戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 俯かない。だから、諦めない。

 

 

 

 

 

第三十二話:フィーネ・ルン・ヴァレリア 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に動いたのは、ゼファーだった。

 

「行くぞ!」

 

 ゼファーに続き、クリスはその場で火砲を構え、響はゼファーと横並びになるように走り、翼はその機動力を活かして回り込む。

 

「喚べ、ソロモン」

 

 だがそこでフィーネは、刃腕を持つ人型ノイズを十数体同時に召喚した。

 先手を取るのではなく、ゼファー達に先手を取らせ、かつ攻撃される直前というタイミング。

 ここでフィーネは、ノイズをゼファー達の間に差し込み、個々の駒を浮かせたのである。

 彼女がまず狙ったのはゼファー。

 ノイズを殴り飛ばすため足を止めた彼に対し、デュランダルの光の一閃を解き放った。

 

「っ!」

 

 ゼファーはノイズを殴って破壊、そのまま背中から地面スレスレに飛び込むように跳ぶ。

 一見地面に仰向けに寝そべっているように見える、けれどもその実地面から数cmの高さで浮かんでいるという状態で、ゼファーは体表での焔の爆発を使い、地面スレスレを飛ぶ。

 そしてデュランダルによる横薙ぎの一閃を、なんとか回避した。

 このタイミングで、クリスが叫ぶ。

 

「行けお前らッ!」

 

 ゼファーはクリスの声に応じたかのように、そのまま一気にフィーネに接近。

 それだけでなく、一対多に特化した火力型のクリスが出現したノイズをあっという間に殲滅したことで、翼と響はノイズの妨害をほぼ受けずに突き進むことができた。

 

「やぁッ!」

「はッ!」

「しッ!」

 

 フィーネの正面から響、右から翼、背後からゼファーが攻めかかる。

 しかしフィーネは、それを技と力で受け止めた。

 杖をしまい、左腕に力を集約して響の左拳を受け流す。

 右手に握ったデュランダルで、翼の剣を受け止める。

 そして両肩から生える宝石の鞭を思考操作し、背面からのゼファーの拳を受け止めた。

 

 三人がかりの攻勢でも、フィーネは容易に受け止める。

 

「なら!」「もう!」「一回ッ!」

 

 しかしこの数日で、フィーネが事前に予測していた以上の急成長を見せたのが彼らだ。

 

 翼は剣と剣がぶつかり合う中、左手にガングニールのアームドギアを生成し、突き出す。

 ゼファーも鞭に絡め取られていない方の手で、ナイトフェンサーを生み出し斬りつける。

 響も受け流された銀の左腕に続き、金の右腕を全力で振るった。

 

 それぞれが強化形態にて得た新たな武器を、フィーネに向ける。

 

「甘いッ!」

 

 しかし、特異な力を特異な技で扱うのがフィーネだ。

 

「!?」

 

 フィーネはゼファーの拳を絡め取っていた宝石の鞭の先端がある地点、つまりナイトブレイザーの横辺りで、鞭の先端から自分と同じ姿の分体を生成。

 本体99.99%、分体0.01%の比率で生成し、その比率を逆転させる。

 すると本体が分体に、分体が本体に綺麗に入れ替わり、三人の攻撃は本体ではなく一万分の一の分体を倒すに留まってしまう。

 

 本体となった分体は鞭でデュランダルを回収し、後方に飛び退った。

 

「私の主導で人類が一つになるのが嫌だというのなら、お前達はやる気があるのか?

 どの道、人類がバラバラである内はあの魔神は倒せん!

 お前達が人類の先頭に立ち、人類を従え、全ての人類の心を一つにする役目を果たせるか!?」

 

「人は共存を望んでも、隷属は望まないだろうッ!」

 

 クリスが味方に当てない精密性、全てを吹っ飛ばす大火力を両立させて、ぶっぱなす。

 フィーネは武器も使わず、四肢も使わず、目配せ一つでバリアを展開し防御した。

 翼はバリアを張っているフィーネの背後に回り込もうとするが、ネフシュタンの暗黒光球がさながら爆撃のように飛んで来て、距離を取ることを余儀なくされる。

 そこで左右から同時攻撃を仕掛けて来た響とゼファーをフィーネは見やり、響の方が僅かに早いと判断するやいなや、響の突き出した拳を掴んで合気術にて投げ飛ばす。

 

 そしてゼファーの振るったナイトフェンサーを、無尽のエネルギーで覆ったデュランダルで受け止めた。

 

「俺達が、皆が一つになる時は、皆がそれを望んだ時であるべきだ!」

 

「そんな悠長なことを!

 そうして日和り先延ばしにする者は大抵、世界を平和にすることなど出来やしないのだ!」

 

 フィーネは片手のデュランダルでゼファーのナイトフェンサーを捌きつつ、もう片方の手でソロモンの杖を操作。

 ノイズを大量に召喚し、装者達に一斉に群がらせた。

 数の差ですら、今のフィーネを相手にしては利点にならない。

 

 フィーネはデュランダルでナイトフェンサーをかち上げ、ナイトブレイザーの腹に蹴りを叩き込む。そして全てを焼き切る光を放つデュランダルを、クリスに向かって振り下ろそうとした。

 しかし蹴り飛ばされたゼファーが、時間加速と空中跳躍で高速復帰。

 デュランダルを横合いから騎士の細剣で突き、剣の軌道を逸らす。

 結果、轟音と共に放たれた光の一閃は、ギリギリクリスに当たらない軌道を焼き切って行った。

 

「世界の平和を求めるなら、俺達(ひと)に本当に必要なのは、英雄じゃない!

 どんな敵でも倒せる、誰にでも使える強力な武器でもない!

 力づくで無理矢理心を一つにさせることでもない!

 一人一人が隣の人に優しくしようとすること、一人一人が変わろうとすることだろう!?」

 

 ナイトフェンサーを用いた、ゼファーの左片手一本突き。

 フィーネは右膝を上げ、右肘を打ち下ろし、ヒザとヒジで剣を持ったゼファーの左手首を挟む。

 彼女はへし折るつもりで打ち付けたのだが、頑丈な鎧を壊すまでには至らなかったようだ。

 だが、威力は十分。

 ゼファーは苦悶の声を上げ、ナイトフェンサーを取り落としてしまう。

 

 フィーネが追撃に振るったデュランダルをバック転で何とか回避し、後方に跳躍してなんとか体勢を整えるゼファー。

 

「皆に優しくしてもらえたから。

 皆のおかげで他人に優しくなれる自分になれたから。

 俺は、他人と繋がれたんだ。

 あなたのやり方じゃ、きっとどこかで先史の過ちを繰り返してしまう。

 あの時代の文明は、ロードブレイザーじゃなく、人の手で滅びてしまったんだから」

 

「貴様、先史の時代の記憶、いや記録を……」

 

 今の彼はゼファーであり、アガートラームでもある。

 記憶・意識・精神はゼファーをベースとしつつも、彼はアガートラームの記録(記憶)を"思い出す"という形で閲覧することも可能だ。

 いまだ全ての記録を閲覧できてはいないが、それでも一部は既に閲覧されている。

 先史の時代に、アガートラームが見た先史文明の最後も然りだ。

 

 今のゼファーは、全てを知っている。

 ロディが命を使い切り、ロードブレイザーの封印という勝利を掴み取ったことを。

 先史の文明は魔神の手ではなく、バラルの呪詛により相互理解を失った、人類自身の手で滅んでしまったのだということを。

 その結末に、フィーネがどれだけ絶望したのかを。

 アガートラームは、全てを知っている。

 

 だからゼファーも、響と同じようにフィーネに手を差し伸べていた。

 彼は彼女の絶望を力で砕くのではなく、もっと違う何かで消す道を選ぼうとしていた。

 

「もう一度、俺達は手を取り合えるはずです。

 人を信じてみませんか? きっと、人はバカであっても……愚かじゃないと、思うんです」

 

 フィーネがその手に何の返答も返さず、数瞬の時が流れる。

 ゼファーの意を汲み、装者達も手を出さぬまま、数瞬の時が長れる。

 差し出された彼の手をフィーネが見たまま、数瞬の時が流れる。

 

 だが、返って来た返答は、拒絶だった。

 

「人を信じて世界が救われるのなら……誰だってそうするだろうなッ!」

 

 フィーネはデュランダルの力を吸い上げ、今や完全に聖遺物と同質のものへと変化した自分の肉体の中に、無尽の力を注いでいく。

 ゼファー達が強化形態を手に入れても、グラムザンバーとアースガルズという最高の矛と盾を失ってもなお、彼女は傷一つ付けられないくらいに圧倒的だ。

 だというのに、フィーネは更に自分を強化していく。

 

 最初にやられたのはクリス。

 この中で最も機動力と耐久力が低いことを見抜かれた彼女は、フィーネの接近に反応するも対応が追いつかず、拳を腹に突き立てられてしまう。

 

「が、はっ……!?」

 

「だが、『そうはならない』!

 誰かが手を汚さねばならない!

 汚れる誰かが必要なのだ! 綺麗事で世界は続かないッ!」

 

「クリスちゃ……きゃっ!?」

 

 クリスがいい一撃を貰ったのに反応した響。

 だが、一瞬でクリスの前から響の前にまで移動したフィーネの振るうデュランダルを見て、彼女は防御以外の行動を許されなかった。

 敵の力に干渉する調和の力で、咄嗟に聖剣の発するエネルギーの大半は散らしてみせた。

 だが完全聖遺物による物理的衝撃までは防げず、腕部武装ユニットに叩き込まれた斬撃は響を吹っ飛ばし、遠く離れた大岩へと叩きつけた。

 

 響は背中を叩きつけられ、朦朧とする意識の中で気付く。

 フィーネが先程よりもずっと速く、ずっと力強く、ずっと巧みに動いていることに。

 

 そこで飛び出すのが翼という少女だ。

 翼は天羽々斬とガングニールの同時攻撃により、苛烈にフィーネを攻め立てる。

 二つの聖遺物、二つのアームドギアにより、翼は以前からあったスピードに加えて、二倍どころか二乗に近い攻撃力の上昇を得ていた。

 

「!?」

 

 だが、届かない。

 完全聖遺物複数個の力により、フィーネは片手の剣と両肩の宝石の鞭を巧みに操り、翼の剣と槍の乱舞を全て捌いていた。

 その場から一歩も動かず、だ。

 フィーネが手にしていたのがネフシュタン一つだけなら、ここで両断されていただろう。

 だが、そんな"もしも"はこの世界には存在しない。

 

 フィーネが拳と蹴りを織り交ぜてきた途端に、彼女の攻勢は翼の処理限界を超えてしまう。

 翼の腹に叩き込んだ膝先から、フィーネはクリスも愛用していた破壊の光球を発射し、三人の装者の中でも特に念入りに翼を仕留める。

 いかな翼といえど、腹にこれだけの一撃を叩き込まれてしまえば、ひとたまりもなかった。

 

「かはっ!?」

 

「さあ、お前で最後だ!」

 

 振り向くフィーネに、その眼前にまで迫るナイトブレイザー。

 クリスがやられてから翼がやられるまで、一呼吸ほどの時間しか使われていない。

 あまりにも圧倒的だ。

 デュランダルはグラムザンバーに劣る矛だろう。

 ネフシュタンはアースガルズに劣る盾だろう。

 されど、聖遺物の欠片でしかないシンフォギア、正しい形で使われているわけではないアガートラームでは、この二つが掛け合わされる力には届かない。

 

 ゼファーは直感的に、一瞬の防御に全てをかける。

 振り下ろされたデュランダル。両の腕を動かすナイトブレイザー。

 迎撃では間に合わない。回避も間に合わない。

 受け止める以外に、生存の道はない。

 そう考え、ゼファーは直感をフルに稼働させ、デュランダルを"白刃取りした"。

 

 デュランダルの発する高熱が、鎧越しにゼファーの内的宇宙の両手を焼く。

 腕を焼かれ慣れているゼファーは、こんなことではデュランダルを離さない。

 フィーネの肩の鞭が思考操作されゼファーを何度も打ち据えるも、彼はその痛みに耐え、真っ直ぐに彼女の目を見て向き合った。

 

「……ぐッ……綺麗事で世界は続かない、だって……?」

 

 手応えの奇妙さから、フィーネが異変に気付く。

 剣が挟み止められているという感触が、徐々に変わっていっているのだ。

 そしてゼファーが、デュランダルを挟んでいた右手と左手を離し始める。

 だが、デュランダルは止まったままだ。何故か?

 

 ゼファーが右掌と左掌の間に、少しづつナイトフェンサーを生成していたからである。

 

 手と手の間のナイトフェンサーは、押し込まれるデュランダルを止め続ける。

 先程の意趣返しのように、ゼファーはそのままフィーネの腹に前蹴りをぶちかます。

 ようやく当たってくれた一撃にゼファーは笑み、フィーネはネフシュタンから得た耐久力のおかげか眉一つ動かさない。

 構わず、ゼファーは返答の言葉を続けた。

 

「いいや、綺麗事が現実になって世界が続くのが一番に決まってる!」

 

 フィーネに立ち向かうゼファーの姿が、言葉が、背中が、それを見る者達を立ち上がらせる。

 最初に立ち上がったのは、立花響だった。

 

「あったかい世界を!」

 

 次に立ち上がったのは、風鳴翼だった。

 

「力なき者が守られる世界を!」

 

 最後に立ち上がったのは、雪音クリスだった。

 

「皆が夢を持てる世界を!」

 

 限界などとうの昔に超えている。

 もはや彼らを動かしているのは、熱く燃え盛る心のみ。

 "諦めなければ、きっと何かが繋がる"と信じる希望が、胸の内で絢爛に輝いていた。

 

「俺達皆で! 明日に創り、守っていくんだッ!」

 

「―――っ」

 

 息を飲むフィーネに、四人は飛びかかって行く。

 

「腕が折れようが!」

 

 響が殴りかかり、届かず、吹き飛ばされる。

 

「足が折れようが!」

 

 クリスが撃ち、届かず、光球の爆発に飲み込まれる。

 

「剣が折れようが!」

 

 翼が斬りかかり、届かず、剣と槍もろとも砕かれる。

 

「心が折れない限り、俺達は、負けないッ!」

 

 ゼファーのカカト落としも当たらず、その左肩をデュランダルに貫かれ、投げ飛ばされた。

 

(諦めも、敗北も、絶対に受け入れずに戦い続ける、この心……!)

 

 それでも、四人は諦めない。

 ズタボロになりながらも膝を付かない四人に、フィーネは心からの戦慄を覚える。

 強い。

 この四人は強い。

 力が、ではない。心がだ。

 

「だからとて……私が、負けられるかああああああッ!!」

 

 フィーネが叫び、響が突っ込み、クリスが撃つ。

 突っ込んで来た響も飛んで来た砲弾も弾き飛ばしたフィーネはそこで、至近距離にまで接近してきていた翼とゼファーを視界に捉えた。

 

「行くぞ、ツバサ! もう一度、あの時みたいに!」

 

「ええ、もう一度、あの時のように!」

 

 翼が右肩の上に天羽々斬、左肩の上にガングニールを乗せ、ゼファーが背後よりその二つの刃の先に、そっと触れる。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、ガングニール、天羽々斬!」

 

 翼とゼファーが繋がった、その瞬間。

 

―――ほら行くぞ、ゼファー、翼

 

 懐かしい友の声が、聞こえた気がした。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 それは天羽々斬とガングニールの刃の上に、ナイトブレイザーの焔を乗せて放つ、『三人』の力を放つ交差斬撃。

 

「「 ライアットフェンサーッ! 」」

 

 それは、ネフシュタンを増幅器として使ったフィーネのバリアに衝突し、堅固であるはずのエネルギーバリアを、たった一撃で粉砕した。

 

「くっ、なんだと!?」

 

 フィーネは目を見開き、温存していた奇策を打つ。

 彼女はソロモンの杖で数百のノイズを発生させ、自分の体も数百体に分裂させて、ゼファー達を埋め尽くすほどの群体を作り上げる。

 デュランダルとソロモンの位置を見失い、ゼファーは思わず舌打ちしてしまう。

 完全聖遺物は、使い手がどんなに弱くたって使えるものだ。

 体を数百に分けて弱体化しようが、その分体が"フィーネ"である限り、デュランダルの脅威は微塵も矮小化しない。

 

「ヤバいな、この数は……!」

 

 つまりいずれは、死角からのかわせない一閃が飛んで来るということだ。

 

「なら話は早え! やられる前にやるぞゼファーッ!」

 

「ああ、いつも通りだな、クリス!」

 

 この奇策に対し、ゼファーとクリスが選択したのは、敵が攻めて来る前に攻め立てる事だった。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、イチイバル!」

 

 ゼファーとクリスの背中が、ピッタリと合わされる。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 そして二人は回り始め、その攻撃で輪舞曲(ロンド)を奏でる。

 

「「 トリガーロンドッ! 」」

 

 二人の手から放たれた飛び道具は、二人が回ることで全方位攻撃へと変わり、全てのノイズとフィーネを蹂躙せしめた。

 攻撃が止めば、二人の絆が付けた傷跡が特に際立つ。

 腹に穴が開いたフィーネ、腕を焼かれたフィーネ等、数百のフィーネはその全てが満身創痍。

 ノイズに至っては、生き残りがゼロという有り様であった。

 

「ぐ……マズい、再集合、再結合ッ!」

 

 フィーネの各分体は銃弾や焔にやられた傷口を切り離し、それぞれが無数の『鱗』に自分の体を分解し、再集結。元の一人のフィーネに戻る。

 このタイミングを、ゼファー達は待っていた。

 フィーネが一つにまとまり、かつ、隙だらけになるこの瞬間を。

 

「ヒビキ!」

 

「分かってる!」

 

 ゼファーと響は合図も使わず、目配せ一つなく同時に駆け出し、フィーネの前で並び立つ。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、ガングニール!」

 

 そしてゼファーの手と手の間に、全力の炎球が圧縮される。

 

「コンビネーション・アーツ!」

 

 振りかぶられた響の拳に込められるは、彼女の全身全霊の力。

 

「「 グングニルエフェクトッ! 」」

 

 そして放たれた焔のビームは、再結合したばかりのフィーネに直撃した。

 

「く、ぅッ……私が作った玩具で粋がっている分際でっ……!」

 

 ビームはフィーネを押し込み、その体を飲み込みながら、大爆発を引き起こす。

 ネフシュタンの特性"ネガティブフレア殺し"のおかげか致命傷には至らなかったが、フィーネはそこそこダメージを受け、痛みをこらえて着地する。

 まだまだ戦局はフィーネが優勢だ。

 だが『優勢』ではあっても、『圧倒的』ではない。

 力の差は、徐々に埋められている。

 

「こんなところで、こんなところで、私はぁッ……!」

 

 "敗北"が視界にチラつき始め、激昂したフィーネが一歩を踏み出す。

 踏み出した足に、何かが当たる。

 石につまづきでもしたのだろうかと、憎々しげにフィーネが足に当たったものを見ると、彼女の表情がみるみる内に歓喜に染まっていった。

 

「これは……! は、ハハハハハッ! 運命は! 幸運は! 世界は! 私に味方したぞッ!」

 

 フィーネは"それ"を拾い上げ、掲げる。

 それはカ・ディンギルに搭載され、デュランダルと同様に翼の攻撃が引き起こした爆発で吹っ飛んでいた、聖遺物『グラウスヴァイン』だった。

 ゼファーはそれを見て、朔也から過去に聞いた説明を思い出す。

 

 聖遺物鍛冶師(ドヴェルグ)・ダインの異名でも呼ばれた、先史文明の機械工ディーンが残した―――『本物のドラゴンの心臓』である、という説明を。

 

「ロンバルディアの眷属、グラウスヴァインの心臓よ……私の血となり、肉となれッ!」

 

 フィーネは掲げた"それ"を、自らの胸へと埋め込んだ。

 

「!? グラウスヴァインの心臓を、自分の中に埋め込んだ!?」

 

 ドクン、と融合症例三号の体内で、核ドラゴンの心臓が脈動する。

 

模竜変生(コピー・ロンバルディア)

 

 覚醒の鼓動が、世界に響く。

 

 デュランダルとソロモンの杖が、フィーネの体内に取り込まれていく。

 完全聖遺物ネフシュタンと、事実上の完全聖遺物に戻ったグラウスヴァインを含めて、これで四つの完全聖遺物を取り込んだフィーネは、ノイズの召喚さえも執り行う。

 ノイズの中でも特に大きな大型ノイズ、総数666を召喚したフィーネは、それら全てを喰らい尽くして今の自分に足りない『肉』を補う。

 

 四つの完全聖遺物。

 獣の数字666体のノイズで出来た肉。

 それは黙示録に語られる、世界の終末で救世主の敵となる悪魔の姿そのものだった。

 

 黙示録の赤き竜。

 緋色の女ベイバロン。

 大淫婦たる滅びの聖母。

 数多くの名で呼ばれる『それ』は、フィーネが自らの持つ全ての力を懸けて至った、世界そのものを敵に回しても勝ちうるほどに強い姿だった。

 

「で、かい……!?」

 

 ゆうに100m以上はある、赤いドラゴン。

 それが今のフィーネの姿だ。

 聖遺物を扱うゼファー達だからこそ、分かる。

 今のフィーネは、先程までとは"格が違う"。

 一万年にも届こうかという日々の中、フィーネが魔神ロードブレイザーに対抗するために考案していたこの力は、今この瞬間地球上で最も強い存在だった。

 

『爆ぜよ』

 

 赤き竜が、口を開く。

 そこに莫大な力が集約され、神話に語られる竜の息吹(ドラゴンブレス)を放たんとする。

 狙いは当然、ゼファー達四人だ。

 座して死を待つものかと、翼とクリスが前に飛び出す。

 

「"アレ"やるぞ! あんたのアレは、前に一回見た時に覚えた!」

 

「……! やはりお前は、とんでもない天才のようだな」

 

 翼はレイザーシルエットを発動。

 絶唱の1/3ほどの負荷で、絶唱の七割ほどの力を引き出す。

 クリスも以前翼がやっていたレイザーシルエットを、見よう見真似で模倣するという天才っぷりを披露して、絶唱を寸止めして力を引き出す。

 クリスは翼のように調息で適合係数を引き上げるなんてことはできないが、彼女はデフォルトの係数が翼よりもずっと高い。よって、この無茶も実行できる。

 

「あれだな、前に一緒に見に行った映画の……」

 

「……ドラゴンに立ち向かう、青と剣(イスケンデルベイ)赤と銃(シュトラルゲヴェイア)の話か。

 奇遇だな。私もちょうど今、それを思い出していたところだ」

 

「なら、勝たなくっちゃあなぁ!」

 

「ああ!」

 

 フィーネのドラゴンブレスが放たれ、それを青い剣閃と赤いビームが迎え撃つ。

 だが、ほんの少しだけブレスの到達を遅らせることはできても、押し留めることはできていなかった。

 

「ぐ、う……!」

「つ、う……!」

 

 翼は突きの形で、青い光の剣先を伸ばし、一点集中した力でブレスの中央に針の先ほどの穴を開けていた。クリスはそこに、正確に赤いビームを叩き込んでいた。

 結果、ブレスは少しだけ周囲に散り、到達は遅れる。

 逆に言えば、ブレスを僅かなりとも押し留められていることに、それ以上の理由はない。

 

『無駄だ』

 

 フィーネは抗っている翼とクリス、そして二人の後ろで何かをしているゼファーと響を見て、作った悪役の仮面を被り、迷いを振り切るように高らかに笑う。

 今ここで彼らを殺すことで、己の中の人情を全て捨てきり、前に進もうとしているかのように。

 

『私はッ! フィーネ・ルン・ヴァレリアだあああああああッ!!!』

 

 完全聖遺物四つ、四乗の力が込められたブレスが四人に迫る。

 

 ブレスは四人を呑み込み、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シェルターから出て来た者達が言う。

 避難して来た者達が言う。

 地上で、ゼファー達が戦っている方を向いて、こう言うのだ。

 

「俺達、ここで何もしないでいて、いいのかな……?」

 

 こう言うのだ。

 

「何か、何かできることはないのか?」

 

 こう言うのだ。

 

「足手まといになるかもしれないけど、何かしたいんだ」

 

 そんな人々の前で、そんな人々を避難させようとする二課の者達の前で、弓美を始めとする友の前で、リディアンの生徒達の前で、未来は口を開く。

 

「応援すればいいんですよ」

 

「応援……? 声が届く距離、戦場に行けってことか?」

 

「距離は関係ないですよ。近くても、遠くても、心は繋がっています」

 

 未来のよく通る声は、自然とその場の皆の耳に届いた。

 

「小さな声でも大丈夫です。

 想いを込めれば、ゼ……ナイトブレイザーは、必ず聞き届けてくれます」

 

 未来は、確信を持って話している。

 だからこそ、それは当たり前の常識を語っているかのように響き、当たり前の常識であるかのように、彼らの心に刻まれる。

 

「大きな声より、大きな想いを。声に込めて発すれば……きっと、それは届きます」

 

 未来は両手を合わせて、祈るように応援の言葉を呟く。

 響とゼファーに、無事に返って来て欲しいから。

 彼女はその場に居た多くの人間の心を震わせるくらいに、ありったけの想いを込めた応援を、呟くように口にした。

 

 頑張れ、と誰かが言った。

 そこから堰を切ったように、皆が口々に応援の言葉を紡いでいく。

 声と歌。

 想いを込めて紡ぐなら、その二つにさしたる違いはない。

 

 シンフォギアが歌を力とするように、人は―――想いの込もった言葉を、力に変えられる。

 

 

 

 

 

 ゼファーは奏のエクスドライブを補助した時のように、力の波長と流れをコントロールする。

 フィーネの攻撃に込められた力。

 それを受け止めているクリスと翼の力。

 そして……遠くから届き続けている、人々の想いの力。

 それら全てを混ぜこぜにして、均一にして、彼は力の滞留空間を作り上げる。

 

 彼はフィーネの力と想いすらも受け止め、受け入れていた。

 

「準備出来たぞッ! ヒビキぃッ!」

 

 ゼファーが均一にした力を、響が吸い上げ、自らの内で束ねて再配置。

 

「……みんな、一緒に! 戦おうッ!」

 

 響は全てを受け入れ迎え入れる心で、ガングニールがくれた束ねる力で、アガートラームの制御する力で、全ての力と心を、未来を掴む想いに変える。

 

「ジェネレート―――エクスドライブッ!!」

 

 ゼファーと装者達の力と想い。

 一緒に戦ってくれる皆の力と想い。

 フィーネの力と想い。

 全てが一つに溶け合って、未来を掴む力を創る。

 

 今日までの日々、ゼファーの物語の中で、何度か起こったそれらと同じように。

 

 風向きが変わり、西風が柔らかに戦場を吹き抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜が空を見上げて、動きを止める。

 

『バカ、な……』

 

 フィーネの想いを込めた一撃すら受け止め、取り込み、四人は進化した。

 姿が変わっていないのは、脚から焔を吹き出し空に立つナイトブレイザーのみ。

 装者達三人は、それぞれが違う姿へと至っていた。

 

 金の右腕に、銀の左腕、サンライトイエローの光の二翼を持つ響。

 そして全身を包むギアの形状や色合い全てもまた、変化していた。

 

 翼を思わせる青光の二翼、奏を思わせる橙光の二翼、合計四翼を持つ翼。

 そして全身を包むギアの形状や色合い全てもまた、変化していた。

 

 一人分で二翼、両親に見守ってもらっているがゆえの四翼。

 光の二翼とそうでない四翼、合計六翼の羽を手に入れたクリス。

 そして全身を包むギアの形状や色合い全てもまた、変化していた。

 

『エ……限定解除(エクスドライブ)、だと……!?』

 

 奇跡は一生懸命の報酬だ。

 だがそれは、彼らが自分の手で奇跡を掴むことができるということを、否定しない。

 

「俺達が、あなたを止める……それは絶対にッ! 絶対だああああああッ!」

 

 黙示録の獣の前に立ち、世界を守り、戦う者。ならばきっと、彼らは―――

 

 

 




ガングニール+アガートラーム、ならば当然の帰結

次回三十三話、六章集結

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