガルズ。

 お前が守ってきた世界は、これからはあたし達が守るから……ゆっくり寝とけ」

 

 それでも、心強い気持ちになれたから。

 クリスはアースガルズの頑張りを褒めて、この場に背を向け、走り出した。

 

 

 

 

 

 右手に翼の天羽々斬。

 左手に奏のガングニール。

 

「風よ鳴れ、羽よ奏でよ! 音と羽の名を持つ我ら二人、両翼揃ってツヴァイウィング!」

 

 隣に奏は居ないけれども、もう翼はきっと、どんな時でも一人じゃない。

 

「私と奏、両翼揃ったツヴァイウィングなら!」

 

 ガングニールが加わって、ノイズは翼の行動予測が不可能になった。

 ならば定められたプログラムの通りに動くノイズ達は、ただの的に成り下がる。

 負けるわけがない。

 

「どこまでも遠くへ飛んで行ける!」

 

 風鳴翼と天羽奏が揃っているのなら、どんな敵にだって負けるわけがない。

 

「どんなものでも……越えてみせるッ!」

 

 6666体のノイズは、もはや無いに等しい障害でしかなく。

 たとえ幾千、幾万、幾億のノイズの命が翼の前に立ちはだかろうとも、もはや倒すことは叶わないと、そう思わせるだけの剣と槍の美しい乱舞。

 6667体目のブドウを切り捨てて、翼は全てのノイズを炭素の屑へと還し終えた。

 

「今日に折れて死んでも、明日に人として歌うために!」

 

 そしてクロスさせた剣と槍を振るい、X字の蒼ノ一閃と言うべき一撃をカ・ディンギルに放ち、蒼の斬撃をカ・ディンギルの機関部分へと当て――

 

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 ――弦十郎の一撃でヒビが入っていた機関部分を、四つに切り分け、爆散させた。

 

 

 

 

 

 たった一撃。

 その一撃に全てを込めて、響は踏み込む。

 グラムザンバーを振るう、フィーネ本体に向けて。

 

「セカンド・イグニッションを成したところでッ!」

 

 フィーネが撃ったネガティブ・レインボウを響は回避し、一気にフィーネの懐にまで踏み込む。

 目を見開くフィーネ。

 響はセカンド・イグニッションにより全スペックがアップしていたが……それでも、グラムザンバーとやりあえるくらいに自分が強くなったとは思っていなかった。

 グラムザンバーは強い。

 だからこそ響は、先程までの自分の動きにフィーネの目が慣れている内に、フィーネが立花響の身体スペックのギャップに戸惑っている内に、決めなければならないと確信していた。

 勝負は一瞬。

 セカンド・イグニッション直後のこの瞬間にしか、勝機はない。

 

「最速でッ!」

 

 響は懐に入り込み、ネガティブ・レインボウを発射した直後の、虹に守られていないグラムザンバーへと拳を叩き込む。

 

「最短でッ!」

 

 叩き込む力は絶唱五発分の力を転換した拳の一撃。

 今の響が打てる、最強最大の一撃だ。

 

「真っ直ぐにッ!」

 

 立花響は思う。

 本当にグラムザンバーは、バニシングバスターで無傷だったのだろうかと。

 外は無傷でも、中にヒビが入っているということは、あるんじゃないかと。

 ゼファー・ウィンチェスターの本気の一撃が、無為に終わることなんてあるのだろうかと。

 立花響は思う。

 何一つ無駄にしないのが、あの少年の生き様だったじゃないか、と。

 

「一直線にッ!」

 

 響はゼファーを信じ、全身全霊全力全開の一撃を、暗色の槍に叩き込み――

 

「胸の響きよ、この想いよ、伝われぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 ――最強の攻撃力を持つ完全聖遺物を、拳一つで、粉砕した。

 

「……バカ、な……グラムザンバーが……最強の槍が……!?」

 

 決して消えない魔神の焔が、砕けたグラムザンバーの破片にこびりついているのが、チラチラ見える。おそらくはそれが、槍が砕けた理由なのだろう。

 ゼファーの捨身と、響の諦めない戦いが、この結果を導いたのだ。

 呆然とするフィーネの前で、響は息を整え、彼女に手を差し伸べる。

 

「了子さん、もう一度この手、取ってくれませんか?」

 

 響の戦いはいつだって、誰かと手を繋ぐための戦いだ。

 それはたとえ、敵が裏切者であったとしても変わらない。

 

「あの時、フィーネさんが『尊い力』って言ってくれて……

 私、それがすっごく嬉しかったんです!

 不安がちょっとだけ晴れて、この力がいいものなのかもしれないって、思えたんです」

 

―――胸を張りなさい。あなたのそれは、とても尊い力なのよ

 

「だからこの力で、了子さんの手を取りたかったんです!

 あの時了子さんが尊いって言ってくれた力で!

 力は傷付けるだけじゃなく、人を助けて、人を繋いでくれもするって、信じてるから!」

 

 長い髪はもう無いが、短くとも髪は風に揺れ、揺らがない響の目を際立たせる。

 

「あの時了子さんがくれた言葉に、嘘はないって信じてるんです!」

 

「―――」

 

 フィーネは変わらず自分に手を差し伸べてくる響に、変わらず自分を信じている響に、変わらず自分と分かり合えると思っている響に、息を呑む。

 そして一瞬、とても弱々しい目をして、すぐに持ち直す。

 

「……本当に、お前は……」

 

 響に背を向け、その真っ直ぐな目から逃げるように、フィーネは跳ぶ。

 向かう先は、先程までゼファーが倒れていた場所だ。

 

「! 待って、了子さん!」

 

 響もその背を追い、セカンド・イグニッションで上昇した機動力で跳び出した。

 

 三人の装者の戦いに一区切りがつき、戦いは一点に収束し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーの戦場に、勝機が落ちて来る。

 奇跡は一生懸命の報酬だ。

 なればこそ、フィーネの分体の勝利が確定したこの戦場に、可能性は落ちて来る。

 

「!?」

 

 翼の一閃は、カ・ディンギルの機関部分を爆発させた。

 幸運だったのは、それによりデュランダルがこの戦場にまで飛んできたこと。

 不運だったのは、落ちた場所がゼファーより遠く離れた場所だったことだ。

 

「誰か! それを拾って、ゼファー君の下に届けろッ!」

 

 藤尭朔也が、血まみれの状態で叫ぶ。

 

「ゼファー君に、アガートラームじゃない、もう一振りの力をッ!」

 

 その叫びに真っ先に呼応したのは、緒川慎次と小日向未来だった。

 未来はデュランダルに向けて元陸上部の足で一直線に向かい、緒川は剣には目もくれず、穴の空いた足で走りフィーネに立ち向かう。

 

「行かせるか!」

 

「行かせます! 僕がこの人を止めている内に、デュランダルを!」

 

「小賢しいぞ、衰退した隠密の末裔風情がッ!」

 

 緒川がフィーネの邪魔をしている隙に、未来はデュランダルを拾い上げる。

 

(重い……! でも、頑張らなきゃ!)

 

 未来は剣を抱えて走り始めるが、その行く手を阻むように、フィーネは鞭を振るう。

 

「きゃっ!」

 

「行かせないと、言ったはずだ!」

 

 地面が爆裂し、思わず足を止めてしまう未来。

 足を止めてしまった未来は、思考を必死に走らせる。

 ゼファーはまだまだ遠い。

 けれど、緒川が邪魔をしてもこれだけの攻撃が飛んで来るのだから、自分一人で届けられるわけがない。なら、どうすれば……?

 

「ヒナ!」

 

「!」

 

 だが、友の声が耳に届いた、その瞬間。

 未来は躊躇いなく、その声の方向へと、剣を投げた。

 

「創世っ!」

 

「受け取ったよ、ヒナ!」

 

 投げた剣は地に突き刺さり、安藤創世がその剣を引き抜いて走り出す。

 

「ゼっとんってアダ名まだ普及してないんだから、こんなとこで終わって欲しくないんだよね!」

 

 フィーネは意外な人物に驚きつつも、鞭を振るう。

 

「ふん、一般人の少女ではこれで詰―――なにッ!?」

 

「っしゃぁ! 嬢ちゃん、もうちょっと左向きに走れ!」

「よし、当たったか」

 

 しかしその鞭は、空中で大口径バズーカの直撃をくらい、創世に向かって飛んで行く軌道から逸れてしまう。

 フィーネがバズーカの飛んできた方向を見れば、そこには天戸と林田が居た。

 一課のトップと、二課の実働部隊のトップ。

 50代が見えてきたおっさんなれど、彼らにも意地がある。

 背中に大火傷を負っていた林田がバズーカを固定する台となり、片腕を切り飛ばされた天戸が引き金を引き、鞭の先端に正確に命中させたのだ。

 

「僕を忘れてもらっては困ります!」

 

「くっ……!」

 

 ズタボロになりながらもフィーネに近接戦を挑み、隙あらば影を縫おうとする緒川。

 緒川に邪魔されつつもなんとか妨害をかいくぐり、フィーネはまたしても鞭を振るう。

 しかしそこで、創世までもがフィーネの予想を覆す。

 彼女は立ち止まり、フィーネの鞭の軌道上には入らず、剣を投げ渡したのだ。

 

「頼んだよ、皆で繋いだバトンだから!」

 

「ええ、お任せあれです!」

 

 安藤創世から、寺島詩織へ。

 投げられた剣は地に突き刺さり、それを引き抜いた詩織の手に渡る。

 そして彼女もまた、ゼファーの居る場所に向かって走り出した。

 

「次から次へと、有象無象共がッ!」

 

 フィーネは先ほど鞭を止められた経緯を思い出し、今度は生身の少女相手に容赦なく、ネフシュタンの暗黒光球を発射した。

 それを見て、声を揃える男が三人。

 

「行ける?」

「ああ、行けるとも」

「準備万端です!」

 

 一人は出血多量で今にも気絶しそうな青い顔の甲斐名。

 真っ二つにされた戦車の砲の仰角を、ジャッキで調整している。

 一人は脇腹に金属の棒が突き刺さったままの津山。

 ガタガタの砲塔を左右に微調整し、正確な弾道を計算している。

 そして最後に、大量の血で顔を真っ赤に染め上げている土場。

 顔を拭う手間さえ惜しんで、彼は壊れた戦車内部で引き金に手をかけている。

 

「今だ、撃てぇッ!」

 

 走ることも出来なさそうなボロボロの三人が、走ることもできないボロボロの戦車を使って放った砲弾は、詩織に向かって飛んで行く光球にぶつかり、それを空中で爆発させた。

 

「!」

 

 フィーネが自分の目を疑ったのも、無理はない。

 

「皆の明日を、皆一緒に頑張って勝ち取り、皆で明日に行く……ナイスです!」

 

 詩織は体力もなく、腕力もないが、気合だけは溢れるくらいにあった。

 彼女は走り、フィーネを見てここまでと判断した途端、ハンマー投げの要領でデュランダルを投げ飛ばす。

 

「後は任せました、板場さん!」

 

「まっかせといて!」

 

 そしてデュランダルというバトンは、アンカーの弓美へと渡る。

 

「いい加減、邪魔だッ!」

 

「がっ……!」

 

 しかしここで、たった一人でフィーネに近接戦を挑んで足止めしていた緒川が、とうとう沈められてしまう。

 フィーネはゼファーの下に向かおうとする弓美を、その手で仕留めんと跳躍する。

 

「行かせるか、小娘が!」

 

「行って、弓美! ゼっくんに、もう一振りの力を!」

 

 未来が叫ぶも、弓美もフィーネも止まらない。

 そんなフィーネの前に立ち塞がるは、聖遺物を持つ少女ではなく、武器を持つ戦士でもなく……素手の、藤尭朔也だった。

 

「ここは行かせない!」

 

「邪魔だ!」

 

「ぐッ!?」

 

 朔也は腕をクロスさせて防御の構えを取るが、フィーネはわざとそのガードの上から拳を叩き込み、朔也の両腕をへし折りその奥の胸骨にヒビを入れる。

 フィーネから見れば朔也は雑魚。

 力と技を使う価値すら無い。

 しかし朔也は、自分を倒して先に進もうとするフィーネの足にしがみつき、折れた両腕でその足を止めようとする。

 

「貴様……!」

 

「行か、せない……ゼファー君に希望を繋げば、きっと……いや、絶対に……!」

 

 フィーネが蹴り飛ばし、朔也は気絶し蹴り転がされる。

 無力な人間の足掻き。

 されどその足掻きが掴んだ数秒が、剣を投げればゼファーに届く距離にまで、板場弓美を送り届けていた。

 

「私はアニメのヒーローじゃないけど―――その人は私の恩人で、友達なんだからッ!」

 

 しかし、気合がイコールで行動の結果に繋がるわけではない。

 弓美が両手にて全力で投げた聖剣は、少しばかり高すぎて、少しばかりゼファーから遠すぎた。

 フィーネが跳べば、ゼファーより先にフィーネが掴むと、誰の目にも明らかな位置だった。

 

「ちょっ、どこ投げてんの!?」

「板場さん!?」

「弓美のノーコン!」

 

「あ、やべ、やっちった」

 

「ふん、訓練もしていない一般人の努力など、こんなものだ!」

 

 フィーネはデュランダルに向かって跳躍する。

 だが跳躍した直後に、全く動揺していない二課の男達が目に入り、彼女の背筋に悪寒が走る。

 このタイミングで彼女は気付いた。

 戦いの流れを作っていた男達が、走る最中の少女達に声で指示を出し、安全なルートを走らせていたのは、"フィーネの最終的な位置を決める"誘導であったのだと。

 今フィーネは、二課の男達の思惑通りの位置に居る。

 

 そして彼女は思い出す。

 ゼファーが貰ったテレポートジェムの転移先を、リディアンの敷地内に設定していたことを。

 カ・ディンギルの屹立で地形が変わったため、正確な位置こそ分からないが……その設定された転移先は、この辺りではなかったかと、フィーネは記憶を掘り返す。

 そして、カ・ディンギルという巨大建造物が地面から出て来たため、地面の高さは僅かに下がっている。つまりテレポートジェムの指定座標は、相対的に"地面から浮いている"はずなのだ。

 

 フィーネが一瞬でその答えに至り、地上のゼファーを見た、その瞬間。

 地上のゼファーがテレポートジェムを割る。

 すると彼の体は転移し、"自分の体の一部"と認識されなかった首輪は転送に取り残され、カランと地に落ちる。

 彼がジェムを割ったのと、彼がフィーネの目の前でデュランダルを掴んだのは、ほぼ同時に起こされた行動だった。

 

「テレポート、ジェ―――」

 

「唸れ、聖剣―――デュランダルッ!」

 

 そして、もう一振りの力が彼の手の中で輝きを放ち、フィーネの分体を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 分体は死にかけの体で、シェルターの中から出て来た少女達を罵倒する。

 

「運命に選ばれてすらいない、路傍の石ころどもが……!」

 

 未来を、創世を、詩織を後ろに控えさせた弓美は、胸を張ってその罵倒を跳ね返す。

 

「アニメでたいてい悪役は、そういう石に躓いて転ぶのよ! トウの立ったおねーさん!」

 

 石ころにだって意地がある。

 『それ』に負けたことに悔しげな表情を浮かべながら、フィーネの分体は消えていった。

 

「さてと……ブレードグレイスッ!」

 

 ゼファーはそれを見届け、自分の『命の残量』をもう一割弱使ってしまっていることを確認し、その上で命を削るブレードグレイスを発動。

 命を削る感覚に、体調が凄まじく悪くなっていくことを確認しながら、体の傷を治した。

 それを見た弓美が、興奮しながらゼファーに寄って来る。

 

「わっ、凄い……アンチョビの完全回復(パーフェクトリバース)みたい!」

 

「うん、やっぱ俺には君の言ってること分からないな」

 

 しかしその不調は、ブレードグレイスの特性をよく知る了子/フィーネが待ち望んでいた、必然のチャンスでもあった。

 不調になったゼファーの手の中のデュランダルに、フィーネの鞭が絡みつく。

 そして鞭は引かれて、デュランダルは奪われ、フィーネの手の中に収まった。

 

「!? しまった、本体か!」

 

「……まさか分体がやられるとはな」

 

 憂いを帯びるフィーネの手の中には、デュランダルとソロモン。

 依然、脅威に変わりはない。

 

「ゼファー!」

「おい無事かこら!」

「ゼっくん!」

 

「三人とも、いいタイミングで来てくれたな!」

 

 しかしここで、戦いを終えた翼、クリス、響が合流する。

 一課と二課の男達が戦えない少女達を安全な場所へと連れて行き、戦場は再び四人と一人が戦う激戦の形へと戻る。

 

「さあ、ここからが本当の勝負だ……アクセスッ!」

 

 何度でも叫ぼう。

 

「何度でも叫んでやる! 俺達は負けない! 俺達は……諦めないッ!」

 

 諦めないと、負けないと。

 赤いマフラーをたなびかせるゼファーの背中に、弓美の声が届く。

 

「ナイトブレイザーッ!」

 

 その声に、ゼファーは背中を向けたまま親指を立てて返す。

 負けない。諦めない。

 守るべきものを背中に感じているのなら……ゼファーも、翼も、クリスも、響も、負けない。

 

「リョーコさん、あなたを、止める!」

 

「……お前も! 立花響も! この期に及んで、まだそんなことをッ!」

 

 何故なら彼らは、フィーネが大好きな、英雄の資格を持つ優しい勇者達なのだから。

 

 

 




奏のペンダント、アースガルズの一時機能停止、バニシングバスターの見えないダメージ、聖遺物を持たない人達
フィーネが見逃してしまった石ころ

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