戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 原作ですと24時間以内に国土割譲しないと各国の首都にノイズぶつけんぞ、と言いつつ国土割譲されないまま一週間何もしなかったせいで、武装組織フィーネは最初から各国にナメられてた感ありますよね

 ぼちぼち七章展開の準備運動フェーズも終わります


第三十五話:現実がキミを壊していく

 朝起きて、ゼファーは体を起こそうとする。

 だが、もう彼の体はどうしようもなく終わっている。

 彼の体はとうに"普通に目覚める権利"すら失っている。

 

 右手を握ろうとする。

 左手が開いた。

 開いた左手を上げようとする。

 右足が上がった。

 右足を下げようとする。

 ギチギチと、筋肉に曲げられた首の骨が嫌な音を立て始める。

 全身で脱力を行うとしてもそれすらできず、彼の体は彼の意志に従ってくれない。

 

(……落ち着け。あくまでシステマチックに……)

 

 肉体に発生したバグを、肉体の構造と一緒に書き捨てる。

 OSの再インストールと同じだ。

 人体を精密に、細やかに、元通りに直せないのであれば、一度リセットして分かりやすい形に再構築し直せばいい。

 

 細胞の集合体を再現する必要はない。

 頑丈な肉を作り、一見人に見えるように偽装すればいい。

 筋肉にアクチンやミオシンなどの再現をすることもやめる。

 もっとシンプルで必要なデータ量が少ない、機械のピストンに近い形に変える。

 

 そうして、ゼファーは自分の体を片っ端からシンプルなものに置き換えて、なんとか肉体のバグという致命的な事態を乗り越えた。

 

(……よし)

 

 今のゼファーは、精神と肉体の接続、及び肉体内の各回路に不調が頻発している。

 肉体がほぼ全損失した上、生命力そのものが底をつきかけているからだ。

 元より彼は、転写した肉体、コピーした精神、聖剣の魂と人間の魂の欠片が混ざった混ざり物の魂、それら三つを継ぎ接ぎにした歪な存在である。

 その内一つが欠けてガタガタになっているだろうに、よくもまあ生きていられるものだ。

 

 ゼファーが今も命を保てている理由には、『人間として生きることを捨てたこと』。

 そして『人間離れした意志力を持っていること』の二つが挙げられる。

 

 今の彼の体内には心臓がない。実は神経や血管もない。

 そして先ほど、細胞により体を構築するという要素までもが失われていた。

 目や耳、喉など、一部はまだ人間らしい機能も残ってはいるが、彼の体はどんどんシンプルに、"構築するために必要なデータ量が少ない体"になっている。

 一度肉体のデータが失われた以上、彼の肉体は『安定』の対極に在るからだ。

 

(こっちの体は、周囲に違和感を悟らせない程度に動かせればいい。

 一旦アクセスしてナイトブレイザーになれさえすれば、そっちに不具合はないんだ)

 

 強い意志には大なり小なり、人の体を動かす力がある。

 意志があれば、人は体がズタボロでも立ち上がれる。

 だが逆に言えば、本来強い意志なんて無くたってまともに動くはずのものなのだ、人の体は。

 強い意志が無ければまともに動かないという時点で、彼の体はどうしようもなく終わっている。

 

「……これがキリカの……

 いや、レセプターチルドレンの皆が持ってた気持ちか……」

 

 最近、寝て起きてすぐに体の不調が起こる理由も、ようやく分かってきた。

 睡眠中に意志は働かない。

 そのせいで、睡眠が彼の生命維持を邪魔する要素になってしまっている。

 意志の力で命を繋いでいるのだから、それが途切れれば当然体は死に近付く、というわけだ。

 

 切歌は、眠りに落ちるのが怖かったと言っていた。

 一度眠り、眠っている内に"自分が自分でなくなる"ことが怖かったのだと言っていた。

 そして今のゼファーも同様に、眠りに落ちることへの恐れを感じ始めている。

 一度眠れば起きることなく死に至り、"自分が無くなる"という予測に、酷く現実味があった。

 

(確かに、これは怖いな)

 

 "眠ればそのまま死ぬかもしれない"という、普通に生きている人間ならばまず感じないであろう恐怖。そんな恐怖を、ゼファーと切歌は同じように感じていた。

 その恐怖は切歌を泣かせたことはあれど、今のゼファーを折ることはできないようであったが。

 

「さて、頑張るか」

 

 人としての肉体を失えど、彼はまだ生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十五話:現実がキミを壊していく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブランクイーゼルは、連日新聞やニュースサイトにその名を載せていた。

 彼らの名が世界に轟いてから、彼らの名が語られなかった日は一日たりとてなかっただろう。

 こと先進国では、ブランクイーゼルに対する評価は賛否両論であることが多かった。

 

 ゼファー達がブランクイーゼル拠点空母を脱出してから、既に数日が経っている。

 その間起きた事件で、人々が特に語っているのは二つの事柄だろう。

 一つは、米海軍がブランクイーゼルに海の藻屑とされた事件。

 そしてもう一つが、宗教紛争をブランクイーゼルが叩き潰したという事件だ。

 

 世界の警察官こと米国は、テロリストの要求にはなんであれ屈しない姿勢を見せつけた。

 大統領の声明から始まり、軍の出動、ミサイルの発射と迅速な対応を行った……が。

 結果から言えば、それは大失敗に終わった。

 米海軍がブランクイーゼルに攻撃を仕掛けてから、全滅するまでにかかった時間は10秒も無い。

 ルシファアが現れ、ミサイル含む全ての兵器を切り捨てて行ったからである。

 

「悪夢のようだった」

 

 この時出撃した軍人は、後にそう語ったという。

 海上を光の速度で飛び回り、軍艦も大陸間弾道ミサイルも一刀両断するルシファア。

 その動きは視認するどころか機械的に観測することすらできず、まさしく圧倒的だった。

 全世界に、"それ"を敵に回すことがどれほどの愚行であるか、知らしめるかのように。

 

 ルシファアは積極的に人を殺しはしなかった。

 そのため生還者は意外に多かったが、これはブランクイーゼルが甘かったからではない。

 人を殺さないで勝利することを目指したところで、ルシファアがあまりにも強すぎるために、何一つとしてリスクが発生しないという残酷な事実がったからだ。

 そして、ルシファアの強さを語り継ぐ人間を生かして返す必要があったからだ。

 

 ルシファアのあまりにも圧倒的な強さは、これで世界のいたるところに伝わっただろう。

 

「神か悪魔のようだった」

 

 後にとある国家の元首は、そう言ったという。

 宗教を原因として争っていた二つの国は、セトによって黙らされた。

 ルシファアに次ぐ性能を持つセトは、その性能のほんの一部だけを解放し、二つの国にあった山の全てと、二つの国の国境を"ブラックホールで消滅させる"。

 山があった場所に残されたのは虚ろな地平。

 国境があった場所に残されたのは、歩いて越えられない底深い谷。

 熱に浮かされて命を投げ出しやすいのが宗教戦争の特徴だが、セトが起こしたこの大破壊は、皆に冷や汗を流させて、熱に浮かされた頭を冷やした。

 

 考える頭がある人間は、さぞかし肝を冷やしただろう。

 気付く者は気付く。セトのブラックホールは、撃とうと思えば街にだって撃てるのだ。

 核兵器のような、広島や長崎に生存者を残してしまうような中途半端な威力ではない。

 かのゴーレムのブラックホールは、国単位での完全消滅を可能とさせる一撃だ。

 

 こんなゴーレムが五機も居る。

 そう考えて、世界中の政治家は対応をまた再考し始めた。

 ここからのブランクイーゼルの動きがまたやらしい。

 

「幾つかの国から色好い返事を頂いていますが、まだ明確な味方は一国か二国。

 私達ブランクイーゼルは、後ろ盾がおりません。

 どうか、私達の味方に付いて、一緒に世界平和を目指してはいただけないでしょうか?」

「ゴーレムの力はご覧になられましたか?

 ならば私達を敵に回すデメリットを理解していただけたと思います。

 私達を味方に付けるメリットも、ご理解いただけたと思います。

 ……あの国と戦争が始まれば、我々が味方に付いているという事実は心強いと思いませんか?」

「こちらから多くを求めるつもりはありません。

 ただ、我々と同陣営であることを忘れず、時が来ればそれを公言していただきたいのです」

「どうでしょう? 私達もゴーレムの一機くらいなら、協力の見返りとして差し上げても……」

 

 二枚舌どころか百枚舌くらいはありそうな、全世界が対象の多方面外交。

 ブランクイーゼルは世界平和の後に渡す見返りというエサをちらつかせ、国を引き込む。

 力を見せて脅したり、その国の敵国や仮想敵国の存在を匂わせたりもした。

 ブランクイーゼルの味方に付くことに、目立ったデメリットはない。

 それでいて、ブランクイーゼルの過剰戦力な異端技術は、メリットの塊だった。

 

 裏でブランクイーゼルの味方に付きつつ、時が来るまでは表向きそれを公言しないという選択も可能と来れば、多くの首脳陣が転び始める。

 紛争中の国や米国などは中々後に続けなかったが、中小国はなし崩しに引き込まれていた。

 

 こうしてブランクイーゼルは、交渉も混じえて世界の統一を進めていた。

 いずれは味方に付いた複数の国の紛争に"ブランクイーゼルの味方で居たいならやめろ"と介入、力ではなく交渉のみで紛争を停止させることも可能となるだろう。

 武力を背景に使い、外交を行う。

 ブランクイーゼルは笑えるくらいに王道を行っていた。

 

 ブランクイーゼルは、着々と世界にその手を広げている。

 その間、二課とブランクイーゼルは一度も衝突しなかった。

 ブランクイーゼルがゴーレムを三機ほど二課に差し向ければ、それだけで勝っていただろう。

 だが彼らは世界の掌握を優先したため、そうはならなかった。

 二課が玉砕覚悟で挑めば戦いは勃発していただろう。

 だが彼らもまた機を伺っていたため、そうはならなかった。

 

 小競り合いになりそうで、ならなかった数日間。

 いつ戦いが始まるともしれない戦いの合間、須臾の平和。

 

 そんな平和の終わりに、装者達の母校・リディアン高等科では、秋の学園祭が開かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『秋桜祭』。

 十月に開かれる、私立リディアン音楽院高等科の学園祭である。

 進学校は受験の時期も考慮して六月辺りに学園祭を持ってくることも多いが、リディアンの秋桜祭は秋に行われる上、三年生も精力的に参加することが多い。

 

 特に今年度は、共同作業による連帯感や共通の想い出を作り上げることで、今の社会に蔓延している不安などを吹き飛ばそうという目的も掲げられていた。

 リディアンはその地下から塔が突き出してきて学校がぶっ壊されるという、世にも奇妙な事件で破壊された。当然、学校を自主退学した者もいくらか居る。

 

 新学期の生徒数と比較すれば、生徒数は九割を切っているほどだ。

 だがその分、リディアンに残った生徒達にはガッツのある女子が揃っていた。

 三年に風鳴翼、二年に雪音クリス、一年に立花響が居ることからもそれは伺える。

 今の情勢でこれから世界はどうなるのか、社会がどうなるのか、不安を抱いていない者はそうそう居ないだろう。

 が、リディアンの生徒達は、そんな不安を吹き飛ばすように祭りをヒートアップさせていた。

 

「焼き鳥売ってますよー! 今が買い時ですよー! 何故なら!

 今焼きたてのこれを買わないと、後で食べたくなっても冷めたのしか食えないからです!」

「たいやきー、たいやきいかがっすかー。王道を往くクリームありますよー」

「キャンディやってまーす! 普通の祭りじゃ見られない飴細工! らっしゃあせぇ!」

「飲み物どうですかー? 普通こういうところでは割高ですが!

 業務用でまとめ買いしたので自動販売機よりずっと安いですよー!」

 

 屋台が並び、食べ物や飲み物を手にした者達が行き交っている。

 飲食店だけでなく、他にも色々な種類の屋台が学校の中を賑わせていた。

 音楽院ならではの展示や出し物もあれば、こういうどの学校の学園祭にもあるような・どの学校の学園祭でもできるような屋台も、祭りの華だ。

 

 そしてこの祭りの中を、一目見るだけで堪能していることが分かる二人が闊歩していく。

 片や呆れた顔の翼。

 片やたこ焼きを汚い食べ方で頬張るクリス。

 クリスの口は食べ物で埋まっていたが、その両手も食べ物で埋まっており、ウエストポーチにも無造作に清涼飲料水のペットボトルが突っ込まれていた。

 

「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……

 ……ぷはぁ。こういう祭りは、本当に久しぶりだなあ」

 

「いくら久しぶりでも、雪音ほどエンジョイするであろう者はそうそう居ないと思うぞ」

 

 幼少期に家族と祭りに行った記憶を最後に、それからずっと紛争地帯に居たクリスからすれば、この祭りの平和で楽しげな空気は懐かしくて仕方ないのだろう。

 家族との幸せな記憶を思い返しながら、祭りを堪能してるに違いない。

 そんなクリスに付き合ってあげているあたり、翼もいい感じに先輩をやっている様子。

 

「平和だよなあ。ブランクイーゼルが暴れ始めてから、一週間も経ってねえってのに」

 

「殺伐としているよりはずっとマシだろう?

 人々が普通に笑うこともできなくなっていたら、それこそ末期も末期だ」

 

 ブランクイーゼルとの戦いに決着はついていない。

 それどころか世界は変わらずブランクイーゼルの武力を突き付けられていて、二課装者を狙ってブランクイーゼルが攻めて来れば、二課はいつでも詰みかねない状況にある。

 クリス達は控えめに言っても、窮地に立たされていた。

 なのに、学園祭を回っている。

 

「……こーんなことしてていいんかねえ」

 

 無論、クリスも翼も"こんなことをしていていいのか"という考えを持っている。

 やるべきこと、どうにかしなければいけないことを放り出して、こんなところで遊んでいていいのかと、そう悩む気持ちを大なり小なり持っている。

 が、彼女らがいくらそう思ったところで、何かが変わるわけでもない。

 

「なら、雪音は今すぐにできることで、何か有効な策は思いつくか?」

 

「……」

 

「そういうことだ。

 常に気を張っていれば、常に何かしていれば、それだけで勝てるなんて話はない。

 世の中がそんなにシンプルに出来ているのなら、誰だってそうしているだろうさ」

 

 今日はいわば、毎日気を張り詰めている装者達が倒れてしまわないようにと、用意された休日のようなものなのだ。

 二課の職員はローテを組み、フルで動いて勝機を探している。

 いずれは司令部が何かしらの勝機を見つけるか、あるいは見過ごせないような虐殺をブランクイーゼルが始めることで、チーム・ワイルドアームズも出撃することになるだろう。

 だが、それは今ではない。

 

「だからゼファーも言ったのだろう。

 『祭りを盛り上げるために各々で出来ることをしよう』、と。

 戦いが激しさを増したからといって、日常の方を疎かにしては本末転倒だ」

 

「わーってるよ。日常(こっち)を守るために頑張るのが戦いの本分だ、ってこったろ?」

 

「分かっているならそれでいい。……秋桜祭勝ち抜きステージ、期待しているぞ」

 

「やめろォ! ドタキャンしたくなんだろが!」

 

 二課のブレイン達やゼファーは、"この悪い流れを変えたい"と考えていた。

 リディアンの秋桜祭は、その機会としては最適と言っていいものだった。

 ここで悪い流れを、一度断ち切る。

 そのために秋桜祭を成功させる。

 

 ゼファーはチーム・ワイルドアームズのリーダーとして、少し張り詰め過ぎな装者達の気分転換も兼ねて、彼女らを祭りに集中させようとしているようだ。

 

 その一環として、翼は祭りの最中祭りの各所をうろつくことに。

 日本のトップアーティストである翼であれば、祭りをうろつくだけでとんでもない効果が期待できるだろう。

 響はシンプルに、クラスの出し物に全力投球。

 彼女らしく、クラスの友達と一緒に頑張ろうとしていた。

 

 そしてクリスは、秋桜祭のNHK喉自慢こと、秋桜祭勝ち抜きステージへ出場させられていた。

 これは学校の内外問わず出場者を募り、出場者を片っ端からステージに上げて採点し、終了時刻の時点でのチャンピオンを表彰するというものだ。

 採点者はリディアンの教師や来賓の音楽家など。

 運営は生徒会。

 優勝景品は"生徒会権限で叶えられる範囲で何か一つ願いを叶える"というもの。

 リディアン秋桜祭の目玉といえば、この勝ち抜きステージが真っ先に挙げられるだろう。

 

 クリスがクラスの友人に誘われ、ゼファーが背中を押し、翼と響がやんややんやとクリスを煽り立てて、クリスはなんだかんだでこのステージへの出場を決められていた。

 

「そんなに恥ずかしがることでもあるまい。

 私も最初にステージに立った時は不安で仕方なかったが、要は慣れだ」

 

「そらあんたほどの人になりゃそうだろうよ……

 こちとら、ギアを纏わないで大勢の人の前で歌ったことなんてねえんだ」

 

「む、そうなのか? 意外だな」

 

 出場申し込みをした時は「やってやらあ!」といった感じのノリだったクリスだが、少し時間が経ってくると気恥ずかしさがぶり返して来ており、「逃げようかな」と思い始めてすらいる。

 クリスは大雑把な性格をしているように見えるが、その実繊細で恥ずかしがり屋だ。

 根本の部分で図太くない。

 そのため、今更になって気が引け始めていたのである。

 

 クリスは手元のビニール袋に屋台の容器を放り込み、腕力で潰して袋の中で無理やり小さくし、ガシガシと頭を掻く。

 

「嫌だな……なんか、嫌な予感がする」

 

「そんなにステージに出るのが嫌だったのか?」

 

「ちげーよそっから離れろッ!」

 

 天然気味な翼に遠回しに言ったことを後悔しつつ、クリスは吼える。

 

「なんか、目には見えないところで、なんかが軋みを上げているような……」

 

「……ああ、分からないでもない」

 

 クリスも、翼も。

 第一種適合者という時代に選ばれた特別な存在であり、リインカーネイションシステムに選ばれていない、そういう人間だ。

 ぼんやりと気持ちの悪い熱を感じているようで、感じていない。

 何かに感づいているようで、感づいていない。

 不安を抱いていないようで、抱いている。

 

「透明な不安だ。もどかしいったらありゃしねえ」

 

 魔神が能動的に動いていたら、彼女らも確かな何かを感じていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は中庭の草原に横になって、空に手をかざす。

 平時には学生達が昼御飯を食べる場所として、祭りの今は老若男女問わず色んな人が安らげる場所として、この広い中庭はあった。

 今もまた、空に手をかざしている響が目立たないくらいに、この場所は人で賑わっている。

 

(拳で解決する問題って……本当はすごく簡単な問題でしかないのかもしれない……)

 

 クラスの出し物を笑顔で精一杯やったものの、自分のローテ分が終わった途端、響は糸が切れたようにここで寝っ転がっていた。

 集中力が切れた、というより、無理をしていた限界が来たといったところか。

 響は他の装者達と違い、ブランクイーゼルの件であーでもないこーでもないと悩むだけでなく、ゼファーの命の残量のことに対しても苦悩していた。

 

 死までのカウントが一日、一日と減っていき、友の死が間近に迫って来る。

 苦しいのに、どうにもできないこの感覚。

 まるで陸の上で溺れているようだと、響は思った。

 

「ひーびきっ」

 

 そんな響に、未来が笑顔で声をかける。

 

「あ、未来。……もしかして、もうそんな時間?」

 

「もうそんな時間です。もう、こんなところで寝っ転がって……」

 

「いやー、だって今日は涼しさと陽の光がいい感じだったもんだからさー」

 

 秋桜祭勝ち抜きステージに出場するのは、クリスだけではない。

 来年度以降の新入生部員を獲得するためにと、アニソン同好会の特攻隊長板場弓美が創世と詩織を引っ張り込んで、コスプレにアニソンという無敵装備で殴り込みをかけていたのである。

 響や未来はこのステージに出場する予定は無かったが、友人が何人も出場するとなれば、応援に行こうと思うのも当然のこと。

 

 そしてそろそろ、響と未来の友人達が出場する時間が来たということなのだろう。

 

「お昼食べた?」

 

「うん、さっき翼さん達と食べてたんだ。未来はローテの位置が悪かったよね」

 

「秋桜祭の間は皆忙しいから、揃ってお昼ごはんってわけにはいかないでしょ」

 

 いつも通りだ。

 二人の会話の噛み合い方は、普段通りで何も変わらない。

 どちらか片方の様子がおかしければ会話の調子は噛み合わず、二人はそこに違和感を感じずにはいられなかっただろう。

 だが、噛み合っている。

 

 ゼファーという共通の親友が死を前にしているにもかかわらず、だ。

 それは明らかな異常事態だった。

 変でないことが、逆に変だった。

 

「しっかしあれだね、勝ち抜きステージってだけあって歌上手い人多いよねー」

 

「響みたいに力のある歌が、歌の全てってわけじゃないもの。

 翼さんみたいにプロの人は流石に出れないけど、やっぱり上手い人がたくさん来てるからね」

 

 二人がゼファーの死に何も苦悩していないのか?

 否。断じて否だ。

 この二人は、同じ苦悩を抱え、同じ友を想い、様子のおかしさですら完全に同一だった。

 二人は均等に、"いつもの様子"から同じ方向に同じだけズレている。

 だからこそ、二人は互いの様子に対し気付いているようで気付いていない。

 

「あ、そうだ。あそこの焼きそばすごく美味しかった! 後で食べてみた方がいいよ!?」

 

「もう、響は食べることばっかり」

 

 ここしばらく、表情を曇らせて苦悩していた二人。

 そんな二人の心に、暖かいものが流れ込んでいく。

 小日向未来は、隣に立花響が居てくれれば、それだけで救われたような気持ちになれる。

 立花響は、隣に小日向未来が居てくれれば、それだけで救われたような気持ちになれる。

 救われたような気持ちになっただけで、何も解決してはいないが、それでも。

 

 隣に一番の親友が居る限り、彼女らは笑って前を向いていられるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブランクイーゼルはゴーレムを主戦力として扱っている。

 いかにも兵器、といった出で立ちのゴーレムは、示威行為には最適だった。

 ブランクイーゼルの装者達は、その姿を世界に対しほとんど見せないでいる。

 ならば今、彼女らは何をしているのだろうか?

 

 意外なことに、彼女らもまたリディアンに居た。

 調はちょっとしたメイクに上げ底の靴、髪をツインテールにしてシックな少年風の服装を選んでいた。少年に見えるでもなく、男装の麗人に見えるでもなく、少年的な美少女に見えるコーディネートだ。

 切歌はワックスで撫で付け髪を抑えつけつつ小さく纏めて、カツラを被って調と同じ黒髪かつロングヘアに偽装、日本の中学生女子の間で最近流行した服装をチョイスし、"少しだけオシャレ"という名の没個性を身に付けていた。

 

「周りに二課装者は……居ないみたいデス」

 

「気を付けて」

 

 二人の変装は、『顔を隠す』というより『周囲の風景に溶け込んで目立たない』という点に重きを置いた変装だ。

 秋桜祭にはこの学校を志望校に選んだ中学生達も大勢来ており、調と切歌は基本的に日本人な容姿をしていることもあって、少し変装すればそれらの風景に容易に溶け込むことができていた。

 

 最高の変装とは、自分の素顔とかけ離れた姿になることではない。

 その者の素顔を知っている人間がその者を視界に入れても、その者であると気付かないことだ。

 つまりは、目立たないことこそが最高の変装になる。

 

 二人はブランクイーゼルの天下布武宣言の日に、ギアを纏った姿を一度見せただけ。

 アメリカのトップアーティストであるマリアと違い、その容姿は有名というわけではない。

 そして人の目や注意を引くギアを纏わず、印象をガラリと変える服装に身を包んで変装すれば、それこそ大抵の人間は気付かないだろう。

 

 いわゆる『仮面ライダーフォーゼの主役の人が髪を降ろしてリーゼントじゃなくしたら誰か分からなくなった現象』である。

 

「なんという美味さ……このたこ焼き、ただものじゃないデース」

 

「……」

 

 それに何より、たこ焼きを美味しそうに食べる切歌の姿が最高の偽装となっていた。

 世間では装者を含むブランクイーゼルのメンバーは、テロリスト、革命家、ヒーロー、過激な平和主義者と様々なイメージを持たれている。

 だが日本人からは総じて、"違う世界の住人"という印象を抱かれていると言っていい。

 

 今の切歌はどこから見ても普通の少女であり、どこにでも居る祭りを満喫している子供そのものだ。その雰囲気からも、その様子からも、物騒なものは感じられない。

 テロリストどころか、戦士にすら見えなかった。

 仮に"あれブランクイーゼルじゃね?"と一般人が思い至ったとしても、切歌を見た瞬間に"いやそれはねーな"と思うだろう。

 切歌の素の性格が、何よりも優秀な偽装となっていた。

 

「いや、のんきに屋台回ってんじゃねーよお前ら」

 

「ほげええええええッ、ゼファー!?」

 

「……いや、ほげええええええじゃなくてだな」

 

 が。

 誤魔化せない相手というものは、居るもので。

 

「……なんで分かったの? 変装は完璧だったはず。

 ここまで誰も気付いていなかったし、ゼファーとは顔を合わせないようにしてたのに」

 

「この学校の敷地は俺の庭だ。

 知ってる奴の気配が入って来たなら、すぐに感知できる」

 

「サラッと気配とか言わないで、困惑するから」

 

 ゼファーは普通の人間であった頃から直感という感知能力を持ち、アガートラームの体となってからも、新たな感知能力を手に入れていた。

 そしてそれは、ここ数ヶ月で加速度的にその効力を増している。

 死に際の人間が超人的な感覚能力を発揮するのと似た現象だ。

 

 人間としてのゼファーが失われるたび、アガートラームはゼファーという人間の維持にリソースを割く必要がなくなり、強さを増していく。

 

 死に近づくたび、今のゼファーは強くなる。

 

「私達はここで戦う気はない。戦いに来たわけでもない」

 

「……分かった、信じよう」

 

「いいの? そんなに簡単に信じてしまって。私達、今は敵同士なのに」

 

「敵だけど、友達だしな」

 

「―――」

 

 調が少し目を見開いて、切歌は嬉しそうに笑う。

 ゼファーの勘もまた、「信じていい」と言っている。

 ならば、信じない理由はない。

 敵になったくらいで、ゼファーがその人間を嫌ったり信じなかったりするわけがないのだ。

 

「意外」

 

「なにがだ? シラベ」

 

「あなたは私達より、今の居場所と友達の方が大切なんだと思ってた」

 

 ゼファーが今の居場所と友の方を再優先に考えるなら、仲間の装者を全員呼んだ上で、調達に奇襲を仕掛ければいい話だ。

 運が良ければ、ブランクイーゼルの装者を二人無力化できる。

 運が悪ければ、調達のゼファー対策・即時対応によりこの祭りが惨劇の舞台となってしまっただろうが、それでもやるだけの価値はあっただろう。

 だが、ゼファーはそうしなかった。

 

「……どうなんだろうな」

 

 一般人が多く集まっているこの祭りの中、戦いを始めるリスクを考えたのもあるだろう。

 

「俺は、天秤にかけたら、どっちが大切なんだろうか……」

 

 だが、もっと根本的な問題もある。

 彼が奇襲ではなく、こうして話し合いと説得を選んだ理由がある。

 ゼファーが漏らしたその声から、調はその問題を察していた。

 

 彼は人知れず苦悩していた。苦しんでいた。悩んでいた。

 二課の皆も、ブランクイーゼルの皆も、ゼファーにとっては大切な人なのだ。

 なのに戦わねばならない。なのに殺し合っている。

 それは例えるならば、父と母が殺し合っているのを見る子の気持ち、息子と娘が殺し合っているのを見る親の気持ちに近かった。

 どちらの方が大切かなんて、決められない。

 ゆえに、ゼファーの内には、誰にも打ち明けられない苦悩が渦巻いている。

 

 その苦悩を踏み越えて、彼は自分の思う正しさ――人の命の尊重――のために、戦っている。

 

 調の瞳に、少しの後悔と、少しの申し訳無さと、少しの同情が浮かぶ。

 

(友達、か……)

 

 変わらぬ友情。

 それはかつてゼファーを救ったものであり、今彼を苦しめているものでもある。

 切歌も調も、その友情を理由に胸を痛めていたが……それでも彼女らは、ゼファーの敵であることをやめられない。ぐっとこらえて、口ごもる。

 

 この三人は親友であると同時に敵同士。

 調と切歌が変な動きを見せれば、ゼファーは瞬時に彼女らを襲うだろう。

 その時、彼は仮面の下でどんな顔をするのだろうか。

 誰よりも"彼女達と戦いたくない"と願っているのは、果たして誰なのか。

 

「繰り返すけど、私達に戦う気はない。安心して」

 

 調の念押しは、誰のためのものだったのだろうか。

 調と切歌のための念押しでないことだけは、確かなことだ。

 

「戦う気がないなら、二人はどうしてここに居るんだ?」

 

「一つは、あなた達を穏便に無力化する道を探すため」

 

 調と切歌がここに居る目的は、二つ。

 戦わずとも二課を無力化し、ゼファーの生存に繋がる最善の道を探しているのが一つ。

 そしてもう一つが、ブランクイーゼルの最たる内患の捜索だった。

 

「それと、もう一つ。ドクターが勝手に出かけて、この辺りで行方不明になったから、探しに」

 

 Dr.ウェルに何かが起こる前に彼を助けに来た、といったニュアンスではなく。

 

 Dr.ウェルが何かをやらかす前に彼を取り押さえに来た、といったニュアンスで、調は言った。

 

 

 




 余談ですがキャラの戦闘スタイルなどは、原作をコマ送りして分析して個人的に考察しています
 たとえばきりしら

 切歌ちゃんはG四話の「あたしの帰る場所」などが分かりやすいです
 足を大きく上げて踏み込む、膝を返して捻りを攻撃に乗せる、大鎌を振るう一撃を放つために体ごと一回転させる、などなど隙はありますが理に適った足の動きが特徴的です
 他のキャラがギアによる移動や大ジャンプ多用なのに対し、切歌ちゃんは全体的にてくてく走っていくのが多いのも印象的ですね
 GX五話「Edge Works」などでは鎌を降ってその反動だけで移動しており、体重移動の技術だけで言えば装者でも屈指の域にあります

 調ちゃんの遠距離攻撃は本当に正確無比です
 あれだけの数を撃っているのに、原作アニメをコマ送りしてみると一つ一つがノイズにクリーンヒットしてたりするんですよね
 曲線を描きながら急加減速も可能な描写のある脚部ローラーは、ビッキーを惑わしたり、無数のノイズの合間を駆け抜けたり、VS切歌で攻撃の合間を縫ったり、アルカノイズに囲まれた状態で多少粘れるなど非常に利便性が高いと言えます

 みたいな

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