戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 クリスの敵は、海から来た。

 

『クリスちゃん、敵データの照合完了!

 ゼファー君がアガートラームから引き出したデータの中に該当するものがあった!

 敵の名前は"海を往く者・リヴァイアサン"!

 海戦特化型ゴーレムだ! 原子力魚雷(リアクタートーピドー)に気を付けて!』

 

「了解ッ!」

 

 ヘッドギアが藤尭からの通信をクリスに伝え、彼女に銃を構えさせる。

 クリスは深海の施設の中で、壁に空いた大穴を見つめ、歌と火砲を一気に解き放った。

 

《《        》》

《 Bye-Bye Lullaby 》

《《        》》

 

 爽快な歌に爽快な火力が乗り、リヴァイアサンを海水ごと粉砕する火力が込められたミサイルが飛翔し、リヴァイアサンが姿を現す。

 リヴァイアサンは、女性と海蛇を融合させたかのようなゴーレムだった。

 上半身が人、下半身が海蛇。そう表現するのが一番簡単なのだろう。

 しかしそう単純なデザインでもない。

 女性形の全裸型の上半身には所々鱗が生えているし、海蛇型の下半身の表面にはどことなく人肌を思わせる部分があって、見ているだけで気分が悪くなりそうだ。

 特に蛇を模した眼球と、尾の先端に何故か付いている人の髪の毛のような感覚毛には、人ならば誰もが生理的嫌悪感を感じずにはいられないだろう。

 

 リヴァイアサンは、クリスのミサイルを受け止める。

 受け止めたのはリヴァイアサンに操られた『海水』だ。

 海水は最初に柔らかくミサイルを受け止めると、緩やかにその密度と硬度を引き上げ、最後には鉄よりもはるかに固くなり、ミサイルの爆発を抑え込んでしまった。

 

 火薬とは、言ってしまえば"燃えながらすごい勢いで膨らむもの"だ。

 クリスのミサイルはフォニックゲインで生成されたものだが、ミサイルが爆発する原理は同じ。

 ミサイルの爆発力を押し包む海水の圧力が上回っていれば、爆発しないのは当然だ。

 

(水……いや、海水か!

 なんだかんだ、戦ったことがないタイプだな)

 

 環境を利用する力。

 言い換えれば、この星の力の一部を借りて運用する力。

 海があるかぎり、リヴァイアサンは上位ゴーレムを除く全てのゴーレムを圧倒する力を持つ。

 地球上の140京トンの海水全てが、リヴァイアサンの味方なのかもしれない。

 

「ぶっ飛べッ!」

 

 クリスは両手に大型ガトリング砲を形成、リヴァイアサンに向けて目にも留まらぬ高火力連射攻撃を仕掛けるが、その全てが水の壁に弾かれてしまう。

 

(水の硬度じゃねえだろそりゃあよ!)

 

 海水で作った壁でしかないはずなのに、クリスの砲弾を弾く際、ガキンガキンと金属音がするという異常事態。

 リヴァイアサンの力を混入された海水は、時に大気よりも軽く、時に黄金よりも重く、時に空の雲より疎にして、地球の核よりも密である。

 攻めあぐねていたクリスだが、リヴァイアサンは突如その巨体を翻し、深淵の竜宮から離れて行く。逃したら不味い、と彼女の戦闘センスが叫んでいた。

 

「!」

 

 クリスはバリアフィールドを強化し、水中でも問題なく進むように調整したミサイルを発射。

 通信機の向こうの本部に声を届けてから、ミサイルにしがみついてリヴァイアサンを追った。

 

「あたしは奴を追う! 多少の損壊は多めに見ろッ!」

 

 海を進むリヴァイアサンは音の何倍も速く、なのに海中にほとんど波紋も発生させない。

 水中戦を想定されたシンフォギアではないイチイバルで必死に追うが、クリスは徐々に引き離されていった。

 

(この方向……まさか、風鳴先輩のライブ会場に……!?)

 

 

 

 

 

 響がその狙撃を弾くことができたのは、ゼファーが響の危機を感知し、響がゼファーから流れ込んで来た危機感を感じられたからに過ぎない。

 それがなければ、先の一瞬で二課本部が崩壊していたことも十分ありえた。

 

(なんだろ、この……このヤバい感じ……!

 さっきのあれだって、クリスちゃん以上の射程とパワーだった……!)

 

 響は片腕の武装ユニットが完全に粉砕されているのを見て、今さっきのが敵の全力攻撃であることを祈るが、おそらくそうではないだろうと当たりをつける。

 

『響ちゃん、敵データの照合が終わったわ!

 ゼファー君が入力してくれた中に該当データがあったの!

 敵の名前は"魔弾の射手・バルバトス"!

 兵器の王道、長距離砲撃戦仕様のゴーレムよ! 対大陸弾頭(マルドゥークゲイズ)だけは撃たせないで!』

 

「情報ありがとうございます! ……でも、これは……」

 

 第二射が来ない。

 本部はまだ警戒を続けていたが、響は敵が既にここを離れていることに気付いていた。

 そして敵が向かう先にも、心当たりがあった。

 何故ならば。

 

 今切歌と調に襲われているゼファーと、響は心が繋がっているからだ。

 

「これは陽動です! ここに戦力を釘付けにしておきたいだけです!」

 

 響はギアを一旦解除し、再起動して再構築する。

 

言の葉は、胸打つ風となり(Balwisyall Nescell gungnir tron)

 

 ギアを纏って走り出した響に近付き、彼女の横で車が並走する。

 スモークの張られたウィンドウが降り、そこから響の知る顔が見えた。

 

「! 甲斐名さん!」

 

「乗れ!」

 

 響が車に飛び乗るやいなや、甲斐名はアクセルを全開で踏んだ。

 車上の響が振り落とされる可能性など考えていないのか、甲斐名の車は一気に300km/kmを越え、更に加速していく。

 長距離移動ならば、車の方がずっと早い。

 響は仲間の力を借りて、道を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十四話:天下布武 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弦十郎がデスクを叩き、立ち上がる。

 

「バカな……なんだこれは……!」

 

 ライブ会場に並ぶ、強敵という表現すらおこがましいような怪物の軍団。

 そして既に、二課の聖遺物チーム・ワイルドアームズのリーダーであるゼファーが、真っ先にかつピンポイントに落とされているという事実。

 かつてのフィーネとの決戦並みの大ピンチだ。

 最たる違いは、"ゼファーが味方に居ない"という点だろうか。

 

「計測結果出ました!

 グラムザンバーのシンフォギアの出力値、やはり次元違いです!」

 

「この数値……やはりあのどさくさに紛れて、破片は全て回収されていたのか!」

 

 しかも、マリアが手にしたグラムザンバーから、通常のシンフォギアと比べても格が違うエネルギーが検出されていた。

 それこそ、限りなく完全聖遺物に近いレベルのエネルギーだ。

 ゆえにここで"グラムザンバーの破片が一つも見つからなかった"という事実が効いてくる。

 グラムザンバーの破片は全て回収され、あのシンフォギアに組み込まれたと考えるべきだろう。

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ……彼女の目的は、本当に世界平和だとでもいうのか……?」

 

「……聖遺物の力があれば、可能なのでしょうか」

 

「可能だ。

 姿を消すシンフォギアがある。

 地球を破壊できるシンフォギアがある。

 想いを感知できる聖遺物がある。

 時間を遡ることを可能とする聖遺物がある。

 無限の再生能力も、無尽のエネルギーも、聖遺物なら可能にできる。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴがしたあの宣言は、実現不可能な夢物語ではない」

 

 『あれだけの聖遺物が揃っていれば世界征服も可能かもしれない』というニュアンスで、弦十郎が言葉を発すれば、二課司令部に激震が走る。

 特殊な聖遺物があれば、世界を壊すことも、世界を制圧し従わせることもできる。

 "世界征服"。

 そんな幻想が世界に現実味を持って現れたことに、誰もが驚愕を隠せなかった。

 

 しかしマリア達は、その驚愕を易易と塗り替える行動に出る。

 

「!? 逃げた!?」

 

 ナイトブレイザーが磔にされた十字架をリリティアが抱え、マリア達が会場から去っていく。

 世界に対しての布告を終えた以上、もうここに用はないということなのだろうか?

 しかしゼファーが捕まっている以上、二課がそれを見逃すわけにはいかない。

 

「翼、追え! なんとしてでもゼファーだけでも取り戻せ! だが決して無茶はするな!」

 

『了解です!』

 

 本部の弦十郎の叫びに応じ、本部モニターに写った翼が、地に落ちたギアを拾い駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギアを拾うと同時に走り出し、会場から出た翼はすぐさま姿を変える。

 

羽撃きは鋭く、風切る如く―――!(Imyuteus amenohabakiri tron―――!)

 

 会場の皆を避難させるのは、緒川達に任せておけばいい。

 自分は何よりも先んじて、ゼファーを奪還しなければならない。

 そう考え、翼は特に見える強敵の背中を見つつ、加速した。

 

《《         》》

《 Beyond the BLADE 》

《《         》》

 

 一人でどう戦えば勝てるのか?

 幾つもの策を考えては、不可能だと却下する翼。

 だがそこで、頼りになる仲間達が合流してくれた。

 

「翼さん!」

 

「待たせたな! 状況は通信で把握してんぜ!」

 

「立花! 雪音!」

 

 響、クリス、そして翼が揃ったことで、ゼファー奪還の目が見え始める。

 ゼファーを除いた二課の聖遺物所有者勢揃いだ。

 "これでどうにかならなければもうどうにもならない"と、司令部で思っているオペレーターまで居るほどの布陣だ。

 

「行くぞ! あのバカをさっさと取り返さないと―――」

 

「なら少し、僕と遊んでくれませんか?」

 

「!」

 

 そんな二課の聖遺物総戦力の前に、立ちはだかるは一体のゴーレム。

 清廉にして妖艶な、扇情的な曲線を描く女性形のボディフレーム。

 透明な円が体にいくつも重なる特異なデザインも、あの日のままだ。

 その背後にはナイトブレイザーが磔にされた十字架があり、リリティアに指示を出しているウェル博士が立っていた。

 

「あの容姿は、ゼファーが言っていたDr.ウェル……!」

 

「リリティア……」

 

「ゼっくん!」

 

 クリスはこの場で最も仕留めやすそうな、"そいつを倒せば仲間を助けられる"ターゲットを見やり、合理的かつ冷静に目標を定める。

 翼はかつて戦った強敵を前にして固唾を飲み込む。

 そして響は彼女らしいシンプルな考え方で、捕まっている黒騎士だけを見て叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月読調は、ゼファーを抱きかかえたまま足のローラーを使って走る。

 気を失い生身となった彼を優しく抱きかかえ、調は切歌達と共に撤退していた。

 ギアのパワーアシストのおかげで、調は体格差をものともせず彼を抱えられている。

 無言で、無表情で、されど優しく彼を抱えて走る彼女の脳裏には、懐かしい記憶が蘇っていた。

 

 目を閉じると、調は今でもあの日のことを思い出せる。

 あの時『彼』にかけられた言葉を思い出せる。

 

「なるほど、調ちゃんは力が欲しいと。

 友達を助ける力が欲しいと。

 なら、僕達も君に力を貸すのはやぶさかじゃない」

 

 調と切歌に力をくれた旅する人助けの青年。

 彼は名を、『ジュード・アップルゲイト・ディーンハイム』と言った。

 友を助ける力が欲しいという彼女らの願いを、彼は快く聞いてくれた。

 彼は、少し良い人すぎるくらいに良い人だった。

 

「切歌ちゃんも? ……ふむ、僕から見れば、二人とも十分強く見えるんだけどね」

 

 彼は手が動かない人間だった。

 だが彼の右には彼の伴侶が居て、彼の左には伴侶の妹が居た。

 両腕の代わりは足りている。

 『錬金術師』として名が知られた"ディーンハイム"の人間が三人がかりで改造したシンフォギアは、かつてのそれとは完成度がまるで違っていた。

 

「魔剣・ダインスレイフを加工した決戦ブースター、『イグナイトモジュール』。

 これは過去にナイトブレイザーが暴走した時と似て非なる作用をもたらすシステムだ。

 すなわち人間と聖遺物の波長を共鳴させ、互いの力を指数関数的に上昇させるシステムになる」

 

 それは、意図して複数の聖遺物の力をギアで稼働させるシステム。

 響の中のアガートラームや、翼が手にしたガングニールの力に近いものの、より精密かつシステマチックに他種聖遺物を組み込んだモジュール型システムだった。

 

「ダインスレイフは人の心を侵し殺戮に走らせる呪いの魔剣。

 ギア・モジュールに加工すれば、これは人の心の闇を引き出す断片となる。

 君達はどうだろうか? 引き出される心の闇に、心当たりはあるかい?」

 

 かつてのジュードの問いに、調と切歌は胸の内の後悔を告げる。

 二人の心から引き出される闇があるとすれば、それは一つしかない。

 恵まれなかった生まれではない。

 研究所での実験の日々ではない。

 自分達を虐める大人達の姿でもない。

 

 仲間を守ろうと出撃したのに何もできず、逆に守ろうとした友達に守られた挙句、セレナとゼファーを死なせてしまったあの日の記憶だ。

 

 あの日ほど、二人が無力感に苛まれたことはない。

 ゼファーの奇跡の生還を知るまで、二人は見てられないくらいに塞ぎ込んでいた。

 守れなかったという後悔。自虐に繋がる無力感。怒りと絶望が混ぜこぜになった激情。

 イグナイトが引き出す闇があるのならば、それであると、調と切歌はかつて口にした。

 

「……そうか。

 僕とキャロルとエルフナインで出来る限りのセーフティは構築しておくけど、気を付けて。

 心の闇を引き出し、聖遺物と精神の繋がりを辿り、聖遺物を擬似暴走状態にする。

 それがイグナイトモジュールだ。

 君達は成功すれば完全聖遺物に匹敵する力を得るが、失敗すれば心を失うことになるだろう」

 

 ジュードから告げられた仕様は三つ。

 攻撃力を中心としたシンフォギアの全スペックの爆発的上昇。

 (ニグレド)(アルベド)(ルベド)の三段階に別れたセーフティ。

 そしてイグナイトは最低出力でも999秒の活動が限界であり、その時間制限を超えて稼働させてしまえば、即座にギアが強制解除されてしまうということだ。

 

 膨大な精神への負荷と引き換えに、暴走状態のまま制御されたイグナイトモジュールは膨大な出力を吐き出し、スペックアップに留まらずギアの負荷すら相殺してみせる。

 肉体的負荷を精神的負荷で置き換えられるのがイグナイト。

 かつての天羽奏よりも低い適合係数でしかない調と切歌は、この力を借りることで、適合係数の弱さを心の強さで補えるようになったのだ。

 

 突破力に優れた切歌は、響の全開を超える突破力を得た高機動重戦車に。

 突破力の無さしか弱点がなかった調は、完全に死角のない全身武器庫に。

 二人はこの力を得た日から、二課装者の誰よりも強くなった。

 

「忘れないで欲しい。イグナイトは、君達の心を喰らって力を吐き出す物なのだということを」

 

 力を手にした二人に、ジュードは忠告を告げ、彼の仲間と共にF.I.S.を去って行った。

 

「そして、その力を友達のために求めたのだということを」

 

 その忠告がハッタリではないと、調は理性的に理解していた。

 

「君達が『それ』を忘れた時。君達を止めるために、僕達はそこに現れるだろう」

 

 目を開き、記憶の海から帰還した調は思う。

 今の自分は、初志を貫徹できているのだろうか、と。

 月読調が『それ』を確かめられるものは、抱きかかえている彼の体の重みしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリティアと交戦した経験のある翼が居る。

 加え、氷の女王・リリティアの精密なスペックデータも、アガートラームことゼファーからもたらされており、皆今日まで頑張って頭の中に叩き込んでいた。

 だからこそ、装者達は希望的観測ではなく、確固たる事実として、勝利を確信していた。

 

 リリティアは、この戦力を相手にして勝てるほどに強力なゴーレムではない。

 

「この辺で少し遊んであげますよ。装者の皆様方」

 

 だが、戦いは予想に反し一方的なものになった。

 

 ウェル博士の嘲笑の理由が察せられるほどに、リリティアは装者達を圧倒する。

 

「ぐっ!?」

 

 リリティアは比較的初期型のゴーレムな上、特殊能力にリソースの大半を割いているために、機動力や近接戦闘能力がかなり低い。

 数で攻めて距離さえ詰められれば、まず負けは無い。

 無い、はずだった。

 

 なのに、距離を詰めた響が弾き飛ばされる。

 近接戦での攻防に競り負け、力負けして吹っ飛ばされたのだ。

 

「立花!」

 

「させっかよ!」

 

 追撃させないためにクリスが銃弾を撃ち込むが、リリティアは防ぐまでもないと言わんばかりに無視。装甲の厚みだけで弾く。

 翼が間に割って入ることで何とか追撃は防げたが、翼は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 リリティアが氷柱を放つ。

 翼が刀でそれを切り落とそうとする。

 しかし翼の渾身の一撃は氷柱を切り落とせず、逆に刀が折れてしまい、少々失速した氷柱が翼の肩に衝突して、彼女を地に転がした。

 

(おかしい、なんだこれは……!?

 私は遅い。立花は弱々しい。雪音は今にも死にそうなほど苦しげだ……!)

 

 勝てる勝負のはずだった。

 だが、蓋を開けてみればどうか?

 リリティアの苦手分野である近接格闘戦ですら、リリティアに遅れを取る始末。

 その原因は明白だ。

 

 この戦闘が始まったその瞬間からずっと、氷の女王の機体から吹き出ている『赤い霧』。

 それが、装者達の何かを鈍らせているのだ。

 

「Anti_LiNKER」

 

 ウェル博士は、リリティアに追い込まれている装者達を嘲笑いながら種を明かした。

 それはこの男の傲慢であり、足元を掬われる緩み。

 同時に、種を明かしてもどうにも出来ないという確信からの言葉だった。

 事実、生化学における稀代の天才であるウェル博士以外に、『アンチ・リンカー』をどうにかする薬品は作れない。

 

「その効果は、シンフォギア装者の適合係数を引き下げること。

 適合係数にてギアの出力を引き出し、負荷を抑える装者にとってはまさに致命の毒……

 あなた達がカ・ディンギル相手に貴重な時間を稼いでみせた、あの薬品と同じですよ。

 これは聖遺物と聖遺物でないもの、この場合は人間との間に挟まり、繋がりを邪魔するのです」

 

 なにせウェル博士ほどの天才は先史文明期にも数えるほどしか居らず、フィーネですらウェル博士の域には及ばないのだから。

 

「はぁ……はぁ……クソが、あたしらのこれは……お前の仕業ってことかよ……!」

 

 アンチ・リンカーは、"繋がらせないための力"。

 ゼファーや響が持つような、"繋ぐ力"の対極にある力である。

 これにより、装者達は聖遺物との絆を絶たれ、シンフォギアが生むバックファイアを適合係数で軽減することが難しくなってしまう。

 融合症例としての特性で負荷を軽減している響はともかく、高い適合係数と高い出力を両立するクリスは、ただ戦っているだけで虫の息になってしまっている。

 

「全ゴーレムに搭載してあります。

 ゴーレムと併用すれば、まあまずシンフォギア相手には負けませんよ」

 

「やってみなければ、結果は分からん……!」

 

「くくく、今あるゴーレムの内、一番弱いこいつに苦戦するあなた達ごときに何が出来ると?」

 

 リリティアは、総合戦闘力で言えば残る五体のゴーレムの中では最も弱い。

 されど、アンチ・リンカーを使われてしまえば、そんなゴーレムにすら装者達は勝てない。

 ウェルがひとたび指を振るえば、リリティアは装者の足元を一瞬で凍りつかせ、発生した氷は装者の足元から頭に向かって一気に氷を走らせる。

 

「足が、凍る!?」

 

「引っこ抜け! 走れ! 止まったらあたしらは一秒後に蜂の巣だ!」

 

 バリン、と足元の氷を力づくで砕き、三人の少女は走り出す。

 数秒反応が遅れていれば、今頃氷の柱の中に閉じ込められていただろう。

 装者達は時にリリティアを攻め、時にウェル博士に攻撃を仕掛けて勝機を探すが、そのどちらもリリティアによって防がれてしまい、何一つとして通じない状況が続いていた。

 

 アンチ・リンカーは時間が経てば経つほどに、彼女らの適合係数を引き下げていく。

 時間の経過は彼女らの敵だ。

 だが、彼女らの勝利条件は、リリティアの破壊でもウェル博士の捕縛でもない。

 

(いや、勝たなくていいんだ。ゼっくんを取り返せれば、それで……!)

 

 響と翼が前衛、クリスが後衛。

 オーソドックスな陣形で彼女らはリリティアと戦っていた。

 最も王道な攻め方で、最も彼女らの実力が発揮させる陣形でずっと戦っていた。

 だからこそ、リリティアのAIにも、リリティアを操っていたウェル博士の意識にも、その陣形の形がこびりついていた。

 

(今!)

 

 リリティアの攻撃の合間を狙い、響達は前衛後衛をスイッチする。

 クリスが一気に前に出て、至近距離からの一斉掃射。一瞬火力の密度が桁違いに増加する。

 そして翼が後方に下がってから千の落涙。

 アンチ・リンカーのせいでそれは自殺行為に等しかったが、翼は歯をくいしばって落涙を放ち、リリティアとウェル博士の二者を守らせることで、リリティアの対処のリソースを割く。

 そして響は一度下がってから回り込み、走り、ゼファーを奪取できる位置に辿り着いていた。

 

「よし! やっ――」

 

 だがその手は、空を切る。

 

「――た?」

 

 ナイトブレイザーに触れたはずの手が、空を切る。

 響の手に、何も触った感触が残らない。

 代わりに響の背中に、リリティアが振り落とした氷のハンマーの感触が来る。

 例えようもない、激痛だった。

 

「か、はっ……!」

 

 アンチ・リンカーで防御力が下がったところに痛烈な一撃を貰い、響は気絶させられてしまう。

 

「なんだ! なんなんだ!? どうなってやが―――がッ」

 

 そしてカバーしてくれる二人の内片方が欠けた上、前に出た状態から後ろに下がりきれていなかったクリスの体が空中で停止する。そして氷柱が叩き込まれ、クリスもまた落とされてしまった。

 リリティアには、かつてゼファーが苦しめられた三つの武器がある。

 飛べない敵の動きを封じる、運動エネルギーの継続略奪。

 敵を空間ごと固定する空間凍結。

 そして、強制昇華兵器『霧氷大后』。

 リリティアはその内一つ・空間凍結という札を切り、クリスを落としたのだ。

 

「バッカでっすねー!?

 気絶したら変身解除! それが彼の変身のルールでしょう!

 動揺しすぎてそんなことにも違和感を抱かなかったのかなぁ!?

 こいつは立体映像ですよ! 本人は現在進行形で僕らの拠点に移送中だッ!」

 

 翼はもう自分一人しか残っていない現状を見て、歯噛みする。

 気付くべきだったと、後悔していた。

 時間があれば、頭が冷えていれば、気付いていたはずだと猛省していた。

 動揺していれば気付かないだろうと、必死になって取り返しに来る奴らは気付きもしないだろうと、ウェル博士は彼女らの思考を読み切っていたのだ。

 

 戦場で時に使われる手だ。

 仲間の死体を生きているように地面に置く。

 その死体の周辺に地雷を敷き詰めておく。

 すると、冷徹な判断ができるリーダーが居ない場合、その仲間を助けるために敵は無駄な犠牲を出してしまう。人の情を利用した、人の思考を間違えさせるための悪辣な策だ。

 

 翼達から、二課の皆から、冷静さを奪ったのはゼファー自身だ。

 皮肉にも"ゼファーが仲間に想われている"という事実こそが、この窮地を招いてしまっていた。

 

「"ナイトブレイザーを倒した"という宣伝効果だけ得られればそれでよかったんですよ――」

 

 ああ、そうだ。

 せっかく倒して捕らえた有用な獲物を、二課に取り返される可能性のある場所に置いておくわけがない。本物のゼファーは、調がずっと抱きかかえたまま運んでいる。

 これは、ゼファーが倒され捕らえられたという事実を餌に使った、装者殺しの罠である。

 

「――僕らはねえ!」

 

 ウェル博士は容赦がない。

 マリアなら、調なら、切歌なら、殺さなくてもいいのなら殺さない選択を選ぶだろう。

 だが、彼は違う。

 彼はここで"もののついで"で、かつ"念のため"に、二課の装者を皆殺しにしようとしていた。

 

「さて、十分です、リリティア。

 アンチ・リンカー漬けで役立たずになったそこのゴミを片付けて下さい」

 

「させるものか!」

 

 気絶した二人を庇うために動く翼。

 その体はアンチ・リンカーのせいで、既に奏以下の適合係数しかない。

 対しリリティアは全くの無傷。

 二課装者の皆殺しという未来が明確に見え始めた、その時。

 翼にとっては降って湧いた幸運、ウェル博士にとっては邪魔な横槍となる通信が入った。

 

『Dr.ウェル、全員が帰投しました。

 足止めはもう必要ありません。帰還して下さい』

 

「んん? いやー、ちょっと待って下さいよー。今いいところなんですから」

 

『あなたが帰って来なければ出航できません。

 出航が遅れれば計画に支障をきたします。帰還して下さい』

 

「うーん、ここで一人くらい仕留めといてもいいと思ったんですが」

 

 声の主は、今のところではあるがウェル博士の上司であるナスターシャ。

 さて、このタイミングは偶然か、それとも狙ったのかと、ウェル博士は少し考える。

 そして最終的に、ナスターシャが二課装者の命を助けたがっているのだとしても、別に問題はないだろうという結論に至る。

 

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤには、彼女だけの目的がある。

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスには、彼だけの目的がある。

 狸なのはどちらも同じ、ならば今は捨て置いてもいいだろうと、彼は思考する。

 

「あ、じゃあ僕はそろそろ帰りますね」

 

「……なんだと?」

 

「いやー、邪魔者だから僕も片付けようと思っていたんですけどね。

 これだけ弱くてどうとでもできるようなら、生かしておいても問題はないかと思うんですよ」

 

「ッ」

 

 ウェル博士は翼を煽る。

 特に意味は無い。

 理由があるとすれば、彼が他人に嫌がらせをするのが大好きだからだ。

 自分よりみじめな者を見ると相対的に自分が偉くなったような気がして、ウェルは気持ちが高揚していくのを感じる。

 

「と、いうわけで。僕に見逃してもらったおかげで繋いだその命、じっくり噛み締めて下さいね」

 

 翼が浮かべている表情だけで、ウェルは心の底から満足していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてリリティアの肩に乗り、ウェルもまた帰還する。

 彼らの組織・ブランクイーゼルの拠点は、米海軍から拝借した特大サイズの空母だ。

 なお、返す予定はない。

 ウェル博士はリリティアと共に着艦し、周囲の人間から嫌な視線を受けつつも、全く気にしていない様子で空母の最奥に向かう。

 

 この空母には、一度一番上の階層から一番下の階層に向かい、その後また一番上の階層に上がって行かなければ辿り着けない場所がある。

 ……捕虜を捕らえるために、使われている場所だ。

 そこには鎖で縛られ、首輪を付けられたゼファーが床に腰掛けていた。

 

「やあ、元気そうですね」

 

「ええ、まあ、それなりには」

 

 微笑むゼファーに、狂乱の様子はない。恐怖すら無いように見える。

 どこか常人とは一線を引いた心の強さが、そこにはあった。

 ウェルは、かつてフィーネが『精神の怪物』と呼ばれていたことを思い出す。

 そしてフィーネと似た雰囲気を持つ今のゼファーを見て、心中で感嘆の声を上げた。

 

 血か。

 経験か。

 繋がりか。

 今のゼファーの雰囲気は、ウェルの知る超越者・フィーネの雰囲気に少し近い。

 

「いい首輪でしょう? ミス・フィーネにも気に入ってもらえたようでなによりです」

 

「俺はこれ嫌いですけどね。痛いですし。

 俺の首にぴったりサイズなのも、何となく俺専用って感じがして嫌です」

 

 ウェルが知るゼファーは、誰よりも心が弱かった。

 死が日常であり、死に慣れきっていた子供達の中でただ一人、命が一つ消えることに心折れそうなくらいに嘆く少年だった。

 憐れまれる立場の人間。ウェルはかつて、ゼファーをそう認識していた。

 強者の仮面を被っても、根本の部分で弱い人間だったはずだと、彼は記憶を探る。

 

「俺はいつ帰れますか?」

 

「僕は帰す気はないですねぇ」

 

「すぐにでも帰りたい気分ですよ」

 

 その成長が、ウェルにはとても眩しく見えて。

 空を見上げた時、目に入った太陽が、目を焼いてきたかのような、そんな感情を覚える。

 正負の感情が入り混じった、そんな感情だった。

 

「せっかちですねえ。もっと僕みたいに悠々と好き勝手生きたらどうです?」

 

 だからだろうか。

 ウェルはいつもの息をするように吐く嫌味ではなく、意図して組み上げた悪意をぶつける。

 

「どうせあと三ヶ月も生きられないんですから」

 

 いつも見下すように悪態をついていたDr.ウェルが、その時だけはゼファーを見上げるように、彼に悪意をぶつけていた。

 

 

 




 

年は越せない、というのがウェル博士の見立て

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