戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

154 / 188
第三十三話:どんなときでも、ひとりじゃない(前編)

 

 

 

 人類の絶望を望む者あらば、人類の絶望へと臨む者もある。

 

 風のように流れて、羽撃きのように奏でて、雪の降り積もるような音になり、今日に日向に紡がれた歌は、未来に向かって響いていく。

 

 吹き抜ける西風に、希望を乗せて。

 

 

 

 

 

第三十三話:どんなときでも、ひとりじゃない(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤き竜が唸りを上げる。

 竜の咆哮は春の夜空を震わせるも、ゼファー達の脳裏に届くは咆哮にあらず、人の言葉。もはや声帯も無いはずなのに、フィーネが発する人の言葉は、彼らの脳裏に直接届いていた。

 

『バカな、どうやって、それだけのエネルギーを!?』

 

 その問いにまず、"歌"という分野において、この国の頂点を争えるアーティストとなった風鳴翼が答える。

 

「歌とは、曲に乗って抑揚を付けた歌詞を口にしたものだけを指すものではない」

 

 続き、赤いマフラーをたなびかせるゼファーが叫ぶ。

 

「人が口ずさむ歌詞だけのわらべ唄だって、歌だ。

 リズムだけの鼻歌だって歌だろう。

 大切なのは、口から吐くそれに本気の想いを乗せること!

 言葉とて、歌ッ! 想いこそ、歌ッ!

 俺はただ皆の想いを拾い集めて、装者の旋律に乗せただけだ!」

 

 ジェネレート・エクスドライブ(G・X)を成功させた響が、空より龍を見下ろす。

 

「想いは命から生まれるもの。

 歌は戦う力だけじゃない。想いを乗せた歌は、私達の、命なんだッ!」

 

『……失敗に終わった二年前の実験を、ここで自力で成功させたということか』

 

 そして長い前置きに、イライラし始めたクリスが、感覚で新機能を使い始めた。

 

『ごちゃごちゃうっせーんだよ、力を合わせた、強くなった、ただそんだけのことだ!』

 

『思考量子通信機能……念話までも使えるようになったのか』

 

 総数3億165万5722の機能ロックを解除したことで、シンフォギア達は新たなステージに至る。

 空を飛べるようになった。

 全員のあらゆるステータスが飛躍的に上昇した。

 真空の中でも問題なく生き、歌い、話すことができるようになった。

 竜となったフィーネと同じように、彼らもまた新たな力を掴み取ったのだ。

 

 フィーネとゼファー達は、敵が強くなるたびにまた新たな強さを掴み取り、相手を超えるために両者が限界を超え続け、天井知らずに互いを高め合っていく。

 

『限定解除したところで、付着した焔を除けば欠けた聖遺物がたかだか四つ!』

 

 竜の心臓含む完全聖遺物四つにて、高位の存在である竜をより高レベルに再現したフィーネ。

 その赤き体表が輝く。

 そこから数万の光弾が発射されるまでの時間は、0.1秒にも満たなかった。

 発射された弾丸がゼファー達に届くまでの時間は、もっと短かった。

 

『回避ッ!』

 

 しかし、その光の弾丸はことごとくゼファー達には当たらない。

 思うだけで話せる念話が使えるということは、思うだけでタイムラグ無く仲間に指示が出せるということだ。

 四つの視点が四人それぞれに死角を産まぬようカバーし合い、ゼファーの直感の恩恵を三人が受けることができるようになり、回避・防御における連携にも一切のタイムラグが生まれない。

 今や彼らは、四人で一人の英雄だった。

 

「先駆けるッ!」

 

 反撃に移るゼファー達。

 まず真っ先に振るわれたのは、風鳴翼の勇気だった。

 フィーネの視界の中で翼の姿がブレて、赤き竜の体表に切り傷が刻まれた後、翼の飛ばした斬撃が大気を切り裂く音がする。

 

(!? 完全聖遺物の力で強化した私の目で、追えないだと……!? どんな速度だ!?)

 

 翼の限定解除がもたらした最たる機能拡張は、速度の強化。

 エクスドライブにより装者達全員がナイトブレイザー以上の空戦能力を得ていたが、その中でも翼は特に高い空戦能力を獲得していた。

 強化されたフィーネの目でも、見切ることは不可能であるほどに。

 桁違いに跳ね上がったパワー、攻撃範囲を、翼は目にも留まらぬ速さで飛び、目にも映らぬ速さの攻撃として切り放つ翼。

 しかし赤き竜に付けたその切り傷も、一瞬で初めから無かったかのように消えてしまった。

 

「! ネフシュタンの再生能力か!」

 

『いくら速くとも、そんなぬるい斬撃で私の首は刎ねられんぞ!』

 

 フィーネはそのまま、自身と融合させスペックを引き上げたソロモンの杖の力を使い、戦場の空にノイズの大量召喚を行う。

 装者達がエクスドライブによる機能拡張を行うならば、フィーネは融合症例の身に取り込むことでその機能を拡張した。

 結果、ソロモンの杖はカタログスペックをはるかに超えた力を紡ぎ出す。

 

 空を埋め尽くすノイズ。

 空にて何十層にも重なるノイズ。

 大型ともなればコンクリートを踏み砕くほどの重量があるノイズ。

 その一瞬で、空の全てを覆い尽くすほどの、途方も無い数のノイズが召喚されていた。

 召喚されたノイズの全てが地面に落ちれば、その数と重量が引き起こす衝撃は想像に難くない。

 街一つ丸ごと、ノイズの落下の衝撃がひっくり返すことになるだろう。

 

「次はソロモンの杖の能力か。

 ……あれは、フィーネの口車に乗って杖を再起動させちまった、あたしの罪そのものだ」

 

 クリスは自分達を押し潰さんと降ってくる空のノイズを見て、『人を殺す兵器を操る杖』を再起動させてしまった自分の過去を、罪と定義する。

 誰もクリスを責めはしないだろう。

 だが他の誰でもない、クリス自身が彼女を責める。

 償いの銃口は、ゆっくりと空に向けられた。

 

「綺麗な夜空を小汚えノイズで埋め尽くしてんじゃねえよッ!」

 

 クリスの限定解除がもたらした最たる機能拡張は、火力の強化。

 エクスドライブにより装者達全員が通常時のクリス以上の広域攻撃能力を得ていたが、その中でもクリスは次元違いの火力を獲得していた。

 駆動音とともに、クリスの体の十倍以上のサイズの外付け火力ユニットが展開される。

 そこから放たれたのは、まさに『火力』の名に相応しいものだった。

 

 ビーム、ミサイル、ビーム、ミサイル、ビーム、ミサイル。

 ノイズが居る範囲だけでも横に直径数十km、縦に数十kmという莫大なノイズ群の塊に、エクスドライブ・クリスの全火力が叩き込まれていく。

 イチイバルの火力が産んだ爆炎が、空一面を埋め尽くした。

 

 今は真夜中であるというのに、爆炎のせいでほんの数秒、街が昼間のように明るく照らされる。

 エクスドライブのブーストを得た今のクリスであれば、全世界の全ミサイルを自分に向けて発射されたところで、その全てを撃ち落とせるだろう。

 それだけの力と技が、今の彼女にはあった。

 何せクリスは、これだけの数のノイズを爆死させながらも、攻撃を一発も外さないという精密射撃を実行していたのだから。

 

『……忌々しいッ!』

 

 赤き竜は翼を羽撃かせ、飛翔する。

 通常の動物や虫が飛行の際に起こす現象とは決定的に何かが違う、全身が聖遺物とノイズで出来ている竜であるがゆえの、物理法則の縛りを超越した飛翔。

 それは旋回能力――つまり小回り――を除けば、翼のスピードと比べても遜色のない速度であった。加減速、最高速度、共に翼以外の三人を大きく上回っている。

 

「あの巨体で、あの速さで飛べるのか!?」

 

 前足を振り上げ、前足の爪を圧縮エネルギーの爪に転換する赤き竜。

 それに最も早く反応したのは、やはりゼファーであった。

 ゼファーは通常のナイトフェンサーの生成過程、右腕に焔のガングニールを作り、それを圧縮形成してナイトフェンサーを作るという過程を一瞬で終わらせる。

 

「このフォニックゲインの恩恵を受けてるのは、装者達だけじゃないぞッ!」

 

 そしてナイトフェンサーの柄から、300mの光熱刃を形成。

 超巨大ナイトフェンサーとでも言うべきそれを、赤き竜へと叩き付けた。

 赤き竜は輝く巨大な焔の刃を右前足の爪で受け止めるも、それを真っ向から受け止めず、身を捩って回転し、刃を受け流しながら接近を続ける。

 アメフトなどにある、邪魔な敵に走りながら自分の右手を押し付け、自分の体を右回転させてその横を抜けるテクニックに近い技だ。

 

(! この巨体、この力、この速さに、これだけの技を……!?)

 

 赤き竜はナイトフェンサーを受け流し、その回転を止めないまま黒騎士の前へ。

 そして回転の勢いのまま、巨大な尾を振り下ろした。

 ナイトブレイザーでもただでは済まないであろう、大質量の物理攻撃。

 されどそこで、割って入った響が右腕を振り上げ、左掌でそっとナイトブレイザーの背に触る。

 響はナイトブレイザーの余剰エネルギーを左手で吸い上げ、その力を右手に圧縮、自分の力も上乗せして尾の一撃に叩き付けた。

 

「セット! ハーモニクスッ!」

 

 受け取った皆の力、ゼファーの力、響の力、フィーネの力が拳の先で高め合い、衝突と同時に炸裂。赤き竜の尾を粉砕した。

 尾はほぼ一瞬で再生してしまうためにダメージはゼロだが、そこで翼の斬撃とクリスのビームを回避するためにフィーネが距離を取ったため、仕切り直しの形となった。

 

「パワーは絶大。

 スピードは神速。

 ノイズは無限。

 デカい、死ににくい、再生もする、技もある……やってらんねえな」

 

「臆するな雪音。私達の後ろにはもう、守るべき人々しか居ない。後退は許されないはずだ」

 

「は? ビビってねーし。あいつどう倒そうか悩んでただけだっての」

 

 舌打ちするクリスに、彼女の軽口に微笑む翼。

 赤き竜は接近戦が弱いクリスに襲いかかるが、右前足の爪を翼の剣に受け止められ、左前足の爪はゼファーの剣に受け止められる。

 そして響がその腹を殴り、クリスがその頭に砲撃をぶち当てる。

 カウンター気味に見事な連携が決まったものの、再生するフィーネには微塵もダメージがない。

 

『痛くも痒くもないな』

 

 赤き竜が身震いすると、その体内で圧縮されたエネルギーが無数の光線となって、竜の体表から発射された。

 超高速、空中で軌道が曲がる、エクスドライブでも一発で落とす威力の三重奏。

 翼と響はそれを回避し、回避できないと察したクリスはそれを撃ち落とし、ゼファーはクリスのカバーのため彼女の近くで撃ち漏らしの光線を切り飛ばしていく。

 

「だが、どうする!? これでは絶唱を当てても」

 

『そうだ、どうすんだよ!』

 

「クリス、念話は使うな。たぶん傍受されてる」

 

「っと、悪い」

 

「……大丈夫だ。まだ、チャンスは有る」

 

 念話は戦闘の補助のみに使い、作戦の話し合いは肉声で。

 ゼファーは策を組み立て、方針の変更を三人に伝える。

 

「エクスドライブ。

 コンビネーション・アーツ。

 絶唱。

 バニシングバスター。

 ……俺達の全てを、一点に収束し、ぶつける! それで決めるぞ!」

 

 四人それぞれが攻撃を叩き込める時に叩き込むのではなく、自分達が放てる最強最大の一撃を叩き込むチャンスを作るために、戦いの流れを意図して作る。

 それがどれほど困難なことか、分からない彼らではない。

 だがそこにしか、勝機はない。

 

 赤き竜の腹が開き、そこから発射された生体ミサイルを回避しつつ、四人は空を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課のまだ動ける人間が誘導し、ヒビの入ったシェルターから市民が避難していく。

 男性陣の多くは一課二課自衛隊の総力を上げたフィーネ戦で負傷しており、二課仮設司令部にて管制を麻痺させないようにしていたのも、今こうして避難の現場指揮を執っていたのも、友里あおいとその部下数人のみであった。

 男達はゼファーの勝機を繋ぐために殺されそうになっていたが、こっちもこっちで純粋な"仕事量"に忙殺されそうになっていた。

 

「病院から帰って来たら男ども全員減給、私達の給料アップを司令に嘆願しないと……!」

 

 あおいは鈍くなってきた思考に気合を入れるため、自分に向けて強い言葉を吐く。

 皆が避難を始めてから、既に十二時間以上が経過していた。

 様々な要因があるとはいえ、人々がおとなしく避難誘導に従ってくれているのは、二課にとっては本当にありがたいことだった。

 

 危機感で皆の神経を張り詰めさせているフィーネの襲撃、あるいは皆に興奮を与えるナイトブレイザーとその仲間のおかげか、眠そうな顔をしているのは小さな子供くらいのものだ。

 何せシェルターの外に出ても、空には戦いの光が見えるのだから。

 これで眠気が飛ばない者が居るのなら、見てみたいものだ。

 

 板場弓美は空を見上げ、なおも戦い続ける者達に、感嘆の息を漏らす。

 

「ホントに、すごい……

 夕方になる前から戦ってるはずなのに……もう、そろそろ夜明けだよ?

 一手間違えればそれだけで大変なことになるあんな化物相手に、何時間……」

 

 フィーネも、ゼファーも、響も、クリスも、翼も。

 これだけ長く戦い続けながらも、集中を全く切らせていない。

 何故ならば、この状況で集中を切らせるという事は、イコール撃墜されるという事だからだ。

 弓美がそんな事情を察しているわけがないが、それでも彼女にだってこれほどの長時間戦い続けていることが、どれほど凄いことなのかは分かる。

 

「立花さん、ウィンチェスターさん……」

 

 詩織もそれなりに知識があり、これだけの長時間戦い続けることがどれほどの負担になるか分かるため、空を見上げて心配の声を漏らす。

 

「大丈夫……大丈夫だと、信じよう」

 

 創世がそんな二人に歩くよう促し、励ましの声をかける。

 未来に励ましの声を貰い、一旦立ち直ってしまえば、快活なリーダーとしての一面が顔を出してくるのが彼女だ。

 

「……皆、無事に帰って来て……」

 

 ゼファーとも、翼とも、クリスとも、響とも親しい付き合いがある未来は、ただ祈る。

 彼女は敵の打倒より、勝利より、世界平和より、皆の無事を望んでいる。

 優しい彼女は、ただそれだけを真摯に祈る。

 

 祈ることしか出来ないのなら、自分の全て、全力で祈り続ける。

 その祈りが、きっとどこかに届くと信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼の剣、響の腕部武装ユニットがクリスの大型ビーム砲と融合し、三人分の力が収束・圧縮・加速し、砲塔の中で加速していく。

 

「ラインオン!」

「天羽々斬、ガングニール、イチイバル!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 そして、ネガティブフレアが持つ炎熱と魔神の焔としての特性ではなく、天羽々斬の切断力とガングニールの貫通力を乗せたビームが、砲口より放たれる。

 

「「「 ミストルティンゼロッ! 」」」

 

 狙うは心臓、赤き竜の胸の辺り。

 エクスドライブで強化されたコンビネーションアーツは竜の胸部を貫通し、背中から突き抜けて宇宙にまで飛んでいったが、その傷さえもほぼ一瞬で再生されていた。

 

『そんな付け焼き刃で私は倒せないと、何度挑めば理解する! 愚か者どもがッ!』

 

 赤き竜がチャージ無しにブレスを放たんとするが、コンビネーションアーツ直後の三人をカバーする形で、ゼファーがその下顎を蹴り上げる。

 空中跳躍を凄まじい速度で繰り返し、得た上昇速度の全てを込めた蹴り上げは、赤き竜の口を閉じさせその内部でブレスを爆発させる。

 一撃叩き込んですぐに三人と合流したゼファーは、念話に込められた感情の種類から、装者達が焦り始めていることを感じ取っていた。

 

「ゼっくん!」

 

「ゼファー、私達もこれ以上は……」

 

「ああ、問題なのはあっちがデュランダルの力で無限に戦えること。

 そして俺達は吸い上げた力を使い切れば、元の強さに戻っちまうってことだ」

 

「ギアの出力より先に、あたしらの気力体力が尽きる可能性も、考えろよ!」

 

 そして肉声を聞き、その焦りを再認識する。

 鍛錬不足のクリス、融合症例とはいえ鍛錬を始めてから一ヶ月しか経っていない響、何時間も全力で体を動かし続けた疲れが少しだけ見える翼の順に、状態は悪そうだ。

 フィーネから吸い上げた力、皆に貰った力も無限ではない。

 最悪なことに、フィーネを倒すどころかフィーネに決定打を叩き込めないままに時間は経過し、エクスドライブの限界時間が見え始めている。

 

 フィーネは恐るべきことに、エクスドライブを圧倒したまま時間切れ寸前まで追い込んでいた。

 

『成程な、理解した。

 自力でエクスドライブに至ろうとした者などただ一人。

 天羽奏が残したログがガングニール経由で渡り、無意識で立花響が使用。

 それを二年前のライブと同じ、オーディエンスのフォニックゲインで補填。

 更に足りない機能を、想いを束ねるアガートラームで補填し、エクスドライブとしたのか』

 

 かつてエクスドライブは、天羽奏の才能に頼りきった不安定なものだった。

 それは仕様として実装できない、奇跡そのもの。

 人の意志のみでそこに辿り着いたことに疑問を持っていたフィーネだが、長時間の戦いは響達のエクスドライブの仕組みを見抜き、それにより時間切れが近いことも見抜いていた。

 

『そろそろ、終幕としよう』

 

 赤き竜はゼファー達の頭上に飛翔し、そこで羽に力を集め、強く羽撃く。

 羽撃きが生んだ衝撃波は四人をまとめて吹っ飛ばし、地に叩きつける。

 

「がッ!?」

 

『終わりだ』

 

 続き、赤き竜も着地。地面が大きく揺れて、着地の衝撃で土煙が舞い上がる。

 ゼファーは立ち上がり、防御のために焔の生成と圧縮を始めるが、そこで赤き竜がブレスをしようとし、一瞬躊躇い、再度ブレスの溜めを始めたのを見て、不思議に思う。

 だが、その答えはすぐに出た。

 

「……あっ」

 

「!」

 

 思わず漏らしたような声でも、彼がその声を聞き間違えるはずがない。

 未来の声だ。それも、かなり近い。

 最悪なことに、彼らは偶然、避難していた皆の近くに着地してしまったのだ。

 

 ゼファー達の背後に、守るべき人達が居る。

 赤き竜がゼファー達を狙ってブレスを吐けば、一人残らず巻き込まれる位置に居る。

 だからフィーネは一瞬躊躇ったのだ。

 されど、迷いを振り切るように、赤き竜はブレスを吐き出す。

 

「さ、せ、る、かあああああああああああッ!!」

 

 ゼファーが叫び、焔の絶招を叩きつける。

 されど、ブレスは止まらない。

 

「ああああああッ!」

 

 叫びながら立ち上がる響が、その全力でブレスを減衰させる。

 されど、ブレスは緩やかになれど止まらない。

 翼が起き上がると同時に、全力の斬撃を飛ばし叩き込む。

 ブレスの勢いが、かなり弱まる。

 クリスも叫びながら撃ち、ビームを叩きつける。

 そこでようやく、ビームは止まった。

 

「逃げろ、ミク、皆……!」

 

「……ゼっくんッ!」

 

 だが、長くは続くまい。

 四人とも限界を超えた力を発している上に、エクスドライブの限界時間が迫っている。

 今は性能を下げずに戦っていられているが、エクスドライブが解除されれば弱体化は免れまい。

 

「ヒビキ、ツバサ、クリス、踏ん張れ……!」

 

「う、ん……!」

 

「言われ、なくともッ……!」

 

「こんなん、余裕に、決まってんだろっ……!」

 

 響が弱め、焔と斬撃とビームがブレスを押し留める。

 

『諦めない貴様らは、視界に入れるだけで不快だッ! 消え失せろ!』

 

 されど、いっぱいいっぱいな彼らと違い、フィーネにはブレス以外の手を打つ余裕がある。

 赤き竜は地に足をつけたまま、背中から赤いノイズを発生させる。

 通常のノイズではない。

 フィーネが取り込んだノイズの体とネフシュタンの力を使って作り出した、彼女の分体だ。

 当然、そのスペックはバカみたいに高く、ノイズの力の全てを備えている。

 

 フィーネ・ノイズとでも言うべきそれを空に発射するフィーネを見て、ゼファーは歯噛みする。

 このノイズに無力な皆を狙われれば、そうでなくても今の無防備な自分達を狙われれば、この戦場に居るフィーネ以外の人間が全員死に絶える結末になりかねない。

 苦渋の選択だが、ゼファーは選ぶ。

 

「……クソ! ジリ貧だが、行ってくれクリス!」

 

「畜生が!」

 

 クリスが離脱し、フィーネの頭上に回ってフィーネ・ノイズを撃ち落としていく。

 フィーネの体内で稼働するソロモンの杖、増殖するネフシュタンの肉により、フィーネ・ノイズは次々と生産され、クリスもそれら全てを撃墜するので精一杯だ。

 そして赤き竜のブレスは、また彼らの抵抗を押し込み始める。

 

 四人がかりでようやく止められるブレスを吐いて、強化型ノイズを生産して、それもなおフィーネには余裕があるようだ。

 赤き竜の体から、一万本の触手が生えてくる。

 その先端には、模造デュランダルとでも言うべきものが括りつけられていた。

 光線は出ないが、刃の切れ味が完全聖遺物相応のそれであることは明白で。

 

「ツバサッ!」

 

「承知した!」

 

 翼を向かわせる以外に、選択肢はなかった。

 エクスドライブによる高速斬撃にて、翼は一本の剣にて一万の剣の斬撃を捌ききる。

 千ノ落涙を振らせて触手を断ち切ってみるものの、切断速度よりも触手の再生速度の方が圧倒的に早いため、焼け石に水にもほどがあった。

 そしてゼファーと響の二人だけになってしまったため、ブレスは更に押し込まれる。

 

「保た、せろ、ヒビキぃ……!」

 

「……も、もう、限界」

 

 ゼファー達の背後で、人々の悲鳴が上がる。

 この戦いについていける戦士達にとって、数秒は何度も何度も攻防を交わせる時間であるが、一般人にとってはそうではない。

 こんな短い時間で、逃げられるわけがないのだ。

 やがて、限界を迎えたゼファーと響、その後ろの力なき人々がブレスに飲み込まれ――

 

『……な、に』

 

 ――る、ことはなかった。

 力を出し切り、抵抗を途切れさせてしまったゼファーと響。

 その前に、とても強固な"対消滅バリア"が張られていた。

 唯一空から戦場を見下ろしていたクリスには、それが誰の仕業かよく見えていた。

 限界を超え、自壊覚悟で過去最強のバリアを張り、粉々になっていく神々の砦が見えていた。

 

 砦は、命を守るためにある。

 

「……アースガルズ……!」

 

 アースガルズの全てが込められたバリアは、赤き竜のドラゴンブレスを押し留める。

 ここがチャンスだ、とゼファーは直感的に理解する。

 これが最後だと、そう自分に言い聞かせ、彼は念話のチャンネルを通して叫んだ。

 

『今しかない、やるぞッ!』

 

 ゼファーの隣で響が、ゼファーの前で翼が、ゼファーの斜め上頭上でクリスが、力強く頷く。

 

胸に響き―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

戦場に刃鳴―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

月の下、命は淡く―――(Gatrandis babel ziggurat edenal―――)

 

 三人は、アースガルズがくれた時間で、絶唱を歌う。

 

―――いつか世界に満ちるまで(―――Emustolronzen fine el zizzl.)

 

―――裂き誇る(―――Emustolronzen fine el zizzl.)

 

―――雪のように(―――Emustolronzen fine el zizzl.)

 

 ゼファーはシンフォギアのHEXバトルシステムが作り上げるアウフヴァッヘン波のネットワークを、より強固にする。

 生身であれば頭の血管が切れていたかもしれない、それほどの負荷に耐え、彼は続ける。

 

「「「「 ラインオンッ! 」」」」

 

 繋がれたネットワークを通し、三人の絶唱の力が、ゼファーの中に蓄積される。

 アガートラームを器とし、今の四人が命懸けで絞り出せる最大の力が彼の中で圧縮されていく。

 エクスドライブの力で強化された絶唱を束ね、バニシングバスターの力を練り込んで、コンビネーションアーツの力で増幅して撃ち出す。

 

「ナイトブレイザー!」

「天羽々斬!」

「イチイバル!」

「ガングニール!」

 

 想いを束ねて、撃ち出す。

 

「「「「 コンビネーション・アーツ! 」」」」

 

 離れた所に居る翼とクリスは力を重ね、ゼファーと響は物理的に体を重ねた。

 響の背で、限定解除がくれた変形機構が稼働する。

 ゼファーの胸部装甲が開き、バニシングバスターの砲口が露出する。

 響の背に形成されたコネクタと、バニシングバスターの砲口が、接続された。

 

 そして二人は、前を向く響を後からゼファーが抱き締めるような姿勢に。

 二人の中で四人分の渾身の力が行ったり来たりで循環し、そのたびに力は増幅され、加速していく。二人はゆっくりと、両の掌を前に向ける。

 二人で四つの掌が、小さな花のような形状を形作る。

 

「シンフォニックッ!」

「バニシングッ!」

 

 アースガルズの、最後の対消滅バリアが割れる。

 フィーネの想いを込めた、全力のブレスが迫る。

 

「「 バスタぁぁぁぁぁぁぁッ!!! 」」

 

 二人は掌から膨大なエネルギーの奔流を放ち、そのブレスを真っ向から受け止めた。

 

「俺達はッ!」

「私達はッ!」

 

「「 生きることを、生かすことを、諦めないッ! 」」

 

『永劫を生きてもいない余人どもが、小賢しいッ!』

 

 対しフィーネは、とうとうブレスに全力を注ぎ始めた。

 先程までとは格が違う威力に、周囲の地形が変わり始める。

 だが、それでも拮抗していた。

 ゼファー達はこれ以上の力を絞り出せないくらいに全力だ。

 フィーネもこれ以上に力を絞り出せないくらいに全力だ。

 その上で、両者の力は拮抗している。

 

「あ、あああああああああッ!」

「う、おおおおおおおおおッ!」

 

 しかし、シンフォニックバニシングバスターを撃つ反動で、ゼファーと響の体は徐々に後ろに押し込まれていってしまう。

 巨大なドラゴンと、小さな人の身では大火力を放つ際の安定感がまるで違う。

 ゼファーに背を預けている響、背面に焔を噴出すれば背後の皆を傷付けてしまいかねないゼファー、密着している二人は押し返す手段を何も持たなかった。

 

(このまま押し込まれたら、皆のところまで……!)

 

 踏ん張るが、押し込まれている現状は止まらない。

 なんとかしなければ、と彼が思った、その時。

 彼の両肩が、後ろから押される。

 押し込まれるスピードが、ほんの少しだけ抑えられた。

 

「……な、ミク!? ゲンさん!?」

 

「悪いな、これが今の俺の精一杯だ」

 

「私だって、守りたいんだ!」

 

「未来……!」

 

 ゼファーが振り返ると、そこには風鳴弦十郎と小日向未来が居た。

 驚いたゼファーは慌ててマフラーを解き、後方全てをカバーする赤い力場へと変える。

 それが腹に大穴が空いた弦十郎と力の無い未来を、エネルギーの余波から守る。

 響は素直に喜びの声を上げたが、ゼファーは素直に喜べない。

 戦場に顔を出す程度ならどうにかなるかもしれない。

 だが、こうして最前線にまで出て来てしまえば、怪我人と無力な少女が無事で帰れる保証なんてどこにもないのだ。戦いが拮抗しているのなら、なおのこと。

 

「なんで、こんな場所に……!」

 

「俺が男で、お前より少しばかり大人だからかな」

 

「……それじゃあ私は、女で子供だからかな」

 

 弦十郎は男の意地を通しに来た。

 彼らよりも少しだけ大人である人間として、自分より子供な彼らを助けに来た。

 それが、彼の理由。

 未来は守られてばかりじゃ嫌だと、女の意地を通しに来た。

 子供だから、大人ぶった常識的な判断で友達を見捨てるのは嫌だと、彼女は決意している。

 それが、彼女の理由。

 

「司令! 加勢します!」

「ゼファー君も、司令も、本当に元気だな……!」

「二人共、止血と骨折固定しかしてないんだから、無茶しない!」

 

 緒川慎次が、藤尭朔也が、友里あおいが、弦十郎の背を後ろから押す。

 

「こういう時、アニメだったらヒーローの側の方が安全なのよ!」

「変に理屈こねないでいいでしょーが!」

「いざとなったら邪魔にならないよう、小日向さんを連れて逃げますわよ!」

 

 板場弓美が、安藤創世が、寺島詩織が、未来の背を後ろから押す。

 

「逃げろって、言ったってのにっ……」

 

 ゼファーはマフラーの力場を操作し、後方全てを守る力を更に強める。

 

「でも、力が湧いてくるよ、ゼっくん……!」

 

「……ああ、そうだな!」

 

 天戸が、土場が、甲斐名が、津山が、一課が、二課が、自衛隊が、緒川達の後ろにつく。

 

「頑張れ!」

「俺達も一緒に頑張ってるぞ!」

「後ろに下がりそうなら、俺達が押してやる!」

 

 その背中を押し、力を届ける。

 

「皆で、一緒に!」

「決めろッ!」

「託したぞ、俺達の未来!」

 

 リディアンの生徒達や教師達が、お好み焼きのおばちゃんが、街の皆が、弓美達の後ろにつく。

 

「また、明日、平和な場所で……!」

「助けられた分、助けるから!」

「要らない、逃げろって言われたって、このお節介は押し付ける!」

 

 その背中を押し、力を届ける。

 

「善意は人のためならず……今、それが、この時!」

「負けんじゃないよ!」

「戦えなくたって、あなた達の背中を押すくらいならっ!」

 

 精一杯目の前の背中を押し、背中を押された者が目の目の前の背中を押し、それが幾度となく繰り返され、皆の力と想いが最前列のゼファーの背中を押す力となる。

 物理的な力で言えば、雀の涙。

 されど、届けられた想いは、ゼファーの体……『アガートラーム』と感応する。

 シンフォニックバニシングバスターが、ドラゴンブレスを押し返し始めた。

 

『なんだと……!? バカなッ!』

 

 上空より、ゼファー達に絶唱の力を提供しながらも、クリスが叫び火力を降り注がせる。

 

「負けてッ! たまるかぁッ! ここまで来たんだッ! 勝ち以外にはありえねえだろッ!」

 

 上から押し込む最大火力が、フィーネの体より漏れるノイズの全てを撃滅し、赤き竜を火力で地に押し付ける。火砲に押し込まれたフィーネは、飛んで逃げることも出来ない。

 

「勝利を信じているッ! 押し切れ、ゼファーッ! 立花ぁッ!」

 

 翼は赤き竜が全身から生やした触手の数が倍増したのを見て、切り札を切る。

 

「千ノ落涙、天ノ逆鱗、悪、行、即、瞬、殺……『千ノ逆鱗』」

 

 エクスドライブの残り少ない力を注ぎ込み、翼は二つの得意技を融合させた。

 天ノ逆鱗の巨剣が千ノ落涙と同数放たれ、全方位から触手ごと赤き竜を突き刺していく。

 フィーネの最後の抵抗も、翼によって抑え込まれる。

 

『バカな! ネフシュタン、デュランダル、ソロモン、グラウスヴァイン……

 完全聖遺物、四つだぞ!?

 それが人に扱われてもいない人もどきの聖剣に、聖遺物の欠片三つに、負けるというのか!?』

 

「俺達は、"四つだけ"の力でもない……"四人だけ"の力でもない!」

 

 皆に背中を押され、ゼファーと響が密着したまま、一歩を踏み出す。

 誰が号令をかけたわけでもないのに、ゼファーの背を押す皆も、同時に一歩を踏み出す。

 

「強い想いがあれば、どんなに辛い嵐でも、乗り越えられるって信じてるから!

 この背中を押してくれる優しさ束ねて、皆と一緒に嵐の中に駆け出すのなら……

 きっと嵐の中がどんなに辛くても、苦しくても、日常(あのばしょ)に帰って来れる。

 帰って来れるって確信できる! そこに帰るって、大切な人に約束できる!」

 

 フィーネはもはや、赤き竜の形をした災厄だ。

 そんな災厄、暴力の嵐に向かって、彼らは一歩を踏み出した。

 力ある者も、力の無い者も、その心を一つにして。

 

 そして、シンフォニックバニシングバスターが、ブレスを更に押し込んでいく。

 

「力が無くたって、どんなに苦しくたって……守りたいものがあれば、歩いて行ける!」

 

 ずっと、ずっと、彼は聞いてきた。

 雪が降り積もるように沁み入る歌。

 優しい小夜曲(セレナーデ)のような歌。

 生きるということを奏でる歌。

 風を切り裂く翼のような歌。

 人の心に響く歌。

 彼の人生は歌と共にあった。挫けた時、負けそうになった時、支えてくれたのが歌だった。

 

 彼の人生が、形にしたもの。今、この戦場には……彼の"命の答え"があった。

 

「―――俺達は、どんな時でも、一人じゃないッ!」

 

 皆が、声を揃えて叫ぶ。

 皆の声が混ぜこぜになって、一つになって、誰の声でもない響きに変わる。

 

『 いっ、けええええええええええッ!! 』

 

 その想う響きの力(フォニックゲイン)が、最後の一押しとなった。

 

 束ねられた最強最大の力は、世界に終末をもたらすと記された、黙示録の赤き竜を呑み込む。

 

「……そう、か……アガートラームは……一人の力で抜くものではなく……」

 

 そして、赤き竜の体のことごとくを消滅させていく。

 

 フィーネの力を、妄執を、後悔を、諦観を、絶望を、一緒くたに消滅させながら。

 

 クリスの襲撃に始まった、フィーネ・ルン・ヴァレリアとの戦いは、ここに決着した。

 

 

 




あれだけ戦力差があってよく勝てましたねこの子ら

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。