戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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・WA2における守護獣の強さの記述
「宇宙全てを一撃で破壊する」「超光速域での戦闘」「ただの腕の一振りで星系に影響を与える」
・希望の守護獣ゼファーの強さの記述
「一瞬で宇宙の果てまで飛翔する」「作品が進むごとにゲッター化」
「心臓に脈打つ熱を開放すれば多次元宇宙が消滅し、上位次元まで影響する」
・ロードブレイザー
そいつらをゴミのように殲滅


3

「『希望の西風』と、お前さんの名にはそういう願いが込められておる」

 

 

 出立の前、バーソロミューに「行ってきます」と告げた時。

 ゼファー・ウィンチェスターは、生まれて初めて自分の名の由来を知った。

 人の名前は適当に付けられるものではないのだと知った。

 そこには名付けた人の祈りが込められているのだと知った。

 

 

「『ゼファー』という名はそう多くない。込められた願い、由来は変わらんはずじゃ」

 

 

 親がいずれ生まれてくる子に、どんな愛を向けるのかということを知った。

 

 

「力づくではなく、優しく誰かの背を押す西風であって欲しいと。

 どんな時でも希望を持ち続ける、折れない人になって欲しいと。

 誰かにとっての希望の西風になれる、そんな風に育って欲しいと。

 ワシの娘は、ワシの孫の名にそんな祈りを込めておった」

 

 

 その言葉をゼファーは胸に刻み込む。

 忘れてはならない、蔑ろにしてはならない言葉だ。

 『ゼファー』という名を名乗るのなら、『ウィンチェスター』の姓を名乗るのなら、絶対に背を向けてはならない想いの数々だ。

 

 

「行ってこい、ゼファー」

 

 

 少しだけマシになった顔を見せ、バーソロミューは好々爺の笑みを浮かべる。

 もうゼファーの直感は彼に対して何も言っていない。

 で、あるならば。

 もう迷うことなく、その呼称を用いることが出来るだろう。

 

 

「行ってくる、爺ちゃん」

 

 

 その別れは何故かなんでもない、挨拶の一幕でしかなかったはずなのに。

 バーソロミューにわけもなく、ほんの少しだけ、今生の別れを思わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四話:Lord Blazer 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジェイナス、そこの床の四角いとこ触ったらやばそうだ」

 

「ここか?」

 

「そう、そこ」

 

 

 遺跡に仕掛けられたトラップを、また一つゼファーが感知して回避する。

 こういう場所には入口近くに全てのトラップを解除するための総合コントローラがある可能性もあったが、見つけた所でゼファーもジェイナスもそんな聖遺物もどきを扱えるわけがない。

 そもそも見付からなかったのでお察しだ。

 よってゼファーが一つ一つ探し、判別していくという形になる。

 

 

「……? ここ、頭下げて行った方がいいっぽいな」

 

「おーぅけーい、やっぱりお前を連れてきて正解だったぜ」

 

 

 遺跡に設置された床の感圧式の罠、壁から出る赤外線もどきの感光性の罠、それらを息をするようにひょいひょいと避けて行くゼファーを見て、流石のジェイナスも感嘆せざるを得ない。

 ゼファーの直感は目、経験、感性で構成される常人の鍛えられる限界値ギリギリのものだ。

 経年劣化で築材の表面が変化する際、材質の違いから出るほんの僅かな差異を感じ取る。

 僅かに空中に舞った埃に当たったほぼ不可視の光線が生む違和を感じ取る。

 無意識化に蓄積されるそういった情報に、「人間に対してならどこに罠を仕掛けるか」という思惑を戦場で散々見た経験を組み合わせ、足りない部分を感性で埋める。

 その結果、「何となくここは避けた方が良さそうだ」という直感が生まれる。

 判断の付かない怪しそうな場所には徹底して近付かないため、かなりの距離を進んだにも関わらず、二人はいまだ無傷という快挙を成し遂げていた。

 

 

「どうかな? ジェイナス博士は聖遺物の在り処に見当付いたんでしょーか」

 

「残念ながら全く見当はついてねえよ、博士じゃねえしな。文句あんなら自分で探して来い」

 

「俺の勘は自分の命を脅かすものを感じ取る時は冴えてるけどそれ以外はあんまり……」

 

「ケッ、使えねえな。聖遺物が今日の本命だってのによ」

 

 

 遺跡を記録するだけ記録し、ここにほぼ確実に収められている聖遺物の回収が彼らの目的だ。

 当然聖遺物探しの方はジェイナスの仕事であるのに、この言い草である。

 ゼファーは苦笑するしか無い。

 それでも、ゼファーは罠を感知するという己の役割を果たすだけだ。

 今少年は、常よりも高まっている自分の能力を感じ取っている。

 

 

(うん、結構調子いいな)

 

 

 雪音クリスという少女と出会うまで、ゼファーは自分というものを知らなかったと言っていい。

 それは常識や精神面という意味でもあるし、戦闘に関することでもある。

 その最たるものが、ゼファーは大切な物を想う時、守る時にこそ強くなるということだ。

 背中に誰かを庇う時。大切な人を心の中で想う時。

 ゼファーの直感と戦闘力は、飛躍的に増加する。

 今ゼファーの胸の中には、別れ際のクリスとの約束、バーソロミューから貰った名の由来、そこから生まれる強く輝かしい気持ちで一杯だ。

 その上性格最悪とはいえゼファー視点大切な悪友のジェイナスも後ろに居る。

 これほどの冴えた勘があれば、背後からの長距離狙撃とてかわせる可能性がある……のだが。

 

 

(……だけど、勘の効きが悪い?)

 

 

 遺跡の奥に一歩、また一歩と踏み込む度、感じる不気味な熱が増す。

 ゼファーはそれをジェイナスに言ってみるものの、ジェイナスは何も感じないらしい。

 その熱がじっとりと纏わり付き、直感が世界を知覚しようとするのを邪魔するのだ。

 サウナの蒸気を数倍ネットリさせたものを想像すればいい。

 フィルターというにはあまりに茫洋としていて、空間の中に充満するうっすらとした膜。

 冴える勘を邪魔するように、遺跡の奥から流れ出ているようだと、ゼファーは感じた。

 

 

「さっさと終わらせて帰ろう、ジェイナス」

 

「言われなくたって俺もこんな辛気臭え所にいつまでも居たくねえよ」

 

 

 理由はどうあれ、ジェイナスも急いでくれるのならそれに越したことはない。

 ゼファーは自分の中の一番大切な人を、半身のような相棒を思い浮かべる。

 バーソロミューも大切な人であることに間違いはないのだろうが、ゼファーにとって今一番大切な人と言えば彼女であった。

 一番多く命と背中を預けた相棒で、現状ゼファーの最大の理解者で、親友だ。

 ゼファーとクリスは互いに無いものを補い合い、教え合い、だからこそ強固な繋がりを持つ。

 一方的に助けられるだけの関係であれば、こうまで互いに大切には想い合わなかっただろう。

 

 恋愛感情とも、仲間意識と、友情とも、家族愛とも、依存関係ともまた違う。

 けれどそれらが一つ一つでは決して敵わないほどの強固な繋がり。

 人、それを『絆』と言う。

 

 

(……よし)

 

 

 彼女の笑顔と交わした約束を思い返し、ゼファーの勘がまたキレを増す。

 帰らなければならない理由がある。

 死ねない理由、一人にしたくない人が居る。

 それだけあれば十分だ。

 それだけあれば、生きたいという意志は人の力を大いに高めてくれる。

 

 

「止まれゼファー。ここの壁面もメモっておきたい」

 

「了解」

 

 

 どうにもこの遺跡は各階層に小部屋がいくつかある程度で、その数も多くはないようだ。

 ここで得た情報をジェイナスが整理する限り、階層は地下三階まで。

 すり鉢のように一階層ごとに小さくなり、一番下は一部屋しかないようだ。

 小部屋の数も両手で数えられる程度で、相当に小規模な遺跡らしい。

 その分廊下の壁面にまで文が記されているらしく、情報量までも少ないというわけではない。

 ジェイナスは文面の内容よりも、『明かりがないのに昼間のように明るい密閉空間』という先史文明の異端技術の方がよっぽど興味深く感じられているようだが。

 

 

「こういう遺跡の文面ってその資料だけで読めるのか?」

 

 

 ゼファーの疑問に、ジェイナスは「うわめんどくせえ」と露骨に顔に出す。

 しかし手を止めないまま、口を開いて面倒くさそうに語りだした。

 

 

「レビ記11章を知ってるか?」

 

「え、何それ」

 

「旧約聖書だ。

 『イスラエル人に告げて言え。地上のすべての動物のうちで、

  あなたがたが食べてもよい生き物は次のとおりである   』

 ってとこから、延々と動物の種類や名前が40行とか50行とか書かれてる部分があってな」

 

 

 実際長ったらしいのでここには記さない。

 

 

「つまり当時の歴史の資料が失われても、レビ記を記した言語文化が失われていても、そこから

 『そこにどんな動物が居たか』『そこでどんな動物を食べていたか』

 ってのがレビ記から分かるわけだ。

 文章の中で出てくる単語、出てくる回数に着目する、それが解読の最初の一歩になる」

 

「ああ、なるほど……全部読まなくても、そうやってよく出る単語から見ていけばいいのか。

 よく出る単語なら参考になる文面も多いから比較できるし。

 その例ならそのページが動物に関連する単語集として使えるってことか」

 

「飲み込みが早くて面倒がなくて助かる、だが鬱陶しいから翻訳中は極力話しかけてくんな」

 

 

 実際、資料一つで文を全て読めているとは思えない。

 単語を文として構築できるのはひとえにジェイナスの優秀さゆえにだろう。

 この遺跡の構造も壁面の文から読み取れた以上、ジェイナスは完全にとは行かずとも解読を続けることを余儀なくされている。

 重要な情報を見逃して死にました、なんてのは冗談にもならないからだ。

 

 

「ここまでの頻出単語は『焔の災厄』『剣の英雄』『降魔儀式』『運命』『魂』、

 ざっと上げるだけでそんな感じだ。

 だが、未出の固有名詞は流石に読める部分が少ねえ……ここはもう放っておくしかねえな」

 

「『英雄』……ここは、英雄のお墓だったりするのかな」

 

「さてな、英雄の墓標にしては副葬品(おたから)が少ねえ気もするが」

 

 

 道筋を次へ次へと進み、罠を次々と突破していく。

 二人はサクサクと進んで行ったが、地上部を突破し地下一階へ突入してすぐに問題が発生した。

 道が二手に分かれていたのである。

 

 

「ゼファー、どっちだ」

 

「どっちでもよさそうな感じ。……勘が効きにくくなってきたな」

 

 

 ゼファーは状況にもよるが、勘任せなら二択はかなりの確率で外さないと言っていい。

 右か左かで迷ったなら、ほぼ確実に生存のための最善の選択肢を選んでくれる。

 ただあくまで生存第一の直感である上、どっちに行っても死ぬ状況であれば全く意味は無い。

 しかしどちらの道にも嫌な予感がしない以上、どちらに行ってもいいということになる。

 懸念事項があるとすれば、不気味な熱の濃度が更に増していて、ブーストがかかっているはずのゼファーの直感も効果が減じて来たということくらいか。

 迷った末、ジェイナスは右の道を選ぶ。

 

 

「行き止まりに小部屋、か」

 

「聖遺物とかは無いけど……すげえ、壁にみっしり文が書いてある」

 

「ある意味図書室みてえな役割が期待されてた部屋なんだろうよ、ここは。

 まず欲しかったここの情報がたっぷりありそうな最高の部屋を引き当てたな」

 

 

 右の道の先には、天井と床以外全てに文が記された小部屋があった。

 正六角形の構造、その六つの面の一つにドアが付いている形。

 部屋の天井は高くないが、壁には天井ギリギリまで文字が刻まれていてかなり異様だ。

 何箇所かは絵も描かれており、レポート一冊分にはなりそうなほどの情報量がある。

 高解像度のカメラでも何十回とシャッターを切らなければ全ては記録できないだろう。

 

 

「ここの調査は時間がかかる。さっきの分かれ道の先を調べて来い、ゼファー」

 

「どこまで安全確認してくればいい?」

 

「階段までだ、下には降りるなよ? 20分以内に戻って来い」

 

「あいよっ」

 

 

 歩き出していくゼファーを速攻で思考の外に追いやり、ジェイナスは文の訳を始める。

 この遺跡の情報を手に入れれば探索の安全性が増すが、彼の場合はそれだけではない。

 ここでの情報を頭の中に叩き込んでおけば、いざという時それは金になる。

 先史文明、聖遺物に関する情報は今世界的に注目されつつある。

 情報は()()()のだ。

 その辺りも込みで考え、今回の取引相手はジェイナスに情報を漏らさないという誓約文を後々書かせるつもりでいるのだろうが、そんなものいくらでも抜け道はある。

 あくどい立ち回り次第で依頼人相手に切れるカードにもなるだろう。

 それが最高のカードとなり、展開が最悪のものとなれば、ジェイナスの立ち回り次第でジェイナスやゼファーの命を保証する切り札にもなり得る。

 ジャイナスの行動は、いつとて悪巧みが裏にあるものなのだ。

 

 

「『正なる因果焼かれし時、肌に残りし災厄の熱』

 『正なる因果焼かれし後、後に残るは負の因果』

 ……言い回しを全部直しても意味がねえか、掻い摘んで文にすれば……」

 

 

 それもこれも、ジェイナスの頭脳があってこその企み。

 基本の資料と頭の回転のみで遺跡の文を読み取っていくこの知能は、依頼主の『F.I.S.』という組織も想定すらしていなかっただろう。

 

 

「っ、と……

 『幸せに至る運命が焼かれて、不幸になる運命だけが残り、そこには魔神の熱が残る』

 『その熱を感じられるのは選ばれた人間のみ。凡人は気付かれず命運を決められる』……

 こんな感じか? 意訳入ってるが……神話や伝承の記述か何かかこりゃ」

 

 

 現実離れしたフワフワとした文に、流石のジェイナスもこれ以上はどうしようもないようだ。

 全文を読めていない以上、想像で補っている部分も多い。

 参考資料が増えれば形容や隠喩も解読できるかもしれないが、これ以上は不可能だろう。

 

 

「こっちは英雄サマの記述か……『剣の英雄 ロディ』。これか、散々書かれてた奴。

 英雄様を称える文に、こっちは……その仲間の記述だな」

 

 

 次に目にした部分には、大きな絵と添えられた文が目についた。

 大きな絵は魔物とそれを退治する剣を携えた英雄、その仲間達というオーソドックスなもの。

 ある程度歴史というものを齧っているジェイナスは、それを魔物という形での天災や他国の侵略の具象化、そしてそれに抗う者を英雄とした逸話が形を変えたものだと推測する。

 

 

「武人ヴォータンとその槍……ヴォータン、ならこの槍はガングニールか?

 イガリマにシュルシャガナ……なら持ってる女は女神ザババ? 北欧の次はメソポタミアか……

 戦女ヴァージニア……乙女座の語源辺りか」

 

 

 そして同時に、現実に存在した人物であろうとも推測する。

 割と有名な話なのだ、神話の英雄や神々が実在の人物だったという仮説は。

 先史文明の遺跡で発見された英雄の名、武器である聖遺物の名が、有史以来広まっていた神話の幾つかの固有名詞であったり、現在も使われている固有名詞の語源であったりした。

 それが判明した時、「これは史実が形を変えたものなのかもしれない」と誰かが口にする。

 過去に実際にあった出来事や人物が、口伝という過程でねじ曲げられたのではないか、と。

 その日から、多くの頭の良い人間がこの仮説の裏付けに躍起になり始めた。

 

 聖遺物は完全聖遺物であればたった一つで神話の再現が可能なブラックアートだ。

 ならば、神話の出来事が史実であってもなんらおかしくはない。

 神話の神々が人々の口伝の果てに元の形を留めなくなった、そんなかつての実在人物達の英雄譚であったとしても何もおかしくはない。

 ジェイナスの発見した記述には、個人名としての英雄の名が淡々と綴られている。

 

 

「『神々の砦』『灼光の剣帝』『氷の女王』……

 こっちは武器の枠じゃない、が……ダメだ、固有名詞が厄介過ぎる」

 

 

 剣の英雄ロディ、それにつき従う聖女セシリア。

 聖女セシリアを含めたロディを支える八人の英雄。

 八人の英雄がそれぞれ神話の武器を持ち、魔物に立ち向かっていた。

 ジェイナスにもそこまでは読めた……読めたのだが。

 細かい所は固有名詞だらけで、全く理解できない。

 特に八人の英雄にそれぞれセットで書かれている『神々の砦』を始めとする八種の固有名詞の数々は、まったくもって理解できない。

 ズブの素人が物理学の権威の発表を見たって理解できないのと同じだ。

 基本部分の知識が「知っていて当然」と省略されて書かれていないため、ジェイナス視点まるで意味が分からなくなっている。

 

 

「めんどくっせ、次だ次」

 

 

 一つの壁面はファンタジー的な警告文、一つの壁面は英雄譚。

 ジェイナス達が入ってきた扉のある面を除いて、六角形の部屋の壁面は残り三。

 そして、ある意味ジェイナスがそこで見つけた面が一番重要な部分であった。

 それはこの遺跡の存在意義に関する、言わばこの遺跡そのものの取り扱いの説明分。

 

 

「こいつは、遺跡全体の構造か。大当たりだな」

 

 

 絵ではなく文で構造を説明するというややこしさがなければ、ジェイナスもこの部分に真っ先に飛びついただろうに。先史文明人も面倒くさいにも程がある。

 ジェイナスは文を手元の紙に、文をそのままではなく図にして再構成し書き出していく。

 その過程で、不可思議な一文を発見した。

 

 

「『降魔儀式』……?」

 

 

 この遺跡の最下層、最も深い場所。

 そこに組み込まれた機能として記された一文だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着々と真実に近付きつつあるジェイナスの居る部屋を尻目に、ゼファーは突き進む。

 罠の回避もお茶の子さいさいだ。

 元より戦場におけるゼファー単独での生存に最適化された直感である。

 他の機能は全部おまけだ。よって、この場で彼の直感は最高のパフォーマンスを発揮する。

 

 

「よっ、と」

 

 

 意識の上に上がってこない五感が感じ取った僅かな違和感ですら、経験というフィルターによって肥大化され、感性による補助を加えて無意識化に直感という判断を形成する。

 紛れも無く正常な人間の脳反応であるのだが、『なんとなく』で全てのトラップを回避していくその動きは到底人間技とは思えない。

 ゼファーはこの歳で、直感という一ジャンルにおいては凡人の極められる限界地点の一歩手前、それほどの場所まで辿り着いていた。

 英雄と呼ばれる者達からすれば通過地点もいい所なのだろうが、それでも凄まじい。

 

 

(……この先)

 

 

 それでも。

 この不気味な熱が、その冴える勘を鈍らせる。

 直感の性能は精神面での好調によりむしろ上昇しているくらいだというのに、ゼファーが無意識下で得られる情報量は極めて少なく、不明瞭極まりない。

 視力が倍になったのに、霧が濃くて前が見えない。そんなイメージをすればいい。

 何かが……何かが、おかしい。

 何がおかしいのかは分からないが、何かがおかしい。そんな感覚。

 

 

(……撤退、すべきじゃないのか)

 

 

 そんな脳裏に浮かぶ思考。

 しかし、それを弱気と断じて切り捨てる。

 

 

(勘が効かなくなったらすぐこれか……いくらなんでも、気弱すぎるぞ。ビビるな)

 

 

 平和な場所で余生を過ごして欲しい、そんな家族を思い浮かべる。

 憎まれ口を叩きながらもこんなチャンスを持ってきてくれた、そんな友人を思い浮かべる。

 そして、故郷に返してやりたい、元々生きていた優しい世界に返してあげたい。

 そんな風に思う、相棒の姿を思い浮かべる。

 今はもうそんなことはないけれど、故郷を、親を、何度も思い出しては泣いていた、返し切れないほどの恩を感じている雪音クリスのかつての姿を、ゼファーは思い出していた。

 

 

(死にたくないからって何でもかんでもビビって逃げる奴が、

 「自分はここで生きている」だなんて胸を張って言えるわけがないんだ)

 

 

 バーソロミューの家族として果たすべきゼファーの責任が、少しの救いを与えることならば。

 クリスの友として果たすべきゼファーの責任は、彼女を幸せになれる場所に連れて行くことだ。

 彼女の幸せを願い、それを実現するために努力を惜しまないことだ。

 そう、ゼファーは自分を奮い立たせる。

 直感を無視し、直感が生み出す恐怖を断ち切り、足に力を込める。

 

 そうして歩いている内に、少し開けた場所に出た。

 

 

「ここは……?」

 

 

 小部屋……のようにも見えるが、よく見ればそうは見えない、そんな場所だった。

 廊下の途中にある膨らんだ正方形の空間ということは間違いないのだが、まずドアがない。

 扉により区切られておらず、廊下の途中をそのまま膨らませたような、そんな不思議な空間だ。

 上から見れば漢字の『中』に近い構造であることが分かったかもしれない。

 そして、これまでの小部屋に多かれ少なかれ刻まれていた文が全く見当たらなかった。

 ゼファーが警戒しているトラップも全く無い。

 あるのは、空間のど真ん中に鎮座している台座のみ。

 

 

「……! もしかして、これが聖遺物か!」

 

 

 そしてその台座には、水晶球のような不思議な珠が置かれていた。

 

 

「それっぽいな……よっし、これでお仕事終わりだ」

 

 

 先史文明の滅亡から現代まで、約一万年というのが研究者達の大雑把な見解である。

 それほどの長きに渡り大気に晒されていたであろうにも関わらず、その珠には埃どころか汚れ一つなく、完璧な輝きを保っていた。

 試しに珠の向こう側にゼファーが手をかざしてみると、珠の向こう側に透けて見えるはずの自分の手がまるで見えない。一見、透き通る水晶球のように見えるにも関わらず、だ。

 透けているのに、透けていない。

 まるでその透明感のある輝きに、流れる川を切り取ったような美しい姿に、余分なものを混ぜないようにしているかのようだ。

 現実味がないくらい、人間が作ったなんて信じられないくらい、完成された美しい宝珠。

 

 

「……」

 

 

 その美しさに魅入られたのか、それとも別の要因があったのかは分からない。

 ただゼファーは、「その珠に呼ばれている」と感じた。

 何かに自分が求められていて、その何かがこの珠を通じて自分に呼びかけている気がした。

 ぼうっと、夢見るような気持ちで珠へと手を伸ばす。

 その珠へと指先が触れると同時、視界が暗転。

 ドサリ、と地面に倒れたと同時に、ゼファーは意識を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ん……?」

 

 

 混濁する意識が、徐々に正常な動きを取り戻していく。

 目はずっと開けていた、けれどそこから伝わる情報を受け止める意識が飛んでいた、そんな感覚を脇に置いてゼファーはまず現状を認識せんとする。

 そこは、空の上だった。

 

 

「……は?」

 

 

 この感覚、ゼファーには覚えがある。

 彼が時々見る妙にリアルティのある夢だ。

 起きた時には内容は殆ど忘れてしまうが、リアリティがあるということだけは覚えている、そんなおぼろげな夢。

 なお、ゼファーが見るそういう夢は大抵銀の剣の夢か、死人に責められる夢である。

 起きたら忘れているのも当然と言えよう。

 

 

『待ちわびた、ようこそ担い手よ』

 

「うおっ!? 誰だ!?」

 

『我はこの世界。この夢。この言葉。我はただ、伝える者』

 

 

 そこに突然、声が響く。

 「どこからともかく」という表現がそのまま使える、喋っている場所がまるで分からない声。

 男のようにも、女のようにも、子供のようにも、老人のようにも聞こえる声。

 判別がつかないのではなく、そのどれにも聞こえるのだ。

 声だけでも、現実離れしすぎていてまるで意味が分からない。

 ゼファーはその声に次々と疑問を投げかけるも、一向に返事は帰ってこなかった。

 諦めて成り行きに任せようかと思案していると、浮いていたゼファーの身体が徐々に地上へと向かって移動していく。

 勝手に流されていく自分の身体に不満を持ちながらも、彼は周囲と地上に目を向ける。

 視点が下がっていくと、今まで見えていなかったものが見え出した。

 

 ゼファーはそこに、青空を見た。荒野を見た。西風を見た。

 

 『紅い魔神』はその中で、生きとし生ける者全てを敵に回し、悠然とそこに佇んでいた。

 

 

「なんだ、あれ」

 

 

 空は八割が空飛ぶ船で、残りの二割から辛うじて青空が覗いている。

 大地を埋め尽くす砲塔、兵器、そして武器を手に持つ人々。

 水の上に浮いていれば船なのだと言わんばかりの戦略級相当の艦載兵器の数々達。

 純粋に人間の数だけでも数億。

 無人遠隔操作の兵器も加えればその数倍。

 魔神に向かって敵意を向ける虫鳥魚獣の有象無象も加えれば、最終的にこの魔神と相対する生命の数は兆や京すら超えるだろう。

 それら全てを守らんとするように、共に戦わんとするように、神々とでも言うべき『何か』が並び立ち、空を舞い、肩を並べている。

 

 この星に生きとし生ける全ての命を敵に回し、魔神は世界に宣戦布告した。

 己以外の世界の全てを敵に回し、真正面から受けて立っていた。

 命も、時も、空間も、因果律も、世界ですらも、己が(たきぎ)とするために。

 

 誰かがまず吠えた。

 世界を揺らがす振動と共に、星の数ほどにも思える砲塔が火を吹く。

 質量をニュートリノのロスなく純粋なエネルギーに転換するシステムを用いた攻撃だ。

 一門一門が月すら砕く攻撃は、一つのベクトルに収束され魔神へと放たれる。

 魔神に命中したそれは、何の防御手段に阻まれる事もなく直撃し、その硬い甲殻を傷付けることなく振り払われる。

 

 続いて、空と海と大地より放たれる絶え間ない飽和攻撃。

 それに魔神は、ただの腕の一振りを見舞う。

 それと同時、腕にこびりついていた火の粉がバラっとばら撒かれる。

 火の粉はまるで燃えカスのような規模で、何でもないゴミのようにしか見えなかった。

 しかしそれはとある空母に付着すると、まるてメルトダウンでも起こったかのように急速にその船体を溶解させ、液状化させて大爆発を誘発させる。

 火の粉ではない。

 それは魔神にとってはゴミのような炎でも、一つ一つが絶殺の熱量を内包した炎の雨だった。

 炎が着弾すればいかなる装甲も無に帰し、純然たる熱量で溶解させる規格外。

 

 あり得ないことに、雲も海も砂ですらも燃料として飲み込んで、その炎は燃え盛っていた。

 炎が燃えるために熱・酸素・燃えるものを消費するのではなく、まず燃え尽きるという結果が先にあって、その結果を確定させるために世界のリソースが食い散らかされていく。

 まるで世界がその魔神の勝利を保証し、暴虐を許し、己が身を喰わせているのではないかとすら錯覚する光景だ。

 しかし、そんな焔を前にしても。人は、生命は、神々は揺らがない。

 

 橙の槍、青の剣、赤の弓を手にした歴戦の男達が並び立つ。

 赤い剣と緑の剣を励起させた少女が構え、杖と銃の中間のような無人兵器の制御装置が唸りを上げ、熱線から仲間を守らんと鏡を持った少年が息を吐く。

 その後ろに続くのは、無限に再生する蛇皮を模した白鎧に加え、無尽のエネルギーを吐き出す黄金の剣を装備した十二人の円卓の騎士。

 英雄が、兵士が、傭兵が、奇跡を体現する神器を手にし並び立つ。

 暗色の七色の槍を持った王の号令で、皆が揃って飛び出した。

 

 必中の槍、魂を刈る緑剣が閃光を放つ。

 炎が舞って、閃光と魔神の間にあった空間の『時間が焼かれた』。

 時間が流れないならば、そこを通ろうとした攻撃は届かない。

 龍殺しの太刀、猛毒の弓、退魔の鏡が輝く。

 炎が吹き荒び、周囲の全ての『空間が焼き尽くされた』。

 その空間に存在した攻撃が、命が、ありとあらゆる全てが消滅させられる。

 神々と人々が呼吸を合わせて、全身全霊を込めての同時攻撃を放った。

 原因と結果、すなわち「何をすればどういう結果が生まれるか」という世界の法則、その『因果律が焼かれ』、攻撃を放てば魔神に当たるという法則性が存在しなくなってしまった。

 何をしても、その空間の中では魔神に攻撃が当たらない。

 現実とは思えないほど幻想的な光景。

 ぶつかり合う現実離れしたエネルギー。

 現実と夢の区別がつかなくなりそうな理の外の世界。

 

 神話の戦い、神話の武器、神話の兵器、神話の魔王、神話の勇者、神話の神々。

 それは、神話の中に語られる終末戦争ラグナロクそのものだった

 神々は死に、世界は滅びて焔に包まれる。

 その結果だけは誰もが知っている、終わりに至るだけの戦争だった。

 

 

『知れ。知れ。知れ。かの悪夢の名を』

 

『かの者の名は、焔の災厄』

 

『ロードブレイザー』

 

 

 ゼファーには何が起きているのかさっぱり理解できていない。

 何か凄い物がもっと凄い物に蹴散らされている、その程度の認識だ。

 次元が違いすぎて、無学なゼファーにはその凄さが百分の一パーセントも理解できやしない。

 ただ。

 ただ、何が『敵』かは理解できた。

 ゼファーの中に息づく遺伝子が、祖が刻んだ恐怖が、何よりもその命が教えてくれている。

 

 この魔神は、『全ての生命の天敵』であると。

 

 

 ロードブレイザーは、既に災厄という道の果てへと至っている。

 災害というカテゴリ全てが存在を高め続けた先にあるゴール地点、そこに居る。

 焔の災厄はこの世界に発生する『災害』の全ての頂点であり、ありとあらゆる災害の行き着く先はこの災厄へと帰結するのだろう。

 大地の全てを割る地震があったとしても、地上の全てを平たくする大嵐が有ったとしても、地殻を裂き星の表面全てに降り注ぐ降雷があったとしても、天と地を全て灰に還す火災があったとしても、ロードブレイザーには遠く届かない。

 そんなものでは、至高にして終点の災厄とは言えないだろう。

 そう、()()なのだ。

 

 全ての災害が辿り着く終着点。

 それは終焉という言葉による形容すら生温い。そんなものでは形容に熱が足りやしない。

 その存在は星という規格にすら収まらないものだ。

 ゼファーの見ていた光景がちょうど地上での戦闘の終着へと移り変わり、やがて気まぐれに地球から宇宙へと飛び立つロードブレイザーを追う形で視点を移す。

 

 そこからの光景も、少年の知識では理解することすら叶わない那由多の彼方の出来事だった。

 ただ、理解できなかった方が幸せだったかもしれない。

 ほんの少しでもそれを理解できる知識があれば、絶望し、膝をつき、『こんなものが世界に存在することが許されている』という事実に、心を微塵に砕かれていただろう。

 その絶望に自らの命を絶つ人間が居たとしてもおかしくはない、そういう光景だった。

 

 ダークマター・ダークエネルギーと呼ばれる人類の知覚外のものが片端から燃やし尽くされ、グレートアトラクターは砂塵のように蹴散らされ、人が生卵をそうするかのように容易く超新星爆発を握り潰し、特異点と呼ばれる何かを飲み干し己の糧とする。

 ロードブレイザーの進行上にあったブラックホールがただ衝突しただけで千々に砕かれ、青色巨星が物理学を超越した焔に蒸発させられ、絶体零度にて構成された星は余剰熱のみで消滅した。

 人間の知覚できるもの、できないもの。利用できるもの、できないもの。知ってはいるがそれだけのもの。それら全てが燃やし尽くされていく。

 そして魔神は、宇宙の果てへと到達した。

 

 なんて事はない。今の一連の破壊と暴虐は、単なる散歩のついでの余興だったのだ。

 今この瞬間も、光速度の三倍以上の速度で膨らみ続ける、700億光年は彼方にあろう宇宙という枠組みの外側に散歩に行く、そのついで。

 例えば地球が氷河期になれば、人類はあっさり絶滅する可能性が高いだろう。

 地球規模の災害であれば、それがどんな形であっても絶滅はまぬがれない。

 人類は脆いのだ。

 なら。ならば。

 ロードブレイザーという『宇宙規模の災害』に、どう足掻けば生き残れるというのだろうか?

 

 宇宙そのものを危うくさせる焔の災厄。

 地球という星が生んでしまった至上最悪の『宇宙の癌細胞』。

 こんな生命や物質や概念の枠にも収まらないような、時間にも空間にも因果律にも縛られないような、宇宙そのものが持て余している規格外の中の規格外に、どう足掻けと言うのだろうか?

 

 

『足掻き続けよ』

 

「無知な俺でも、こいつがヤバい事してるってのは分かるぞ」

 

 

 ゼファーが無知であったことが唯一の救いか。

 いや、いくらゼファーが無知であってもここまでとんでもない魔神に勝てるとは思わない。

 生命としての規格そのものが違いすぎる。

 

 やがてロードブレイザーは散歩を一段落させたのか、地球へと戻らんとしているようだった。

 しかし、そうは問屋が降ろさない。

 再度地上へと降下せんとしたロードブレイザーを迎え撃ったのは、小さくも本物以上の熱量を内包した模造太陽だった。

 

 熱力学を超越し無限のエネルギーを吐き出す永久機関である黄金の剣、それを十二本同時に長期間稼働させて得られた熱量ありったけを込めた炎弾。

 込められた熱量以上に概念としての強度と破壊力を極めた一撃は、銀河を端から端まで一直線に突っ切ってもほんの僅かな減速や減衰すらしないだろう。

 ロードブレイザーは、その一撃を真正面から受け止めた。

 魔神の全身から炎が吹き出し、模造太陽を一方的に飲み込み始める。

 やがて燃える家に放り込まれたマッチ棒のように、一方的に圧倒的に模造太陽という小さな火はただの矮小な燃料へと成り果てた。

 炎すら燃やし尽くす焔。ゆえに、焔の災厄。

 しかし長い時間をかけて準備した必勝の策が失敗に終わっても、地にへばりつく人間達は諦めては居なかった。

 

 レアメタルのみで構成された小惑星を加工した砲弾。

 電子制御された数千万の光線砲。

 雲の上で船団を組み、ロードブレイザーを包囲する戦闘艦隊。

 神話の中に記される神々の武器を手に空へと舞い上がる人間達。

 諦めぬ人々に心震わせられ、力を貸さんと参戦した神々達。

 誰もが、諦めていなかった。

 星を守ることを、この世界を守ることを、大切な人を守ることを。

 生きることを、諦めていなかった。

 

 そして皆、灼き尽くされた。

 

 

「……誰も……生き残れてないぞ……? ……なんだ、こりゃ……」

 

 

 人は足掻いた。しかし、諦めない気持ちだけでは何にもならない。

 時が過ぎ、人類は徐々に滅びの道を進んで行く。

 全ての武器が、鎧が、戦艦が、何もかもが焼滅して消え去った。

 それを操っていた無数の命を供にして。

 

 アトランティスと呼ばれた、大陸が一つ消し飛ばされた。

 空より地へと放たれた星の中核を砕きかねない威力のロードブレイザーの一撃は、それを減衰させようとしたアトランティスの人々の命ごと、大陸を跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

 それでも彼らの勇気は、あと少しという所でこの星を守って見せた。

 大陸の全ての資源を、エネルギーを、生命を、技術を、歴史を、想いを、ありとあらゆるありったけを込めた防御陣は、星を砕くほどの一撃を跳ね返してみせたのだ。

 大陸一つ、そこに住まう人々全てが命を賭して成し、そして守り砕かれた、過去にも未来にもこれ以上ない最高にして至高の盾だった。

 

 戦えない人々が逃げるための時間を、黄金の剣を持った十二人の騎士が稼いでみせた。

 次代の子らへと繋がる希望が守られた代償は、十二の騎士が灰へと還ることだった。

 無限の再生を誇る蛇の鎧が、無尽の熱を誇る黄金の剣が、世が世なら英雄として世界に名を轟かせたであろう十二人の騎士が、ことごとく燃やし尽くされていく。

 

 橙の槍達が、青の剣達が、赤の弓達が、主の死と共にその欠片を雨霰と大地に降らせていく。

 神々が人に世界を託し、魔神との戦いに散っていく。

 英雄が死に、神々が死に、そしてそうでない者達も次々に死んでいった。

 

 また一人、また一人と無残に散っていく。

 無意味ではない。彼らはその命と引き換えに、ロードブレイザーから何かを守り通していた。

 誰がなんと言おうと、彼らはまごうことなく英雄だった。

 しかし無価値だった。

 彼らの足掻きは、何一つとしてロードブレイザーを倒すための礎にはならなかったのだ。

 終わりの先延ばしと、世界の延命と、無駄な足掻きの積み重ねを繰り返すだけだった。

 

 空と地平線を埋め尽くす敵の全て、世界のほぼ全てを殺し尽くし燃やし尽くし奪い尽くし、燼滅の果てに何もかもが無くなった荒野の上で魔神は一人嘲笑の声を上げる。

 たった一体で世界全てを敵に回し、滅ぼした。

 それが魔神『ロードブレイザー』。

 "強さ"というたった一つの要素だけで、この世界に存在することを許されない魔神。

 

 

『かの魔神を打倒せよ』

 

 

 何の冗談だと、ゼファーは混乱する意識の中でひきつった笑いを浮かべる。

 こんなもの、どうにかできる方がおかしい。

 生きることを最上の願いとするゼファーですら、生かすことを諦められない彼ですら、さっさと諦めて死を甘受した方がマシに思える。

 思えるだけで実行はしないだろうが、そう思わせられるだけの『絶対』がそこにはあった。

 

 これは、『絶望』ですらない。

 望みが絶えてしまうという痛みこそを絶望と言うのだ。

 最初から最後まで欠片も望みが抱けない絶対者には、絶望という表現ですら生温い。

 生温すぎる、その形容は熱量を低く見積もりすぎている。

 

 そして、映像はまだ終わらないようだ。

 このまま人類滅亡のシーンまでやるのだろうか、とゼファーはうんざりとした感情を隠せない。

 しかし突如として視界と思考が眩み始め、目が覚める感覚に意識が飲み込まれていく。

 ゼファーは知る由もないが、彼と違って珠に触れなかったジェイナスが、現実で身体を揺さぶって目を覚まさせようとしていた。

 夢の終わり。悪夢の上映会はどうやらここまでの様子。

 そんな中、最後の最後に映像のリプレイが始まった

 

 長い髪の青年が、銀の剣を手にしてロードブレイザーに立ち向かっていく。

 宇宙(てん)地球()も燃やし尽くす魔神を相手に、たった一人で立ち向かっている。

 どこかの空で戦っているようだ。

 ……その姿に、ゼファーは憧憬を覚える。

 

 それは英雄の姿だった。

 それは助け合う仲間達の結束だった。

 それは響き合う歌のような絆の形だった。

 そうなれるはずがないと分かっていても、ゼファーはそう思わずにはいられない。

 

 

(―――もし、俺が、あんな風に───)

 

 

 白銀の剣士に、八色の光が集って行くのを見届けた所で、ゼファーは夢の世界から帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、づっ……?」

 

 

 起きたゼファーがまず感じたのは、頭痛だった。

 

 

「何寝てんだよ、ガキとはいえまだおねんねする時間にゃはえーぞ?

 ああ、まだお前の歳だと昼寝の時間も要るんだったか。こりゃ失礼」

 

 

 次に感じたのは、平常運転のジェイナスへの安心感だった。

 

 

「俺、寝てたのか……?」

 

「そりゃ寝てたよ、ぐっすりとな」

 

 

 露骨にバカにしているような、見下すジェイナスの視線。

 まあさすがにジェイナスもバカではない。

 ゼファーの性格も知っている上に、ここが何が起こるか分からない先史文明の遺跡であるということを重々承知している彼からすれば、何かが起こったのだということ程度は察せる。

 察した上でこの悪態だからこそ救えないのだが。

 

 

「って、あ、そうだ! 珠! そこに聖遺物っぽい珠が……あれ?」

 

「珠、ってどれのことだ?」

 

「無い? あれ、っかしーな」

 

 

 台座はある。しかし、先程まであったはずの珠が何処かへと消えていた。

 ゼファーは寝ていた、しかしどこからどこまでが夢だったのか?

 珠なんて最初からなかったんじゃないのか?

 そんな不安が、現実で見たという確信を揺らがせる。

 

 

「催眠ガストラップでも食らって寝てる間に夢見てた……ってのが一番妥当な結論だろうがな」

 

 

 珠を見つけ、触れたら変な夢を見せられた。

 ゼファーのそんな話を聞いて、ジェイナスは全て夢だったと結論づける。

 それが真実かどうかというより、「珠があったとしても今は無いんだから言ってもしょうがないだろう」という現実的な判断であるという側面が強い。

 最初から無かった、だから取り逃しとかではない、ゆえに落ち込まなくていい。

 そんなポジティブな方向に思考を持っていく、一種の技術だ。

 しかしゼファーは、ジェイナスのその言に納得してはいなかった。

 珠が見せた夢の中で感じたリアリティが、ゼファーに全てが夢でなかったと教えてくれる。

 夢のリアリティがそれを夢でないと証明するという、なんともややこしく皮肉な現実。

 

 

「とりあえず先に進もう。残るは地下二階と最下層くらいだ」

 

「俺が働いてる間寝てたからか元気になったな、ええおい?」

 

 

 治まってきた頭痛に少し安堵し、ゼファーは頭を抑えていた手を離す。

 ……よく見ると、その手には泥が付いていた。

 遺跡は全体的に綺麗だ。床ですら、ほんの少し埃が見える程度。

 地面に倒れこんだ所で、頭に泥がつくわけがない……つまり。

 

 

「ジェイナス、お前俺を起こすために俺の頭蹴ったろ」

 

「あー、蹴りやすい所にあったからな。揺すっても起きねえし」

 

「もうちょいマシな起こし方あったろ!? どうりで頭が痛かったわけだ……」

 

「お前を蹴っても別に俺は痛くねえし、問題ねえんだわ」

 

「問題しかない!」

 

 

 平常運転過ぎるのも問題だ。その時ゼファーはそう思ったという。




ネタバレ:このロードブレイザーがラスボス

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