戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 恐れている。

 オーバーナイトブレイザーは、ゼファー・ウィンチェスターを恐れている。

 人間を恐れている。

 人の心を恐れている。

 恐れを持たず、人の恐れを自らの力に変えるロードブレイザーとは違う。

 オーバーナイトブレイザーは、ロードブレイザーに比肩する化け物ではない。

 

 ここしばらくの間、オーバーナイトブレイザーは二つの感覚を覚えていた。

 自分の内側をまさぐられるような、気持ちの悪い感覚。

 そして、自分の原型であるナイトブレイザーが弱っていっている感覚だ。

 

 何が自分の内側をまさぐっているのか、黄金の騎士には分からない。

 何故ゼファーが死にかけているのかも、黄金の騎士には分からない。

 だが、深くは考えなかった。

 オーバーナイトブレイザーは自分に不快な感覚を与えて来る何者かを探すべく、それになにより自分がかつて恐怖を感じた『人間』を殺すチャンスであるこの時を逃さないとばかりに、日本という国へと向かう。

 

 それは血を流し死にかけているライオンを見て、「今なら殺せる」と奮い立った小動物が持つような、蛮行に繋がる恐怖に近い感情だった。

 

 

 

 

 

第三十五話:現実がキミを壊していく 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マリア、切歌、調といった面々は、ゼファーの口からその性格などが二課に余すことなく伝えられている。

 今回の騒動がなければ、"彼が昔一緒に居た良い友人達"という評価に落ち着いていただろう。

 だが今となっては、その評価も参考程度にしかされていない。

 ゼファーが信じられると言っても、敵対している現状がそれを台無しにしてしまう。

 

 笑える話だ。

 彼が"勘"で「信じられる」と言っていたなら、二課の皆は彼の人物評価を信じていただろう。

 だが彼が「信じられる」と言う理由は"情"だ。

 そのため二課の大半の人間は、ブランクイーゼルの装者達をいまいち信じてはいなかった。

 ゼファーは悪い人でも好きになるし、自分を裏切る人間でも信じると、長い付き合いで二課の大半の人間が知っていたから。

 マリアと刃をぶつけ合いその心を知った翼のように、信じる信じないの狭間で悩んでいた者も居たが、それは例外の部類だろう。

 

「さて、次なる挑戦者は!? 飛び入りも大歓迎ですよー!

 優勝者には、生徒会権限の範疇でひとつだけ望みを叶える権利をプレゼント!」

 

 ゼファーが屋上に上る道を進み始めたその頃。

 二課から警戒されていて、そのために変装して隠密行動を取っていた切歌と調の二人は、何故かステージの上に上がっていた。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、響?」

 

「なんか、あの二人、どこかで見たような見たことないような……」

 

「この距離からよく見えるね」

 

 融合症例の影響で立花響の視力は少し上昇している。

 "どこかで見たことがある"といった感想を抱くには、かなり顔形がはっきり見えてなければならないだろうに、この距離から遠いステージがはっきり見えている響に、未来は少し驚いた。

 しかし響には顔をはっきり見る視力はあっても、それを活かす思考力が無い。

 ステージの上の二人の顔を見ても、その顔あるいはその顔に似た顔をどこで見たのか、記憶の海を漁ってもさっぱり分からなかった。

 

「どっかで見た覚えがあんのも当然だ」

 

「あ、クリスちゃん! 新チャンピオンおめでとー!」

「おめでとう、クリス。すごく良い歌だったよ」

 

「お、おう。サンキュな。

 なんかこうして改めて褒められると照れ……ってそうじゃねーから!

 本題も問題もそこじゃねーから!

 あのステージの上の二人のこと、先輩から連絡来てんだよ。"注意しろ"ってよ」

 

「注意?」

 

「あたしも見ただけじゃ気付かなかった。

 先輩が言わなきゃ気付かなかった。今、あのステージに上ってる二人は……」

 

 クリスに促され、響と未来がステージの上の二人を見る。

 

「では飛び入りのお二人さん、名前をどうぞ!」

 

「月読調」

「暁切歌、デェス!」

 

「―――!」

 

 その名に聞き覚えがあったものだから、響は思わず目を見開き、息を呑んだ。

 

「響、知り合い?」

 

「……ブランクイーゼルの、ギア装者だよ。私達はこの前、あの子達と戦ったんだ」

 

「!」

 

「何が目的で来たか知らねえが、こうしてあたしらの前にツラ出すたぁいい度胸だ」

 

 ギアを纏った切歌と調の姿は、世界中に放映された。

 が、切歌と調の名まで世界中に知られたわけではない。

 それゆえに、この二人の名を聞いて"そういうこと"だと判断できる人間は、レセプターチルドレンのリストを持つ米政府の関係者か、ブランクイーゼルか二課の構成員だけだ。

 そのため、未来を始めとしたこの会場の大半の人間は名前に反応すらしていない。

 

(この勝ち抜きステージ、勝てば一つ願いを叶えてもらえるとか。

 このチャンス、逃すわけにはいかないデス!

 パパっと勝って、ドンパチ避けて勝利して、鮮やかにカッコよく決めてみせましょう!)

 

(そんなに上手く行くかな? 生徒会権限なんて、たかが知れてると思うけど)

 

(大丈夫デス! 調、あたしが考えなしにここに来たとでも思ったデスか?)

 

(……)

 

(……あ、うん、そデスか。

 まあ見てるデス。『雪音クリスは負けず嫌い』、そこを狙うので!)

 

 切歌は事前に聞かされていた雪音クリスのプロファイリングを思い出しながら、調には無く切歌には有る持ち前の行動力で、切歌なりに考えた行動を起こす。

 

「チャンピオンに挑戦デェス!

 あたしらが勝ったら、チャンピオンがその首から下げているペンダントをいただくデス!」

 

「!」

 

 装者はゼファーと違い、ペンダントを奪えばその時点で無力化できる。

 殺す必要も、傷付ける必要もない。

 だが一介の生徒会ごときに、装者のペンダントを奪う権利なんてものはない。

 

 切歌が優勝者の願いが叶えられるというこの舞台で狙い撃ちしたのは、喧嘩っ早く負けず嫌いなクリスの性格だった。

 風鳴翼のペンダントは奪えない。立花響のペンダントも奪えない。

 だが、雪音クリスが最高の歌を歌ったこのタイミングでならば、彼女は歌で売られた喧嘩を必ず買うだろうと、切歌は踏んでいた。

 

 切歌は二課の装者の中なら、翼よりも、響よりも、クリスにこそ共感を覚えていた。

 それが切歌の推測の的中率を引き上げてくれたのか、切歌が売った喧嘩は無事買われたようだ。

 

「上等だ。あたしに勝ったら『これ』、くれてやるよ!」

 

「ちょっ、クリスちゃん!?」

 

「ちょ、ちょ、司会置いて話進めないで下さいよー!?」

 

 慌てた響が止めようとクリスに縋り付くが、肘で額を押されて押し退けられる。

 近場では未来が、遠目には翼も、クリスが受けて立ったことに驚きの表情を見せていた。

 司会者も慌てた様子で切歌とクリスの間で視線を彷徨わせていたが、やがてもうどうにでもなーれと言わんばかりに司会進行を再開した。

 

「まあ当事者の合意があるからいっか!

 さてさてお二人が歌うは『ORBITAL BEAT』! ツヴァイウィングの(ナンバー)だ!」

 

(! この曲は……まさか……!?)

 

 弓美達のコメディ的な盛り上がり。

 クリスによる最高のオーケストラ直後のような盛り上がり。

 この後に歌ったならば、日本のプロ歌手の大半がガッカリされて終わるだろう。

 並の者では、そもそもこの空気の中では歌えまい。

 

「調」

「うん、わかってるよ、きりちゃん」

 

 されどこの二人は、並の者ではなかった。

 

「「―――♪」」

 

 ORBITAL BEATは、ツヴァイウィングの歌唱曲である。

 二人でなければ歌えない、二人の歌唱力と、二人の歌の響きの相性が求められる曲。

 誰もがこの二人の歌に期待などしていなかった。

 なのに今では、誰もがまたステージの上の歌姫に目を釘付けにされていた。

 

(え、なに? この二人……さっきの雪音さんと、同じくらい……!?)

 

 クリスの歌は、思わず声を漏らしてしまいそうな感動を引き起こす、クリスから溢れ出るありったけの感情が込められた歌だった。

 その歌には、叫び出したくなるような、そんな暖かさがあった。

 されど調と切歌の歌は、目と耳の全てを使って二人の歌を噛み締めたくなるような、息を止めてその歌に聞き入ってしまうような歌だった。

 その歌には、息が止められてしまいそうな、そんな熱さがあった。

 

「「―――ッ♪」」

 

 月読調と暁切歌の二人は、風鳴翼と天羽奏の二人と比べれば、純粋な歌唱力では劣る。

 だが、声質の相性の良さで言えば互角。

 息の合い方という一点だけを見れば、ツヴァイウィングをも超えていた。

 

(ああ、そうだ……)

(あの頃……世界がこんな物騒じゃなかった頃……)

(……私達は、ツヴァイウィングの歌が、大好きだった……!)

 

 調と切歌の歌は、既に心の闇(イグナイト)を乗り越えた後のものだ。

 その響きは歌に微小な変化を呼び、それがまた人の心を震わせる微細な個性を乗せている。

 歌が変われば、聞き手に起こる作用も変わる。

 楽しそうに歌われた歌は、耳にした者の気持ちまで楽しくさせるのと同じだ。

 

 調と切歌のORBITAL BEATは、彼女らの予想以上に観客の心を震わせていた。

 

(……やっべー、今年の秋桜祭どうなってんの!?

 なんで私が司会の時だけこんなんなってんの!?

 プロ参加させたら流石に勝敗確定だわー、ってことで風鳴先輩の出場禁止なのに……

 なんでプロ級のがこんな連続して出て来んの!?

 これ、風鳴先輩出しても出場の順番次第じゃ勝敗分からなかったんじゃ……!)

 

 二人はプロから正式に薫陶を受けたわけでもないのに、二人の歌声のハーモニーによる相乗効果で、既にトップアーティストの翼と大差ないレベルの歌を作り上げていた。

 

「「―――♪!」」

 

 歌の世界で上に行くには、才能が必要であるとよく言われる。

 ならば歌の才能とは何か?

 それは歌にどこまで『乗せられるか』、という一点に尽きる。

 非凡な人間は歌に感情を、溢れ出る激情を、己の人生を、伝えたい胸の響きを、心震わせる波紋を乗せることができる。

 その点、翼のように、クリスのように、響のように、切歌と調は非凡だった。

 

(勝負を受ける前からあたしにも分かっていたこととはいえ……二人がかりとはやってくれる!)

 

 歌い終えた二人に向けられた歓声と賞賛の声は、クリスとほぼ同等のものだった。

 

「とても素晴らしい歌声でした! 採点が気になるところです!」

 

 この勝ち抜きステージは、リディアンの教師や来賓の音楽家などによる、複数人での採点形式によって勝敗が決まる。

 会場の空気は、"雪音クリスの勝ち"と思っている者が1/6、"暁切歌と月読調の勝ち"と思っている者が1/6、"どちらが勝ってもおかしくない"と思っている者が4/6といった割合だった。

 ここまで来れば、勝敗はもはや採点者の好みでどちらにも転がりうるだろう。

 

(どっちだ、どっちが勝つ……!?)

 

 会場に緊張が走る。

 歌を聞くためではなく、歌の採点を聞くために、観客席が静まり返る。

 

「さて、採点の結果は!?」

 

 そうして、表示されていたクリスの歌の点数の横に、二人の歌の点数が表示された。

 

「……マジかよ……!」

 

 点数差はたったの一点。

 たったの一点分だけだが、調と切歌の方が高かった。

 それが、勝者と敗者を決める。

 

「あの二人の、勝ち?」

 

 歌の出来そのもので言えば、クリスは調と切歌の二人がかりとぶつかってなお、その上を行っていた。一対一であれば圧倒的な差が付いていたことは間違いない。

 加え、クリスの歌には純粋な歌唱力以上の力があった。

 ギアを起動させる力とは別の、世界を変えられるかもしれないほどの力があった。

 人の心を震わせる力があった。

 

 しかし、"息の合ったユニット"による『ORBITAL BEAT』には、敵わなかった。

 

 天羽奏と風鳴翼のツヴァイウィングは、今でも人々の記憶に残っているユニットであり、熱狂的な流行の後押しを受けていたさなかに死ぬという劇的な終わりを果たした伝説のコンビだ。

 劇的な死は、時にその人間を人々の心の中で神格化させる。

 ツヴァイウィングは、奏の死によって異様に強烈に人々の心に残ったのである。

 ORBITAL BEATという曲に至っては、この歌が歌われている最中にライブ会場の惨劇が始まった"悲劇の象徴"のようなもののため、一部の人間にはトラウマそのものであっただろう。

 

 そのため近年のツヴァイウィングのイメージは、惨劇の結末で終わったという悲劇的なものだ。

 しかし調と切歌の歌は、二年の時を越えてそのイメージを塗り替えていた。

 調と切歌の歌はツヴァイウィングに次ぐほどのレベルにあり、かつ二年前の悲劇のイメージを塗り替えるほどに明るく熱い歌だった。

 それがツヴァイウィングのことを覚えていた者達が、歌に覚える感動を増大させる。

 

 加え、風鳴翼と天羽奏はこの学校の生徒でもあった。

 リディアンの教師や、ツヴァイウィングに期待していた音楽家からすれば、ツヴァイウィングの記憶はかなり鮮明に残っているに違いない。

 奏の死に、普通のファンよりも大きな悲しみを抱いたはずだ。

 調と切歌を見てツヴァイウィングを思い出せば、その分点が加算されることもあるだろう。

 

 調と切歌の歌は、二年前の惨劇と、ツヴァイウィングという先人の力、イグナイトを終えた後というブーストを得て、二人が想定していなかった形で点数を引き上げる。

 ただ逆に言えば、それでも一点差でクリスに勝つに留まった。

 

 採点者によっては、ここでクリスが勝っていたかもしれない。

 ツヴァイウィング絡みのブーストがなくても、調と切歌が勝っていた可能性もある。

 だが、所詮もしもの話だ。

 クリスのペンダントを賭けた歌勝負は、今日のところは、二人の勝利に終わった。

 

「私見ですが、どちらが上と断言できないものであったと思います!

 一点差ですからね一点差! これが明確に互角だったという証明になるかと!

 正直な話、どっちの歌にも感動しちゃいましたよ私!

 皆さん、雪音クリスさんにも、暁切歌さんと月読調さんにも、盛大な拍手をお願いします!」

 

 拍手が会場いっぱいに広がっていく。

 二人の歌に感動するあまりに腕がちぎれんばかりの拍手をして、隣の席の人に肘をぶつけまくっている人まで居た。

 クリスは最後列の響の隣の席を立ち、ステージ前まで歩いて行って、切歌に胸から下げたペンダントを投げ渡す。

 

「ほらよ、これが欲しかったんだろ?」

 

「確かに受け取りました。こっちの味方に付くならいつでも来てください、デス」

 

「は、寝言は夜に言え」

 

 切歌と調を見張っていた翼は、あっさりとペンダントを投げ渡したクリスに目を見開いた。

 クリスの性格ならば、約束を破るなりなんなりするだろうと思っていたからだ。

 勝負に熱くなってしまったクリスならば破れかぶれに渡す可能性もあっただろうが、翼視点今のクリスはそこまで熱くなっていないように見える。

 ゆえになおさらに、翼にはクリスがペンダントを切歌に渡した理由が分からなかった。

 

(何を考えている、雪音?)

 

 席を立った響も同じことを思っていたようで、翼の方に駆けて来るのが見える。

 未来も少し遅れてその後に続いて来た。

 一旦合流してから見張り直すかと、翼がゼファーに連絡しようとする。

 

「ん?」

 

 だが、取り出した携帯電話を見て首を傾げる。

 電波が届いていない。

 電波を遮るものなんて何もないはずなのに、何故か電波が途切れていた。

 そこで翼の近くにまで来ていた響が、翼に慌てた様子で声をかける。

 

「! 翼さん、外! 外を見て下さい!」

 

「……!?」

 

 ただごとではないと判断し、翼は会場の外に出ていく。

 その後に響が続き、響に付いて行った未来がその後に続き、実戦経験からか素早く反応したクリス・調・切歌が続く。

 

「ちょ、ちょっとー! チャンピオンがどこ行くんですかー!?」

 

 背後からかかる声を無視して、会場の外に出た少女達。

 彼女らがまず目にしたのは、『燃え上がる空』だった。

 

「なんだ、これは!?」

 

 燃え上がり、燃え尽きていく青い空。

 地上からでは太陽の光やレイリー散乱の青ですらも見えず、空が真紅の一色に染め上げられたようにしか見えない。

 携帯の電波が届かないのはこの空のせいかと、翼は現状を理解した。

 そして皆に声をかけようとした、その瞬間。

 

 ギィン、と世界が軋む音がした。

 

(……あ? え?)

 

 誰もがその瞬間、驚きの声を上げたことだろう。

 だがその驚きの声ですら、世界には響かない。

 風の音、人の声、機械の駆動音など、ありとあらゆる『音』が世界から消えていた。

 

 訪れたのは、完全なる無音とでも言うべき静寂。

 

 昼間でも静かな場所に、深夜に行った時に感じられる静寂よりも、なお静かだ。

 静かすぎる空間は、耳に何の刺激も与えないがために、逆に人を不安にさせる。

 何の音も届かないその世界は、ただ静かなだけで人々の心に恐怖を染み込ませ始めていた。

 

(声が出ない……いや、声が喉から出てるのに、耳に届かない……!?)

 

 翼は声を発する。だが、音は響かない。

 翼は近くの小石を踏み砕いてみる。だが、音は響かない。

 翼は目の前にあった彼女の腕四本分ほどの太さの木を蹴って折る。だが、音は響かない。

 

 この世界に生まれる音のことごとくが、焼き殺されていた。

 

(歌が、歌えないっ……!)

 

 シンフォギア装者は、ギアを纏うために『聖詠』を口にする必要がある。

 聖詠とは何か?

 それは適合者の戦意・願い・祈りといった想いの波動にシンフォギアシステムが反応し、その内部の聖遺物の欠片が共振した結果、装者の胸に浮かび上がるコマンドワードのことである。

 この聖詠(コマンドワード)を口にすることで、シンフォギアは初めて起動する。

 

 が。

 裏を返せば、このコマンドワードが"口にされなければ"、シンフォギアは起動しない。

 それどころか想いの波動がギアにまで届かなければ、聖詠は浮かんですら来ないだろう。

 全ての音が殺される紅い空の下、装者達はギアを起動させることすらできていない。

 口にした聖詠すらも焼き殺されるのならば、装者達はどう歌えばいいというのか?

 

(こんな、こんなことが出来る輩など、そう何人も居るものかッ!)

 

 装者達が燃える空を見上げれば、そこを横切る悪夢のような黄金と赤。

 翼は憎悪を目に浮かべ、響は恐れとそれを踏破する勇気を胸に抱き、切歌と調は一度敗れたことがある敵を忌々しげに睨み、又聞きにその存在を知っていた未来とクリスは目を見開く。

 それは、人を滅ぼす人の天敵。

 

(オーバー……ナイト、ブレイザーッ!)

 

 装者達は戦おうとするが、生半可な意志では胸に聖詠が浮かんで来ない。

 そして浮かんできた聖詠ですら、口からペンダントにまでまるで届く気がしない。

 オーバーナイトブレイザーはこの空と共に、少女の歌までもを焼き殺していた。

 

 燃え尽きそうな空から、絶望が聞こえてくるかのようだ。「諦めろ」、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二課本部でも人が忙しく動き回っているが、一切の音が立っていない。

 通信は完全に途絶、会話しようにも音が伝わらず、二課はその機能を完全に麻痺させていた。

 弦十郎を含む二課の主要人物達とオペレーター陣の前で、信じられない速度でペンを動かし、藤尭朔也がホワイトボードに文字を書いていく。

 

(『波』が殺されています)

 

 オーバーナイトブレイザーがもたらした紅い空の効果は、一言で言ってしまえば、そういうことだった。

 通信機は電気の波、電波を利用する。

 歌や声は空気の振動、音波を利用する。

 人はコミュニケーションの多くに『波』を利用するため、魔神の端末はそれを殺しに来たのだ。

 

(オーバーナイトブレイザーは、学習したんです)

 

 朔也がホワイトボードを通して伝えるは、最悪の事態だった。

 

(前回の戦いで俺達が電波で通信してたこと。

 ゼファー君達が声で連携してたこと。

 翼ちゃん達が歌で力を増していたこと。

 全部知ってて、それに対策を講じてきたんです……最悪なことに)

 

 電磁波、音波、振動波、その他ありとあらゆる『波』がこの赤い空に焼き殺され続けているのだろう。

 彼らは知る由もないが、オーバーナイトブレイザーが発生させた波殺しの赤い空は、地球の半分をすっぽりと包み込んでいた。

 その空の下では、海にも波はなく、大気に風という波が起こることもない。

 

 そしてこれは、露骨なまでの『シンフォギア殺し』だった。

 

(その内電気の流れまで殺されるかもしれません。

 今の本部のドアは全部電子ロックの電動ドアです。

 閉じ込められないよう、まずはいくつかの退避ルートを開けておきましょう)

 

(事態がこれ以上悪化するというのか?)

 

(光だって『波』なんですよ、司令?)

 

(……そこまで事態が悪化した場合、本気で打つ手がなくなるな)

 

 ホワイトボードに弦十郎がペンを走らせればこうして会話も成立するが、通信どころか会話もままならない現状では、チーム・ワイルドアームズの安否も確認できない。

 

(ブランクイーゼルもおそらく現状を理解できてないと思います。

 オーバーナイトブレイザーの姿だけでも確認していた俺達のがマシなくらいです。

 大半の人間は何が起こってるか分かってないでしょうし……

 早く止めないと、通信妨害のせいでどれだけ事故が起こって人が死ぬか……)

 

 今は、現場に居る天戸達が活躍してくれることを信じるしかない。

 現在の二課本部は、ローテの関係で本部に居ない仲間達を呼び戻すことも出来ないのだ。

 研究班の2/3と、友里あおいと、土場と甲斐名までもが居ない。

 

(俺達にできることは?)

 

(秋桜祭は人が集まりますので、念のためいくらか警備が割いてありましたよね?

 彼らが自己判断で動いてくれていれば、避難誘導はなんとかなるかもしれません。

 確証はないですが、信じるしかないです。それと、どう転がるか分かりませんが……)

 

 朔也は弦十郎に、今自分達ができること、彼が考えつくだけの策を授ける。

 

(ヘリを出して、リディアンに向かう。それで一手を投じられるかもしれません)

 

 監視カメラに姿が映っていたオーバーナイトブレイザーに対し、たとえ焼け石に水程度の対応しかできないのだとしても、彼らは何もしないわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトブレイザーは、直感とARMをフルに動かしながら跳び上がる。

 オーバーナイトブレイザーが初手に放ったのは、リディアンを街もろとも一瞬で焼き尽くすだけの広範囲火力攻撃だった。

 それは、数千のクラスター爆弾を落としたに等しい、焔弾の絨毯爆撃。

 数千の焔弾は空中で更に数千に分かれ、数千×数千の爆撃へと変わる。

 

(させるか!)

 

 それを防いだのが、オーバーナイトブレイザーの攻撃を直感的に察知したゼファーだった。

 彼は右手を銃の形にしてガンブレイズ、左手にナイトフェンサーを握り、銃剣併用スタイルを用いてオーバーナイトブレイザーが放った攻撃を落としていく。

 地上で人々がナイトブレイザーを指差し何かを言っているが、まるで聞こえない。

 

 ゼファーはARMでアウフヴァッヘン波を周囲に投射して焔弾の位置を常に確認しつつ、直感的に焔弾の軌道を読み、空を走る。

 そして近くのものは切り捨て、遠くのものは撃ち抜いた。

 人間性の喪失と共にアガートラームの処理容量が上昇したおかげで、今のゼファーのスペックはかなり上がっている。

 それでもなお、彼一人では街を守れるかどうかは運次第でしかない。

 

 次第に処理の限界が来て、焔弾が秋桜祭に来た人達の頭上に落ちて来てしまう。

 

(!)

 

 だがその焔弾は、暗色の虹に飲み込まれ、消滅した。

 ネガティブ・レインボウ特有の対消滅反応を見て、ゼファーがそちらに視線を動かせば、そこには祭りに集まった人達や街の市民を守るため、槍を振るうマリアの姿があった。

 彼女の背中には、暗い虹色の力場を纏うマントが見える。

 どうやら彼女はギアの背中にあるマントに汎用性を持たせず、飛行能力という一要素のみに特化させ、それで空を飛んでいるようだ。

 

(HEXの回線、相乗りさせてもらうわよ)

 

(マリアさん!? シンフォギアの、念話機能を……)

 

(ええ)

 

 聖遺物とフォニックゲインの力の加護を受けているからか、この音が響かない世界の中で、マリアの歌だけが美麗に響き渡っている。

 そのせいか、空を見上げながら逃げる人間が次第に増えてきた。

 ゼファーのHEXバトルシステムに使われるアウフヴァッヘン波も、この空の下ではイマイチ効力が発揮しきれていないが、マリアは器用に念話機能の回線として利用していた。

 これならば、連携が取れる。

 

 ナイトブレイザーとグラムザンバーで、力を合わせて戦うことができる。

 

(一時休戦といきましょう。アレは、俺達の共通の敵のはずです!)

 

(……そうね)

 

 ゼファーの呼びかけに、少しだけ微笑んで、マリアは応える。

 

(今日はあなたに、背中と命を預けることにするわ)

 

 ゼファーとマリアが背中を預け合い、それぞれが別方向に攻撃を放つ。

 黒騎士の両手からはガンブレイズ、歌姫の槍先からはネガティブ・レインボウ。

 二人は人々を守るため、焔弾を片っ端から消し飛ばしていく。

 そうして全ての焔弾を消し飛ばした後、オーバーナイトブレイザーに向かって二人同時に飛びかかった。

 

《《          》》

《 魔槍・グラムザンバー 》

《《          》》

 

(イグナイトモジュール、抜剣ッ!)

 

 そこでマリアは、切歌と調の後に同じように『彼』に頼み込んで得た力を、解き放つ。

 彼女のジョーカー。

 彼女の奥の手。

 対二課戦ですら"まだ切る必要が無い、温存する"と判断されていたほどの札を、彼女はここで切った。

 

 イグナイトモジュールにより全身に増設装甲、及び全身に対物理攻撃カウンター用のトゲが生えたその姿は、"魔人"という表現が相応しい。

 マリアはグラムザンバーにイグナイトを上乗せするという反則で、全力のネガティブ・レインボウを放った。

 速度、攻撃範囲、威力全てが最大級。

 マリアは下から打ち上げるように撃ったが、下向きに撃っていれば大惨事間違いなしなその一撃は、小惑星すら一瞬で消せる領域にあった。

 

 だが、当たらない。

 

(マリアさんッ!)

 

(!?)

 

 当たればオーバーナイトブレイザーでさえ一撃で倒せる一撃。

 だが、当たらなければ意味は無い。

 オーバーナイトブレイザーは時空構造概念における直結坑、いわゆる"ワームホール"を、ネガティブフレアで穴を開けるという方法で生成。

 半ば空間転移に近い空間移動を行い、マリアの背後に現れ、蹴撃を放った。

 

 ゼファーはその蹴りを左腕で防いだが、そのあまりの威力に左腕が肩からちぎれ飛ぶ。

 頑丈なナイトブレイザーでさえそうなったのだから、もしもマリアが喰らっていれば、最悪死体すら残らなかったであろう威力だ。

 残った右腕でカウンター気味にナイトフェンサーを振るうものの、オーバーナイトブレイザーがナイトフェンサーを振るうと、ゼファーのナイトフェンサーは一瞬で溶断されてしまった。

 

(速いッ、強いッ!)

 

 ゼファーは至近距離からのガンブレイズに切り替え、自爆覚悟の至近距離射撃を敢行。

 ここでマリアもオーバーナイトブレイザーに反応し、ネガティブ・レインボウを撃つ。

 オーバーナイトブレイザーは二つの飛び道具に距離を取ってくれたものの、一旦下がってから高速移動・瞬間移動・空間移動を組み合わせた異常な軌道で、距離を詰めて来る。

 

(マリアさん! 一か八かです!)

 

(……そうね、このままじゃ埒が明かないわ。

 私とあなたの間にどのくらいの信頼関係があるか、ここで確かめてみましょうか!)

 

 ゼファーの直感だけを頼りにし、オーバーナイトブレイザーが刃の届く距離に来るタイミングを測り、二人は高め合った力をその瞬間に解き放つ。

 

(ラインオン・ナイトブレイザー、グラムザンバー!)

(コンビネーション・アーツ!)

 

 二人の力を乗算したエネルギーを、二人の攻撃により放つ。

 

 すなわち―――二人の絆と信頼が試される、コンビネーション・アーツだ。

 

(( ジャッジメントヒートッ! ))

 

 ゼファーの右腕が持ったナイトフェンサーから力が溢れ、まるで鳥の右翼のような光のエフェクトを放ち始める。

 マリアが両手で握ったグラムザンバーのアームドギアから力が溢れ、まるで鳥の左翼のような光のエフェクトを放ち始める。

 オーバーナイトブレイザーが至近距離に出現したと同時に、溢れ出るエネルギーの輝きに呑まれて光の鳥のようになった二人は、対敵へと突っ込んだ。

 

 自分達の正確な位置を誤魔化しながら、エネルギーの斬撃を一直線に叩き込むのがこのコンビネーションアーツの真骨頂。

 何かが衝突する音、何かが切り落とされる音が、戦場に高らかに響き渡る。

 

 だが。

 オーバーナイトブレイザーには、傷一つ付いてはいなかった。

 

(……あ)

 

 コンビネーションアーツのエネルギーは、オーバーナイトブレイザーのナイトフェンサーと衝突し、微塵切りに切り刻まれる。

 そして最後にオーバーナイトブレイザーが放った一閃が、ゼファーの首に直撃していた。

 切れ味で、首が切断される。

 高熱で、首が溶断される。

 熱されたナイフでバターを切るよりも容易く、その一閃はゼファーの首を切り落とす。

 

 呆然とするマリアの目の前で、ナイトブレイザーの体から、ナイトブレイザーの頭が地に向かって落ちていく。

 

(ゼファーッ!!)

 

 マリアも、オーバーナイトブレイザーも、ゼファーの死を確信していた。

 マリアはゼファーの死に感じた絶望と後悔と喪失感から、オーバーナイトブレイザーはゼファーを殺せたことへの達成感と開放感から、意識に隙を生んでしまう。

 "その隙を、見逃すゼファーではなかった"。

 

(!?)

 

 首の無くなったナイトブレイザーの体が、オーバーナイトブレイザーの背後へと跳ぶ。

 マリアも、オーバーナイトブレイザーも、その動きに反応することはできなかった。

 ナイトブレイザーは黄金の体を背後から羽交い締めにし、その動きを止める。

 

(バニシングッ! バスターッ!)

 

 そして至近距離から、自身が撃てる最大最高の攻撃を、胸部より解き放った。

 

(バカがっ……!

 俺は、もう、とっくに!

 人の姿だろうと、騎士の姿だろうと!

 首を切り落とされたくらいで死ぬような命じゃないんだよッ!)

 

 ゼファーの生身に、もう脳などというものは残していない。

 そんな複雑なものを肉体データ0の状態から再構築する余裕など、最初から今のゼファーには存在していなかった。

 ゆえに、この奇襲が成立する。

 

 ナイトブレイザーの至近距離バニシングバスターによりオーバーナイトブレイザーは倒され……る、わけもなく。

 オーバーナイトブレイザーは背中に焔の膜を生成し、バニシングバスターに耐えていた。

 二年前よりも遥かに威力が増しているはずなのに、それでもなお、オーバーナイトブレイザーを倒せるだけの威力には届かない。

 むしろ至近距離で撃っているゼファーの方が、残り少ない命を削られ虫の息という有り様だ。

 

(撃て、マリアさん!)

 

(!)

 

(逃げも防御もできないよう、体は抑えてる!

 焔の能力はバニシングバスターの防御に使わせてる!

 今がチャンスだ! 俺ごとやれ! それしかないんだ!)

 

(……そんな、そんなこと……!)

 

(世界を守るんだろ!?

 そのために、優しいあなたが覚悟を決めたんだろ!?

 ならこんなことで躊躇うな! 大丈夫だ、俺は、死なない! 撃てええええええええッ!!)

 

(―――ッ!!)

 

 ナイトブレイザーが羽交い締めにしているオーバーナイトブレイザーに、槍を向ける。

 バニシングバスターの防御に精一杯になっているオーバーナイトブレイザーに、狙いを定める。

 歯を食いしばる。

 涙が流れそうになる眼に、気合を入れる。

 槍を握る手に力が篭もる。

 負けそうになる心を奮い立たせて、マリアは叫んだ。

 

(ネガティブッ―――レインボウ―――ッ!!)

 

 斬撃の形に放ったネガティブ・レインボウが、オーバーナイトブレイザーの腹部に向かって飛んで行く。

 先程、オーバーナイトブレイザーはこの暗色の虹を回避した。

 つまりこの暗色の虹ならば、オーバーナイトブレイザーを傷付けられるということだ。

 回避したことこそが、その証明になる。

 

 ネガティブ・レインボウはオーバーナイトブレイザーの腹部に直撃。

 オーバーナイトブレイザーと、背後から羽交い締めにしていたナイトブレイザーをもろともに、上半身と下半身を生き別れにさせることに成功した。

 

 勝った、とマリアは思った。

 

(首が無くなっても生きていたゼファーなら、このくらいの損傷なら……!)

 

 だが、マリアはあまりにも優しすぎた。

 この期に及んで、ゼファーを気遣ってしまった。

 オーバーナイトブレイザーを倒したかったのならば、全身まとめて消し飛ばすべきだった。

 

 なのに彼女は、『ゼファーも生かしてオーバーナイトブレイザーも倒せる』ような攻撃を選び、それを放ってしまった。

 彼女の読み通り、ゼファーはまだ死んではいなかったが……同時に、事態は最悪に転がる。

 

(―――は、あ?)

 

 オーバーナイトブレイザーの上半身と下半身は生き別れになった。

 が。

 その上半身と下半身の切断面から、気持ちの悪い触手が伸びる。

 上半身の触手と下半身の触手は気持ち悪く絡み合い、上半身と下半身を引き寄せ合い、切断されたはずの胴体を接着する。

 マリアがネガティブ・レインボウで切断してから、ほんの一瞬。

 その一瞬で、マリアが見る限り、オーバーナイトブレイザーは切断される前と何ら変わらない状態にまで戻ってしまっていた。

 

(マズ―――)

 

 マリアが回避行動に移る前に、オーバーナイトブレイザーが手を伸ばす。

 オーバーナイトブレイザーのネガティブフレアが、『時間』を焼滅させた。

 マリアの周辺の時間が消滅し、ギアの加護によりその影響は軽減されるも、マリアの体の時間の流れがめちゃくちゃになり、その時間が一瞬止まる。

 

 続いて、オーバーナイトブレイザーのネガティブフレアが、『空間』を焼滅させた。

 空間、それも距離概念に干渉する焼滅効果。

 オーバーナイトブレイザーとマリアの間にあった"50m"という距離概念が焼滅し、消えて無くなり、"0"という"距離がない"ことを証明する虚無が残る。

 マリアはいつの間にか、オーバーナイトブレイザーの目の前に居た。

 

 オーバーナイトブレイザーが両手に持ったナイトフェンサー二刀を振り上げる。

 マリアがグラムザンバーのアームドギアに、ネガティブ・レインボウを纏わせる。

 だが、その抵抗も無駄に終わった。

 左右から振られたナイトフェンサー二刀に挟み込まれ、グラムザンバーのアームドギアは、ネガティブ・レインボウごと一瞬で溶断される。

 そして同時に放たれたオーバーナイトブレイザーの蹴りが、あらゆるバリアフィールドをぶち抜いて、マリアの腹に突き刺さった。

 

(かっ……はっ……!)

 

 瞬時に反応し、バリアフィールドの防御を固めた。固めたはずだった。

 なのにオーバーナイトブレイザーは、ただの蹴りでその防御を貫通してきた。

 飛行を維持できず、自由落下を始めるマリアの体。

 

 そんなマリアにトドメを刺すべく、オーバーナイトブレイザーは上方から下方へと落ちていく軌道の飛び蹴り、彗星のごとき一撃(メテオドライブ)を放った。

 喰らえば絶命確定。

 させてたまるかと、そこでオーバーナイトブレイザーとマリアの間に割って入って来たのは、上半身だけになったナイトブレイザーだった。

 

(さ、せ、る……か……ぁ……!)

 

 ゼファーは上半身だけの状態、それも左腕がもげている状態で、体表から焔を噴出して空中移動をやってのけてみせる。

 だが、それで出来るのはせいぜいマリアの盾になることだけだった。

 ゼファーは死ぬ気でマリアの前に飛び、彼女の盾になる。

 死なせてたまるかと、そう叫ぶ彼の意識だけが、彼の命を繋いでいる。

 

 そんな瀕死のゼファーに対し、情け容赦なくオーバーナイトブレイザーは蹴撃を叩き込んだ。

 

 砕ける騎士の胴体装甲。

 吹き飛ばされる騎士と共に、地面に叩き付けられるマリア。

 盾になったゼファーは瀕死と言うにも楽観的すぎる状況で、ゼファーが盾になってもなお大ダメージを受けたマリアは、気を失ってしまっていた。

 今はギアの形が維持されているが、いずれは解除されてしまうだろう。

 

 ゼファーは途切れそうになる意識を必死で繋ぎ留め、切り落とされた自分の下半身を探す。

 もう彼には頭もなく、下半身もなく、胴体もなく、左腕もない。

 それでもなお、今戦えるのは彼しか居ないのだ。

 

(負けるか……負けてたまるか……負けられないんだ……!

 もう俺しか戦えないのなら、俺が負けて失われるものがあるのなら、折れるわけには―――!)

 

 右腕だけで地を這い、ズリズリと移動するゼファーの右手の甲を、黄金の足が踏みつける。

 オーバーナイトブレイザーだ。

 ゼファーは自分に振り下ろされるナイトフェンサーを見て、瞬時に手の平の下にナイトフェンサーを生成した。

 

(まだ! 何も終わってない! 俺も死んでない! なら、まだ希望はある!)

 

 ゼファーの手の平の下にナイトフェンサーが生成されたことで、彼の右手が反動で跳ね上がる。

 結果、彼の右手を踏んでいたオーバーナイトブレイザーの足も跳ね上げられる。

 ゼファーは自分に振り下ろれていた敵のナイトフェンサーがあらぬ方向へと向いたのを見て、右腕一本のハンドスプリングを行うような動きで、オーバーナイトブレイザーから距離を取る。

 

(ッ!)

 

 だがそこで、オーバーナイトブレイザーがナイトフェンサーを投げて来た。

 ゼファーは咄嗟に手に持っていたナイトフェンサーでそれを斬るが、根本的な出力差のせいでゼファーのナイトフェンサーは一秒ほどで蒸発してしまう。

 だが、その一秒で十分だ。

 その一秒でゼファーは肘先にて焔を爆発させ、その反動で地を転がって回避する。

 

 彼は足掻く。足掻き続ける。

 

(諦めて、たまるか!

 俺が諦めるってことは……俺が守るべき人達の命を、諦めるってことなんだ!)

 

 まだ、諦めない。

 こんな姿になったって、諦めない。

 仲間が居なくたって諦めない。

 どんなに絶望的だって諦めない。

 

 それが、ゼファー・ウィンチェスターだ。

 

(絶対に、絶対、諦めて、たまるか―――!)

 

 オーバーナイトブレイザーがゼファーごと、マリアごと、全てを焼き尽くす焔を発する。

 もはや小手先の技で回避はできまい。

 彼の行く末に待つのは、蒸発する未来だけだろう。

 

 焔の壁が迫ってくる。

 焔の天井が迫ってくる。

 その向こう側から、燃え盛るオーバーナイトブレイザーが迫って来る。

 

 それでもなおゼファーは希望を捨てず、何一つとして諦めてはいなかった。

 

 

 




【ジャッジメントヒート】
出展:WA5
組み合わせ:グレッグ&チャック
特性:直線攻撃・威力大・WA5の最後に覚えるコンビネーションアーツ

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